――結局、日本側が何よりも困惑したのは、扶桑の軍隊のおおよその状況が1938年以前の状態であったことである。電子装備その他は1944年の水準であったが、大和型などの大型艦が配備の中心であったからだ。それは扶桑も認識しており、地球連邦軍の協力で緩やかな刷新をしようとしていたが、日本側が性急に21世紀水準の装備への刷新を進めたため、大戦型の中小型艦艇の存在が問題にされた――
――ダイ・アナザー・デイ時点で、扶桑は戦後第一世代型護衛艦のコピー品を生産しつつあったが、日本側は21世紀の最新鋭であった『あきづき型』や『あさひ型』を勧めた。だが、流石にガスタービンをいきなり持たせるのは無理がある(整備員を確保できない)ため、結局、戦後第一世代型護衛艦のコピーを事後承諾することになった。とはいえ、戦後艦艇は艦隊行動をする事も偶にしかなかったので、大戦型の艦隊戦に参加するには『直接的な防御力』が決定的に不足していた。その事がネックになり、ダイ・アナザー・デイでは『戦艦の露払い』的な仕事に徹するしかなかった。史実より強力な砲熕型艦艇が存在するからである。防空・対潜には無敵と言ってよかったが、対艦攻撃はサポートがせいぜいであった。戦後型艦艇の火力では(ミサイルの必中性が担保されず、水雷戦を避けるように指導されている情勢では)戦艦には決定的ダメージは与えられないからだった――
――陸では、各国の戦間期水準の戦闘車両に『1945年時点での米軍の第一線級戦闘車両』が襲いかかる格好となり、欧州諸国陸軍の機甲戦力は瞬く間に全滅。日本連邦はこの報に紛糾。結局、カールスラントの大量の遺棄車両と、当時にブリタニア最新鋭であった『センチュリオン』巡航戦車の購入で数合わせする事とされた。カールスラントの遺棄車両は当時の新鋭車両も多く、それが日本連邦にほぼ無償で買われていった。日本連邦の内部には『内地に置けない!!』と宣う者もいたが、欧州戦線で使うのだから…で納得させ、ダイ・アナザー・デイで再整備の後、そのまま使われた。扶桑は史実より機甲戦力は強力だが、明らかにM26へ力不足が目立ったため、扶桑在来の車両は(作戦開始時)もっとも強力な火力のもののみが動員された。この時には、陸軍機甲本部の定見の無さなどが日本側に糾弾される羽目となった。実際、『新式戦車の砲は75ミリ砲を限度とする』という方針はセンチュリオンやレーヴェ、パーシングの存在で否定されてしまったからだ。砲戦車という戦中日本独自のカテゴリは戦後世界の住人には『駆逐戦車の猿真似』にしか映らなかったため、自走榴弾砲を兼ねる『五式砲戦車・ホリ』の改良型で完成とされた。以後はその改善が開発の焦点とされ、MBTと歩兵の火力支援を主任務とし、自走榴弾砲と駆逐戦車の兼任で生き長らえるのであった――
――ダイ・アナザー・デイは日本連邦の初陣であった。故に、上部の縄張り意識が強く、現地部隊がしびれを切らす事例が相次いだ。空では、日本側の記録にはない、二式単座戦闘機の三型を受領予定であった部隊も多くあった。同機はリベリオンのエンジン供給を前提に『R-2800』発動機が載せられる予定であった。既に機体の生産ラインは用意され、あとはエンジン製造のライセンスの発行、エンジン制作に必要な工作機械とエンジンメンテナンスのマニュアルの到着を待つのみであった。ところが、リベリオンとの開戦により、計画の全てがご破算。機体の製造ラインは四式戦闘機(史実同様の戦闘機型)製造に転用され、エンジン製造工場は陣風用の3000馬力エンジンの製造に用途を変更されるという混乱が起こった。糸川博士も『リベリオンとの開戦は予想外であり……』とエンジン選定を日本側に釈明する事態となった。糸川博士はジェット時代を迎えた後には、ジェット/ロケット推進の研究に心血を注ぎ、やがて、『東洋のフォン・ブラウン』と呼ばれるに至る名声を手にする。彼女の設計したロケットは扶桑の衛星打ち上げなどに使われていくのである。史実と異なり、若き日に智子と一時はいい仲であったため、軍需と手を切ることはなかった。博士はダイ・アナザー・デイ中はF-86の実用化と生産を迅速化させるためのチームに属していた――
――ダイ・アナザー・デイの空戦は魔女の世界からすれば、驚異的な速さで機材が進歩する戦いであった。序盤はF4Fが零戦/隼と戦い、中盤に入る頃には、紫電改/烈風/五式戦が、後半にはF-86になっているという状況であった。そんな中、陣風は紫電改の後継ぎとして、主に日本義勇兵に回された。紫電改や零戦の後期型に操縦感覚が近いからであった。F-86の補助という名目であったが、初期型で3000馬力という驚異のパワーはF8Fをもねじ伏せていった。紫電改と同時期に開発が検討された甲戦が祖なので、重武装とパワーダイブ重視の設計だったが、紫電改同様の自動空戦フラップの威力で、その機動力は紫電改以上。日本海軍系戦闘機の掉尾を飾る名機となった。次点の烈風は宮藤博士の遺作ではあったが、基礎設計の古さもあり、次第に戦闘爆撃機に転用されていった。紫電改と違い、このことでモデル寿命が延伸されたのである。ダイ・アナザー・デイ末期には、陸上からの運用のほうが主流となり、日本側に『和製コルセア』と渾名された――
――三式戦闘機はカールスラントからDB発動機のライセンスを購入し、国産液冷エンジンを積んだ機体であったが、稼働率が良くなく、オリジナルの液冷エンジンに変えた機体も続出したため、日本連邦体制下では『完全に見放された』。生産は予備パーツも含めて終了。各型の合計で600機(史実より少ない)という結果に終わった。だが、実際にはもう数百もの機体部分がズラーッと工場に並ぶ事態であった。これが五式戦闘機へ流用されたのだ。三式二型が日本の意向で、完全に息の根を止められたのに対し、五式戦は義勇兵の後押しもあり、最後の陸軍系レシプロ単座戦闘機として、緊急的に大量生産。消耗した隼に代わり、ダイ・アナザー・デイ後期の主力として稼働。1949年まで第一線で使用される『名機』となった。四式戦は当初の機体が嚮導機も同然であった事から、長島飛行機は本格戦闘向きの型の開発をせざるを得なくなったが、ハ45が主力発動機でなくなった事での生産現場の混乱も重なり、実質は二式戦の1945年モデルに等しい扱いに留まる事となり、史実ほどの生産もされずに、ジェット化の流れに呑み込まれていった――
――ダイ・アナザー・デイに前後して、扶桑がMe262のライセンスを取得し、生産していた『橘花』と『火龍』はF-86の登場で『一夜にして』旧式の烙印を押され、初期生産機の40機あまりで生産が止まった。F-86はダイ・アナザー・デイ前後の時期に(量産可能な飛行機で)最高の性能の飛行機であり、扶桑航空関係者は直ちに、この機種のライセンス生産にかかった。64Fも一般隊員が使用する機種(1947年度まで)として、二年ほど使用するほどで、Me262の居場所を瞬く間に奪い取った。日本連邦の上層部は『その次までの繋ぎ』のつもりであったが、現場の評判がいいことから、練習機や支援戦闘機という形で、長らく軍役に残った。特に、1940年代は日本連邦しか『二線級まで奮進機に統一できた』軍隊はおらず、レシプロ機が第一線機扱いであったので、F-86は必要充分な性能であった。ダイ・アナザー・デイでは、登場時に黎明期のジェット機の各機種を含め、ほぼ全ての戦闘機を圧倒。ダイ・アナザー・デイの末期でも『量産機では最強』を維持。その名声を確固たるものとした。扶桑仕様は旧陸海軍の塗装パターンをそのまま当てはめたものが初期に多く見られたが、これはF-86も『怪異と誤認する』魔女が多くいたためで、戦後の低視認性塗装は(怪異がいる場では)同士討ちが頻発したのだ。魔女への非難も飛び交ったが、敵味方識別装置がないストライカーユニットで飛ぶ魔女に『後退翼のジェット機』や『大戦後期型の航空機』を分かれと言っても、無理があった。こうした理由から、敵味方識別装置は急速にストライカーにも組み込まれることとなった――
――ダイ・アナザー・デイの空中戦は日本や地球連邦軍の適切な航空管制、日本軍の実戦経験者の参加もあり、連合軍が優勢を保った。とはいえ、常に数的劣勢にあったため、撃墜王の働きは常に求められた。黒江たちの空戦技能が世界的に注目されたのも、この時期である。カールスラントが空戦の王者と認識されて、ずいぶんと久しかったが、黒江らの洗練された戦技はカールスラント空軍のマニュアルよりも最適化されており、事変以来のことだが、彼女らは再び、時代の寵児となった。事変での伝説は嘘八百ではなかった。この事実はロシアが意図して流した『JG52の戦果は嘘八百』という噂での現場の混乱を払拭する目的もあり、各国で大っぴらに報じられた。扶桑国内でも『七勇士、未だ健在ナリ』という見出しで報じられ、あらゆる兵器を扱いつつ、魔力が往時のままという奇跡は万に一つのものであったとはいえ、本来は世代交代の時期を迎え、魔女の練度維持が問題であった連合軍には福音であった。強い魔女を短期間しか戦力に勘定できないという問題の緩和になるからだった。――
――かくして、黒江たちの特異性が際立ったのは、一般部隊が史実通り~ちょっと先取りくらいの機材に留まっていたダイ・アナザー・デイ当時の時点で、未来技術で改修を加えた『F-20』を公然と乗り回していたからである。のぞみも加入から少しして、錦の持っていた操縦感覚を自家薬籠の物にした時点で搭乗を許可されていた。隊のエンブレムはその時点では決まっていなかったが、ほぼ独立愚連隊も同然な様相であった故、ドラえもんの発案で『炎の鬣を持つ一角獣』になった。そうなった理由はドラえもん曰く、『殺し合いに理屈はいらない。真っ先にしとめて、生き残ったほうが正義ってもんさ』とのこと。空中戦のドライさを窺わせた。また、のび太青年も『正義の味方はつねに苦労するのさ』と冗談めかすなど、冒険で修羅場を潜った経験由来らしき精神性を見せた――
――ダイ・アナザー・デイの後期。のぞみがプリキュアとしての能力を取り戻した後、魂が肉体と同調を始め、錦の技能が少しづつ自家薬籠中のものとなってきた時期――
「なんか、戦闘機のドッグファイトに慣れてきちゃったよ。のび太くん、あたしを笑う?」
「笑われようが、なじられようが傷つくようなプライドなぞ持ちあわせちゃいないって思うようになりな。軽蔑すら……生きるという快感の前では効力を失うもんさ。大人になって、修羅場に身を置いてると、そう思うね」
のび太は成人後は裏稼業をしている。28歳の時間軸から呼ばれたので、既に一子を儲けている。青年になると、髪型も少年時代とは異なるものになっていたので、眼鏡をしている事以外はイケメンで通る。
「君、素体の子の名残りか、突っ込みはいいね」
「47Fで鍛えられてたから。それと、竹井さん…今はあたしの『後輩』だけど……に怒られてたしさ。だから、坂本先輩に竹刀で殴られたよ」
「形式上、みなみちゃんは君の上官だしね。説明はした?」
「先輩がしてくれたけど、凄く渋い顔してた」
「そりゃそうだ。504でも上官だった人に、人格が変わったとはいえ、タメ口だもんね。でも、みなみちゃんは君の後輩だろ?」
「七年後のプリキュアだもの、みなみちゃんは。黒江先輩が説明してくれなきゃ、もう一発は入ってたな」
前線の駐屯地の格納庫で飲み物を飲みながら、談笑する二人。のぞみは愚痴混じりだ。坂本は海軍出身な故か、自分に深く関わりのある者への礼儀は厳しい。ましてや、のぞみは素体が陸軍の職業軍人であったので、坂本は厳しい態度を取っていた。芳佳と違い、生え抜きの軍人が素体なら…というヤツだ。坂本は更にこの後、自身の師である北郷章香までもが『プリキュアに覚醒した』ことで『鳩が豆鉄砲を食らったような』顔をすることになり、更に、のぞみが『プリキュアとして最古参級の百戦錬磨の戦士』だと教えられ、当惑することになる。
「あ、はーちゃんから伝言。キュアマカロンが見つかったんだけど、今は北郷章香少将になってるそうな?」
「えーーーー!ゆかりちゃんが少将閣下ぁ!?」
北郷は前線復帰し、501と一時共闘の後に少将へ昇進していた。それに前後して、自分がキュアマカロンであったことを思い出したという。そうなったためか、ダイ・アナザー・デイの開始前に休暇を申請し、扶桑各地を放浪していた。琴爪ゆかりの気質が表れたためで、探し出すのに、北郷の実妹かつ、黒江の同期の撃墜王『北郷茂子』大尉の協力を必要としたという。
「うん。扶桑海軍の要人。その気になれば、連合艦隊を軽く動かせるよ。扶桑きっての名門の出だよ」
「講道館の要職を代々勤めてる家柄だって!そんなところに、あんな自由人な気質の子が……うわぁ~!」
琴爪ゆかりは宇佐美いちか曰く、『剣城あきらには心を許しているが、それ以外の人間には一線を引いている』という人物であった。更に、動物でいうなら『猫』というべき自由気ままな性格の持ち主。それが軍隊の要職についている状態なのだ。それも扶桑きっての名門の家柄の後継ぎとして。
「本人はぶーたれてるって。しかも、目覚めた時には三十路近くだったから」
「だろうなぁ」
北郷は1937年に19歳前後であったので、その8年後は27歳前後。引退後は軍付属の養成学校の校長をしていた。501との一時共闘を終えた後は前職に戻っていた。だが、この後に日本の文科省の一派閥が暴走し、教育現場から軍関係者を追放してしまうことで、前線に復帰せざるを得なくなった。その際にプリキュアへの覚醒が通告された。以後は北郷家の柵を嫌がったらしく、琴爪ゆかりとして行動する事が常態化するのである。
「君の転職だけど、潰されることも可能性に入れときな」
「え、なんで?」
「日本の文科省が暴走を始めてる。正確にはその中の一派閥だけど、軍関係者が教育現場に居座ることに強烈なアレルギーを起こしてる。この分だと、お上(天皇)の勅も効かないかもな」
「まさかぁ。破ったら、それこそ戦争もんだよ?」
「連中は本物と思うまい。一士官に肩入れする事はないだろうって。だけど、日本の記録にも、東條英機を信頼してたってあるからね。人を見る目がないって言われてるけど」
「もし、持ってきた扶桑の侍従をぶん殴ったら、その時点で反皇室思想のテロリストと思いな。外交問題待ったなしだから、総理大臣がヒステリー起こすと思う」
この予測は見事に的中してしまうことになり、日本の総理大臣は扶桑の膨大な軍事力が日本を制圧する『可能性』が現実味を帯び、大臣たちへ当たり散らすヒステリーを起こしてしまうのだった。文科省は扶桑に負わした損害が自分達の予測を遥かに超えた事態を招いた事を知ったことで顔面蒼白に陥った。結局、彼らは『日本の教員不足の解消にと、扶桑の教員を補充要員に充てる』計画を立てていたが、この失態でご破算。夢原のぞみという、最良の人材になりえる『金の卵』を逃した事は以後の文科省への応募人数の減少に大きく影響を及ぼし、文科省は冬の時代への突入を自分の手で確実にしてしまう。この失態は後年に至るまで『転職志望者への応対の反面教師』の事例と語り継がれ、地球連邦の時代に至っても、一種の慣習として残るほどの影響を残したという。
――2016年前後、のぞみの一件が扶桑との戦争を起こしかねないことになったことに、時の総理大臣はヒステリーを起こした。扶桑の予備士官たちはこの時に日本が(賠償を嫌って)『口封じ』代わりに最前線に送り込み、目論見通りに、多くが戦死していったわけだ。日本は連邦としての課題が山積していた故、のぞみへの賠償を手厚くした代わりに、他は最前線で死なせ、『出費を抑える』しか方策がなかったのである。扶桑の金鵄勲章の取り扱いも、日本連邦体制の構築時の議論の対象であった。日本の左派は『時代錯誤だから、代替になる記念章を部内で与え、若いうちは褒章に留めるべき』との意見を推すようになったが、他国では、武功章を若いうちに叙勲する事はごく当たり前である。また、金鵄勲章は元来、旭日章よりも位が上の勲章であった事から、議論は(日本国内で)紛糾。そこにミーナの失態が報じられたため、日本国内からカールスラントとの同盟破棄(実際は同盟国ではないが)論まで飛び出した。日本連邦はミーナの失態を外交的優位に立つ機会とし、同国を徹底的に追求した。その結果、芋づる式に不祥事が発覚。カールスラントはその面子も、軍事大国としての権威も完膚なきまでに叩き潰されたのである――
――カールスラントはこの不祥事を大義名分に、ドイツが大量に軍人を解雇させた事から、内乱に突入。内乱は短期間ではあったが、皇室という支えを失い、疎開先も荒れに荒れた事から、本土奪還どころでは無くなった。軍も警察も有名無実化してしまい、統制が失われ、警察が市民から略奪を行うという醜態も相次いだ。この事は日本連邦の『魔女の世界』での超大国化を促すことになり、扶桑の軍事力の維持を日本は認めるしかなかった。とはいえ、不要と見なされた『扶桑・大陸領(ユーラシア大陸領)』は1990年頃を目処に、施政権を国連に移譲するとするという点は早期に一致していた。それは『放棄された1937年当時の大人達が死に絶える年代』だからで、53年の月日は『邦人の置いていった資産や財宝の回収に必要な歳月』が計算された結果であった。1945年から極秘裏に回収作戦は開始されており、既に億単位(当時の貨幣価値で)の価値の財産が回収されたとういう。また、必要最小限の土地は揚陸拠点として確保する必要から、浦塩(ウラジオストク)はそれ以後も領地として維持された。扶桑は大陸領の80%以上を捨てる代わりに、完全な海洋国家として新生するわけだが、それは少なくとも、大陸領に郷愁を持つ年代の人間が死に絶えるであろう、1990年代まで待たねばならなかった。同等の旨味を持つ代替領土の確保の目処が立ち、宇宙進出も一定規模に達するであろう頃。それが最短で成った場合、その時代だろうというのが、科学者らの試算であった――
――かくして、ダイ・アナザー・デイでは、四発以上の重爆が重宝される一方、扶桑在来の双発爆撃機は時代遅れとされた。仕方がないが、大陸での航空撃滅戦を前提に造られていたそれらは戦闘爆撃機の運用の本格化、大型戦略爆撃機の戦術用途への対応、ガンシップなどの登場で時代遅れとなり、殆どが民間航空会社に流れた。唯一、当時最新の四式重爆のみは一部部隊の有していた機材が欧州で使用され、そこそこの戦果を残した。それが扶桑双発爆撃機の最後の華であった。連山はガンシップに流用された個体がダイ・アナザー・デイではかなりあり、太平洋戦争でも現役であるなど、ガンシップというカテゴリの有用性を示した。連山系はある種の始祖となり、空中給油と電子戦の実験にも供されるなど、それまでの扶桑式重爆と隔絶した性能を持っている事を証明した。また、前輪式降着装置の普及の一因にもなるなど、史実と正反対に、扶桑空軍の航空戦ドクトリンの近代化を促した機種として、その名を残すことになった――
――それだけでは、ダイ・アナザー・デイの勝因は説明できない。地球連邦軍が少数を投入した『城塞攻略用MS』についても触れればなるまい。地球連邦軍の重MS師団が第一次ネオ・ジオン戦争時に開発し、以後もスーパーロボットに次ぐ打撃力と評価されるのが『ZZガンダム・ジークフリート』であった。元々、ZZは『Z計画』と別枠の開発計画の頃にあったプランにZ計画の資産を注ぎ込んで完成させたものであり、原案では『サイコガンダムと計画に関連性があった』ともされている。ZZのロールアウト後、機体設計に無理を強いることのないサイズに巨大化するという大義名分で開発された。『サイコガンダムの代替になる城塞攻略用MS』という類を見ない枠組で。外観上は『ZZをスーパーロボットサイズに拡大した』ものだが、武装は大型化に伴い、更に強力となっていた。その時点でのアナハイム・エレクトロニクス社の保有していた技術で実現させた『機動要塞』。それは一部のスーパー戦隊の持つ『要塞ロボ』と同じ思想であった。ティターンズも、それを裏で補助していたネオ・ジオンも同機の投入は完全に予想外であり、ティターンズの旧式MSでは損傷を負わすことすら困難であった――
――ダイ・アナザー・デイの模様を伝える、扶桑の新聞にその勇姿が写っていた。一見すると、ジュドー・アーシタのZZのようだが、明らかに遥かに巨大である事がわかる。ある種の移動砲台に近い運用であったが。サイズ相応の威力の武装は発揮され、一撃で『アイオワ級戦艦を轟沈させる』という実績を残した他、鹵獲された『ドーラ』の代わりの砲撃プラットフォームとして活躍する姿が報じられ、日本の政治関係者は『自分達より未来の文明が扶桑のバックについている』ことを痛感するなど、無言の圧力としても機能した。この機体は元のカラバ系の部隊が配備の中心で、戦役ごとに少数が細々と使用されているに過ぎなかったが、連邦軍がサイコガンダム系を見放す一因になったほどの象徴的な武装『ハイ・メガ・キャノン』はサイズ相応に威力が拡大されており、偶然に出現した大型怪異を一撃で消滅させている。扶桑の国民にZZが人気となったのは、その絶大な火力による。ジークフリートというのは、元はジオン側のZZ系列へのコードネームの一種であったが、後に、ペットネームに採用された。30m級の巨体でありながら、手持ち武器があるのは、魔女達には奇異に写ったが、その頼もしさはスーパーロボットにも引けは取らなかった。日本側でも、ZZの系列機がアニメより多く存在することに大きな反響をもたらし、後に、扶桑が購入した機体がプラモ化されたという――