扶桑軍の参謀らは史実の『敗戦』という結果から、理不尽な吊し上げに遭い、心身共に再起不能へ追い込まれる事例がダイ・アナザー・デイで相次いだ。特に『いくらでも替えがきく』との一言は、自信家の多かった扶桑軍の参謀らを精神的に追い込むものであった。結局、扶桑は太平洋戦争に至るまで、一部の有能な人材に依存する体制に変質してしまう事になった。結局、有能な人材に全てを託したほうがうまくいくという、日本民族特有の現象から、64Fを矢面に立たせる戦略が以後、常態化する。外国軍の気骨ある将校も多くがリンチで身体障害を負わせられた事例が相次ぎ、連合軍は本気で黒江たちの合議で全軍が動くという状態に追い込まれていた。特に、陸・空の分野では、扶桑軍の参謀の大半が(特攻の推進関連の罪を着せられ)弁明の機会なく断罪されたために、極少数の(後の時代に陸上・航空幕僚長やそれに近い職責を担った)者たちを育成せねばならなくなったという、日本の政治的都合による大チョンボのために、プリキュア戦士たちや仮面ライダーたちに戦略までも依存する始末であった。この手の失敗はのぞみの一件で極限に達するわけだが、日本の扶桑への世論の二分ぶりも明らかとなるのである。
ダイ・アナザー・デイ時点で明らかになりつつあったが、扶桑への見方は二通りが政府に確認されていた。一つは『坂本龍馬が昭和まで生きてたり、徳川幕府が成立していないなら、親戚筋の別の国に近い』とする、青年層中心の考え、もう一つは『それらは細かい違いにすぎず、国家上層部は思い上がってるから、いずれは大日本帝国同様に破滅していく』という老人層中心の考え。後者のほうが多かった故に、扶桑は上層部の多くが追放され、史実の戦後日本同様に、その時の若手が中心になっていった。だが、今度は旧体制の恩恵を受けていた者たちへの損害補償の問題も降り掛かった。予備役軍人の有事における召集などが問題になり、更に、転職希望者の取り扱いなど。戦争状態が終わった後に、必ずふりかかるであろう問題であった故、日本側は『扶桑の戦争状態を意図的に引き伸ばさせろ。その間に、何かの対策を講ずる』という『場当たり的な対応』さえも手間取る有様。結局、そのグダグダをティターンズ残党軍にあっさりと利用され、意図せず、国際連合の中心国に担ぎ上げられてしまう。それに伴い、大規模な軍縮が難しくなっていくため、旧式武器の処分などでしかやりようがなく、扶桑はその新式の開発能力を、ダイ・アナザー・デイ前後に大きく削がれてしまうため、銃器の大半が『ライセンス生産品』で占められることになる。民間の銃規制の問題が『獣害』で問題になったため、猟銃の規制は意図的に緩くされ、『元の軍人か、猟師であれば、所有許可が出る』という妥協案が通った。これは21世紀日本の都合が大きく、扶桑と連邦を組んだ後の日本は『猟師の高齢化による猟師人口の減少』に喘いでいたため、扶桑の元軍人やマタギたちにやらせようという趣旨の考えであった。これは結果的に、日本で『突然変異の超弩級の人食い熊に率いられた、人食い熊の軍団』の登場で脚光を浴び、ついには歴代プリキュアによる討伐にまで至るのである。それをしてさえ、戦闘不能に追い込まれた者が生ずる有様であり、その熊の『後継者の出現』を恐れた自衛隊と扶桑軍により、巣のあった一帯は徹底的に、富嶽と飛天(戦略爆撃機)による爆撃がされたという。
かくして、ダイ・アナザー・デイの戦略は黒江らが事前に抱き込んでいた将官層に追認させる形で進み、欧州はイベリア半島が最終決戦地になりつつあった。黒江たちとその息のかかる者たちしか、まともに戦局に貢献しないのが明確となり、魔女部隊は『いない』も同然に扱われた。また、64Fを孤立無援に追い込んだ方面軍司令級の魔女は利敵行為の疑いで逮捕され、失脚。その指令に従っていた部隊はてんやわんやになったが、主戦場はイベリア半島に移りつつあり、大義名分にしていた怪異も、歴代のスーパーヒーローやスーパーロボットに巣ごと倒されていき、脅威はもはや、バダンが提供した『ヒンデンブルク級戦艦』とティターンズ残党軍が制作した『地上空母』のみであった。
ヒンデンブルク級の主砲口径は53cmで確定した。その火力は『一撃でリットリオ級の最厚部装甲を貫く』とされ、欧州諸国の海軍の顔色を失わせた。対策に腐心していた連合艦隊は『集中攻撃による戦闘力喪失』に全てを賭けたわけだが、それが功を奏し、連合艦隊はヒンデンブルクの戦闘力の低下にこぎつけた。ヒンデンブルクは相応の装甲厚を有しており、連合艦隊の新式砲をしても、なかなか明確な損傷は負わなかった。だが、『美濃』の51cm砲弾がヒンデンブルクの第一主砲の左砲身をへし折る事に成功した……。
「よし!!これで敵の攻撃力は減少した!!」
と、富士のCICは歓喜に包まれる。基本的に、戦艦の主砲は連装式であっても、砲身が一つでも折れたりすれば、発砲はほぼ不可能になる。それを避けるために、四連装砲塔かつ、内部が分割式になったリシュリュー級の例があるが、史実で戦艦同士の砲撃戦がなかったため、実効性のほどは定かではない。連合艦隊は史実以上の火力をぶつけているが、それに耐えられる防御力を備えているため、欧州海軍は完全に『お呼び』ではなかった。更に連合艦隊は近代武器を備えているため、後続艦にきっちりとダメージを与えられる余裕があった。そのため、リベリオン合衆国艦隊は肝心要の場面での練度不足による、ダメージコントロールの失敗で次第に落伍艦を増やしていった。だが、日本はさらなる火力を求め、ついには、61cm以上の主砲口径に行き着いてしまうのである…。
結局、日本は少数精鋭主義を強く信奉していたため、その具現化といっていい強さを持つ部隊たる、飛行64戦隊にそのしわ寄せがいくこととなった。幹部級はどのフィールドでも一騎当千だが、一般隊員は(ダイ・アナザー・デイの時点では)普通よりマシな程度。そのため、南斗聖拳との戦闘では『抵抗ができる』幹部級のみが対応することとされた。異能者とそうでない魔女との住み分けが、64Fであってもなされていくわけである。元々、統合戦闘航空団の衣替えを狙っていた故の名残りであるが、シャルル・ド・ゴールがその体制を解体させてしまったわけだが、ペリーヌが自主的に居残ったことで、それに追従する者が続出した。その報復であったが、異能者らは普通に魔女としても最強クラス、それに加えて、別の能力も駆使できる。そのことから、他の部隊の魔女の異能者への嫉妬も噴出していた。だが、一般魔女の近代兵器への微力ぶりが露呈していたため、あまりの攻撃に怖気づき、64Fに泣いて非礼を詫びながら、土下座で支援を乞う者も生じた。対人訓練をしていないことや、怪異専任と認識していた故に、魔女が『置き物』扱いになる現状を受け入れるしかなかったからで、以後、64Fに配属される者は『他戦線で実績を上げた者』という不文律が生まれていく。統合戦闘航空団体制が事実上の封印に向かう中、扶桑はカールスラントを追い出されたか、疎んじられた人材を活用することで、次世代の教育を切り替えていくわけだが、それは人材育成費を削られた故の妥協であった。魔女たちは以後の時代、ダイ・アナザー・デイでの醜態を原罪として背負わされてしまい、文字通りに『冬の時代』が数十年ほど続く。その間、魔女が担うべき軍事戦略を支えることになるのが、異能者らである。
ある、魔女の少佐(坂本の一期先輩)はこの流れとなる様を目の当たりにした衝撃を、後年に手記にまとめていた。その少佐は太平洋戦争前のクーデターで軍生活に嫌気が差し、直後に退役。太平洋戦争には関わらなかったが、魔女仲間の思い上がりの原因は皮肉にも、『最初の異能者』である三人の活躍と、後輩の坂本の言葉(『今回』は周囲への方便であったが)であった事を突き止めたが、その三人を裏で疎んじたのは、事変当時の佐官級の魔女らと保守派の将官であったのも暴露するも同然であったので、手記は事変当時に佐官の立場であった江藤が、裏方で辛酸を舐める原因を作った。同時に、事変直後の世代の魔女らが信じていたことが『砂上の楼閣』であった事を白日のもとに晒したため、太平洋戦争での志願数の低下の一因ともなった。そのため、扶桑が進めていた『魔女の世代交代』は中途半端なところで完全に頓挫し、現場に残る、少数の事変世代が軍の魔女の雇用枠を長らく支える羽目に陥っていく事になる。
その苦境を他国に隠蔽するためにも、芳佳や静夏、ひかりなどの次世代の活躍は必要であった。だが、芳佳はプリキュア変身者に覚醒。ひかりも(姉の孝美の意向で)ダイ・アナザー・デイ中は前線に出されなかったため、魔女専任で、なおかつ活躍できたのは、静夏のみとなった。ただし、軍令承行令の廃止で、短期間で軍医少佐になった芳佳に、少尉の静夏は諂うしかなかったため、アニメと違い、ダイ・アナザー・デイ中は他人行儀のままであった(軍人一家の出であったため、軍令承行令の廃止は寝耳に水であった)。また、軍令承行令のいきなりの即時廃止は扶桑海軍の魔女の多くには寝耳に水で、それを想定できていたのは、現場の海軍系の魔女では、坂本と竹井のみであった。これも、扶桑軍のあちらこちらに大混乱を引き起こしたのである。それは連合軍全体も揺るがしたので、ミーナをスケープゴートにするしかなかったという政治的事情もあった。そのため、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの軍歴は後年の公式記録では『三階級あまりの降格を受けるも、罪状の一部に整備部のでっち上げが発覚したため、罪状が多少なりとも軽減され、軽減された刑期を終えた後は少佐へ復帰。その後は戦傷を理由に、太平洋戦争には関わらず、1952年中に退役』という風にまとめられていたという。同じく、ペリーヌも、公的な軍役の退役は1948年頃とされている。これは20歳を迎えるのが1949年前後の世代であったためで、退役は『児童養護施設の経営をするため』とされた。ただし、ペリーヌはドゴーリズムの台頭を嫌っており、先鋭的になってゆく政治との関わりを避けたかったのも大きかった。そのため、ペリーヌ・クロステルマンとして戦場を駆けたのは、ダイ・アナザー・デイが事実上、最後であったのだ。
「先輩、この後はどうなりますかね」
「覚醒で人格や姿を変えた奴の帳尻合わせが必要だから、お前らは幹部扱いになる。お前がどうなるかは、日本の役所次第だ」
と、この時は割に楽観的であったが、日本の文科省が旧軍の兵科章に無知な点を露呈し、外交問題へと発展してしまうのである。結局、文科省は『陸軍がなんで、空軍に類する航空部隊を持ってるのよ~!』と、無知を棚に上げてのヒステリーを起こし、厚生労働省(旧軍の残務整理は彼らの所管である)は『いや、日本陸軍が航空部隊を持ってたのは常識やん』と呆れたが、文科省への情報提供の不手際を責められる事になった。結局、歩兵科どころか、代えの効かない『航空科のエリート士官』とわかったこと、更に、プリキュア変身者の転生であることの発覚は、文科省の面目を完全に潰す事になる。結局、のぞみが軍に残らされたのは、文科省の不祥事が外交問題へ発展した故の政治取引によるものであったが、『教師になっても、時代が変われば、前世の二の舞になる』という本人の諦めもあった。結果として、文科省と厚生労働省は総理大臣からの叱責で重役の複数が失脚する始末であり、世論は世論で、戦艦大和と武蔵よりも強大な戦艦の存在に怯え、それより貧弱に見える武装しかない自衛隊を罵るなど、衆愚ぶりを見せつけた。結局、大和型以降も戦艦が作られた場合の歴史をまざまざと見せつけた故に、巡洋艦以下の更新の遅れを罵られたわけである。
結局、巡洋艦以下は高雄型の更新用に伊吹を場繋ぎにせざるを得なくなり、逆に旧来の軽空母が無用の長物となった。大量に魔女用の促進装置が塩漬けにされる有様であったので、既に空母改装が済んでいた船は練習艦として使用することで、関わった工員を慰める事になった。ちょうど、鳳翔が戦没した後は練習空母がなくなったところであったからだ。空母化の済んでいた船の源設計への復元は『却って、金がかかる』からで、そこも世知辛い話であった。結局、数隻が練習艦として、しばらく使用される。改装にかかった費用をペイできるまでの期間が10年弱であったからで、雲龍型が格下げにされるまでの暫定措置という扱いであった。そのゴタゴタも、連合艦隊のほとんどが『塩漬け』状態にされる理由となる。特に、レシプロ機は急速に価値を低下させたからで、旧来式軽空母の陳腐化も重なり、レシプロ機は急速に姿を消していく。それほどのインパクトをF-86は備えていた。また、扶桑の特高警察は公安警察に改編縮小され、憲兵も警務隊への縮小改編(一般人への司法警察権の剥奪を含む)が決まるなど、日本主導での人員整理が進展する。問題は21世紀の水準での専門教育をどうやって、扶桑の人間に課すか。そこが問題であった。また、『特高と憲兵というタガを外したら、いったいどうなるのか』という治安的な懸念も根強かったため、結局は『憲兵の司法警察権の停止』と『特高警察の人員整理』という形から始めさせる事になる。特に憲兵は目の敵にされ、21世紀の一般人にリンチされる有様であったので、扶桑は以後の時代において、『憲兵』の言葉を封印するに至るのだ。
こうした混乱と、扶桑軍の伝統の否定を戦時状態の時にしてしまったせいで、以後、日本連邦は『誇りの強い職業軍人』の取り扱いに難儀する事になる他、黒江たちのように『進歩的な』思想の軍人は統合戦闘航空団への在籍経験のある極少数しかいないという事実も、扶桑軍の人員整理を日本側が強引に実行する理由にされた。また、扶桑生え抜きの軍人らはある意味で『死の美学』への信仰を持つ日本からの義勇兵の鬼気迫る戦いぶりに恐怖し、交流すら恐れる動きを見せてしまう。ある意味、そうせざるを得ない状況が少なかった扶桑軍と、ガ島、サイパン、ペリリュー、硫黄島、沖縄。それらで地獄を見させられ、ついには祖国社会からも切り捨てられた経験すら持つ日本軍の生き残りとの差であった。こうして、扶桑軍は『負ければどうなるか』を否応なしに思い知らされる事になり、以後、連合国の中で『最も無慈悲になれる』と恐れられる事になる他、戦時下でのモラル維持も課題であった。日本側での戦争末期、落下傘降下した搭乗員が降下先の住民に撲殺される事例が多かったからで、大都市の近郊にあった小さい農村は(その事件のメタ情報で)統廃合の対象となった。結局、扶桑の軍人達への苛烈な仕打ち、その救済措置への無関心が大問題となった。問題は『1941年までの状態で、航空部隊の搭乗員が殆ど温存されていたのに、日本が士官層を勘違いで減らした』ことであった。ダイ・アナザー・デイの作戦の問題はそこにもあり、日本軍出身者を集めるしかなかったのは、日本の政治家と官僚が『穴埋めとして、下士官を戦時昇進させ、当座の欠員を補充する』ことを拒んだためであった。結局、ダイ・アナザー・デイで義勇兵を主軸に添えざるを得なかったのは、扶桑固有の搭乗員の飛行時間が平均で500時間という有様であったからで、史実の特攻兵よりはマシ程度という実情によるものであった。結局、日本側の求める水準にすぐに引き上げられるわけではないため、扶桑軍がドラえもんに泣きついたのも、無理からぬものであった。更に、日本側の失敗が大きすぎて、如何に黒江らでもカバーが無理なほどのものであったので、のび太は野比財団の総帥として、地球連邦軍の正式な参戦を『地球連邦議会長』に要請。それがダイ・アナザー・デイ直前のこと。シナプスの率いる艦隊に援軍が送られ、ダイ・アナザー・デイの戦局を押し返しつつあるわけだが、リベリオン合衆国の物量はそこまでしなければ、対処できないものであった。なにせ、『数百機を必死に落としても、数千機を数日で補充してくる』ほどの圧倒的生産能力を誇っていたからで、戦車に至っては、雲霞の如き物量である。結局、廃棄された戦車を回収、再利用する方法も取らざるをえないほど、連合軍は戦車不足であった。故に、MSやスーパーロボットによる一騎当千が推奨されたのである。また、自走砲なども激しく不足しており、少数の自衛隊の車両では、どうにもならない有様であった。
――21世紀 日本 防衛省のある一室――
「そこまで、現地の軍隊が無力だとは思ってなかったんだ!」
「なら、統括官の要請は通してよろしいですな?」
「好きにしたまえ……。松代大本営の代物がいまさら使えるとは思えんが……」
「超人機メタルダーを造れた我が国で、それがいうことですかな」
「旧軍はどうやって作ったのだ…?まったく……」
と、過去に活躍した『超人機メタルダー』は明らかに、当時の大日本帝国のテクノロジーを超越した技術の結晶であったことがわかっているため、おそらく、計画された時に首相であったであろう東條英機が『超技術の使用』の決意を固めたのが、マリアナ沖海戦の大敗北の頃であることが推察され、東條の大甘の見通しと、自国の固有技術への過信は批判されて然るべきであろう。玉音放送の直前に、東條自身は部下に『ガダルカナルの段階で超技術を使っていれば良かったのだろうか……?』と、部下に嘆きごとを漏らしたとの手記も発見されており、超技術への自身の葛藤が強すぎたこと、連合艦隊の無力化が予想外に早すぎた事への恨み節も、腹心の手記に残っていた。
「悪用されずに済んだだけ、東條首相はいい仕事をなされました。こんなこと言えば、私は政治家に懲戒免職に追い込まれますが」
「彼は遅すぎたのだよ。ミッドウェーで負けた段階で使っていれば、サイパンで手打ちにできたやもしれぬのに。現場主義の権化すぎたのも不幸であった」
東條はドラえもん世界では、魔女の軍事利用も考案していたが、広島への原爆などで古文書などの資料が焼失したことで半ば頓挫したという。その事実が判明したこと、魔女の実在の判明で、東條の功罪の評価バランスに多少の変化が生じた。また、プリキュアの『実在』により、異能を(人為的でない異能)活用できると踏んだ日本政府はこの頃から、活用策を模索していた。その検討委員会の立ち上げの秒読み段階に達した時、文科省が大失態をやらかしてしまう。防衛省の事務次官と部下による、この会話は、超人機メタルダーやメカゴジラなどの技術の由来となるものの示唆でもあった。活用を迷ったために、大日本帝国を破滅に追い込んでしまったのには変わりないが、魔女を高く評価していたのも事実。頑迷固陋とさえ揶揄された東條がなぜ、魔女を信奉していたのか?日本での魔女捜索を極秘裏に進めていた事務次官は、その謎を追っていた。その調査は彼の次代、その次の代の事務次官が着任しても続けられた。魔女の安定供給源を確保するためで、ある意味、急速な科学の発達と、東條英機の信奉した存在ということで、全ての記録と伝聞が歴史の闇に葬られたはずの魔女が脚光を浴びる事になる。
「ウィッチか……東條首相はなぜ憧れていたのだろうな?」
「今となっては確かめようはありませんが……若い頃、あるいは少年時代に何かあったのでは?」
「私が少年時代に仮面ライダーに憧れ、少年仮面ライダー隊に身を置いていたようにか?」
「私の頃には、ジュニアライダー隊でしたがね」
このように、昭和ライダーの補助組織に属していた経験を持つ者が社会の中枢につきつつある時期であることがわかる会話。事務次官の執務室の卓上カレンダーの日付は2018年となっていた…。