――日本はダイ・アナザー・デイ以降は扶桑に出し抜かれる事が多い。財務当局は扶桑の軍事費削減を幾度も試みたが、史実の日本帝国より巨大な国力があるため、戦艦の保有数も自動的に多い。紀伊型は空母改装も俎上に載せられていたが、扶桑型や伊勢型、金剛型の老朽化が現実問題になっていたため、そのまま戦艦として生まれた。また、工期短縮のためか、1920年代の基礎設計をさほど改善せずに流用し、完成させていたため、紀伊型の副砲はケースメイト式であり、旧態依然さが拭えなかった。大和型の設計は近江の竣工が近くなっていた時期(1934年の春)に始まっていたが、当時はコンピュータがないため、線図の完成と予算成立はその翌年。建造開始は事変の一年半ほど前の1936年。扶桑の工業能力でも、1937年に大和を完成させるのは不可能である。では、なぜ、対外的な大和の竣工を『1937年』としていたのか。事変の最終決戦の際、艦娘達が実艦のシルエットから転じる形で出現し、そのまま参加したのだが、その際に史実の最終装備の大和型のシルエットが実物大で出現したのを、その場にいた全員が目撃していたからだ。当時の連合艦隊の主力艦隊の諸艦艇のいずれをも凌ぐ巨体、大和型の特徴的な塔型艦橋とマストを誰もが目撃したのだ――
――その当時の連合艦隊司令長官であり、後世に『山本五十六への繋ぎ』扱いにされ、実際に退任が決まっていた吉田善吾は報告に耳を疑ったが、自分の後任に決まった山本は微笑んでいたと述懐している、吉田善吾は事変の芳しくない戦況で『神経衰弱』を患っており、連合艦隊の全艦の撃沈すら視野に入れていた。が、上がってきた報告は『未知の新鋭戦艦の出現』であった。事情を知る旧・64F(第一戦隊の後身であり、現64Fの前身)は直ちに艦娘と共闘。その際に獅子奮迅の活躍をした魔女達こそが『七勇士』であった。山本五十六は艦娘の出現を知っており、極秘裏に戦力に組み込んでいたのである。設計図しか存在しないはずの新鋭戦艦の名を大和と武蔵とするよう、働きかけたのは山本であった。山本が艦娘を出現させたのか、あるいは山本の魂に刻まれた『別次元の記憶』が呼び水になったのか。それは本人にもわからない。だが、艦娘・大和、長門などの参戦は事変の最終決戦を勝利に導く原動力であったし、大和型のシルエットは観戦武官の全員が目撃していた。その瞬間を写真に捉えた観戦武官も一名いた。その観戦武官こそ、後にGウィッチの司令塔になる『アドルフィーネ・ガランド』その人であった(当時は大尉)。彼女の写真を上手く利用しようとした黒江達は『大和への恩返し』として、大和型の建造を公言した。それが大和の願いであったからだ――
――後年(1940年代後半)、艦娘・大和は『人知れず没するのは懲り懲りです。あの参謀を吹き飛ばしたいんですが、多摩さんに止められていて…』とし、艦艇として『隠者』だった事を悔いている事、自身を坊ノ岬に突っ込ませた神参謀を毛嫌いしている事を隠さなかった。神参謀は悪名高く、日本連邦体制で真っ先に失脚したのだが、多摩の擁護により、閑職への左遷で済んでいる。多摩の艦長の経験があったからである。大和にとっては『妹を死なせ、自分を坊ノ岬に行かせた元凶である』ため、到底許せるものではなかったが、多摩がなだめることで矛を収めている。大和は彼への憎悪を持つ一方、栗田健男や宇垣纏などは嫌っておらず、むしろ、史実で与えられることのなかった艦隊戦をさせたいと述べた。また、山本五十六を長門と取り合うという、連合艦隊旗艦の経験者にしては、しょうもない姿を見せるなど、子供っぽさを残していた。なお、1949年の段階では、事務方の仕事は『大淀』が一手に引き受けていたが、史実のことを(豊田副武は愚痴っていた)根に持っている様子を見せるなど、コミカルな姿を見せている――
――艦娘達は基本的に扶桑に集まるようになった。擬人化した存在に寛容なお国柄である故で、カールスラントに出現した『ドイツ艦娘』も(エルンスト・リンデマン大佐と折り合いが悪かったため)ビスマルクを皮切りに、どんどん扶桑へ来訪していた。ビスマルクは彼と大喧嘩をしたのを理由に、カールスラントを飛び出し、一般人に紛れて扶桑へ来訪。永住権を獲得した。艦娘の正体を明かし、戦列に加わっていたが、どうにも実力不足は否めなかった――
――力強い軍艦を「彼女」(船は女性形代名詞)と呼ぶのは相応しくないので「彼」と呼ぶように、兵になるべく求めていたのがリンデマン大佐であったので、その持論を真っ向から否定する存在たる艦娘は受け入れ難かったためだが、彼自身は『持論を否定されたのはショックだったが……』と、ビスマルクにショックを与えたのを悔いていた。この判断ミスがもとで、ビスマルクが扶桑に移住してしまい、それにプリンツ・オイゲンが追従してしまったため、彼は哀れにも、怒り心頭のエーリヒ・レーダー元帥直々の査問を受ける羽目となった。レーダー元帥はリンデマン大佐を火が出る勢いで叱責し、大佐は『違うのです、元帥閣下!!自分は……』テープレコーダーのような言い訳しかできず、彼は危うく、銃殺刑であった。トドメがグラーフ・ツェッペリンまでもが扶桑へ向かったという報。内乱でボロボロであった同海軍の醜聞であるため、エーリヒ・レーダー元帥はあまりのショックで卒倒してしまい、入院してしまった。カール・デーニッツ元帥は潜水艦偏重の艦政が原因で、役職を解かれたが、カールスラントに残された海軍の高官であったために左遷程度で済んでおり、この事件の後始末を担当した――
――なぜ、レーダー元帥が烈火の如く怒ったかというと、ビスマルクやグラーフ・ツェッペリンの存在をカールスラント海軍再建のための広告塔にしようと考えていたからである。特に、内乱で有名無実化した海軍は陣容が悲惨の極みで、稼働可能なのが、戦艦(ポケット戦艦)が2、巡洋艦6隻、駆逐艦12隻、魚雷艇12隻のみ。ビスマルクとティルピッツ(実艦)は内乱で稼働不能の有様であったからだこの数は1910年代の『スカパ・フローの惨劇』後に残されていた艦艇数と同じであり、ここ30年の努力が泡と消えた事を示していた。カール・デーニッツによれば、レーダー元帥は彼女らを『アイドル』として用い、軍政下で海軍を再建していくという計画を立案中であったとの事だ。リンデマン大佐はこの事を聞かされた際、ショックで膝から崩れ落ちたという。他国による軍政下でどうやって、軍を再建するのか。それには多額の資金も必要だからだ。その点において、カールスラントはやり方が下手であり、日本連邦は巧みであった――
――扶桑皇国にとって、艦娘とプリキュアは資金集めの『招き猫』的な存在であると同時に、新たな重要戦力であった。魔女の戦力としての実効性が大きく低下した1940年代後半、プリキュアと艦娘はそれぞれの担当する領域で獅子奮迅の働きを示していたからだ。この二つの力は、魔女がダイ・アナザー・デイからの一連の政治運動で人々に顰蹙を買い、昔年の権威と羨望を失うのと同期するかのように台頭。艦娘は主に海軍の、プリキュアは陸空軍のアイドル兼戦力となっていった。双方で魔女の領分はほとんど犯していないのだが、平均的な空戦魔女は『ホバリングのできる戦闘機』というような戦力しか発揮し得ず、アニメのように『バッタバッタと敵を落とす』という光景は、一定以上の練度の魔女で初めてなし得るものであった。501の人員は精鋭中の精鋭であるのであって、一般の魔女はそうでないという事実の判明は空戦分野での魔女の権威の衰退を加速させた。更に、上位互換の魔導師やその他の異能が次々に発見された事で、『数十年~数百年のスパンで覚醒の頻度が低下する魔女は近代軍隊に実は不向きでは?』という疑問符がついたのである――
――カールスラントの没落は『史実でナチに属した者や戦前の支配層を排除する』というドイツの苛烈な指導方針が原因であった。第二帝政が存続しているのなら、戦前の貴族層を存続させていればいいのに、『その時代の当主はナチにいたか、ナチ寄りだから』というだけで、財産没収と公職追放をセットで剛腕を奮ったのだ。特に、史実で東独に与した者の先祖、ナチスのホロコーストの関与者や党組織の幹部であったり、武装親衛隊であった者は問答無用で公職追放と財産没収を行ったが、これが致命的なドイツの失策であった。帝政が存続した世界では、ヒトラーのように、そもそも、史実通りに存在していない者もいた(絵描きになれたため、政治に傾倒せず、1943年に一市民として死去済み)からだ。それはオラーシャでのレーニンやスターリンも同様であり、独裁者や社会主義が台頭する余地が殆どないのだ。(なお、世界都市ゲルマニアについては、1910年代に皇位にあった誰かがアイデアを起草していたが、『スカパ・フローの惨劇』が致命傷となり、退位を余儀なくされたために日の目は見なかったという。)カールスラントを軍政で建て直すしか無くなったNATOはこの政治植民地の扱いに困る羽目となり、ドイツにしばしば嫌味を言うなど、ドイツの失策を痛言した。グンドュラ・ラルが長期政権で全軍の指揮を執ったのは、彼女がその当時で最も有力な魔女であったからだ――
――異能は生涯続くか、一定期間で失うかに大別される。身体の一定の成長(老化)がその兆候とされる場合がある。プリキュアも、20代になっても変身能力を維持している者、自主的に能力の源を返却する、役目を終えると消失する場合に分かれる。役目を終えた後ののぞみは後者の内の『能力の源を返却する』に分類された。だが、昭和の仮面ライダー達がそうであるように、『人々が望む限り、そうであり続けなくてはならない』というのも、力を持った者の一つの責務である。のぞみAは昭和の仮面ライダー達と出会う事で、『人々が望む限り~』という事の意味を知り、騒動の後は正式に戦いの道を選んだのである。成人し、教師になり、成功した世界線の存在である、のぞみCを調査するうちに、彼女の身の回りに『不穏な気配』を察知した仮面ライダーディケイド\門矢士はしばしの間、その彼女の身辺調査を兼ねた警護をする事にした。これはのぞみAに手痛い損害を負わせられた組織が精神的報復を選ぶ事が警戒されていたからで、自らが大ショッカーを率いていた過去を持つだけに、そのような読みは流石であった――
――のぞみCは成人かつ、就職を済ませた後の時間軸の存在であるため、とうにプリキュアを引退済みであった。それがいつかは不明だが、変身能力を喪失して何年も経っていたのは確実である。元はプリキュアとはいえ、既に一般人に戻っている彼女が大ショッカーに狙われれば、ひとたまりもない。のぞみAを追いつめるための道具にされる危険があるからだ。Bと違い、成人している時間軸の存在であるので、別の自分の取った道は否定しないだろうが、戦いが飯の種になっている事は快くは思わないだろう。しかし、ある意味では、自分が持っていた才能の発露でもあるのも事実だ。のぞみAはウマ娘の体を借りつつ、『プリキュアにならなければ、自分の長所が表に出てくる事はなかったし、ブライアンもトレセン学園に入っていなければ、その能力を持て余していただろう』と考えていた――
「どうかされました?」
「いや……ふと考えたんだ。あたしはプリキュアになんなきゃ、自分の長所に気づくことはなかったけど、ブライアンちゃんも、トレセン学園に行かなきゃ、力をもて余すだけに終わったと思ってね」
「確かに。ですが、女史。トレセン学園に入った後、彼女は三冠を取った。それすらも、あらかじめ決まっていたと?」
「因果って奴だよ。実在した競走馬が転生した存在はそれを背負ってると言ってもいい。あなたのように、意志力の強さでそれを超えられることもあるけどね」
エアグルーヴは元の世界では、桜花賞とオークスを制したために二冠ウマ娘であるが、史実で勝ち取れた牝馬三冠の栄冠は『オークス』のみである。つまり、エアグルーヴは桜花賞のアクシデントを回避し、栄冠を掴み取れたことになる。だが、秋華賞は史実通りに『どこぞのカメラ小僧の焚いたフラッシュに晒されて『雷』を連想して動揺した状態になってしまった』事で惨敗を喫している。
「桜花賞の事ですか」
「うん。桜花賞だけでも、アクシデントを回避できたって事は、運命は絶対じゃないってことだよ。あたしだって、教師になることになってたけど、今は素体になった子の商売を継いでるわけだし。まぁ、そのおかげで、ショッカーにあたしの存在そのものが目をつけられたわけだけど」
「平行世界のご自分に危害が及ぶと?」
「うん。仮面ライダーディケイドが動いてるけれど、別の自分が狙われそうなんだ。それも、連中に抵抗できる力を持ってない世界、あるいはプリキュアを引退した後の時間軸の世界の自分が。奴らはそういうことは頭が回るからね。いくら、自分とは関係ない世界の住民っていっても、自分自身が悪の組織にいいようにされるってのは、ね」
のぞみBも、かれんとこまちを強引に連れて行かれたことに反発はしているが、組織の暴虐に立ち向かう意志を見せている。問題は『プリキュアである時間軸を含めても、自分単独では組織に立ち向かえない』ことである。南斗聖拳の使い手に遅れを取るのもそうだが、現役時代の能力値では『平行世界を股にかけた巨悪』には立ち向かえないのだ。
「一つの世界とはエンカウント済みだけど、色々と揉めちゃってね。次の世界とは穏やかにいきたいもんだ」
「あなたのその能力からすれば、間違いなしに嫉妬を買うでしょうから」
「偶然と特訓の結果なんだけど、まだまだ青二才さ。南斗と戦えるようになったけど、南斗そのものより上もいるからね」
この頃になると、南斗聖拳より上位に位置する北斗琉拳や元斗皇拳の存在を意識しだしているらしいのぞみA。聖闘士である黒江達も強く警戒しているのは、ティターンズの記録には、それらを伝承した者がジャミトフ・ハイマンが地上にいた際に護衛を勤めていたとあるからだ。つまり、魔女の世界にいる可能性が高いということだ。
「ステゴロをもっと鍛えないと。転生した後に正規の訓練は受けてるけど、暗殺拳に対応できるような類の訓練じゃないし」
のぞみAは『魔女の世界』の環境が『暗殺拳が発達しなかった環境』であったため、ティターンズのそれらを伝承した超人に遅れを取った。更にいえば、前世で戦っていた者達は『通常の形での格闘戦』をしてくるのは少なかったので、転生後の技能を加えた後でも、対人の強さそのものは『中の上』と判定されている。赤松には技込みでも『歯が立たない』のは当然だが、対人では『投げ技』と『寝技』もあるので、(現役時代に、そのような攻撃をかけてくる敵はいなかった)その類の攻撃への対処力の低さを指摘されている。
「ま、今はこの体を上手く使えるようにならないとね」
のぞみが宿っている状態でのブライアンの肉体の声色は現時点の本人よりトーンが高めである。(ハヤヒデ曰く、『入学間もない時期の声色だな』との事。)現時点のブライアンの声色は本人が工夫したり、環境の変化、入学後の身体の成長を加味してのものであるので、声のトーンは多少なりとも上下するのだ。
「流石ですよ。一週間かそこらで、違和感などを解消するとは」
「まぁね。今の肉体も、元は自分が持って生まれた時のものじゃないし、体は魂の器って奴を信じたくなったよ」
自分の魂の器として選ばれたのが中島錦の肉体であった事、その自我を上書きする形で蘇った事から、肉体が誰のものかは、あまりこだわらなくなったらしいのぞみA。
「TV出演はバラエティで走るって奴っしょ?原チャリくらいは軽く振り切れるんじゃ?」
「あんなもの、私達にとっては『子供のおもちゃ』同然ですよ。普通のオートバイや乗用車よりも加速力が高いので、あんなものはホビーです」
ウマ娘の加速力は下位の者でも、下手な乗用車やオートバイを上回る。最高位の者は瞬間的にはスーパーカー級の加速になる。それは世代を経るにつれ顕著になってくる。例として、マルゼンスキーはその全盛期、国内出身の同世代のウマ娘が『カウンタックに対するスバル360』に例えられるほどの差を誇っていたが、帰国子女であったのが災いし、クラシック級の大レースに出場叶わず。結局は同世代のクラシック級の大レースの勝者は多くが『マルゼンスキーへの敗北者』のレッテルを貼られ、少なからずが不幸な結末を迎えた。この世代の『犠牲』、オグリという『地方出の大スター』がクラシック大レースに出られなかったことが協会への批判のうねりを呼び、現時点における混沌に繋がったのだ。
「我々には時たま、抜きん出た実力を持つ者が現れます。マルゼンスキー先輩が現世代での最初のエース級でしたが、帰国子女であったが故に、クラシック級の大レースに出られなかった。それが彼女の同世代の尽くを不幸のどん底に落とした。それからしばらくして、オグリキャップ先輩が現れ、我がトレセン学園はその前後の世代と併せ、黄金期を迎えるのですが――」
エアグルーヴは語る。自分が知る限りのトレセン学園のウマ娘達の近年の歴史を。マルゼンスキーのために大学部が設立された事の由来を。マルゼンスキー世代への業界そのものの償いだと。だが、当のマルゼンスキー世代は(時代もあったが)トレセン学園大学部に進学する事はほとんど無く、現時点では『お飾り』になっている事、ルドルフやシービーの世代に内定を無条件で出す事で、学生の定数を満たす有様であったと。マルゼンスキーの世代はプライドが後の世代より高い傾向にあり、深い敗北感と世間からのレッテル張りに耐えかね、高等部卒業を待たずに、大半が学園を去っていき、マルゼンの心に傷を残した事、そのマルゼンの傷を癒やしたのが、全盛期の自分に近いポテンシャルを持つ次世代のウマ娘達の台頭であること、ミスターシービーとシンボリルドルフはその代表格であった事を。つまり、マルゼンスキーの世代は過剰な国内生まれの保護政策の生贄にされ、その後にも、オグリの存在でまたも汚点を残し、その方針転換の恩恵を得た『テイエムオペラオー』はルドルフに匹敵しうる成績を挙げたにも関わらず、芝居がかった振る舞いが原因か、あまり世間的な人気は無く、アドマイヤベガやナリタトップロードのほうが人気がある事もひっくるめて、近年の協会は『ブライアンに続く三冠ウマ娘を!』という思考に傾倒していると話す。エアグルーヴは続ける。マルゼンスキー本人は同期たちとギクシャクした関係を、とうとう解消できなかったと。カネミノブの行方不明、テンメイの引退後の不運がトドメとなり、マルゼンスキーは同期たちから疎外されるようになったが、同期たちはそのエース級に不幸があまりにも続いた事で、『マルゼンスキーの名を出す』事すら憚るようになり、数年で全員が世間から忘れ去られ、レースの世界から姿を消した。こうして、孤独な王者となったマルゼンスキーを救ったのが、彼女の後輩世代であった。(とはいえ、史実でマルゼンスキーの孫であるライスシャワーが波乱万丈のレース人生を辿る事になったが)
「あなたの言う因果が運命に作用するのなら、ライスシャワーやサイレンススズカの大怪我は必然だったのですか?」
「たぶんね。でも、彼女らはそれを乗り越えつつある。絶対じゃない。でも、運命の申し子ってのは出るもんさ」
「それがディープインパクトとオルフェーヴルだと?」
「三冠馬だよ、その子達は。それも凱旋門でも良いところまで食い込めた、ね」
「なっ……!?」
エアグルーヴは入学間もない、その二人の後輩の実力が『運命の申し子』と例えられるほどのものであり、ブライアンの後継者たる運命を背負いし『超大物』である事を告げられ、絶句する。ディープインパクトはともかく、オルフェーヴルはゴルシの類友(実際、史実では父を同じくする)という評価であったので、それが将来は三冠の名誉を得るに至るなど、到底信じられないのだ。
「前世でうちの親父が熱中してたからね、その時期の競馬。それでわかるんだ」
女性であろうが、成人後は父親を『親父』と呼ぶことはある。のぞみであっても、それは例外ではなかったようだ。
「ブライアンちゃんは非サンデーサイレンス系……フジキセキちゃん、スペシャルウィークちゃん、サイレンススズカちゃんの前世での父親にあたる馬がサンデーサイレンスなんだけど……の最後の三冠馬だからね。本人も意識してると思うよ」
日本の競馬界の王者に君臨したサンデーサイレンスだが、幼少期は見栄えしない馬であったが、G1を六勝し、種牡馬として、日本の種牡馬の勢力をたった数年で塗り替えた。その子孫達は日本の競馬界でエリートとして君臨し、あらゆるレースを支配していった。ライバルであったブライアンズタイムの血統はその台頭に押され、滅多に見られなくなった。しかし、タニノギムレットとその子のウオッカが名を刻むなど、散発的に活躍はしている。
「たぶん、サンデーサイレンス系が今後のあなた達のレースも完全に支配するだろうけど、あなたの血統は貴重だよ。その中で生き残るんだから」
「それは喜んでいいのか…」
「あなたのひ孫たちが走ってるんだし、幸運だよ。あなたの血統は」
エアグルーヴはそのひ孫に至るまで、G1を制覇する『華麗なる血統』である。本人は(ルドルフやブライアンを差し置いて)21世紀でも繁栄を謳歌するのは嬉しいのだが、ルドルフに有力な直系の後継ぎが出ない事を知ってしまうため、喜んでいいのか微妙な心境らしい。
「競馬の関係者からは、あなたと対談したいって申し出もあるそうだよ」
「私はまだ現役ですよ?」
「いいんだって。こっちで果たせなかった事を果たせる希望があるって事だから」
エアグルーヴはこの時点でも、シニア級に籍を置いている。これは後輩のメジロドーベルや一期下のサイレンススズカとの対決を期してのものだが、協会からは『肩たたき』をされている。(スズカの更に後輩のグラスワンダーでさえ、盛りを既に過ぎ始めていたため)だが、ブライアンの復活の兆し、ルドルフの生徒会からの勇退などが発奮の材料となったか、一時は下降線であった成績も復調しつつある。
「私にはまだ、やることが残っています。それに、生まれたばかりの末妹……アドマイヤグルーヴに見せたいので……」
「その子、史実だと……あなたの娘だよ」
「なぁ!?」
「うん。その血統が今まで続いてるよ」
「私は…どうしたら良いのでしょうか……」
「上の妹さん達は?」
「カーリーパッション、 エルフィンフェザーですが…?」
「やっぱり。先輩が予想してた通りか」
さすがのエアグルーヴも、末妹が史実での長女であったと聞かされれば、柄にもなく動揺してしまうようだ。
「まぁ、あまり気にしない方がいいよ。それに、対談の申し出は断れるけど」
「……受けます。妹が生まれただけで断れるようでは、二冠ウマ娘の看板に傷がつきますから」
とはいえ、公私の分別はちゃんとつけるあたり、副会長を長年勤めているだけの事はあった。TV出演の二日前、エアグルーヴは対談をすることになったのだが、当時の関係者に『ベロちゃん』と呼ばれたため、(本人にとっては幼少期の渾名だったらしい)エアグルーヴは大いにうろたえ、赤面してしまったという。とはいえ、2020年代前半期のエース級の馬の曾祖母である事は(自分がまだ現役であるため)複雑であると述べ、現役アスリートでである事をさり気なくアピールしたのだった。
――かくして、TV番組の収録の日――
「ねー、あれってさ、マルゼンが持ってるみたいな車じゃん?」
「ん?誰だ、検証系のバラエティにレア車を持ち込んだの?」
のぞみ(体はブライアン)が驚いたのは、検証に使うと思われる自動車の中に、漫画で知名度はあるものの、21世紀では貴重な『トヨタ・AE86』(1983年式)』の姿があった。
「知ってんの?」
「トヨタのハチロク。80年代の車なんだけど、90年代くらいの公道レースものの漫画で主役扱いだったから、マニアに人気なんだ。あたしの現役時代の時点で、25年くらいの型落ちだけどね」
「なんで知ってんのさ」
「昔……転生する前だけど、実家の親父が好きだったんだ。最終的に絵本作家になったけど、若い頃はモータースポーツの全盛期で、結婚する前は走り屋だったとか吹いててね……」
「ふーん」
「エンジンは立ち上がりに数秒間くらいのタイムラグがある。ウマ娘なら、その数秒でトップスピードに持っていけるでしょ?」
「そうでないと、レースに勝てないって。ボクらの世界はね、数秒の判断のミスが負けに繋がるんだからさ」
のぞみはテイオーと一緒の組での番組収録であった。最初に『速さの検証相手』は、どこにでもある原動機付自転車。ウマ娘の世界にも普通にあるモデルだ。
「ふーん。原チャリかぁ。そんなんで、いくつかの時代のオールスターなトレセン学園のウマ娘と張り合えると思ってんのかな~?」
テイオーは苦難を乗り越えた後である故か、以前の天真爛漫な言動に戻っているようだが、走りへの入れ込みは段違いになっていた。勝負服もデビュー当初の『トップオブ・ジョイフル』に戻しているが、不死鳥のオーラを幻視させるほどの気迫を滾らせていた。そして。
「……用意はいいぞ。初めてくれ」
と、ブライアンのキャラを演じつつも、素が素であるためか、猛禽類を思わせる『本人』よりは幾分、柔らかい印象を与える。こちらも勝負服はブライアンのデビュー当初からの『マーベリック』(二昔前のヤンキー風)を使っている。ハンディキャップとして、原チャリが数百mほど前方からのスタートであったが、それを意に介さないほどのスタートダッシュを見せた。
「さーて、ちょっとは力、出していくよー!!」
「こっちも体慣らしだ!」
二人が加速する一瞬、原チャリの運転手はテイオーは不死鳥を、ブライアン(中身はのぞみ)は狼を纏ったかのようなビジョンを垣間見、湧き上がった恐怖からか、アクセルを全開にするのだが。二人は限度一杯の時速30キロほどに加速しつつある原チャリを抜き去っていった。テイオーとブライアン(中身はのぞみ)のポテンシャルからすれば、『肩慣らし』にもならないくらいの『軽い運動』であったが、その加速度は原チャリとは比較にならないほどであるのが科学的に検証されたのだった。