ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版   作:909GT

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今回も前半と後半の二部構成です。


第二百七十六話「幕間その17 マルゼンスキーのひとっ走り」

――ゲッタードラゴンが数度の進化を遂げた存在がゲッターエンペラーである。それは周知の事実である。しかし、その進化の過程は謎に包まれている。有力な説は真ドラゴンの進化系である『聖ドラゴン』と真ゲッターロボが融合進化したというもの。ゲッターアークの記憶がなく、真ゲッターが経た記憶までしか地球の記憶がないという事からも、有力な説であった。バグは何者かによって倒されることだけは事実であったため、真ドラゴンの存在がバグを超える事に重大な意味を持つ事は事実である。流拓馬は(彼から見て)平行世界の父・竜馬と邂逅。父が本来は好漢であったことを知り、共に戦うことを選択。未来世界で建造中のアークにパーツなどを提供。未来世界の技術で生まれ変わることになり、ドラえもんの世界でのジオン残党の鎮圧が初陣となった。これにより、アークは『真ゲッターロボレベルの戦闘力とゲッターロボGレベルの安定性を持つ』ゲッターロボである事が確定した。のび太の街『ススキヶ原』はジオン残党にも狙われる街となったわけだ。しかも、タイムマシン管理部署の分署を占拠して送り込んだ事はジオン共和国の命運が尽きる一因となった。デザリアム戦役の終結後、ネオ・ジオンは解体。それでも、ジオン公国残党の正確な数は不明であるという報に、地球連邦軍は震撼した。ティターンズ残党を買収して取り込んだ派閥も多いからだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ジオン共和国はデザリアム戦役と同時に起こった第三次ネオ・ジオン戦争で遂にネオ・ジオンが敗北に至ると、当時の首相の意思で国家解体を宣言。共和国の移民船団化を宣言した。これを認めない残党派閥は多く、結局はジオン残党狩り部隊の任務は継続された。そもそも、ジオン公国の内、無傷で逃走した部隊はア・バオア・クー攻略戦後に残存した総兵力のほぼ半数以上であり、それらで派閥抗争を経ても、未だ多数が存在しており、ジオン共和国の解体で、却って小さな残党の数が増える珍事となった。地球連邦軍は結局、それらジオン公国残党への資金援助に『反統合同盟』とナチス・ドイツ残党の影を察知。結局、第二次世界大戦以来の対立を引きずった者たちが宇宙移民を煽っていたわけだ。ジオン共和国の解体は一連の戦乱の責任を取るためである。しかし、残党が尚もテロを継続し、遂に歴史改変にまで手を染める者も出た(実は、ハマーン時代に一度だけ歴史改変が試みられたが、放棄されていた)。もはや単なる邪悪なテロリズムに堕ちたため、残党達は戦争屋と揶揄されている。複数の残党がウィッチ世界のティターンズに合流するなど、もはや、ジオニズム以前の問題となっている――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ウィッチ世界では、信濃型空母が実現しなかったことで大型正規空母が致命的に不足した。大型正規空母の理想的な諸元がキティ・ホーク級航空母艦以降のものとなってしまったため、大和型の船体も『小さい』と判定されている。皮肉なことに、レシプロ機全盛期の時代であれば『超弩級空母』だが、ジェット戦闘機の時代には『大型空母』とは言えない大きさなのだ。また、ウィッチ世界の沖縄に基地が置けなくなったため、せっかく購入した空母を二隻もプラットフォーム化せざるを得なくなるなど、踏んだり蹴ったりであった。海軍航空隊も陸上に軸足を置いていた事が災いし、空母航空団の母体とすべく訓練中の『第六〇一海軍航空隊』までも空軍に移管された。日本側はこれに気づいたものの、面子論で撤回せずに『旧任務への専従を命ず』という珍妙な指令で混乱を収めようとした。これに現場は却って混乱した。機材から艦載運用装備を外したところに『艦上任務の継続』の通達が届いたためだ。結果、64Fが宇宙戦艦を使って、あらゆるフィールドで戦う羽目となったわけだ。(601空の混乱を隠すためでもあるが)――

 

 

 

 

 

 

――扶桑海軍航空隊は有名無実化が進展していたため、坂本Aはその再建に奔走していた。緊急度の高い任務は空軍部隊を空母に載せて対応するという現況を憂いたからであるが、自分から教育に携わる事は避けるようになっている。自分の教育方法が時代遅れだということを認識しているからだ。教育は黒江らに任せ、自身は501Bとの折衝も担当していた――

 

「貴方、この世界ではどうして、教育から退いたの?」

 

「私は昔ながらのシゴキでしか、部下を鍛えられんからさ。だが、時代はそれを悪と認識するようになった。だから、近代的な教育方法の申し子である黒江たちに任せたのさ」

 

ホテルで食事を取るミーナBと坂本A。坂本Aは自分は旧時代の遺物という自覚があるのと、日本のマスメディア対策の意味もあり、教育についての情熱は冷めたらしき発言であった。

 

「今は昔ながらのやり方でしごくと、心を病むような子供も増えた。時代ごとに教育方法はアップデートすべきだから、私は身を退いたのさ」

 

「時代は変わったと?」

 

「ああ。昔と違って、嫁入り前の箔付けとして入隊するケースも増えたし、以前と違って、軍に骨を埋める決意の者も減ったからな」

 

坂本は小学校卒業で就職し、軍に骨を埋めるしかない世代の人間であるため、定年後も嘱託で残るつもりである。軍しか知らない故の不幸であった。黒江のように、その気になれば女優業に転身できるほど芸達者でないためだ。坂本の世代は大半が小学校卒業と同時に入隊し、兵学校/陸士で高等教育を受けたため、軍以外の世界を知らないという問題があるため、『やめさせたくても、民間軍事会社しか再就職先がない』状況の改善に繋がっていない。そのため、黒江達のような『戦前期に正規の士官教育を終えている』世代が現場幹部として重宝された。高度な電子兵装や兵站の重要性を理解できるからだ。

 

「兵站は従卒に丸投げだったから、引退した後が大変でな。おまけに空母の管制官としての勉強もあった。娘の産休も明けたばかりだよ」

 

「貴方、子持ちに?」

 

「これでも、娘を産んだばかりでな。こちらの黒江にベビーシッターを頼んだよ」

 

「そう…。それで、こちらでのカールスラントはどうなの?」

 

「内乱で国際連合……連盟が再編された組織だが……の理事国から外れたよ。1960年代までに再加盟できればいいほうだろう」

 

「国際連合から、どれだけの国が?」

 

「大国が衰えたり、分裂したからな。細かく分裂しなかったのは、ウィッチ供給地が領土にないと、ジリ貧で怪異に淘汰されるのが関の山だからだ」

 

坂本のいうように、ウィッチ世界は21世紀に至るまで、多くの小国が分離独立する事がなかった。軍事大国であったカールスラントや共和制の大国だったガリアがあっさりと怪異に屈したことによって、分離独立への不安が醸成されたからである。これは南洋と台湾の扶桑からの分離独立を提唱してきた日本の左派には衝撃であった。彼らは『分離独立後でも、お互いに安全保障のための連邦を組めばいいではないか!』と言い訳したが、扶桑は近代以降の重要資源を南洋に頼っている事、台湾地域は『ウィッチ供給率が低い』事から、分離独立はありえない選択であった。また、拠り所とした英連邦の実態が有名無実に近いことから、彼らの言い分は『怪異がいない前提』での机上の空論であると断じられた。とは言え、日本連邦という枠組のもとで、ウィッチ世界のハワイ海域までを領有できることで、2000年代頃からの日本が悩んでいた『経済力の減退』に歯止めがかけられたことは喜ばしい事実であった。実質的に扶桑に製品の市場を開拓できたからである。戦争を背景にしているとはいえ、初の高度経済成長期に突入し、貨幣価値もインフレを起こしてきていた。扶桑の国民は都市部から順に日本製品を買い始め、モータリゼーションも開始段階にあった。

 

「不思議なものね。異世界と交流して数年で、こんなに近代化されたホテルが建って、中に大衆食堂……ファミリーレストランが入るなんて」

 

「向こう側の扶桑は経済力の伸び代が限界に達し、それでいて、軍事に金をかけない。我々の持つ兵力で自分らの安全を買えていると思ってる。そこはバカバカしいが、利用できるものは利用するという奴さ」

 

坂本は日本の姿勢をそう批判した。日本の政治姿勢は扶桑人には理解されないのである。また、軍事的に『少数で多数を殲滅する。質で量を超えるべし』という日本特有のドクトリンは扶桑から反対されているが、日本は軍事的な規模拡張が実質的に不可能となっているためと、扶桑の財源を連邦全体の福利厚生費に充てたい事情があり、扶桑軍、特に陸軍を縮小しつつ、全体の質を上げたいという『冷戦後の思考回路』での軍事ドクトリンが理由であった。そのドクトリンの継承者がジオン公国軍であり、グリプス戦役後の地球連邦軍というのは皮肉な事実である。

 

「我々の世代は苦労するよ。大卒が一兵卒に普通にいる世界の軍との交流で、無知を晒して恥をかくのはこちらだ。かといって、扶桑で大卒になれるのは、学費を払える富裕層の子弟などに限られているからな」

 

この頃より、防衛大学校や高等工科学校への扶桑軍人の留学プログラムが盛んに行われるようになっていく。新制教育の申し子が育つには10年以上の月日が必要であるし、現場を支えているウィッチ出身軍人達の多くは世代交代で『1940年代以降の簡略化された教育課程で任官された者』で占められていた。坂本などはまだマシな部類だが、菅野世代は『一年半以下の教育で、少尉に任官された』という無茶ぶりで、それらの世代のウィッチの無知で、日本連邦としての統一された作戦行動に支障を来す事態も多々あった。坂本らは普通の学歴が『小学校卒業』で終わった世代なので、改めて高等教育を受ける必要が生じている。黒江たちは地球連邦大学に通って、学位を取得しているために心配は無用だが、現場の統率の一翼を担う坂本の学歴が『小学校卒業』ではまずいのだ。

 

「小学校も、最後の二年はまともにいっとらんから、高等工科学校と統合士官学校で再教育を受けたよ。英語の論文は書けるようになったが、勉強は性に合わなくてな」

 

坂本Aは苦笑する。戦間期に高等教育を受け直したからだが、同世代はまだマシで、菅野の前後の世代は『小学校卒業と大して変わらないか、それより劣る基礎の上に、軍事知識を乗っけた状態』の者も多く、日本連邦の当局が頭を抱える事態になった。B世界の坂本自身の未来と違って、魔力を保って引退したため、その気になれば飛べる。眼帯を20代を迎えてもしているのがその証拠である。本来の歴史と違う道を辿ったものの、海軍に残っている。

 

「貴方、海軍に残ったのね」

 

「海軍航空隊を建て直す事が私の命題だからな。それに、海軍航空隊の連中は自分達がエリートと勘違いしているからだ。根性を叩き直すためさ」

 

坂本は昔気質なところがあるため、誤魔化すように言うが、実際は宮藤博士への恩義に報いるために残ったのである。師である北郷さえも空軍へ移籍したので、頑固者と揶揄される坂本。だが、坂本は海軍航空隊を往時の姿に戻したかったのだ。空軍の出先機関と揶揄されない栄光の海軍航空隊へ。64Fへの協力は『友人への恩義』と割り切り、本質は海軍軍人。そこが坂本の貫きたかった唯一のプライドであった。転生しても『ゆずれない願い』がそこにはあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――マヤノトップガンのトレーナーの説得は、テイオー、ルドルフ、マルゼンスキー、トウショウボーイがスクラムを組んだことで成功。マヤノトップガンは強引な引退を免れた。安堵したマルゼンスキーは、その日の夜。趣味であるツーリングに出た。野比家所蔵のランボルギーニ・カウンタック5000QV(カウンタックの製造の歴史において、後期に作られた馬力増強型。455馬力を誇ったという)を借りて。元々、マルゼンスキーは父親がカウンタックのユーザーであり、彼が高齢で運転をやめるまでは、運転する車に乗せていた(助手席だと酔う事が判明したのも、子供時代に父が助手席に乗せたためだという。)という。マルゼンスキー自身も、現役時代の最末期に運転免許証を取得。父親からカウンタックを譲られてからは乗り回している。そのため、カウンタックの事は足回りの応答性などに至るまで熟知していた――

 

「んで……、なんで、アタシなんです?チケットを誘えば…」

 

「それがね、チケゾーちゃん。昼間のバスケで疲れて、いびき出して寝てたし、起こすのも酷だから」

 

「それで、元・学園都市のところをツーリング?」

 

「この世界、23区以外も都市化されてたんだけど、学園都市って枠組が解体された後、緑地に戻して、都市を自然に還すかどうかで揉めてね。23世紀を見る限り、緑地面積を増やした以外は都市が維持されたようなのよ」

 

学園都市は体制崩壊後、半ば放棄された。内部にいた無数の学校も移転、もしくは閉校になり、警備員と風紀委員制度の解体後は殆ど『抜け殻』同然の状態でスラム化している。その特殊性から、警察も殆ど介入しないため、学園都市が保有していた道路や鉄道などのインフラは必要最低限の整備であるものの、維持されている、都市を循環するように張り巡らせていた高速道路などを用いた『走り屋』(車が移動手段として定着しつつあり、なおかつ、日本全体に不景気が蔓延して久しい21世紀当時では、絶滅危惧種的な人種の人々)のメッカになっていた。警備員も風紀委員もいなくなった上、正規警察も殆ど介入しないため、法的規制などがきつくなり、行き場を失いつつあった『走り屋』のレース場代わりにされた。

 

「それでツーリング?」

 

「そ~なのよ、タイシンちゃん。ま。そこって走り屋の連中の溜まり場になってるみたいでね…」

 

「まだいるの?90年代で絶滅したって思ってた」

 

「2000年代から法的規制がきつくなったり、車道楽自体ができる環境じゃなくなってきたから、全盛期の80年代末期よりだいぶ減ったっていうけど、しぶとく絶滅してないみたいでね」

 

「確かに。こんな車、投資の対象とか、税金対策で持ってるだけだってのって聞くから、本当に走らせてるのは道楽って感じ」

 

ランボルギーニやフェラーリ系の歴代車両は走らせること自体が道楽である。ナリタタイシンからすれば、スーパーカーそのものが道楽に思えるが、マルゼンスキーは自身がスーパーカーと例えられていた経歴、父から受け継いでいたスピード狂の性分から、スーパーカーをぶん回す事は単なる道楽ではない。現役時代にシニア級にいたTTGと戦えなかったことへの悔恨がそうさせるのだろうが、彼女は90年代までの表現でいうところの『走り屋』となっていた。

 

 

――のび太の街にある入口で高速道路に乗り、あと600mで学園都市に入ろうかというところで、あおり運転を受けた。スーパーカーを煽るという行為は『命知らず』であるのをマルゼンスキーは知っていたため、数百mほどは相手にしなかったが、カウンタックの事を知らないのか、あからさまな挑発行為を働いた。これに堪忍袋の緒が切れたマルゼンスキーは煽ってきた相手のスポーツセダンを追った――

 

「ち、ちょっ……マルゼンスキーさんっ!?」

 

「もーーーー頭きた!!このカウンタックの威光は未だ健在って教えてあげるわ!」

 

ナリタタイシンがうろたえるのを尻目に、マルゼンスキーはカウンタックの持つポテンシャルを見せつけるべく、学園都市内に入ったところで、車を加速させる。学園都市内に行く者はこの時代にはインフラ整備の工事車両や宅配トラックなどしかいなくなっていた上、夜中の交通量は往年の10パー以下。まさに絶好のレース場である。

 

「ち、ちょ、マルゼンスキーさん!相手は割に新しめのスポーツセダンだって!この車で追いつけるの!?」

 

「大丈夫、向こうのスポーツセダンはいくら年式が新しいって言っても、国産車。手を入れてないのなら、こういう『遊び』じゃ、乗り手の腕と相性が物を言うのよ。ましてや、この車はランボルギーニ社が70年代当時に設計して、80年代後半に制作された後期の改良型。バブルが弾けた後のねぇ、そんじょそこらの日本のスポーツセダンとはデキが違うのよ!!」

 

カウンタックは1970年代前半当時のスーパーカーとしては高性能を誇ったが、21世紀では贅を尽くしたスポーツセダンに追い抜かれている程度の能力である。しかし、マルゼンスキーはカウンタックという車種の特性を知り尽くしていた事、現役時代の立ち回りを応用したドライブテクニックを持つこと、のび太の道楽で足回りがチューンナップされていた事が重なり、相手のスポーツセダンが腰を抜かすほどのポテンシャルを見せた。

 

 

「馬鹿な……『こいつ』が時代遅れのスーパーカーを『ちぎれない』だと!?」

 

マルゼンスキーを煽ったその男は2000年代以降の型式のスポーツセダンに乗っていた。カウンタックのことは知っていたが、基礎設計は1970年代と、2021年から見れば半世紀も前の『時代遅れ』。相手が怒って追いかけてきても『ぶっちぎれる』と、たかをくくっていた。だが、実際には後期製造仕様をチューンナップした仕様だった事、マルゼンスキーがカウンタックを普段から、足として使うほどに扱いが熟達していた事が重なって、ふりきれずにいる。

 

「マルゼンさん、高速カーブ!!」

 

「任せて!」

 

学園都市内に入っていきなりの高速カーブに慌てるナリタタイシンだが、マルゼンスキーは舌をペロッと出しながら、手慣れた操作でドリフトをしてみせる。車高が低いスーパーカーでドリフトというのはかなり勇気のいる行為だが、マルゼンスキーは自分の手足のように操ってみせた。唸りをあげるエンジン、相手を追いかける時の独特の感覚。

 

「これよ……。このサウンド……。このゾクッと来る感覚……現役時代から求めていたのは……」

 

「ぎゃ~~~!!変なスイッチ入ったよ、この人!!」

 

キャラが大いに崩れるほどに腰を抜かすナリタタイシン。マルゼンスキーは現役時代の異名がスーパーカーであったし、父親に走り屋疑惑がある(周囲の憶測だが)のもあり、完全に目が現役時代の闘志溢れるものへ戻っていた。ナリタタイシンは生きた心地がしなかったが、マルゼンスキーは完全に現役時代の感覚に戻っていた。そして、スーパーカーを巧みに操り、煽り運転をしてきた相手のスポーツセダンを猛追する。その模様は煽り運転をしてきた側が撮影のため、友人に操縦させていたドローンを通し、ネット中継されていた。それを、作業を兼ねて、PCを動かしていたゴールドシップは……。

 

 

「何してんだ、マルゼンさんは!?」

 

さすがのゴールドシップも開口一番にこれであった。カウンタックを操り、日本産の比較的近年の型式のスポーツセダン相手にレースをしているようにしか見えないからだ。

 

「場所は……学園都市の循環線か…。学園都市は完全な円形の都市だけど、あそこの高速は入り組んでたはずだ。まだまだ序の口だぞ、マルゼンさん」

 

ゴールドシップはルーデルの記憶を辿れるため、学園都市を循環する高速道路の路線図を知っている。元々が東京都の多摩地域(西半分)を開拓して出来ているため、一周するのには『そこそこの時間』を要する。学園都市の高速道路は『消えつつある走り屋の拠り所』とされているように、邪魔者がいないため、走り屋達の絶好のサーキット扱いされている。学園都市独自の行政機能の廃止後は、警察も地域の治安維持を半ば放棄気味であるからこその光景ではあったが、当事者のマルゼンスキーにとっては『ゾクッと来る』体験であったのは間違いない。

 

 

「タイシンちゃん~。ひとっ走り、つきあってもらうわよ~!!」

 

「ち、ちょ……まっ…あわわわわぁ~!?」

 

――唸りをあげるV型12気筒のエンジン。2020年代には古めかしくなったメカニズムだが、カウンタック、ひいてはこの世代のスーパーカーのシンボルと言える代物である。マルゼンスキーの勝負服(標準仕様)と同じ赤に彩られた『ランボルギーニ・カウンタック5000QV』が荒廃したとはいえ、摩天楼がひきめく学園都市の高速道路を疾駆する。ナリタタイシンは慌てふためいているが、マルゼンスキーはご機嫌であった。のび太が骨川スネツグ(スネ夫の実弟。幼少期に叔父の養子になっている)主催のオークションで競り落としたという、カウンタックの5000QV仕様。カラーリングが赤なため、マルゼンスキーは一目惚れし、のび太に借用を願い出、仕事で出先にいたのび太から承諾が出てすぐに、このチェイスを行ったわけだ――

 

「年式が新しいだけで、この私とタッちゃん(カウンタックのこと。マルゼンスキーは愛称をつけるほど入れ込んでいる)に勝とうなんて……10年早いのよ!!」

 

火がついたマルゼンスキーはもう止められない。それを目の当たりにしたナリタタイシンは諦め半分に、サポートをするのを決める。

 

「マルゼンさん、ヘアピンカーブ!!」

 

「がってん!!」

 

マルゼンスキーのドライブテクニックは相性抜群の車両であるのを差し引いても、かなりの上手さを備えていた。同乗者であり、自身もレースゲームをしないわけではないナリタタイシンは、マルゼンスキーの妙技に目を奪われる。車両を上手く操るテクニックもそうだが、どのタイミングでクラッチを操作すればいいのか、ステアリングの『遊び』、フットペダルの使い方……。大パワー故に繊細な操作を要求されるスーパーカーを手足のように操る度胸。

 

(凄い……いくら『とうに時代遅れ』と言っても、455馬力もある怪物を手なづけてる……。20世紀の終わりにはこれより速いのがいくらでも出てくるって、ゴルシが言ってたけど、日本のちょっとしたスポーツセダンなんかとは違う……何かがある!)

 

21世紀には時速300キロ超え、路上で発揮できる馬力が『1930年代のレシプロ戦闘機を超える』ような『文字通りの化け物車』も生まれているが、カウンタックは1970年代、高度経済成長期が終わり、次の安定成長期に入った頃の日本に、単なるスポーツカーと違う『スーパーカー』という概念を根付かせた立役者。ライバル格と見做された、同世代のフェラーリ・512BB、フェラーリ・テスタロッサ(フェイト・テスタロッサ・ハラオウンがオークションで競り落としたという)、ポルシェ911・ターボ、ロータス・ヨーロッパ等と共に一世を風靡し、当時の少年達を虜にした。マルゼンスキーの父もそんな華麗な経歴に惚れ込み、マルゼンスキーも愛するスーパーカー。性能面で時代遅れになろうと、その造形美は些かも衰えない。喜びにうち震えるマルゼンスキーに、諦めがついたナリタタイシンはマルゼンスキーのナビゲートに専念。二人は自分らに対し、喧嘩を売るような煽り運転をした『国産のスポーツセダン』を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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