扶桑軍人へ過剰に嫌がらせした日本は、否応なしに扶桑の戦争に多くの人間を関わらせざるをえなかった。大和と武蔵に艦砲射撃を食らわされたくないし、自衛隊は重装甲を持つ戦艦の相手など想定していない。それが日本を協調路線へ向かわせた。漫画のようなミサイルの使い方をすれば、翌年度の予算が消し飛ぶからで、更に、大和と武蔵は第三者の手で近代化改修済みであったからだ。また、史実の両艦の撃沈はレシプロ機を1000機近い数で注ぎ込んで、ようやく達成されたもの。現代のジェット機時代では、そんな波状攻撃は不可能であった(現代の対艦ミサイルは重巡洋艦程度までなら撃破できるが、それも上部構造物を焼き払う程度である)。さらに、大和と武蔵も子供扱いの新戦艦群。艦隊戦であれば、アイオワであろうが、モンタナであろうが、鎧袖一触で粉砕しそうな大口径砲を持つ新型である。(史実では、速力と電子装備の差でアイオワに不利とされていたため)日本側は震え上がった。
扶桑は地球連邦軍の援助をフルに使い、戦艦戦力の全面的な更新に成功。紀伊型戦艦(88艦隊)の陳腐化が露呈したことで、大衆に責められたが、新型艦を披露することで鎮めた。また、元々は攻撃的思想を持っていた扶桑軍は『敵が爆撃出来る基地を持つなら、それを攻撃して占拠、海から航空母艦から攻撃するのであればそれを撃沈すれば良いという考えが強く、防空戦闘機・高射砲の為にリソースを割くぐらいなら、攻勢の為に回すべき』という思想を持っていたが、大陸での怪異への敗北の記憶と、史実の『本土の焦土化による国家の終焉』の記録は、扶桑軍隊の航空部門の関係者の顔色を失わせるのには充分であった。加えて、日本義勇兵と大衆らによる理不尽な暴力の嵐で、搭乗員や参謀を問わず集団リンチされ、再起不能(肉体、精神的問わず)にされる事例も相次いだ。これにより、扶桑軍が極度の人手不足に陥ることとなった。ひどいものでは、トンカチで手の骨を粉微塵に砕かれたり、チェーンソーで無惨に殺された例すらあったという。これにより、扶桑軍の士気は崩壊寸前に陥った。日本側は既存兵器の更新の促進(航空機の更新のみならず、高射砲の大戦後期レベルへの更新と近接信管の導入、電子装備の普及など)で対応させたが、当時の扶桑の平均的な教育レベルは世代にもよるが、良くて旧制中学。悪ければ、小卒であった。加えて、モータリゼーションの起こる以前の時代であったため、乗り物を動かせる人、機械いじりをできる人をそもそも確保しにくい。その状況下では、如何に女性でも自動車や二輪車の免許を持っている戦後期の日本が恵まれていたのか? それが浮き彫りになった。
結局、国家総力戦の華やかりき時代であった故に、パイロットの育成体制の根本からの刷新、必要知識の変化(英語必須など)が立て続けに起こってしまった時勢に対応できない有様を衆目に露呈した扶桑軍航空部門は、太平洋戦争では常に、相手に対して少数で倍する多数を迎え撃たなければならない状況になってしまった上、魔女も宛にならぬとあれば、魔女への目が厳しくなるのも当然であった。加えて、魔導理論の世代交代の時期であったため、ジェットストライカーへの更新も滞っていたのも、彼女らを追い詰めた。無論、バルクホルンやハルトマンのような手練であれば、旧来型でもなんとか戦えるが、人殺しに抵抗がある者が大半であった魔女らは関わりあいを避けた。これにより、魔女は特権階級的地位から陥落。1949年次では、魔女のみの部隊は『ダイ・アナザー・デイで実績があるか否か』で存廃が決まるほどに零落していた。軍に入る魔女は『一族の義務、個人の使命感』が主な理由だが、魔女への信仰の衰退による覚醒人数の低下が進み、絶頂期に比べれば『雀の涙』となっていた。
それを補ったのが、日本で覚醒した魔女たちであった。環境の異なる日本で覚醒した者は、どういうわけか、扶桑の平均を遥かに超える魔力量を持つに至っていた。また、裏で異能合戦がある世界であった故に、魔力が時間経過で減衰しないというメリットがあった。これは『使い魔がいないから』などの要因が考えられた。元々、殺人等が普通に起こる(魔女の世界は怪異の存在により、頻度が低い時代があったので)世界である上、血なまぐさい風潮が残るためだと考えられた。また、戦争末期の極秘部隊の子孫であれば、発現率が高いという調査結果も出ている。彼女らは扶桑生え抜きの魔力に代わり、戦線を担った。また、国家が本来は衰退期に入っていた日本より居心地がいいことから、扶桑に移住する者も続出。戦後の自衛隊は若年定年制を取っていた上、特に恩給もないため、扶桑軍で高額の恩給を貰おうとするムーブメントが起こった。日本側は大いに困惑したが、定年が60歳を優に超え、年金受給もさらなる先延ばしが取り沙汰される状況では、扶桑に移住することは(財政省として)歓迎であったが、生産人口の低下に繋がる事から、政府が対策を講ずることとなった。提案されたのは、『扶桑軍人として、扶桑の戦役に従軍した日本人は旧軍の軍人と同義に扱い、恩給の対象と見なす』というもの。自衛隊の退職者が困窮の果てに犯罪を犯す問題を予てから把握していた日本政府は、自衛官が扶桑軍人として恩給を受けようとする動きを規制したかったが、自衛隊の福利厚生をどうにかしようとすれば、左派が政治問題としてしまう事から、このムーブメントを黙認せざるを得なかった。扶桑軍を人手不足にしたのは自分達なのだから。
カールスラント軍の没落は急激であった。ドイツが軍縮、戦前の支配層である王侯貴族階級の解体を強引にしようとしたからで、エディタ・ノイマンの『改定されたハーグ条約』への無知に関する不祥事はその口火を切る大義名分として利用されたのである。彼女は日本の外交官(ボクサー出身)に顔面を中心にしこたま殴打され、身体的に重傷を負ってしまったのみならず、コンドル軍団の誇りを否定されたショックで鬱病に罹患。事件から数年後にひっそりと退官した。デロス島に出現した怪異を、圭子がストナーサンシャインであっさりと倒してしまった事も、カールスラント軍の針の筵感を助長してしまった。無論、彼らは当時は軍事的観点から反論したが、ドイツはそれを犯罪と断罪。それを口実に、将校団の解体を断行。カールスラント三軍、皇室親衛隊は統率すべき人材の解雇で瞬く間に空洞化。日本連邦に予備役編入された将校の9割方が与する事態に至った。また、皇室親衛隊は皇室の亡命、実戦組織としての解体で有名無実化。それがクーデターの泥沼化を招いてしまった。結果、カールスラントの国力は零落。潜在的軍事力もゼロに等しいほど減退したため、本土奪還はほぼ『夢物語』と化してしまった。
連合軍もダイ・アナザー・デイで組織だっての統制が崩壊。扶桑軍の外征の口実に使われるほどに有名無実化していた。この有様に、ウィンストン・チャーチルは激怒したが、ブリタニア連邦には『東洋への外征に耐えられる余裕はない』と通告され、意気消沈する羽目となった。東洋艦隊の艦艇を交代できるだけの航路上の安全が不安視されたのも、ブリタニア連邦の世界的影響力の衰退に一役買ってしまった。以後、日本連邦が超大国に担ぎ上げられる事になった。これにガリアが猛反発していくわけである。だが、ガリア軍にはろくな戦力が残っておらず、戦前の規模に海軍を戻せるのか。それも不透明な状況であった。頼みのリシュリューも、超大和型の前では玩具扱い。それが日本側の宣伝で判明すると、ガリアは積を切ったように戦艦部隊の再建に狂奔していく。だが、ガリアには40cm砲すらも、自前で製造できる余力は1945年時点ではなく、戦前に試作していた『数セット分』を流用することで賄う有様であった。連合軍が艦隊をほとんど派遣しなかったのも、ダイ・アナザー・デイで新鋭艦の殆どが『能力不足』を露呈したからである。モンタナ級相手では、欧州型戦艦の殆どは三下扱い。当時の最新徹甲弾『スーパーヘビーシェル』は欧州型の戦艦の装甲を遠距離で容易く貫くため、リットリオやビスマルクは『お呼びでない』有様。大和型も装甲の上面装甲の強化などが行われるなど、無策では迎え撃てなかった。超大和型はそれを想定した上で、装甲材を未来技術のものに変更することで生存性を確保した。また、徹甲弾の標準を(水中弾効果を維持した上で)SHSと同規格に変更し、炸薬を21世紀日本製のものに変えるなどの変更がダイ・アナザー・デイ時に大和型にも施された(この前後に、武蔵で60口径46cm砲がテストされたが、砲身破裂等の大事故が起こって、不採用に終わっていた。対案の55口径はテストが良好であったために採用され、大和型の最終形態の砲塔となる)。
超大和型はM動乱以来、扶桑を恐怖のどん底に陥れていたナチス残党の旗艦『ヒンデンブルグ』へのカウンターパートを大義名分にして、建造された。空母が(ジェット機への革新に伴う設計思想の世代交代で)建造自体が遅延していたのと対称的に、紀伊型戦艦『紀伊』の無惨な最期への復讐心に燃える扶桑国民の後押しもあり、超大和型とその護衛艦隊は比較的順調に計画が進展。その第一生産型『播磨型戦艦』で実戦データを集め、その情報と計算で、艦内配置の最適化と砲の強化と艦規模のさらなる拡大を行ったのが『水戸型戦艦』であった。信濃の活躍で大和型が広告塔に使われるようになったのもあり、基本的な艦容は(播磨も含めて)大和型のシルエットが継承されている。これはかつての八八艦隊同様に『規格統一で維持費を抑える』思惑もあるが、日本への説明が楽なのも、扶桑の新鋭艦が大和型のシルエットをストレートに受け継ぐ理由であった。
水戸型は他の戦艦が定期オーバーホールに入ってしまった失態の露見を防ぐため、建造の進んでいた三番艦までの建造と就役が急がれた。砲の大口径化は兵站部門には不評であったが、ダイ・アナザー・デイで失態を犯した敵が主力艦の砲を換装するのは目に見えていたため、その先手として認められた。現存艦隊主義で、空母機動部隊が張り子の虎状態の扶桑海軍にとって、皮肉なことに『大艦巨砲主義』が救世主であった(潜水艦隊が物資輸送や人員輸送から攻撃への転換訓練中&世代交代の最中であったのもある)。空母の数で絶対に勝てないからと、わかりやすい象徴として、大艦巨砲を信奉しているように見せる。ある意味、航空主兵論の盛んな扶桑海軍へのこれ以上ない皮肉な現状であった。扶桑の予定外は艦上機が零戦からジェット機へ急激に世代交代した事による、在来式の空母機動部隊の能力の陳腐化。これにより、空母機動部隊は大型空母の少数運用に切り替えられ、以前のような『海戦で気軽に使える存在』ではなくなってしまった。それにより、遠距離飛行の可能な空軍に負担がかかる有様となった。いくら(日本系の航空機が)数千キロを飛べると言っても、搭乗員への負担も大きいこと、魔女も単純な空中給油では、その行動範囲を延ばせない。その兼ね合いから、宇宙戦艦や、供与されたガルダ級(ジオン残党の地上軍の全滅で、余剰個体が出た)が空軍の移動拠点として使用されるに至った。
ストライカーの増槽は魔力の補助タンク、機械用の燃料の二層式になっている。世代の進んだジェット機のように、一体式の増槽の開発が望ましかったが、1940年代の技術水準では不可能であったため、しばらくは在来型の改善等に技術改良の労力が割かれることになる(魔女の軍事的価値の低下で、開発順序が低下したのも大きいが)。とはいえ、空戦魔女のラスボス的な相手がB-29やその後継機たちに変貌したおかげで武器の更新は進み、最低ラインが20ミリ機銃となった。ダイ・アナザー・デイの後、のぞみやみらいなども任務やデータ収集の都合で(プリキュアの姿で)用いた事があるが、在来型(プロペラ機時代の航空機関砲)の転用では、一人あたりの火力に限度があることを報告している。
――ウマ娘の世界――
「仕事で、20ミリ機銃は生身で撃った事あるけど、九九式は改良型で、初速と弾道特性がねぇ。B公相手に効かない事あったんだ」
「そりゃ、日本軍の機銃は炸薬量もショボいからねぇ。それと冶金技術」
マヤノトップガンと練習の合間に、こんな会話を交わしたのぞみA。マヤノも、九九式20ミリは(カタログスペック上はともかく)使う身としては、ショボさがあると口にした。雷電や紫電改を以てしても、B-29は歯が立たないに等しかったのは史実だ。
「日本軍は逆落としで対抗しようとしたけど、それも中・低高度でしか取れない手段だしねぇ」
「うん。それを考えた当人、あたしの部下なんだけど、血の気の多いガキでさ」
「それはしょうがないって。デストロイヤーだもの」
「知ってるの?」
「パパが自衛隊と民間で飛んでたから、日本軍の撃墜王の戦記は手垢がつくほど読んでたんだ。デストロイヤーさん、女体化しても、どこかの漫画みたいな?」
「だいたいは。四年前、昔の記憶と能力が覚醒してからというものの、喧嘩売られまくってさ。まぁ、あのガキはストライカー履かないと飛べないけど、こっちは自前の翼で飛べるからね。加減してやらないと、訓練にもならなくてさ」
「獣神サンダー・ライガーの力得たら、飛べるんじゃ?」
「それはつい最近のことさ。それに、ストライカーも使ってみせないと、防衛省や財務省にデモンストレーションもできないからね」
ここで、菅野は(黒江の大隊長就任で)のぞみの部下に落ち着いたことが語られる。芳佳が産休に入った後はのぞみに預けられていた事、ダイ・アナザー・デイ中は喧嘩を売られまくった事も併せて。
「まぁ、あたしの素体になった子は、軍で無名に等しかったから、舐めてたみたい。直枝も、あたしの名声は日本で知ったらしいから、ギャフンと言わせてやった」
のぞみの素体になった中島錦は軍内で無名であったが、大物食いの働き盛りとの評価を得ていたくらいには、腕っこきであった。そこに百戦錬磨を誇っていた、のぞみの全てがプラスされたのだ。弱いわけがない。
「アニメで見たと思うけど、あいつの剣一閃、ガチで模擬戦で使われた時には流石に焦ったね。模擬戦で使う技じゃなかったから。先輩にどう逆立ちしても勝てないからって、あたしになら……って考えたんだと思う。流石にムカついたから、ドリームアタックで迎撃してやったね、初めての時は」
「加減した?」
「パワーは抑えて撃ったよ。まぁ、デザリアム戦役からは、流星拳とかに切り替えたよ。固有技はスタミナ使うからね」
「小宇宙は無限だからねぇ。あなた達の固有技って、デメリットあるの?」
「決め手が無くなっちゃうから、現役時代はそれが負けフラグだった。転生して、覚醒したての頃にも、思うようなパワーが出せなくて、怪異を倒しきれなかった事あったんだけど、先輩たちが聖闘士の本物だって実感したよ、その時。あたしら(プリキュア)の技で倒しきれなかった相手を、鎧袖一触で粉砕したんだから。聖衣着てない状態で、だからね?」
「うへぇ~……さっすが」
「アトミックサンダーボルトだったな。その時に黒江先輩が撃った技。あれ、ビジュアル的にはさ、光弾の乱打に見えるけど、実際はものすごくはやーいパンチのエネルギーなんだよね。電撃属性のさ」
流星拳系の最高到達点と言える技が、アトミックサンダーボルトである。代々の射手座の継承技であり、黒江も習得済みであった。故に、(撃つ当人の感覚としては、ラッシュ攻撃である)放てたのである。怪異の再生速度も超える速さで外殻を削り、コアをそのまま射抜く威力。この時点では、のぞみAも会得済みだ。
「で、流星拳が範囲攻撃に進化したのが、ライトニングプラズマ。光速だから、それに対応できる改造人間とかでもなきゃ、反応もできない。ISもズタボロになるそうな。機械的限界とかで、動けるスピードに限界があるとかで」
光速拳はIS相手でも有効であること、シンフォギア装者がまったく反応できずに手も足も出ないのは当然のことである。神に通用する攻撃であるので、当たり前だが。
「で、あいつに嫉妬されてさ。参ったよ。上には上がいるって奴なんだけどね」
「今となっちゃ、あなたのほうがチートじゃん」
「それは……ねぇ」
苦笑するのぞみA。
「うちの国も色々大変でさ。日本に巨額の賠償請求を昨年にしたんだ。軍人や警察官、官僚が再起不能にされまくったから。口にするのも憚れるくらいにボコボコにされて、家族がショックで自殺したり、暴徒化した日本人に村ごと焼き討ちにされたり。特に特高警察や憲兵だと、家族まで皆殺しにされた事例もあった。ひどいもんさ」
「それ、ただの怨念返しじゃない」
「うん。第二次世界大戦で国家をミスリードしたからってね。本人達は生き残れても、重度のパンチドランカーで廃人になったりしてさ。遺族が損害賠償の訴訟を起こしたんだ。噂を流されて、地位を失ったのもいたから」
「どうなってるの?」
「日本政府も、扶桑に賠償する方針なんだけど、日本の大衆の一部が猛反発したんだ。国家をミスリードした連中は同じこと考えるから、三日天下の明智光秀みたいに野垂れ死にすればいいって。でも、当人たちはその罪を犯してないわけだからさ。結局、職務復帰を諦めてもらう代わりに、得るはずだった給金とかを年金扱いで支給すること、医療費の全額免除とかで妥協。軍だって、代わりの人材育てる手間がかかるからね。おまけに、艦戦にも高高度性能を要求されたから、うちの海軍の贔屓にする三菱相当の軍需産業は大慌てになるわ。この数年はシッチャカメッチャカ」
「大変だったんだね」
「烈風は完成はしたけど、ロール性能でケチつけられて、結局は戦闘爆撃機に転用。で、紫電改と別計画だった陣風を完成させて、F-86までの繋ぎにしたって感じ、ジェット機に入ったら、トントン拍子で現用レベル。飛行機はそんな感じなんだけど、肝心の空母が更新できない有様。なにせ、大戦中のレベルだったから、それが戦後型の超大型空母に飛躍しちゃったもんだから、大パニック」
「戦後の空母は作るのに10年単位、50年は使い倒すからね。そんなだから、艦隊戦で使うなんて…なんて声出るんだよ」
「だから、空軍を使い潰そうってなってね。参るよ。だから、息抜きをしたかったのもあるんだ」
扶桑皇国の軍事事情がお涙頂戴な有様なのは、一言でいうなら、日本がメタ情報で空技廠などの解体を目論んだからでもあった。民需優先となった弊害で、自主開発をほとんど許さず、史実で実績のある機種のライセンス生産しか許さない姿勢は批判の的となっていた。だが、メタ情報で『向くべき方向性』が掴めたのも事実。これにより、海軍の技術士官の多くが失脚。航空兵も高齢者を中心に、搭乗員からの異動が断行された。だが、この断行により、技術開発の意欲低下と停滞を招いてしまい、完成品のライセンス生産で当座しのぎを行う羽目となった扶桑。結局、扶桑はこうして、航空開発の最前線から実質的に脱落。1946年以降は自由リベリオンが航空技術の開発の中心となっていった。分断・亡命政府であった同国が比較的に裕福であったのは、技術情報を武器に生計を立てていったからであった。
「なんだかんだで、競走だよ、マヤたちのしてること」
「それと、一度でいいから、素で運動神経抜群の生活してみたかったのさ」
「運動神経、悪いって言ってたね」
「変身してりゃ、先輩とも打ち合えるけれど、素はドジと運動神経のニブチンで、いつも損してきたからね。昔から」
転生後は多少なりとも、素の状態での運動神経は改善されたが、ドジはそのままであったので、その属性のない生活をしてみたいという願望もあったことを明確にするのぞみA。
「あ、メール。向こうの世界での戦いが終わったって、ゴルシちゃんが」
「これで、残るはもう一つの世界での成人したあたしのいる世界か。この騒動が終わっても、教師には戻らないだろうなぁ」
「あ、そうか」
「昨今、教師なんて、なるもんじゃない商売だよ。戦前・戦後みたいな権威があるわけでもないし、部活とモンペアのクレームで精神すり潰すだけだもん。それで何かあると、公立の学校でないと辞めざるを得ないし」
大人の自分が騒動が終わっても教職に戻らないであろう事を、のぞみAは予測していた。それはおおよそは当たっているが、大人のぞみは自宅を焼け出された関係で無一文の有様であったので、多少なりとも事情が違う。ただし、戦いは青春であったため、それを否定される形で10代後半からの10年近くを過ごしていた事による空虚感が心の傷となっていたことだ。ココ(オトナ世界)の最大の誤算は『戦いからの解放=当人にとっての幸福とは限らない』ことに考えが至らなかったことである。
「その世界での恩師のミスだよ、あたしにトラウマを遺したって点ではね」
「確かに」
オトナ世界のココは失点が多すぎたため、別個体の転生体である『コージ』のように、完全に幸せになれる可能性は低いと言わざるを得ない。大人のぞみは既に(ラーメタル人の因子覚醒もあって)普通の生活に見切りをつけつつあったのだから。
「さて、アオハル杯の第四戦も近いから、模擬レース付き合ってくれる?」
「うん。普段のブライアンさんなら、面倒くさがっちゃうから、ある意味、マヤ嬉しいよ」
「無敵を誇った全盛期ならそれも許されるけど、今は一旦は落ち目になってる身だから、他人に謙虚になって腰を低くしてなきゃ、マスコミに何書かれるか…。昔の有名な漫画で、『強きをけなし、弱きを笑う。勝者のアラ探しで庶民の嫉妬心をやわらげ、敗者の弱点をついて、大衆にささやかな優越感を与える。これが日本人の快感原則にいちばん合うんだな』な~んて台詞回しがあったんだ。これ自体は詭弁なんだけど、こういう台詞回しがウケるくらい、大衆の気分はは移ろいやすいのは事実さ。オグリちゃんの現役最末期のことは知ってるでしょ?そういうこと」
オグリキャップの現役末期の頃の掌返しぶりは大衆の移ろいを表す好例であった。ブライアンは小学生時代にそれを見たため、マスメディア嫌いであった。のぞみAもこの生活でマスメディアの掌返しぶりには辟易しているようであった。
「ブライアン先輩」
「お前は新入生の……」
「アーモンドアイです」
「そうか。新入生で見どころのあるヤツがいると、エアグルーヴが言っていたが……お前のことか」
「お眼鏡に叶い、光栄です」
新入生のアーモンドアイが声をかけてきた。どこかの人気漫画の主人公のような瞳を持ち、素質でも、日本歴代最強クラスの牝馬と謳われていた実馬同様、府中にめっぽう強く、ルドルフやブライアン以上とも言える適応力を誇るという。
「府中が得意だそうだな、貴様」
「はい」
「私のトレーニングに付き合うか?マヤノ一人に負担をかけるわけにもいかなくてな」
「お安い御用です」
鼻息荒いアーモンドアイ。彼女は実際、府中で無敵を誇った。力負けした相手もグランアレグリア(後輩のマイル最強馬)くらいしかいないほどの実力を持つ。全盛期を迎えた場合、府中であれば、オグリやルドルフでも追い抜かれるやもしれぬという、スピードシンボリの評がある。
(なんか、どっかでみたなぁ。こういう瞳持ち。あの漫画が元ネタかなぁ、多分。……あ、この世代が新入生って事は、来年にはグランアレグリアが来るなぁ)
と、さらなる新世代が現れ始めたトレセン学園。ジェンティル、ゴルシらがクラシックを控え、キタサンたちの世代がメイクデビュー間近の時期には、その下の世代が入学してくる頃合いなのだ。と、なると、マルゼンスキー(実馬はシービーより上の世代)はいくつなのか?という疑問が生ずる。ますます、各世代のごった煮感が否めないトレセン学園。とはいえ、この場にいる三人は世代が離れているとはいえ、現役のトップアスリートと、その次世代。中央トレセン学園のエリートぶりがよく分かる構図であった。