――結局、兵器開発は戦後アメリカの兵器の生産を主体に移行する事になった。戦中の兵器開発は無駄と判断され、多くが淘汰された。これに不満を持つ将兵の愚行もあり、航空兵器は史実戦後米軍機の手直しが主流となった。カールスラントの衰退で自由リベリオンが科学技術の世界最先端に登りつめたからでもあった。日本連邦が『兵器の質を重視する』傾向が戦争開始後には顕著になったことも、兵器開発の縮小に繋がった。戦艦も重戦艦である大和型の改良に一本化されつつあったが、この流れに抵抗する流れもあった――
――扶桑に自衛官が移住する理由は『恩給と年金で食っていける』、税制が違うので、日本への仕送りに税金がかからないからである。日本の財務省も省庁の不祥事の連続で、『扶桑の財政も日本連邦として一本化して管理する』案を当面はお蔵入りせざるを得なくなった。怪異の存在を考慮し、有事対応組織のアウトソーシング化を推進する事が組織間抗争を招く結果になったことも含めて、全てが予定外であった。モンタナ級戦艦がドシドシ量産され、連合軍の重大な脅威になったことも予定外の事であった。航空戦力では膨大な犠牲が出ることが想定されたため、対抗上の理由で戦艦を運用し続けなければならない事、誘導弾は万能の兵器ではないことの判明は財務当局の頭痛の種であった。その関係上、起こってしまった『人員の質の両極端化』や『大和型に対応できる艦の普及』などの事態への対処は現地に丸投げするしかなかった。モンタナ級が発展する世界など、造船科学的に未知数であるからだ。――
――61cm砲搭載のさらなる超戦艦の建造も検討されたが、流石にそこまで大きくなると、実用性が低下する事を理由に、素案のみが残された。宇宙戦艦の時代でさえ、そこまでの艦載砲は実用化されていないからだ。だが、製造の可能性は残されたため、後年に敷島型の近代化改修の際に、主砲の強化策で俎上に載せられたという。敷島型に至るまで56cm砲に留まったのは、艦載砲としての実用性との兼ね合いであった。戦艦に力が入る一方で、空母機動部隊が『床の間の置き物』化していくのは仕方がないことであった。日本はあ号作戦や捷号作戦の戦訓で、『空母機動部隊の完全な再建と予備戦力がない状態での決戦は愚の骨頂』と判断しており、空母機動部隊を引きこもらせていた。旧600番台航空隊の番号の意味を日本側が把握していなかったことで混乱が生じ、結局、自主的に艦上装備を取り外したところ、整備班長が日本連邦の上層部に呼び出されて叱責され、飛行隊長もそれを容認したことで言い訳に追われるなど、いいところなしであった。結局、彼らは書類上の所属が変わっただけで、空母艦上機の部隊である事を続けることになったわけだが、艦上機が矢継ぎ早に更新されたために、教育が追いつかないという問題が発生。実際の出動は64Fにおんぶにだっことなってしまったため、空母機動部隊は『張り子の虎』というのがふさわしい有様だった――
――戦艦は航空母艦の少数精鋭化や対空装備の近代化で息を吹き返した。日本が政治信条の都合で核兵器を持てない故の妥協だとせせら笑う声もあったが、播磨型戦艦は史実の大和型が問題外の強力な軍艦であった。姿は大和型の延長線上のものだが、戦闘システム、武装、速度、装甲。ありとあらゆる点で(史実の)大和を圧倒していた。21世紀以降の戦闘システムを有しつつ、ドイツしか実用化した記録がない『50cm砲』を有する。速度も有に30ノットを超えているなど、文句のつけようがなかった。核兵器を以ても、戦艦は簡単に沈まないというのは、史実の長門が証明している。魚雷装備の研究が1920年代レベルに留まっている『魔女の世界』では、魚雷攻撃は脅威ではない。そもそも、魔女の世界での多くの国の艦艇は魚雷を積んでいないのだから。軍事的には復権したが、日本連邦の例以外は象徴としての維持に徐々に移行するが、軍事大国とされた国々は(史実の核兵器の代わりに)保有がステイタスとされたままになる。潜水艦の発達が必要以上に起きなかったからで、日本連邦の高性能潜水艦は『過剰性能』となった。さらに言えば、ティターンズとネオ・ジオンは水陸両用MSを殆ど持っておらず、固有の潜水艦もごく少数で、往時の自衛隊より少ない有様である。そのため、リベリオンがガトー級潜水艦をあまり持っておらず、艦艇の魚雷装備も殆ど撤廃している事を知ったティターンズの将校は膝から崩れ落ちたという。その事は日本連邦には僥倖であった――
――それと対照的に、日本連邦は逆に(持ち前の貧乏性もあるが)『積めるなら、なんでも積んでおく』ドクトリンへ変遷していった。武装の強化に伴う居住性の悪化が既存艦で問題になったため、新型艦の設計が加速され、一部はダイ・アナザー・デイに投入された。重巡などはこの時から既に旧式化を叫ばれていたが、扶桑と日本が整備方針で対立したために伊吹型の重巡としての建造続行さえ、ダイ・アナザー・デイ中には決まらずじまいであった。結局、旧来型軽空母の陳腐化で『空母・伊吹』は不要とされ、重巡・伊吹のままで完成を見た。だが、その頃には『日本式重巡』の陳腐化が『デモイン級重巡』の登場で明確になっていたという顛末となった。デモイン級対抗の重巡(デモイン級の船体サイズは一昔前の超弩級戦艦に匹敵する)を新規で設計すべしとする日本側と『超甲巡があるんだし……』とする扶桑の対立は太平洋戦争の開戦が解決した。双方を造れるだけの予算がついたからである。それが1946年~1948年の間。予算管理の兼ね合いで、超甲巡は『巡洋戦艦』の枠組みに充てがわれた。完成済みの艦の主砲の換装もその布告と同時期に行われた。これは超甲巡の設計思想が『金剛の後釜』である事による戦艦式の防御を持っていた事を政治家に示すためでもある――
――それらの新式艦艇は未来技術によるオートメーション化がされているため、扶桑の在来艦より遥かに少ない人数で運用が可能であった。ただし、コンピュータに関する教育が必要であるため、投入は迅速とはいかず、ダイ・アナザー・デイに間に合ったのは極少数であった。ただし、実力は本物であり、扶桑艦隊の防空力・対潜力を戦後の水準へ飛躍させた他、播磨型が350mという巨体ながら、乗組員の数を抑えられたのは、適度なオートメーション化の恩恵であった。三笠と敷島型(二代)は要塞艦という新たなカテゴライズがされたため、従来の延長線上にある戦艦としての超大和型は同艦型である。大和型の姿を継承している(扶桑の造船官からは『当初から電探を搭載することを想定しているのに、大和型の艦橋の基本デザインを継承する意味があるのか?』という不満も出たという)が、当初より電子装備を積むことを想定した故に、大和型と違い、供給電力に当初から余裕がある。ダイ・アナザー・デイでその威力を示し、改大和型共々、日本連邦の海軍力のシンボルとして認知された――
――では、その播磨型の泊地はどこかというと、本土では『横須賀』、『佐世保』、『室蘭』。(呉は再建途上のため、除外)が指定されていた。超大和型戦艦を整備できるドックが追加工事で用意可能な土地が選ばれたからだ。他の地域での修理は浮きドックで対処するとされた。日本ではグンと増えるが、扶桑はまだ近代化途上の国家であった故であった。むしろ、外地のほうがドックが多いのである(南洋島群)。そのドックの多くは地下に建築されていた。史実の呉軍港などの教訓によるもので、場所は一般人には秘密とされている。これ見よがしに、普通に停泊するだけでもハッタリが効くが、重要任務や装備換装などの際は地下秘密ドックが使われる。海底軍艦の量産計画との装備共通化のテストの役目も負っていたためだ。海底軍艦の量産の隠れ蓑としての役目も背負わされているため、メディアへの露出は露骨であった。これらの『大和型を超える戦艦を作った』との宣伝は充分に日本連邦の海軍力の示威となり、それらに釣られた各国が戦艦の建造に国力を割くという結果をもたらした。『日本連邦は大和型を量産したのみならず、その拡大型を完成させ、実戦で活躍した』という箔もあり、航空魔女の軍事的意義の低下と空母の高額化により、連合国を構成する各国は空母機動部隊の整備を断念し、戦闘艦艇の高性能化を志向する。日本連邦はその流れにより、否応なしに超大国への道を踏み出す。他国が空母機動部隊を断念してゆくため、自分達がそれを持たなければならないのだ!という外圧がきっかけな点は大和民族の業というものであろう――
――これは航空戦力の空軍での一括管理を目論んだ官僚の施策の弊害であった。その混乱からの立て直しには長い時間を要すると判断されたため、64Fの一騎当千と未来兵器に期待がかかったのである。VF-19やVF-31AXなどの高性能兵器を自主的に揃えたことも期待の理由であった。ダイ・アナザー・デイで可変戦闘機が持ち込まれた際の不祥事はミーナの失脚の一因であったが、彼女がジェット機に先入観を持っていたこと、整備班との関係が業務上のやりとり以外に接触がなかったことも理由の一つであった。カールスラントの映えある将校が整備班を私的な理由で冷遇していた事は表ざたに出来ないため、501の編成そのものが64Fに編入された際には、整備班の半分以上が他部隊から引き抜いた腕っこきに入れ替えられた(移籍の際には箝口令も引いて)。ミーナの失脚と64Fへの組織統合後に可変戦闘機の使用が解禁されたが、その頃にはダイ・アナザー・デイの大局は既に決していた。この不祥事は『カールスラントの保守的な側面を浮き彫りにした』ということで、その詳細は長らく秘匿された。発覚直後にカールスラント空軍内部で色々とゴタゴタが起こった事、よりによって、ジェット機導入の旗振り役のアドルフィーネ・ガランドの腹心が『ジェット機の運用を嫌っていた』という事の重大性を鑑みてのことだった。本人の『単純に自分の時代の尺度で見ていた』だけで、『超技術の塊だと分かっていれば、投入を許可した』という弁明もまずかった。『外観からして、隔絶した技術の違いがわかるはずだ』という批判があったからである。カールスラントで『ジェット機を構成する技術の基礎が完成し、出回り始めた』時勢も不幸であった。『カールスラントで研究されている諸技術が既に熟れた状態になり、ジェットエンジンも既に数世代も交代している』代物を先入観でしか見れなかったというのは『技術大国』を自慢していたカールスラントの持っていた権威を失墜させるのに充分であった――
――可変戦闘機の力を活用しなかったことも、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの失脚の理由であった。本人の弁明は『通常兵器に先入観を持っている』ことの証明でしかなかった。VF-19以降の『一騎当千』を具現化した機体を持ちながら『ジェット機は大飯ぐらいだから』という理由で死蔵し、扶桑の英雄を年齢だけで冷遇した事実、整備班からの反感は失脚への役満であった。飛行資格の停止は魔女にとっては最悪の人事であった。飛べさえすれば、戦功でチャラに出来たが、飛べなくなるということは『前線で戦う期間が限られている』魔女にとっては最悪の結果である。だが、これまでの功績で酌量された故に、大尉への降格(戦時階級の剥奪という扱い)で済んだのも事実である。日本からは『人種差別の疑いもあるから、見せしめに一等兵まで落とした上で除隊させるべし』という論調さえ出ていたのだから。これは坂本が裏で『話せば分かる人物であり、人種差別主義者ではない』と弁護し、彼女の上層部への不信はブリタニア空軍のせいであると断じた事、自分にも非はあるともいい、扶桑軍の秘匿癖を罪だと明確にした。ミーナが精神バランスを崩したのは『自分が部隊を守ろうと選択した』事の悉くが裏目に出た事、せっかくの未来兵器を活用する機会を自分で潰していた事、三人の増員は扶桑の厚意で送られた『伝説のエース』であった事による『色々な負の感情がごちゃ混ぜになった』結果である。リベリオンが敵に回ることへの恐怖も、彼女の心に眠っていた『もう一つの魂』を呼び覚ますことに繋がった――
――扶桑海軍は皮肉にも、M動乱で対人戦争のノウハウを得たためにダイ・アナザー・デイを戦い抜けた。M動乱での戦訓での水雷装備(ソナーなどの対潜装備含む)の再装備に伴う混乱で航続距離や居住性が低下する艦艇が続出した事から、艦艇の世代交代が求められ、その途上で起こったわけだ。空母『大鳳』と『雲龍』の量産中止と超大型空母への切り替えに伴うストップギャップとなる中間世代が(日本の敗戦に伴う空母の開発停止で)存在していなかったことも以後の時代の混乱の一因であった。信濃型航空母艦の不在は『験担ぎ』としては良かったかもしれないが、純軍事的には結構な痛手だった。(信濃型は21世紀以降の技術で改装すれば、それなりの戦力となる)その解消はダイ・アナザー・デイでの『ミッドウェイ級の鹵獲』で果たされた。ミッドウェイ級は『1940年代の世界で達成できる最大規模の正規空母』だからだが、『自由リベリオンへの将来的な譲渡』を条件に運用がなされる点でも、日本的な顛末であった。雲龍型の数頼りの戦法も使えなくなるため、結局は少数精鋭を是とする思想に回帰していくのである――
――その端緒となった『ダイ・アナザー・デイ』は結局、保有機の過半数を費やして、航空優勢を保った扶桑の発言力を高め、最悪のタイミングで軍縮を図ったカールスラントの失墜、ガリア、ロマーニャ、ヒスパニア空軍の有名無実化を促進させた戦であった。同時に魔女の軍事的意義の低下、兼任の増加などが促進された。扶桑は富嶽、連山などの貴重な実戦データを得られ、自由リベリオンから無償で新兵器を得られるようになる効果を生んだが、同時に自主開発を誇りとしていた技術者などの反発が事件になるなどの損害も負うことになった。通常兵器の急激な発達で魔女の軍事的意義が大きく低下。後年に至るまで『化けの皮が剥がれた』と批判的な評価がされることになるのは、鳴り物入りで投入された『魔女の精鋭部隊が近代兵器に悉く打倒された』からだが、当時の魔女達は対人戦争に強い忌避感を持っており、士気が低い状態であったことも考慮せねばならない。64Fへ支援をせず、静観を決め込んでいた事も、事後に『魔女の立場自体を悪化させる』理由であった。64Fの人員が戦局そのものを動かすほどの活躍を見せた事は『他の魔女が働いていない』事の証明になるからだ。静観の指令は現地の少将~佐官級の魔女出身の将校の独断であったが、逆に事後、多くの魔女が路頭に迷う結果となった。日本連邦は(入隊の増加を目論んで)プリキュア達の活躍を強調した。結果として、日本の魔女達の発掘に繋がったわけだが、扶桑の生え抜き魔女の覚醒が休眠期に入ってしまったことと無関係ではない。扶桑はある一定の周期で魔女の出現が極端に減る時期に入る。20世紀半ばはその周期であった。明確に『それが終わる時期』は分からない(近世以前は明確な記録がない)ため、日本にいる魔女の鉱脈を探る手段が講じられ、見事に成功した。扶桑は休眠期をこうした手段で乗り切ることを選んだ。(正確には、いたとしても、その質が下がっているために、前線に出せないのであるが)義勇兵がたんまりいたこともそうだが、魔導育の変革もあり、魔女を速成教育で送り出すことにメリットがなくなり、逆に『高度化した兵器に対応させるための教育が必要』となった故に、日本の高学歴の魔女は歓迎されたのだ――
――ただし、それは菅野直枝の前後の世代の事。中島錦の時代までは語学などの教養も多少は仕込まれていた。彼女の立場を引き継いだ夢原のぞみがマルチリンガルになった理由は、基礎となった錦の肉体が必要上、英語\独語の教育を受けており、仕事上の会話で不自由しないようにされていたためだ。元々、扶桑は戦国時代の終わりからは貿易大国であった故に、英語が必修であったためである。1940年以降、軍の魔女は速成教育が行き過ぎたために、自分の職責以外に興味がない魔女が増加していた事、ミーナのように『トラウマの回避のために、整備班には業務上のやりとりしか許さなかった』故の問題も発生している。501の整備班がそのまま64Fに引き継がれなかった原因は『業務上のやりとりしか許されない故の士気の低さ』で、ガランドも咎めずにはいられないほどのもの。結局、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは後世に『輝かしい功績を、自分の初恋にまつわるトラウマで塗りつぶした』と揶揄されていくのである。1945年時点で18歳前後の若齢(世間的には)であったために、トラウマに同情はされるが、整備班の人心を掌握しようとしなかったという観点から『反面教師』として語り継がれていく――
――彼女の失脚はエディタ・ノイマン共々に、ダイ・アナザー・デイ中は秘匿され、『円満な組織改編』がプロパガンダされた。64Fは対外的には『凍結されていた部隊の復活』とされ、司令部直轄のエース部隊としての復活をアピールされた。『七勇士の中核を担っていた魔女の健在』はそのプロパガンダのためちと判断され、前線部隊の反感を買うことになり、孤立無援の有様となったが、逆に64Fの力を示す格好の場となり、魔女部隊の多くは『面目丸つぶれ』となった。歴代プリキュアの中心戦士が続々と参戦したことも、日本の当局が扶桑の防衛当局に『魔女のサボタージュの粉砕』を促す結果となった。この戦いの戦功第一とされたのにも関わず、キュアドリーム/夢原のぞみが予備役編入からの教職への転職を失敗させられたという報は扶桑の予備役制度を根幹から揺るがすものであり、外交問題でもあった。独善で話を潰した日本側に非があるのは明らかであるが、ウィッチである事を示す胸章のデザインに問題あり(箒のデザインが小銃に見えるという指摘があり、左派から問題にされた)という点も浮き彫りになった。デザインの改訂は緊急に行われたが、サボタージュの頻発を鑑み、兵科解消の議論が芽生えた。とはいえ、オラーシャでの虐殺を鑑み、経過措置として『当面の間の現状維持』が必要でもあるため、新デザインの胸章と兵科章は瞬く間に普及していった。皮肉なことだが、のぞみの存在が『みんなでできること』を目指し、黄金世代の引退を見込み、集団空戦に適応しようとしていた扶桑軍の航空隊の風土に一石を投じた。『対外的な均衡の必要もあり、多数撃墜者を宣伝するしかない』現実に抵抗した海軍航空隊はダイ・アナザー・デイ後に『予算対策組織』と揶揄されるまでに衰退し、逆に近代空戦と撃墜王に理解のあった陸軍航空は『新設された空軍の中枢を担う』までになり、繁栄を謳歌するが、のぞみはその流れを決定づけた形となる。黒江達の第一次現役時代(扶桑海事変)が(魔女にとっては)遠い昔となっていた1945年以降、当代の扶桑の若い魔女達にとっての英雄は宮藤芳佳であり、夢原のぞみであったからだ――
――その芳佳は史実通りの魔力に加え、黒江達の事前の『下準備』、プリキュアへの覚醒もあって『主役補正が二重にかかっている』状態になっていた。性格については、1944年までは宮藤芳佳本来のものだったが、1945年以降は角谷杏の要素が強まったため、キュアハッピー本来のものとも違う、飄々とした振る舞いになった。つまり、角谷杏の頭脳を持つキュアハッピー/宮藤芳佳と同義であった。彼女は1947年度末に第一子を懐妊。(宮藤芳佳とての戸籍上は)17歳頃の事であった。翌年に第一子(後世、医師としての宮藤家を継ぐ)、1950年代に入ると、第二子(戦士/軍人としての後継者)を儲けるという。本人曰く、『矢継ぎ早にできちゃった』と笑い飛ばしている。魔女の世界では『10代の終わり~20代始めに第一子を儲ける』ことは(時代的に)ごく当たり前であり、20~30代でも独身貴族な七勇士の年長組は(時代背景的に)異端であった。『行き遅れ』や『行かずボケ』という言葉があるように、1940代後半当時は『17歳くらいで結婚する』のは当たり前であり、男性と同じように『独身貴族で働く』という事はおおよそありえなかった。黒江達が家族から『独身貴族である』のが許されているのは、『皇室に功を認められた武人』として世間的に認知されていたことによるもので、あくまで『例外』であった――
――夢原のぞみが『中島錦』と肉体的に同一人物(肉体が魂に合わせて変化した)という事は転職の失敗が伝わった時に公表された。魔女としても『統合戦闘航空団に選ばれた俊英』であり、扶桑きっての名家の出。更に草薙流古武術の継承者。その彼女がキュアドリームであった事は日本の当局を狼狽させた。属性の盛りすぎという声もあったが、自分達も学園都市で散々(おおよそ70年以上)に異能の研究をしていたため、天然の異能者であるプリキュアは日本が望んだ『天然の超能力者』である。超能力は迫害の対象になりえるため、佐倉魔美(エスパー魔美)がそうであったように、ひた隠しにするのが当たり前であったが、学園都市の存在が世間に認知され、プリキュアが世間に認知される時代に入った後は『時代の変化』か、そのような事は嘘のようになくなった。1990年代以降の『成熟した研究』で得た異能持ちの学園都市出身者が各地に散らばっていったためでもあった。防衛当局としても、『本人には悪いが、予備役になった後に有事に召集のし直しは色々と面倒だし、教職に就かれたら、その時に左派が(本人の意志関係なしに)騒ぐし……』という本音があり、扶桑の当局者は『これで、日本に大きな貸しができた』と大喜びであったという。彼女の損害補償の問題以降、軍事政策協議での日本と扶桑のパワーバランスが変化。扶桑が優位となる。日本が戦後に失った軍事ノウハウ(空母機動部隊や戦艦の詳細な運用ノウハウ)を持つ事がここで活きた形だが、のぞみの一件が日本に多大な罪悪感を抱かせたのも大きく、彼女の存在は(当局者に)感謝される事になる――
――日本と扶桑は細かな違いが多く、比較的に統合しやすい『軍事』でも、リベリオンには史実通りの形状のパナマ運河は存在しない上、パナマ運河の新閘門の工事もストップしていたため、超パナマックスの新鋭艦の回航には時間がかかるのだが、日本は史実通りの国力と回航速度で計算していたために議論が白熱することが多々あった。魔女はクーデター事件以降、64Fを例外にして、公の発言力を大きく落としており、以前のように艦艇や航空戦力の整備計画に影響を及ぼせなくなり、議論の場に同席する事は減った。ただし、64Fの者が同席する事はあり、この時の会議には、キュアマジカル/十六夜リコ(本来、十六夜という名字はナシマホウ界での便宜上のものだったが、移住後は『日本人』の扱いなので、そのまま使用している)が同席していた。
「大艦巨砲、航空主兵のどちらに特化したとて、リベリオンに勝利を収めるのは不可能です。アメリカ相当の国が総動員体制に入れば、単発機の単一機種で万単位は生産出来ますし、戦艦の十隻の短期間での同時生産も可能です」
「では、どうすれば」
「やはり、質です。国力に劣る国同士で策を練り、挟撃などの策無くば不可能ですが、それとて、兵員の質が伴わなくては『あ号作戦』や『捷号作戦』の二の舞いです」
あ号作戦の敗因はパイロットの質、航空機の格差、戦闘システムの格差などが複合した結果である。とはいえ、ブリタニア海軍は航空隊の近代化に現場が抵抗する構図であり、ブリタニア航空業界も『栄華は二十年も続かない』というメタ情報にショックを受け、活気を失い始めている。
「ブリタニアはもはや、航空戦力で宛てにならんからな……。空軍の機材も更新が遅れている」
「抑止力としては有効ですが、グランドフリートはもはや……実効戦力としては」
「うむ……強大なリベリオン相手では、空母のない艦隊などは張り子の虎でしかないからな」
連合艦隊司令部もブリタニア主力艦隊を『張子の虎』扱いである。彼らには航空母艦がほとんどおらず、近代兵装が一部の艦にしかない状態なので、張子の虎と揶揄されていた。逆に、世界最先端の装備を有した連合艦隊と隊列を組める友軍は連合国にはなく、日本やアメリカの義勇部隊と共同戦線がやっと組めるという状態である。そのために連合艦隊は彼らの弾除けでなければならない。それも戦艦の運用が続いた理由だ。
「ブリタニア艦隊は敵を張り付かせられるデコイにはなるだろうが、空母が増えなくては、こちらの戦略に組み込めん。それも、通常の艦載機をたんまり積んだ、な」
山口多聞。この時点での連合艦隊司令長官である……は悲観的であるが、現実を口にする。魔女至上主義的な軍政から通常兵器主体に切り替えるには出血を覚悟せねばならない。更にブリタニアは自尊心の高い国であり、軍隊であるが故、自国がこの後の時代に落日を迎え、欧州の覇権すら維持できぬ『老いた国』へ落ち果てていくという『一つの結果』を受け入れられないだろうとも悟っている。扶桑は『織田信長が本能寺で死に、南洋島がない』日本の歴史を受け入れた故に、自らの膿を出し、議会制民主主義と完全な立憲君主制に移行しつつあるが、ブリタニアは英国の『戦後の衰退』に不快感を感じており、その点で、ブリタニアの覇権の維持を模索するウィンストン・チャーチルは『時代遅れ』と揶揄されているが、彼の保守性がブリタニアに『大帝国』の衣をまとわせ続けているとも言える。
「チャーチル公には悪いが、ブリタニア海軍はもう『無敵艦隊』を海の藻屑とし、七つの海に君臨した時代の輝きを持っていない。我々がその次代を担わなくてはならぬ。『大日本帝国海軍』の犯した愚と罪を他山の石として……な」
どこか哀しげな彼の言葉からは、史実での『ミッドウェイに座乗艦と共に散った』自らを客観視しつつも、日本海海戦の勝利で驕り高ぶったツケを太平洋で支払った『大日本帝国海軍』の顛末への悔恨ぶりが見え隠れしている。日本の後押しもあり、クーデターの事後処理の後に辞任した小沢の後任に選ばれた彼だが、艦娘・飛龍から史実の自分の最期を聞いたらしい様子である。
「長官」
「角田さんには悪いが、空母機動部隊には今しばらくの冷や飯食いを甘受してもらう。組織とも戦っている以上、海底軍艦の量産が成るまでは引きこもってもらう」
「直に『震天』も最終艤装に入ります」
「日本の連中がこの秘密ドックを見たら、泡を吹くだろうな」
山口多聞にそう報告するリコ。彼女らのいる会議室の窓からは秘密ドックで最終艤装に入りつつある『海底軍艦・震天』(ラ號をタイプシップとするラ級戦艦の四番艦)、起工直後の五番艦(未命名)の様子が確認できる。扶桑が独自に進める『ニューレインボープラン』の魁となる『ラ號の改良型』の一つ。ラ號をもとにした海底軍艦の量産。それが扶桑が日本にひた隠しにしている『真の計画』である。とはいえ、他国に供与予定の海底軍艦へ横槍を入れているのも事実なので、日本は海底軍艦の技術が他の軍事用途に使われるのを恐れているのだろう。
「海底軍艦は日本だけの技術ではないんだがな」
山口多聞の一言がその事実を象徴していた。日本は海底軍艦の技術は『ドイツと日本にしかない』と認識していたが、実際は連合国にも技術が提供されていた。それを有用と判断したのが、起死回生をそれに賭けた枢軸国であっただけである。
「ソビエツキー・ソユーズですね?」
「うむ。インペロは怖くないが、問題はガスコーニュとフリードリヒ・デア・グローゼだ」
この時点では、『リバティ』は存在が囁かれていても、現実問題とは考えられていない様子が見て取れる。だが、リバティは完成に向けて、着々と工事が済みつつあった。大戦で実現しなかった『対ラ號用海底軍艦』として……。