――ナリタブライアンの復活劇の扱いは小さかった。折しも、次の世代のウマ娘『ディープインパクト』が三冠を達成しつつあり、世間の注目はそちらに集まっていたからだ。更にオルフェーヴル、その一期下にジェンティルドンナとゴルシが控えていたからだが、一度でも、ピークアウトしたウマ娘が全盛期の力を取り戻すなど、ウマ娘の常識ではあり得ない。だが、それは短期間にいくつも起こっていた。トレセン学園の保有する物資搬入港には、地球連邦海軍の『M型潜水母艦』(マッドアングラーの原型艦。戦後に同型艦が再建造され、連邦海軍を支えていた)が極秘に投錨していた。――
「連邦海軍の残った潜水母艦を?」
「軍縮時代に、水上艦はほとんどが解体されてたらしくて。慌てて、自衛隊や米海軍時代の骨董品を引っ張り出したり、その時代の代物を作り直したりしてるらしい」
ガトランティス戦役時、宇宙艦隊と空軍が壊滅した後は軍事力が無力化した戦訓から、21世紀の設計図を引っ張り出し、その時期の艦艇を作り直して、数合わせしているという連邦海軍。また、博物館行きになっていたアーレイ・バーク級を修繕して引っ張り出すなど、軍縮時代の弊害が軍の足かせとなった事がルドルフの口から語られる。ウマ娘世界に開通した『ゲート』を通ってやってくる、連邦海軍艦艇の大半が潜水艦であるのは、建造費が安いなどの都合だという。
「で、アクアジムとかがまだ使われてんの?」
「水陸両用機は一年戦争以外じゃ使われなかったから、これで充分だったって話。ガンダイバー(水中型ガンダム)で無理なら、ゲッターの水中用形態を使えばいいってのが、連邦軍のドクトリン」
「ふーん」
警備につくアクア・ジム。一年戦争の残存個体であるため、老朽化が激しい。最近は流石に『ジェガンの余剰個体に水中運用用の改修を施す』という形で置き換えが予定されていた。ゲッター3やゲッターポセイドンの量産はMSより遥かにコストがかかるという事らしい。性能も水圧への耐久性もMSの比ではないが、有人合体を実現しうるパイロットの確保が難しいため、ジムの後継であり、改造も容易いジェガンがアクアジムの後継ぎになるのは理に適っていた。それを遠目に見ている、ルドルフ、タイシン、テイオー。タイシンがいるのは、地球連邦(野比財団)との仲介役の役目を仰せつかっている都合である。
「タイシン、今回の搬入物のリストは?」
「シャカールやトラン(トランセンド)に手伝ってもらった。トレーニング器具(超合金ニューZ製。鋼鉄製の器具を壊しまくるジェンティルドンナ用)、疲労回復用のサプリメント……」
「ジェンティルドンナはどうにかできんのか。トレーニング器具がアホのように壊れていく……」
「あの筋肉ゴリラはゴルシで抑えるしかないって。オルフェーヴルが当たり負けしたし……」
「何気にひどいよ、タイシン」
「事実じゃん。そりゃ、運搬作業じゃ大助かりだけど」
ジェンティルドンナの圧倒的パワーはカワカミプリンセスを軽く上回り、ダートのウマ娘であるスマートファルコンをも超える。鉄球を物理的に握り潰す、トレーニング器具の鉄のバネをねじ切るなど、ウマ娘の基準でさえも『限界突破パワー』を発揮している。しかも恐ろしい事に、ジュニア級の時点で、だ。G1を勝った経験を持つ古参である彼女たちをして『筋肉ゴリラ』と言わしめるあたり、規格外の存在なのがわかる。
「でもさ、タイシンが生徒会に混じるのって、すごい事だと思うよ、ボク」
「あたしは前世だと、皐月賞しか取ってないし、あんた(テイオー)みたいに、有終の美を飾れたわけじゃない。それなのに、名だたる大物と一緒に仕事してるってのは、あたし自身さ、なんだかこそばゆいっつーか……」
タイシンはウイニングチケット、ビワハヤヒデと共に、平成三強の後継ぎを目されていた。だが、実際にはビワハヤヒデが突出して強くなったため、ウイニングチケットとタイシンは些か霞んでしまった。それはウマ娘となっても同じである。だが、ビワハヤヒデがターフを去ってしまう今となっては、タイシンとチケットは新たな使命を帯びている。
「君はハヤヒデの代わりに、ブライアンを間近で見守る役目を背負った。同じ『ナリタ』一族の好というべきか」
「あいつは……姉妹たちを食わせる役目があるから。おじさんはそれを意識しすぎたんだと思う。だから、ブライアンに家業を継がせたかったんだろうけど、あいつはそんなタマじゃない。あたしも、引退後は実家の花屋を漠然と継ぐつもりだったけど、可能性が拓けたし、まだ走るつもり」
ウマ娘たちは『波紋法』と『措置』で全盛期の走りを維持できるようになったか、取り戻したため、海外遠征を目指す者も増えた。だが、それ自体に運命の因果が結びつく者もいる。競技生命の終わりと直接結びつく『サクラローレル』、全盛期の終わりを意味する『サトノダイヤモンド』がそれだ。その一方で、既に史実の因果から解放されている故に、海外遠征を目指し始めた者もいる。ルドルフやブライアンがそれだ。『因果から解放されている』身故に、好きに走ることを選んでいる。タイシンもそれを選んだようだ。
「それで、君も卒業後は?」
「本当は実家の花屋を継ぐ予定だったけど、海外遠征を考えてる」
歴史的役割を終えた故に、却って自由に走れるというのも変な話だが、現役を続ける気になったらしい。
「市民ランナーって感じで落ち着くと思うんだ。いつかは継がないとまずいし。でも、若いうちは走ってたいんだよね」
タイシンはブライアンと違い、家業を継ぐ予定であるが、それを10年ほど先延ばしし、いつかは個人トレーナーとも結婚するが、それは35歳以降の話にするようだ。ブライアンと違うのは、両親がタイシンの意思を尊重している点だろう。
「ブライアンはどうするつもりだ?ハヤヒデは表立っての援助はできん身の上になってしまった(親が勘当したので)し、高校を出た後、大学部に行こうにも」
「のび太さんちに転がり込むつもりだって。それで財団のアルバイトで生活費を稼ぐつもりよ。しょうがないから、あたしが面倒を見る。親戚の好だし、トプロは忙しいし」
タイシンは(ハヤヒデの心配も鑑みて)ブライアンの面倒を見ることにしたと明言した。その関係で、ゴルシに『生徒会の空いてる役職』に放り込んでもらったと。
「生徒会のメンバーに入ったのも?」
「そうでないと、自由に動けないっしょ?卒業に必要な単位はもう取ってある。あいつの卒業後の生活のお膳立てもしないといけないし。あ、トプロには今は言わないでよ。あいつ、今が一番忙しい時期だしさ」
「了解した」
「わかってるって」
と、いうことで、タイシンはナリタ一族の好で、親友の妹であるブライアンの生活を助けることを選んだ。同じナリタ一族の『ナリタトップロード』はシニア級に入り、今後の人生を左右する時期であることから、まだ知らせないでほしいとも。ブライアンとタイシンは個人として、今後は野比財団と深い関係となっていくのだ。
「でもさ、立ち入り禁止にしてある上、警備会社とかに見張らせてあるのに、連邦軍の警備っている?」
「念のためだ。トレセン学園は軍隊と同等以上に膨大な物資を取り扱う。賊が出てこないとも限らんし、ゲートを通って、ジオンやティターンズ、コスモ・バビロニアの残党が来るともかぎらん」
「連中がゲートの警備を突破するのは想定してるんだね、カイチョー」
「連邦軍の練度は両極端だ。戦争続きで、新兵ばかりの部隊も多いという。そんな部隊が当番の場合、壁にもなれんそうだ。だから、陸海空宇の四軍からよりすぐった兵に警備をさせてるそうだ。」
「あれ、空間騎兵は?」
「彼等は宇宙軍付属の陸戦部隊という位置づけだそうだ。海兵隊のイメージがジオンのせいで悪化した故に考え出された名称だそうだ」
「空間騎兵ねぇ……あたしらに負けないような連中揃いなのよね」
空間騎兵は地球連邦全体で最も屈強な体躯の者を更に猛訓練で鍛え上げることで知られる。その関係で、プリキュアやウマ娘に素で対抗できる超人の巣窟ともされ、ネオジャパンのガンダムファイターも空間騎兵の前身の部署の出の軍人が初期に名を連ねている(第7回以降は『流派東方不敗』の継承者が多いという)。その教官ともなれば、トレセン学園のトレーナーに転職するのも容易である。
「彼等のうちの何人かはウチへの転職を口にしているそうでね。たぶん、来年は賑やかになりそうだよ」
「自衛隊上がりなのは何人かいるけど、ガチの軍隊上がりなの増えんの?そうでないと、ついてこれない連中も増えてるけど」
「まぁ、ゲッター線キメてる連中よりは『普通』かもよ」
「あいつらはおかしーって…」
流竜馬や一文字號ら『イカれた身体能力とゲッター線耐性』の超人に比べれば、空間騎兵は普通の人間なのは確かだが、基準がおかしいので、ため息のタイシン。
「ふむ。サプリメントに医薬品、食料品一式。確かに領収しました」
「では、我々は撤収作業に入ります」
連邦軍の主計科将校が納入品のリストをルドルフに渡し、ルドルフは書類にサインをする。対オグリキャップ用に量を増やしたら、ウマ娘世界の食品メーカーでは賄いきれなくなったため、地球連邦軍の余剰食品をもらい受けることになり、M型潜水母艦一隻分のそれが運ばれてきたのだ。普通の人間とウマ娘なら、有に半年は持つ量だが、オグリキャップ相手では、2ヶ月以下で尽きるという。そもそも、M型(本来は『ロックウッド級』という名を持っていたが、戦後はマッドアングラーというジオン名が著名となったために改名となったという)自体、潜水艦として空前絶後の巨体であったので、巨大な輸送量を誇る。それを数ヶ月ですっからかんにできるというあたり、オグリキャップの大食いは凄まじいのがわかる。
「ありがとうございます。オグリめ。これで衰えてきてただと?嘘だろ?」
「どういう事?」
「全盛期の頃はこれよりも多い量を食べていたんだ、あいつは。今は一度ピークアウトしていた分、食が細くなったとか」
「嘘でしょ」
「嘘だぁ」
オグリキャップは『昔に比べると、食が細くなったほうだ』と公言しているが、周りからは全く信用されていない。親しい友人であるルドルフでさえも、この反応である。
「あいつは食事に関しては信用できん。現役時代から、何件のレストランに苦情を入れられたと思う?」
「ど、どんまい……カイチョー」
オグリの大食漢ぶりは『街のレストラン一軒分を一回の食事ですっからかんにする』とされ、レストラン業界を恐れさせた。それは引退後に多少なりとも減ったというが、誤差の範囲だ。ルドルフもそこだけは参っているらしい。オグリの現役時代にお詫び行脚で嫌味を店主らに言われまくったからだった。
――ディープインパクトが今をときめき、次代のホープとして、オルフェーヴルが注目されるウマ娘世界。トリプルティアラもスティルインラブ、アパパネと続き、その後継として、ジェンティルドンナがにわかに注目されていた。ただし、トリプルティアラはラモーヌ、スティルインラブの両者ともに、達成後に勝利できなかった(ピークアウトが来た)ので、その後に勝利したウマ娘はアパパネが最初となったという――
――トレセン学園 食堂――
「それで、卒業まで?」
「そうなりそう」
「ブライアンさん、けっこうショックみたいだなー。勘当が。で、単位をあなたに取らせるって?コピーロボットのリバースエンジニアリングが成功したからって、無茶させてんなー」
「あはは…。もともと、お膳立てが役目だしね。まぁ、航士の出だから、21世紀の高校くらいは軽いけど」
のぞみは転生後、幼年学校から陸軍航空士官学校のコースを辿った。扶桑の旧来の航空兵科ではエリートに属する。その関係上、21世紀日本の高校程度は軽いものだ。
「現役時代だったら、学業はヒーヒー言ってたと思うけど、今なら問題ないしね。前世で教師だったし、今は職業軍人だし」
相談役のナイスネイチャにそう話す。転生の恩恵を多分に得たのも事実だが、それでも手にできなかったモノもある。扶桑で予備役になり、教師になることだ。諸外国では教師が有事に軍の将校となる事は当たり前だが、日本では『戦後の価値観の変貌で蛇蝎の如く嫌われ、タブーとなっている』感があり、その理屈で官僚は話を潰したが、プリキュア戦士であることの判明と、転職が扶桑皇室のお墨付きだったことで外交問題になった。結局、日本は『話を潰したのは幾重にも詫びるし、予備役制度がガタガタになったことの埋め合わせもすぐにするから、戦争だけは勘弁してくれ』と平謝りする羽目となった。だが、不満分子と見なされた扶桑軍の予備役将校が最前線送りにされ、多くが戦死しているのも事実だ。のぞみが自由気ままに勤務できているのは、この事件の損害の埋め合わせで、黒江たちと同等の『特権』を得たからである。
「で、どうすんの?」
「ロウソクの燃え尽きる直前みたいって言われてるだろうから、GⅡをいくつか勝っていく。GⅡくらいのレースをぶっちぎりで勝てば、物の見方も変わるだろうし」
「世間は移ろいゆくからねぇ」
「89世代(史実)よりはマシだと思うけどね。あの世代はガチで谷間世代だし。もっとも、この世界にいたのかわからないようだけど、サンデーサイレンスは」
「カフェの守護霊になってることからすると、ウマ娘にならなかったのかな」
「どうだろう。本人(サンデーサイレンス)もぼかしてるしな、そのあたりで、次はチームファーストとの初対決だけど、ウチのメンバー相手に喧嘩売る気?三冠、名スプリンター、マイル王、名ステイヤー、ダートの王者がズラリだよ?普通なら、裸足で逃げ出すか、泡吹いて失神だ」
「向こうさんも今、ガチで頭抱えてると思うよ?いくら伸び盛りの連中を均一のトレーニングで鍛えたとこで、どこかで頭打ちになるやん?おまけに実践の実績自体は皆無。対して、こっちはあたしも含めての百戦錬磨、時代を担ってきた連中が海千山千。しかも各世代のガチでトップクラス。今頃、理事長代理、先輩たちの現役時代のデータとパソコンに打ち込んで、場面とにらめっこしてるかも」
「こっちもその対策を練ってるのは考えないのかね?」
「能力がずば抜けてると、基礎を手抜きしがちだって統計があるんだって。そんなの、世代のトップクラスをキープしてきた連中には無意味だっつーのに」
ネイチャもなんだかんだ言って、テイオー世代のトップクラスのウマ娘である。自分を卑下しがちだが、凡百のウマ娘よりよほど才能があるウマ娘である。
「今、シャカールやトランさんが向こうのデータを集めてる。一両日中にはまとめてくるって」
「わかった。で、あのボウズは?」
「ああ、ジャンポケ?フジ先輩がそっちの世界で療養に入ったじゃん?それで,すっかりションボリ」
「なんだ、意外に可愛いとこあんじゃん」
「この間、テンメイさんにギリギリまで追い込まれてたじゃん。彼女が完全に全盛期の状態なら…」
「ぶち抜かれてたってことか」
「うん。最後の直線でね。それもショックみたいだ。現役のダービーウマ娘が、引退してずいぶんの天皇賞ウマ娘に抜かれかけたの」
「やれやれ。意外に打たれ弱いな」
「タキオンのライバルだって自認してたから、あの子。それが引退してずいぶんの人に追い込まれたなんて。ショックなんだよ、たぶん」
「アグネスタキオン、か……」
「足が完全にガタガタになってなければ、三冠間違いなしの実力者だったもの。それと互角に走れたって誇りがあるから、地味に効いたんだろうな」
「やれやれ。前の世代を舐めるなってことだよな。『仕事』でそういう経験はけっこうしてきたし、プリキュアとしては初期世代だったから、2017年以降の後輩とは、現役時代はあまり会ってないし、そういう事、自分がした経験ないんだよな、あまり」
のぞみは自身が戦闘面で実力者と言われて久しいが、先輩後輩を含めても、自身が先頭に立つ事はあまり無く、中間管理職的なポジションが続いていた。完全にリーダー格扱いされたのは転生してからのだが、隊内で中間管理職であるので、代の離れた後輩にドヤ顔できる機会はそんなにない。
「上の世代を舐めちゃいかん、下の世代を見下したら、一泡吹かせられる。それが世の中の真理じゃん?普通は。ところが、うちら『魔女の界隈』は世代交代が最短で数年のうちに起こるから、黄金世代とその後で差が生まれがちだけど、後の代は上を見下しがちでね。まぁ、敵が強くなってきてるって自負があるからだけど、それで外交問題になったんだよな。つまり、どこも問題が起こりがちって事さ」
ウマ娘世界は上下の世代の格差は(近年であれば)生じにくいが、魔女の世界は基本的に『史実で撃墜王が出る年代を過ぎると、ガクンと輩出数が落ち込む』という負の側面がある。扶桑はその通りに、1945年8月15日を境に、魔女の覚醒数がガクンと落ち込んだ。回復は1954年(自衛隊が設立された時期)以降であろうと見込まれている。その関係上、『軍に残る熟練者は何が何でも、国家に奉仕せねばならない』。それが扶桑軍の高給幹部らの認識であった。のぞみは(政治問題の当事者であるのもあって)転職はもはや叶わないので、軍で(逆に)立身出世したほうが早かった。そうしたほうが転生先の実家と出身地域に顔向けできるからだ。
「そっちでも問題って起きるんだなぁ」
「転生先の実家を半分飛び出したようなもんだし、容姿も本気で別人になってるから、戻れなくてさ。それもあったんだよね、世話になるの決めたの。先輩の薦めもあったけど。それに、軍でいっそのこと、行けるとこまで出世したほうが顔向けできるし」
「昔気質の考えだねぇ」
「転生したの、昭和の初め頃だもの。死んだ時は令和か、その一個後の元号になってたのが、昭和の初め頃だからね。記憶が戻った時は困ったよ。娯楽がない!!」
「確かに、あたしらが今、楽しんでる文化って、ほとんどが昭和の中頃を超えたあたりに雛形ができたもんねぇ。インベーダーゲームも1970年代の終りだし」
「先輩たちが異世界を行き交う身だから、個人的には助かったよ。なにせ、あたしの転生先、中国がある時に滅んで、欧州から存在を忘却されてた世界でさ。麻雀もあるかどうかでさ……」
魔女の世界では、中華文明が明朝の頃に李氏朝鮮共々に完全に滅亡。扶桑がその残滓を継承したものの、欧州からは存在を忘却された。その関係上、麻雀も扶桑に伝わったか定かではない。黒江たちは転生者かつ、異世界を行き交うことが可能な身故に、麻雀を楽しんでいるのだ。
「先輩たちが異世界を行き交ってたから、そこは助かったけどさ。自分でゲーム機と映像プレーヤーを持ち込んでるし」
「異世界を行き交えると、趣味もハイカラになるんだなぁ」
「アウトドアもきっちり趣味持ってるから、軍で一番ハイカラだよ、あの人たち。それで、押しも押されぬエースパイロットだから、周りは文句を言えないってわけ。パソコンも使うようになったから、書類仕事は減ったし」
「そっちは普通、書類を書きまくって、そのついでって感じだもんね。現場の仕事」
黒江たちは転生を繰り返していたので、自身の立場が確固たるものになった後は趣味人率が高い。更に書類仕事が面倒くさいので、パソコンとネットワークを軍に導入させ、自身の仕事を楽にするなど、異世界を行き交う手段を得た後は『文明の利器』を活用している。
「そんな時に、あんたの先輩がテイオーやマックイーンに出会ったわけね」
「うん。それから生徒会に話が知られて、こういう状況になったわけ」
「波紋法とかゲッター線とか駆使して、やっとだもんなぁ、あたしらが『思うような競技人生』を送れるのって」
「元々、サラブレッドの特性が発現してるから、最良のパフォーマンスを出せる期間が一年半から二年半くらいってのは短すぎなんだよ。人間なら、最適な環境って条件さえクリアできれば、全盛期は10代の終わりから30前半くらいまでの場合もあるもの。野球選手とか」
流石にアスリートとしての全盛期が短すぎるという問題を(競走馬であった過去性を持つ場合は)強く認識しだしたウマ娘たち。過去性を思い出した場合は、過去を超えたいと願う。それはブライアンも、テイオーも、マックイーンも同じである。機会を得られたのなら…と飛びつくのは無理もないと、ネイチャはいう。
「過去を思い出すとさ、どうしても超えたいって思うんだよね。あたしも、前世では同期の誰よりも長く生きたけど、アスリートとしてやりきれたかは、ね」
引退後に長く生きた記憶を取り戻した故か、ナイスネイチャもアスリートとしての自らを省みたようだ。
「ブライアンさんは前世で早世した上、自分の子たちが後継になれなかった記憶があるから、余計に強いかも。戦後の三冠馬で後継を残せなかった分……」
「たぶんね。全盛期と凋落の落差が大きいのもあると思う」
「あの人はそれすらも運命の因果に縛られた結果だって自覚したから、余計にアスリートとして満足のいく形で、引退したいんじゃないかな」
「オグリちゃんが師匠なら、余計にそう願ってるはず。有馬記念を有終の美にしたいって言ってたし」
ブライアンのアスリートとしての願いは『オグリキャップのように、有終の美を飾りたい』事。オグリの功罪と評される事があるが、実際、有馬記念を引退レースに定める事は2010年代後半には減少傾向にあるため、ブライアンはそれをなし得ることで自身の『前世と現世での青春時代』に区切りをつけたい。それはのぞみAにも常々言っていた。
「有馬か…。それが?」
「うん。史実で言う、1990年の有馬。その奇跡を再現して引退したいんじゃないかな」
オグリキャップのラストランの奇跡に魅せられた者としての願い。そのオグリの二つ名『怪物』を受け継いだ者としての責務。ブライアンは入れ替わる前、それが自身が前世を超えるための目標だと述べていたと、ネイチャに教える。
――時代は移ろいゆくが、奇跡は起きる。オグリさんがそうだったのだから――
その言葉は、彼女が(この世界線においては)オグリを師と仰ぎ、平成三強の薫陶を受けて育ったことの表れだろう。この世界線においては、野比家のマンションの自室に『幼少期に撮った、オグリキャップ&タマモクロスとの写真』の入った写真立てを置いているなど、他の世界線より『目上を敬う』気持ちが強い。その点で言えば、ルドルフを慕うテイオーの気持ちを理解しているともいえる。オグリもブライアンをよく可愛がっており(引退後は)、背伸びして『お姉さんぶっている』ところがある。それはテイオーたちの代が退き始めた頃には(周囲の)周知の事実となっている。ブライアンの純真な側面が(この世界線では)表に出ている。オグリキャップは(自身とゴルシの試みの結果)ブライアンに慕われることになった。オグリはこれに『慕ってくれるのは構わないが、うちの妹のローマンが嫉妬してしまってな……』とボヤいてもいる。(オグリの年の離れた妹である『オグリローマン』はブライアンの同期で、常に偉大な姉と比較されて育ったせいか、愛憎入り交じった感情が姉にある。姉へのコンプレックスを抱えてきたため、捻くれ者に育ってしまったとのこと)。ブライアンが再起を志向したのは、師のそんな悩みを自身の走りで解決してあげたいという思いも絡んでいた。
――かくして、のぞみAはそんな思いを汲む形で、トレセン学園での生活を続けていくのであった――