――史実の日独伊三国同盟の実態から、日本は独伊相当の国へ不信を抱いており、カールスラントとロマーニャはそれが原因で苦境に立たされた。カールスラントが日本連邦への補償を急いだのは、誠実さのアピールであったが、結局はヘルマン・ゲーリングの失態で莫大な違約金と賠償金を搾り取られる事になり、同国は一気に財政難に陥る。以後のカールスラントは旧・東西地域出身者の相互不信の拡大などで内戦に突入。暗黒時代と呼ばれるほどの『暗黒の20世紀後半』を迎えていく。ロマーニャは多少の余裕は生じたが、五共和国派などが統一の動きを阻んだ。ロマーニャもそのテロなどが原因でイタリア半島統一が遅れに遅れ、それが完全に成るのは、なんと、当時の人間達の多くが世を去った後の『2001年』であったという――
――日本連邦は加速度的に軍備を強大化させた。魔女装備の技術的停滞を除けば、概ね、史実冷戦末期相当の技術レベルに到達していた。ミサイル兵器が急速に普及する一方で、怪異のビームへの生存性の担保が巡洋艦以下では難しく、戦艦が主力装備として生き続ける事になった。さらに言えば、怪異は魔女を捕まえ、自身に取り込むことも史実の坂本の顛末で判明しており、それも魔女の優位性が揺らいでしまった理由であった。また、魔眼も絶対優位にない事が雁淵孝美の史実で判明しており、それが近代兵器の発展で浮き彫りになり、いつも活躍するのが、特定の統合戦闘航空団の面々であると報道された事も、魔女の人気低下を引き起こした。この流れが魔女界隈のコミュニティの縮小を決定づけた。世代交代を促進させていた軍部を政治が強引に押さえつけたために、魔女の世代交代が停滞したからである。結局、世代交代は『1945年当時の中堅世代のポカ』で実質的に達成するが、ジュネーブ条約が足枷になり、『最低でも16歳を超えていないと、軍に志願もできない』規則が農村部の子女を躊躇わせたのだ。この問題は農村部に近代教育が根付いた後の時期にまで引きずる事になり、黒江たちの世代が長らく現場を支える事になる。(芳佳の世代の多くが1947年に駆け込み退役をしたのも痛手であった)――
――超大和型の開発には異論も多かった。既に建造済みの大和型の砲を強化すればいいと。だが、大和型は史実でもそうであるように、46cm砲を扱う上での最小サイズで設計されており、48cm砲が載せられる限界である事、それを超えると、反動を船体が抑えられないなどの理由で開発が再開された。問題とされた『砲身命数の短さ』は未来世界の技術で解決することとされ、M動乱以降に投入された。本来、扶桑固有の技術では、10年近くの建造時間がかかる上、費用対効果が疑問視されていたので、未来世界の力を借りたおかげで、ごく短期間での量産が叶った。この成功は扶桑が未来世界に軍備を大規模に発注するきっかけとなり、地球連邦も余剰装備を気前よく卸した。扶桑が未来世界に頼ったのは、魔女の世代交代の停滞などでの痛手を科学で補うためであったが、その観点でいうなら、大成功であった――
――実際、扶桑にとって『開発中の兵器』が『しょせんは世界水準に及ばないから、開発中止だ!』と宣告されてしまう事例が相次いだ他、『紫電改』や『烈風』すら『F8Fに勝てないだろ』という理由で『次だ次!!』と扱われ、開発陣は屈辱を味わった。扶桑の底力の発露は『扶桑最後の新規設計のレシプロ戦闘機』の称号を得た『陣風』であった。初期型の時点で3000馬力エンジンを積み、艦載運用も可能な機体である。25ミリ機銃六門の対戦闘機型、30ミリ機銃四門の重爆迎撃型の二つが造られ、ダイ・アナザー・デイでの『レシプロ最後の華』となった。それ以降は史実の戦後型ジェット機が後継に収まっていくわけだが、それに納得しない技術陣も多く、日本連邦はその扱いに難儀した。その兼ね合いで、史実にはない型が造られる事になった戦闘機も多い。太平洋戦争以降は開発費高騰などの理由で、開発のペースが次第に落ち着くため、1945~49年までが航空軍事産業が最も活気のあった時期だと記録されていく――
――こうして、超大国化への道を歩む扶桑だが、魔女の社会的特権は(ダイ・アナザー・デイとその後のクーデター事件での醜態で)縮小に向かった。だが、魔女の志願数低下が顕著であった事から、妥協的に一定範囲の権利は保証された。一部の極限された天才の才能に頼ることを良しとしない論調が盛り上がったからである。特権がなくなった途端に、掌返しで迫害する農村部の人間らの醜悪さがクローズアップされたためでもあった。そのために、『MAT』は単なる『人同士の戦闘を好まない魔女の受け皿』という目的を超えて肥大化していき、軍の定数割れの原因ともなる。小さい農村の多くが1950年代に廃村になっていくのは、これらの流れで、貴重な若者が都会に出ていってしまい、老人たちがその時代に亡くなっていったからだった。のぞみたちはそんな時代に貴重な『高等教育機関を普通に出ている経験を持つ』者であったため、扶桑軍で佐官級以上の階級へ瞬く間に昇進していった。扶桑では小卒も珍しくない時代であったからだ。この『中卒も少ない』問題の解決は『中等教育が農村部にも浸透する』まで待たねばならない。時代的に職業軍人コースをいく魔女は少数派であったので、職業軍人コース(将校)であった魔女がプリキュア化したのは僥倖と言えた――
――強大な力を持つものはすべからく、戦う事を求められる。魔女にしても、プリキュアにしても、だ。それに見合う権利は必要であった。扶桑の華族もそうであった。日本の『支配階級の保護のためのお飾り』と揶揄された同名の制度と違い、ノブリス・オブリージュの精神による出征と出仕が義務として根付いていた。黒田家のお家騒動もその事に由来する。日本の一部はこの騒動を身分廃止の大義名分にしようとしたが、いくらなんでも、それは内政干渉になるので、潮が引くように手出しを止めていった。扶桑の公安警察に逮捕されるからでもある。だが、華族に衝撃を与えるには充分であり、華族の少なからずが嫡流ではない『魔女の子女』に当主を継がせるようになる。また、文化財をないがしろにしたとし、伊達侯爵家が伯爵に降格させられるなどの出来事も起こった。この一連の騒動は華族に一種の緊張状態をもたらし、同時に『名門の嫡流から優秀な魔女が出るとは限らない』という事実を大衆に知らしめた。以後、『名門とされた家柄の傍流から出た魔女が本家の当主になる』事が増加していくのである。黒田はその関係で『軍務と距離を置かねばならなくなった』ので、籍は残されたが、軍務をこなせなくなったので、隊の後事を後輩ののぞみに託した。デザリアム戦役中のことであった――
――扶桑はこうした騒動で国体の改革の端緒につき、軍部の統制を総理大臣(実質はその背後にいる『Y委員会』だが)に移譲した。その過程で、過去に内親王の行った『武子への指揮権移譲』は日本連邦成立時に問題視されたが、当時の扶桑の法律では合法であった事、緊急事態であった事を勘案し、改めてお咎めなしとされたが、武子は64F司令の座を降りれなくなった。政治的に(一方的に)危険視されたからだ。本人は個人戦果の宣伝が嫌い(隊全体を持ち上げるのは許していたが)であったのも要因であった。個人主義の時代が訪れたことで、自身の心情が時代遅れになったことで胃を痛くしているのは言うまでもなく、1946年以降は『隊の運営の多くを友人らに委託していた』。これは日本連邦の時代の到来で、個人戦果の非公表の方針が公に非難される時代となった事、日本側に戦闘詳報の信用度がゼロなためであった。その兼ね合いで、64Fの司令としての軍務がキャリアの大半となる道を辿っていくのである――
――統合戦闘航空団の枠組みは、相次いだカールスラントの不祥事で『凍結』とされ、実質的に64Fがその後釜に収まった。これは司令部の思惑通りではなく、本来は最も練度の高い501を中心に『各統合戦闘航空団を集中運用する』という構想が練られていた。だが、実際には内通者がその統合戦闘航空団の一つの幹部であったり、私情での増強人員の冷遇などが次々と発覚。その名誉は地に落ちた。その関係で、扶桑の英雄部隊であった64Fの編制が凍結を解かれ、実質的に統合戦闘航空団の代わりにされたのである。だが、他国の多くが『理由をつけて』、人員を強引に引き上げたため、前線の崩壊は明らかと思われた。その窮地を救ったのが、歴代のプリキュア達であった。彼女らの奮戦は、サボタージュを公然と実行していた魔女達に対する大衆の視線を厳しくした。プリキュアたちが自身を更に上回る地力の持ち主に果敢に立ち向かったのに、魔女達は『自分たちは人同士の戦争には加担しない』と宣っていたのだから、当然であった。このサボタージュの被害により、ダイ・アナザー・デイの後期には、全戦域の制空権を支える羽目に陥った64F。その関係で、未来兵器が次第に解禁されていった。元々、未来兵器の解禁は上層部の承諾を得てのものであったが、当時の責任者であるミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの早合点で投入が厳禁とされていた。この早合点も人事上の失点に入ったのは、いうまでもない。未来兵器の力はミーナの想像を超えるものであったからだ。VFなどは熱核融合反応タービンを有し、大気圏内の作戦に限るが、航続距離や燃料消費を考えないでいいという最大の利点を知らなかった。これがもっとも不味かった。自分たちの尺度で未来兵器を見ていた事になるからだ。ハルトマンとシャーリーも流石にこの失態は庇えず、ミーナの降格の一因となる――擁護として、機密書類が開示された後世の歴史家たちから『上層部の秘密主義が良くなかった。最初からその性能を理解させておけば……』と、ミーナ本来の人物像の観点からの擁護があるが、当事者からの擁護はその時代になっても『なかった』。その点から、当事者達からは『大失態』と見られていた事がわかる。軍事的に擁護しようがない失態として、『ロマーニャ陸軍の戦闘能力喪失が起こった』からだ。元々、ロマーニャ陸軍の戦力は1940年代の水準で見ても『二流以下』であり、日本連邦軍の予測では『史実より戦力がないので、二週間ほどで戦闘能力が消えるだろう』ということであったが、魔女のサボタージュで航空戦力が有名無実化していたところに追い打ちをかけてしまい、ロマーニャ陸軍の主力は哀れにも『サラバ』とのモールス信号を司令部へ残し、その全員が玉砕した。その元凶と見なされたからだ。その仇討ち戦では、ミーナに代わって指揮を代行したグンドュラ・ラルの指揮のもと、敵一個軍団を文字通りに全滅させたものの、ロマーニャ一国の陸軍力を壊滅させてしまった失態と釣り合わなかったのは言うまでもない――
――ロマーニャ陸軍の壊滅はカールスラントの撤兵で戦力の低下した連合軍には破滅に近い事態であり、シャルル・ド・ゴールも連合陸軍の破滅を前提の行動を起こしていた。だが、歴代のプリキュア、それに加勢した時空管理局、地球連邦軍、ヒーローらの連合は圧倒的なリベリオン陸軍の猛攻を跳ね返した。更には、キャプテン・ハーロック、クイーンエメラルダスも参戦し、リベリオン軍は史上空前規模の軍勢を投入しながらも、長期戦の末に敗北を喫した。ダイ・アナザー・デイの戦場跡は1949年度には、各国の裁量で公園として整備されだした。また、比較的に状態の良い兵器は各国軍が回収し、自軍の戦力としていった。停戦が決まった時に、P-51などは大量に遺棄されたからである。M4中戦車だけでも数万が投入され、その多くが生き残ったのだから、当然であった。M4中戦車はダイ・アナザー・デイで壊滅した欧州陸軍の再建に貢献したわけだが、それすら扱いきれない国もある。日本連邦はM4の鹵獲よりも、戦後型戦車での戦中型の駆逐を志向する者、カールスラントの遺棄兵器を再利用しようとする者、戦中型戦車で場を持たせたい者、ブリタニア戦車を増やしたい者の四者の抗争が続いたが、戦時への移行で、カールスラントの遺棄兵器の再利用とブリタニアからの購入で戦線をとりあえず支える派が勝利した。戦後日本型戦車は年に数十両も生産されれば、『いい方』であったためもあった――
――ブリタニアは赤城の一件での賠償金を取り戻せる機会であったので、1945年に最新鋭であったセンチュリオン戦車のライセンス生産権を日本連邦に与えた。これは英国が次期戦闘機の開発を日本と共同を模索していた時期であり、その事の確約を兼ねたものであった。現地世界では最新鋭の巡航戦車であったので、ライセンス生産権の授与に反対の声が大きかったが、遥かに高性能な日本戦車の量産で市場を荒らされるより、赤城の一件での賠償金を取り返せる千載一遇の好機を利用する事にしたのだ。カールスラントが出し渋ったために、国家自体が『21世紀になろうとも、拭いきれないダメージ』を負わされたのを他山の石としたわけだ。また、『アジア系国家を怒らせたらどうなるか?』という疑問が特攻や自爆という形で示された結果、欧州系国家は(近世に武士団に蹂躙された記憶もあり)日本連邦を強く恐れるようになった。カールスラントがそれを実践してしまい、国家どころか、民族存亡の瀬戸際に陥ったからだ――
――日本連邦の恐ろしさを肌で感じた連合軍の将兵は(自戒の意味もこめて)ミーナの犯したミスを語り継いだ。もし、ミーナが坂本関連の事で私情に走らなければ、大佐の地位は確実であったし、将来は空軍総監にもなれていただろう。だが、私情で他国の英雄を冷遇した事が発覚したことで二階級の降格となり、飛行資格の停止処分も食らう有様となった。その後の別人格の奮闘で佐官に戻れたものの、日本連邦との外交問題の元凶と見做され、単なる一将校の扱いとされ、将官に出世することは現役中、ついになかったという。ミーナが免職にならなかったのは、ミーナは坂本が絡まない場では『冷静沈着な将校である』で通り、実際にそうであったからだ。この他にも、ジョージ・パットンが史実の自分の起こした一件、ミーナへの厳しい態度、M26重戦車関連の不勉強な発言が原因で大炎上。彼は幸いにも、子息も史実の戦後期に高官になる運命であったので(知識がないのを副官にどうにかさせるタイプであったため)、それとの兼ね合いで『前線で死ぬまで働かす』こととされた(史実のパットンには暗殺疑惑すらあった)。パットンは平時に向かない指揮官であることは誰の目にも明らかであり、アイゼンハワーでさえ『パットンは戦場で英雄的に死んだほうが幸福だろう』との一言を漏らすほどであった。ある意味、子息と違い、パットンは戦争の時代でしか輝けない気質の軍人であったといえる。それは幸福か、不幸か。この二人の顛末は気質が対照的ながら、似た顛末となった事から、後世の歴史家には『連合軍の抱えた二大悲劇』として記録される。これらの顛末はロンメルが圭子に『死後に発表してくれ』と頼んでおいた『従軍日誌』に記録されており、それらの記述は1949年から数十年後、アフリカ三将軍の全員が世を去った後に圭子の新作として発表されたという。
――かくして、のぞみは1946年以降、正式に中島錦としてではなく、『夢原のぞみ』として生きる事になった。その頃には、クーデター鎮圧とダイ・アナザー・デイの戦功で皇室の覚えもめでたく、その2年後には『予備役編入と転職』が内定していたわけである。話が潰された段階では、地元の小学校もそうなるのを前提に動いており、文科省が気がついた時には、政治問題に発展することは確定していた。その小学校の損害補償も絡むからだ。その当時の日本の総理大臣の文部科学相への叱責がどんなものかは、ドラえもんが調査し、後に圭子がゴシップ誌に売り込んだ内容で判明していた――
――君の部署の官僚がやらかしたせいで、扶桑と外交問題になりそうなのだ。この責任は取ってくれるね?――
後に総理大臣の秘書官が圭子に語ったところによると、総理大臣は額に青筋を立てる勢いで責め立て、文部科学相は自分の監督部署の若手官僚がまさか、越権といえる誹謗中傷をしたとは信じられなかったものの、総理大臣の剣幕に萎縮していたという。
――万が一、戦艦大和に東京が砲撃されたら、君に全責任を負ってもらう。君の部下は件の将校を罵ったそうだよ?口汚く。農林水産省からタレコミがあった――
とのこと。総理大臣は扶桑の超戦艦群に東京を砲撃される事態を恐れていた。扶桑軍は戦後日本より迅速に命令を処理できる。もし、霞が関を撃とうと思えば、東京湾に戦艦大和を停泊させ、46cm砲を撃たせればいい。史実よりも高精度で撃たれた46cm砲弾は東京23区を火の海にできる。それを総理大臣は知っているのだ。
――要は、文科省を扶桑を宥めるための生贄にするということであった。これは文科省内部の庇い立てする論調を粉砕するための脅し文句であったが、文科省には絶大な効果であった。この脅しがなされた数日後、日本を訪れた『連合艦隊司令長官・山口多聞』提督が日本の防衛省に懸念を伝え、正式な外交特使として『鈴木貫太郎』(元総理大臣・海軍大将)、『岡田啓介』(元総理大臣・海軍長老)が日本を訪れる旨を通告。歴史上の人物と化したはずの元総理大臣かつ、元の海軍大将の来訪は日本を大いに狼狽させた。彼らは脅しも兼ね、現役当時の勲章を身に着けた礼装姿で訪れた。既に1946年には『長老』と言っていいくらいの年齢の総理大臣兼提督。扶桑の規定では合法なので、軍経験者が総理大臣なのはよくある事である故だが、日露戦争時代が現役最盛期の人間たちなので、当然、黎明期の連合艦隊を覚えている。なにせ、日露戦争で既に佐官であった世代の軍人だ。会談を含めた来日の日程の多くは在日米海軍・海自の関連施設の見学であり、元々が海軍の出であるのがわかるものであった――
――彼らを護衛したのが、現任の艦娘では最高の戦闘能力を誇る大和、その先輩である長門であった。長門はダイ・アナザー・デイでの活躍を記念したか、扶桑造船部が張り切ったか、その艤装が一新されており、大和も51cm三連装砲に換装済みであった。大和はその儚げな美貌と裏腹の『ウォーモンガー』ぶり(宇宙戦艦ヤマトになった後の歴代艦長の気質が影響を与えたとのこと)が、長門は甘党ぶりが話題になった。大和は一度沈んだ後に時を経て、宇宙戦艦ヤマトとなることは既に暗黙の了解であったため、宇宙戦艦ヤマトのファンの間で『誰の影響が大きいか』で議論となったという。(実際にヤマトは前世が嘘のように、大艦隊戦を戦い抜いている)長門は史実で多くの提督や艦長が乗艦したが、山本五十六の影響が特に大きいことが話題になった。実艦は既に退役していたが、艦娘の長門は現役なので、艦娘の長門は『実艦が退役したからと、私までロートル扱いはしないでくれ』と愚痴ったという。とはいえ、実艦の世代が古いため、アイオワにパワーでは到底及ばないなど、能力差を感じていてもいるので、実艦の性能が艦娘としての力の差に繋がるのも事実であった。――
――1945年以降、その存在が明るみに出た艦娘達は日本連邦に戦力を集約させることとされ、外国の出自を持つ艦でも、日本連邦の指揮下に入った。問題は外見が艦の規模の反映で、海防艦はどう見てもローティーンに見えるため、メディア露出は避けられ、ミドルティーン以上の外見持ちの駆逐艦以上が日本向けのメディアに登場した。その中では、大和、長門、赤城、加賀、金剛、吹雪などは顔が知られていた都合もあり、メディア露出が特に多い。金剛はキャラが立っていたためか、特に日本での活動が多い艦娘だが、実は実艦の艦歴を考えれば、東郷平八郎を覚えているのである――
「おい、金剛。実艦考えれば、立派におばあちゃんだよな」
「誰がおばあちゃんデスカ!!こんなピチピチした美女を捕まえておいて……」
仕事で会うことが多い黒江にツッコまれても、これだ。金剛は見かけが若々しく、ノリの良い性格でもあるので、乗艦した提督ではなく、出自が艦娘としての人格に影響を与えたという疑惑もある。
「なんだ、貴官らも休憩か?」
「なんだ、グラーフ・ツェッペリンか。珍しいな?」
「ビスマルクが日本連邦の艦隊に正式に編入となるのが通ったから、手続きを手伝ってやってたんだが、愚痴っぽくなっていたぞ?」
グラーフ・ツェッペリンはキュアフェリーチェに声が良く似ているが、こちらは軍人らしい口調もあり、また違った印象を与える。
「そりゃ愚痴っぽくもなりマース。ビスマルクはせいぜい、主砲は15インチ、対して、こっちは最大で20インチなのデス」
「ビスマルクがビールを煽りながら、絡み酒してな、こちらは大変だったんだぞ?」
「察してやれよ。欧州の王者を気取っていて、いざ東洋に来たら、化け物みたいな日米の船の艦娘がひしめいてたんだから。それに、あいつは日本の艦娘と違って、遠距離戦向けの艤装はないからな」
ビスマルクは独系艦娘では最強なのだが、大和や武蔵に比べれば見劣りする。遠距離向きの艤装を(実艦の都合で)持たない。理想的な条件下では長門以上の防御力を発揮するが、砲防御が(生まれたバルト海での近距離戦を前提にしていたため)どうしても、日本の艦娘より脆弱なのだ。
「貴官らは太平洋の大海原に慣れているが、私達は日が浅いのだ。そう断言されても、な」
「わかっている。だからこそ、夜戦でお前のドイツ流の航空管制が役に立つかもしれんのだ、グラーフ」
「やれやれ」
「OH……アヤカ、人が集まって来てマース」
「当たり前だ。ここは防衛省の中だぞ。俺達みたいな美人が休憩スペースのテーブルを囲んでみろ。野郎どもが集まるに決まっとる」
黒江達がいるのは、2023年の防衛省のGフォース本部近くの休憩スペースであった。防衛省の堅苦しい雰囲気にそぐわないくらいの超美人がたむろしていれば、男性陣の注目を浴びるのは当然だ。
「貴様ら、女の子をジロジロ見るんじゃない。たるんどるぞ」
『失礼しました、統括官!』
と、その場に集まった男性自衛官らが一斉に敬礼しながら、非礼を詫びる。
「事務仕事で鬱憤が溜まってるようだな、貴様ら」
『ハッ、申し訳ありません!』
「正直でよろしい。私の権限で、貴様らをGフォースの訓練フルコースを味あわせてやろうか?」
『臨むところであります!!』
大合唱だ。
「よーし、今から数時間後にGフォース用のスペースに集合!!貴様らの上官には、体験入隊ということで伝えておく。解散!!」
と、男たちを取りまとめる。彼らが去った後。
「本当に訓練させるのか?」
「体験はさせる。事務方も必要だから、どこかで募集をかける気だったからな、実際。金剛、グラーフ・ツェッペリン。お前らも手伝え」
「OH……」
それは『遠征』の直前のことであった。黒江はタイムマシンも駆使し、複数の世界を渡り歩いているため、遠征の直前まで、あちらこちらで勤務をしているのである。また、ドラえもんの世界(21世紀日本)には現在、金剛とグラーフ・ツェッペリンの両名が滞在中である事がわかる。普通に防衛省で勤務しているので、艦娘のコスチュームは『仕事着』で押し通したらしく、金剛は普通に巫女装束姿だ。防衛省の防衛官僚らは『目の保養』にもなるからか、密かに艦娘ウォッチングを楽しんでいるわけだが、それは日本の『擬人化』への寛容性の表れとも言えた。