――トウカイテイオーは事情聴取を受けた。流れで自分は『往年の競走馬の生まれ変わりのような存在』というしかなかった。が、これが警官に大受けであった。トウカイテイオーはシンボリルドルフの子であり、素質は父を超えるという評価もあったが、結局は自身の度重なる故障で父を超えられずじまいに終わってしまった悲劇性を持つ名馬。事情聴取を担当した50代の警官が『若い頃にトウカイテイオーの有終の美を見た』と言い、テイオーはそこで複雑な気持ちになったが、自分にあたる存在が最後に光を放って、表舞台を去っていったことには安堵した。往年の名馬が人に近い存在に転生しつつも、競走馬の宿命からは逃れられないことに因果を感じた警官は自分なりのエールを送った。テイオーは有馬記念に出る数ヶ月前の時点で『目標を見失っていた』ため、警官の言葉に気まずい思いがあったが、病気を発症したメジロマックイーンのために再起を決意した経緯があるため、自分にあたる競走馬の負傷をなぞったような自らの負傷歴に内心でゾッとしつつ、最後のトドメは避けられた事は安堵していた。本来なら表彰式をしたいが、ご時世故に後日に表彰状を送る事になり、その場は帰された。世知辛いが、これも世相である――
「四度目、か…。避けられたのはいいけど、ボクにあたる動物はカイチョーを超えられなかったんだよなー。なら、このボクは超えてやるさ。憧れの人と肩を並べるには……もう、それしかないよね」
トウカイテイオーは後輩のキタサンブラックのため、憧れであるシンボリルドルフを改めて超えるため、競技生活を続ける事をこの時に誓った。黒江と出会うことで自身が抱えていた弱点が克服されたこと、マックイーンが立ち直ったという要因もあるが、この事情聴取の時に警官に自分の前世にあたる競走馬の事を熱く語られたことで、『宿命を超える』事を意識し始める。シンボリルドルフが自分の前世での父であり、前世の自分が超えられなかった壁なら、今度こそ超えてやると。黒江とのび太との出会いで『輪廻転生』を信じるようになった面があるのが分かる。黒江達が戦乱を戦っているのなら、自分もレースを戦いぬく決意だと。(翌年にはテイオー自身もレース生活に先が見え始める年齢になるし、テイオーの先輩の多くは引退後の身の振り方を考える事を促され始める年齢に達する)
(引退した後のことは……その時に考えよう。だけど、評論家はガラじゃないし……。トレーナーになるってのも……なんか……)
答えが出るまでに数年はかかるだろう難問にぶち当たった彼女。なお、シンボリルドルフも自分の年齢的に、自分からのテイオーの独り立ちを意識し始めたのか、ラウラに相談を持ちかけていた。その中で『引退後の身の振り方を考えさせるために、レースと関係ない生活をしばらくさせる』案がラウラから出され、タイムマシンがあることもあり、ゴールドシップはシンボリルドルフから『特命』を受ける事になる。テイオーは小学生時代には『ワガハイ』という一人称を用いたこともあるほどに高慢な面があったように、自身の素質に絶対の自信を持っていたが、自身の精神的成長と骨折の繰り返しで挫折しかけた時には、一人称は『ボク』で固定され、小学生当時より落ち着きを持った。テイオーは骨折を経た事で精神的弱点を克服した。内心で動転してしまうと、実力を発揮できなくなるという点が最大の弱点であったので、それを乗り越え、精神的強さを持つにはメジロマックイーンの存在は不可欠だった。それを見守ってきたシンボリルドルフはテイオーの独り立ちに向け、ゴールドシップに特命を与える。奔放なゴールドシップも珍しくこれに従い、そのお膳立てを行っていく。テイオー自身も年齢的に自立を意識し始めたのか、その流れを受け入れていくのだった。――
――扶桑皇国は変革期に入っていた。兵器は過剰な程に頑強さが求められ、航空機は『2000キロを超える航続距離』が必須とされた。欧州戦線と違い、太平洋戦線では航続距離がなければ、基地への帰投もままならないからだ。戦線の必要上、天測航法の習得は必須とされた他、空軍移籍組のエースパイロットには空母着艦技能も求められた。しかし、あまりに求める事が高度化してしまったため、ウィッチの大半が1943年以降のカリキュラム簡略化組になっていたり、高等小学校や中学校卒すら稀であった当時の扶桑軍の一般パイロット層には荷が重い感は否めなかった。64Fに集められた者は一握りのトップエリートだが、それでも一定の再教育の期間は必要であり、その隙間を埋められる『戦闘向けのプリキュア』は『天佑』と人事部が漏らすほどの幸運といえる。年端もいかぬ少女に銃を持たすことが憚られるようになった時代、成人した後も魔力が保てる者、前世から戦ってきた者は重宝されていく。坂本は従来通りの道をGウィッチで唯一選んだが、それは軍でしか生きれないエクスウィッチたちに居場所を与えるためでもあり、社会的地位が低下したウィッチという存在が文明の近代化の進む時代で生きていくには、なにかかしらの技能が必要であった表れであった。――
――1946年からの三年の間の『高度化する教育を受けることで、いらぬ知恵がつく』のを嫌った農村地帯の組織だった反対運動(ウィッチを幽閉した地主などは見せしめに逮捕された)、軍内の不満分子の摘発などの動きは海軍系ウィッチを中心にあった『64Fへの人材集中への反対論』を萎みさせるのに充分であった。戦闘はもちろん、新人パイロットの教育にも必要な人間を一部隊が独占的に有することは各戦線の部隊から異論が噴出したが、ダイ・アナザー・デイでの64Fの孤軍奮闘ぶりは知れ渡っており、他部隊の幹部たちはダイ・アナザー・デイ戦後、故郷などでバッシングを受けることに陥ることになった。そのバッシングへの反発でクーデターが急がれたが、結局は64Fの名声を決定的にするのみに終わり、自分たちの居場所を却って失う結果となった。その後も参謀たちの策謀は続いたが、セラの離反でそれも不可能に陥った。その動きへの解答として、64Fは49年春を以て『外郭独立部隊』化が正式に履行された。結果としては『最強の部隊』が軍中央の指揮下でなく、部隊独自の判断で行動する事になった。これは形骸化した国際部隊の代替としての役目を担わされたからで、中央の妨害なしに物資と人員を得るためであった。国際部隊そのものは太平洋戦争後の時代に一応は復活するが、軍の兵器運用ドクトリンの失敗もあり、『国際協力のショールーム』の扱いであった。往時の軍事的繁栄を取り戻せたのが、孫世代が入隊する半世紀後の2000年代の頃であるのを勘案すると、統合戦闘航空団という存在は、ミーナの愚行がきっかけで、半ば『死に体』になっていたと言える。――
――扶桑皇国が艦隊戦で無敵と言われるまでに成功した理由は、M動乱での経験に依るところが大きい。史実ほど空母機動部隊の打撃力に期待がなく、水雷の威力も軽視されていた世界の存在が『群狼作戦』で名を馳せたドイツ海軍Uボートと対峙した結果の駆逐艦の大量喪失と主力艦の損傷ぶりは対怪異特化の思考を捨てさせるに充分な代償であった。ウィッチ世界で無用の長物の代名詞だった水雷装備の重要性を再認識するには充分であったが、水雷装備とミサイル装備の改装に必要なスペースを確保するには装備そのものが旧態科した水偵用のスペース、もしくは一旦は拡充した居住区をまた削るしかなく、兵たちの士気が下がる理由になった。そのため、当初からそれらを備える新型が求められた。その結果、伊吹型は『軽空母そのものの価値の低下』で改装は不適当とされ、強化がされた上で巡洋艦のままで竣工した。しかし、それでもまだ不足と言われたので、さらなる巡洋艦が計画された。扶桑にとっては『巡洋艦に過度の性能は求めない』というドクトリンがあるのだが、削られた予算の都合でそうもいかなくなり、超甲巡の存在意義の希薄化対策で武装強化が泥縄式に行われることになった。結果、水上艦隊の量の増加が予算と武器の高額化で難しくなったために本格的に質の強化に舵が切られ、順次、ミサイル装備やレーザー装備が普及し始める。日本連邦海軍艦隊はこの時点で他国と隔絶した質を誇るまでになり、世界最強の56cm艦載砲がある事もあり、まともな海軍は張り合う事をやめていく。扶桑は構想のみだが、今後の怪異の強化に対応するため、61cm砲の計画を練っていた。当然ながら、そこまで行くと実用面で色々な無理があるので、結局は没になった。しかし、MATで抑えられないような怪異には歴代プリキュアを含めたGウィッチやスーパーロボットをぶつければ事足りるため、砲弾の強化に舵が切られ、48年の冬には戦艦用の粘着榴弾の試作が完了していた。その試行錯誤は扶桑艦隊の強化としては成功であり、ダイ・アナザー・デイ、M動乱での海戦の勝利に繋がり、太平洋戦争での戦局安定に繋がっていた。大艦巨砲主義の権化と揶揄された大和型戦艦とその強化型が連合軍のティターンズ残党への反抗のシンボルとされ、その最大のライバルがモンタナの系譜となったのは、潜水艦と空母機動艦隊の歯止めなき高額化への最大の皮肉と言えた――
――大和型戦艦はウィッチ世界では『ワンオフの移動司令部』扱いであり、連合艦隊の編成に組み込まれる予定はなかったが、昭和天皇の意向で存在が公表された事で形式上、連合艦隊の旗艦とされたが、実戦で使うつもりはなかった。だが、艦娘・大和の出現で心境を汲み取った昭和天皇がリバウ攻防戦に大和と武蔵を投入させると、その予備艦の需要が生まれ、信濃と甲斐が計画された。その二隻には空母改装の要望がウィッチ閥からあり、航空母艦の需要増もあり、改装が濃厚だった。未来世界との接触とティターンズによる呉軍港への攻撃はそれを更に変え、二隻を改大和型戦艦として竣工させた。大和型戦艦の増産はM動乱で決議され、途中で超大和型戦艦へ切り替えられた。この時には当初の『移動司令部』の運用思想は放棄され、魔導ダイナモ計画も研究の失敗で頓挫したため、真っ当な性能を持つ近代艦艇として落ち着いた。その後に立ちふさがる問題は防空でも存在意義が希薄化し、空母から事実上は追い出される形の海軍ウィッチ達の扱いであり、ダイ・アナザー・デイ後のクーデターはそのことへの不満が暴発したことも原因の一つだ。アリューシャン諸島はその島流し先にされたが、結果的にその生活が変化するのは開戦後の事であった。開戦後の情勢の変化で防空面の重要性が認識され、B-29、B-36、B-47と言った戦略爆撃機の通り道となったアリューシャン諸島を阻止するため、1948年にドラケンが回されたのを契機に見直され、彼女たちもモチベーションを回復した。大西瀧治郎は閑職とはいえ、空軍に拾われた。これは海軍系ウィッチの嘆願の成果であった。大西瀧治郎自身は戦闘機無用論者でもあったので、そこも悪く作用したが、自衛隊の者とて『実戦経験はない』のだ。結局、扶桑の高級軍人で往時の地位を保てた者は数える程度と揶揄されたが、史実よりは功績を残せたおかげで地位を保った例もそれなりに多い。源田のように『軍人としては優秀で、カリスマである』ことで失脚を免れた例もある。小沢治三郎は豊田副武からの交代で立てた戦功で、井上成美は官吏としての能力で生き残った。軍の装備品も近代化が進んだが、現場の判断で九七式側車付自動二輪車は使用が続けられたし、九五式小型乗用車も残存した個体の一部は後方で使用され続けた。慣れ親しんだ機械のほうが扱いやすいという面も大きい。64Fは『最先端装備』の使用権を与えられているが、それは軍全体の近代化を終えるまでの時間稼ぎとハッタリも兼ねてのもので、カールスラントの軍事的崩壊、ドイツが結果として煽った内乱による西部出身者と東部出身者の対立の出現への対処の時間確保のため、扶桑は血の献身を世界から求められた。64Fは扶桑のそんな苦しい現状の合わせ鏡と評されている。カールスラントの軍事的崩壊はウィッチ世界の南米地域の安全保障に多大な問題が生ずるため、NATO軍の駐留が始められ、カールスラント軍の一定規模の再建もその理由で認められた。だが、既に戦艦などの海軍艦艇の新造はストップしてしまったため、鹵獲艦と譲渡艦の整備で妥協せざるを得なかった。そこにカールスラント軍の悲劇が存在する。ラーテを七両も作ってしまったことで陸軍の関係者が更迭されそうになるなど、内乱がしまらない結末となっため、日本連邦軍はその代替になる超兵器を世界から求められた。それが日本の秘匿兵器やGウィッチに光が当たるきっかけであったが、『一騎当千の強者よりも、みんなでできること』を信奉していた扶桑海軍ウィッチには承服できない流れであったのも事実。この1940年代終わりはその反発で空軍との内部抗争が最も激しかったが、それが逆に『海軍系部隊は扱いにくい』という認識の固定化に繋がってしまうわけだ。坂本と若本はこの時期に至って、海軍航空隊に存在する『被害意識』の大きさに気づき、お互いにため息をついたという――
――黒江達はそんな最中に遠征したわけだが、黒江はテイオーからもらった招待券をパーにせざるを得なかったため、当然ながら不服だったが、プリキュア5の世界が風雲急を告げていたので、そこは仕方がないため、今回の任務に従事した。テイオーはそんな黒江達の戦いの様子は聞いており、友人の安全を祈りつつ、自身は表向きの理由である『休養』を満喫する。内心ではシンボリルドルフとの約束を果せなかった自らの不甲斐なさへの悔しさや、年齢的に自身のレース生活には時間がさほど残されていない事への焦りもあり、心穏やかではなかった。(キタサンブラックの大成を見届けるだけの時間はあるが、自身のキャリアを更に修正するだけの時間はさほど残されていない)当然ながら、引退後の生活の方が遥かに長い。テイオーはいよいよ、その事を考え始めなくてはならない年齢に達しつつある――
――帰宅後 野比家――
(ボクはカイチョーとの約束は果たせなかった。有馬記念は勝てたけど……キタちゃんの事は見届けられる時間はあるけれど……。ボク自身には……)
野比家の一室でトウカイテイオーは引退後の身の振り方を考え始めなくてはならない年齢に達してしまう自分の事を考える。漠然と周囲から『トレーナー向き』だと言われるが、実感はない。現役として大きな挫折を経験した故に、現役としての栄光を求めているのだが、侮れない後輩らの台頭も起きている以上、油断はできない。
(どうしよう……。引退した後の生活なんて、考えたくなかったけど……。カイチョーは半引退状態。ボクもいずれ……。せめてあと……)
その事を考え、憂鬱になるテイオー。競走馬としてのシンボリルドルフと自分の血統は自分の子世代の後に後継者が生まれずに絶えている事への悔しさ、自身も四度目の故障でターフ(レース場を意味する用語。単語としては芝という意味である)を去るしかなかったという事を調べていた。黒江のおかげでその致命傷は避けられたが、親友のマックイーンの実家『メジロ家』にあたる同位存在の顛末にはショックであった。マックイーンらの世代の引退後は時代の流れと共に衰退。やがて、ターフからメジロの名を持つ者はいなくなったが、後年にマックイーンの血を受け継いだゴールドシップが輝きを見せたのがせめての救いだろうか。
「……そっか。だからマックイーンには……言えなかったんだ」
野比家のPCでインターネットを閲覧し、気になっていた事を調べるテイオー。自分の世界でのメジロ家もマックイーンらの祖母以前の代から名を馳せ、祖母はマックイーンの証言通りに現役として天皇賞を獲得した経験を持ち、その娘であるマックイーンの母も天皇賞を制したという記録があり、マックイーンもそれを果たした。故に、マックイーンには幸せな人生を送らせたかったのだと気づいた。マックイーンの祖母は『自身が後継を設けるまでに時間を要し、養母である先代当主(マックイーンの曾祖母にあたるが、祖母はデビュー前にメジロ家に嫁入りしたという)から相当になじられた』苦い思い出を持っている事はメジロ家に残されている資料で知っていたし、祖母がマックイーンに期待したのは、自分と娘を詰っていた先代への意趣返しだろうというのは、テイオーでも容易に想像つく。だが、テイオーが『見てしまった』情報はマックイーン世代がターフを去っていった後の衰退の道。それに当てはまることが起きるのなら、メジロ家はマックイーン達が引退した後は直後の世代にあたるメジロドーベルを最後に一流のウマ娘が生じにくくなり、レースの名門という看板の看板倒れが起きてしまって徐々に家が傾き、30年か40年後には……という最悪と言える未来が起こり得るという事をテイオーは想像してしまった。
「うぅ。メジロ家のみんなに言えないなぁ。こんなの……」
それは一つの世界での結末に過ぎないが、テイオーとしては『自分の何度も起こした骨折』もあって『因果』の存在を意識せずにはいられなかった。故に因果律を操ったというマジンガーZEROの存在を知ると、『ボクとマックイーンの因果も操作してもらいたかった』と漏らし、自身らが競走馬の生まれ変わりであるが故に縛られてしまった『因果』を断ち切ってほしかった様子を強く見せるなど、ショックを受けた場合は精神的に脆い面を覗かせた。特に自身の挫折の要因は『シンボリルドルフとの約束を果たせなかった事、自分で大口を叩いておきながら、何度かの骨折の間に出たレースでは不甲斐ない結果しか残せなかった』事、キャリアの全盛期を迎えていたメジロマックイーンに追いつけなくなったことで生じた『自分が誰かに追いつけない』ことへの強い恐怖であるため、その根本である骨折の因果を断ち切って欲しかったのだろう。とは言え、その願いは黒江とのび太の手で果たされたため、もう二年は競技続けるつもりである。
「ボクとマックイーンに残された時間……。考えずにはいられないよね…。ボクがこうしてる間にも、あーやたちは別の世界で戦ってるんだよなぁ。……カイチョーとゴールドシップは、ボクにこの世界で何をさせる気なんだろう?」
トウカイテイオーは割り当てられた部屋で物思いに耽る。自身は有馬記念後の静養という形で、この世界にやってきたが、シンボリルドルフとゴールドシップが共謀する自分のための『目的』を測りかねていた。なぜ、ルドルフがゴルシ(ゴールドシップのこと)を巻き込んだのか?マックイーンの代理というのは、ゴルシの狂言なのでは?そんな思いが交錯する。有馬記念を黒江とのび太からもらった体で勝ち抜き、ビワハヤヒデを精神的に打ちのめしたはいいが、妹のナリタブライアン、ビワハヤヒデと同じ『BNW』のナリタタイシンから後日、正式に宣戦布告されるなど、前途多難を予想させる出来事を体験してしまった。そんな中での静養。シンボリルドルフが音頭を取ったため、テイオーは細かい経緯を知らされていない今回の出来事。警察からは表彰状を貰えることになったが、競走馬としてのトウカイテイオーとウマ娘の自分を同一視されるのには複雑な気持ちだが、度重なる怪我にもくじけず、最後は有馬記念で有終の美を飾った競走馬としての自分の往時の勇姿に、周囲の励ましで再起に成功したウマ娘としての自らを重ねたのか、競走馬の往時の勇姿(有終の美を飾った有馬記念でのもの)を写した画像を見て、ほろっと涙をこぼした。それをこっそりとシンボリルドルフとゴールドシップは確認し、互いに顔を見合わせ、作戦が第一段階に達した事を確認しあった。ゴールドシップはテイオーに見られないように、こっそりとシンボリルドルフにサムズアップし、シンボリルドルフも妹分の独り立ちのためにゴールドシップと共謀する事にし、妹分の教育を彼女に託したのだった。