ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版   作:909GT

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状況説明回、再びです。


第四百四十三話「1949年~序章6~」

――プリキュアは公的に確認された中では、最初のリーダー格(本人は謙遜しているが、実質的にはそうである)の戦士であるキュアドリームが扶桑皇国陸軍飛行戦隊(後、空軍)の将校であったり、後に確認された戦士達も数人が各国の将校であることから、軍隊が身分保障と身辺警護の意味も込めて、雇用する事になった。これに日本の大衆の少なからずは反発したが、戦闘行為の法的問題がある事から、軍隊が引き取ったほうが『色々と都合が良かった』のも事実なのだ。扶桑は魔女の世代交代期に入っており、未来世界などの介入で志願制への移行が進められた事で、現場の人手不足が顕著に現れたため、プリキュア達は(名目上、パイロット扱いで)破格の待遇で将校に取り立てられた――

 

 

 

 

――日本側も、面倒くさい法的問題は避けたかったのと、ロシアが学園都市との戦争の腹いせに隣国に侵攻しじめ、漁夫の利を狙う中国の暗躍もあり、プリキュア達はそれら旧東側諸国への抑止力としての側面を期待された。当人達としてははた迷惑な話だが、当時の日本と扶桑とでは『軍人という職業』への認識の違いが大きく、扶桑は志願制への移行で、容易に人手を補充できなくされた。そのため、大陸領の奪還は実質的に放棄されるに至った。(旧大陸領は結局、1990年代初頭に『浦塩までは保持し続けるが、ハワイ諸島の領有と引き換えに、統治権を周辺国に売却する』という浦塩条約の締結により、領域内の安土時代の国宝の回収がすべて完了した1999年、正式に扶桑領から外れる。旧領の住民の子孫たちは大陸の代替の居住地として宛てがわれた南洋新島郡やハワイ諸島に移住していく)旧領の住民の失われた財産と権利の補償には、おおよそ数十年もの期間を要する事は『太平洋戦争の開戦の数ヶ月前』には予測済みであり、扶桑の代々の国家首脳も南洋新島郡をドラえもんに依頼し、逐次に拡充。自由リベリオンの存続期間中はその領地として、リベリオンの再統一後は『リベリオン系住民と扶桑国民の融和の象徴』として扱われていく。扶桑が太平洋戦争でハワイ攻略にこだわっているのは、同じ日系の国家である『太平洋共和国』の首脳の要請でもあった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――日本は扶桑の技術者を自国の航空開発に動員するつもりがあったが、ウィッチ・クーデターで技術者が他分野へ多数が転身。懲罰として、その事態を招いたとされた『横須賀航空隊』の人員は前線で酷使された。4年後の1949年には、当時の幹部層の六割が戦死するまでになった。志賀少佐はその名誉回復に全力を注ぐようになり、自身は離散した技術者たちを再集合させ、航空技術維持のための会社の設立の準備を進める。彼女の設立する会社は後に、扶桑第二の規模の民間軍事会社へと発展。軍の予備役の受け皿の一つとなる。また、震電改シリーズの開発に参加した技術者の多くは志賀少佐の紹介で再集合した者達であった。志賀少佐は64への禊として、実戦には参加せず、後方業務の充実にひたすら力を注ぐ。志賀少佐は同位体と異なり、源田の配下として働いた期間は短かったが、一時の感情で隊を飛び出した事を後悔しており、その事への償いとして、補給などで便宜を図っていた。1949年当時は閑職に回されていたが、補給関連部署にいる知り合いに頼み、64Fへの割り当てを増やしてもらっている。彼女曰く『自分なりの詫びだ』とのこと。また、焼損した震電ストライカーの復元とレストアに私費を投じており、将来的には宮藤芳佳に渡したいと語っている。これは宮藤一郎技師の遺産を自分の部下が焼損させた事に責任を感じ、元通りに復元する事が禊だと考えているからだ。――

 

 

 

 

 

 

 

 

――震電ストライカーは制式量産型がジェットストライカーとして完成したのは言うまでもないが、原型はレシプロストライカーであった。その状態を復元している志賀少佐。元来は芳佳の専用機としての運用が予定されていたが、志賀や鶴野大尉の進言で量産となり、その調整が行われていた。魔女のクーデター事件の際に、量産用の機体調整がされていた個体が焼損。以後の開発はジェット化に切り替わった。志賀少佐は焼損した機体の基礎フレームの無事を確認した後に修復を開始。4年後には修復を終え、当初予定通りのエンジンを搭載し直し、時空管理局製の魔導増槽をつけての試運転に至った。宮藤芳佳の魔力値を想定したエンジンなので、一般の魔女では、エンジン始動もできないのだ。計測した性能は四年前の想定通り。四年前の戦場であれば、活躍できただろう――

 

 

「宮藤に自家用機として渡したい。その時のために羽田の格納庫に秘匿しておく」

 

志賀少佐は軍生活を終える前に、それをやりたいと述べ、羽田空港に勤める親類の手助けで復元した震電を秘匿。戦争終結までそれを隠し通すのである。その一方で、通常の業務も並行して行っており、敵の鹵獲機の性能調査を行っている。F-106を『侮りがたし』としたり、F-11を『赤子の手をひねるが如し』と評価したのは、彼女である。彼女は日本の記録にある『同位体』のような、華々しい功績とは縁遠い軍生活となったものの、『縁の下の力持ち』というポジションで歴史に名を刻んでいく。震電ストライカーのレストアは彼女の悲願であり、その復元を私費で負担し、芳佳に送るというのは、彼女なりの償いであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

――魔女の世界での軍事開発はストライカー関連技術の革新と旧来型の性能向上が頭打ちとなる時期が同時に訪れたため、現場が既存の理論の最終型を求めたことにより、根本的な発展が停滞。その期間は三年あまり。その間に、通常兵器がストライカーの性能水準を追い越してしまったのである。また、プリキュア達はそれを使わなくとも飛べる上に、普通に陸戦ウィッチ以上の火力を叩き出せたので、魔導師共々、魔女の存在意義を揺るがした。さらに、MSや宇宙戦艦の高エネルギー兵器を防ぎ得るシールド出力を出せる魔女は1945年の時点ではごく少数であったのも、魔導師やプリキュア、シンフォギア装者などに比しての非力感が強調されてしまった。とはいえ、魔女の出自でありながら、魔女の殻を破った者がいる事が顧みられなかった事も、魔女のコミュニティの閉鎖性が問題視される原因であった――

 

 

 

 

 

――その原因の一端を担ってしまったのが、バーナード・モントゴメリー大将による転生者たちの活躍の記録の機密指定であった。彼は一連の問題の責任を取らされ、元帥への昇進と勲章の受賞を棒に振り、最終的に兵站関連部署に異動させられた。501の問題は彼一人だけの問題ではなかったが、将官から生贄が必要になったため、連合軍は彼に最終的な責任を負わせたのである。ミーナの処分は1945年のダイ・アナザー・デイの完了時に公表された。『戦時階級を解き、元の大尉に戻す。また、騒乱の責任により、半年以上の飛行資格の停止がなされる』と。扶桑の臣民(当時)にしてみれば、英雄を愚弄したので、さらなる厳罰を望む声があったが、ミーナ本人が『自分の無知と不明を扶桑の臣民の皆様方へお詫びします』との声明とともに、土下座する写真が世界各国の新聞に載ったことで、臣民の怒りは収まっていった。同時に、事変での未確認戦果の公認、七勇士には『プリキュア戦士となった者が二名、聖闘士に選ばれた者も含まれている』事も公表された。扶桑皇国は以後、『機械的に世代を交代していくだけが魔女の宿命ではない』とプロパガンダしてゆくことになるが、それにダイ・アナザー・デイ当時に『中堅』を担っていた世代が反発。結果的に、太平洋戦争での魔女兵科の人手不足の原因を作ってしまったのである――

 

 

 

 

 

 

 

――その一方で、坂本のように『小学校高学年相当の年齢から軍におり、軍隊でしか生きられないように育った』者に希望の光をもたらしたのも事実であった。江藤や北郷のように、一線から退いた魔女達は現役時代の知見を活かしての参謀職、後方部隊で教官となる、皇室の侍従武官などが進路であった。坂本のように『政治やおべんじゃらが気質的に合わない武人肌』な者は教官になるしかなかったが、日本連邦下で一般校の軍事教練が廃され、軍の訓練校も統廃合された影響で、教官であった魔女出身の将校の扱いが宙に浮いてしまい、侍従武官職の廃止がされた(これは新憲法下では、皇室の軍事大権は形式上だけのものになり、侍従武官職が必要ではなくなったため)事によるパニックが起こった。侍従武官の地位に代わる『最高の名誉』は『戦功で撃墜王となり、戦功で華族に叙せられる事』で代替されることになった。日本の華族は『旧時代の旧支配階層の温存と、皇室の維持』が存在意義であったのに対し、扶桑の華族は欧州の貴族により近い存在であり、魔女が一族から出れば、末端の分家出身であろうと、当代当主の養子にし、一族が義務を果たしている事を示すため、一人は必ず軍人にする慣習があった。黒田は昭和期には薄れつつあった慣習を持ち出される形で、黒田家の当主の座を継いだのである――

 

 

 

 

 

 

 

――やがて、1948年以降に侍従武官が正式に廃止され、撃墜王の称号が実質的に魔女の最高名誉になると、海軍系の魔女は公的な記録が旧・軍令部に保管されていなかったため、一気に不利な立場となった、多くを個人単位での記録に頼る羽目になったため、個人戦果がはっきりしない者が大半であったからだ。(日本側が戦闘詳報を信用しなかったためもある)対照的に、カールスラント空軍に習い、参謀本部が詳細な記録を保管していた陸軍系の魔女は『第三者による精査』を理由に、新たに公表されるようになった『扶桑軍・撃墜王ランキング』の上位を占めるようになり、公表された撃墜王の多くは陸軍出身の手練で占められた。海軍出身の撃墜王は西沢、竹井、雁淵(孝)、雁淵ひかり、宮藤芳佳、若本徹子、北郷章香、菅野直枝などの著名人がランキングするに留まっていた。これは海軍に公的な記録が残されていないため、日本側の要望に適う者が統合戦闘航空団の出身者か、事変やリバウ戦線以来の古豪に限られたからである。また、プリキュア戦士の筆頭格と見做される『夢原のぞみ』が陸軍の中堅である『中島錦』を素体に転生してきた事も、海軍には誤算であった。宮藤芳佳もプリキュアの中心戦士の過去生を持つが、のぞみは美墨なぎさの不在時には『全プリキュアのリーダー格を任せられる立場』かつ、歴代有数の戦闘力を持っていたので、プリキュア戦士としての格が違いすぎた。(芳佳本人は『しゃーないじゃん。私は七代目のリーダーなんだから』と流していた。とはいえ、キュアドリームは歴代の『戦闘向けのプリキュア』でも高位の実力者であるので、ドリームより五代後の中心戦士であるキュアハッピーは『戦士としての純粋な実力』はどうしても落ちるのだ)海軍の参謀達が芳佳に発破をかけるようになったのは、1947年以降だが、芳佳はそこからの間に、婚約者との結婚、更には出産を二度経験し、プリキュア戦士、魔女の双方の活動を休止してしまい、当てが外れた形となった――

 

 

 

 

 

――のぞみはダイ・アナザー・デイ後、日本の起こした不祥事の被害者になり、教職への転向を諦めざるを得なかった。その代わりに『軍人』としての栄達は約束され、1949年次には少佐となっている。不祥事の損害補償により、歴代プリキュア戦士で最も自由に動ける立場になり、イベントに引っ張りだこになっていた。とはいえ、本人は色々と大変な目に遭っている。マジンガーZEROとの融合により、存在そのものが『ロボットガールズとプリキュアの間の子』になった。ZEROが『魔法つかいプリキュアの世界』(の一つ)を滅ぼしていたこともあり、キュアミラクル/朝日奈みらいと月が欠けるほどの大喧嘩をしでかす、他の世界の自分自身とは隔絶した戦闘力を得てしまったが故に、戦いの先頭に立たねばならないという宿命も背負ってしまった。とはいえ、プリキュアの代表格であっても、全体のリーダーではなくなった(先輩であるキュアブルームが現れたため)ので、幾分かは気が楽になった。また、草薙流古武術を継承したものの、中島家へは気不味かったため、のび太の計らいで資金援助をしてもらい、南洋島に自宅を購入。太平洋戦争以降はそこと野比家を行き交う生活となる。中島家の親類縁者と気まずい空気になっていた(プリキュアは西洋風の雰囲気があるので、1940年代の日本の人間には『西洋かぶれ』と映る。扶桑は余裕がある分、史実よりナショナリズム意識が低いが)ためで、リベリオンと全面戦争になった故の弊害も生じている表れであった。しかし、日本経由で米国の優れた文化が流入していくため、扶桑政府は『リベリオンを支配する傀儡政府を打倒するのが戦争目的である』と国民に啓蒙する事で、過剰なナショナリズムの興りを抑えつつ、冷静沈着に戦争を遂行しようとするのである。扶桑が軍の人手不足を一騎当千の人員で補おうとしているのは、その政治的都合も大きいのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

――プリキュア達は各チームの多くが虫食い状態にあったが、全員が集合したチームも増えつつあった。S☆S~スイートまでであれば、キュアパイン(フレッシュ)を除き、全員が勢ぞろいした。だが、その少なからずは研修期間中であり、まだ実戦には出せない。その問題もあり、各チームの代表として、数人づつが勤務している。軍隊といずれも縁がないはずであった者が『ホープ』と評されるほどの将校になっているのは、扶桑軍の将校の人的資源がクーデターの結果、魔女を含めて、大きく目減りしていたからでもあった。のぞみが代表格と扱われたのは、扶桑軍の正規の士官教育を『戦争が激しくなる前に済ませた最後の世代の魔女』にあたる中島錦が素体であるからで、のぞみ本人も自分が航士(陸軍航空士官学校)を出た正規将校であるという自覚を持っている。戦乱続きで軍紀が緩み、一般人に狼藉を働く一般部隊の兵士達を叱り飛ばすなど、戦闘以外にも、将校としての働きをきちんとしている場面も見せていたりするのは、このためだ。64Fの幹部は基本的に自由奔放な性格であるが、地球連邦軍の巨大化しすぎた組織を見てきたため、モラルの維持に気を使っており、兵士が一般人へ狼藉を働く場面があれば、その場で『制裁』を加え、その上で警務隊に引き渡す。扶桑軍といえど、戦争が長引き、末端の兵士達のモラルは低下傾向にあり、64Fの幹部層は低下しつつあるモラルの引き締めも、日常の任務として背負わされたわけだ。プリキュア達はその一端を担わされたのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

――プリキュア達の台頭した時期は『扶桑軍冬の時代』と後世に評されるほど、将校達の左遷や罷免が相次いだ。将官であったはずの『永野修身』や『嶋田繁太郎』、『豊田副武』でさえも日本側の意向により、『史実での国家のミスリード』を理由に現職を罷免され、1945年8月付で予備役に編入されるなど、陸海を問わず、粛清人事が吹き荒れた時代である。粛清の中心はその当時に青年層に属していた若い参謀たちや、史実で情報精査に失敗した中堅~古参の情報参謀、ひいては魔女至上主義と見做された中堅の年齢層の魔女達であった。この時に参謀教育が済み、実務について間もなかった若手の参謀、その指導教官であった者たちがまとめて中央から追放されたため、扶桑軍全体で極度の『参謀不足』に陥ってしまった。日本の大衆には、これを歓迎する声すらあったが、扶桑軍の『戦国武将でさえ、軍師がいたのに』という嘆きに際し、彼らは押し黙り、業務の混乱への詫びとして、自衛隊の幕僚を多数派遣し、扶桑軍の事務処理や状況分析などの任務に就かせた。結果的に、幕僚の質が向上した形となった扶桑軍は太平洋戦争の主導権を握る事に成功していたが、幕僚教育の近代化が必須となったのは言うまでもない。また、指揮官先頭の風潮が日系国家では美徳とされている都合上、平時には重宝される官僚タイプの軍人は疎んじられ、即断即決のできる前線指揮官タイプの将官が要職につく事が尊ばれた。小沢治三郎の連合艦隊司令長官辞任後の後任に、猛将タイプの山口多聞が選ばれたのは『空母機動部隊の重要性を理解しているから』とされる。そんな人的混乱を衆目に晒すことで、敵国に内から漬け込まれる事を恐れた扶桑皇国は恥も外聞もかなぐり捨て、『突出した戦果を挙げる存在を英雄と扱う』報道を大手を振って、大規模に行い始めたのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――この報道の方針転換に反発した者の中心が海軍士官であり、特に『リバウ三羽烏』(坂本、西沢、竹井)の三人の引退を見越し、集団戦を重視した教育を受けた第一世代の反発は軍上層部も予想外であり、世代間対立の様相を呈した。激しい対立の末、その世代の魔女の大半が別組織(MAT)に移籍。数の多かった『1945年当時に16~18歳であった世代』の大量離職により、軍の魔女兵科は短時間に危機に陥った。一時は兵科の即時解消までもが本気で議論されたほどである。だが、昭和天皇が竹井海軍少将(竹井の祖父)の現役時代における『魔女の近代軍隊での権利獲得』への尽力を鑑みての憂慮を示した事により、『彼の存命中は現状を維持する』方針となった。太平洋戦争はその決定から間もない時期に起こった戦争なのだ――

 

 

 

――魔女のクーデターに代表されるような世代間の対立は『事変の英雄たちの薫陶を受け、彼女らの背中を直接見てきた』世代と『その世代の影響を脱しようと言う意図のもとで育成された第一の世代』とで起こった。魔導師やシンフォギア装者、プリキュアなどの万能選手的な異能が現れてしまったため、相対的に『技能特化型で促成教育された世代の魔女』の戦力としての見劣りは否めなかった。不運なことに、ダイ・アナザー・デイをサボタージュした部隊はその世代の魔女が幹部層であった事も、ダイ・アナザー・デイでの64Fの孤軍奮闘の理由であった。彼女らは『個人単位の武功を誇る』事を理由に、魔女の多数派から『異端』と見做され、佐官級の魔女達によって『64Fへの非協力』の指令も出されていたほどだが、事の次第を知った上層部によって即時に撤回されるという、嘘のような逸話まで後世に記録された。結果として、扶桑軍は『みんなでできること』から、『わたしができること』への大空の様相の再転換による混乱の中心になってしまい、せっかく育成した魔女の多くに去られ、その後釜になるべき魔女達の育成と定着には『十数年単位の時間が必要である』という混乱を味わい、その混乱をひた隠しにするため、『扶桑海七勇士』の威光に再び縋り付く羽目となった。だが、その彼女らの前線復帰と、かつてから微塵も衰えのない強大な力こそ『世代間対立』の根源である事も理解していたため、ダイ・アナザー・デイ後半以降、国民(1947年までは臣民の表記も使われた)向けの宣伝活動には、彼女らの弟子筋であるとされた者達が抜擢された――

 

 

 

 

 

 

――坂本美緒の愛弟子であった宮藤芳佳、服部静夏、『斬艦刀使い』と名を馳せた黒江綾香、黒田那佳の両名の後継ぎとして、夢原のぞみ(ダイ・アナザー・デイ直後は中島錦名義で)、月詠調の両名が抜擢され、(のぞみは途中からは『夢原のぞみ』名義に切り替わった)扶桑軍の力の誇示(…という名目のハッタリ)の宣伝に駆り出された。扶桑の国家と軍首脳は『自軍の人的資源に大穴が開いたことを知られ、いきなり全力で殴りかかられたら、日本連邦軍は崩壊の瀬戸際に立たされる』という危機意識を持っており、兵器の更新と人的補充にある程度の目処が立つまでの時間をあらゆる手段で稼ぐという方針のもと、五輪と万博を開催した。これにより、1945年から三年近くの時間は稼げたが、人的資源の補充は想定より上手くいっていなかった。故に、プリキュア達を高待遇で迎え入れ、『魔女の世界の平和のため、一肌脱いでもらう』という方針が太平洋戦争の開戦後に至っても、扶桑軍の大原則となっている。折しも、扶桑は魔女の覚醒の休眠期(おおよそ数百年ぶり)に入ってしまったため、それに拍車がかかった――

 

 

 

 

 

――生え抜きの魔女の育成を重視している坂本は『他力本願』と上層部の方針に批判的であったが、休眠期という自然現象を理解してもいたため、妥協し、産休中もプリキュア達の講師の仕事はしている。そんな坂本も、自身の師であった『北郷章香』が『キュアマカロン/琴爪ゆかり』の転生体であったことに面食らったのは言うまでもなく、キュアマカロンとしての自由奔放さに苦言を呈している。だが、キュアマカロンの姿であっても、『北郷章香』としての武人肌な一面を見せることに安堵するなど、複雑な心境にあった。彼女の存在により、プリキュア達は『現役時代の功績』、『現役時代に現れた順の序列』以外に『素体となった人間がその時点で拝命していた軍の階級』、『現役時代やそのまた前世での身分』も入隊時の待遇を決める要素となった。キュアマカロンが最も高位の軍階級(少将)を持つのは、『素体となった人間の待遇を引き継いだ』ケースに該当する。『中尉~少佐』が最も多く、キュアスカーレット/紅城トワは『ペリーヌ・クロステルマンの別人格』としての覚醒であったため、『素体となった人間がその時点で拝命していた軍の階級』の他に、『トワは生前には王女であった』という二つのケースの複合となったが、主人格のペリーヌ・クロステルマンが『自分の軍階級まで上げる必要はない』と進言したため、トワ個人に対しての任命とされた。人事部は一連の複雑怪奇な人事書類の処理に泣かされたわけだが、その程度の労苦で『一騎当千の強者を得られる』なら安いもの。上層部のその思考の推進を図らずも担ったため、その年以降の彼ら自身の給与査定は良くなったという――

 

 

 

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