――オトナプリキュアの世界での動乱は世界規模の動乱となったが、各国はまとまった対応が取れずにいた。日本政府は結局、政権の転覆と批判を恐れ、対応の判断を国連に委ねるという醜態を晒した。地球連邦軍はそれを発表した日本政府に『国連軍』と称し、協力を要請。自衛隊を事実上の指揮下に置き、次いで、米国を始めとするNATO諸国とも協議に入った。核兵器すら通じない宇宙人に立ち向かえる力を持つのは『プリキュアのみ』。それでは、各国軍の面子が丸つぶれだからだ――
――白色彗星帝国残党艦隊――
「地球艦隊め。主力を防衛に割いているか」
「提督、如何なされます?」
「バルゼーと連絡がとれんが、やるしかあるまい。水雷戦隊と空母機動部隊はいくらでもある。20隻や30隻がやられようが、蚊ほどでもない。地球軍はヤマトや一部の旗艦級に戦力を依存しておる。それらさえ倒してしまえば良い」
ナグモー提督は地球連邦軍の戦力の現状をよく分析できていた。彼らもヤマトとアンドロメダ級を『侮りがたし』とし、圧倒的物量ですりつぶす選択を選び、水雷戦隊と空母機動部隊をその戦略で運用していた。いくらでも代わりはあるのだから。空母だけでも、軽く400を超えるので、20隻や30隻の損失は痛くも痒くもない。この思考からは、かつての死闘は白色彗星帝国の全軍と相対したわけではなかった事がわかる。彼の手元にある空母は多くが中型の高速空母。日本海軍で言う蒼龍型のようなものだ。とはいえ、艦載機の搭載数は地球連邦軍の空母の多くを上回るため、物量は膨大。それが連邦軍が奇襲攻撃を毎回選ぶ理由であった。
――地球連邦軍もそれは見抜いており、『ガイア』にも協力を仰ぎ、無人艦と無人戦闘機で戦力を増強し続けていた。しゅんらんはそのコントロール機能を備えており、艦隊の再編が進み、有人艦が4、無人艦が6の割合の艦隊編成となりつつあった。これはアースの人的資源が枯渇の一歩手前であり、艦載機部隊にしても、たとえば、古代進、アムロ・レイ、ロイ・フォッカー、エイジス・フォッカーなどの一部の超熟練パイロットに負担がかかる構成になっており、否応なしに無人戦闘機に戦力の多くを頼らざるをえない状況である。飛行時間が比較的に少ない部類に入るとはいえ、『のぞみA』がいたら、間違いなしに飛行大隊の指揮をやらされていただろう。ジオン系の軍人の地球連邦軍への恭順も進められているが、ラプラス戦役でだいぶ戦死したため、宛が外れた形である――
――宇宙戦艦ヤマト 艦内――
「あんたら、どういうことなのよ!?なんで、軍の将校扱いなのよ!?それに、どういう流れで宇宙戦艦ヤマトにいんのよ、あたし達!?」
「あ、ヤマトはわかるんだ」
「ま、まぁ……じいさんが若い頃に見てたって言ってたから」
大人りんは取り乱しまくりである。のぞみとラブが普通にヤマトの艦内の作りに精通し、オートウォークで第一艦橋(航海艦橋)へ向かっている事にツッコむほどは頭が回らないようだ。
「第一艦橋へいって、挨拶はするよ。コスモハウンドを借してくれた礼は言わないとね」
第一艦橋。ヤマトの航海艦橋である。アースのヤマトでは、戦闘指揮も殆どがここで済ませられる。ミノフスキー粒子で、CICの重要性が以前より低下した時期の設計であったためだ。後に第二艦橋にその機能が保たせられたが、沖田十三を始めとし、古風な指揮官が多かったヤマトでは、殆ど使われていない。(そのため、艦長席は誘爆で死傷しやすいと不評だ)
「夢原のぞみ以下数名、参りました」
「ご苦労」
先に着艦していた古代以下の幹部クルーが出迎えてくれた。古代は珍しく、長年着用している制服の上に、艦長である事を示す上着を着ている。地球連邦軍の中でも、超トップエリートの証であるものだ。のぞみ、ラブが手慣れた手付きで海軍式敬礼をするので、残りの二人も慌て、とりあえずは頭を下げる。
「コスモハウンドを貸してくださって、ありがとうございます」
「お安い御用さ。君たちには、プリキュアとして任についてもらう。敵は各地に揚陸部隊を送り込んでいる。その掃討から始めていく」
「ハッ」
宇宙戦艦ヤマトの艦橋は元になった『大和型戦艦』の艦橋を基本ベースに、宇宙戦艦らしく拡大したものである。ミノフスキー粒子で旧来の電子機器が無力化していた時期の代替機器が積まれているため、古めかしく感じる箇所も多い。(実際、何回か被弾で誘爆が起こり、クルーが負傷する事故が起こっていた)これがより後に建造されたアンドロメダであれば、デジタル化に回帰し始めているが、ヤマトは准同型艦達に比べても、アナログっぽさがあるのだ。
「佐渡先生が待っているから、夏木くんとゆいくんは医務室で一応の検査を。夢原くんと桃園くんは私と来てくれ」
大人りんとゆいは佐渡酒造による身体検査があるようだった。のぞみとラブは着艦前に言われていたように、ヤマトのバーに連れていかれる(スナック・ヤマト)。士官専用のバーで、移民船であった時期の名残である。
「艦長就任の内定、おめでとうございます」
「ありがとう。私としては、受けるか迷っているが、新設の第13艦隊の旗艦にヤマトが推されていてね」
「第13?」
「聞こえはいいが、ガトランティスとデザリアム戦役の敗残艦をかき集めたもので、駆逐艦や巡洋艦は少なめだ」
地球連邦軍は二つの戦役で生き延びた戦艦や空母などで新設の艦隊を作る事を構想していたが、連邦政府は新造艦による新編の無人艦隊を編成することにまだこだわっていた。レビル将軍は猛反対しているが、人的資源の枯渇という大義名分があるので、文句は彼でもつけられない。どこかの小説にありそうな展開だが、地球連邦軍の良識派は有人艦と空母重視し、政府の多くは無人化を諦めていない。その相克が連邦軍の足枷化しているのだ。なお、その艦隊の編成に加わっているのが、かの『トチロー』の先祖の一人で、子孫と同じように連邦軍の技術本部に務めていた、当代の大山家当主である。キャプテンハーロックの親友であるトチローの直接の先祖の一人であり、波動エンジンに関わった初期のトチローである。容姿は子孫と瓜二つであり、古代守と真田志郎の同期であるのも、子孫と共通する。
「我々の時代のトチローさんの発案だそうだが、子々孫々まですごいの考えるからな、あの人は」
古代は苦笑交じりだ。キャプテンハーロックが兄の末裔の一人であるのを聞いたためだろう。30世紀のトチローは『戦士の銃』(個体によって、原理が異なる。最も強大なものは『拳銃サイズのプラズマ波動砲』だ)を作れたので、その先祖も凄まじい天才だろう。
「重力サーベルも、ですか?」
「おそらくはな。原理自体は我々の時代に確立されていたからな。作るのがいなかっただけで」
「しかし、貴方方の世界の日本はなぜ、戦争を切り抜けられたのですか」
「君らが生きた時代にジオフロント化の研究が進んだろ?我々の祖父の代でそれが究極に達した」
「確かに」
「それと、我々の時代で判明したが、関東平野自体が歴代の1000年女王の手で『方舟』としての機能を持たされていたのだ。ガトランティス戦役の時は本気で起動が検討された」
「関東平野…丸ごと?」
「そうだ。東京にその機能中枢があった。20世紀の後半に起動がされた形跡があったが、公式記録にはない」
なんと、日本の関東平野そのものが一個の都市宇宙船に改造されていたのだ。これはひみつ道具時代の日本政府も把握していなかったものだ。(後に、その時代に地球を守護していた『雪野弥生』(後のプロメシューム)が起動させたと判明する。また、各地の主要都市の一部にも、歴代の女王がその機能をもたせようと奮闘したような形跡があったとも判明する。完全な機能が備わっていたのは日本の関東平野であったが、一部の機能はニューヤークに備わっていたともいう。
「完全に機能が生きていたのは関東平野だけだったが、世界各国の古い大都市に同様の改造が試みられていた痕跡がある。アフリカの大都市は機能が生きている事を確認した。後は欧州のみだ。北米は完全に機能が死んでいた」
「なぜですか?」
「北米は米国とカナダがあった。故に、ジオンがこっぴどく攻撃をした上、統合戦争の激戦地だ。これでは、方舟の機能も死ぬよ」
北米とオセアニアの『方舟』は地殻自体に大ダメージが与えられたため、せっかくの努力がフイになってしまったのだと、古代は言う。連邦政府が把握していれば、シドニー、キャンベラ周辺を方舟化して退避させられただろうとも言い、ジオンと反統合同盟の愚かさを批判する古代。とはいえ、日本の立地の良さも、方舟を温存させられた理由だろう。そのため、地球連邦政府は東京にフォン・ブラウンの予備としての機能を持たせ続けたのだろう。
「ジオンはその存在を?」
「だから、ハインライン計画が立案されたんだろうな。ギレン派だけが方舟を知っていたようだからな」
のぞみとラブはまさか、関東平野自体がノアの方舟の巨大版にされた世界があるとは思わず、圧倒された。また、タウ・リンが再利用した計画の根拠がその方舟だったのも、新事実だ。
「あの計画、荒唐無稽じゃなかったんですね」
「方舟が生きていれば、数十万人かは生き延びられ、新天地で文明を再建できる。そういう確信があったんだろう。実際、聖書のノアの方舟はそういう物語だ」
大人のぞみはここで、別の自分が阻止に奔走した計画の真の理由を先に知った。ギレン・ザビは方舟を前提に計画を立案させていた事、意図的に日本をコロニー落としの標的から外し、関東平野を自分たちに従う民の避難に使うつもりであったと。つまり、ギレン・ザビは家族すら切り捨てるのを前提で、最後の方は生存戦略を練っていたのだ。
「ギレン・ザビは良くも悪くも、天才だった。シャア・アズナブルのように、感情論で隕石を落としはしなかった…そう考えるべきだな」
古代も、そこは認めざるをえない点に、ギレン・ザビの非凡さがあった。実際、後のジオンにギレンほどの超然たる天才は現れなかった。史実でのジオン最後の大物『フル・フロンタル』の思想もギレンに比べれば、矮小そのものだ。人間性は大きく欠如していたとはいえ、天才ではあった。
「この世界には、それはない。我々が体を張って守るしかない。近いうちに最初の一戦がある。蘇生体が大々的に利用されることは覚悟しておいてくれ。あれをやられると、耐性のない者は心をやられる。我々が空間騎兵を動員した理由も、蘇生体が理由だ」
「……はい」
「君たちの仲間にはつらいだろうが、この世界を蹂躙されるわけにはいかない。それは理解させといてくれ」
古代は珍しく、コーヒーを口にする。白色彗星帝国は他の国より残虐非道の国家である。かの恐竜帝国すら可愛いものだ。多くが戦いから離れていた『この世界のプリキュア』にはつらい戦いとなるのは目に見えている。だが、真の戦いは非道な行為は当たり前であろう。古代はガミラス帝国との戦い以来の長い戦歴により、それを悟っていたのかもしれない。愛こそが戦いの原動力足り得るのだと。
――この世界のプリキュア達のうち、現役の戦士であったのは、ドキドキ以降の直近の十チームであったが、そのうち、魔法つかいは64Fにいるほうを割り当てる手筈であった。また、『プリンセス』も欠員が一人(キュアトゥインクルがいない)が、64Fにいる彼女たちを割り当てることになっているので、意外と『オトナプリキュアの世界』のプリキュアは参戦するチームは少なかった。初代の三人は所在不明(5、S☆Sも所在を知らない)、フレッシュチームはキュアパッション(東せつな)が異世界人であった都合、全員が揃わない上、別のラブ(64Fにいるラブ)が実質の代表で参戦済みだった。
「初代の三人の所在は知らないのか?」
「はい。私達の現役時代はまだ、携帯電話を全員が持っているとは限らない頃で…」
のぞみはバツが悪そうである。のぞみが現役であった『2007~8年頃』は『学生の全員が携帯電話を持っているとは限らない』時代の最後のあたりであった。そのためか、現役時代は親しい仲であったのぞみ、ラブ、咲の三人も互いの連絡先を知らなかった。それが巡り巡って、いざという時に協力を仰げないという最悪の事態を招いたのだ。
「…そうか。いれば、心強いんだが」
「申し訳ありません…」
とはいえ、これだけの事態だ。どこかで三人もニュースを見ているはず。自分たちが戦っていれば…。それが大人のぞみの抱く希望であった。幸いにも、2022年当時の現役プリキュアである『デリシャスパーティ』の協力を得られたのは僥倖であった。ゆいは検査の時に『他のプリキュアも君の必殺技を会得したぞい』と聞かされ、驚天動地の心境であった。古代との会話を終えた二人が『ヤマト亭』で食事をしていると。
「のぞみちゃん、ラブちゃん!あたしの『2000キロカロリーパンチ』を覚えたって本当!?」
と、ゆいが大慌てで駆け込んできた。
「うん。いちかちゃんからのルート……かな」
「えぇ~!?ラーニングできたの?」
「らしいんだよね。あたし達はいちかちゃんから聞いて、覚えたから」
「三人で『6000キロカロリーパンチ』できるってこと!?」
「そうなるねぇ」
「おぉ~!!」
ピンクチームは元々、ブラックが先頭に立ち、『プリキュア・コラボレーションパンチ』という合体技を持つが、ブラックがいないと発動できない弱点がある。それを補うために、いちかが始めたのだと、ラブが説明する。
「今度、一緒にしてみようか」
「うんっ!」
大喜びのゆい。無邪気な姿に、のぞみは若かりし頃の自分を見たような心境になったようだ。
「若いっていいねぇ」
「26歳の台詞じゃないよ~」
と、ラブにからかわれる。とはいえ、この動乱が始まるまでは、大人のぞみは立場の都合もあり、かつての熱さを失いかけていたのは事実だ。肉体的に全盛期を保つラブは現役時代そのままだが、のぞみは精神的には26歳の状態で戦いに戻ったので、眩しさを覚えるのだろう。
「余分に70年分以上の記憶が入ったからね。自分がどう死んだのかも。考えようによっては怖いけど、これからどう生きるかの指標にはなるよ。これからは多分…ね」
転生込みの記憶と経験、能力がフルインストールされた影響か、以前よりポジティブに物事を考えられるようになったらしい。
「一度、おばあちゃんにまでなった記憶を侮らないほうが良いよ?」
「それはあたしも同じさ」
「お互いに難儀だねぇ」
ラブとのぞみは共に顔を向け会い、笑い合う。
「む~!この時代の現役はあたしなんだからね~!」
「わかってるって。年寄りの冷や水ってか見られたくないってだけさ」
「うん。高校生でプリキュアしてる人、いるしねぇ。それも結構」
「あ、あたし達の後に『大人』のプリキュア出てくるかもしれないよ?」
「どういう事?」
「いや、あたしも別の次元の戦いに呼ばれた事があるんだけど、その時に来年のプリキュアって子たちに会ったんだ。確か……キュアバタフライったっけ…。名前は聖あげはとか……?」
「!?」
大人のぞみはその名前を聞いた途端に顔色が変わる。
「ど、どうしたの?」
「ゆいちゃん……。その子、もしかしたら、あたしの教育実習時代の教え子かもしれない」
「えーーーー!?」
ゆいも驚きだが、のぞみは2022年時点で26歳。キュアバタフライの聖あげはは、2023年時点の18歳。のぞみが教育実習をしていた頃に教えていても不思議でない世代だ。
「計算すると……うん。確かに…」
「教え子がプリキュアになる時代かぁ……うん……なんかくるなぁ…」
その事実は『金属バットでホームランされたような』衝撃だったようだ。もし、それが本当なら、聖あげはも『自分の学生時代に世話になった教育実習生がプリキュアとしての偉大な大先輩だった』と知れば、大いに腰を抜かすだろう。
「まぁ、プリキュアは年齢じゃなくて、心に希望を持ち続けることが大切って記憶が叫んでるし。気にしないほうがいいって」
「いや、地味に来るよ、これ…」
「ど、ドンマイ」
ラブが慰める。とはいえ、のぞみにしてみれば、職業柄、いつでも起き得る話である。のぞみの時代にタブーだった『正体バレ』もかなり気にされなくなってきているのは事実だ。
「……ラブちゃん、今夜、カラオケ付き合ってくれる?」
「いいよ」
と、かなりショックだったようだ。カラオケで鬱憤を晴らすあたり、社会人らしい発想であった。
――その日の夜 ヤマト艦内のレクリエーション施設――
大人のぞみが熱唱したのは、妙に通なセレクトで、『魔神英雄伝ワタル』の初代オープニング『ステップ』であった。
「世代じゃないよね?」
「親父が若い頃に好きだったんだ。それでなんとなく。アニメの歌って知ったのは最近だけど」
「見てたんじゃない?」
「ありえる。絵本作家だったから、親父」
「それがありならっと……」
ラブが次に入れたのは、これまたマニアックなアニソンであった。『聖闘士星矢』の終了後に同じ原作者が別雑誌に書いていた『B'T-X』の『遥か~SAILING FOR MY DREAM~』であり、後世での知名度は低めのものだ。
「ま、マニアック……」
「近所のお兄さんがよく流してたんだよな、これ。それで覚えちゃって」
ラブはその元気っ子な容姿に見合わず、意外に趣味がマニアックな方に振れている。子供の頃のヒーローが『地球戦隊ファイブマン』な時点で、結構来ている。なお、スーパー戦隊がドラえもんの世界に実在しているので、超獣戦隊ライブマンのレッドファルコンに頼み込んで『ファイブイエローのサイン』をねだり、見事にもらうなど、長年の願いを実現させている。
「でもさ、ラブちゃん。結構チートしたよね」
「うっ…。いいじゃん。せっかく本物のスーパー戦隊に会えたんだし、サインくらいさ~……」
「ま、気持ちはわかるよ」
のぞみももし、自分が同じ立場なら、自分もそうするだろうという自覚はあるため、若干茶化すようであった。とはいえ、初期のプリキュア戦士たちは2020年代頃には、『現役時代に助けた子供が後輩になっていても、なんら不思議ではない』時代に突入しているのだ。たとえば、のぞみが現役時代に助けたであろう、小さな子供がその7~8年後にプリキュアへ覚醒していた』となっていても、何らおかしくはないのだ。
「でも、私たちももう、自分が現役時代に助けた子がさ、プリキュアになっていてもいい年代なんだなぁ……」
「お互いにね。あたしだって、普通にこの時代にいれば、25~6の年頃だし」
「これも時の流れって奴かな」
「だろうね。平成もとうに過ぎて、令和だしね」
「あ、ラブちゃん。さっきの『遥か~SAILING FOR MY DREAM~』って曲、持ってる?」
「持ってるよ。後でそっちの端末に送っとく」
その曲が琴線に触れたらしい、大人のぞみ。曲の好みも、相応に変わっているようである。
「現役時代と音楽の好み、変わった?」
「社会人になると、元気がつく曲が聞きたくなるもんさ。」
「うん、その……ドンマイ?」
「ありがとう…」
かなり切実な、社会人としての苦労。酒飲みになっていたのも、恐らくは職場環境によるものだろう。教師は美辞麗句を並び立てたがる者が多いが、実際はかなり過酷な職業である。大人のぞみは『体を張る必要があるとはいえ、きちんと休むべき時に休める』軍隊の仕事に羨ましさを感じているのだろう。
「事が済んだら、有給休暇取りなよ」
「うん。そうする。私立だけど、有給は取れるからね。夏休みとかに取るさ」
のぞみの務める学校はその辺は寛容であるので、まとめて取る事を決意する。のぞみは就職当初から『教育に燃えていた』が、それが元で親や同僚に鬱陶しがられる事も多々あった。本人の性格の良さで生徒には好かれているが、古株に睨まれるなど、苦労が絶えない。故に、酒飲みになったのだろう。夢を叶えた後に待っている現実。それと戦ってきた故か、精神的疲弊もかなりであったが、別の自分の記憶がそれを乗り越える力になったのは紛れもない事実だ。彼女は『遥か~SAILING FOR MY DREAM~』の歌詞が気に入ったのか、翌日以降によく聞くようになったという。(その事を後に聞かされた黒江は『教師になったら、なったで苦労してんだなぁ、あいつ』と感想を述べたという)