ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版   作:909GT

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前回の続きです。


第三百二話「幕間その46 やまとは国のまほろば 3」

――日本連邦は結局、米国製兵器のノックダウン/ライセンス生産が主流となった。これに強い不満を抱く扶桑の軍事技術者も多かったのも事実だ。その兼ね合いで、妥協的に震電の名を持つ独自開発機が採用された。カールスラントと違い、天皇の威光で軍部の制御が効くことが幸運であった。日本側は『汚れ仕事用の補完戦力』と扶桑軍を見下す者も多かったが、日本の有さない兵器である戦艦、空母、巡洋艦などを有することは大きなアドバンテージであった。特に近代化済みの戦艦群は『敵戦艦に有効な攻撃を加えられ、なおかつ同クラスの戦艦の攻撃に耐えられる』からである――

 

 

 

 

 

 

――内部も近代化済みの戦艦の効果は思ったよりも高かった。日本の試算以上に近代化が進み、主砲は21世紀日本では解析不能なテクノロジーで半自動化されていた。半自動化なのは、23世紀時点の地球連邦軍がガトランティス戦後の方針の影響で、冗長性を持たせる目的で、内部でのマニュアル操作が可能なようにされている。これは戦後日本人の持つ気質で、扶桑が採用した『F-4Eの海軍型』も、機銃搭載型をベースにした思想にも表れている。ミサイルキャリアの失敗を知っているが故の選択であった。扶桑はあれこれの費用増大で、基地の整備にも多大な支障が生じていた。64Fの基地も、本来は戦略爆撃機用に整備されていた拠点を転用したものだ。また、64F基地の周りを再開発するはずの軍都整備計画も頓挫したため、結局は妥協的に基地の地下部の設備を拡充し、各分野の娯楽施設を組み込んだわけだ。また、再開発による収入増を皮算用していた現地自治体が日本側に猛抗議するに至るなど、日本側は『想定外の反応』に困惑した。結局、現地自治体への補償なども嵩んだため、空母の新規建造は伸びに伸びた。1949年に、大型空母の一番艦と二番艦がようやく起工されている。完成は52年前後と見込まれており、そこからの育成を鑑みると、戦力化は53年度中に間に合えば御の字であった。天城型の二隻が老朽化し、蒼龍と飛龍のテロでの破壊度が思ったより深刻であったので、突貫工事になったからである。蒼龍はテロ行為による損傷が竜骨に達しており、再就役は絶望的であった(後に、タイムふろしきで修復されるが、表向きはそう報道された)。飛龍は博物館船にしたがる日本側の購入打診もあり、近代化が遅れていたが、現場の要請で再就役が決まった。空母不足が深刻化したからである。――

 

 

 

 

 

 

――扶桑海軍の予想外は『ジェット戦闘機を充分に運用するには、空母に300m以上の巨体が必要である』事実の判明で、アングルド・デッキなどの発明を以ても、それだけの巨体が必要という事実、それに伴う航空機の高額化は新たな悩みとなった。潜水艦の攻撃用への特化をウィッチ閥が妨害しているのもあり、日本連邦は軍備近代化に、戦闘よりも労力を費やす羽目となった。その関係もあり、兵器の質が部隊によって異なるようになっていた。また、戦略爆撃機の運用についても、日本の政治家が強く廃止させたがったが、戦闘機では完全には戦略爆撃機の任務は代替できないため、結局は他用途との共用という形で、使用が継続されるなど、日本的グダグダの弊害があちらこちらに生じていた。数の不足が兵器の新式化で、却って深刻になった例である。結局、パイロットや戦車乗りに一騎当千が求められたため、当時としては最先端の技術と戦術ドクトリンがどんどん導入され、気がつけば、技術面でも、カールスラント空軍を追い抜いていた。特に、21世紀から伝わったロケット技術を迎撃ミサイルとして使い、戦略爆撃機の一つの武器である『高高度飛行』を無効化した事は大きな成果であった。ただし、それで低空での多数機による数箇所からの侵入に切り替えられたがために、今度は迎撃戦闘機の数が必要となり、レシプロ機の最終世代機をターボプロップ化して運用を継続することになるという予想外の結果も生んだ。また、敵が戦艦で勝とうとするという、史実を考えれば、真逆の選択を取った(リベリオンはウィッチ閥への配慮が必要であったため)ため、却って日本側が困惑し、予算を削ろうとした砲熕型戦闘艦艇が却って必要になるという現実も起こった――

 

 

 

 

 

 

 

――保有艦艇の動力も近代化が進んだため、今度は随伴タンカーなどの高速化が必要となり、その入れ替えを必要とするなど、日本側が自分達の都合で近代化を強引に進めたための弊害も生じた。また、扶桑海軍としても、怪異相手には不要であるために、全艦艇から外していた水雷兵装が必要になるという、思ってもみない事態であった。事の起こりはM動乱中の会議、その最中にあった海戦の結果からで、連合艦隊の巡洋艦や駆逐艦に水雷兵装が再装備される(苦戦の責任を感じた造船官が遺書を残して自刃する、水雷兵装不要論を支持していた若手や中堅の将校たちが、泣きながら、辞表を提出する事態にまで発展した)きっかけになった。その時点で、M動乱の主力と見込まれた水雷戦隊などには魚雷や爆雷が形式的に再装備されていたが、水雷兵装が全艦にはないことで、敵大型艦艇や潜水艦に駆逐艦隊が蹂躙される事態も頻発。皮肉なことに、この動乱で『形式的な兵器開発』と揶揄されていた魚雷と対潜兵器が扶桑で普及していった。当然、居住性が悪くなるのとトレードオフであるため、兵からは反対論も出たが、戦艦以外の船の価値が上がるため、渋々ながらも容認したという。扶桑海軍空母機動部隊が『独力で作戦行動を取れた』最後のケースにもなった。次のダイ・アナザー・デイで大海戦が見込まれたことで、水雷兵装が(途中からでも)行き渡った。これが日本連邦の海戦での圧倒的強さに繋がったわけだ――

 

 

 

 

――海では、多少の強化で世界一流になれた扶桑だが、陸ではそうはいかず、太平洋戦争でも近代化が遅れていた。牧場で納入を待つ、適齢期の軍馬の使い道の問題もあったからだ。その結果、太平洋戦争は後々の歴史では、『軍馬が最前線で使われた最後の戦争』とされた。実際、軍馬はモータリゼーション化が進展する前段階であった、当時の扶桑軍においては、最も身近な移動手段かつ輸送手段であった。米軍張りに、連絡手段や輸送用として、自動車やオートバイを気楽に乗りまわせる部隊はエリート部隊に限られていた。それは1949年に入っても同じである。これは全土の牧場が『最後のご奉公』と意気込んで、大量に若い軍馬を納入するためでもある。牧場側も悟っていたのだ。『今回の戦争が最後のご奉公』だと。史実と違い、運用にそれなりにメリットが残っていた(馬は生物であるので、怪異に気づかれにくい)ためだ――

 

 

 

 

 

 

――一方、自由リベリオンは本国の管理を外れた事、戦線の実情が上層部に伝わるようになったため、兵器の切り替えが迅速になるという利点が生まれたが、その一因は『日本人に史実の失敗を揶揄される』からでもあった。アイゼンハワーやパットンは、M26パーシング重戦車の一件で失敗を犯している。そのため、揶揄されやすい。パットンに至っては、発言が『炎上』しやすいため、『炎上将軍』という渾名がついたほどであった。とはいえ、ちゃんと理解できれば、迅速に兵器配備が叶うという点は、日本連邦よりはるかに優れている。自由リベリオンは『質で量を超える』しか生き残る方法がないからでもある。とはいえ、さすがのパットンも『人命軽視』と叩かれたのは堪えたらしく、自身の名を持つ戦後型戦車への刷新で『贖罪』にすると公言している。パットン自身、ダイ・アナザー・デイで、M4中戦車がゴミクズのように破壊されていくのを目の当たりにしている。また、自身の指揮車を無残に破壊されて、命からがら脱出したところを、米陸軍のM1戦車に拾われた体験で考えを変えた。何事も実体験というのは大事なのだ。数年後の1949年では、3個師団分の陸軍、二個航空軍、空母五隻を主軸とする艦隊を持つに至っている。リベリオン軍関係者は『南洋新島』に居住するようになっているが、同島はドラえもんが作ったものである。本来は本土や南洋島に受け入れるはずであったが、日本の政治家や市民運動家たちがリベリオン軍人を『ならず者』とレッテルを貼り、無闇な領土への上陸を禁ずるように圧力をかけたが、流石に諸問題があるため、議論が紛糾。最終的に、地球連邦軍が仲裁。ドラえもんが島を作り、そこに住まわすという案が採用され、生まれた。後々の時代、扶桑へ『返還』されても、同島はリベリオン系の住民が多いのであるが、そのような経緯で生まれたからだ。南洋新島は群島であり、工場・農場・軍施設特化になった島もある。食料品は本島からの供給、工場、農場からの供給で賄っている。自由リベリオンは連合国が国家として承認した関係で、日本側も、アメリカや連合国への手前、無碍にはできず、日本の政治家達の認識は『前線の弾除けとして使おう』という認識である。自由リベリオンは人員の質については第一級で、空軍もトップエース揃いであるため、結果的には安心であったのだが――

 

 

 

 

 

 

 

 

――オグリキャップ、マルゼンスキー。両者の共通点は『世代最強を誇りながら、クラシック戦線でその実力を証明できなかった』というもの。マルゼンスキーはオグリキャップよりも、ある意味で不幸であった。重度の怪我で、シニア戦線は断念するしかなかったからだ。更に、彼女の引退で、雪辱の機会を失った同期のウマ娘(いずれも重賞勝利者)たちが不幸のどん底に堕ちてしまった事から、『日本ウマ娘史上最悪レベルに不幸な世代』という烙印を受けている。マルゼンスキーは怪我の完治後、ドリームシリーズへ行く形で復帰したが、その要因は同期らの末路が悲惨すぎた事への贖罪である。それ故に、ルドルフがオグリキャップを突き放そうとした時に、やんわりとだが、咎めたのである。ルドルフが地位を捨てた要因には、在任中の『失敗』も入るわけだ――

 

「ルドルフも完全無欠ではない。奴は体調不良などが要因で、三回は負けている。マルゼンから聞いたが、奴は自分が最強と自負しているが故に、体調不良でも、レースを回避しなかった。それが原因で、伏兵に敗れた」

 

「伏兵?」

 

「今はもう学園を出ているが、ルドルフと同期のカツラギエース。その人とギャロップダイナだけだよ、ルドルフに土をつけたウマ娘は」

 

オグリキャップは静かに語る。ルドルフは国内では二度、敗戦を経験している。キャリアが全盛期の終盤頃の『最初のジャパンカップ』では、最悪の体調に陥っていたのに、出場を強行。そんな状態であったがために、カツラギエースに追いつけずじまいになったが、三位には食い込んだ。それでもルドルフは取り乱し、涙を流すところが多数に目撃されている。他にも、ある年の秋の天皇賞でギャロップダイナに敗れた時には、控室でトレーナーにすがりついて泣いていたという。

 

「ルドルフは体調が万全であれば、当代最強だったのは間違いない。だが、くれぐれも、今、言ったことには触れてやるな。本人もトラウマになっているからな」

 

「それ故に、テイオーに肩入れしていたんですの?」

 

「いや、それは魂の共鳴も大きい。ルドルフとテイオーは前世では親子だった。見てみろ、マルゼンから借りたが、入学当時のルドルフの写真だ」

 

「……これは!!」

 

ルドルフが入学した当時の姿は、なんと、現在におけるトウカイテイオーにほぼ瓜二つであった。髪型もポニーテールであるので、殆ど見分けがつかない。

 

「テイオーによく似ているだろう?」

 

「似ているどころか、わすかな違い以外は殆ど瓜二つですわ!」

 

驚くメジロマックイーン。テイオーのライバルを自負する彼女でも、耳飾りや目つきの違い以外はテイオーと見分けがつかない姿であるからだ。

 

「前会長の世代とマルゼンしか、この姿は知らんそうだ。若気の至りというので、本人も語らんからな」

 

「前会長はどのくらい政権を?」

 

「長期政権だったと聞いている。マルゼンが入学する数年前には、シンザンさんの卒業があり、それと同時に抜擢されたそうだ。前会長は本来、自分の次の世代の最強であったマルゼンを後継者に考えていたらしいが、マルゼンが怪我で早期に引退を余儀なくされたことで、断念した。それで、年の離れた従姉妹のシービーを考えていた。……が、シービーは能力に伸びしろがあまり無く、その一期下のルドルフが頭角を現すと、すぐに追い抜かれた。加えて、ルドルフは前会長が現役の頃は一ファンだった。前会長から聞き出したが、テイオーと同じことをやっていたそうだ」

 

微笑むオグリキャップ。トウショウボーイの熱心なファンだったルドルフは、自身が夢を見せる側に立つと、自身の後継者となるテイオーと出会い、テイオーに後を託した。そこまではいいのだが、ルドルフは周囲の好意や献身に気づきにくいという欠点があり、エアグルーヴが寝込む要因になった。オグリはまだマシなほうなので、引退後はルドルフのフォローをする事も多い。ルドルフは同年代の友人が皆無に近く、シリウスシンボリにも距離を置かれているため、実質的に『近い実力を持っていた前後の世代のウマ娘』が友人のポジションである。オグリキャップも引退後は、シンボリルドルフのよき友人である。

 

「そこはやはり?」

 

「おそらくは」

 

「ん?テイオーからか。マヤノがせがんでるそうだ。ドラケンに乗せろと」

 

「マヤノさんらしいですわね」

 

「マヤノは親が航空会社のパイロットで、自衛隊から民間に転向したクチらしい。それで、あの子も戦闘機に抵抗がない。根っからの民間機乗りだと、戦闘機乗りを嫌うこともあるからな」

 

「あるんですの?」

 

「日本特有の文化らしいがな。ただし、戦闘機に若いうちしか乗せなくなったから、空自も人手不足になったらしい」

 

戦闘機に乗ることが過酷になった時代になると、肉体に『加齢による衰え』が出てくる45歳頃には、地上勤務を命じられることが当たり前である。だが、第二次世界大戦の頃には、40代の佐官がB-29を撃墜したケースも存在するし、戦後間もない時期、かの源田実が自衛隊の幕僚長として渡米した時は、当時の一線級戦闘機を動かせている。

 

「どうしてですの?」

 

「戦闘機乗りの平均年齢を若くしたいからだというが、少子高齢社会では、人手不足になるからな。自衛隊は嫌われ者の風潮が残っているのもあり、志願の確保に四苦八苦だそうだ」

 

 

どこの世界でも、自衛隊は嫌われ者の風潮が2000年代頃まで存在している。これは軍の暴走で国土が荒廃した経験から来るもので、扶桑が最も難儀している事項でもある。ウマ娘世界でも、同じような風潮があるらしい。

 

「マヤノは父親の影響で、飛行機が好きになったんだろう。私も、母親が走っていたから、この世界に飛び込んだようなものだからな」

 

親の影響は大きい。タイシンも、母親が出走経験があるから、学園の門戸を叩いた。オグリキャップも、母親がレース出走経験者である(お馴染みの髪飾りは、母親から受け継いだという)であった。彼女が適切なリハビリの仕方を知っていたからこそ、幼少期は『立って歩けなかった』オグリキャップがその成長後に『芦毛の怪物』へ化けたのだ。

 

 

「しかし、あいつは戦闘機なら、どれでもいいらしいな。スウェーデンのマニアックな機種を知ってたとは、驚きだ」

 

「普通は、米露の機種を二種類分かればいいほうですから」

 

「ああ。私も、イナリが『エリア88』を持っていたから、分かるようなものだからな」

 

「イナリ先輩、そう言うものをお読みに?」

 

「ああ、姉達の影響らしいが」

 

イナリワンは母親が子沢山で、イナリワン自体は九番目の子である。本人もノリがいい性格であるので、イベントで司会を任される。地方レース出身ながら、中央で花開いた一人で、オグリキャップと並び、『成り上がりで成功した最後の世代』と評されている。平成三強と並び評されていた事から、オグリキャップと同世代と思われがちだが、実はタマモクロスと同期であった。そのことから、『タマモクロスは『レースウマ娘としては短命であった』と語られるようになったのも有名な話であった。

 

 

 

 

 

 

 

――日本連邦はウィッチ世界の安全保障の多くを背負わされる身となっていった。日本連が史実の関係を前提に、国際司法裁判所にカールスラントのボッタクリを訴えようとしたのは記憶に新しい。カールスラントは史実より扶桑との関係は深くなかった。正式な同盟国でもなかったが、日本が主導して、ボッタクリを訴えようとしたことは、カールスラントには寝耳に水の事態であった。結果、ドイツの仲裁で技術ライセンスを値切らされた上、日本連邦の報復で、保有している軍事技術の尽くを旧式化させられる憂き目に遭ってしまった、また、『陸上巡洋艦』計画の突然の中止で生じた賠償金も大きく絡み、カールスラントは1940年代からの長い間、財政難に苦しんでいくため、1950年代には、保有していた連合国の軍事面での主要メンバーの地位の多くを財政的・政治的理由で手放すこととなる。同時期に欧州の尽くが財政難に陥ったのもあり、日本連邦は史実のアメリカ合衆国の役割を自然と演ずる羽目に陥ったのだ。日本の政治家は『我関せず』を強く主張する者が多かったが、扶桑の国力のおかげで日本の経済的復興が成ったことを知る者達の主導で、太平洋戦争に深く関与していく。それは現地のウィッチ社会へ混乱をもたらした事への贖罪も兼ねた行動でもあった。――

 

 

 

 

 

 

 

 

――そのラーテ戦車は、あとはその配備と実働を待つだけであったが、完成済みの数両が軍に納入されなかったことで、ダイ・アナザー・デイの陸戦は敵の優位が続いたが、地球連邦軍が一年戦争時に使用していた『陸戦艇』を使用したことで戦況の逆転に成功した。ラーテ戦車はウィッチ世界の技術の粋を凝らしていたが、第二次世界大戦中の戦車をそのまま拡大した代物でしかなく、対空防御力も疑問視された。そこも『航空攻撃に無力』とされ、博物館の肥やしにされた理由だ。その代替として、地球連邦軍が用意したのが、一年戦争の際に使われていた『陸戦艇』である。ラーテの完成済みの二号車がクーデター軍に強奪され、ドイツの言いなりであるカールスラント皇室を抹殺しようとした事があったが、ラーテを遥かに上回る備砲を持つヘビーフォーク級陸上戦艦(その備砲は51cm砲である)の待ち伏せに遭い、正面撃破され、大破している。日本連邦も装甲戦闘車両の不足での打撃力不足を『大艦巨砲主義』的な陸戦艇で補っているため、そのコンセプト自体は間違ってはいなかったが、都市インフラが1000トンの超重量と耐えられないし、足回りが時代相応では、機動力が皆無であるという現実問題の前に敗れたと言える。ラーテ戦車は投入の暁には『陸上巡洋艦』という触れ込みになったため、クーデター軍も投入時は無敵を信じた。だが、そのラーテすらも『おもちゃに見える移動要塞』の待ち伏せ(地球連邦軍のヘビーフォーク級の重要部は51センチ砲に耐えられる装甲を持つ)に遭い、ものの見事に粉砕された。後年、51cm砲の直撃を受け、ラーテの砲塔部がびっくり箱のようにぶっ飛びながら、派手に爆散する様子は、『カールスラントの落日』のシンボルとされた。その後、カールスラント皇室はヘルウェティア連邦(史実でいうスイス連邦)に避難し、国情が安定する時代まで、そこに留まることになる。オラーシャ、ガリア、カールスラントの没落、キングス・ユニオンの財政難、ロマーニャの軍事的衰弱が、同じ時期に複合して起こった。こうして、日本連邦は否応なしに『国家総力戦を前提にした軍事力』の規模を維持せざるを得なかったわけだ。――

 

 

 

 

 

――日本側は『近代化で軍事力の規模を小さくできる』と楽観視していたようだが、実際は色々な兼ね合いで無理であった。軍人を教育現場から排除したことで、大量に浮いてしまう軍事教練担当の士官への『次の職場』の確保、教育制度の改革で宙に浮く『師範学校の在校生と新入生』の問題、普通学校から追放も同然にされたウィッチ候補生の救済問題。更に、旧来の予備士官制度の形骸化に伴う新制度の検討の問題。それらが太平洋戦争で一気に具体化した事も、64FとGフォースへの依存に繋がった。太平洋戦争はまさに、その混乱期に起こった戦争なのだ。64Fを特別扱いすることに反発する参謀たちが数年間に渡り、あれこれしようとしたのは記憶に新しいが、そうするしか、扶桑には迅速な対応が困難であった。『改革をしようとしている最中に、旧来制度では迅速に対応できない規模の有事が起こった』。この事は日本の政府関係者をも震え上がらせた。分野は違えど、『まったく楽観的に考えていたら、世界的パンデミックになっていた』点で、疫病の流行は戦争によく似ていたからだ。政治家などのグダグダのせいで、現場が割を食うのは、疫病も戦争も似たようなもの。日本と扶桑の間に、真の意味の信頼が生まれたのは、双方が有事に苦しんでいるこの時期だった――

 

 

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