――怪異の脅威が薄れたと言っても、後方を強襲されれば、後方の部隊は為す術もないため、連合軍は財政破綻を承知で、一定の軍備を維持せねばならなかった。21世紀世界の同位国は財政規律をそれより優先させたため、必然的に軍縮は免れなかった。そのため、扶桑の個艦優越主義に拍車がかかる形となっていった――
――扶桑海軍は主力の殆どが大規模修繕の時期に入っていた。ここ数年の酷使が祟ったからで、その穴埋めのため、64Fの増強は続いた。怪異は日本の想像以上に強大であり、それを圧倒できる64Fが異常であって、その他の部隊は為す術もなく、物量に潰されていくこともままあった。その連合軍の救世主こそがスーパーロボットであった。スーパーロボットの活躍は連合軍には福音であったが、魔女の立場を悪化させる一因でもあった。魔女たちが数度の世代交代(開戦時に在籍していた者は、終戦時には退役済みとなる)を挟まなくてはならなかったほどに時間を要した『怪異の巣の撃滅』も容易かったからだ。そう遠くないうちに訪れるであろう、怪異撃滅後の時代に世界が争い合う事を恐れた彼女達は『日本連邦が一強の世界にする事で、世界をまとめておく』という思想に至り、各国の教官級の魔女は1949年までに『日本連邦の義勇兵に志願している』状態となっていた。魔女の世界は確実に『バックス・ジャポニカ』へ向かってきていたわけだ。欧州各国も、ダイ・アナザー・デイでの消耗、アフリカ戦線の敗退で軍事的に疲弊が顕になっていたため、日本連邦に軍事的負担を肩代わりさせる方針になっていたからだが、ガリアは国土の惨状にも関わらず、日本連邦の伸長に対抗しようと躍起になっていた。失職したカールスラント軍人の数割を囲い込み、ダイ・アナザー・デイの戦場跡に残る兵器を接収するなど、身の丈に合わないほどに軍備再建を急いだ。これはカールスラントの衰退で、自国の地位を戦前と同等に戻せる機会と、軍部が認識したからだが、既に、怪異はガリアの停滞した軍備でどうにかなる相手ではなかった――
――一方、ジョンストン島沖海戦は水戸の53cm砲が吠えた。53cm砲は運用上の都合で生み出されたと揶揄されたものの、予定通りの威力を見せたのだ。ただの一発でアイオワより重装甲のモンタナの船体を穿つことができたからだ。モンタナ級の重要部は史実の大和型に匹敵する厚さであったが、モンタナ級の無理な量産化で装甲の品質に低下が起こっており、額面通りの防御力を発揮できなかった。それが扶桑の53cm砲弾を浴びたのだから、ひとたまりもなかった――
「敵五番艦、轟沈です!」
水戸のCICのモニターには、敵五番艦の無惨な最期が大写しになる。船体が中央でまっ二つになるという、『絵に書いたような』轟沈だ。戦艦同士の大規模砲撃戦は史実では、ユトランド沖海戦が最後であるので、そもそも複数の戦艦が独力で同等の戦力と戦う局面は太平洋戦争では皆無であり、欧州戦線でも、数える程度であった。魔女の世界は(言い方は悪いが)『21世紀世界では、とうに絶滅した艦種が実際に見られる』という事で、21世紀の日米英の三カ国は観戦武官を派遣するまでに至っていた。日本はその中でも、大和型が量産された世界であるためか、特に人数が多かった。
「思ったよりスピーディーですな」
「昔に比べれば、コンピュータ化が進んだからな。それでも、命中率は君らの思うようなものではないよ」
宇垣の言う通り、艦砲射撃には散布界という言葉があるように、命中率はさほど高くない。レーダー照準と言っても、1940年代における戦艦クラスの艦砲は20000mを超える先の目標を撃つため、宇宙戦艦時代の技術を加えても、百発百中とはいかない。それでも、1940年代当時に最先端であった米国の射撃指揮装置を以ても、実際の命中率は2.7%に過ぎないのを考えれば、飛躍的な命中率の向上であった。
「敵四番艦、隊列を離れ、本艦に接近!」
「自暴自棄になったか。景気よく、後を追わせてやれ」
「ハッ!」
53cm砲の威力で自暴自棄に陥ったか、起死回生を図ってか、全速力で突っ込んでくるモンタナ級。それへの返答と言わんばかりに、宇垣纏は53cm砲の発射を命じる。モンタナ級は史実の大和型の装甲厚に匹敵するが、53cm砲の徹甲弾はそれよりランクが上であるヒンデンブルク号の装甲を想定している徹甲弾である。その威力は史実の大和型の比ではないのだ。
――ズォォォドォンと形容できる、巨砲の咆哮があたりに響き渡る。53cm砲の射撃にも小揺らぎもしない『水戸』の安定性が窺える一瞬である。砲弾は敵艦に吸い込まれていき……。
「全弾命中!!敵艦、傾斜していきます!」
「喫水線下に水中弾が大穴を穿ったな。直に沈むだろう」
無傷のモンタナを一回の斉射で沈められる水戸の威力が示された。モンタナは海自の対艦ミサイルと魚雷に尽く耐える耐久力を持っているだけに、この光景は大艦巨砲主義の原則の証明となった。この当時に至っても、敵側の空母の大半には『A-1』は満足に配備されておらず、それ以前の機種が爆撃\雷撃機の主流を占めていた。魔女派閥の妨害のためだが、既にジェット機を想定しての対空砲火を整備していた日本連邦の前には無力であったため、戦艦での攻撃が有効と判定されているためだ。
「ここまでの威力とは」
「大和型よりも大口径の砲弾を叩き込んでおるのだ。敵も想定外だよ」
リベリオンは46cm砲までの対応防御はどうにかできたものの、史実のような『水中弾』への対策はなされておらず、あっさりと大艦が沈む理由になっていた。
「水雷対策は、この世界では大正で停滞しておったからな。我々はM動乱とダイ・アナザー・デイで対策をしたが、敵はしておらん。上からの攻撃の対策はしたが、下からは想定外らしい」
「提督、敵二番艦と一番艦は向かってきます」
「改良型のようだな。責務を果たそうとするのは見上げたものだが、無謀な。二番艦を撃沈した後に、降伏勧告を旗艦へ打電せよ。連中とて、無謀な戦で全滅するような頭ではなかろう」
史実の自分自身への皮肉とも取れる発言をする宇垣。よほど堪えたのか、史実の自分を反面教師にしだしたらしき発言であった。この頃には、かの神重徳参謀も(艦娘・大和に非難されたのも大きい)失脚寸前に追い込まれたが、艦娘・多摩の擁護で首の皮一枚繋がるなど、提督や参謀級の将校の失脚が相次ぎ、勝ち組のはずの井上成美や山本五十六の実務能力に大きな疑問符が生まれるなど、海軍には『踏んだり蹴ったり』の時期であった。とはいえ、海自出身者に戦艦の指揮は無理であるのも事実であったため、首の皮一枚で繋がった者も多かった。
「二番艦を沈めたまえ。旗艦だけが残っても、何ら意味はない。降伏に応じるだろう」
「提督、三河、被弾。一番主砲塔の回転機構が損傷した模様」
「応急修理は可能か?」
「時間がかかるとのことです。当たりどころが悪かった模様です。二番主砲塔で応戦中」
「そうか。46cm砲を積んだようだな。装甲配置を見直させないといかんな」
「さて、その殊勲に免じて、一撃で楽にさせたまえ」
「ハッ。砲術長、やれるな」
「お任せを」
水戸の全砲塔が敵の二番艦に向けられる。53cm砲の三連装四基・12門が火を吹けば、たとえ、46cm砲防御を備えた戦艦であろうと、大破は免れない。53cm砲弾はそれだけの威力を備えていた。
「53cm砲は新式だからね、テストを重ねることが肝要なのだよ」
宇垣がそう明言した直後、砲弾が発射される。
「弾薬庫に当たれば、一発でボカチンだ。いくら46cm砲防御であろうと、この艦の砲弾はたやすく貫く。この時代の鉄板であれば、なおさらだ」
そう。新式戦艦の砲弾の素材は『1940年代の装甲板』とは比較にならない強度の素材で作られている上、貫通力もこの時期の既存技術での弾丸を超越している。そんな代物を撃っているのだ。
「命中!!」
「おおっ」
53cm砲弾が司令塔を貫いたか、改モンタナの司令塔が派手に破壊され、艦上は炎に包まれていく。仮にもダメージコントロールで当時に世界最高とされていたはずの米海軍艦艇も、その能力を超越する武器をぶつけられては、為す術もなかったらしい。そして、火災がボイラーや弾薬庫に達したのか、それとも、水蒸気爆発か。とにかくも派手に爆沈した。
「すごいですな……」
「これが本艦の威力だよ。近代兵装は戦艦には通じんが、砲弾はストレートに重装甲を貫ける」
戦艦の装甲板は戦車とは異なる作りであるため、セラミック材を用いた複合装甲を非装甲部の改良以外に適応できない。大和型は装甲が船殻に組み込まれている作りであるものの、ブロック工法で作られていたため、近代化改修も比較的に容易であった。後部主砲の撤去も俎上に載せられたが、史実のアイオワ級の例もあり、結局は維持された。結局、怪異相手には『砲弾が、既存兵器では最も怪異へ効率的であった』からだ。日本と違い、扶桑は空母機動部隊があるので、日本のような『万能艦』を目指さなくて良かったからでもある。日本は空母の近代化改修に熱を上げているが、天城型はあまりに古すぎ、翔鶴、瑞鶴、大鳳の三隻はジェット機対応には小さいという批判もあったため、結局は第一次改装で実在機の搭載実験、第二次でアングルドデッキ化と全艦のハリケーンバウ化という風に、なんとか使えるようにするための実験がなされた。蒼龍と飛龍は(史実の翔鶴相当の船体を持っていた)クーデターで損傷し、修理のついでの改装が検討され、飛龍のみがその完了を控えていた。蒼龍は損傷が大きく、結局は日本に売却されるなどの踏んだり蹴ったりの有様。日本がミッドウェイ級の鹵獲に熱を上げたのは『戦力にならない、多数の雲龍よりも、少数のミッドウェイのほうが役に立つ』と判断したからだ。しかし、ミッドウェイにしても、有に50000トンを超える大艦である。近代化改修に長い時間がかかるのは目に見えていた。(ミッドウェイの改装が終了し、旗艦となったが、同型艦の就航を待てとの指令により、港の肥やし化している)その間に、大艦巨砲主義が活き活きする皮肉な事態が発生していた。
「さて、思ったより楽に片付いたな。敵旗艦は降伏勧告を受諾したか?」
「発光信号で『協議を求む』と」
「よし、駆逐艦に監視させつつ、南洋に曳航させよ。本艦と三河はジョンストン島に向かい、敵の橋頭堡を無力化させるが、場合によれば、此方側が利用する」
海戦はあっさりカタがついた。ティターンズ政権に反感を持つ者は多く、残存艦が降伏するのは日常茶飯事であった。自由リベリオンはこのような手法で艦艇や人員を増強しつつある。このように、通常の兵器が主体になっているのは、リベリオン本国側の魔女の人的資源がダイ・アナザー・デイ及び、太平洋戦争開戦劈頭の潜水艦狩りで払底していたからで、魔女同士の戦闘はダイ・アナザー・デイのごく少数のケース以外には起きえなかった。ティターンズも『戦力とするには、人的資源の余裕がなさすぎる』と判断したのか、儀仗部隊としては残していても、実戦部隊を編成する事はなくなり、体の良い『捕虜交換』の材料に利用するようになっていた。また、捕虜の魔女を強化人間にするにしろ、ティターンズの技術では『狂人の再生産』にしかならないため、流石に彼らも強化人間の生産に興味を無くしたのである。(ただし、既に生産済みの強化人間は自爆兵器代わりに運用された)
――プリキュア達は社会貢献活動という体裁で軍に身分を持ったため、広報活動等も行う必要があるため、意外に多忙である。のぞみは生え抜きの扶桑軍人(魔女)を素体に転生した都合上、軍人になったプリキュアたちの模範になることが求められていた。その一方で、日本の官僚の無知によって、騒動の当事者になってしまうなどの災難にも見舞われている。別の世界では『プリキュア活動を成人までに引退している』ようだが、扶桑軍人としての彼女は全盛期の容姿を保ちつつ、プリキュア活動を続けていた(14歳前後の頃の容姿を保っている)。とはいえ、容姿は全盛期のままだが、精神的には肉体の元の年齢相応に成熟している。その関係上、酒類も私生活では嗜む(仕事柄、必要なことである)――
――パイロット兼任である都合上、のぞみは酒類をあまり飲まないが、ストレスが溜まった時の鬱憤晴らしが、酒類を飲み始めるきっかけであった。騒動の際に飲み始めたと述べるように、騒動の際に『子供だましの商売』と言われた事に深く傷つき、酒の力を借りて、眠りにつくことがあったという。騒動とデザリアム戦役は彼女を今一度、精神的な意味で『大人』に立ち還らせたわけだ。太平洋戦争時には、公の場で『嗜む』くらいに留めている。大人の世界では、そのほうが交渉が上手くいくからだ――
――彼女が当事者になった騒動で日本側に認識されたのが、『日本人に残る、旧軍人への強い侮蔑意識』であった。のぞみが歩兵科ではなく、航空科の軍人であり、陸士54期(黒江より4期下にあたる)のエリートであり、史実では、太平洋戦争の激戦を支えた世代にあたる事が真実であると判明した後、『此方側の認識不足だったが、そんな紛らわしい記章をするほうが悪いんだ』という責任転嫁の発言が飛び出す有様であったが、航空魔女の雇用に関わるため、結局は日本側が『扶桑の天皇陛下に謝罪する』羽目になり、のぞみは多額の補償金を支給された。『これ以上、ゴシップ紙にネタを提供しない』ことを条件に、『佐官への昇進と、教官資格の授与』がなされた。事実上の箝口令だが、扶桑の予備士官の転職に多大な悪影響を及ぼし、予備士官入りしていない扱いとなった彼らを『口封じのために、最前線で死なせる』政策を取った日本側が取った『目に見える形の謝罪』がのぞみへの補償であった。その関係上、最前線での戦果を求められるのも、彼女の辛いところであった。ブライアンはその経緯に同情したのも、入れ替わりを提案した理由であった――
――かくして、入れ替わったのぞみは、ブライアンの癖などを教わりつつ、TV出演に備えていた。のぞみが入れ替わった事で、ブライアンの肉体の緊張が解けたのか、全盛期の能力値に急速に戻り始めていた――
「……スズカか、どうした?そうか、ライスシャワーの意識がやっと戻ったか。ブルボンには知らせたか?そうか、それは良かったな。エアグルーヴに変わるぞ」
ブライアンは生徒会副会長である都合上、政権交代で役員になったウマ娘達から報告が上がってくる。その電話応対をうまいことしてみせた。口調もちゃんと、ブライアン本人に寄せているが、これは転生の恩恵である。
「そうか、ライスシャワーが意識を。数週間はかかったことになるな。ライスに事情を教えてやれ、ブルボンはどうした?」
と、エアグルーヴに交代する。ライスシャワーの意識が戻り、後は肉体的な治療のみだというのが知らされたわけだが、ライスシャワーの怪我は史実の死因になるレベルの重度のもので、佐渡酒蔵をしても、かなり至難の業である大手術であったという。タイシンが治療用ナノマシンを投与していなければ、間違いなく手の施しようがなかったと、サイレンススズカは報告する。
「そうか、タイシン先輩のお手柄だな」
「ええ。タイシン先輩(サイレンススズカはエアグルーヴより一学年下であるので、タイシンからすれば、『後輩』である)のとっさの判断が功を奏したと」
「テイオーに改めての報告をしておけ。そちらはどうだ?」
「なんとか、一時の混乱は収まったわ。OG達が政治的に守ってくれてるから」
「シンザン女史の意向か」
「ええ。ブライアン先輩が取引をしたみたい」
「奴が?……そうか。ここ最近、活発に動いていると思ったが、女史に接触していたのか」
シンザンはウマ娘界隈で絶対の権威を持つ『神のウマ娘』である。その政治力で過熱した報道を止めさせる、キングヘイローの母親への誹謗中傷に注意喚起の声明を出すなど、往年の名声で獲得した影響力を見せている。
「ええ。貴方はこういう裏取引とかを嫌うだろうからと、言っていたわ」
「柄でもないことを。奴は汚れ仕事を自分でする気なのか?」
「でしょうね。ハヤヒデ先輩は『優しい子だからな……』と」
エアグルーヴは複雑な心境であった。テイオーはまだ若く、学園生徒会の自治権維持のための汚れ仕事をさせる歳ではない。ブライアンのそうした裏工作を自分が引き受けると言わんばかりの率先しての行動に歯がゆさを感じる。
「それと、スペちゃん(スペシャルウィーク)を裏から守るよう、シリウス先輩に頭を下げたらしいわ」
「なんだと……!」
「ブライアン先輩、思い切りがいいようで、いくつかの方面の協力を取り付けていたのよ。これ以上、失うモノがないから……?」
「それもあるだろうが……」
エアグルーヴには分からなかった。これまで、生徒会の上役としての仕事をほとんどしてこなかったはずのナリタブライアンが急に裏工作をあれこれしまくるなど。スズカが生徒会の執行役員に就き、仕事を初めた事で判明したことも多かった。それほどに裏工作をしていた理由が思い当たらないのだ。
「また連絡するわ。引き継ぎが多いから、書類仕事が追いつかなくて」
「分かった。ブルボンとライスにはよろしくと」
「ええ。ブルボンも泣いて喜ぶでしょうから…」
と、嬉しい知らせと同時に、新たな謎が提示されたことになる。しかし、その実はブライアンが『姉との最後の対決を実現可能にするという目的があり、そのついでに、生徒会役員としての仕事をした』のであるのだが、ブライアンはこれまで、生徒会の役職に無頓着であったため、それに反するような行動を取るとは思えないからだった。
「……とのことです」
「良かったね、これで一つ肩の荷が下りて」
「ええ。ゴールドシチーはまだ治療中とのメールが入りましたが、ライスシャワーだけでも、目処が立って良かった。しかし、夢原女史。これが彼女たちに課せられた『運命』なのですか?」
「それに近い出来事が起きるって事になるよ。本人の意志力と努力で避けられることもあるけれど、トウカイテイオーちゃんとメジロマックイーンちゃんがそうだったみたいに、史実での引退の原因になった『何か』が起きる事があるだと思う」
「会長があなた方の医療技術の被験者になったのは……まさか」
「そのまさかだと思うよ。それと、彼女が現役時代に残しただろう、最後の『悔い』を引退後の今で晴らすつもりなんだろうね」
ルドルフがなぜ、処置を受けたのか?それは現役時代と生徒会長時代に残してきた『悔い』を晴らすためである事は、のぞみにもわかった。そして、それは『シリウスシンボリへの償い』である事は本人がそれとなく示唆していた。
「一体、何を」
「まだ確証はないよ。シリウスシンボリちゃんと関係があるのかもしれないけれど……」
「シリウス先輩……まさか、あの事を?」
エアグルーヴは以前にマルゼンスキーかから聞いていた。ルドルフとシリウスの関係が疎遠(シリウスが一方的に毛嫌いしているだけだが)になった原因と思われる出来事を。
「心当たりが?」
「ええ、前にマルゼンスキー先輩から聞いたことが一つ。今、走りながら言うべきことかどうか…」
二人は足慣らしとも言うべき、ランニングを始めていたため、それをしながらの会話に移行していた。ブライアンの肉体は怪我の後の緊張状態から解放されたせいか、全盛期のポテンシャルを再び発揮できるようになり始めていた。それはなぜか?彼女の不調が続いた原因は精神的なものも大きく作用していたためもあるだろう。エアグルーヴは自然と速度を早めていた。のぞみも肉体の素のポテンシャルだけで、以前の変身状態を大きく凌ぐ速度で走れることに驚いているようである。
「エアグルーヴちゃん。ちょっと、これ……速くない?」
「すみません。あなたの速度に合わせると、どうしても」
「そんなに出てる?」
「ええ。おそらく、ちょっとした自動車くらいには」
エアグルーヴもG1ウマ娘かつ、二冠(史実では成し得なかった『桜花賞』も制覇している)ウマ娘だが、ブライアンは全盛期、当代最強の名を欲しいままにした。その片鱗が蘇ったためか、エアグルーヴでも、かなり力を出さなくては並走ができない速度になっていた。
「現役時代に変身してた時よりも速いよぉ、これぇ!?」
「落ち着いてください、女史。今、高速での曲がり方を教えますから」
「ふひぃーー!早く、早くぅ!」
のぞみは学生時代の徒競走では、下から数えたほうが早かったため、戦闘での華麗な動きとは裏腹に、こうした形での『体の動かし方は』本当に苦手であった。戦闘で『プリキュアのエース格』でも、スポーツは勝手が違うのである。対して、エアグルーヴはマイル~中距離に適性を持ち、史実では、有馬記念で三位に食い込むなど、幅広いレースに対応できる『巧者』であった。この時に、エアグルーヴが教えたコーナリング技術は後に、のぞみとブライアンの双方に益となるもので、ブライアンも『奴はコーナリングの巧者だからな』と高く評価するに至る。伊達に当代の『女帝』と謳われているわけではないのだ…。