――日本警察の無能はスネ夫や出木杉が叩く役目であったが、問題は学園都市のゴロツキ共の数であった。2010年代半ばの時点で存在し、その後に解体された暗部組織は複数に登るが、学園都市独自の軍事力そのものは大国の方面軍クラスの軍団を圧倒できるほどのものであった上、上層部の把握していない暗部組織も複数が存在していたためと、公式な組織解体がなされる前に、兵器がブラックマーケットに流れたり、関係者が増産したりしたため、学園都市出身者のテロ行為は後を絶たなかった。ヒーロー達はその鎮圧に当たっていたが、散発的かつ、ゲリラ的なために、掃討に手間取っていた。戦車や戦闘機で攻撃してもいいほどの装備を持たず、能力でテロ行為を働く者も多かった上、そういう者に限って、高位の能力者だったりするのだ――
「ゴルシ、何故、この街の警察は仕事をせんのだ」
「殉職者を多数出すことを恐れてんだ。学園都市ってとこは、下手な軍隊より強力な武器持ってたり、警察の手に負えない能力を持ってたりするからな。かと言って、自衛隊は治安出動すら議決が極めて難しい。公には解体されたってことになってんが、多くが地下に潜った。おまけに、能力者でありながら、上層部の汚れ仕事を引き受けてた裏の連中が『組織のタガが外れて、好き勝手しだした』。ヒーローを動員しないと、まともな戦闘にならんと来てる。拳銃と警棒くらいじゃな」
コンバットスーツはそれ自体が超兵器だが、能力者の攻撃は高位の能力であれば、コンバットスーツに打撃を与えられる。宇宙刑事のコンバットスーツで『まともな戦闘になる』というあたり、学園都市の危なさが分かる。
「……たしかに、拳銃を撃ったくらいで、TVのニュースになる日本の警察じゃ、超能力者の相手にはならんな」
「天然物の超能力と違って、一芸特化の代物だが、それでも普通の警官の手に負えんよ」
学園都市の超能力は人為的に素質を引き出す弊害なのか、一芸特化のものである。その応用力が良いものでランクが決まるため、単純な攻撃力では御坂美琴を麦野沈利が超えていても、応用性の都合か、御坂美琴のほうがランクが良かった例がある。なお、天然物というのは、渡五郎/イナズマンFの実例があり、ゴールドシップはその存在を知っていたからだ。
「お前、天然物とはどういうことだ?」
「いたんだよ。1970年代の頃、超能力を武器に戦ったヒーローが」
それはイナズマンの事で、ルーデルと記憶を共有しているゴールドシップは知っている。それ故に言及したのだ。
「本来、超能力は色んな能力が次第に目覚めていくものだ。人為的に引き出したものは伸びしろがない。だから、あれこれ取り繕って誤魔化してた。それも街が組織的にな。だから、それが白日の下に晒された途端に、街ごと解体されたのさ。だが、戦後の長い月日をかけて開発した、大都市を丸ごと廃墟にしとくわけにもいかない。しかし、市井にいきなり放り出された、そこの学生連中が自暴自棄になったり、都市の軍事力と警察力を担ってた連中がテロリストになったり。それで、街は半ば放棄された状態。そいつらが周りの地区で暴れるもんだから、警察は見て見ぬ振りだ。クソみてぇだろ?」
「だな。私達のような『法的知識もない学生』にまで、自警活動を親方日の丸が勧めるとはな。世も末だ」
「最も、そもそもの責任は財務の当局にあるそうだ?」
「財務省だと?どういうことだ」
「学園都市の装備が外に漏れて、こんな事態になることを想定してた幹部が1980年代後半頃にいたらしい。そのお偉い人が宇宙刑事の残した技術と旧日本軍のオーパーツの技術を組み合わせて、技術局に試作させたパワードスーツと装備があった。だが、日本の景気が悪くなった頃に、大蔵省が運用費の高額さを槍玉に挙げてな。2000年頃に、『永久保存』の名目で装備を取り上げて、運用組織を廃止させた。その後は『お察しください』って奴さ」
それは『特警ウインスペクター』から『特捜エクシードラフト』まで三代続いたレスキューポリスのことだ。警察は80年代頃に、この時代のような事態を既に想定していた。だが、2000年当時の大蔵省が組織改編前最後の手柄を欲するあまり、警察の予算を削り、強引に装備の運用を終えさせたが、それから20年後に『ススキヶ原とその周辺地区の警察が開店休業状態』に陥り、日本警察の威信はガタ落ちであった。当然、当時の大蔵省幹部らは気まずい思いをする羽目になり、警察内部でも『開店休業』は当然ながら、問題視されている。だが、SATなどの特殊部隊を通常任務で使うわけにもいかない実情もあり、このような事態になったわけだ。
「それで、ヒーローやヒロインに?」
「ああ。彼らが経営してる警備会社があるからって、親方日の丸がいくつもの街の治安維持業務を外部に委託するなんざ、普通に考えて、オカシイだろ?」
「確かに」
ブライアンとゴルシは至極当然で、真っ当な意見を言い合う。いくら身体能力が並外れているからと、自分たちはまだ『学生』だと言うのに、町内会のみならず、地域の警察が『自警活動』を奨励してくるのだ。
「出木杉さんやスネ夫さんが予てから、無為無策の警察を批判してるが、ごらんの有様だ。だから、自警活動を否応なくやんなきゃならんってわけだ。……?あ、タイシンか?……そうか、お手柄だぞ。そのうちに表彰されんぞ。はーん。照れくせぇって?。これからは慣れろよ」
タイシンから事の説明の電話がかかり、対応するゴルシ。ルーデルの記憶が共有された後は心境に変化があったようで、あまり踏み込みはしないが、ススキヶ原の警察の無為無策ぶりを真っ当に批判するなど、聡明なところを見せている。ネットに『ゴルシちゃんねる』なるチャンネルを開設し、動画を投稿している一方で、ある意味では『びっくりするほどに聡明』なのだ。
「んじゃ、後でな」
「今の電話だが…、タイシンか?」
「ああ、小倅共に突っ込んできた暴走車を止めたんだそうだ。今、事情聴取中だそうだ」
「帰りは遅くなりそうか?」
「じきに事情聴取は終わるそうだ。あたしは別の仕事もあるんだが、レトルトくらいは作ってやる」
「仕事だと?」
「あいつからだ。『向こう』で撃破したティターンズ残党のMSのOSからとんでもないデータを見つけたそうで、その解析だよ」
ゴルシはコンピュータ技能が高いためか、自主的にデータ解析を手伝っている。『バイト賃』を要求するものの、ハッカーとしての腕も相当に良い事から、このごろは時たま、64Fの仕事を間接的に手伝っていた。
「うっし。プロテクトが解けた。データを表示っと……ん?こりゃ……ガンダム試作三号機の模造品だぞ?……あたしだ。データを解析してるが……。ガンダム試作三号機の模造品っぽいぞ」
『なんだって、ガンダム試作三号機だと?馬鹿な、ガトランティス戦役の後になって、正式にGP計画に関する機密プロテクトが解かれたはずで、アナハイムもそれまでは『表立っては口に出せなかった』はずだぞ?」
「考えてみろ、奴ら……ティターンズは『GPシリーズを封印した』側だ。自分たちの都合で、いつでも基本データを引き出せる。それで模造品を計画したんだろうよ」
『実機はあるのか?』
「データ上は、グリプス戦役の時期まで開発が続けられたとある。多分、デラーズ紛争後の純地球系の技術で模倣品を作ろうとしたけど、結局は時代のトレンドに取り残されて、ティターンズも負けたから、放棄されたんだろう。ただし、それをバダンが資金提供と技術提供して、用意させている事はありえる」
『うぅーむ。こっちも、デンドロビウムの改修型を新しく用意するしかないか?』
「アナハイムに言えば、喜々として製造してくれるさ。最近は社会的地位を取り戻しつつあるっていうが、サナリィに技術で劣ってるって揶揄されてるってんだから」
ゴルシのPCの画面に表示される一機のモビルアーマーのデータ。機体の構造は『ガンダム試作三号機デンドロビウム』に酷似しており、ティターンズ寄りの連邦軍がデラーズ紛争の直後に『接収したデンドロビウム』のデータを参照し、純地球産技術で模倣を目論んだものだと、ゴルシに容易に推測される程のそっくりぶりであった。デンドロビウムの機体データはティターンズが自ら封印したが、Zガンダムなどの『Z計画』のガンダムの力で劣勢に追い込まれた際に、禁を自ら破って、戦局逆転のための兵器を造らせていた事を示している。まさにティターンズの自業自得だ。
『まぁ、元・ティターンズ派はこれで、表立って追求できるな』
「封印させたデータを自分で使ってりゃ、世話ねぇぜ。アクシズを制圧するための兵器だったんだろうが、用無しになった上に、兵器の進歩で旧式化して、要らなくなったんだろう。念には念を入れとけ」
『分かった、ありがとな』
「そっちはどうだ?」
『敵味方で奇妙な示し合わせがある以外は戦闘が続いてるよ。今、のび太が旧ソ連のハインドを撃ち落としたとこだ、拳銃で』
「連中、旧ソ連のもんまで持ってるのか?」
『大方、東ドイツが持ってたのが横流しされたんだろうよ。時代ガン無視だぜ。機甲兵器は大戦末期のが多いってのに、航空兵器は冷戦期の東独機だ。だから、ウルトラホーク一号とかを投入したよ』
「あれをか?」
『合体機構はオミットしたよ。機甲兵器は向こうのやたら重装甲な上、百戦錬磨の残党共があれこれ方策してるから、こっちの機甲部隊のキルレシオ悪いんだよ。なるべく、性能の良い『戦後型』を持ってきたが、やっぱ実戦経験の少ない兵隊だとなぁ』
黒江は機甲部隊の戦績が良くないことに触れる。兵器は補充できるとは言え、実戦経験が過小の兵隊は戦力に数えられないと嘆いている。
「しかたねーよ。それでも、リベリオンで一番マシなのを選んだんだろ?」
『陸軍はだめだな。空軍のほうがマシだ』
黒江は自由リベリオン陸軍は士気旺盛であるが、肝心の対人戦の練度が低く、ナチ残党を笑えないレベルだと述べる。仕方ないが、付け焼き刃の訓練だけでは限界がある。
『海戦がないのは救いか?』
「戦艦同士の空中戦は見込んでるんだろう?」
『まーな。ま、インペロ如き、改ラ級の敵じゃないが』
ラ級のインペロはリットリオ級を飛ばした以外の意義がなく、火力はそこそこ高いと思われるが、船そのものの性能は見るべきもののない『凡庸な艦』であると判定されている。大和型戦艦の改良型であるラ號の更に改良艦への太刀打ちは難しい。それが事前の評価である。
「戦艦で空中戦なんざ、未だに信じらんねーよ」
『旧軍が最後に縋った、太平洋戦争の起死回生の策だからなー。連合軍はあんま期待してなかったが、対抗上の理由で作っていた。それが熱意の差になったんだろうな』
ラ號は結局、戦後に存在が明らかになった時のほうが、世間に大々的に注目された。扶桑が同型艦を持っていることに気がついて、日本の防衛省が大混乱になったのが、ダイ・アナザー・デイの頃。結局、空軍の管轄にはなったが、操艦やダメコン要員などは必要上、海軍から人員を引き抜いている。基本構造は船そのものだからだ。この時の日本連邦の経験が、後の時代、地球連邦宇宙軍の気質の決定に繋がる。つまり、歴史の帳尻合わせという奴だ。
『これで、未来世界に繋がる線が一つできる。流れは変わんないとはいえ、なるべく穏やかにしたいよ』
「それが運命さ。だけど、細かいとこは変えられるはずだ。あたしはそれを信じるよ」
日本連邦の死闘と苦闘は、間接的にジオン公国の誕生からの戦乱期に影響を及ぼす。それだけは変えようがない運命だ。なら、少しでも『これからの未来、そこに至る流れ』を変えたいというのが、野比のび太や、黒江、夢原のぞみらを含めた『20/21世紀に生まれた人間』達の願いであった。そのため、地球連邦政府の体制を肯定し、『エレズム』(地球聖地化思想)から派生した選民思想であるジオニズムは宗教戦争を知る世代の人間からは『流れに逆行している』としか思えないのだ。
「ジオン公国はどのみち生まれる。だけど、そこに至る流れは穏やかにさせられるはずだと思うぜ。これ以上は政治的になるから言わねーが、誰も『地球人同士の戦争』は望んでないはずだぜ?ましてや、統合戦争の後じゃ」
『だと思うぜ。統合戦争で血を散々に流し終えて、10年も経たないうちに、人同士の宇宙戦争の時代だ。……シャレにならないぜ。しかも、最初の一週間で大陸の地殻をえぐり取る被害なんざ…』
黒江も絶句せざるを得ない『ブリティッシュ作戦』の爆心地の光景。それはゴルシも知っている。ゴルシはウマ娘ながらに、未来世界への戦乱の世には思うところがある。それを表には出さないのは、通達の影響もあるが、ゴルシ自身の線引きでもある。
「言っとくどよ、あたしにできる、お前らへの手伝いには限界はある。例の通達の影響もそうだけど、あたしらはレースに生きるウマだからな」
『わかっとる。エイシンフラッシュの一件の手引は頼む』
「テイオーを通して、理事長とたずなさんには伝えといた。ヤツのトレーナーが長期休暇を取る時を見計らって、面接をするそうだ。形式的なもんだが、それらしいことを言えるようにはしといてくれ。それと、エイシンフラッシュを見終えたら、タイシンのサブトレーナーになってほしいそうだ」
『おい、待て。急な話だな?』
「テイオーに生徒会長が代替わりしたろ?それを理由に、チーム対抗戦『アオハル杯』が開かれることになってさ。その影響で、トレーナーの仕事のローテーションがきつくなったんだ。それで、ウチのチームにタイシンを組みこむ流れになった。ま、タイシンのトレーナー、ウチのチームのトレーナーと大学が同じだからな。その流れだ」
『アオハル杯って?』
「理事長曰く、昔……そうだな。シンザンさん、あるいはその前の会長の代にやってたという『チーム対抗トーナメント』だそうだ。ここんとこのゴタゴタで、理事長の出張がキャンセルされた関係やらで延び延びになってたが、タイキシャトルが開催を提案しててな」
『タイキシャトル……スズカと同期の?』
「ああ。そいつが面白がって、提案した。で、本当はもっと早く開催の予定だったんだが、トゥインクル・シリーズやドリームシリーズの日程の都合、キングの失踪で、延期が続いていたそうだ」
アオハル杯のことについての説明に入る。トゥインクル・シリーズのウマ娘のみでは必要人数が確保不能なことから、ドリームシリーズのウマ娘も参加する事になったともいい、事実上の『リギルに代わる学内最強チームの選定』と見られている。また、教会内部の派閥抗争の結果(…と、理事長自身の思惑)で『樫本理子』という協会職員(元・トレーナー)が監察役として関わり、反シンザン派の意向で、アオハル杯に彼女の監督するチームが加わる事となったという。ゴルシはその流れを鑑み、黒江を『トレーナー』として招聘する事にしたのだ。
「で、色々な派閥抗争だとかの結果、反シンザン派の連中がアオハル杯に関わることになったんでな。そこでお前の出番だ」
『なるほどな。学園の未来のためか』
「そうだ。シンザンさんは『神馬』だが、その光に飲み込まれていった連中も大勢いる。マルゼンさんの世代にしても、あの人と他との差がありすぎた故に、不幸が起こってる。だが、それは過去だ、未来じゃない。教会内部の古株は対立の始まりのきっかけである、マルゼンさんを恨んでる節があるからな」
『マジかよ』
「ああ。元々、日本生まれのウマ娘を外国の連中から守るするために作ったはずが、マルゼンさんが当時の八大競走の殆どに出走権がないということで、世論が協会を批判する材料にしたんだ。で、よりによって、全盛期のマルゼンさんは同世代の国内生まれのウマ娘の全員より圧倒的に強かった」
マルゼンスキーはニジンスキーを母に持つ。それ故に、現役時代はその当時に存在した規定に阻まれ、大レースの殆どに出走できなかった。だが、マルゼンスキーは現役時代、『いつ再起不能になってもおかしくない』ほどに怪我をしやすかったという弱点があった。同期たちはそこを攻めたが、当時の同期のウマ娘たちはそもそも『並ぶことも不可能』なほどに力の差があった。全盛期の頃には、その当時に現役晩年期にさしかかり、能力が完成され、レースに王者として君臨していた『TTG』トリオに対抗出来うる唯一無二のウマ娘として期待を背負っていた。だが、マルゼンスキーはシニア級を迎えた年に大怪我を負い、そのまま引退を余儀なくされてしまう。その年、TTGが『現役最後の死闘』を有馬記念で展開し、歴史に刻まれるレースをしてのけた事、マルゼンスキーの同期である、その当時の菊花賞ウマ娘『プレストウコウ』がTTGにさえ歯が立たなかった上、マルゼンスキーの相手にもならなかった事が、マルゼンスキーの同期のウマ娘達全員の運命を図らずも暗転させたのは有名な話だ。マルゼンが間接的に引き起こした『プレストウコウ、ハードバージの悲劇』は協会への批判の第一のうねりを起こしたわけだが、さらなるうねりをオグリキャップが起こした。
「だいたいは史実通りだが、それで、二人の悲劇がドリームシリーズの創設の理由だ。で、オグリさんの存在が、協会をまた揺るがした。あの人以上に『愛された』ウマ娘は存在し得ないよ」
史実を鑑みれば、ウイニングライブを作るきっかけのウマ娘が『ハイセイコー』なら、マルゼン世代の悲劇がドリームシリーズの創設を促し、オグリキャップの存在が地方協会と中央の交流、ひいては『追加登録制度』の創設を促した。トゥインクルシリーズの全盛期は『オグリキャップが中央で全盛期を迎え、現役を引退した時までだ』という声すらあるほど、オグリキャップはヒーローだった。オグリキャップは彼女個人の資質の優秀性などに依存していたとはいえ、『地方出身のウマ娘が、中央のエリートをしこたまぶちのめした』という、シンデレラストーリーは日本人好みであった。更に、史実を鑑みれば、彼女が最後の『完全な地方からの成り上がりで、一流といえるまでに成長したウマ娘』であり、『劇的に引退を飾った』数少ない成功例である。そのシンデレラストーリーと、最後に一花咲かせて、跡を濁すに去っていったという経緯は『日本人の琴線に触れる』。強いウマ娘はいくらでも出てくるが、人に『愛された』ウマ娘はオグリキャップの後には現れない。それはオグリキャップの功罪でもある。強すぎたルドルフや、ディープインパクトには一定程度の『アンチ』がいるが、オグリキャップは全盛期にも、ライバルに敗北した経験がある故か、いない。ましてや、引退レースの後では。
『確かにな。ディープインパクトやシンボリルドルフは強いことは強いが、ライバルに恵まれなかった。オグリキャップは数多くの名勝負を残した。その差が『ルドルフがオグリに抱くコンプレックス』の理由なんだろう』
「会長は『王者』にはなれても、国民的アイドルにはなれなかった。それがオグリさんを突き放すような態度を、本人の前でした理由だろうよ」
『ルドルフの素は意外に子供っぽいからな。王者たる態度を取らないとならない、大仰な肩書に疲れてた節もある。だから、オグリのようになりたかったんだろう。友達でも、何でもいい。誰かに愛されたかった。それが王者の悲劇だと思う』
「だな。オグリさんは王者にはなれなかったけど、国全体のアイドルウマ娘……ウマドルではあった。世間は年ごとに代わる王者よりも、記憶に残るウマドルを愛した。それが会長が前世のつながり以外で、テイオーに肩入れした最大の動機だな」
ゴルシも、ルドルフがテイオーを子飼いとして育てた理由をそう結論づけた。テイオーはルドルフの子飼いとなった時点で、自身の夢が破れる事は確定した。その代わりに『絆』と不死鳥のような闘志を得た。ルドルフは自身がなれなかった『ウマドル』の夢、自身の後継ぎとしての期待をテイオーに背負わせた。それはテイオーが避けては通れない道である。テイオーも有馬記念で復活し、ルドルフの羨望した『愛される存在』へ登りつめた。そして、ルドルフが託したものを引き継いだ。
「お前ら、話し込んでるところにすまんが……私も、ルドルフの後継になる期待を背負わされていた身だ。そして、今は身勝手な姉貴に期待を背負わされている」
『ブライアン、お前も託された身なんだよ。ハヤヒデはお前を蔑ろにはすまいよ』
「勝手に引退届を出されて、大成出来ない下の妹達の分も、私に押し付けたんだぞ!!私は……姉貴の背中を追ってきたんだぞ……!!いつか……畜生!!」
ブライアンは心の支えであった姉の引退、下の妹たちは全員が大成出来ない運命にある事、追うべき背中を見失い、拠り所を奪われたと、泣きじゃくる。強がっていても、本質は姉想いなのだ。
「確かに……ハヤヒデが引退した今、君は目標を見失っている。『満たせないのなら、走ればいい』」
「オグリさん…!」
「すまんな、ゴルシ、ブライアン。話は聞かせてもらった」
部屋にはいつの間にか、オグリがいた。オグリはブライアンに諭すように言う。
「君の心の渇きを潤すには、この私では不足か?」
そういって微笑む。現役時代と異なり、後輩へ先輩風を吹かしているが、オグリ自身の成長の表れであった。
「……いや、あんたとは戦ってみたかった。それも、あんたが全盛期の状態でだ。史実じゃ、私は全力で走る事が怖くなったが……今は違う。シャドーロールに勝つことを誓った時の『怪物』に戻れた。かつて、芦毛の怪物と謳われたあんたの走りで、私を滾らせてくれ…!」
ブライアンは懇願の形で、オグリに勝負を挑む。ブライアンは姉の引退で消えてしまった『心の炎』を灯そうとしている。かつての『シャドーロールの怪物』の名にかけても。