ストライカーユニットの予期せぬ欠陥で、武子が一時的に入院した時期があったのだが、その期間に最後の代理であった宮部大佐は自分に非がないのに、日本に査問される事態に陥った。彼女は広瀬大佐(セラ)同様に、単なる判子押しの立場だったが、史実の64戦隊が根本的な機種転換を拒んだ記録があった故に、保守論者だと決めつけられていたからだが、黒江たちが絶対的な権限を持っている以上、彼女は単なる『軍政上の都合で置かれた代理』に過ぎない。彼女はそれを明確に述べた。彼女に非はなく、機種転換の決定等の権利は実際に彼女にはないからだ。この事態以降、扶桑空軍では、隊長が怪我で後方に送られた場合は『隊の有力な中隊長が代理を務める』という規則が明分化されていった。日本の介入が現場の萎縮を招いたからだ。また、64Fの扶桑軍の統合参謀本部からの『独立』が参謀本部に『再教育』される事態になった。その結果、64Fは日本連邦評議会直属の独立部隊と正式に定められ、本土等で持て余されていた撃墜王たちが補充要員の名目でかき集められていった。その兼ね合いで、黒江たちの指揮下の中隊は最高位の権限を持つ、一つの大隊に再編された。歴代のプリキュアたちの保護のためでもあった。実際、社会通念上の都合で『魔女』扱いされている上に『魔法つかい』であっても、その根本が違う以上、嫉妬を買う可能性があったからだ。
64Fは基本的に大らかであったので、戦後日本で生まれ育っている歴代のプリキュアたちにとっても過ごしやすいところであった。また、多くは(形式的には)パイロットとして雇用されている都合上、定期的な訓練以外は飛行機などに乗らなくていいのも好評であった。とはいえ、元々魔女として覚醒済みかつ軍人であった者を素体にして転生した者はそうもいかない。その関係上、のぞみ、シャーリーの二人は(前世などの要因もあって)機動兵器での戦果が特に必要とされた。その点は芳佳より難儀な立場であった。その息抜きの機会が(思いがけず)得られたのだが、別世界線の自分が1000年女王の座に就いたことに驚くと同時に、自分にもあるかもしれない『ラーメタル人としての因子』を自覚した。実際、人格の覚醒寸前の検査によると、肉体の成長(老化)速度は通常の魔女より遅い事が確認されており、のぞみAも『ラーメタル人の因子』が前世の先祖の何処かで入り込み、それを持つままで転生したと思われる。その因子がブライアンの肉体に何らかのプラス効果をもたらした。そう考えれば自然なこととなっていた。
のぞみAはナリタブライアンとして過ごしていた。入れ替わった段階で、既にブライアンが父親と不和を起こしていた関係で、ブライアンの実家に帰る必要はなかったが、彼女の『下の妹たち』のこともあり、時たま会ってやっていた。ウマ娘としてのトレーニングはルドルフ、エアグルーヴ、シンボリクリスエスなどが付き添って行い、ニ年目の秋を迎えた段階では、全盛期の差し以上に速い、追い込み(元々は『差し』がメインであったが、脚がその負担に耐えきれなくなった末の股関節炎であった)を以て、後続を直線で置き去りにする『蘇りし怪物』という渾名を与えられていた。これはブライアンの(この世界線での)師がかつての『芦毛の怪物』オグリキャップであったことに由来する。走りのフォームも全盛期のオグリキャップに近くなっていた事もあり、トレーナーの間で『師弟で奇跡を起こしつつある』と評されるようになっていた。
「夢原氏、見ましたか?この記事」
「うん。現金なもんだ。落ち目になったら、引退を催促しときながら、これとはね」
「マスメディアはこんなものですよ。いかかなされます?」
「次のレースの結果で、お前らの望むものを見せてやる。そう発表しといて」
「わかりました」
「会長、夢原氏。ディープインパクトが菊花賞を制しました」
「ここまでは予定調和だ。問題はここからさ」
ディープインパクトが菊花賞を制したその日、のぞみAは(ここからが)ウマ娘・ディープインパクトの真価を問われるだろうと述べる。
「ここまでは運命通りだ。問題はここからだよ」
「サンデー…、いい加減に、君の子に体を返したらどうだ?」
「フン、せっかく現世に戻れたんだ。バカ息子や孫、その先の子孫の様子くらい見させてくれよ、ルドルフ」
サンデーサイレンスはなんと、カフェの体を借りっぱなしでいる。カフェと違い、全体的に荒々しい性格かつ、口調も孫であるゴルシに近い。ただし、前世で惚れていたメジロマックイーンの言うことは聞く。1990年代以降の日本競馬界の覇者たる、サンデーサイレンス系の太祖であるため、ルドルフと対等に接している。
「カフェがボヤいているんだが?」
「俺の宿れる体を用意してくれと言いたいが、かの世界でも、クローンは倫理的にまずいだろ?何かの漫画で、世界最高峰の医者のクローンが作られていたのは見たがね」
サンデーサイレンスは史実でも、マンハッタンカフェが生前の彼と瓜二つの姿であった記録がある。その証明であった。
「ネオ・ジオンはニュータイプをクローンで量産しようとしたそうだ。もっとも、優秀な者はごく少数だったそうだが」
「クローンと言っても、同じ遺伝子から生まれただけで、完全なコピーではないからな。その漫画でも、亡くなった医者と、そのクローンでは、性格に違いがある。俺とカフェのように」
「その時代の倫理観はどうなっとると言いたいが、ウマ娘は偶発的に生まれる種族だから、意図的に生み出す事はできんしな」
サンデーサイレンスの言う通り、ウマ娘はヒトの肉体に馬の魂が宿ることで生まれるため、意図的に生み出す事は不可能である。特に、史実の競走馬の魂を持つ場合は、本人も自覚なしに、史実の競走馬と同じ運命を辿る。それを自覚した者に限り、前世の記憶が宿る。この場にいる者は、別の世界に行くことで、そうなった者たちである。
「うむ…。しかしだ、サンデー。引退した後に、前世の記憶を知ってもな。ドリームシリーズを賑やかす程度が限界だし、解説しようにも、史実ありだと、ほとんどは同じ運命を辿る。それを知ってしまうとなぁ……」
「80%以上はそうなる。まぁ、本人とトレーナーの努力で、もしも?のルートに入れることはある。が、それは極稀だ」
ウマ娘は何かかしらの意志があるかのように、史実と同じ道を辿る。史実で非業の最期であった場合、どうなるのか。スズカはそれを回避できたが、ブライアンはそうなりかけた。のぞみが入れ替わったことで、少なくとも、肉体的な病気と怪我は回避できたことになる。
「自覚なしだから、たちが悪い。私も脚をダメにするとわかっていれば……な」
ルドルフは引退の原因が怪我であるので、それを悔やんでいるようである。今は完治しているが、その当時は荒れたという。
「今を楽しめよ。本来なら、あんたの孫やひ孫の世代の連中とも走れてるんだからな。それに、倅を後継ぎにしたんだろう?」
「今となっては、ラモーヌに悪いと思ってるよ。彼女との子は……な」
「リベーラのことか」
「知っていたか」
「まぁな」
メジロリベーラ。ラモーヌとルドルフの子であったが、虚弱体質に生まれてしまい、競走馬として走ることは一回こっきりであった。その存在に言及する。
「その更に孫やひ孫の代まで待たないと、あの系統は花開かんが、メジロはそこまで持たなかった。あれも運命だったんだよ。店じまいしたのも、メジロの馬主の意向だともいうからな」
「それを招いた一因だと感じていてな…」
「あんたは彼女に頭があがらんからな」
転生後も、ラモーヌに頭が上がらないのは、普通にラモーヌが『底知れぬ妖艶な雰囲気』を持つ(※ウマ娘としては、10代である)事もあるが、前世での負い目も作用している。それをサンデーサイレンスに言われる。
「院政を引いていると言われる気分はどうだ?」
「やめてくれ。不本意なんだぞ。理事会から懇願されるとは思わんだ」
「マルゼンはどうした?」
「先輩たちのお茶くみをさせてる。先輩たちは表向きは『一連の事件の収拾のために派遣されたOGの協会スタッフ』だからな」
「やれやれ。ある意味、80年代半ば以降の日本競馬を支えた連中が雁首揃えてるわけだ」
「確かに」
ある意味、80年代以降の日本競馬を支配した血統の競走馬の転生である者たちが一同に介するため、この生徒会室はものすごい空間と化している。
「テイオーはどうした?」
「理事会への顔出しだそうだ」
「小僧の社会勉強だな」
「しかし、ジェンティルドンナがゴルシの誘いに乗るとはな」
「ジェンティルも姉のドナウブルーや弟と、家の跡目を争ってるが、それに嫌気が差しているようだ。それで、ゴルシの誘いに乗ったんだろう」
ジェンティルのパワーはカワカミプリンセスすら赤子扱いのもので、普通の金属なら物理的に握りつぶせる。そのため、ジムのチタン合金製の装甲板くらいは素で穴を開けられると豪語する。カワカミプリンセスで普通の建築材の建物に穴を開けるのだから、最高位の力を誇っているジェンティルドンナであれば、そのくらいはできるだろう。
「しかし、あいつも万能だな」
「護身術の一つや二つは仕込まれてるだろうからな。あのパワーは、ヤツの今後の人生では不要になるだろうが……」
「我々は引退後は能力が衰える宿命だったから、その心配は不要だったが……今ではな」
ウマ娘は若かりし頃に能力の全盛期を迎えるが、それが維持できる時間が人間より遥かに短い。それを克服した場合、今度は引退後に『能力を持て余す』事態が起きると思われる。
「引退するタイミングも重要になってくるよ。大衆が満足するのは、大抵の場合、強かった場合、海外の大レースに何度か挑戦した上で、ジャパンカップか、有馬記念での有終の美だよ」
「ハードルが高くなったな」
「我々の時代より難しくなった。そう考えたほうが良い」
「有馬記念も2020年代に入ると有力馬が避けるようになったから、権威が落ちたとかボヤかれてたよ」
「冬の中山は、芝が枯れるからなぁ」
一同は時代の変化の時代が訪れている最中、そのキャリアの晩期に差し掛かっているウマ娘たちの今後を考える。今後はキタサン世代、その次のアーモンドアイ世代が台頭する。そうすれば、ウオッカ世代、ゴルシ世代もいずれは世代交代を求められるだろう。
「アーモンドアイが、ルドルフ。あんたの栄光も過去にしてしまう事は知ったんだろう?まぁ、既にテイエムオペラオー、ウオッカに並ばれ、数年もすれば、キタサンが並ぶからな。それはそれとして……今の問題はブライアンズタイムの小倅……つまり、あんたの借りている体の持ち主の今後だ。今後、世間の納得できるだけのシニア級での成績を修めて、二度くらいは凱旋門にいく。口で言うのは簡単だが……最低であと数年は必要だな」
「留年、必要かな?」
「気持ちよく引退するために、レースに力を入れていると言い訳すれば、多目に見てくれますよ、この世界は。ニシノフラワーのように、飛び級で入学してくるのもいますから。」
「なるほど」
「お前さんの世界での魔女の没落の話だが、何となく、蠅の王を思い出した」
「なにそれ?」
「1950年代くらいに書かれた話で、十五少年漂流記に似た状況に置かれるが、この話だと、極限状態で理性を失った少年たちが殺し合いを始めて、理性を保ってた一人が海岸に逃げ延びたところで、救助が来る…という筋立てだったな。うろ覚えだが…。おそらく、あんたの上官は同性愛という表面上の理由の他に、何年もかけて、自分が築き上げたものを壊される恐怖で、後先考えずに動いたんだろう。失敗すれば、軍法会議で処刑もあり得るってことは普通に考えてわかるのに、自分が築いた秩序を守るほうにしか、考えがいかなかった。だから、精神異常と扱われたんだろう」
サンデーサイレンスは意外に博識であった。自分が生前に死にかけた経験ありだからなのか、意外に『幽霊』としての生活を楽しんでいるようだった。
「そんな状況が起きる環境を許容していたのでは、軍隊も世間に面目が立たない。それで、表向きは『激務で精神に変調を来たしていた』と発表して、あんたの先輩達のメンツを持たせたってところだな。だが、実行が遅すぎたってヤツだろう」
「うん。実行に移された時には、整備兵がマスコミに垂れ込んでてね。故郷(クニ)中が大騒ぎさ。それで、ドイツと外交問題になったのさ。それが解決して、その時の戦いが落ち着いたと思ったら…、あたし自身が、今度は問題の当事者になっちったわけ。おかげで、教師どころか、軍に骨を埋める羽目に」
「まだいいだろ、あんたは。他の連中はどーせ、口封じに最前線だろうからな」
「よくわかるね」
「日本軍が昔から使う手だからな。世界は違えど、やることはそう変わらん」
アメリカ生まれなので、サンデーは鋭い。日本の軍隊は少なくとも、大正の頃からは懲罰人事が横行していたのは、戦後の時代では、子供でも知っていることだ。
「この国は昔、軍部の意向で競走馬の生産が決められていた。だから、強い芦毛が戦後のしばらく経った時期でないと、まったく出てこなかった。おまけに、舶来コンプレックスもあったから、外国産馬から生まれたマルゼンは、クラシックから締め出された。だが、その結果はあんたも知ってるだろう?」
「世代自体が不幸になったんでしょう?」
「そうだ。まぁ俺も輸入された後の時代で日本の従来のサイアーラインを殆ど淘汰しちまったがな。それはルドルフやシービーのラインでも例外ではない」
サンデーサイレンスは自身の血が日本を支配している事、21世紀頃には、ルドルフのサイアーラインを淘汰しつつあることに触れる。かつて、ルドルフがそれ以前に『王者の血』と持て囃されたシンザンのサイアーラインを時代遅れにしたように、ルドルフ自身もサンデーサイレンスなどの登場で、血統を時代遅れにされてしまった。その記憶があるため、ルドルフは複雑だ。
「俺が出たことで、メジロは消えたからな。俺としても、気の毒に思ってるよ。だが、こればかりはな。マックちゃんには残酷だったが…」
メジロ軍団はマックイーン世代で、栄光の絶頂期にあったが、その三頭の引退後は歯車が狂い、ドーベルとブライトの後釜を担うべき者が現れず、メジロベイリーが一瞬の輝きを見せたのが最後になり、メジロは解体へ向かった。ウマ娘世界でも、ドーベルとブライトがこの時点で現役という事は、メジロ家の栄光はもう、それほど長くないことの暗示なのだろうか。
「メジロはどうなると思う?」
「この世界では、直系のウマ娘を送り込める事は無くなっていくだろう。だが、ゴルシやオルフェの子孫(史実の)共のトレーナー業で食ってはいけると思う。ドーベルとブライトが去れば、軍団最後の雄にして、俺の子(史実)のメジロベイリーがブライトの妹として現れる。それが、メジロの直系でG1級のポテンシャルを秘めた最後だ。マックちゃんも、それは知っとる。マックちゃんと俺の愛の結晶がゴルシやオルフェとかだから、血は残ったがね。だが、ベイリーもこの世界では、ある意味で幸運かもしれん。タキオンやジャンポケと世代がズレたからな」
そのことがメジロ軍団の終焉を無念に思った誰かの願いへの、神による詫びであるのか。それはこの場の誰にもわからない。だが、メジロベイリーは史実で同世代にあったはずの者たちと同世代のウマ娘にならなかった。それが神が与えたせめてもの詫びであるか?それはわからないというほかないが、ナリタタイシンのように、史実で晩年が不遇であった記憶を得たがために、現役にこだわる姿勢を再燃させた例もあり、タイシンは現に、この時点でも、未だに現役の座にある。それは、史実でライバルであったウイニングチケット、ビワハヤヒデが無念の引退を余儀なくされた史実を『思い出した』のと、平成三強の後継ぎを期待され、そうなれなかった無念による闘志、環境の変化で、自分を慕う弟分を得たなどの安らぎによる心因的変化により、最盛期の栄光を取り戻したからである。
「俺達はタイシンのように、身体的問題さえなくなりゃ環境の変化で復活できる事もある。小倅のオヤジは身近にタイシンがいたはずなのに、オグリが娘の師なのに、自分の子に奇跡が起きることを信じなかった。それが最大の罪だろうよ。見せてやんな。あんたが司るのは『希望』と『夢』だろう?」
「分かってるさ。それが約束だからね」
のぞみAは微笑う。ブライアンの孤高・粗野さを装うのは(演技派ではないので)苦手。この時期には、キャラを『クール系』寄りにシフトしている。別世界線でのブライアンはそんな性格であるので、その世界線に近めである。
「でもさ、サクラローレルちゃんはちょっと……」
「あー……ヤツのことは気にせんほーがいい。あいつは小倅の餓狼のような雰囲気に惚れちまったんだろう。だが、アレは若さ故……の産物だ。場合によれば、サクラスターオーに口添えしておく」
「お願い」
「基本は気の良いやつなんだがね、あの娘っ子は。あんたがレースで下してやれ。全盛期の力に、更にプラス補正がかけられる状態であれば、あの娘っ子のフランス志望を遅らせられるはずだ」
「からくり、分かっちゃうかな?」
「それはわかりません。ですが、ローレルは『領域』に至ってはいませんが、最高の状態であれば、日本最強の一角にたるスペックを持ちます。ただ、メジロアルダン並みの脚の脆さもあります。本人はそれを承知の上で、燃え尽きるのもよしとしています。ブライアンに脳を焼かれた。そう思って頂いていいでしょう」
「ブライアンちゃんは自分がそっち側(夢を見せる側)になっているのに気づいてると思う?ルドルフ」
「ブライアンは見かけによらず、ハヤヒデに依存していました。ハヤヒデが怪我をしてしまった時、うわ言で『ねーちゃん、置いていかないで!!』と言っていたのを聞いたことがあります。ヤツはおそらくは……」
「だから、最強でいることで?」
「おそらく。姉が褒めてくれる。それがブライアンの原初の走る理由でしょうね」
ルドルフもそのことに気づいているようである。オグリの後継ぎになろうとしたのも、おそらくはどこかでハヤヒデの導きと後押しがあったのだろうと。
「やはり、君も気づいていたのか」
「オグリ」
そこで、生徒会室にオグリが入ってくる。この世界線では、ブライアンを幼少期から知り、師として鍛えた関係にあるので、他の世界線よりはシリアス成分が強めだ。
「あの子はハヤヒデの背中を追うことで、走る楽しさを知った。だが、ブライアン自身が怪我を負ったタイミングで、ハヤヒデも引退を決めるか否かの負傷を負った。怪我自体は向こうの世界で治したが、家の事もあるからと、引退の意思を固めていた。私も思い留ませようとはしたが、下の妹達が幼いのもあってな……」
「そうか。……ブライアンは?」
「入れ替わる数日前、私に縋りつくようにして、泣いたよ。なんて言って、慰めばいいのか……。言葉が見つからなかったよ。それで、タマやクリーク、イナリの力を借りて、ハヤヒデにブライアンの願いを聞いてやれと説得したよ。せめてもの救いを与えてやれ、と」
オグリもさすがに、姉が正式にターフを去ることを決めたこと、父との関係の破局のショックで意気消沈のブライアンを慰める術がなかったらしく、ハヤヒデを説得することが限界であったと述べた。
「そうか……。ブライアンも色々起こっているからな。私が、あなたと入れ替わるのに口を挟まなかったのは……」
「分かってるさ。あたしもそれとなく、ハヤヒデちゃんに忠告はした」
「ハヤヒデも、それで一晩考えたと言っていた。あの子に代わって、例を言うよ」
「お安い御用さ。……ん、メールだ。……いよいよか」
「どうかしましたか?」
「今、別の世界線の自分(大人のぞみ)から動画付きのメールが来てね。宇宙戦艦ヤマトで土星に向かったそうだよ」
この会議が行われている最中、オトナプリキュア世界では、地球連邦軍の主力艦隊が地球各地から発進していた。その様子を無人機で空撮した動画が送られてきたのだ。
「ものの見事に、宇宙戦艦ヤマトだな。オリジナル版か?」
「そうだ。波動砲が『次元波動~』ではないから、オリジナル版なのは間違いないだろう」
のぞみA(体はブライアン)がスマホで見せる動画に映るは、かの有名な宇宙戦艦ヤマトの実物。主砲の方針に参戦章があり、艦首の波動砲口の上部分や船体側面の錨マークの存在から、『オリジナル版の宇宙戦艦ヤマト』である事は容易に判別できた。違いはその船体サイズだが、そんなものは世界線による違い程度のものだ。
「よくもまぁ、戦艦大和をよく、ここまで直したな……」
「戦艦大和を宇宙戦艦にどうやって直したんだ?いくら切羽詰まってたとはいえ……」
オグリもアニメはそれなりに見ていたので、宇宙戦艦ヤマトくらいは知っていたようだ。オリジナル版の宇宙戦艦ヤマトは『戦艦大和を宇宙戦艦に修復・改装したもの』であるが、戦艦大和は大抵の場合、『片側に何度も高性能魚雷を食らわされ、最終的に横転させられた』ので、それでボロボロになった状態をどうやって修復し、更に新造部品に置き換えていったのか?普通に考えて、謎が多い建造方法である。
「白色彗星帝国の残党の掃討とはいえ、相手が天文単位くらいの数だからな……艦隊のどのくらいが帰ってこれるか。無人兵器を盾にするとはいえ」
「ヤマトに倒されたのが、全てではなかったと?」
「別働隊が残ってたらしい。それが丸ごと。連邦も再建中で、相当に無理してるんだよねぇ。土星空域の衛星も、どのくらい残るか」
如何な白色彗星帝国も、星を下手に破壊すると、あれこれの関係があるので、めったにやらないというのが、真田志郎の言。
「その世界には迷惑だろうけど、恒星間航行できる文明の戦争はすべからく、宇宙戦争だからなぁ。この時代の核なんてのは、閃光花火扱いだ」
「ハリウッドのSF映画みたいな感じか?」
「最低でも極超音速で戦うから、21世紀水準の観測技術じゃ、まったく捉えられないよ。小さい探査機を送るのが精一杯だしさ」
土星で何が起こるか。21世紀序盤の技術では、遠距離からの観測すらも不可能である。極超音速くらいの速さすら、まともに捉えられないのだから。
「おまけに、宇宙空間じゃ、あたしらもまともに戦ったことなかったからなぁ」
プリキュアたちは地に足をつけて戦う場合が大半であったので、宇宙空間で三次元的に戦うことを要求されても、空中戦すら経験が極稀であったので、宇宙戦艦相手の戦闘はまったくの素人である。
「あたしはまだいいよ。今や、別個体同士でも、経験と能力が共有されてるから。問題は若い子だ。ガチの戦争だからね」
「それは仕方がないですよ。地球を守るという大義名分があっても、戦争のことを考えることもタブーに近かったんですから、日本では」
「現役時代の敵との戦いがお遊戯に思えるくらいの敵だからなぁ。普通に、人間爆弾使ってくるし。まぁ、デーモン族よりはマシか?」
デーモン族とも戦った経験があるのぞみAは、それに優るとも劣らない手段を用いる白色彗星帝国のエグさをそう心配する。オトナプリキュア世界にいるプリキュアたちの力は、現役・直近の世代に比べ、古い世代の者は現役時代に比べ(10年単位のブランクで)どうしても、戦闘時のパフォーマンスが低下している。その事から、のぞみAは「オトナ」世界の戦争の趨勢が気になるようだった。
「向こうのあたしがどのくらい戦えるか、だな」
大人のぞみが、どの程度戦えるのか?それは双方ののぞみ自身も未知数であった。双方の能力が共有されているので、単騎の戦闘能力はAに引けは取らない。問題は一つ。戦略的に自分が上手く動けるかどうか。
「あなたご自身でしょう?」
「それはそうなんだけど、経験には個体差が出るからね」
それは事実だ。エアグルーヴを例にしても、桜花賞のみ取れた世界線があれば、トリプルティアラになった世界線もあるという。三冠ウマ娘になる運命であるのは、クラウン路線の場合は、ルドルフ、ブライアン、ディープインパクト、オルフェーヴル、コントレイル。ドゥラメンテは残念ながら、史実通りに二冠で脚が『潰れて』しまうほうが多い。エアグルーヴは大いに落胆しているが、同期のキタサンブラックのほうが、世の中に『王者になる』のを望まれていたのも事実である。
「エアグルーヴちゃんは?」
「ヤツは孫……この世界だと後輩のドゥラメンテの脚をどうにかして保たせる方策を練ってるが、因果力が勝れば、ドゥラメンテはレース界に二度と戻れん可能性がある。キタサンの時代が始まるからな。あんたらの持つ治療はそうなった場合の最終手段だ」
サンデーは自分とも史実で親類に当たる(アドマイヤグルーヴを介して)ドゥラメンテ、ブラックタイドの子である、キタサンブラックに期待をしているようである。彼から見れば、孫世代に当たるからだろう。
「この世界は、走れなくなったウマ娘に冷たい目が注がれる事もある。だが、それは多い。逆に、走っても評価されなかった連中は多い。マルゼンの世代のように」
「史実の74世代はとかく不幸だったらしいからね」
「とはいえ、俺が今のトレセン学園にいる古参の子孫が残ってない原因のようなものだからな。母系でマックちゃんの血は残ったが、ルドルフの血は母系で残るかもしれんが、父系は風前の灯だ。まぁ、完全に絶えたタイシンよりはマシか」
ナリタタイシンは子孫が孫の代で絶えてしまう。それがわかったタイシン自身は方針を転換し、アスリートとして燃え尽きることを選んだ。実際、『ウマ娘』というコンテンツのある世界での80年代終わり以前の馬で、記憶に残っている馬といえば、ウマ娘以前はオグリキャップか、ハイセイコー。歴代の三冠馬も忘却の彼方に等しかった。その事実は彼女らの生き方に影響を与え、タイシンの人生を根本から変化させた。ブライアンとて、2010代に入る頃には、サイアーラインは途切れている。
「トニービン系は俺の一族と交わることで残ったが、ブライアンズタイム系は孫世代に能力が遺伝しない。それも衰退の理由だ。奴にはかわいそうだが」
ブライアンズタイム系はピークが終わると、途端に成績がガタ落ちするケースが多かったと伝わる。ブライアンも史実ではそうであったとされるように、史実がそうであると、ウマ娘としてもそうなってしまう場合が多い。(サンデーサイレンスの血統である)ドゥラメンテも、おそらくは史実通りになれば、二冠という一瞬の栄光と引き換えに、生涯のレース生命を断たれる。そして、キタサンブラックがアーモンドアイの登場までの間の王者になる。そういう因果律が存在するのである。
「だから、ブライアンちゃんは?」
「前世の親父への罪滅ぼしだろうな。その覚悟を決めるのと、普通の生活が出来なくなった身の上だというのを知ったからかもしれん」
サンデーサイレンスはそう〆る。それは掌返しを食らったウマ娘が陥る、言わば、負のスパイラル。結果として、ブライアンは史実で後継を残せなかった事への悔恨、自身が世話になった牧場が潰れ、馬主もブライアン自身やタイシン、トプロ(ナリタトップロード)を最後に、成績が低迷することを知った故に、レースに生涯を燃やすことを決めているはずだと示唆する。
「それもある意味……」
「ある意味では哀れだが、奴にとっては、それが幸せかもしれん。引退しても、普通の暮らしはボウズにはできんだろう。トレーナーと別れたウマ娘は普通は奈落へ落ちていく。適切なサポートを得られんからな。だが、ボウズは一度は頂点を極めた。故に、新しいトレーナーは今さら無理だろう。あんたが成り代わり、引退までの道筋をつけなければならんかもしれん」
「それは覚悟してる」
それも、レースで乾きを癒すことを至上としてきたブライアンの悲劇であった。サンデーサイレンスは自身が怪我で引退し、日本に買われた後、日本で『日本の競馬を支配した』経緯を持つ故に、引退しても、ブライアンは史実的な意味で『落ち着けないし、天才肌であった故に、指導者にも向かないことを見抜いていた。故に、のぞみに引退までの道筋を作らせた上で、落ち着ける場所を与えるつもりであった。それが同時期に種牡馬としてのライバルであった『ブライアンズタイム』へのサンデーサイレンスなりの手向けかもしれなかった。
ウマ娘世界の時計が午後11時を差す頃、オトナプリキュア世界では、白色彗星帝国のナグモー機動部隊の先鋒が太陽系に侵入した。大人のぞみは特別仕様にカスタマイズされたZガンダム(フレーム等をバスターライフルの発砲に耐えられるように改造したもの)を使う形で、先鋒を叩きに向わんとする。
「残党とはいえ、数が馬鹿みたいに多い。戦略的に動く分、宇宙怪獣より厄介だよな。……出ます!」
ウェーブライダー形態で、宇宙戦艦ヤマトの格納庫から出撃する。ヤマトは基礎設計が『MSの登場ギリギリの頃』なので、格納庫が『MSを立たせて並べられる』ほどの高さがない。機材の艦載数を多くするため、圧縮空間技術なども活用したものの、MSは『ヤマトの搭載機数数が減る』のを嫌う艦政本部の方針もあり、デザリアム戦役より前の時期は、艦に載せられることも希少であったが、TMSや可変戦闘機などの普及もあり、デザリアム戦役後は旧式化したコスモ・ゼロ(初期型)やブラックタイガー、初期型のコスモタイガーⅡの代替に積まれる事が多くなった。大人のぞみに与えられたZガンダムは特別に用意された改造機だ。様々な思いが去来する中、大人のぞみは遂に対艦任務のため、Zガンダムで出撃するのだった。