ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版   作:909GT

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「1949年への移行」編になります。


第四百十二話「1949年~序章 4」

――ウィッチ世界の海戦戦術は一気に、史実の同時期と遜色がないものになった。その過程で、基礎設計の古い高雄型重巡洋艦以前の甲巡は老朽化を理由に、退役が進められた。ただし、その後継が迷走した。伊吹型を凌ぐ甲型巡洋艦を日本は求め、扶桑は条約型からの脱却を果たした超甲巡の量産継続を求め、対立していた。結局、『戦争で予算がある』事から、双方の路線の両立が認められたため、高雄型重巡洋艦の改型の開発と超甲型の量産と改善が両立される格好になったが、船体サイズが(艦艇の万能化が促進され、詰め込まれるために)必然的に200mを超えていくため、戦艦との違いが減り、『巡洋艦』という存在が曖昧になってしまう結果となった。ただし、駆逐艦もそれに伴って、かつての巡洋艦のサイズにまで拡大したため、相対的な大きさの基準としての用語として存続していく。この時期にまで残存していた『最後の日本型軽巡』である『阿賀野型軽巡洋艦』は艦齢が若いことから、結局は現場の要請で大改修が決まり、作り変えと言われるほどになった。対空兵装を21世紀以降の水準にし、砲は(21世紀では連装砲塔が廃れていたため)23世紀の宇宙艦艇用の物が転用され、ウィッチ/水上機の運用装備はヘリコプターの発着甲板に置き換えられた。船体延長に伴い、後部主砲を取り払う案も出ていたが、現場が火力の維持を希望したため、未来式の砲塔への換装で折り合いが取られた――

 

 

 

 

――太平洋戦線はミサイル兵装の普及期に起こった戦争となったため、先進装備を有する日本連邦が質的に有利となった。当時はミサイル兵装が怪異へあまり効果がない(その上、再生する)事から、他国では『ウィッチ支援用装備』くらいの扱いとしか見做されず、カールスラントであっても、(ハルトマンなどのトップエースが懐疑的であったため)開発はプロトタイプがロールアウトする程度に留まっていた。ダイ・アナザー・デイの際、後世の技術で完成された後の『サイドワインダー』や『AMRAAM』、『フェニックス』が持ち込まれ、ダイ・アナザー・デイでそれぞれが大戦果を挙げたため、ウィッチ世界の各国は同等のものを作ろうとしたが、電子技術で隔絶した差があるため、自国生産は不可能であった。日本連邦とキングス・ユニオン以外はアメリカ合衆国からの輸入品を細々と実験的に使用するに留まっている。また、ジェット時代では、旧来式の機銃が『当たらないし、当てられない』問題も起こっているため、『射撃回数は限られるが、リボルバーカノンか、ガトリング砲に置き換える』ことが推奨されたため、一気に航空機の開発費は高騰。各国は自由リベリオン製のF-86シリーズの購入を決定し、自主開発を諦め始める。ガリアは(ド・ゴール派の意地もあり)史実通りにウーラガン、ミステール、ミラージュⅢの順に開発を急ぐが、ペリーヌが軍事への支出を剛腕で抑え込んだ事から、開発は遅延。その間に日本連邦は開発を加速させ、『F-14』の量産に取りかかる。その原型機の開発元は自由リベリオンであるので、カールスラントの没落後は、自由リベリオンが航空超大国として君臨してゆく。日本連邦内部でも『独自開発機』は細々と開発が続くが、大勢はライセンス生産の独自改良機であった。しかしながら、空・海軍機で『部品の互換性を高度に持たせる』という観点からは望ましい事ではあった。また、戦前期のように『複数隻による空母機動部隊』が空母の高性能化と大型化による経費の増大で非現実的になったため、エセックス級相当の大きさの『強襲揚陸艦』が重宝されていく。扶桑も軍事上の経費削減策として、雲龍型を強襲揚陸艦と軽空母の兼任で複数を運用。1949年度には、『防空空母』と『強襲揚陸艦』に分かれた雲龍型が遊弋するに至った――

 

 

 

 

 

 

――第二世代宮藤理論式ジェットストライカーは空軍の精鋭と空母機動部隊の艦載部隊であった部隊に優先配備され、1949年度の初夏までには、まとまった作戦能力を得た。日本側は作戦能力取得からすぐの実戦投入を渋ったものの、ウィッチの役割の変化を示すためもあり、現場の判断で、奉天の制空権確保に出動した。64F主力が『遠征』で不在である中での出動であったが、比較的に練度の高い部隊が動員された事、M動乱からの戦乱をくぐり抜けた古参兵が多く在籍していたこともあり、F-102『デルタダガー』、F-101『ヴードゥー』くらいは圧倒できた。転生の経験込みの64F主力より落ちるものの、かなり良好なキルレートが記録された――

 

 

 

「各員、損害を報告せよ」

 

「被弾した者はおりますが、シールドで防ぎきっております」

 

「不満は火力偏重なことですが、ご時世的には仕方ないのかもしれませんね」

 

「うむ。接近戦はかなり苦労するだろうから、改良は具申していこう」

 

初実戦は大勝利であったが、ダイ・アナザー・デイの戦訓で重爆を落とせる火力を開発者たちが志向したため、『武器が長物になって、格闘戦に不向きな特性になってしまった』のは否めないと愚痴る隊員たち。

 

「64Fの主力が不在である今こそ、我々の存在意義を上に突きつける機会だ。超人たちばかりに頼れない日もあるのだと思い知らせ、なんとしても、世間的に認めてもらうのだ、再び、な」

 

「凡人のほうが多いですからね、実際は」

 

彼女らはダイ・アナザー・デイのサボタージュに与せずに、戦線を戦い抜いた部隊からの選抜メンバーであった。それ故に、64F主力の遠征出動時の空軍ウィッチの主力として期待されており、それに相応しいだけの成果を出していた。

 

「カールスラントの連中が知れば、歯噛みするでしょうな」

 

「今まで、散々に自分たちが空の王者と威張った罰だと思っている。無論、これからの我々も驕りは禁物だがね」

 

「敵はセンチュリーシリーズというものに統一し始めたのでしょうか」

 

「超音速戦闘機を安定供給できる体制が整ったのだろう。敵も機種更新が進み始めた証拠だ。レシプロ機はほとんど見なくなるだろう」

 

「寂しいですね」

 

「これも、時代の流れだろう」

 

64F出力が遠征で不在の時期における、彼女らの活躍ぶりは後に『奉天航空戦』と呼ばれる大空中戦の幕開けとなった。日本の防衛官僚からは『超音速機を粉砕できる火力を歩兵に与えられる』観点から絶賛され、彼等も『コストパフォマンスから、望ましい』とされ、第二世代宮藤理論式飛行ストライカーの普及を促す。カールスラントのエースたちが難色を示した『長物』は日本連邦では『重爆を落とすために必要』とされ、普及していく。これは日本連邦は『悲惨な防空戦』の記憶を持つが故に、言うならば『超重爆を絶対殺すマン』化していたからであった。また、史実で活躍した機種がリベリオン本国側であまり生産されず、64F主力に生産機の殆どが撃破されたため、全軍に普及しなかった機種も存在する。だが、最初期の第二世代理論では、格闘戦に移行する事があまり考慮されていないため、武装ユニットを手持ちしたままで臨むしかない難点があり、この半年後には『武装ユニットを任意の位置に移動させられる』ように改良される。以後はそのスタイルが標準化され、今度は次第に火器の手持ちへの回帰と背部や腰部に武装ラックを備える方向に向かうのである。

 

 

 

 

 

 

――第二世代宮藤理論式の飛行ストライカーは従来理論より『触媒』を消費せずに量産できるという利点はあったが、それまでより頑強な耐熱合金が『高出力の飛行魔法に対応するため』に必要になったり、射撃管制装置と電探搭載の標準化もあって、調達価格が高騰した上、製造難度が飛躍的に上がった事が軍政上の難点であった。また、攻防速も飛躍したものの、今度はバードストライクなどでの故障の危険も出たため、重要部の装甲化が模索され、その装甲化研究がその『更に次の世代の理論』の雛形となり、次世代の『箒』となる。使い魔との関係も変化が生じ、恒久的に魔力を維持できる者が増加したことにより、『魔力を円滑に運用するための戦友』という認識が生まれていった。(ウィッチと一体化した状態のままになった使い魔も増加したため)1940年代後半に『魔法の体系化』が急速に進み、ミッドチルダやベルカ式の魔法を会得した者も現れ始めたため、それまでのような徒弟制を引きずった育成は縮小に向かったが、一部のエースの固有技能はその方式での継承が依然として主流であった――

 

 

 

 

 

 

――対人戦も増加した時代、ウィッチ達に課す戦闘訓練も『実践的』なものになりつつあった。1949年次は旧来の考えの者が減り始め、対人戦も『生き残るために行う』とする者が増加する最初の時期であり、空・陸を問わず、本格的な対人戦闘訓練が課されるようになった。これは『前世の経験も加味し、達人級と言えるだけの技能がある』転生者(プリキュアを含む)とその他のウィッチとの差を少しでも埋めるための措置であり、軍ウィッチの『本格的な職業軍人化』のための最初の変革でもあった。1945年まで、ウィッチ達の多くが『対人戦闘訓練は形式的にしか習ってこなかった』ため、ほとんど軍に入る上での通過儀礼と化していた事の反省でもある。(武器の常時携帯は個人の裁量に委ねられていることは同じだが、時勢の都合上、形式的に拳銃を購入するウィッチ志願者、あるいは1944年以前の入隊者は多かった。扶桑出身者は『扶桑海事変』のプロパガンダの名残りか、『ベレッタ・M1934』を好んでいたという。圭子が事変中に持っていたとされているからだが、実際はそれよりも世代の進んだ『ベレッタ92F』である。)日本連邦体制の確立に伴い、扶桑国産の拳銃は旧式化を理由に、軍用拳銃としての淘汰が進んだが、64Fのエースたちを『外国かぶれ』と嫌う者もいるため、需要が消えたわけではなかった。しかし、それも次第に縮小する。部品の製造中止が相次いだからだ。1945年時点で中堅層だった世代が抜け、新規世代も目減りしたことで、扶桑国産拳銃の需要は消えていくのだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――扶桑の国産兵器の需要がみるみる内に縮小することに憤慨した技術者たちだが、既に南部麒次郎や宮藤一郎などの天才技師は亡く、(1949年度に南部麒次郎は没している)後に残った『秀才』と『技術屋』気質の者たちは既存技術を『発展させる』ことは出来ても、一から技術を生み出すことは困難を極めた。機甲兵器の技術陣も『技術革新の連続』に追従しきれず、結局は英国とアメリカ合衆国、ドイツの戦後戦車の発展史を勉強し、そこから日本の戦車発展史を学ぶことが最善とされるに至る。技術者達は多くの分野で『リベリオンの下請け化する』事を危惧していたが、一部は独自仕様の武器が主流を占め続ける。これは1940年代の扶桑人の平均身長が21世紀のそれより10cm以上低いもの(同時代の日本人より数cmは高いが)であったからで、その兼ね合いもあった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――扶桑軍ウィッチ兵科は内々で『将来的な解消』が決定された。在籍する人数が『兵科の維持』に必要な最低人数を下回る状態が数年も続いたためで、竹井少将(竹井の祖父)が存命中は彼への労いの意味で存続されるが、彼の死を合図にして、兵科解体の手続きが取られることが正式に決まった。これは『ウィッチ兵科の高慢ぶり』への他兵科の不満が1940年代以降に蓄積されており、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの一件が結果的に、扶桑でのクーデターの間接的なトリガーとなったことも鑑み、兵科の解消が最善とされたのだ。(ただし、軍内での特権喪失による社会的地位の喪失が副次的に起こることが懸念されたため、細心の配慮が払われるように通達がなされた)戦時中はその事項の細かい議論は凍結されるとされた。それどころではないからだ。1947年から『ウィッチの不作』(覚醒の確認が少数に終わる現象)が続いた事、クーデター事件で世間からの目が冷却化したことで、64F在籍者も含め、世間から求められるのが『一騎当千の戦果である』とする風潮が出来上がってしまっていたのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケはその流れを間接的に作った張本人ということで、扶桑人から目の敵にされかけていた。ミーナは(人格の変貌後)その責任を取るかのような形でカールスラントでの立場を捨て、扶桑の義勇兵としてやり直していく。歌手の道もこの時に諦めたが、それについては、カールスラント国民の世代交代(数十年後)で、混乱に振り回されたカールスラント軍への同情論が台頭したことで拓けていく。(同情論が広がったことでの変化)その頃には、カールスラントの全盛期を知る人間達が世代交代で減少した事、日本連邦が事実上は超大国化していた事により、カールスラントの全盛期は『うたたかの夢』扱いされている事による。カールスラントは軍事的に衰弱した状態が続き、大戦期の軍人達が次第に減少したことで、嫌悪感が薄れたからである。そこに至るまでには、少なくとも数十年は必要であったことは1945年の時点で、本人も自覚していた――

 

 

 

 

 

 

 

 

――ブリタニア連邦は『猫目のカニンガム』という渾名があった、元・ナイトウィッチの『ジャネット・カニンガム』にニンジンやブルーベリーなどが送られて来てしまう事態に直面していた。彼女は1945年には既に、デ・ハビランド社のテストパイロットに転じていたが、ダイ・アナザー・デイに際し、首相命令で前線に復帰させられ、昼間戦闘に駆り出されていた。ダイ・アナザー・デイ直後、所属していた航空メーカーそのものが21世紀の米企業であるボーイング社に吸収合併されたことで行き場がなくなり、彼女は結局、ダイ・アナザー・デイ後も『大佐』として空軍に残留し、日本連邦に協力させられる羽目に陥った。その関係で『史実の逸話』を当て込んで、大量にニンジンやブルーベリーが送られてきてしまったのだ。ブリタニアとしても、『猫目は情報部のでっち上げでした』(機上電探の開発の秘匿のため)と世間に言えなくなってしまい、対応に窮した。結局、『彼女の夜間飛行での戦果は固有魔法によるもので、夜間視力の良さとは関係ない』と声明を発表せざるを得なかった(猫嫌いの彼女からの猛抗議も関係していた)が、日本連邦の大衆から善意で寄付されたニンジンやブルーベリーをどうにかしなければならなくなり、彼女は『猫目のカニンガム』という偶像を演じ続けなくてはならなかった。とはいえ、時勢は既にジェット時代。ブリタニアの名だたる名機は旧式化し、ジェット時代の純国産機は減少する始末。彼女には1946年時点で、ブリタニア国産の『グロスター ミーティア』が与えられていたが、既に旧式化しているため、『デ・ハビランド ベノム』に交代したが、それすらも日本連邦の最新鋭機に比しての見劣りは否めなかった(ジェットストライカーの国産をなし得ただけ、ガリアよりマシだが)。彼女は日本連邦に招聘され、ウィッチの夜間戦闘の教官となっていた。元々、501の設立メンバーに予定されていた(上層部が彼女の501入りを阻止したが、その事自体が軍の不祥事と化してしまったため、今度はその厄介払いを兼ねて、極東に左遷された)ため、この時にようやく、彼女の願いは叶ったことになった――

 

 

「カニンガム大佐。大佐ほどの方が極東に左遷など」

 

「日本連邦と我が国の関係が逆転した以上、1940年代始めの内部事情を知る者は口封じをされているからな。逆に栄転となるだろう」

 

「何故ですか?」

 

「見給え。あのような飛行機を飛ばせる国のどこか田舎者かね?」

 

彼女は赴任している基地の執務室の窓から、上空を飛行する『F-14』の勇姿を見上げる。当時の他国がジェット戦闘機の試作にすら四苦八苦している最中に、コンピュータ制御の可変後退翼を有し、誘導ミサイルを標準装備する機体が量産態勢に入りつつあるなど、隔絶した技術力の差を見せつけている。

 

「ですが……」

 

「本来、英国の経済援助がなければ、コモンウェルスの独立が起こっていたであろうブリタニアに、日本連邦に伍する軍事力は維持できんよ。我々は近い将来に『王者』ではなくなる。元々が小国だったのだ、この数百年は身の丈に合わん繁栄だったのかもしれんな」

 

彼女はブリタニアの植民地帝国としての落日を予見していた。そして、時代は日本連邦が旭日を迎える空気になりつつあると示唆した。

 

「日本連邦に世界の秩序が保てると?」

 

「植民地の連中(この世界では、リベリオンを指す)に大きい顔をされるよりは、自分達の弟子であった国に明け渡すほうが穏便だと思うが」

 

「た、確かに」

 

ブリタニア人は無敵艦隊の撃滅以降は自分達が欧州の覇者だという風に認識し、植民地時代以降は『世界を統べる者』という特権意識を持っていた。だが、ブリタニアも二度の世界大戦で疲弊しきっており、往時のようには振る舞うことは不可能であった。その事を軍人である彼女はよく認識していた。

 

「ヤマトを超える戦艦を作り出せなかった時点で、我々は退場する運命なのさ」

 

「ヤマト……」

 

「そう、ヤマトだ」

 

ブリタニアの造船技術はとうとう、戦艦大和を全てで上回る戦艦を作り出せぬままで、空母機動部隊と潜水艦全盛の時代を迎えてしまった。空軍軍人の彼女でさえ、日本連邦が血反吐を吐きながら、贅を尽くして生み出した怪物がブリタニア海軍の持つ『戦艦の概念』を覆した存在であるかを理解していた。

 

「扶桑は『敵を撃滅できれば良し』になるお国柄だ。ダイ・アナザー・デイでは、躊躇なく、体当たりや自爆攻撃をしてきた。あれで我が国の若い子らも、かなり精神をやられた者は多い。だが、逆に言えば、あれくらいの気概がなければ、対人戦では戦えんのかもしれん。その結晶がヤマトだ。自国の美称を冠させた船に、一騎当千を義務付ける。我々には真似できんよ」

 

ブリタニアは戦艦をある時期からは『移動砲台』と見なしていたため、純粋に『個艦戦闘力』を極限まで高めた大和型戦艦の存在は『戦艦の定義から外れている』と批判的であった。だが、バダンの大戦艦『ヒンデンブルク』の存在が必然的に大戦艦の存在を必要とし、大和型戦艦とその強化型が檜舞台での看板役者となった。そのことに歯噛みしたブリタニアであったが、大和型と同等の能力を持つ戦艦を持つには、技術的ハードルが高すぎたのだ。また、艦隊全体の戦闘力を尊び、個艦戦闘力を重視する時代ではないと考えていたブリタニア海軍には、M動乱以降の大和型戦艦の華々しい戦歴は信じがたいものだった。国際連盟(1945年秋以降は国際連合)発行の海軍雑誌の表紙がダイ・アナザー・デイ以降、日本連邦の艦艇に尽くを独占されている事が、海軍力の権威からして、ブリタニアは落ちぶれた事を示している。

 

「この先、我々は欧州の有力国ではいられても、以前の様に居丈高に振る舞うことは許されんだろうな」

 

彼女は窓から見える、日本連邦の運用機種たちを見ながら、副官に漏らす。F-14、F-15、F-20。どれも扶桑でも最新鋭の機体ばかりだ。ブリタニアが戦後第一世代級で四苦八苦しているのに対し、日本連邦は既にその三世代先の戦闘機を試験している。既に、勤務などにコンピュータの使用が当たり前な扶桑と、タイプライターが現役なブリタニアとの差を実感していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

――この急激な異世界交流での技術革新を扶桑は『神の福音』として受け入れ、他国は『悪魔のささやき』として恐れた。だが、ティターンズの率いるリベリオンと扶桑の技術競争は他国の追随をまるで許さないほどにハイペースであった。1940年代の内に航空機の『戦後第二世代の代表格』達が戦場に現れ、戦後世代の戦車が戦中世代を蹂躙する、イージス艦と戦後世代の対潜哨戒機が戦中世代の潜水艦を鉄の棺桶に変えるルーチンワークをこなす。それらの技術革新に適応するために、ウィッチは第二世代宮藤理論を基幹とする戦闘システムを構築する道を選ぶ。その研究の端緒となる理論は『義足のバーダー』と名高い『ドロレス・バーダー』ブリタニア連邦空軍大佐が提出しており、ウィッチを現代空戦に適応させるための基礎となる。『素で現代戦闘機に対応できる超人たちばかりがウィッチじゃない』。それが『全世界の平々凡々なウィッチ達』の総意であり、第二世代宮藤理論の急速な実用化はその総意による、世界中からの資金援助によるものであった。だが、開発を急ぐあまりに、実際の実用性はおざなりにされた面があるのは、理論の実用化を担当した吾郎技師も認めるところ。しかし、1948年頃にストライカーユニット用の敵味方識別装置が開発され、世界で普及し始めたことから、次第に実用性の改善が図られていく。バーダー大佐はそれをきっかけとして、『ストライカーユニットへの電子装備の搭載』を見越し、ウィッチ全体の『戦闘システムの構築』を提案するに至る。ウィッチを時代遅れの存在と言わせないために――

 

 

 

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