ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版   作:909GT

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オムニバス編です。


第六百三十四話「坂本美緒へのインタビュー」

――扶桑海軍は結局、怪異への対応に特化しつつあった状態から史実通りのドクトリンへ転換された。空母機動部隊も(空母の質の問題で)史実同様の集中運用で数を補う他なかった。航空隊は空地分離が進んでいたが、官僚の勘違いで実働部隊の大半が空軍に移管されてしまった。この混乱で『前からの艦載機部隊は旧任務に専従させる』指令が出されたが、整備班が自主的に艦載装備を取り外し終えたところに指令が伝えられ、整備班全体が顔面蒼白に陥った例も続出した。この混乱に加え、ジェットエンジンとターボプロップへの世代交代により、整備班全体の再教育に手間取ったのも、扶桑海軍の単独作戦の遂行能力が実質的にリセットされた理由である。これは元々、短期決戦で和平に持ち込むつもりであった彼らにとっては完全に予想外であった――

 

 

 

 

 

 

 

――海軍工廠の完全廃止も日本主導で検討されたが、民間企業主体となった事で、兵器の維持と生産に支障を来している自衛隊の有様で、結局はお流れとなった。日本より遥かに大規模な工廠、そこで働く万単位の人間を『都合が変わったから』と、クビにするわけにもいかないからである。だが、本土の中核工廠は大神から横須賀に変更され、大神と室蘭工廠への情熱は一挙に失せ、横須賀と佐世保が重点整備対象にされた。大神と室蘭のの造船施設の拡大には限界があると見做されたからだ。呉の機能代替は横須賀と佐世保で賄うとされたが、21世紀の同地と同等の規模に完全に拡充するには時間を要するため、大神の栄光は十数年は確約されていた。こんな混乱が続いたのは、大神工廠と室蘭工廠のない世界の情報が入ったからで、むしろ、民間施設の増強と近代化が必須とされる有様であった。こんな有様であったので、太平洋戦線で『戦艦しか戦ってない』と揶揄されるのは、ある意味で仕方がないところであった――

 

 

 

 

 

 

――陸軍もまるゆ輸送艇や暁部隊をすべて没収されたため、残された予算の使い道は陸軍装備全体の近代化であった。航空隊も固定翼機部隊が無くなった枠に、回転翼機部隊が代わりに充てがわれるなど、大混乱であった。その結果、空軍の機材損耗は激しく、それが加速度的な世代交代に繋がった。気骨ある将校の大半が空軍に移籍済みであった都合上、実質的な緊急展開軍の性格が強められていった。太平洋戦争の陸海軍は(メタ情報の浸透で)完全に面子丸つぶれ。兵器開発も一部以外はリセットされたに等しいショックであった。故に地下自動工廠は最高機密と扱われ、日本側にはほとんど知らされなかった。特に戦車用装甲板で潜水艦を作っていた事は昭和天皇もあからさまに眉をひそめるほどの事態となり、陸軍高官は言い訳に追われた。結局、すべての要求技術が戦後世界のそれを基準にされた都合もあり、在来兵器が時代遅れとされ、更新対象とされたため、太平洋戦争での苦戦は免れなかった。一部部隊に手柄が集中するのもやむを得ないことであった――

 

 

 

 

 

 

――64Fは兵站で地球連邦軍の後援を大っぴらに受けていた。501時代に表立っての支援は発表されていなかったが、それでダイ・アナザー・デイの長期化を招いたため、逆に大っぴらにされた。当然、アナハイム・エレクトロニクス社の存在も。このような処置は64Fの特権であった。軍事への忌避感が強い日本だが、かつての343空のような精鋭部隊の存在は容認する傾向があったため、それに予算をかけるのは当然であった。さらに言えば、501を実質的の前身とする部隊であった故の政治的配慮であった。とはいえ、501時代の面子はほとんどがいなくなっていたのも事実であった。更に言えば、本来は501統合戦闘軍として改組し、その人員供給先として、書類上の存在とするはずであった64Fが、逆に『統合戦闘航空団の改組先』とならざるを得なかった点で、カールスラントの業の深さが窺えた――

 

 

 

 

 

 

 

 

――一連の流れの発端はダイ・アナザー・デイの少し前。デロス島に出現した怪異の対処でデロス島を艦砲射撃で消し飛ばすという案をエディタ・ノイマン大佐(当時)が発案し、統合参謀本部の議案にかけたことであった。大佐は『遺跡の損失など、なんてことのないことです』と述べたが、これが同席していた幹部自衛官(若き日にボクサー志望であり、実家の都合でプロは諦めたが、学生チャンプであり、考古学オタクであった)の怒りを買う形となり、ボクサー経験者の拳を全力で食らう羽目となった。あまりの一瞬のことであり、ノイマンは後日、『気がついたら、壁に叩きつけられていた』と述懐している。彼女は『あくまでも提案をしているだけで……。扶桑軍人は礼節を知らないようだ』と言ってしまい、その場でコーススクリューパンチを食らってしまった。彼は程なくして、議場に入ってきた圭子に鎮圧されたが、ノイマンは居合わせた日本の政治家と外交官にもさんざ罵倒されてしまい、ついには『コンドル軍団上がりは頭がイカれている』とまで断じられ、彼女はそれで頭に血が上り、外交官と政治家を手持ちのルガーで衝動的に銃撃してしまうという醜態に及んだ。降格の決定で、彼女に非がないわけではなかったのだ。ノイマンがつるし上げをされた理由には『文化財を蔑ろにした』という点で、周囲の怒りを買ったのが大きい。沙汰が下った結果、彼女は降格され、左遷の扱いとなった。その後、精神を病んでいたこともあり、1948年度に軍を退役。大佐としての年金をもらいつつ、機械工業系の企業を起業。以後はビジネスウーマンへ転向する。このショックもあり、急速に精密誘導兵器の開発が進む事になるのだ。彼女の醜態で、彼女を師と仰いでいたマルセイユがショックで寝込んだことで、デロス島の怪異による占領の進展を止める手段は失われたと思われた。だが。

 

 

 

――デロス島だぁ?んなの、あたしにかかりゃ、数分で充分だ――

 

圭子はそう豪語し、その足で単独で空挺降下。空中で該当座標にストナーサンシャインを放ち、怪異だけを文字通りに粉砕。往年の力が健在である事を改めて示した。七勇士の往年の力が健在であることは、既に各所でこのように報じられていたが、ミーナはそれらをプロパガンダだと受け取り、情報の精査さえもしなかった。それが致命的なミスに繋がったのである。

 

 

 

――まさか、先入観と上層部不信があそこまで強いとは思わんだ。ロンメル将軍が『客観的報道』に定評のあるメディアを選び、彼らに報道させていたんだが――

 

 

 

坂本は日本連邦の雑誌インタビューで、ミーナの行いは『ロンメルの顔に泥を塗ったも同然』だと断じた。ミーナの上官を失脚させたり、色々な活動を妨害していたマロリー大将はその時、既に『ティターンズへ内通を疑われ、罪が明るみになったことで軍法会議で裁かれ、シャムの軍刑務所に収監される』途中で乗機をティターンズに撃墜され、事故死していた。だが、ミーナは長年の嫌がらせが原因で不信感が根付いており、自分に利するはずの施策にも裏があると思い込んだ。その先入観が最大の悲劇となった。七勇士の現役時代をまったく知らないことも、その立場上、実に不味かった。これが彼女自身の失脚の決定打となったのである。

 

――結果として、七勇士……私も含めるが……をまったく知らず、扶桑のでっちあげと信じていた。閣下も呆れていたよ。事変からの数年、全世界の魔女関連の報道を独占していたも同然だったというのに――

 

ミーナが保身を図っていた期間、慌ててかき集められた資料の中には、事変当時のカールスラント軍の動向を報じる新聞記事が含まれていた。事の直後、彼女の執務室と私室の整理の仕事につかされたのぞみ(キュアドリーム)とユニ(キュアコスモ)がそれを発見し、圭子に報告していた。つまり、査問での『幾重にもお詫びする』という言葉は本心からの言葉であったことになる。だが、直前の報告で彼女の信用は完全に失墜しており、汚名返上に何ら寄与することはなかった。ハルトマンも直前のヒステリーで見放し、バルクホルンもヒステリーぶりには失望を感じており、ミーナの擁護をしなかった。結果、彼女の『元々の人格』は破綻を来たしたわけだ。それと入れ違いに覚醒した『西住まほ』が元々の人格に代わる形で肉体の主導権を得た。まほが主人格となった影響で、元々の人格はそちらに統合され、いずれは消える運命にある。坂本はそれを悟っており、1947年のお盆ごろ、一時的に表層化したミーナの元々の人格と『最後の会話』を交わし、実質的な別れの挨拶を済ませている。それが(一時でも)親友と思っていた者への餞別であった。

 

 

 

 

 

 

 

――愚かな事を…。上層部は彼女の能力を高く評価していた。もし、彼女が変な気を起こさなければ、人員の指揮権は手元に残るはずだったんだ。各国もそれに同意していた。それが結果的に、扶桑の黄金時代を再来させたとはな――

 

 

事の直後、ミーナの失脚で馬脚を現した各国軍の上層部は適当な理由をつけて、64Fから人員を取り上げた。ド・ゴールが裏で手を回したのである。これで彼は『どうせ戦線はすぐに崩壊する』とたかをくくった。だが、実際には、七勇士の中でも特に、勇猛果敢で鳴らしたメンツが出揃った事、歴代プリキュアの登場、歴史上の英傑らが再臨し、連合軍に加勢したことで、ダイ・アナザー・デイの戦線は逆転勝利で終わった。その戦後処理で、日本連邦の株は爆上がりし、ガリアは株を上げるどころではなかった。逆に貴重な戦力を生贄にされたも同然であったため、休戦協定の取り決めに関与する権利すら持てなかった。これでますます、ド・ゴールは(密約もあり)ティターンズに傾倒。以後、アルジェリア戦争の時代までの間、キャスティング・ボートを握る事になる。

 

――カールスラントはあと数十年は暗黒時代だろう。西ドイツ相当にまで軍備を戻すのも、70年代までかかるだろうし、本土奪還など、夢のまた夢だ。おまけに、国家体制の再構築にも数十年は必要になる。下手すれば、本土に興味のない世代が大人たちを否定する時代が来るかもしれんな――

 

 

 

 

 

 

坂本の言う通り、カールスラントは本土奪還の熱が冷めてしまった後、結局は南米で慎ましい暮らしをしようと妥協する政治家たち、あくまで本土奪還を目指す軍隊が対立したことで、内乱となった。NATOの意向もあり、本土奪還については『目標として持つのは認めるが、もはや単独では不可能である』とされ、夢のままに終わる可能性が大きかった。日本連邦は連合軍の軍事力の多くを担っていたカールスラントの衰退と軍事的衰弱が原因で、超大国への道を歩むしかなくなったのである。カールスラントは日本連邦によって、技術面の優位性を木っ端微塵に打ち砕かれていたため、外貨獲得の手段が訓練を終えた良質な軍人の実質的な『輸出』しか無くなっていた。だが、それとて、日本連邦に『特に良質な軍人』の大半を引き抜かれたためにストックがなく、カールスラントの再建には、確実に数十年はかかる見通しであった。また、史実でポーランド領となった『東プロイセン』地域の取り扱いも問題となった。魔女の世界にはポーランド相当の国家は存在していないのである。しかも過去から現代に至るまで。ポーランド政府もこの事実に困惑した。ポーランドという国家が存在しない以上、権利の主張のしようがないのだ。これは既に明朝が滅んで久しく、清朝が生まれなかった現地の情勢を持つ中国にも言える。結局、ドイツとポーランドは『自分達の常識で異世界を振り回した』という十字架を背負う羽目となった。結局、カールスラントはこの混乱で、自力での本土奪還作戦の遂行可能な国力を喪失。国家体制自体がガタガタになったため、以後の長い年月、カールスラントは『列強の地位から陥落した国家』として辛酸を嘗める事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

――日本連邦とて、部内の混乱は続いた。戦後基準の民需優先の社会への作り変えを強引に実行させたため、日本が欲しがった『高い航空機の開発力』が却って低下するという有様となった。現地の雇用問題が大きくなったため、結局、軍工廠は『混乱防止』の大義名分で維持された。また、扶桑では戦前期の町並みがどこでも健在のままなので、戦後のように『一から作り直す』ほどの需要はなく、東京の再開発にも長い時間を要する見込みであった(戦前期の町並みが原爆で消滅した広島と長崎については、特にデリケートな問題であった)。さらに言えば、軍事への忌避感増大で、各地の基地周辺に『軍人街』が生まれてしまうなどの社会問題も発生。日本側も『我々に現地を混乱させる意図はなかった』と、言い訳がましい声明を発表(扶桑の皇族を利用したかったためもあるが)。結局、扶桑の社会制度の根本的な変革は『時間経過を待つほかない』という事になり、扶桑の華族は(混乱防止という大義名分で)身分剥奪を免れた。これに伴い、華族への財産税の徴収の話も潰えたが、農地解放のみは(日本の農林水産省の要請で)行われる見込みとなった。このことも、華族の間で『若い軍人の子女を次期当主にすれば、社会的崇敬を維持できる』という流行が生まれる(史実での嫡男が廃嫡される)ことにも繋がった。この流行は身分の廃止が取り沙汰されたことで生じたが、日本には完全に予想外の展開であった。(日本では断絶した家を含め)日本では、華族の一員が軍人になるのは極稀な事(大名華族がその中心だが、多くは学者などになった)であったが、扶桑では(ノブリス・オブリージュの精神が根付いていた事から)珍しくなく、本家から軍人が出なければ、分家の人間に軍人をさせるという慣習すらあったのだ。結局、こうした流行が社会的混乱の助長をする事が懸念された事から、日本は扶桑華族を『時間経過で、特権を伴わない名誉階級にしていく』のを条件に、身分の存続を容認した。代替にするための『新しい国家的名誉』が思い浮かばなかったのもあるが、日本でも、元の華族が『旧家』、『良家』と扱われているのは、戦後も変わりないからである――

 

 

 

 

 

 

 

 

――この社会的混乱も、軍の人手不足を助長する事となった。クーデター後のリストラなどで参謀(幕僚)の任務をこなせる軍人が決定的に不足し、自衛隊の幕僚達がその代わりになった。だが、自衛隊の幕僚は(特に陸自)『防衛作戦は昔からの得意分野だが、攻勢作戦の立案が苦手分野(防衛特化の教育をされていたため)である』という別の問題が発覚。64Fの幹部層はそれを補う存在として重宝されていたが、あまりに負担が増大している事が問題となっていた。仕方がないが、純然たる魔女出身の参謀に通常兵器主体の戦争の作戦立案は不可能に近かったし、クーデター後に参謀職の軍人が特に『軍国主義』と危険視され、狙い撃ちで職を追われたため、そもそもの参謀の人数が大きく減っていたことが理由であった。そのため、艦娘たちに参謀を兼務させるケースも増え始めていた――

 

 

 

 

 

 

――皮肉なことに、ジェット化と電子化による航空機と搭乗員の育成費の高額化で航空主兵論は脆くも破綻を来たした。さらに、海軍航空が(史実の特攻推進の意趣返しで)骨抜きにされてしまったため、空母機動部隊が置き物も同然に堕ち、水雷戦隊や戦艦部隊が馬引きのごとく酷使されるという(日本の世論の思惑とは真逆の)結果を招いた。伊吹型重巡洋艦の評価が持ち直したのも、1949年のことだ。とはいえ、『伊吹型は1935年前後の設計であるから、次が必要』と認識されていた。これはデモイン級重巡洋艦が(重巡洋艦としては)他の追随を許さないレベルの重装甲を誇っていた事によるもので、超甲巡の存在に疑義が持たれていた事から、日本側主導で『高雄型重巡洋艦ベースの次世代艦』が設計された。水偵の陳腐化も、戦前型の『航空巡洋艦』の存在意義が消え失せた事が理由である。また、デモイン級重巡洋艦が巡洋艦としては異常な火力を持つ事から、同等の艦を持たせたいという後押しもあった。扶桑は超甲巡の整備途上であったが、似たコンセプトのアラスカ級が『帯に短し襷に長し』の印象が強かった事から、日本は扶桑を説き伏せ、超甲巡を純然たる『戦艦』へと強化する事とし、水雷戦隊の旗艦は『重巡洋艦の新型で賄う』事にされた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――結局、火力と装甲がデモイン級重巡洋艦のレベルで求められたために、日本式巡洋艦の旧来設計は切り捨てられてしまったわけである。新造時の戦艦長門以上の巨体と排水量二万トン以上の巨体はまさに、巡洋艦と戦艦の境界を曖昧化させるものであった。それも、超甲巡の生き残り策が『巡洋戦艦に強化する』事しかなくなる理由であった。この流れに、艦政本部の設計陣は大いに憤慨したというが、それが時代の流れであった。また、史実最末期のように、海軍総隊司令長官という職が置かれ、連合艦隊司令長官がそれを兼ねるという状況となった。つまり、連合艦隊司令長官が海軍の全部隊を指揮するための大義名分を整備したようなものであった。これで名実ともに、連合艦隊は扶桑海軍の実戦に関わる全部門を指す事となった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――一方、戦車は日本式戦中型戦車が切り捨てられ、一挙に戦後型への更新が図られたが、インフラ整備が追いつかないため、『本土は軽戦車で忍び、外地に重戦車を置く』というドクトリンが確立された。扶桑本土は史実よりは道路が整備されていたが、戦後水準の主力戦車を運用できるほどのものではなかった。そのため、M24やM41軽戦車は重宝された。これらは五式改が本土に下げられるまで現役であり続ける。地球連邦軍が空輸してくれるので、工場から直接積み込まれ、戦地に運ばれるのもザラになった事から、本土の戦車は適当でいいというのが日本連邦のドクトリンであった。南洋が落ちれば、すべての資源が欠乏するからである。更に言えば、旧来からの軽戦車というカテゴリ自体が陳腐化してしまう事は扶桑陸軍にとっては予想外であり、戦車自体の重武装・大型化が進む事はまさに驚天動地であった。五式改の時点で30トンを超えていて、騎兵出身者からは『鉄牛』扱いであったが、ブリタニアの新鋭であったセンチュリオンは55トンを超えるので、腰を抜かす羽目となった。結局、南洋島が『強固な地盤を持ち、平地が多く、日本列島よりも大きい』という条件を持っていた事、戦場が同地であったので、重戦車はそちらに回され、本土はM41が主に護る事になった――

 

 

 

 

 

 

――南洋島は史実のムー大陸にあたるが、伝説上のムー大陸ほどは大きくない。その代わりに、どういうわけか、すべての鉱物資源がとんでもない埋蔵量で存在しており、扶桑からすれば、理想的な植民地であった。日本の左派は『増長のもとだから、領土としては手放させよう』(資源の優先採掘権だけは維持させる)と画策したが、既に現地人は存在せず、更に南洋の人口が相当に拡大していた事、怪異からの生存圏と避難場所の確保などの観点から、彼らもついに諦めた(その資源を外交取引に使えば、相当の利益がある事に気づいたため)。更に現地人であった『ポリネシア人』は『魔女の世界では既に絶滅寸前の有様』であり、扶桑が庇護下に置いていた。その情報に困り、匙を投げたのである。結局、同様の島は23世紀以降の世界での地殻変動(コロニー落としの影響)で出現するため、ある意味、予言となった。南洋は本土の再開発の試金石としても活用され、インフラ整備等は優先して行われたが、それが本土をおざなりにしていると批判を受けるという悪循環に陥った。広島は原爆で旧来からの中心市街地が消し飛び、以後の時代に中心市街地であった中島地区は歴史上の存在になり、中心市街地が別の地区に移ってしまった経緯もあり、日本は『歴史的に貴重だから、中島地区はそのままにしたい』という意向だったが、現地人は『何いってんだ。ここは広島の中心市街だぞ!』と声を上げた。日本は1945年8月の姿のままで保存したかったが、現地人にとっては『中心市街地』という認識であった。仕方がないため、妥協的に『戦後に開発された記録のある区画を新市街として整備する』という事になった。また、東京も史実戦前期の姿を保っていたため、それを戦後の摩天楼に変貌させるには、史実より手間がかかると見込まれた。故に、南洋は市街地構築の実験場と見做されたわけだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――戦前期の市街地が健在の状態で戦後基準の市街地への再開発しようとすると、どうしても土地の買収の手間がかかるわけだ。日本の左派は『軍部の防空ミスを口実に、土地を合法的に開ける』案を考案していたが、流石に外道すぎるので、世に出る事はなかった。また、仙台城付近に駐屯していた第二師団が北海道へ追い出され、城の国宝指定が決められると、日本側の意向で伊達侯爵家の降格(明治期に軍部へ土地を提供した事が咎められるという理不尽なものであったので、華族への一種の見せしめであった)が決められるなど、防衛体制にも混乱が起こった。そのため、姫路城、安土城などの『魔女の世界で現存していた天守』は国宝として、国家の保護を受けることになり、日本の援助での修復作業が進められた。また、魔女の世界で健在であった広島城天守からは、明治期から置かれてきた軍部の書類の一切が排除される(その作業中に、七勇士の未確認スコアに関する直接的記述のある文書が発見されている)など、軍部にとっての混乱も続いた。海軍航空隊の中堅将校と下士官層の攻撃精神も問題とされ、それが日本側によって『防衛軽視』と断罪されたことで、扶桑海軍航空隊そのものの形骸化が起こるなど、予想外に大事となったケースも多かった。そのため、太平洋戦争は『空軍の戦争』と、後世の大衆は評する。海軍航空隊は後の世で、太平洋戦争前に起こした『Gウィッチ(転生者ら。過去の英傑含む)との派閥抗争』を悔やむと同時に、戦艦が未来技術による近代化改修で、戦略兵器として生き続けたのと対照的に、空母は(建造費の戦艦以上の高額化と艦載機のジェット機化による数の希少化で)史実ほどの戦略的重要性を得られない現実に打ちのめされたという。かといって、潜水艦は史実ほどの発展をしていない上、ミサイル兵器が怪異への有効性に限りがある現実により、発展への情熱は低い。戦艦は『生存性』が重視される故に生き残れたともいえた。故に、航空戦の主役は空軍であったのだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ダイ・アナザー・デイで通常の魔女たちが(装甲の弱体化効果が出ない事から)特に空戦で苦戦するのとは対照的に、自身の闘技一つで『数十機単位の航空機を撃墜できる』超人らは戦線の屋台骨として活躍した。仕方がないが、リベリオンの航空機は重装甲で鳴らしており、型式にもよるが、九九式二〇ミリ機銃(短銃身)をも寄せ付けない防御力を誇った。当然ながら、魔力で貫通力を強めたと言っても、三式十三粍機銃や一式十二・七粍機関砲程度の武器では、いくら工夫を重ねようとも、限界があった。ダイ・アナザー・デイ当時の時点で好評なMG151の供給が途絶え、敵の航空機が『F6F』『F4U』『P-47』『P-51』と言った『高性能で鳴らした機種』に代替わりしていたことは現場の魔女たちの出鼻を挫く案件であった。既に魔女たちは近接武器を携行しなくなっており、かといって、コクピットは撃てない。この弱点を突かれた形になったのだ。更に超重爆の敵としての登場は必然的に大火力の要望を起こした。当座の対策として、欧州で忌避されていた『20ミリ機関砲』を魔女用に生産することがなされたが、時を置かず、対人戦争への従事をボイコットする動きが中堅層の魔女たちを中心に広がったため、生産品の多くが不良在庫になる事態が発生したが、64Fがその不良在庫を率先的に消費してくれ、一応の面子は立った。だが、64Fと司令部直属の精鋭部隊のみがダイ・アナザー・デイの航空機に貢献したという事実が出来上がってしまったことが『魔女たちの居場所』が事後に消えていく大義名分に使われてしまったのである――

 

 

 

 

 

 

 

――あの時の航空戦は義勇兵様々だった。何せ、その地域にいた魔女の部隊が働いてくれないんだ。航空戦力が無きに等しくなったから、ロマーニャ軍とヒスパニア軍が壊滅した。故に、扶桑の全戦闘機が投じられた。あまりに古い機種を除いてな。零式と隼はあれが最初で最後の華だったよ。私もストライカーの整備が追いつかない時、零式二二型甲で出た事がある。土方にジェットは止められてな――

 

 

坂本も緊急時に通常戦闘機で出撃したが、従卒(後の夫)の土方兵曹長からジェットへの搭乗を止められたと、1947年時点の雑誌インタビューで語っている。同僚たちがジェットをバンバン乗り回すため、坂本も流石に、土方に苦言を呈したとの事。坂本の腕であれば大丈夫との判断であろうが、流石に、F4UやF8Fが相手では『生きた心地のしない』とぼやいたとの事。その一方で、黒江たちは躊躇なくジェット戦闘機を使用。ドラケンやF-20戦闘機を特に好んだと、坂本は続けた。

 

――その時は海軍の柵を面倒に思ったものだ。黒江達は普通にジェットを使っていたからな。それも後世に出るはずのを、な。機体の尾翼に『炎の鬣の青い一角獣』を書き始めたのも、その頃からだ。海軍航空の連中は眉を潜めたが、64Fは元が陸軍航空の部隊だっていうのを忘れてもらっては困る。志賀は我儘だったからな…。奴のせいで、私は戦友に恥を晒し、横須賀航空隊の光栄ある歴史に泥を塗ってしまったからな――

 

 

 

 

 

 

1947年の時点では、志賀のした事に嫌悪感を顕にしていたのがわかる口ぶりであった坂本。志賀が震電の再建に私財を投じてまで奔走した理由には、坂本の顔に泥を塗ってしまった事、宮藤一郎技師の遺産を失わせてしまった事への贖罪が多分に含まれている。志賀に協力した技術将校として、震電の開発担当者の一人であった『鶴野大尉』が挙げられる。自分が坂本の要請を『技術的理由で』断ったことで、横須賀航空隊の歴史を終焉に導いてしまうきっかけを作ってしまったと、強い責任を感じていたからであった。震電自体はジェットストライカーとして開発が続いたが、彼女らは原型通りの復元を望んだ。もし、宮藤芳佳の手に渡っていれば、(ジェットの普及までだろうが)『扶桑最強のストライカー』になっていたからだろう。

 

 

 

――原型通りの震電が宮藤の手に渡っていたら?あれはジェットへは通用せんと思うぞ?ダイ・アナザー・デイの時点で、F-84FやF9Fも出始めていたからな。元が迎撃用だから、小回りも効かん。まぁ、奴なら工夫で対抗できたと思うが、私はそちらのアニメほど、あいつと親しいわけではないからな…。一種のファンサービスで答えたと思ってくれ――

 

 

魔女の世界(A世界)での坂本は芳佳との関係が史実ほど深化していない。これは前世の猛省の結果でもあったが、自分は近代軍の教官向けではないと感じていた故の選択であった。とはいえ、史実通りの呼称で呼び合う程度には付き合いがあるのも事実であった。

 

 

 

 

――七勇士の独擅場を再来させたのも、あの戦場だったが、私は次の世代が矢面に立ち、我々は裏方に回るべきだと思っていた。故に、サボタージュをやらかした輩は許せん。連中がちゃんと働いておれば、黒江らの手を煩わせることはなかったし、今日の魔女の窮状は起きなかったのだ。おかげで、未来永劫、ロマーニャやヒスパニアの国民へ十字架を背負わなくてはならんことになった。黒江達が血と汗を流してくれたおかげで守れたが、連中は『あらゆる敵と戦う』ということの意義を理解しとらん。同じ人であれば、故郷を蹂躙されても、まったく構わんというのかね?信じられんよ、まったく――

 

坂本はサボタージュをそう断罪した。事後に魔女の社会的地位が大きく低下してしまったからであろう。その一方で、異端児扱いだった黒江達のことを『掌返しで英雄と称える』。そんな魔女界隈の現金さに嫌気が差したのか、その事に触れた時の表情は憂いを帯びていた。

 

 

――夢原のことは残念だった。皇室の方々にまず、お願いしたのは私でね。まさか、あんな非常識がまかり通るとはな。仮にも、一介の官僚がだ。一国の皇室がこさえた勅が書かれたものをビリビリに破り捨てるのか?私は耳を疑ったよ。加東の指示でそちらの外務省に苦情を入れたが、件の者の独断だったようだね?――

 

 

――はい。我々も関係者にヒアリングしましたが、件の官僚は『思想を隠して』入省したようで。今どき、あのような人がいるとは。いくら民主主義とはいえ、時代遅れの化石のような考えです――

 

 

――親から仕込まれたのに疑問を持たずに、そのまま大人になったのだろうな。事の次第によっては、聖上も『大和と武蔵に砲弾を叩き込ませ、事の重大さを認識させなければあるまい』と仰られていた。それほどの事態になりかけた。日本政府もそれをわかっていたよ。夢原の戦功に、聖上(天皇)はたいそう喜んでおられていてな。その見返りとして、ブツを渡したのだ。夢原も『誠に勝手なのですが……』と上奏していた。それをパーにしたのだよ、彼は――

 

 

――勅が本物で、正式な外交文書だった事を知った後の日本政府の対応は電光石火でしたね、少佐――

 

――大和民族の同胞同士で血を見る事になりかけていたのだ。当然だろう。まして、自衛隊の総兵力の何倍もの人員と物量がある軍隊相手に、そちらの日本がまともに戦えるかね?故に、夢原に涙を呑んでもらう代わりに、日本が部内の内政干渉を抑えるようになったのだから、日本の外交見識を問う声もある。だが……奴の志望通りにしてやりたかったよ、私は――

 

 

――少佐はプリキュアをどうお考えで?――

 

――彼女達に安易に頼ってはならん。上にはそう説いたが、軍はここ数年の混乱で人手不足だろう?情けない限りだ。どいつもこいつも、軍人という地位を『体の良い花嫁修業』か『社会勉強』としか認識しておらなんだ…。私のように、軍しか知らないから、軍を辞められん者もいるのにな――

 

 

 

坂本は黒江らと違い、つぶしの効かない性分である故の自嘲を含めての一言であった。また、プリキュアという強大な力に安易にすがるなと説いたものの、戦局の切迫がそれを一蹴したと示唆した。日独の介入でシッチャカメッチャカになり、その尻ぬぐいを彼女らにさせてきたも同然であったので、生粋の軍人であった坂本にとって、転生してきたばかりののぞみ達に『世界の命運の一端』を背負わせてしまったのは、自分たち(軍の)不徳のいたすところだったということだろう。

 

 

――……あと数歳若ければ、な。もっとも、黒江達よりは戸籍上は若い自分が言う事でもないか――

 

既に裏方に回りつつあった時期に生起したため、坂本は『あと二歳若ければ~』と冗談めかしながら、ダイ・アナザー・デイを生き抜いた。黒江たちは自分の年齢をまったく意識しないが、自分はしてしまう質であると続け、若い者の話に躊躇なく混ざれる気さくさを羨んでいた。もっとも、坂本も自覚がないだけで、前世比であるが、かなり気さくな印象を与える。レクリエーションもだいぶ心得ているからであろう。

 

――少佐は日本の何に興味が?――

 

――自分の時代にはない『TVゲーム』かね。映画は普通にあるからな。娘も生まれたことだし、役に立つよ――

 

 

このような内容のインタビューが掲載された雑誌は日本での2019年~2020年前後に発売。『本物の坂本美緒』がインタビューに応じたことから、異常な売上を記録したという。また、のぞみ(実際はその役目を代行したナリタブライアンが入れ替わっていたが)がインタビューを受けた号と併せ、ネット上で高値で取引されるアイテムと化したという。

 

 

 

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