――ウマ娘は外見よりも、内から衰えが始まる。ゴルシはそれを覆す(サラブレッド由来のアスリートとしての短命さが宿命としてある)ため、ドラえもん世界で『高濃度ゲッター線を浴びる』という無茶なやり方を試みた。その結果、ゴルシ達はサラブレッドの宿命『最盛期が数年しか持続しない』をぶち破る事に成功。更にルドルフ、オグリ、タマモらは能力を全盛期の水準に戻したため、引退した後に往年のパフォーマンスを見せつけるという結果となった。ナノマシンで医学的に全盛期の状態に戻した後、ゲッター線で闘争本能を限界突破レベルまで引き出すという無茶であったが、チームブリュンヒルトの強さの理由には、ゲッター線が絡んでいた――
――「アオハル杯」の第一戦の直後――
「会長、よろしいのですか」
「私はもう、会長ではないんだが……。まぁ、いい。引退して久しい我々が現役組と戦うためには、多少のチートはやむを得んよ、エアグルーヴ」
ゲッター線の効用で、闘争本能を現役最盛期以上に引き出されたシンボリルドルフ。そのためか、エアグルーヴが見たことないほどに『ギラギラしていた』。会長という重責から開放されたものの、周囲からは会長と呼ばれ続けていることに苦笑交じりだが、
「現役時代、対抗しえたウマ娘は限られていたからな。ギャロップダイナとカツラギエースの二人しか、私に土をつけられなかった。だが、今はあの頃と違い、私に対抗しえるウマ娘達が百花繚乱だ。フフ、楽しみだよ」
「カイチョー、楽しんでない~?」
「せっかく、全盛期の能力を取り戻したはいいが、それを見せられる機会が限られているのは辛くてね」
「まぁ、全盛期に戻れるってのはいいもんだよ」
「夢原女史。あなたにそれは無縁では?」
「いや、年を食うと、プリキュアになってるだけで、体に負担がかかるようになるからね。全盛期に戻れるのなら、戻ったほうがいいさ。前世での経験だけどね」
前世の経験から、のぞみは自分の全盛期が『14~15歳の頃』とアカシックレコードに刻まれている事に複雑な心境であるようである。転生後に『当時の容姿に戻った』のを喜んでいるものの、成人後はピークアウトと見做されている事も心外と考えている。その複雑な心境の表れか、魔女の世界では『付き合い程度に、酒を飲んでいる』。
「あたしは大人に見られるために、酒を飲み始めたけど、この時代には、そんなのは昔の話って言われてるじゃん?親父の頃には、タバコも咥えてろとか言われたらしいけど」
のぞみは前世においては平成初期に生まれ、後期に入る頃に成人を迎えた世代であった。自分にとっての酒は『大人になった事を示すためのツール』でしかなかったのだが、いざ社会人になった頃には『周囲の意識が変わってしまっていた』ため、職場で居心地が悪い気持ちになったのも多かったと話す。
「世の中、そう甘くはないということです。G1を七勝した私も、今では並び立った者が増えてきましたから」
ルドルフはあと数年後には『あと四人はG1を七勝するウマ娘が出てくる』だろうと見込んでいるようだが、それすら凌駕するバケモノが近い将来に現れ、新たな世代の『女帝』として君臨する事になる。
「でも、九勝する子、近いうちに出ると思うよ?」
「馬鹿な、九勝ですと?」
「うん。キタサンちゃん達の次の世代になると思うけどね」
それは2010年代末の三冠牝馬『アーモンドアイ』のことである。自身の一期後輩の三冠馬たちすらも一蹴し、2010年代最強の牝馬の名を欲しいままにした名牝。『九勝』はトレセン学園にいる歴代の名馬の魂を継ぐ者達も驚愕の成績なのだ。
「でも、有馬出なくなってるからなぁ、ここ最近の馬達。キタサンちゃんが最後になってる感がある」
馬自身の適性と馬場の都合もあり、有馬記念を避ける馬が増加しているというのが、2010年代後半にはニュースになっていた。これは季節が12月である事も大きいと思われ、権威が往年に比して下がっていると言われる所以であった。
「まだデビューもしていない子の更に次と言われましても……」
「そういう運命さ。あたしだって、長いことプリキュアしてると、自分よりうんと年下の子がプリキュアしだすと、年食ったって自覚持つもの。来るよー、新しいプリキュアの子が自分より一回り以上若いとさ……」
のぞみは前世で散々にそのような想いを味わっていたためか、世代交代には複雑な思いがあるらしい。
「それに、この時代に普通に年食ってたら、あたしは27くらいになってる計算だしさ。気にしてたら、持たないさ、色んな意味で」
肉体はブライアンだが、中身はのぞみ(キュアドリーム)なため、世知辛い発言である。とはいえ、心に引っかかりがあったままで高校~大学を過ごした自覚があるからか、トレセン学園での生活を楽しんでいる節がある。
「第二戦はどことやるんだっけ」
「シービー先輩のいるチームとですが、少なくとも数ヶ月は先のことになります。会長や先輩方は引退なされた身ですので、ドリーズシリーズに出るだけで良いのですが、女史。あなたは現役の扱いですので、いくつかのステークスや重賞に出る必要があります」
「分かった」
エアグルーヴの説明に頷くのぞみ。第一戦の後に、サムソンビッグのおごりで、たらふく肉を食い、ご満悦であったが、ウマ娘らしいことはしなければならないのだ。ブライアンへの恩返しとして、レースでそれなりの成果を出さなければならないし、学業もブライアンが大学部に進学できる程度には整えなくてはならない。(元々、ブライアンは三冠獲得者であるという理由で、ある程度までの素行不良は不問になっていた)転生前は中学教師、転生後は職業軍人として勤務しているので、そこについては素のブライアンより頭脳明晰であると言える(現役時代はのび太と似たりよったりの有様であったので、高校以降に伸びたことになる)。
――それからの数ヶ月は練習、勉強、自分のレース、現役時代には縁のなかった(迷惑をかけてしまうので、かれんは試しの一回で懲りていた)生徒会の活動と大忙しであった。現役時代と違い、成人した後と転生後の経験が活かせるため、学業は概ね良好(前世で父に競馬の話を聞かされたりしたので、レース関連もある程度は分かった)。レースはブライアンの全盛期の能力値に更にプラス補正がかかっているような状態なので、当然、シニア級であろうと、並のウマ娘は撫で斬りも同然に一蹴。『ブライアンに陰りなし!』という評判を少しずつ確立させていった。アオハル杯のチーム練習では、正式なデビュー前のキタサンブラックと(事情は知らされている)と組んでのトレーニングであった――
「ふむ。ブライアンの全盛期のタイムとほぼ遜色ないが、まだ足りんな。のぞみ、もう一回は走ってみてくれ」
「分かった」
「どうですか、オグリ先輩」
「……キタサンか。どう思う?」
「のぞみさん、元は運動の素人で、軍に入った後に訓練を受けたんですよね。それなら、まだ完全には慣れきってないんじゃ?」
「それはあるだろうな。ブライアンの体のスペックを引き出せているが、まだ完全ではない。私とて、現状では6割にも戻っていないからな」
キタサンブラックとオグリキャップがストップウォッチとメモ帳を片手に、のぞみの練習コースの周回タイムを測った上で、自分たちなりに評価していた。のぞみの元々の運動神経を考えれば、ブライアンの能力を引き出せるだけでも『大殊勲』ものなのだが、求められるレベルがウマ娘の中でも『トップアスリート』のレベルなので、走りを観察していたオグリキャップとしては『良くて、7割弱ほどの力だろう』と見積もっていた。それでも、たいていのウマ娘を撫で斬りも同然に抜けるポテンシャルなので、絶頂期には『世界に通用する』と謳われたのは嘘ではないのがわかる。
「まさか、現役時代には思いもよらなかったな。自分がトレーナーの真似事をするというのは」
オグリは現役時代には『誰かに管理してもらう』側であったので、『管理する側に回る』のは予想だもしていなかったと自嘲する。
「お?」
「タイムは……。はわわ、凄いですよ、のぞみさん!!見てください!」
「やった!かなり本気出したんだけど」
「素でブライアンの絶頂期の頃の最高速に達した。これならば、並の現役は撫で斬りできる。敵は……ブライアンの後継ぎになった子たちだけだな」
「ディープインパクトとオルフェーヴルか……。それとキタちゃんの同期の」
「はい、ドゥラメンテちゃんです。あとは、ゴルシさんの同期のジェンティルドンナさんですね…。」
「その子らがブライアンの絶頂期のポテンシャルに迫る能力を出せる現役、ないしはデビュー前で引き出せるウマ娘だ。シービーも、かなり戻してくるだろうから、油断は禁物だ」
「分かった」
「ウマ娘はレースを三年ほど走ると、ほぼ例外なく衰えがくるとされている。だが、今からして思えば、心の持ちようだったようにも思える。だが、現状、本当に能力が減退するウマ娘もいたからな。私の同期の『サクラチヨノオー』のように」
オグリは最後の最後に女神が微笑んだ立場だが、同期のサクラチヨノオーは怪我をきっかけに能力が大きく減退してしまい、それが契機となり、トゥインクルシリーズのターフを去っていった。オグリは自身の引退後も、サクラチヨノオーを気にかけているが、東京優駿(日本ダービー)を勝つことだけが彼女のウマ娘としての(ひいては、前世でマルゼンスキーの血を継いでいた者としての)存在意義であり、使命であったのか?そう思えてならず、往年の闘志が失せてしまった(燃え尽きた?)ように見える彼女のことが気がかりであったのだ。
「先輩はチヨノオーさんと同期でしたね」
「うむ。チヨノオーは私の代のダービー覇者だったが……その後が…がな」
サクラチヨノオーはこの世界では、日本ダービーが史実通りに最後の華であったことが語られる。ウマ娘の『女神』たちは残酷にも、彼女に前世からの『使命』を果たした後のアスリート生命を与えなかったのだ。
「だからかも、しれんな。運命に少しでも抗いたくなったのは。サクラチヨノオー、メジロアルダン、ヤエノムテキ……」
オグリは自分がクラシック級の当時、大レースに出れなかった代わりに、クラシックレースを賑わした同期たちの名を口にした。だが、彼女らはクラシックレースを賑わしたにも関わず、オグリ、イナリ、クリーク、タマモの四人にターフの主役の座を掻っ攫われ、更にはオグリ、イナリ、クリークの三人は三羽烏扱いで『平成三強』と謳われるほどの華々しさを見せたが、彼女らはその光に呑まれていった。(オグリの歴史改変は彼女らの運命が終結し、平成三強時代に突入した後に本格化したが、その分、彼女らの功績は埋もれてしまったが、皮肉なことに、サクラチヨノオーの悲運がオグリに『運命に抗う』事を決意させたのである)
「ブライアンの運命をゴルシから知らされた時は……正直、迷った。だが、クラシック級であれだけの栄光に包まれていた子が引退の時は……。それを思うと、居ても立ってもいられなくなってな……。あの子は私の引退時の走りを見ていた。それで言ったんだ。『オグリさんのようになりたい』と」
多少は意図しての事であったが、ブライアンの人生に多大な影響を与えたであろう事は容易に推察できるため、オグリは(その場に居合わせていた)タマモと共にブライアンの『師匠ポジション』に落ち着き、そのように振る舞ってきた。その関係で、ブライアンは落ち目になっても諦めなかったが、それが一刻も早く、家業を継がせたい父親との確執に繋がったのである。父親は娘の復活を歓迎しなかったが、それが却って確執になってしまい、ブライアンは(前世での早世がそうさせるのか)走者であり続けるが、結果的には父親との確執により、実家の敷居は数年は跨ぐことはできず、その間に父親は病を患うのである。
「結果的に、それがあの子の父親との確執を生むとはな。父親が家業に熱心なのも善し悪しだな……」
オグリの父親は早世しており、女手一つで育てられた。そのため、ブライアンの父親が『娘の知名度を家業に利用したい』と考える事に多少の理解は示していたが、子の心親知らずとはよく言ったもので、父親は成績の低迷に喘ぐ次女に『晩節を汚す前に、さっさと引退して、家を継げ!!』と怒鳴り、ブライアンはその言葉にブチ切れ、父親と袂を分かち、今回の入れ替わりに繋がった。そして、父親はブライアンの復活に複雑な心境であり、昔気質であった事も災いし、次に次女に会う時は自身の死に目であったという。
「どうなると思う?」
「ブライアンちゃんと親父さんは……死に目に会えれば御の字じゃないかな。家族だからこそ、壊れた関係は戻せないからね」
のぞみは教師であった前世での経験から、そうしたゴタゴタに立ち入れない事に苦しんできた。そうした事に関しては(経験則で)悲観的になってしまったのを窺わせる。
「前世で教師してた時、そういうのに立ち会うのも、一度や二度じゃなかったからね」
そうした辛い体験が前世でののぞみを実質的な破滅へ誘っていったわけである。ブライアンも奇しくも、それと似た体験をしたわけである。ブライアンはその悲しみのはけ口をレースに求め、現役を続けた。そして、次代に恥ずかしくないような『引き際』を残すことを目標に、成績を全盛期の水準にまで引き戻した後にトゥインクルシリーズを退くというロードマップをのぞみに話しており、そのお膳立てをのぞみに託したのである。
「だから、ブライアンちゃんのためにも、お膳立てはきっちりしてあげないと。そうでないと、キュアドリームの名折れだしさ」
のぞみAが大人のぞみと違う点は『プリキュア戦士である事に強い誇りがある』というところであった。大人のぞみには『適齢期を過ぎたら、変身できなくなった』という経緯があったが、のぞみAにはそれはなかった。大人のぞみがAとの存在の同期後に、そのような思いに至ったのは(Aが前世を通して、プリキュアであり続けた事から)当然の事であった。
「のぞみ。ブライアンに比べると、やはり目つきが穏やかになっているぞ」
「まぁ、こればかりはねぇ」
と、苦笑交じりに答える。
「そうだ。サクラローレルだが、ブライアンへの想いをこじらせていてな。エアグルーヴにも注意してもらったが、どうも、お互いの全盛期がズレてしまったことが原因らしい」
「そういえば……」
「あの子はブライアンと同期だが、怪我しやすい体質なんだ。おそらくは……」
オグリは自身が怪我から立ち直り、更に有終の美を飾れた身の上なためか、サクラローレルの想いの重さに気付いていたようだ。
「あの子は凱旋門を目指している。だが……史実では」
「……うん」
「ブライアンはそれもあって、サクラローレルが凱旋門に行く年をずらそうとしているのだろう。ローレルを叩きのめした上で、な」
「なるほど……」
「あ、タキオンさんが向こうで、危ない研究をしているらしいってのは本当ですか?」
「ゲッター線の研究だからね。自分自身の運命に抗うのもあるかも」
「ゲッター線とは何なんだ?」
「未来世界でも研究は大きくは進んでないんだ。わかってるのは、熱核エネルギーよりも膨大なパワーを引き出せること、想いの強さ次第でゲッターロボにスペックを超えた力を引き出させられる事、無機物を『進化』させられること、生物としての人が生まれた要因に絡んでる事……だね」
ゲッターエネルギーは有用性も大きいが、ゲッタードラゴンの事故で危険性も認知された。だが、侵略者が現れ続ける時代にあっては、恒星間文明にとって、旧時代のエネルギーでしかない『熱核エネルギー』より圧倒的に強力なエネルギーであるゲッターエネルギーを手放す選択肢は存在しない。それは神隼人が言っていたことだ。
「ゲッターロボ、か。君はどのくらいまでは動かせる?」
「乗る時は安全のために、プリキュアの状態でいることが前提だけど、ゲッタードラゴンクラスのゲッターまでは訓練を終えてる。あれが普通の人間が(強化服込みで)動かせる限界かな。それでも驚かれるんだよね」
ゲッタードラゴンは(後続のゲッターがどれもこれも性能が飛躍してしまい、超人の搭乗を前提にする必要があるためだが)『真ゲッターロボの開発前では『最強のゲッターロボ』の名を欲しいままにしていた。グレートマジンガーと同程度の能力を持つためで、ある意味で『兵器として完成された』ゲッターといえる。オリジナルは将来にゲッターエンペラーに変貌する運命だが、その他の個体がある(増産機がある)。
「スーパーロボも段々とインフレしちゃってさ。最高位のヤツは光速戦闘ができるから、もう普通の人間には扱えないよ」
「ヒャア……」
「まぁ、生身の戦闘なら、あたしも光速に達しちゃったけどね」
「想像もつかんな……」
「だろうね」
のぞみAはZEROとの融合で『テンセンシズ』に覚醒した。それは大人のぞみにも反映されているのは言うまでもない。
「戦闘力なら、他のプリキュアより頭一個は抜けたって自負してる。後輩には『元・神様』もいるけどね」
のぞみAとことはは、この時点で『特訓の成果』などで生身の戦闘力は『黄金聖闘士の領域』に達している。南斗などの超人、冥闘士、海闘士、神闘士などと戦うためである。
「そのための技能をレースに応用するつもりさ。あなた達にも『領域』があったように」
時代を動かせるレベルのウマ娘に存在する『領域』と呼ばれる境地。ただし、それを使えるのは『全盛期の頃』のみと、かなり厳しい条件があった。のぞみはそれを『小宇宙』で補強して発動させるつもりらしい。タキオンの研究も『ゲッター線で闘争本能を増強した上で、小宇宙を走りに応用する』類のものなので、もし、それが成就すれば、以前より平均レベルの向上に繋がる。
「あれか…。条件はかなり厳しい。スペックでゴリ押しできるのは、クリークやマックイーンのようなステイヤータイプの最高位級だけだが、それとて、いつまでも通じはせん」
領域は精神状態で強化される。ましてや、歴史改変でより強大になったオグリにか土をつけたウマ娘は運命の強制力の加護がついていた『オセアニアの英雄・ホーリックス』だけだ。
「だからこそ、あれを使えるウマ娘は『時代を変える』。スペシャルウィーク、ウォッカ……テイオーは挫折がきっかけで目覚めたがな」
オグリはルドルフからの受け売りであるが、その事を伝える。時代を動かせるウマ娘はめったに生まれないと。
「向こうの世界での情報が正しければ、ディープインパクトとオルフェーヴル、ジェンティルドンナは時代を動かす力を持つはず。強敵はその三人と考えていい。後はメジロのウマ娘達の実力がどの程度になっているか……。テイオー、マックイーン世代はレベルが高い。私達の現役時代はタマと私、それと友人たちで芝レースのあらかたのタイトルを抑えられたものだが、あの世代以降から平均が上がっているからな…」
オグリは自分達の時代は(自分を含めた)一握りの天才がターフを支配できていたが、テイオー・マックイーンの世代からは『群雄割拠の時代』であると語り、次のレースからが本番だと注意を促す。のぞみは頷く。
「わかってる。あなたも走るんでしょ?」
「次はな。引退した身だから、肩慣らし代わりにマイルで行く」
オグリは月日を経て、現役時代のトレーナーとも別れを告げたが、自身も実戦に舞い戻るためのトレーニングを始めていくと宣言する。
「私はデビュー前なんで、控えです。ハハハ~……錚々たるメンバーがいるんですから、私の出番は……」
「いや、君もいざとなったら、出場してもらうかもしれん。トレーニングは怠らないようにな」
「は、はいーーーーっ!」
キタサンは史実の成績がオペラオーと同水準の凄まじい戦績である事を鑑みれば、充分に戦力となる。この頃はまだ、デビュー前の新進気鋭のウマ娘であるが、きちんとトレーニングを積めば、史実通りの『時代を担う』一人に成長するのは確実。エアグルーヴは従妹(史実では実孫)のドゥラメンテの将来を期待しているようだが、史実では『二冠を達成し、将来を嘱望されるが、菊花賞を前にして選手生命を失う事態に陥る。そして、ブライアン同様に『短命に終わる』が、ブライアンと異なり、『遺していった子供達がその無念を存分に晴らす』のが異なる。
「のぞみ。ドゥラメンテの事は……」
「中々、切り出せなくてね。そっちのほうでもやってみて」
「分かった。エアグルーヴも『史実の悲劇の繰り返し』は見たくはないだろうからな…」
オグリもその事で動く決心を固める。とはいえ、キタサンブラックが世代王者に収まる経緯を考えると、ドゥラメンテは凱旋門賞どころか、選手生命そのものを守る対策をしたほうが手っ取り早いという事になってしまう。彼女を『ドゥラ』と呼び、可愛がっているエアグルーヴも、彼女が別世界では、自分の実の孫である事を知れば、ドゥラメンテに『待ち受ける運命』に抗おうと促すだろう。
「キタサン、この際だ。君にも話しておく。君とドゥラメンテに待ち受ける運命を」
「へ??」
キタサンブラックはこうして、オグリキャップの判断により、なし崩し的に『自分が世代の王者になる』運命にある事、『ドゥラメンテは三冠を取れない』事を知らされる事になった。ドゥラメンテにしてみれば、前世からの因果で『自分は凱旋門賞に行く資格がないも同然の身である』のを突きつけられる形になるし、キタサンブラックにしてみれば、『自分が最終的に世代の最強になる』事を教えられる事であった。
「そうですか、ドゥラメンテさんが……」
「エアグルーヴにも言っていないことだ。明日にも、ルドルフとテイオーに私から知らせておく。なんとか、選手生命を断つような事態を避けるためにも。いざとなったら、ドゥラメンテにも『処置』を施すしかないが、これは最後の手段だ」
「……わかりました」
「それと、ミホノブルボンに伝えてくれ。ライスシャワーの意識が戻ったと」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。佐渡先生からメールが来てね。かなり長期の入院は必要だけど、走れる体に戻せるそうな。タイシンちゃんが注入した医療用ナノマシンがいい仕事したみたい。今、テイオーちゃんとマックイーンちゃんが新生徒会の執行部を代表して、見舞いに行ったとこ」
「よ、良かったぁ~……。ブルボンさん、ここんところ意気消沈してて……。練習が終わったら、伝えます」
ブルボンは別のチームに属するので、その事を教えられるのは、練習が終わってからになる。喜び勇みそうになるが、グッと堪え、のぞみが『違和感なく、ウマ娘の体を扱えるように』一緒の練習メニューをこなすキタサンブラック。そんな二人の交流の日々の始まりであった。
―― その頃、『チーム・ファースト』は『チーム・ブリュンヒルト』の陣容(歴代の有力ウマ娘のトップ級の多くを揃えた)に畏怖しつつも、樫本理子理事長代理兼トレーナーの育成方針に従い、『チーム・ブリュンヒルト』と戦うに値する強さにならんと必死の努力を始める。樫本トレーナーも、シンボリルドルフ、ナリタブライアンの両名の三冠ウマ娘、平成三強、『白き稲妻』ことタマモクロス、トウカイテイオー、メジロマックイーン、BNWの内のNなど。実に錚々たるメンバーが登録されている様に頭を抱えつつも、日々、自分の担当ウマ娘達を育成していくのである――
――度重なる体たらくぶりを見せていた、キングヘイロー捕獲チームが彼女を捕捉。秘密兵器『トリプルティアラの初代達成者』であるメジロラモーヌに追跡を依頼。天皇賞至上主義気味の祖母への反発で一時は荒れていた彼女だが、キングヘイロー相手であれば、『楽しませてくれる』と判断。依頼を遂行していた――
――外国のどこかの空港――
「ち、ちょっと待って!!確かに……みんなに黙って、外国に行ったのは事実だけど、なんで、勝負服を着たラモーヌ先輩に追われなきゃならないのよ~!!!」
「その事自体が問題なの、キングヘイロー。あなたがいなくなったのを、周囲がハルウララをどう誤魔化していると思って?」
「そ、その事は後でいくらでも、皆に謝りますから……!!ひ、ひえぇ~!!」
さすがのキングヘイローも、真に本気モードのメジロラモーヌに追われては、必死の形相であった。しかも、キングヘイローは私服。対して、ラモーヌは往時の勝負服を着用しているのだから。キングヘイローは『エリートの血筋ながらも、自身は母親ほどの才はない。だが、努力で自身の存在を証明した』不屈の闘志を持つが、この時は自身に非があるのを自覚していた事、追手が『メジロの至宝』と謳われた『初代トリプルティアラ達成者』のメジロラモーヌであった事により、とても『領域』に到れる心境ではなかったが、一方のラモーヌは久方ぶりに愉しい心境であったのか、なんと、人混みでごった返す空港の中なのにも関わず、かつて、彼女を女王たらしめた力である『領域』を発動させた。
「い、いぃ!?領域(ゾーン)を!?嘘でしょ!?この人混みで!?」
キングヘイローは背後から迫る戦慄の気配に、本気で怯える。空港の人混みも『トリプルティアラ達成者』たる、メジロラモーヌの前では意味をなさない。キングヘイローが逃げ切る望みは『スタミナの差』(キングヘイローは長距離にも適性を持つが、メジロラモーヌは現役時代、『短~中距離』の適性であった)であった。
「だ、駄目……こうも……人混みが…。なのに、なんで、先輩は領域を発動できるのよ!?」
「この私を熱くさせた。それがあなたの敗因よ、キングヘイロー」
「く、くぅぅ……。駄目、追い抜かれ……って、レースじゃないんだ……!?」
絶対的な瞬発力の差により、キングヘイローはラモーヌに追い抜かれた。そして、キングヘイローの進行方向の前方にラモーヌが立ち塞がった瞬間、本能的にブレーキをかけてしまうキングヘイロー。その瞬間、『トン』という音が響き、彼女の意識は暗転した。ラモーヌが自身の護身術を用い、瞬時に当身をしたのである。
「……ごめんなさいね。あなたをいい加減に逃がすわけにいかないの」
……との一言とともに、キングヘイローを抱きかかえ、任務を完了するメジロラモーヌ。引退せど、往時のトリプルティアラ達成者は健在であった。
「ラモーヌ嬢……」
「依頼は果たしたわ。日本に向かう航空機を手配してくださるかしら」
「はい、ただいま」
捕獲チームの隊長が息を切らせながらも、ヨタヨタとやってくる。ラモーヌはキングヘイローを抱えつつ、優雅な立ち振る舞いを見せるのであった。
――こうして、メジロラモーヌの手でキングヘイローは捕獲され、無事に帰国の途につく事になったが、無断で数週間も姿を消し、かなりの大事を引き起こしたため、帰国後は生徒会による査問、寮長達による事情聴取は確実であろう。自業自得だが、実家が報道の過熱を要因に、崩壊寸前に陥った事はまだ知らない。キングヘイローはそうした混乱の責任を取るため、以後、長らくトゥインクルシリーズに在籍する事になるのであった――