――扶桑海軍は1943年時点までは航空主兵論が圧倒的に優勢であったが、1944年の接触により、航空主兵論は日本系国家のなし得る国力では米系国家に太刀打ち出来ないと判明したこと(史実のマリアナ沖海戦とレイテ沖海戦)で勢いを失い、海軍航空隊もその存廃の是非が議論されるに至る。志賀はこの流れに反発していたが、結局は自分の立場を危うくするだけであった。建艦計画も雲龍型と大鳳型の量産が中止され、補助艦艇の量産が重視されたため、前線の空母が不足してしまう事態に陥った。それを補ったのが、秘密工廠での水上艦艇の量産であった――
――空母機動部隊が艦艇の世代交代の進展で『引きこもり』化すると、未来装備で身を固めた戦闘艦艇が花形と化した。播磨型戦艦は呉で擱座した旧式戦艦群を代替する存在として脚光を浴びた。未来技術で作られているおかげで命中精度に至るまでが大きく改善され、原子爆弾でもびくともしない装甲を持つと宣伝された。これはリベリオンに原子爆弾を製造させる意思を捨てさせるための宣伝であったが、実際にその防御力を持っていた。怪異の攻撃にもびくともせず、12門の51cm砲が命中すれば、一撃で大抵の戦艦は大ダメージを負う。多数のモンタナ級と戦うには、これでも不足だという声があり、扶桑は56cm砲に至ったが、他国からは『何と戦う気だ……』と言われる有様であった。欧州諸国の戦艦は『40cm砲の装備すら稀』であったからだ。大和の46cm砲に追従しようとする動きもあったが、46cm砲の砲身命数や砲弾の重さがネックとなり、主砲周りに日本連邦の技術を導入したブリタニアのみがなし得た。リベリオンがモンタナ級を『季刊戦艦』と言われる勢いで用意した事は扶桑を恐怖させ、56cm砲の装備に向かわせたが、他国が46cm砲の標準化に尽く失敗したのも、一因であった――
――魔女の世界の各国は航空閥の台頭もあり、思うような建艦計画を実行できず、計画していた新世代戦艦の尽くは中止されていた。オラーシャ帝国は史実のソビエツキー・ソユーズ相当の戦艦を計画していたが、国の分裂と内乱で諦めざるを得なくなった他、カールスラントは自主的な建造が取りやめられ、鹵獲艦の修理でお茶を濁され、海底軍艦の受領にも失敗する有様。ガリアもほぼ同様であった。防衛の必要上、ロマーニャとブリタニアのみが新型戦艦を揃えたが、それとて旧型の退役とバーターであるので、日本連邦の優位は揺るがなかった。空母の高額化も軍備整備に影響を及ぼしたため、日本連邦は否応なしに空母の整備を続行する方向に向かわされた。だが、時代は65000トン級さえ『中型』に分類されてしまうような超大型空母に向かっていたため、自主建造に手間取る有様。ミッドウェイ級空母の鹵獲は渡りに船であったが、日本側は『自由リベリオンに無償で譲渡しようとしていた』ので、これも揉めた。これは現場の空母不足を鑑み、『太平洋戦争の終戦の暁には、自由リベリオンに譲渡する』という妥協案で決着を見た。この混乱は扶桑海軍の行動に大きな制限を与えてしまったのは言うまでもなく、空軍に過剰な負担がのしかかる理由ともなった――
――扶桑空軍は前身組織時代の相克を解消しきれていなかった。そのことが64Fの巨大化の要因であった。64FはGフォースの中核と定められた都合上、優先して最新機材を受領する立場であったが、内部では『稼働率の高い機材を優先すべきだ』という意見も出ていた。だが、日本の防衛官僚は『こういう意見がベテランを無駄死にさせるのだ』とつるし上げを行い、そういった保守的な意見を沈黙させた。とはいえ、現場としても『勝手の分からぬ新型を送り込まれるのは……』との混乱が生じており、64Fがあくまで『例外である』ことが示されていたのは歴然たる事実であった。1949年当時はレシプロ機が少数派となり、第一線機の多くをジェット戦闘機が占め始めた時期だが、F-86とF-104Jが入り混じる中に、第三勢力として、ドラケンが存在する状況にある。欧州系の戦闘機であるドラケンの採用にうろたえた日本だが、同機は要地防空機としての採用であり、月光や雷電の代替用途での生産である。爆撃機への防空用途に弾道ミサイルを使うのは、却って非効率なのである。誘導機能付きの兵器はすべからく高価格であり、大戦型の消耗戦向きのものではない。その言い分は理に適っていた。一部の野党が主張していた『ハリネズミ論』の矛盾が改めて示されたのである。敵の主力爆撃機はB-29から後継機のB-36とB-47に移行しつつあった頃であるし、ダイ・アナザー・デイで空対空特攻も辞さない日本連邦の必死の迎撃を飽和させようというのが敵の戦術だからだ――
――日本側は現用機の水準に早くも届きつつある扶桑の航空機開発に震え上がった。既にF-4Eの生産が軌道に乗りつつあり、その次の世代であるF-14\F-15\F-16\F/A-18シリーズも姿を見せつつあるからだ。見本があるし、それをもとに、扶桑向けの改修をすればいいだけであるからだ。金属や電子工学分野も急速に発展している証である。これは元々、耐熱金属や航空計器、電子工学の研究をしていたカールスラントの技術者がその研究成果を持ち込み、日本連邦の持つメタ情報をもとに改めての開発を重ねた成果でもある。九六式や九七式戦闘機が最近まで飛んでいたのが嘘のようである。だが、その発展に伴い、航空兵に求められる知識量が一気に飛躍したので、『中学まで行けば、高学歴』と見なされていた扶桑の現状を大きく超えてしまった。そのため、未来世界での大卒や院卒レベルの学習を終えた者が多い64Fが酷使されるのである――
――扶桑には、日本にひた隠しにすることも多い。極秘の地下の武器庫には『反応兵器』が収蔵されており、敵がリトルボーイやファットマンを使用した場合は即座にどこかをそれで消し飛ばす報復体制が構築されつつある事、場合によれば、スーパーロボットにリベリオンのいくつかの地域を無力化してもらう手筈も整えている。日本人自身も既に忘れかけているが、日本系の国家が『戦前の激昂心』を維持していた場合、相手が参ったというまで徹底的に戦うという意思を持つ。日本の政治家はリベリオンの理性的な行動を願っている。史実の対馬丸や阿波丸のような事例が起きてしまえば、扶桑の臣民は即座に民間船への無差別攻撃を叫ぶだろうと予測したからだ。だが、これこそがリベリオンを統治するティターンズの狙いであり、『徹底的に殺し合わせることで、リベリオンの潜在的な国力を削る』というジオニズムの台頭で論じられてきた『大量消費社会悪玉論』を彼らが信奉していたからだ。そして、リベリオン軍は1949年。扶桑の赤十字船『なんよう丸』(排水量11000トン)を当時の最新鋭潜水艦であるバラオ級潜水艦『キングフィッシュ』が撃沈してしまう。日本側の恐れる事態が起こったわけだ。この事件による扶桑世論の沸騰を恐れた日本は事態のもみ消しを図ったものの、失敗に終わる。事件が報じられたのは、1949年の六月の中頃であった――
――とはいえ、当時の連合艦隊には戦艦部隊しか自由に動かせる手駒が無かったし、扶桑国民も道義に反しかねない報復措置には意外と及び腰であったため、この事件は史実の阿波丸事件とほぼ同様の顛末となった。違うのは、リベリオンから損害補償金が即座に支払われた点だった。リベリオンも全員がティターンズに従っているわけではないし、魔女の世界では『通商破壊』という行為を『道義に反する』という考えがあったからで、ある意味では史実より良心的なところを見せたと言える。(故に、潜水艦があまり発達していない)。ただし、扶桑臣民は何かかしらの報復を願ってもいたので、事件の意趣返しと言わんばかりに、同じ月の下旬に『太平洋の虐殺』とも呼ばれる『メカゴジラ軍団による艦隊の第二の壊滅』があった。流石のリベリオン海軍も開戦からの一年あまりで『戦艦を短時間に二桁を失った』のはスキャンダルであった。それが完全な『超モンタナ級戦艦』の登板を促す事になった――
――扶桑も播磨型の誇示で第三の建艦競争になることは読んでおり、ダイ・アナザー・デイ直後より改播磨型の検討を始めた。主砲はカールスラントから持ち込まれた『53cm砲』(20.8インチ砲)が採択された。これは56cm砲よりはお手頃かつ、51cm以上の打撃力を両立するための措置であった。ただし、防御は56cm砲対応となり、防御重視の艦となった。1947年の春頃には『A-170』案として艦政本部で検討されており、1949年の五月に採択された。仮想戦記じみているが、核兵器と潜水艦が台頭せず、航空戦力が史実ほどの打撃力を持たぬ世界では『戦艦の大規模保有』が国力の指標であるのだ。播磨型はダイ・アナザー・デイの最中に本格的に竣工が始まり、主力戦艦の地位にあった。政治的には『対抗心を燃やさせるためのブラフ』扱いに甘んじていたが、対外的には『スーパーヤマトクラスの嚆矢』として恐れられていた。当時、欧州の戦艦の多くは平均で230~250mほど、しかし、リベリオンと扶桑は280~350mに巨大化させ、三笠や敷島という規格外のバケモノも出現したため、欧州は戦艦という兵器の存在意義に悩む事になる。これは奇しくも、史実の日米が『艦隊決戦』に特化した進化をさせ続けた結果、欧州式の戦艦が『見劣りしてしまった』ことと同様の結果である。欧州の海軍関係者らは『なんで、あいつらは戦艦を攻防力中心に考えるんだ?』と頭を抱えたという。無論、欧州の海軍も艦隊決戦は考えていないわけではなかったが、ここ15年は『怪異への対空攻撃が主であり、対艦攻撃は従』という思考回路と化していた弊害で対艦徹甲弾の研究も史実より遅れており、それがダイ・アナザー・デイでの醜態の原因となった――
――日本連邦は誘導弾の値段が高額である事を理解していたので、砲熕兵装の研究は以前と変わりなく続けた。その成果が『多様な種類の砲の開発』である。未来世界や日本からもたらされた速射砲の技術を戦艦に至るまで適応させた結果、M動乱での醜態を名誉挽回する『ダイ・アナザー・デイでの大活躍』を実現させた。播磨型と三笠型はその成果の第一号である。実質、ブリタニアのライオン級を除けば、扶桑の新世代戦艦群はダイ・アナザー・デイの立役者であった。大和の正統な後継者たちが海の王者となったのは、ある意味で日本の大艦巨砲主義者の夢の実現であるといえた――
――播磨型はその威容から『怪物』として恐れられるが、扶桑自身、ヒンデンブルク号の前に醜態を散々に晒してきたため、ヒンデンブルクと単艦で互角に戦える戦艦の保有は悲願であった。ダイ・アナザー・デイ直前には、一番艦『播磨』が公試運転中、二番艦と三番艦が竣工間近であった。ダイ・アナザー・デイは長期化により、播磨型を戦線に呼び込んだ。ダイ・アナザー・デイ開始時に竣工、あるいは完工間近であった艦のほぼ全ては欧州戦艦群の能力不足を理由に回航され、直ちに投入された。戦艦大和を更に巨大化させた様から『大艦巨砲主義の権化』と、日本のメディアからは小馬鹿にされたものの、51cm砲の破壊力は日本の予想以上に凄まじく、アイオワ級戦艦を数発のみの命中で戦闘力半減に追い込み、ノース・カロライナ級に至っては『竜骨を歪め、榴弾で『浮かぶスクラップにできる』ほどであった。故に、対空砲火の自動化が進められたのである――
――ダイ・アナザー・デイ以降の主力艦として稼働している都合、64Fとの共闘の機会は多かった。当時、メディア向けによく発表された写真は『播磨が僚艦を引き連れ、上空直掩のプリキュア達と共に進撃する』カットであった。当時、連合軍に加わっていた中で、飛行能力を持つプリキュアは多くなく、キュアドリーム(上位形態であれば、翼を持つ)、キュアハート(こちらは中間形態以降で翼を持つ)、キュアラブリー(こちらはデフォルトで持つ)、キュアピーチ(最強形態のみ)などが写っていた。ドリームは世代(アニメで登場した年代)の都合もあり、ダイ・アナザー・デイ当時は文字通りのリーダー格(当人はリーダーという存在を好いてはいなかったが、仕事での都合は理解していた)として扱われ、ダイ・アナザー・デイでの英雄とされた(その彼女の志望が潰されたので、騒動が大事になったわけだが……)――
――水無月かれんはことはとの接触の後からは、親友の秋元こまち共々に『平行世界ののぞみを救う』意思を固めていたが、『自分の世界ののぞみはどうするのか?』という問題がのしかかったため、なかなか実行できずにいた。デザリアム戦役で強引な手段を講じるしかなかったのは、のぞみBが事の次第に勘づき、強く反発したからであった――
「どうしましょう」
「そうなのよ。この世界のあの子は『その世界の私には、みんなもいるはずだよ!?』ってなってるのよ、うらら。実際はそうではなというのに」
説明を受けた春日野うららも、のぞみBの反発に悩む。気持ちはわからないわけではない。別の自分自身を助けるために赴くのを嫌がる心理は当然生まれるからだが…。
「自分で自分を助けたいんじゃ?」
「それは無理よ。向こうののぞみは、こちらの自分自身より遥かに強いのよ。それも……」
「コンプレックスですね」
「そうだ。この世界ののぞみは、僕の知るのぞみに嫉妬してるんだ、有り体に言えば」
「ココ、生まれ変わったら、サムライトルーパーですか?お母さんが若い頃に……」
「ハハ、それは光栄だな」
春日野うららの母『まりあ』はうららの幼い頃に病で夭折してしまっている。舞台女優としての活躍をしていた矢先の悲劇であった。その母は学生時代に『鎧伝サムライトルーパー』にハマっていたらしく、学生時代に買ったと思われる同人誌が自宅に残されていた(うららが幼稚園にいくかいかないかの時期に亡くなってしまったため、夫が将来、娘が妻の生前の人物像を知る手がかりとして残しておいた)。2008年当時に13歳(1995年生まれ)であったうららが88年のアニメであった『鎧伝サムライトルーパー』を知っていたのは、母の若気の至りが原因であった。
「でも、なんで地球人に生まれ変われたの?」
りんが疑問を口にする。
「それはたぶん、僕自身もだけど、君たちに守られてばかりだったからだと思う。それで、神様が気を利かせてくれたんだろうね」
「のぞみが聞いたら、怒るわよ?」
「のぞみも知らないわけじゃないけどなぁ。前に詫びた事があるし。のぞみはたぶん、君たちを奪われると思ってるんじゃないか?こちらに君たちがいない事は教えては無いからね…」
「別のチームの子達の事は?」
「あの子達には踏み込めない領域があるからね。二年間の蓄積は」
「二年…か。そういえば、二年戦ったけど、学年も上がらず、私とこまちが高等部に進学するわけでもないのだけど、それはプリキュアだから?」
「君たちの役目が終わってないってことだろうね。なぎさとほのかも二年戦ったが、進級はしたからなぁ」
かれんが二年目に入った頃からの謎に触れた。プリキュア5という存在のメタ事情にも絡むものであるので、謎は深い。
「あ、この間のことなんですけど、私とかれんさんが『GO!プリンセスプリキュア』と『魔法つかいプリキュア』の現役時代のオールスターズ戦に召喚された時の事なんですけど、すごい事になって」
「何か心当たりあるかしら?はるかたちの現役時代の戦いの時は超巨大なゲッターロボが現れたの」
「ゲッターロボ?名前は?」
「ゲッター天(ワン)。そう呼称していたわ」
「ゲッター天……か。どんな時に?」
「オールスターズが追い込まれた時かしら。バグという敵が現れて、必死に戦ったのだけど、打つ手が無くなった時。フローラの涙と叫びに呼応したのか……、チェーンジ・ゲッターワンッ!!って声が響いたの」
「バグ……カムイ・ショウか。奴め、プリキュアオールスターズも敵に回すのか?」
「知っているの?」
「ああ。話せば長いんだが、そのバグと戦ったゲッターロボを動かしていたのは……おそらくは初代ゲッターチームのリーダーである『流竜馬』その人だと思う」
「流竜馬……」
この時に、彼女らは流竜馬の存在を知った。ゲッターロボの初代パイロットの一人であり、キュアフローラらを助けてくれた男。そして、世界をも作り変える力を以て、プリキュアオールスターズを蹂躙したバグを更に圧倒した謎のゲッター。一説によれば、真ゲッターロボの変異した姿かつ、ゲッターエンペラーの幼体という説のあるゲッターロボとされるが、ゲッターエンペラーの根源はゲッタードラゴンなので、謎の多いゲッターである。そして、コージの口にした『カムイ・ショウ』とは、流竜馬の子である拓馬の戦友であり、ゲッターロボと地球人類の進化を危惧し、人類との敵対を選んだ男の名である。彼女らはここから、ゲッターロボにまつわる壮大な話を聞くことになった。
――その頃ののぞみA。騒動で内定していたはずの転職を潰された事の損害補償の一環で、新設の日本連邦大学に無償で通う権利を得たため、1946年から通っていた。扶桑の歴史に興味が湧いたため、教育学ではなく、史学を専攻していた――
――新京 日本連邦大学――
「損害補償の一環でタダで通えるのなら、通わないとねぇ」
扶桑には『女には学問は不要』という文化が残っていたが、ダイ・アナザー・デイで『自分の職責に触れない知識に無知なのが魔女である』という赤っ恥を次元世界に晒してしまった扶桑軍は1946年以降、『勤務しながらの高等教育機関への在籍』を推進し始めた。その嚆矢が『日本連邦大学』という大学の創立で、その南洋キャンパスにのぞみは籍を置いた。本来は学費の数割を負担するのだが、のぞみは損害補償の一環での在籍なために『無料』であった。
「まさか、はーちゃんがあたしの義理の叔母になる(当時は婚約の状態であったので『予定』であったが)なんて。みらいちゃんが腰抜かしたのわかるなぁ」
「やっほー、のぞみちゃん」
「ラブちゃん」
「芸能科も午前の授業が終わってさ。二度目のキャンパスライフを軍人の身分で味わうなんて、思ってもみなかったよ」
「あたしも~。前世じゃ教育学部だったから、今回は史学に変えたんだ」
「扶桑の歴史に興味あるの?」
「まぁ、そうなるかな。実家が実家だし、歴史を知っておかないと、親類の老人連中が騒ぐしね。武士の家系は辛いよ。先輩と違って、うちは中世から名家の家柄だし」
桃園ラブ(キュアピーチ)は前世が芸能人だったため、今回も芸能科に在籍したが、のぞみは家の柵へのせめてもの抵抗として、史学科に籍を置いたらしい。
「そっかぁ。この世界の人が素体だもんね、のぞみちゃん」
「姉貴や妹に連絡も入れていかないといけないしさ。気を使うよ」
「レポートは大丈夫?」
「昔と違って、それはきちんと出してるって。一応は職業軍人だし」
「そういえば、どのくらいの知識を引き継いだの?」
「語学は英語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、フランス語は仕事で使うから、通訳なし。英語も筆記体で書けるし、読める。昔にこの語学力があれば、つぶしが効いたんだけどね」
自嘲気味だが、錦の置き土産の一つが『軍人として必要な語学力』であった。4か国以上の言語を自由に操れることは、列強諸国が一定のエリアを支配し合う秩序であった魔女の世界においては、四ヵ国語も話せれば、任務に支障をきたすことはない。
「すごいじゃん~!あたしらの時代にはさ、筆記体なんて使わなくなってきてるしさ」
「ゆとり教育だもんね、うちらの年代」
のぞみとラブは同世代(1993年生まれ)であったので、ちょうど小学三年生であった頃からゆとり教育を受けた世代。ノビスケの生きる2023年に30歳を迎えているくらいの年齢層だ。
「あたしくらいまでだなぁ、普通の学科も仕込まれたの。直枝(菅野)くらいになると、入学からたったの1年半で士官学校卒だもの。先輩はきっちり三年から四年の教育受けた古株だから、本当なら、軍学校の教頭くらいはやってていいんんだ。最も、今は軍学校が閑職扱いだけど」
のぞみの一件からしばらくの間、軍学校は『損害補償問題に絡んだ予備役軍人の駆け込み寺』扱いをされており、1946年時点ではまともに機能しているといい難い有様であった。そのため、軍学校卒後の実地教育が重視されていた。そのための64Fの中隊が『極天隊』であった。
「だから、極天隊が?」
「実地教育しないと、今の若い子は使い物にならないからね。ダイ・アナザー・デイで自分の職責の範囲外の事に無知な魔女が多すぎて、軍はあっちこっちに物笑いの種にされたんだ。その汚名返上で、この大学が作られたわけ。骨川コンツェルンと野比財団が出資してね」
この時点での日本連邦大学の学生の多くは『軍で士官の地位にある魔女』であった。軍部が汚名返上と言わんばかりに、有力な魔女の多くを勉学に励ましたためである。のぞみとラブはその中でも優秀な学生であり、プリキュア出身者で作るサークルを運営していた。
「ってことは、のび太くんの財団が?」
「うん。先輩を介して、日本の教育関係から人材を回してもらったそうな。先輩は七勇士で一番に政治的発言力あるから」
黒江の野比財団とのパイプは扶桑の高等教育機関の整備に一役買っていることが語られる。のぞみの言う通り、黒江は『七勇士』の中で最も政治的なパイプを持つ。野比財団及び、骨川コンツェルンとGフォースの責任者としてのコネクションを持つからだ。野比財団はのび太の資産管理財団としての顔も持つが、事業そのものは(のび太の妻であるしずかの意向もあり)手広く、教育の普及促進もその一つであった。だが、2023年時点では当然ながら新参の財団であり、社会的信用はほとんどなかった。故に、事業拡大に当たっては、骨川コンツェルンの後ろ盾が必要であった。また、扶桑の英雄である黒江との繋がりも『扶桑への進出の足がかり』として利用しており、『Y委員会』の紹介で扶桑社会に足がかりを得たと語る。
「Y委員会かぁ。この世界だと、あの山本元帥が発起人の円卓会議でしょ?」
「うん。扶桑の政治の裏のかじ取りを担ってる。あたしたち、委員の肩書あるよ」
「へ、本当?」
「この時代の提督や将軍とかが死んだ後の後釜扱いになるけどね。明治の元老もそうだったけど、ある時代の出来事の功労者は時間経過で減るもんだからね」
明治の元老達(伊藤博文などの維新の功労者たち)も昭和までには全員が世を去ったように、M動乱~ダイ・アナザー・デイの功労者である者達も時間経過で自然と減る。その後釜としての予約席だと、のぞみは笑う。
「元老扱いじゃん、うちら」
「いずれね。いずれは時代の流れで、枢密院も廃止されるだろうから、Y委員会を昔の元帥府と枢密院を兼ねた存在に育てたいんだって。日本の衆愚政治に失望してる武家系の華族や皇族も多いからね」
山本五十六は将来、Y委員会を元帥府と枢密院の役目を代替し、国政に一定の影響力を持つ機関としたい意向を示しており、自分達の世代が世を去った後の布石も打っていた。軍略家としては三流の『博打打ち』と揶揄されている山本だが、軍政家としては超一流であるのを示すように、設立時点では『青二才もいいところ』な七勇士やプリキュア達に将来的にY委員会を継承させるために、席を用意していた。(実際、日本側から枢密院廃止の提案があったが、枢密院に落ち度がない上、軍部の暴走の抑止に一定の効果を持つことを理由に退けている)
「将来、定年で退役しても、暮らしは保証されるって奴?」
「まぁ、戸籍上の年齢がいっても、食い扶持があるのは助かるよ。肉体は歳を食わないったって、戸籍年齢は上がるわけだしさ」
転生者であるがこその悩みを話し合いつつ、学食のカツ丼に舌鼓を打つ二人。学生食堂は21世紀にはごくありふれた形式のものだが、扶桑の中では最先端に属する。二人は戦間期には勤務と大学での勉強が半々の生活を送っていたわけだが、扶桑が(時代の求めに応じて)学制の新制への切り替えの途上にあった中では、最高水準の教育を受けている。扶桑は魔女の意識改革を進めるに当たっては、高等教育機関の設置と教育の普及を痛感しており、一期生でもある彼女らはそのモデルケースでもあった。かつての赤松や北郷らのしたような徒弟制の名残りのような達人教育の時代は終わり、『ある一定程度の教育を済ませた人員が大量に必要になる』戦乱の世に備えての意識改革と次世代を見越しての意識啓発は1946年の時点では始まったばかり。この日本連邦大学での教育が本格的に軌道に乗り出すのは、ここからもうしばらくの時間を必要とした。