ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版   作:909GT

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前回の続きです。


第二百二十七話「二つの世界にて 4」

結局、扶桑は軍の中堅層の人材が壊滅し、若手も多くが逃げたため、黒江達などのごく一部の超人と古参頼りになってしまった。更に国家指導から(表向き)軍人が排除されたために、一気に世間的な軍人の扱いが低下。見かねた昭和天皇が懸念を国民向けに表明するに至った。扶桑は史実と違い、織田幕府がそのまま議会制に移行して、近代国家化した国家であり、伝統的に軍人が国家指導に絡んできたが、日本側がシビリアンコントロールを大義名分にしての『軍人の国家指導からの排除』を強行したため、瞬く間に歪みが表面化したのである。結局、これはY委員会の委員である有力な将官経験者などを内閣の顧問という形で絡める形になったが、一気に連合国の軍事的責任を負わせられたことに強い反感が生じており、後にガリアとの戦争が起こった際の『苛烈な選択』の後押しになってしまった。また、皇室の軍事的権限が内閣に移譲された都合で侍従武官が廃止され、教育現場からも軍人が排除されたが、魔女の発掘などに支障が生じた他、一般学生がいきなり覚醒するケースも当たり前であったため、魔女への覚醒に伴う、学生の進路の策定も急務であった。

 

 

 

 

 

侍従武官(扶桑では、魔女出身者の到達できる最高の名誉とされていた)職の廃止と、教育現場からの軍人の追放は軍人、とりわけ魔女出身者の世間的な立場を窮地に追いやった。ダイ・アナザー・デイでのサボタージュの発覚も重なり、太平洋戦争開戦前に、多くの中堅層に属する魔女が(世間体を気にした親や家主の意向で)軍を辞めさせられるに至った。この急速な掌返しの流れを懸念した昭和天皇は玉音放送を行った。すると、今度は不敬罪に伴う『一族郎党の処罰』を恐れた大衆が軍に年頃の少女を姥捨て山も同然に送ってくる始末。この有様では、事変世代からの世代交代の再達成は質的意味で不可能となった。更に、魔女の地位そのものも、ジュネーブ条約の改定の議論が難航しており、魔女の法的地位は宙ぶらりんであった。そんな状況が太平洋戦争開戦後も続いたが、1948年に妥協的な宣言が採択された。オラーシャでの蛮行の詳細が判明し、保護が急務になったからだ。また、扶桑の有力な軍人や官僚が(日本の国家ミスリードへの怨念返しで)次々と失脚したせいで、連合国に残された大国である扶桑の無気力化を他の全ての国が恐れたためであった。この問題は自由リベリオンの大統領となったドワイト・アイゼンハワーが日本を戦艦メイン(モンタナ級戦艦。自由リベリオンの総旗艦である)で訪れることで、ついに日本の大衆の知るところとなった。

 

 

 

2023年。自由リベリオン海軍の総旗艦『メイン』が横須賀軍港に来訪した。魔女問題や扶桑への苛烈な扱いへの懸念をドワイト・アイゼンハワーが直接伝えるためで、チェスター・ニミッツも随行していた。日本はこの知らせに大慌て。同時に、米軍もてんやわんやの事態となった。なにせ『とうに墓の中で寝てるはずの大戦の英雄と大統領経験者が往時の姿で現れる』のだから、映画さながらの状況であった。しかも、史実では完成していない巨艦であるモンタナ級戦艦で以て。モンタナ級は扶桑の手引きで近代化されており、1990年の退役時のアイオワ級戦艦よりも高度に武装化されていた。それにアイゼンハワーとニミッツが乗艦していたのだから、日米は大慌て。原子力空母には及ばないが、280mもの巨体は史実の戦艦大和よりも巨大であった。護衛に艦娘も随行していた。在日米軍と自衛隊は最高の名誉礼で出迎え、日本の当代総理と対談する様は異様ではあった。日本側は当局者も含めて『自分達は取り締まりを始めている。扶桑で社会問題が起きるとは思っていなかった』という趣旨のいいわけに終始した。とはいえ、日本としては、軍人やリスリードの記録がある官僚ら(天皇も含む)に『釘を刺して、自主的に退役(退職)、華族当主なら、隠居へ追い込むのは黙認するが、それ以上は不毛なので、追求しない』という国民の感情論が幅を利かせていたわけだが、あまりにラインを越えすぎていたため、完全にアメリカ/リベリオンが扶桑の肩を持つ様相となった。全身を粉砕骨折かつ、四肢切断からの全身麻痺という例もあったからだ。日本側は唯一、扶桑の軍人にありがちであった『帳尻合わせ人事』を責めることだけが優位に立てる瞬間(後世に、日本が扶桑に強気に出た最後のケース)であった。特に、武子を数年も大尉で据え置いた後、64Fの隊長に抜擢するだけで、大佐にまで上げたのか?というのは『常識外』であったからだが、扶桑では『外国との共同作戦の際に、一時的に相応の地位と権限を与える』というのが明治以来の慣習であった。それがいきなり『イカれている』と言われたので、扶桑側も反論したものの、完全に不利であった。『そのような人事裁定を下した、当時の関係者は全員が既に退役している。当時に遡っての処分を下せというのか?』と反論したが、日本側は『処分相当であったとすればいいだろう』と威圧。結局、アメリカとリベリオンの仲裁で『扶桑陸軍参謀本部・人事課の1937年当時の関係者はその当時に処分が下されたという扱いにし、加藤武子は1941年からの数年で昇進を重ね、64F隊長に選ばれた』という風に公文書を改竄する事となった。流石に、大尉から大佐に一日でなり、作戦終了後に中将というのは、あまりに荒唐無稽であったからだが、扶桑からすれば、お上は評価したが、現場が『青二才が天狗になるから』と言ったんだ!とボヤきたい話であった。

 

 

 

この事を主導したのは、実際は当時の上官であった江藤敏子だが、その後に気まずさを感じ、自身の罪滅ぼしとばかりに、自身の人事的失態を含めてのミスの全責任を参謀本部・人事課に押し付けられるように、書類の改竄等の工作を事前にしていた。それが的中する形になり、江藤が実は(事変の当時に)犯したミスも彼らの責任とされた。江藤が後ろめたい工作をしたのは、この機会が最初で最後であった。幸いなことに、ダイ・アナザー・デイと太平洋戦争の激戦で、当時を知る魔女の内、士官であった年齢層の者はほとんどが戦死済みであった。残る者も、事変当時は新兵、あるいはそれに近い立場であった者しかおらず、江藤の最初で最後の隠蔽工作は大成功を収めた。かくして、全責任をひっかぶった扶桑陸軍は(この後の予算的意味での冷遇もあり)苦戦続きとなる。しかし、いくらなんでも、前線の将兵に罪はないので、兵器の更新と食事などの改善は迅速になったのが救いであった。この時に戦車の配備枠が議論されたが、結局は将来的な軽戦車の撤廃、それに代わる機動戦闘車の改良による代替が決められた他、人型機動兵器は『司令部直轄か、司令部の認定する精鋭部隊にのみ、無条件での使用を許可する』との条文が取り決められた。これは日本側が反乱を強く恐れたからで、前線で既に配備の契約を地球連邦軍と交わした部隊も多数に登った事から、その分については不問に処するが、新規は司令部の許可制にするとしたのである。これは従来の九五式軽戦車が使い物にならない(相手が最低でも、後期型M4中戦車であったので)戦場であり、瞬く間に既存の機甲戦力の40%が消耗してしまう大惨事になったからである。旧来からの参謀の多くはこの大惨事を大義名分に、失脚させられたが、対戦車ミサイルの高額さから、日本側も使用に二の足を踏んだ。その間に万単位の死傷者が生じたため、倉庫で廃棄予定にされていたカールスラント製装備の使用の許可が下った。これは本土で「使えない」のを理由に、ダイ・アナザー・デイ後に南洋に集積されたが、戦後基準の兵器との規格の違いを大義名分に、一律で廃棄が予定されていたものだ。だが、既存兵器の多くが戦間期レベルであったことに目を回した日本側が使用を許可した。扶桑陸軍の担当者は『言ってたこととやることが違う』と抗議したが、『お前らは兵士に死ねと言ってきただろ』と言い返され、涙目で門前払いを食らう有様であった。こうして、緊急事態を大義名分に、解禁されたものの中には、ヤークトティーガー、エレファントと言った超重装甲車両も含まれていた。ダイ・アナザー・デイで四散した『カールスラント軍の遺産』と名付けられたそれらは『カールスラント最後の輝き』と評され、一部はカールスラント再建のための資金確保という名目での再生産が行われるほどの好評を博した。日本の薦める74式戦車が(避弾経始を考慮しているが)軽装甲であった事から、(見るからに)重装甲を誇るカールスラント製の車両は好評であった。

 

 

 

日本側は魔女の世界の戦車用徹甲弾の進歩が遅れている上、最も研究の進んでいたカールスラントの研究データが内乱で失われたため、研究が停滞状態であり、せいぜい『高速徹甲弾』が最新型という報に、渋い顔を浮かべたという。そのため、日本連邦は『独り相撲』状態で徹甲弾の進化をさせたことになる。つまり、装弾筒付徹甲弾の用意も必要性は薄いということになるが、日本側は楽観主義で敗北した記憶からか、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の開発へ、すぐに移行させた。これが完成すれば、旧来の戦車用装甲は意味のないものになる。その事から、旧来型重戦車の導入に反対論があったのだ。とはいえ、それの製造は1970年代相当以上の工業技術でなければ、製造不可能。つまり、万一、敵に漏れたとしても、おおよそ数十年は造れない。その保証が『九六式艦戦が1943年時点で高性能機扱い』というものなので、扶桑の航空業界には複雑な理由であった。怪異も超人たちの出現で脅威度が低下したものの、北方戦線ので敗退したという事実には変わりはない。北方の怪異は強力であることが確認されたが、現時点では北方に再派遣する余裕がないことから、地球連邦軍に抑え込みの依頼をする方向で調整がされていた。

 

 

 

 

 

 

この時点で、64Fに背負わされた任務は膨大であった。主力がいない状況でも、戦線の均衡を保つという実績を挙げた事から、またも感状が与えられた。とは言っても、智子が留守番であったりするので、人員の配置での平均値を維持に武子は気を配っている。元々、育成を重視していた彼女としては、元からの精鋭を率いる事は不満であったが、友人らの受け皿となる部隊が必要となったため、その推挙を受けたという経緯がある。とはいえ、彼女も遅れて『そちら側』になったので、結局は人員配置の大きな変更(上層部にとっての)は不可能となった。参謀本部は当初、そのノウハウを盗むことを目論んだが、転生者の巣窟である上、それ自体が国家機密であったので、人員を送り込んでも、情報の持ち出しが不可能であった。また、Y委員会の内示により、通常の指令系統から独立していたこと、その人員に限って戦死してしまう事の連続により、参謀本部はY委員会の追求を逃れるため、そのことをしていたという証拠を隠蔽。結局は64Fに人員育成専門部署を置くことが限界であった。魔女は従軍可能期間に個人差があり、Rウィッチ化の打診を断る者も多いので、魔女そのものの人数を減らす案が浮上した。これに危惧を抱いた坂本は『今は魔女が今後も公職に居続けられるかの瀬戸際である』と、教え子らを説得して回る。これは寿退職等が時代遅れと扱われるようになる時代がすぐそこまで来ていること、軍で数年も生活していれば、一般の生活に馴染めなくなっているなど、問題が出てくるからだ。また、日本は民間軍事会社を規制する方向だが、他国に雇われる事を懸念してのものだろう。坂本は身重の身ながら、それに奔走。扶桑に軍人蔑視の風潮が生まれてしまった以上、以前のような悠々自適の隠居生活は不可能になるからだ。この動きにより、扶桑の魔女の公職への雇用枠は無事に守られた。七勇士かつ、引退した者の最善の道を歩む坂本が身を粉にしたおかげであった。その一方で、中途退職=悪と断ずる思考が定着するのを恐れた層は、坂本を批判した。だが、坂本は中途退役は引き止めない質であったので、雇用枠の維持による社会的地位の維持を優先したのだ。例として、織田時代の平和な時代には、戦国時代以来の魔女団は形骸化し、明治維新の際に解体された。日清戦争相当の動乱で魔女運用部門が設立されたが、戦国時代以来のノウハウが継承されなかったので、その再確立に時間を要したように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、魔女全体が社会的地位の維持のために、突然変異で生じた『転生者』にすがるしかなくなっていったわけである。ストライカーユニットは基礎理論が世代交代しなければ、1945年時の最高出力からの抜本的な増強は不可能。さらに、扶桑の魔女は伝統的に軽装を好む。これは戦国時代の後に鎧の有効性が下がったのを理由にしてのものだが、今度は逆に、通常兵器に粉砕される者が現れたわけだ。農村の老人層(明治初期の生まれなど)は『先祖伝来の鎧兜をつけさせるべし』と叫んだが、時代錯誤すぎるために却下。妥協的に『最高グレードの防弾チョッキを加工した戦闘服を制定することとした。仕方がないが、いくら製造方法が失伝した『対怪異用鎧兜』と言えど、20世紀後半以降に発達した新式の銃弾は防げないからだ。肉体自体が銃弾で致命傷を負わない歴代プリキュアはともかく、通常の魔女の防弾対策は急務であった。また、ティターンズ生え抜きの将兵は思想はともかく、対人戦の練度が高いため、魔女と言えども、無敵ではなかった。更に幹部層は暗殺拳の使い手であり、プリキュア達をも圧倒する。それに更に~という堂々巡りが展開された。その解消の意図が聖闘士への叙任の増加にはあった。当初は黒江、智子、黒田の三人であったのも、次第に増えていった。また、扶桑軍の将校団が事実上の解体となったクーデター後は64Fの幹部=軍そのものを統括する権限を持つのと同義になり、他部隊のお飾り感を助長した。その事から、将校団の事実上の再建作業は坂本と若本が数十年の月日を費やして行うことになった。横のつながりもなければ、組織は機能しないのだ。昭和天皇もこのことには気まずさがあり、64Fの行動を国家元首として全面的に容認した。つまり、天下御免の印籠をもらったようなものである。憲兵の警務隊への組織再編が遅延している事から、64Fの幹部層は自動的に軍内の警察権も付与された。このことは、昭和天皇なりの詫びであった。

 

 

 

 

 

かくして、1949年の秋を迎えた頃には、戦線はようやく均衡状態を取り戻した。問題は海軍主力の具合であった。戦艦の大半が定期オーバーホールに時間を要する有様で、大和については、史実通りの艦容から改造した故に、船体に負担が蓄積していたことが判明。代艦が次年度予算に組み込まれることになった。引退した後は記念艦としての日本への売却が検討されている。この大和は23世紀の宇宙戦艦ヤマトの母体になったわけではないが、メモリアルパークに安置されている事から、統合戦争の戦禍をくぐり抜け、地下都市に移設されたことがわかる。こうして、1949年度の次年度予算で建造が決まった水戸型戦艦の増産分は『大和の名を継承する』事を条件に予算が認められた。良くも悪くも、姉妹たちの活躍ぶりで、大和の名がシンボリックになっていったことがわかる一幕であった。

 

 

 

 

 

キュアドリームが他のヒーローたちの特訓を受けている様子は(隠す必要もないことから)大っぴらにされており、ヒーローユニオンの社会的信用の増強にもなった。特に、太陽戦隊サンバルカンのバルイーグル(二代目)や超獣戦隊ライブマンのレッドファルコンとの交流は(ドリームの現役時代の実績から)妥当だとされた。ただし、現役時代より遥かにハードな闘いの象徴として、『ノワールフォーム』の存在も公にされた。真ゲッターロボを思われる翼と漆黒のコスチュームなど、ダークドリームと異なり、通常のキュアドリームを反転させたような格好だが、必殺技がプリキュア本来の趣旨からかけ離れた『攻撃的なもの』(ズワルト・ストナーサンシャインとズワルト・シャインスパークなど)になっているなど、『見るものが見れば』ゲッター線に魅入られた事がわかる。ゲッター線は古くから早乙女博士の一族が存在を主張しており、22世紀の早乙女博士がその存在を実証。23世紀には『アブナイエネルギーだが、ゲッターロボの動力に有効だから』という理由で使われている。既に、原子力の可能性には見切りがつけられ、光子力やゲッター線などに手を伸ばしたが、ゲッター線はゲッタードラゴンのメルトダウンで一時凍結。光子力も民間利用の道が割に合わないことで、研究が縮小している。波動エネルギーは希少鉱石(コスモナイト)が必要であるので、民間利用は難しい。そのため、ゲッター線は研究が拡大傾向にあった(ゲッターエンペラーへの伏線)。また、異能者たちが用いる傾向が強い事から、『闘争心の強い者専用の技能』とも見なされている。

 

 

 

 

スオムスは本国がリベリオン本国軍の爆撃可能範囲にあり、B-47やB-36などの新鋭爆撃機の空襲を地球連邦軍の助力で凌いでいるが、根本的に主力の魔女部隊の高高度能力が不足している問題が露見。一大スキャンダルに発展してしまった。507統合戦闘航空団が死産に終わった要因に彼らの軍事的都合があったが、1949年にもなると、かつてのエースらは多くが既に退官しており、練度も大きく低下していたからだ。頼みの綱がニパやエイラの同期である『ハンナ・ウィンド』(ハッセ)のままである点で、彼女に代わる撃墜王の不在が国家的スキャンダルに発展していた。この当時、サーニャがオラーシャ軍を辞したことで、エイラも第一線を退いており、彼女らに代わり得る人材がいないという問題に直面していた。日本連邦は『超人たちがいるから、生え抜きの魔女を(焦って)育てなくてもいい』という感覚だが、スオムスは世代交代の進展による練度低下が現実の問題となっていたのである。ハッセが引退出来ないのも、自分がいなくなれば、ヘルシンキ周辺の制空権すら危うい状況であったからで、1947年までに、腕っこきの大半が退役したことが軍事的に致命傷に近かったのである。スオムスは智子の功績の隠匿問題でペナルティを受け、財政的に危機的状態に追い込まれた上、腕っこきの人員がほとんど抜けた時期に戦乱に巻き込まれるという『踏んだり蹴ったり』。また、史実での鞍替えで日本連邦から報復的な経済制裁を受けたため、軍備の更新もままならない。ハッセに何かあれば、スオムスの制空権は崩壊するとまで悲観的になっていた。この状況を憂いたエイラは同期たちに復帰を懇願。自身も魔弾隊に入隊する形で、現役に戻った。マンネルヘイムはこのことを『日本連邦への詫び』と評した。

 

 

 

 

 

このように、魔女の世界の各国は『激戦期に育成した熟練の魔女』が去ったタイミングで世界大戦が起きたことにうろたえるばかりであった。日本連邦が太平洋戦線に全力で、他の戦線を見向きもしなくなったことは非難轟々であったが、日本側の『多くの戦線をやったから負けた』という指導に基づくものであったので、文句は言えなかった。また、歴代プリキュアは普通の兵士や部隊よりは圧倒的に強いため、それを時たま派遣してやればいいという考えもあり、連合国の軍事力は(連合国の統制が崩れたため)形骸化していった。各国の財政が戦争経済に耐えられる状態でなくなったからで、この時に『職にあぶれた』熟練の航空兵達が次々と日本連邦の義勇兵部隊に応募・志願。皮肉なことに、このムーブメントが魔女の世界全体で航空機の近代化に寄与することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本連邦は戦線が義勇兵主体となっていく様を憂いたが、日本の政治家が扶桑本土の部隊の出征を拒み続けていた故の自業自得であった。結局、外地部隊による人員引き抜きの抑制のために、本土部隊の出征が決まるという点で、超絶的なグダグダぶりを露呈した。他国に『行き過ぎたシビリアンコントロール』と揶揄されるなど、嘲笑の対象となった。とはいえ、このグダグダは兵器刷新と訓練期間の完了を待つという意味合いもあり、九州の部隊は21世紀水準の歩兵装備を備え、対機甲兵力装備も21世紀以降の水準のものに刷新されていた他、自衛隊の有良部隊並の練度へ鍛えられていたのも事実であった。そして、その彼らが休憩時間にこぞって読む雑誌こそ、扶桑の大衆雑誌の王様であった『キング』(史実戦前の大衆雑誌の代名詞)であり、その表紙を、扶桑の若き英雄(撮影された時期は既にブライアンと入れ替わりをした後であるが)として名を馳せているのぞみが飾っている。服装はブライアンの第二勝負服『餓狼』である。のぞみとブライアンは体格が同じである事から、そのまま着用できたためだ。髪形も飾り紐で注連縄風に結わえ、ポニーテールにしている他、鼻に絆創膏も貼っているので、比較的に(ウマ娘を知っていれば)わかりやすい。(のぞみとしては)普段はツインテールで『歳の割には幼い』印象が強いため、この大人っぽく、なおかつ、獰猛な狼を思わせる鋭さを感じさせる一枚のショットは反響を呼んだ。この撮影は『プリキュア5の世界』で行われたので、当然ながら、のぞみBが大いにぶーたれた他、そのまま『BLAZE』(ブライアンの怪我後の代名詞となった歌)のミュージック・クリップの撮影に入ったため、13歳にして、プロの芸能人(13歳当時はアイドル扱いでの芸能活動が主だが、20代半ばまでのどこかで、舞台女優に本格的に転身することが判明済み)の春日野うららが思いっきり拗ねてしまい、ブライアンを困らせたとのこと。

 

 

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