――ウマ娘たちの内、自分が信じた未来自体が『魂の因果のリプレイでしかない』ことを自覚した者はそれを超えることを願い、ウマ娘としての道理にも反抗する(ピークアウトで全盛期の走りを失う)ことも辞さない意思を持った。ブライアンは特にそうであった。三冠の名誉も怪物の二つ名も重荷になっていき、ついには怪我による引退を余儀なくされる結末はウマ娘としてのブライアンには受け入れられるものではなかった。それに抗い、前世の分も走り抜きたいという意思は結局、家業の跡取りを期待していた父親との断絶を招いてしまった。こうして、高等部卒業後の行き場を失ったブライアンは野比家に居候することを選んだわけである。史実の存在はオグリとタマモをして『歴史改変』に突き動かすほどのものであったのだが、ブライアンもまた、自身の魂の因果を断ち切らんがため、因果に抗うという意思のもと、姉とは完全に別の道を歩むと決めた。これは姉に精神的に依存してきたブライアンには、大きな決断であった――
――シンボリルドルフもまた、大学入学の下準備を始めつつも、ブライアンの決意に触発され、競争者としての自らの火が再燃。アオハル杯を実質的に復帰戦とし、往時の走りを見せつけていた。ブライアンがのぞみと取引を交わした事は既に承知しており、会長経験者としての権威をフル活用し、のぞみをバックアップしていた。ディープインパクトとオルフェーヴルも完全には彼女には及ばぬことから、依然として皇帝の冠に揺らぎはなかった――
――アオハル杯・第三戦の前に引退組での模擬レースが(マスコミへのデモンストレーションを兼ねて)行われた。その中でも、チーム・ブリュンヒルトのウマ娘たちの能力は現役最盛期の実力に遜色ないと評判であった。特に、ルドルフ、オグリ、タマモの三者の力は全盛期のそれに戻っているどころか、磨きがかかっており、現役のウマ娘で太刀打ちできる者はいないのでは?と評判であった。現役最強級のタイムすら上回るからであるが、ルドルフは『中距離であれば、自身をも超えるではないか』と推測される『アーモンドアイ』に思いを馳せている。実際、アーモンドアイはトリプルティアラ路線では無敵を誇り、古馬時代もその能力に陰りはなかった。もし、ウマ娘として現れた場合は『歴代随一の女傑』に成長するだろうと、ルドルフは考えていた――
――ルドルフ、ラモーヌ、シリウスの三者は単位の問題で高校生を続けているのであり、単位の習得が終わり次第、『卒業する』。その都合上、ルドルフは後継選びを加速させていた。キングヘイロー事件を大義名分に、生徒会を退いたのは(半分は)計算のうちであったといえる。だが、ブライアンの色々な問題が不可抗力で表面化してしまい、今度はブライアンの諸問題に対処せねばならなかった。ブライアンは孤高、無頼というキャラ付けで通っていても、ルドルフ政権下で副会長という役職にあった。それ故に、家庭問題というスキャンダルの表面化は避けなくてはならない。ビワハヤヒデに命じて、ブライアンの実家の揉め事を表沙汰にさせないようにさせるなど、後輩のためには『ダーティな手段』を講ずることに躊躇うことがなくなったのは、キングヘイロー事件の教訓であり、のぞみ経由で伝わった『高町なのはの教導の仕方』を反面教師にしたからであった――
――ダイ・アナザー・デイの後、なのはが窓際族に堕ちた要因の一つは『才能の有無で、教え子への態度を変えてしまう』事が泥縄式に上層部に露見してしまったことであった。ティアナ経由で噂を聞いていた圭子は『騒動』の収拾の流れで、なのはのやり方を叱責する他なく、黒江と智子も続いた。その知らせを受けたフェイトとはやてが直近の記録を調査した結果、部内で『なのはの教導の振る舞いに問題があるのでは?』という噂が前々から存在していた事、機動六課以外の魔導師の内、平々凡々な者たちへの教導は『形式的なもの』に留まっており、彼らからの反感を生んでいる事が判明したのだ。この重大な事実は、はやて、武子などが頭を抱える羽目となり、彼女らの胃に穴を開けた。教導隊どころか、時空管理局の人材育成の欠陥を世に知らしめているようなものであったからだ。結局、管理局は地球連邦軍の意向に従い、なのはに謹慎処分を言い渡すと同時に、当分の間は『部隊内で窓際族にする』という取り決めを行った。部内の不満を抑えるためで、M動乱後は非魔導師のほうが圧倒的多数になった上、なのはのような才ある魔導師は『宝石のように貴重』となった故に『解雇できない』という事情がある兼ね合いであった。ルドルフはこの話を反面教師とする形で、生徒会退任後も学園の自治と人材育成に貢献していた――
――中央トレセン学園はエリートの集まりとされるが、史実の戦績的に『どうなん?』と言わざるを得ない『ハルウララ』も在籍している。ゴルシいわく『ハルウララはマスコット枠みてぇなもんだ』とのことで、彼女に限っては、レース戦績などがいっさい免除されている。実際、彼女の存在で『トレセン学園の評判が上がった』面があるので、理事会も文句は言えなかった。また、次代のホープと鳴らすオルフェーヴルやジェンティルドンナと好対照な存在でもあることから、世間的にも人気があった。ゴルシ曰く『清涼剤』とのこと。彼女は純真無垢な性格故、オルフェーヴルにも気に入られており、ゴルシ曰く『悪の組織のボスの飼ってる猫みたいなポジ』らしい――
――のぞみは空虚感のあった前世での学生生活の後半を取り戻すかのように、トレセン学園での生活を楽しんでいた。ブライアンの立場にいる事を念頭に置きつつも、楽しめなかった高校生活を満喫していた――
――トレセン学園のウマ娘たちはレースデビューの順番は史実通りだが、学年は(レースのこともあり)バラバラである。ブライアンは比較的年長であり、単位さえ取れば、いつでも卒業が可能である。だが、ブライアンはレースに傾倒していた都合上、未修の単位が半分以上残っていたので、高校生活を続けなくてはならなかった。午前中は学業、午後は練習という日々であったわけだが、学生時代の後半は空虚感すらあったため、充実感のある学生生活は『生まれ変わる』前に望んでいたものでもあった。たとえ『他人』として過ごそうが――
――基本的に、ブライアンの名声を回復させることが使命であるが、高等部の卒業はしなくてはならないというのも、ブライアンが伝え忘れていたものであった。そのため、ブライアンの学業はあまり良好とは言えない状態であったが、のぞみのおかげで『そこそこ良好』にまで向上。語学も(転生後ののぞみはマルチリンガルであるので)ネイティブ級になったため、(ウマ娘世界では、アイルランドが王政である)アイルランド留学の話も打診されている。ブライアンの後輩のファインモーションが王族(第二王女)である関係である。のぞみ自身、アイルランドが王制で存在するウマ娘世界に興味津々であり、凱旋門賞にたどり着いた場合、遠征の拠点にしようかと考えてもいたりする。とはいえ、史実でなし得なかつたことを行うことには、かなりの意志力が必要である――
――ある日――
「ダイヤの奴が凱旋門を志望だと?奴の脚では、ロンシャンの馬場には耐えられんぞ。誰か止めてやれ」
「ダイヤちゃんの性格的に、それは無理ですよ、ブライアンさん」
「何?」
「説明しますけど、サトノ一族の悲願なんですって」
「それはわかるが、サトノダイヤモンドじゃ、役者不足だと言っている」
「ダイヤちゃんが聞いたら、顔を真っ赤にして怒りますって」
サトノダイヤモンドが凱旋門賞への将来的な挑戦を口にしだしたと聞いたブライアン(のぞみ)はキタサンブラックへ思わず懸念を告げた。実際、史実でのサトノダイヤモンドは海外遠征を期に精彩を欠くようになり、後輩のアーモンドアイに、シュヴァルグラン共々に敗れてしまい、サトノダイヤモンドは引導を渡されている。
「あいつの努力は認めるが、机上の理論と実践は違う。フランスの芝と地面に奴の脚が耐えられるのかって話だ。重馬場にでもなってみろ、ヤワな脚のウマ娘では、競争能力を失ってしまうか、全盛期がその一瞬で終わるんだぞ。シリウスのヤツを見ろ」
「辛辣ですね……」
「エルのヤツが二位になったのは知っているな?それは奇跡のようなものだ。ヤツは頑張ったが、モンジューにとっては……。それが奴の実力だ。スペがジャパンカップで倒せたのは、いい条件が重なったのも大きいんであって、奴のホームグラウンドで戦ったら……」
「……」
「悔しいが、ロンシャンの芝もだが、環境の違いに耐えられんウマ娘は枚挙に暇がない。シリウスしかり……」
「バーチャルで特訓するのは?」
「悪くはないが、仏の気候を再現できるのか?フルダイブ式のシミュレーターをサトノ家のIT事業が何年も前から開発を続けているのは聞いているが……」
「え、どこから?ゴルシさんですか?」
「いや、この間の模擬レースの時に、サトノクラウンから聞いていてな。
「クラちゃんに?」
「ああ。興味があったんでな。私が聞いてきたのが予想外だったか、腰を抜かされたがな」
「クラちゃんも驚きますよ、そりゃ……」
ブライアン(のぞみ)は(他の世界では実現していない)21世紀前半の時点の技術では不完全な形でしか実現しないはずの『フルダイブ式のVRシミュレーター』が完成していることに興味が湧き、その時に模擬レースに参加していた『サトノクラウン』に尋ねてみた。クラウンは思わぬ人物からの質問に腰を抜かしたが、『サトノ家は1990年代の初めあたりから脈々と研究をしてきた』事、『2001年と2010年にサトノ家に技術的なブレークスルーが起こった』ことを説明してくれたという。
「30年以上前から?」
「概念としては、SFでも新しいほうだ。インターネットや電子機器の発展が一定の段階に達しないと生まれん考えだ。だが、サトノ家は1990年代の初めには基礎研究にかかっていたようだな」
「早すぎません?」
「あそこのゲーム事業の歴代ハードを考えてみろ、キタサン」
「確かに……」
ウマ娘世界では、サトノ家が『セ◯』系のハードの開発元であったようである。のぞみが驚いた事はまず、それであった。世代的には、それらの全盛期に幼少の身であったので、馴染みは薄いのだが、自身の父が若かりし頃にセ◯好きであった影響か、それらが何故か家にあった。
(そいや、前世で親父が好きだったな…。なんでだろうって思ってたんだよな。大学んとき、親父に聞いたんだっけ)
のぞみの遠い記憶(前世での出来事なので)では、父親が学生時代から惚れ込んでいたゲームメーカーであったが、ゲームハード戦争に数世代も遅れを取った事、バブル崩壊後の経済悪化、1990年代以降に顕在化した少子高齢化の影響で会社が傾いた影響で、ハード開発から撤退したはずだ。ウマ娘世界では、サトノ家の財力でハード開発から退いた後も、学園の要請でVRの開発を行っていたのだろうか?
「サトノ家は何故、そんな技術を持っている?」
「メジロ家やシンボリ家の資金援助も大きかったみたいです。凱旋門賞は会長のおばあさん以来の夢だそうで……」
「スピードシンボリ……。そうか、あの方がルドルフのおばあさまか」
「知ってるんですか?」
「ルドルフが以前、おばあさまのようになりたかったと漏らしていてな。それで調べた事がある。VRはその開発に莫大な金がいるからな。新興の財閥であるサトノ家には、辛い出費だろう」
「ダイヤちゃんとクラちゃんもテストに関わってるって言ってましたけど、そうなんですか?」
「被験者は必要だが、海千山千のものに好き好んで、被験者になろうという物好きは少ないからな。身内から選ぶしかないだろう」
この頃になると、のぞみもブライアンの演技に慣れたようで、自然とブライアンらしい喋り方ができるようになっていた。ハヤヒデやマヤノ、ヒシアマの演技指導もあるが、タイシンも、ブライアンの身内として協力している。
(ドラえもん曰く、21世紀の本来の技術レベルだと、フルダイブ式のVRが完全に実用化されたのは、早くて、2050年を超えたあたりのはず。この世界じゃ、電子技術が他より進んだのかな?そうでないと、説明がつかない。昔に体験した『ゆめアール』にしたって……)
のぞみの前世でも、特殊な技術を使わない限りはゴーグルを必要としないVRは実現していなかったので、ウマ娘世界の電子技術などは他の世界の22世紀レベルに到達していると考えていい。芝に触れた感覚、感じる風の勢いなども実際のそれと違わぬレベルで再現可能な上、(端末同士で)国を超えて対戦できる。その考えは90年代あたりからあったが、高速インターネットの発達で実現に至ったものなので、一定の電子技術を持つ文明ならば、どこでも一度は考えつくものだ。
「キタサン、ダイヤとクラウンに連絡を取れるか?」
「え、なんでですか?」
「そのウマレーダーなる機械に興味が湧いたんでな。アオハル杯の前に、あの小娘(ジェンティルドンナ)と青二才(オルフェーヴル)と天皇賞・春の条件で模擬レースをしてみたい。そう伝えろ」
「オルフェさんには伝えづらいんで、スイープさんに伝言してもらいます」
「あの魔女っ子の嬢ちゃんか?大丈夫か?伝言ゲームでこじれるのは勘弁してくれ」
「大丈夫ですって、たぶん」
と、あまり自信がなさそうなキタサン。仕方がないが、スイープトウショウは史実ではキタサンより年上であったが、ウマ娘としてはロリっ子な見かけ通りの年齢なので、史実とお互いの年齢が逆転している。(キタサンの知る由もないが)史実の気性難の反映か、飛び級でトレセン学園に入れるくらいの頭脳はあれど、振る舞いが完全に『わがままに育っている幼子』のそれであるため、(自分がプリキュア兼魔女であるので)のぞみから見ても『魔女っ子に憧れている子ども』としか思えないところがある。エアグルーヴからは問題児(ゴルシとつるむからか?)扱いされているとか。
「スイープさん、おばあさんがかわいがってたそうで」
「ハリー・ポ◯ターだが、奥さまは魔女みたいな感じの魔女っ子というのも古風な感じだよな。あれを見させてたんだろうか。私もおふくろに連れられて、ガキの頃に見たが……」
「意外ですね」
「それなりの子供時代は経ているんでな。それと、知り合い(本当にブライアン本人も知り合いだ)にマジもんの魔法少女がいるが、ああいう感じとは言いがたいから、紹介しづらい。悪影響ありそうでな……」
「いるんですか、魔法少女……」
「別の世界に行ったと言ったろ?その時に知り合ってな。問題はそいつが重度のロボットアニメオタクでなぁ……」
それはキュアミラクル/朝日奈みらいのことだ。転生後はのび太らの影響もあり、自身が最高位に近い魔法使いでありながら、ロボットアニメオタクになった影響で電子・機械工学を勉強しだし、数年で『自作の魔導駆動の機動兵器』を試作しだすまでになっている。もっとも、魔法といっても、のぞみ自身が会得済みの魔法は(スイーピーの考えるような)万能性はないし、時空管理局のものは科学が転じたものに近い。最高位の魔法つかいである花海ことはも『魔法はファンタジーのように、万能なものじゃないよ』と述べている。
「それに、一口に魔法と言っても、世界ごとにアプローチも異なるし、制御に使い魔がいることもあるくらいのものも多いそうだ」
それは嘘ではない。
「スイープさん、納得するかなぁ」
「私の知り合い連中はあいつのイメージよりはプリファイ(ウマ娘世界に存在する、プリキュアのポジションのアニメだという)寄りだし、カワカミやビコーのほうが喜ぶのは間違いなしだろう。それに、私に言わせれば、小娘(ジェンティルドンナ)のパワーは『何かの能力でも使ってるのか』といいたいくらいだぞ」
ジェンティルドンナは牝馬を前世にもつウマ娘として『規格外』と言わざるを得ない超パワーの持ち主であり、超プリキュアであるのぞみから見ても『キチガイじみたパワー』である。ジェンティルドンナからすれば、片腕の全力であれば、全力で突っ込んでくる特急列車を止められるとの事なので、素でプリキュアの大半をパワーで凌駕している。
「あのパワーは謎ですからね……全力だと、どうなっちゃうんですかね」
「下手すれば、ゴルシくらいしか、ウマ娘では張り合えんかもしれん。パワーでは私の数段上だろうよ、小娘は」
「ひえええ……」
ジェンティルドンナはカワカミプリンセスすら『子供扱い』できるほどのパワーを持ちながら、それを制御できる。と、言っても、トレーニング機材が通常の金属では耐えきれずに破損するので、ルドルフは鋼鉄と比較にならぬ強度の超合金製の器具を光子力研究所や科学要塞研究所から購入することにしたという。
「オルフェーヴルよりパワーは上やもしれん。私もかなりあるほうだと思うが、ヤツは突然変異としか思えん。いくら鍛えたといっても……下手なダートの連中よりパワーがあるなど……」
それは半分、のぞみの本音である。史実のジェンティルドンナは牝馬では確かに最高レベルだが、ゴルシ(馬としては巨漢)に当たり負けした事があるし、馬場が荒れていた場合は実力が出し切れないなど、テクニカルな寄りの特性であったはずだ。だが、ウマ娘としてはパワータイプ寄りの特性である。ヒトに近い体であったり、人間と同じ方法で鍛えられるという利点はあれど、そこまでなるだろうか?
「カワカミさんとどっちがマシだと思います?」
「ベクトルが違うだけで、似たりよったりだと、ルドルフはボヤいてるよ。カワカミは力任せにやるから、建物を壊す。ジェンティルドンナは器具を壊す。悩みどころだな……どっちがマシか」
「会長さん、引退しても忙しいですね……」
「仕方あるまい。テイオーは良家の出だが、まだまだ、色んな意味でお子ちゃまだ。気質的にもダーティーなものを嫌う。だが、大人の世界はきれいごとだけではやっていけん。故に、ルドルフは必要とされるんだ。私もダーティーな取引は協会と交わしてるぞ」
「大人の世界って……」
「お前もいずれわかる。最強に一度でもなった場合、落ち目と見られた場合の掌返しの酷さは……」
「お察しします……」
ブライアンの本音を代弁してやるのぞみ。ブライアンは本心でそう思っているからだ。キタサンはブライアンの遠い目をする様に、掌返しをされたことのある身の上の辛さを垣間見た。
「おかげで、親父から勘当されちまった。私に家業継がせたかったようでな。私は酒屋に興味はないんだが……親父は姉貴は大学にやって、私に家業を継がせたがった。下の妹たちを食わせないとならんのは事実だが、私がしばらく現役を続け、名誉回復を果たせば、全盛期に近い収入は確保できるというのに」
ブライアンの実父は若い頃に音楽バンドを組んでいた経験があるので、ブライアンの思いに無理解ではなかったが、家業の安定と、ハヤヒデとブライアンの『下の姉妹たちを養おう』とするあまりに、ブライアンの思いを否定してしまった。それが彼の最大の不幸であり、彼はここからまもなく、心労が祟ったか、大病を患うことになる。のぞみもブライアンの思いを汲み、ハヤヒデを通す形で医療費を負担することになるが、彼の病は深刻で、数年後に逝去してしまう。ブライアンとハヤヒデは和解を望んだが、それは(結果的に)叶うことは無かった(ブライアンの勘当はハヤヒデが母親の意を汲んで、解くことになる。ハヤヒデは家を継いだ後、大学に通いながら、実家を切り盛りする事になるので、レース界から遠がかることになる)。
「ハヤヒデさんはどうするつもりですかね」
「おふくろからの頼みで、家を継ぐだろう。だから、レース業界とは、引退したら縁が切れるかもしれん。姉貴は私が走り続けるのを望むだろうから、姉貴の分も走り続けるさ」
それはのぞみなりのブライアンの本心の解釈であった。ブライアンは言動とは裏腹に、家族想いである一面があり、下の妹たちからは(理論派ではないのもあり)ハヤヒデより好かれている。それはハヤヒデも自覚している。
「ブライアンさんはどうするつもりですか?」
「海外遠征を最後の華にしたいが、オグリさんのように、どこかの有馬をトゥインクルレースの引き際にするつもりだ。世の中の連中は引退レースを勝たんと、後の時代にまで覚えておらん場合が多いからな……」
「そういうものですか?」
「そういうものだ。他の世界を見るとだな、ルドルフはまだいいほうで、シービーなどは……」
三冠馬であっても、シンザンやシービーなどは21世紀の頃には、ほとんど語られなくなっている。ディープインパクトやオルフェーヴルはあっても、シンザンやシービー、ルドルフは歴史上の存在となったので、ほとんど語られる事はない。
「時の流れって残酷だなぁ」
「私達はまだいいほうだ。映像機器の発達で、走る姿が後世に残るんだからな。あまりに古いと、映像がないからな。戦前戦中、戦後直後とか」
「確かに。TV番組もそんな感じらしいですね」
「都市伝説に、くまのぬいぐるみ事件というのがある。ゴルシが前にネタにしていたが、あれも本当にあったらしいが、映像がないので、作り話扱いだった時期すらあるくらいだぞ」
「あれ、私も親戚のおばあちゃんから聞いたことあるんですよ、それ。その時は聞き流してたんですけど、本当なんですね……」
「ゴルシ曰く、確かめようのない事柄らしいが、少なくとも、他の世界では、随分後に、おおよその年代は特定できたらしい」
ゴルシ曰く、『ガキの頃から気になってるから、ドラえもんに頼んで、22世紀以降にどうなったか聞いたら、年代は分かっても、細かい日付が不明だから、調査が行き詰まったんだと』とのこと。『いくらタイムテレビが発明されても、細かい日付がわからない事には、確かめようがないよ』というのが、ドラえもんの言。
「へぇ~。あ、そうだ。クラちゃんとダイヤちゃんに連絡取りますね」
「頼む」
と、キタサンと思わぬ話題で盛り上がったブライアン(のぞみ)。2010年代の年配の人のうち、若めの年代は1960年代に子供~青年であった世代になるので、キタサンは親戚のおばあさんにしつけを兼ねて、その都市伝説を教えられたのだろう。午後の練習時間の一コマだが、これ以降、キタサンはチームブリュンヒルトに馴染んでいくのだった。