――のぞみAはなし崩し的に、ナリタブライアンとして、レースに出る羽目となった。そのトレーニング中、マヤノトップガンから、自身の乗機の変遷を尋ねられた。素体の頃の経験込みでいいのなら、と断りを入れて、陸海で迷っていた時期に『赤とんぼ』に乗ったのが最初だと述べた。プリキュアに戻った後は時勢と部隊の都合で『四式戦』には搭乗していないと教えた――
「どうして、四式に?」
「予定はあったんだ、一応ね。前身の二式戦の後期型はあたし……いや、正確には、あたしの体の『素体になった』子がテスパイだった流れで」
「乗ってたの?」
「うーん…、実戦じゃ乗ってないな。先輩たちに言われて、技能が素体から引き継がれてるかの確認で乗せられたきりだから。先輩もいじわるでさ。隼で充分なのに、鍾馗を使わせたんだから」
「ああ、あの殺人機って言われた……」
「海軍の雷電よりはよほどマシなんだけどね。あたしの素体の子はその最終型のテストパイロットだった」
魔女の世界での二式単座戦闘機は、前期型は智子がテストパイロットであり、後期~末期型は中島錦が担当であった。のぞみが立場を受け継ぐまでに、同機は既に三型の実用生産が間近の状態であった。
「で、その三型が曲者だったんだ」
「噂の誉エンジンでも積んでたの?」
「いや、アメリカのグラマンのエンジンを輸入して生産するつもりだったんだ」
「なんで?普通は国産品じゃ?」
「大直径のエンジンを前提にしてたから、国産の大馬力エンジンとのマッチングがね。で、本当なら、史実の四式の役目を背負っていたんだ」
錦から受け継いだ知識がソースだが、二式戦の設計は完成されており、国産大馬力エンジンを載せるのは後発の機体の方がいいという糸川技師の持論もあり、二式単座戦闘機の改良は大直径のエンジンである『R-2800』が採用され、本来であれば、1944年度の厳冬頃には制式生産のはずであった。つまり、史実における四式の役目を二式単座戦闘機の末期型が担うはずだったのだ。ところが、生産ライセンスの発行や生産ラインの構築前に呉の襲撃が起こり、リベリオン本国との連絡が断たれた事、日本連邦の発足で『二式は旧式だろ、四式に移行だ!』と日本側が判断し、計画を破棄させた事で、同機の制式生産の継続は潰えた。ところが、四式の実態が嚮導機である事で大問題が発生。日本の当局が長島飛行機のエンジニアを罵る事態に陥り、一時は長島飛行機のエンジニアや工員がストライキを起こす有様であった。その隙に、川滝航空機はキ100を史実通りの諸元で制作、見事にダイアナザーデイの決戦機と見なされ、大量生産となった。特に、ダイアナザーデイでは、日本軍出身のパイロットが大量に参加した都合もあり、キ100が持て囃されたという事情もある。
「で、あたしも素体の子の記憶があるから、残念に思ったよ。敵対が半年は遅れてれば、間に合ったからね、エンジンの生産ラインが」
「でも、コルセアやヘルキャットが出てきた時期だと、今更感あるよ、鍾馗は」
「モノは使いようさ。武器は取っ替えればいいんだし。何も、史実みたいに、40ミリ砲を強引に積むわけじゃないからさ」
魔女の世界では、中央の把握していない『現地改修機』が補給の都合で多種多様に存在していたため、ダイアナザーデイ当時の日本連邦の防衛当局の腰を抜かさせた。日本側は現地改修を禁止しようとした(ジェット機の配備に向けての措置であった)が、猛抗議で撤回されるなど、初っ端から日本連邦の財務局や防衛当局の『兵器の規格統一』の思惑は潰えた。マルセイユの一件からというものの、現場は『吊るしの新型機を回すな!!』という考えで一致していたが、敵戦闘機の高性能化への懸念から、当局は現場を剛腕で黙らせた。当時はヘルキャットとコルセアの高性能ぶりが盛んに日本側によって報じられ、連合軍の面子は丸潰れも同然であった。特に、連合軍の主力はメッサーシュミットのF型やスピットファイアの前期型であり、史実でとうに投入済みの型式すら、まともに出回っていないということはスキャンダル扱いであった。地球連邦の助けで工業規格の再統一が始められ、その規格で生産される新型機は結局、1945年春以降の生産となった。その際に設計が済んでいたのが紫電改、烈風、キ100などの機種であった。日本側はそれらに加え、扶桑では『乙戦の習作』と見なされ、増産予定のなかった雷電を緊急で増産させた。B-29の投入を見越しての決定であり、横須賀航空隊の反対意見を一蹴しての命令であった。
「海軍のほうが大混乱だったけどね。ダイアナザーデイの機種選定は防衛省が決めて、横須賀の連中、蚊帳の外だもの。知り合いがいたから、解散前に聞いたら、すごく不満がってた」
「乙戦でしょ?」
「うん。ああいう防御的発想の兵器は嫌いなんだよ、連中は」
海軍航空隊は攻撃精神旺盛な一方、防衛に無理解なところがあり、坂本はその点で友人に後輩の恥を晒す羽目になった。転生後でも、菅野は乙戦の運用思想を軟弱と口にしたからで、坂本は『教育』する羽目となった。
「空軍の設立前だったし、ダイアナザーデイ。坂本先輩、怒り心頭でね。直枝を教育してた」
「わーお……日本軍お得意の修正?」
「先輩が止めたけど、坂本先輩、たぶん、グーで殴っただろうな。あと数秒遅かったら」
「その子は?」
「その日のうちに、大先輩が率いる雷電の中隊との模擬戦を命じられて、最後の方は泣いてたっけ…」
「うん、さすが……」
「日本軍最強のパイロットが雷電の中隊の指揮官だもの。生身でも普通に、プリキュアより強いよ。あたしなんて、一本背負いやら大外刈りでぶん投げられたもの」
「うそぉ」
「あたしら、現役時代はぶん投げられた経験ないからさ。そこを怒られたんだよなぁ。たるんどるとか。大先輩、合気道も上位の使い手だから、投げられまくったよ」
赤松はありとあらゆる武道を極めた猛者である。黒江の師匠であるので、当然ながら、黒江よりも格闘スキルは数段上であり、のぞみはキュアドリームの状態で投げられまくるわ、寝技で気絶寸前に追い込まれるなど、手も足も出ない有様である。赤松は素でプリキュアより怪力である上、聖闘士であるので、普通に必殺技も無効化してくる。ダイアナザーデイ当時から、のぞみはもっぱら、投げられ役であった。そのためか、空間騎兵隊への出向を耐え抜けたのである。
「だから、耐えられたんだよ、空間騎兵隊の訓練に。でもさ、堪えるのはさ。渾身のパンチをノーガードで受け切られて、『その程度の力では、薄皮一つも……』なんて言われること。あれは精神的に落ち込むね」
「バトル漫画でありがちな場面だけど、される方は来るの?」
「舐めプされてるってことだからね、あれ。先輩たち曰く、聖闘士になると、一回は言いたい台詞回しなんだっていうけどさ~…」
のぞみAは訓練の際にそういう場面に多く遭遇し、聖闘士との地力の差を嫌というほど見せつけられてきた。戦士として最大限の屈辱であると同時に、自分は何度も見せつけられる側だったと話す。
「だから、偶にはドヤ顔してみたいんだよ。これでも、プリキュアの実質的なナンバーツーだってのに」
「なるほど~、それがのぞみちゃんの本心?」
「転生してから、もっぱら苦難が続いたしね。子分ポジっぽい立ち位置が続いたのもあるなぁ。旦那と結婚できたけど、偶にはドヤってみたいんだよぉ」
「そいや、のぞみちゃん、敵のほうが強い状況続きな上、前の戦いだと、友達と喧嘩してきたんだっけ」
「そうなんだよ~!」
『偶には、周囲にドヤってみたい』。ちょっと俗っぽい願望だが、ある意味では、自分の戦士としての沽券に関わるという危惧も働いていたのだろう。赤松は言うに及ばず、黒江達にも(パワーアップを重ね続けても)追いつけないからだ。(もっとも、黒江達の強さの理由は『数回の転生で重ねた修練の成果』なので、のぞみは文字通りの『青二才』だが)
「もしかして、沽券に関わるって思ってる?」
「これでも、昔はプリキュアオールスターズきっての切り込み役で鳴らしてたからね。今からすれば、大昔みたいな感覚になるけど……あたしにとっては、誇りみたいなものだったんだ」
マヤノトップガンのカンの鋭さに舌を巻く、のぞみA。彼女は大人のぞみと違い、戦士であり続けていた世界線からの転生者であるため、戦士としての自分にアイデンティティを強く見出している。教師としての転職を潰された後は実質的に、隊内で後輩や仲間の教官役をしている事により、『何かを教えたい』という欲が自然に解消されていった事も作用しているのは確実だろう。
「別のあたしとは違う生き方になる自覚はあるよ。向こうは『世界から求められれば』っていう感覚だけど、こっちは戦場が自分のいる場所だからね。自分が戦う理由はまだ見いだせてない。昔は明確にあったけど、娘に否定されたからね…。それで、望んだことが『自分を幸せにするとは限らない』って知っちゃったんだ。知りたくなかったのに…」
のぞみAは前世での実子からの罵倒が心の傷として強く残っており、前世でも、常に自分をかばってくれていた、りんに強く依存するようになっていた。デザリアム戦役で、その実態を醜態という形で周囲に晒してしまった事を深く恥じ、『人として強くなりたい』と願うようになっていた。故に、当代最強のウマ娘と名高い『ナリタブライアン』の体を借り、一時的に彼女の立場をロールプレイすることにしたのだろう。
「前の戦いで、あたしは周囲に迷惑をかけた。自分の身勝手がどんなに周りを振り回してたか……だから、強くなりたいんだ。精神的な意味で」
「だから、ブライアンさんの体を借りたんだね」
「彼女の立場を演じれば、何かがつかめる。そう思ったからだよ」
「でも、誰もがさ、弱さは持ってるよ。ブライアンさんもそれは同じ。あなたの戦士としての強さは、落ち目って見られてるブライアンさんには眩しく見えた。だから、のぞみちゃんの話に乗った。マヤ達はどうしても、ピークをすぎると、どんなウマ娘でも、最盛期の実力は出なくなる。引退レースで勝てるウマ娘なんて、一時代を築けたレベルかつ、幸運に恵まれてないと、できないからね。史実を知っちゃうと、抗いたくなるさ」
実際、競馬(レース)を知らない者からは『引退レースで勝ててこそ』と言われるが、引退後に功績を残した馬(ウマ娘)も多い。だが、実際問題、『強いのはいくらでもいるが、愛されたのは数える程度』とも言われてもいる。ルドルフにしても、遥か後の時代になると、その功績が語られることは少なくなっている。(ルドルフは現役時代、王道を行き過ぎる走りとその圧倒的な強さが仇になり、人気のない方であった)ブライアンに至っては(直系の子孫がいないのもあり)レースでの功績は忘れ去られたも同然であった。
「だから、引退するしても、最後に勝って終わりたいんだと思うよ。次の世代の子達の記憶に残るように、ね。オグリさんがそうであったように」
ブライアンはドリームトロフィーに招待がされている(肩たたき)。表向きは上位リーグへの進級だが、事実上は引退勧告であった。シンザンは『衰えた者の興行にすぎない』と揶揄される(元々、ハマノパレードなどの最期が悲惨過ぎたので、色々な政治的兼ね合いで設立された『顕彰制度の一環』であったが)ドリームトロフィーの改革に乗り出し、オグリやタマモが全盛期のポテンシャルを取り戻した事を宣伝に利用するなど、強かなところを見せていた。シンザンは自身への非難すらも上手く利用し、自身の政治的地位の確立を進めていってるわけだ。
「あなたはどうするの?」
「そうだね~……あと数年は続けるつもりだよ~。やり残した事も多いし」
一度、足を駄目にした(未来世界の技術で完治したが)事もあり、自身の将来も考えだしているらしいマヤノトップガン。
「マヤ達と違って、のぞみちゃんは因果な仕事だよ。後輩がどんどん出てきても、何かの要因で後輩が負けたら、出張らないといけないからね。仮面ライダー達もそうだけど、最後の希望にならないといけないからね」
実例として、シャドームーンにライダーブラックが敗北した後、人々は20世紀から語り継がれる伝説にすがり、10人ライダーの復活を望んだことは記憶に新しい。のぞみAは頷く。
「……うん。あ、一つ聞いていい?ハルウララって、そっちの世界にもいるの」
「いるよ~。スペちゃんたちと同じ世代だね」
ウマ娘世界の判断基準では『何故、中央にいられるのか?』という成績であるハルウララが名だたるエリートウマ娘達から何故、評価されているのか?それもウマ娘世界の人々にとっての謎であったが、史実同様に『負けることで逆に人気になった』ウマ娘であった。皮肉なことだが、関係者の想いが世間に否定された実例の一つとなっている(勝っても評価されないマルゼンスキー世代のウマ娘と逆に、負け続けた事で評価された)。
「その子、どういう風に見られてるの?」
「トレーナーちゃん達の中には、冷ややかな目で見てた人もいるよ。だけど、世間の盛り上がりで押し黙った。SNSが炎上すれば、ガチでクビになっちゃう事あるし、世間は『清々しいほどに負け続けた』事を逆に評価したからね」
ハルウララはトレーナー界隈からは冷ややかに見られていたが、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアンの三代の『王者』がその健気さを高く評価した事により、中央からの追放を免れていた。本人は知らない(知らせていない)が、その三人が裏で防波堤となって、世間の風潮を味方につける形で守っていたのである。
「ブライアンさんは全盛期からの落差が大きすぎて、それでトレーナーちゃんを奪われたんだ。それもあって、勝てなくなったんだよね…。だから……オグリさんが起こした奇跡にすがったんだと思う」
「その道筋を作ってあげるのが、あたしの仕事になるね」
「そういうこと」
こうして、のぞみAはブライアンに最後の花道を歩かせるための大仕事に取り掛かっていく。マヤノトップガン、ビワハヤヒデなどの協力を得て。折しも、次世代の新星『ディープインパクト』、『オルフェーヴル』が台頭を始め、世間の注目は彼女らに向き始める中の『前世代の王者の復活』というのは眉唾物の話であった。ブライアンはオグリの伝説を見たことで、トレセン学園に入る決意を固めた。オグリの残した光は一人の後輩の拠り所となり、道を照らそうとしていた…。
――後日――
「さて、今日のメインレースには、ナリタブライアンが出走します。規定改定により、今年度より、低グレードであっても、勝負服の着用が許可されました……」
後日、のぞみAは特訓の末に、ウマ娘の体の扱い方を習得。ナリタブライアンとして、レースに出走していた。転生後は現役時代のドジっ子成分が薄れ気味なために可能な事であった。そして……レースはスタートした。
(なるほど。コース自体は人間の陸上競技のそれを長くしたようなものだね……。数千mを時速50キロ以上で走り続けるってのは……)
たいていのステークスは1800~2400mの距離である。元々、長距離でも無敵を誇っていたナリタブライアンにとっては『軽いジャブ』のようなもの。
(……元の体なら、プリキュア化してても、全力疾走をこれだけ続けたら、スタミナが持たないだろうな。流石は……『五冠馬』……)
ウマ娘のスタミナはヒトを通常は『遥かに超える』。ましてや、数千mもの距離を時速60キロ超えのスピードで走り続けられるなど、普通の人間では不可能だ。(流竜馬やドモン・カッシュは余裕で可能だが、彼らは超人である)
(ここだ!!)
――ナリタブライアン、ロングスパートに出た!!以前とは走り方を変えたようです!!――
ブライアンは本来、差し戦法で一世を風靡した。だが、肉体が蓄積していた疲労や負担に耐えられなくなり、怪我の寛解後も『感覚のズレ』が生じ、往時の走りを失っていった。そこで、完治後の肉体を使うことになった、のぞみAは『追い込み』戦法を用いた。つまり、後方に位置し、自分が全体のスピードを上げてしまう事で、全員のスタミナを消費させる。かつて、スーパークリークの取った戦法であった。そして、最後の直線にさしかかるところで、ブライアンの肉体がのぞみの魂に訴えかける。『レースに勝ちたい!!』と。のぞみはそれに応え、追い上げを始める。その瞬間、かつてのライスシャワーや、ナリタタイシンがそうであったように、研ぎ澄まされたウマ娘の肉体に『鬼が宿った』。
「な……!?」
このレースを観戦しに来ていたミホノブルボンやキタサンブラック、サトノダイヤモンドなどの表情が瞬く間に驚愕に満ちた表情になる。ブライアンの目からは『アオイホノオ』が発しられていたからだ。
「あれは……あの焔は……あの時の……ライスが……タイシンさんが……発していた……!?そんな……事が…!?」
ミホノブルボンがそういうので精一杯なほどの衝撃がそこにはあった。『逃げていた』先頭のウマ娘が必死の表情で走るが、スピードの差は明らかであった。瞬く間にブライアンが追い抜き、直線で何馬身もの差がつく。まさに、セーフティリードであった。
「圧倒的な強さーーーーー!ブライアンに陰り無し!!ブライアンに陰り無し!!完全復活と言っていいでしょう!」
その実況がすべてを物語っていた。戦法を往時から変えたにも関わらず、全盛期そのままの圧勝。古馬戦線に一石を投じるというのにふさわしい勝利であった。勝利インタビューはブライアン当人が『心境の変化を演出してくれ』と頼み込んでいた事もあり、無愛想なそうに装いつつも、質問にはすべて答えていく。ウイニングライブは『BLOW my GALE』で決めた。余談だが、その模様をTV中継で見ていたサクラローレルが『ブライアンに輝きが戻った』事に笑みをこぼし、『それでこそ、私が倒すべき価値があるよ……ブライアンちゃん』と述べ、ある種の『こじらせている』様を見せつけていた。その姿は彼女のルームメイトのセイウンスカイに(思い切り)引かれており、これを巡りにめぐって、スペシャルウィークがブライアン本人に知らせたところ、『私も……厄介な奴に好かれたものだな…』とぼやいたという。なお、ウイニングライブの曲は勝者による裁量が効くため、のぞみは自然と『ノリの良い曲』を選んでいたわけだが、ブライアンの体を使うことで、本来持つ『絶対音感』がまともに機能し始めたためか、歌唱力が『現役時代が嘘のように』アップ。『違和感は全くなしだよ~』と、マヤノトップガンから太鼓判を押されたのである。また、それに目をつけた日本連邦軍広報部の提案で、ここから更に後日、カバーアルバムを本当に出す事になり、仲間のキュアレモネード/春日野うらら(前世はアイドルから俳優へ)を差し置いて、本当にCDデビューを果たしてしまい、元は本職の芸能人であるキュアレモネードに思いっきり、ぶーたれられたという。
――戦闘があちらこちらで続いているが、常にそうであるわけではなく、平穏に終わる日もあった。大人のぞみが白色彗星帝国の第二陣を撃退した翌朝はそれであった。ゆいが起こしに行くと、ベットまで辿りつけず、その前で座り込む形で、いびきをおっ立てるキュアドリームの姿があった――
「ほら、ドリーム。朝だよ」
「あ、ごめんごめ……え、もう朝ぁ!?い、今、何時!?」
「朝7時半。一端、変身解いてシャワー浴びたら?」
「そ、そうだね……そうする」
大人のぞみは変身を一端解き、シャワーを浴びてから、再度の変身をする。卑弥呼の能力でのぞみAの持つ能力が移植されている都合、キュアモ(変身アイテム)がなくとも、変身可能である。
「ほぇ……アイテムなくても、変身できたの?」
「今はね。パワーアップしたから」
それが図らずも、大人のぞみへのプレゼントとなった。自分は教師生活でデスクワークが増加した事、それなりに場数を踏み、担任を任せられるまでに成長した。だが、十数年の内に、基礎体力自体は大きく低下した自覚があるし、正直、往年と同じように戦えるかと言われれば、微妙であると言わざるを得ない。自分は歴代のプリキュア戦士でも『場数を踏んだ』方だと自負していたが、それももう、十数年前のことだ。変身していなければ、ハード極まりない軍務には耐えられないという自覚もある。
「教師生活してると、他人には勧められないってこともわかってくる。下手に熱心だと、上役に睨まれるからね。教育実習の頃からさ。私は若い頃から教育に熱心だったから、特に睨まれてたもんさ」
「うぇ…。教育学部の出で、それ言う?」
「だから、学生時代のツテで、私立の学校に就職したんだ。だけど、それでも辛いことは結構多いよ」
大人のぞみは教育学部の出身である事、教師になるために血の滲むような努力を繰り返したが、待っていたのは『重い社会の現実』であったことを話す。
「だから、本当は軍隊と縁なんてないんだ。今、士官待遇なのは、別の世界線の私の身分を借りてるからなんだ」
「別の世界線の自分って……。いいの?」
「上の人たちが伝えるって。それに、なんやかんやで、その世界線の自分の知識や経験、能力をインストールされちゃったからね。受けた恩は返さないとならないし、それで地球を……教え子達を守れるなら、悪魔とも契約も結ぶさ」
「ってことは、その世界線ののぞみちゃんは……」
「バリバリの職業軍人。士官学校出のね。転職も考えたけど、政治に潰されたみたい」
のぞみAの辿った道は大人のぞみから見ると、ある意味では哀れであるが、自分以上に成功を収めているように思える。自分はしがない一教諭だが、向こうは軍でも指折りのエースパイロットであり、佐官。更に、トップエース部隊の幹部扱い。軍人として、これ以上ないくらいの名誉ある仕事である。
「向こうの私が羨ましくなるくらいに、堪えることが今回のことが起きる前にあってさ。つくづく、自分の立場の弱さってのを痛感したね…」
大人のぞみは教え子の転校をやめさせようと奮闘したが、結局は現実に打ちのめされるのみであった。そのため、社会的地位の高いのぞみAが羨ましく思えるらしい。だが、彼女とて、政治の都合には勝てなかったのは事実だ。大人として『プリキュア戦士である』事を打算的に利用したことは、学生時代の自分なら罵倒するだろう。だが、泥をすすってでも、守り通さなくてはならないモノができた身である以上、昔のように、清廉潔白ではいられない。自分の親たちも、子供には言えぬ事の一つや二つはしたのだろう。それが大人というものだ。
「昔みたいに、清廉潔白じゃいられない歳頃になったからね。大人の世界で生きてると、清廉潔白じゃいられない時は一回はある。あたしは今回の事でそれを実感した。だから、別の自分が軍人なら、その権限を最大限使う。きれい事ばかりじゃ、自分の主張も通せないからね」
大人のぞみは世界を守るためなら、自分の手を血で汚す覚悟であった。大人の世界の汚さ、息苦しさを目の当たりにしつつも、社会を知らぬ青二才ではない。かといって、年齢的には青年の範疇ではある年齢であり、歳を取っているわけではないが故の視線で結論づけたのは、『泥をすすってでも、地球を、友達を、家族を、教え子を侵略者の魔手から守る』というもの。キュアドリームとしてのコスチュームの上に、地球連邦軍(ロンド・ベル)の軍服を羽織る姿は、そんな彼女の覚悟の表れ。ゆいはその決意に圧倒され、言葉もなかった…。