ドラえもん対スーパーロボット軍団 出張版   作:909GT

747 / 787
前回の続きです


第二百三十一話「二つの世界にて 9」

M動乱からダイ・アナザー・デイの流れは、扶桑の騎兵閥の権威と軽戦車信奉を完全に木っ端微塵にする効果を残した。自由リベリオンもM4中戦車の旧式化を突きつけられ、分裂前に持ち込まれていた『T26E1』重戦車を駆動系に至るまで改良し、『M46パットン』として生産したが、分裂後の工業能力の低下で、ダイ・アナザー・デイの戦線に間に合った個体は少なかった。だが扶桑の要請で、最末期には一定数は出回った。元々、カールスラントがラーテを使うつもりで、各地の道路網や港湾施設を整備させていたため、M46くらいの重量は欧州の港湾設備にとっては、なんてことはなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

ダイ・アナザー・デイ後、残ったカールスラント製装備は『本土で使えない』のを理由に南洋に集積され、廃棄処分の予定であったが、太平洋戦争の勃発で強大な機甲装備が必要となったために、緊急で使用された。この時に九五式軽戦車が数的主力であった事がスキャンダルと扱われ、陸軍は困惑。結果的に、軽戦車=数的主力のドクトリンに完全にとどめが刺された。これにより国産戦車閥は衰退。以後、しばらくはブリタニアの次期主力戦車『センチュリオン』と『チーフテン』が数的な主力扱いとされていく。これはブリタニアが(赤城の撃沈への損害賠償の一環で)ほぼ無償で半完成品を提供し、日本が最終型相当(ただし、エンジンは相当に改良された)にアップデートした上で生産したからだ。この緊急措置もあり、扶桑の戦車隊は一挙にカールスラント重戦車と同等以上の車両を手にした。その一方で、米軍の巻き返しで、M48も鹵獲品含めてが戦線に多く出回り、弾薬庫の襲撃による鹵獲も大々的に行われた。これは国内の生産工場が乱立する規格に対応できなかったことで、生産の現場がパニックになっていたからだ。そのため、戦車砲は(自走砲で)155ミリ、主力で105ミリ~120ミリと規定されるに至った。

 

 

 

 

 

 

南洋軍はカールスラント、ブリタニア、リベリオン、日本などの複数の国々の装備が入り交じる状態で再建が進んだ。日本製装備は(なまじっか、ハイテクが多いために)電子装備のM粒子での誤作動が懸念されたため、少数派であった。M粒子散布下では、高度すぎる電子装備は役に立ちにくいのである。同時に、地球連邦軍から提供されたジェガンの配備も進んだ。地球連邦軍にとっては『既存技術の集大成』であり、アフターサービスも万全である故の提供であったからだ。ジェガンは外観上は貧弱そうだが、装甲そのものは21世紀のチタン合金より数段上の強度の同系統の合金。ビーム兵器も扱える(武器の出力もネモ以前よりは上である)とあれば、買わない手はない。これにより、開発が停滞したストライカーユニットに予算を多く振り分ける必要なしという論調が台頭。これに危機感を抱いた者たちが第二世代宮藤理論の実用・安定化を急ぐことになる。また、宮藤一郎技師の実子である芳佳の魔力値自体は『もはや、旧式の既製品では対応できない』領域へ成長しているので、彼女専用の機体を用意せねばならないという事情であれば、予算が容易く得られたからである。

 

 

 

 

 

 

太平洋戦争へ至るまでに軍に負わせられた人的損害の補償の多くは、自衛官の出向で賄われた。参謀などは難しい仕事だからで、この時に連合軍全体のコンピュータ導入が進められ、グンドュラが以前からしていた『物資や人員の横取り』は不可能になった。そのグンドュラは(仕方がない事情によるものであるので)軍法会議は免れたが、ガランドの後釜としての空軍総監への就任をやむなく承認。以後、(カールスラント軍の空洞化もあって)長期政権で再建に取り組むことになった。扶桑は結局、陸海の双方の航空関係者は史実の太平洋戦争の後半期の連戦連敗と国土の焦土化の情報に顔色を失う事態に陥り、懲罰人事代わりの前線配置で物理的に地獄を味わい、更にその半数以上は心を病んで、軍を去っていった。特に、防空軽視を叩かれた陸海軍は士気が可哀想なほどにボロボロに落ち込んだ。そんな状況での船出を余儀なくされた空軍は事実上、(陸海軍の士気の壊滅ぶりで)軍事政策を主導せざるを得なくなった。高射砲も時代遅れと揶揄されつつも、ミサイルの怪異への有効性の低さから、大口径の陣地高射砲が生きながらえた。特に、最新型の五式15cm高射砲は砲弾のVT信管化や電子機器の刷新、給弾機構の完全自動化などの延命措置が施された上での増産とされた。それを補うのが、三式12cm高射砲・改型とされた。これはミサイルの高額ぶりなどを鑑みての補助兵器という名目で生きながらえたものであった。その施策を主導したのは空軍であり、空軍が名実ともに、扶桑の軍事政策の要になりつつある証拠であった。

 

 

 

 

 

 

 

数合わせとして、陣風、疾風、五式戦などの旧型機も配備が続けられた。ジェット機を嫌う古参兵も多いので、彼らを宥めつつ防空意識を持ってもらうための施策として、レシプロ機は依然として用いられた。以前ほどは野戦飛行場を造れなくなったため、航続距離も重要とされた。弾薬等の補給はガルダ級や宇宙戦艦を移動拠点とすることで『妥協』された。これは戦略爆撃機や飛行船を航空母艦代わりにしようとした案の代替であった。皮肉なことに、この過程で重火力が脚光を浴び、陣風の25ミリ機銃が真に評価された。ジェット機を扱える部隊は敵味方ともに『トップエリート』の部隊のみであった1940年代末、F6FやF8F、陣風、紫電改などは数的主力として、尚も実働状態にあった。新時代の技術であるジェットエンジンへの信頼が低かった時代故に取られた妥協策であった。

 

 

 

 

とはいえ、ジェット機は限界高度の高さから重爆迎撃選任部隊からの配備が進み、F-104Jとドラケンが月光や雷電等の旧式局地戦闘機を置き換えつつある。問題は敢闘精神旺盛なパイロットの不足であった。魔女が人員不足により、不要となった雷撃ウィッチから戦闘ウィッチへ転科を余儀なくされる者が多いのと同様に、パイロットも余った雷撃機乗りたちの転科先が問題となった。そこで活用されたのがF-4系統であった。複座なので、急降下爆撃機や雷撃機乗りを乗せられるからであった。連山や富嶽と言った旧型多発機が次第に爆撃機以外の給油機、早期警戒機、要人輸送機などの用途へ転用されていくので、F-4系統は爆撃機代わりに運用される方が多かった。空自が最後まで要撃機としていた史実と真逆の運用である。銀河や一式陸攻、飛龍が(搭載量的に)役に立たなくなったため、レシプロの多発機並の搭載量を持つF-4を戦闘爆撃機運用に転用するのは理に叶っていた。カールスラント空軍を(部隊ごと)リストラされたパイロットたちも義勇兵化した後は同機を用いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

カールスラントは結局、ジェット機を爆撃機にするという発想そのものは否定されなかったとはいえ、第一に要撃機として使うほうが正しかったとされたことも、同国の空軍力の衰退の理由であった。生産が中止された機体はカールスラント空軍の殆どの既存機。結局、これは苦情で撤回されたものの、内乱後のカールスラントは再生産を行うだけの余力もなかった。また、Me262も既に、遥かに高性能のF-86が現れたことで再生産の意義が失われてしまい、同国の航空産業は内乱で『死を迎えた』と言っても過言ではない有様であった。このあまりの荒廃ぶりには、NATOも頭を抱え、同国を滅亡寸前に追いやったドイツとイスラエルを糾弾した。両国は色々と言い訳したが、別世界の一国を滅亡寸前に追いやった政治的責任を問われる羽目となった。これにより、米英は『現地に残された大国である扶桑に国連の安全保障政策を担わせる』事を日本に承諾させ、実行した。これは国連の意思でもあり、日本はやむなく承諾。扶桑の軍事力はこうして、1945年時点の軍事力を指標に保たれることになった。この施策を上手く利用し、戦艦と正規空母の保有継続を獲得した扶桑は、連合軍で唯一の『自国で戦艦部隊を維持できる国』の称号を得たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

怪異の生態研究は各世界の協力で進み、『地球という生命の免疫反応』説すら生じた。それをねじ伏せるには、異能が必要という結論となった。同時に、それが明確に確認された黒江たちとその一族を超国家規模で庇護せねばならない。それが連合国の最高の科学者らと医療関係者らによる調査委員会の結論であった。これにより黒江たちは超国家規模での庇護を受けられるようになり、日本も扱いを丁重にするようになった。それはのぞみが巻き込まれた騒動の真っ最中に公表された。この発表により顔面蒼白となった日本政府が、のぞみを嘲笑した省庁を『これ以上ない剣幕で』叱責したのは言うまでもない。扶桑内部でも、黒江らにいじめを働いた記録のある古参の魔女たちが軍法会議の対象となり、場合によっては極刑が即座に下された。ミーナの失脚で揺れる連合軍は、この騒動をあくまで『扶桑の不手際』として処理した。カールスラントがそう懇願したからで、二つの事柄は『関連性なし』として扱われた。この騒動の後、魔女のコミュニティの閉鎖性が問題視されるようになった。ミーナは上層部にスケープゴートにされたわけで、哀れであった。無論、ミーナにも同情すべき点はあったが、業務上の不都合等のほうが大きかったのである。64Fの整備兵の殆どがダイ・アナザー・デイ以後に配属された者たちであるのは(ミーナの名誉のために)統合戦闘航空団在りし日に在籍していた者からの入れ替えが実行されたことによる。また、整備兵には漏洩を恐れた上層部の指令で、極秘裏に『口封じ』された者もいる。口の軽そうな若年整備兵がその対象であったともされる。。

 

 

 

 

 

 

後年に発見される、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ(本来の人格)が消失前に残した手記によれば、『扶桑海事変の七勇士の武功、その活躍の経緯は大言壮語しがちな坂本の誇張と思っていた』という。年齢と(欧州における)常識による先入観もあったと明確に記しており先入観で破滅した士官の実例として、数十年後には、次世代への戒めに使われていることの証明となった。それは黒江たちが(年齢的にはありえないはずの)強さを発揮したこと、44年の闘いで目撃した『真ゲッターロボ』と(明らかに)同種の力を持っていたことの判明は彼女を顔面蒼白にさせた。事態の把握後、ミーナは直ちに扱いの改善を決定し、普段は若手の育成に回ってもらうつもりであったと記している。これは、自身を含めての現メンバーの編成に絶対の自信があったこと、黒江たちが若い時期は前世代(銀色の)怪異のいた時代。激戦期に全盛期を迎えた自分たちより上であるはずはない。その先入観もあったとも。だが、黒江たちは(出撃さえすれば)戦場を我が物としていった。そのことに恐怖さえ覚えた。そう書かれていた。この一件でとばっちりを受けた江藤敏子(黒江らの元上官)は復帰早々に昭和天皇直々の査問の憂き目に遭い、艦娘・陸奥の執り成しで難を逃れた。この一件の最大の被害者はその二人とも言い難い。(前任者のルーズさで)制裁人事を被った、扶桑陸軍参謀本部・人事部の構成員こそ、最も理不尽な理由で左遷を言い渡された被害者と言えた(ミーナや江藤には名誉回復の芽があるので、まだマシであった)

 

 

 

 

 

 

この制裁人事は昭和天皇の意向であるので、軍の誰も逆らうことは出来なかった。こうして、激昂した昭和天皇を(結果的に)宥めたのが、艦娘・長門と陸奥であった。人事課長は責任を取って自刃。副課長も拳銃自殺と、センセーショナルな結末を迎えた。昭和天皇が(憲法改正による委譲という形で)統帥権を手放すまでに下した一連の決定は、扶桑軍の既存の軍閥を解体へ向かわせたが、今度は部隊間の交流が途絶える問題が発生。昭和天皇はこれに『軍閥は好かないとは言ったが、部隊間の交流まで断てとはいっていないのに』とコメント。付託された将官の自己解釈による指令が二転三転する様に振り回され、疲弊。結局、戦間期に(混乱によって)実効戦力性を喪失した部隊が続々と判明。本土部隊の出征が避けられたのは、戦力としても実効性が想定外に下がっていたということの判明も大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

特に航空部隊では、日本軍出身の義勇兵らが外征の主力を占めたことに不満を抱く将兵が多かった。とはいえ、日本軍義勇兵とて、最末期の任官の場合は実戦経験に乏しいので、重宝されたのは1941年、あるいは42年には実戦に出ていた(優勢であった時期に訓練を終えた)世代の者たちであった。ダイ・アナザー・デイでかき集められた義勇兵の中には(日本側の記録で)戦地に散ったはずのパイロットたちも相当数がおり、21世紀日本に馴染めないということで、扶桑に定住した者たちが多かった。その彼らはダイ・アナザー・デイ~太平洋戦争では主に飛行教官職を勤めており、扶桑のパイロット供給に貢献している。ダイ・アナザー・デイ後は徐々に、義勇兵側も(扶桑の風土に馴染んだために)態度を軟化。通常部隊との交流も盛んになっていった。とはいえ扶桑軍と違い、日本軍出身者は死に場所を求めているためもあって、敢闘精神旺盛。それを気味悪く思う扶桑人も多かった。だが、生え抜きの扶桑人は『安土時代』以降の大国意識に浸かりきっていたために有事に弱い場合が多く、日本人からは『平安貴族かよ』と物笑いの種にされる事があった。日本は良くも悪くも(自然災害で)有事に慣れており、震度四~五(21世紀以降の基準)程度では動じない。扶桑人が完全にそうなるには、あと数十年の月日と数回の『大災害』が必要であったので、日本に駐在する場合、地震と台風に慣れろ、火事は起こすな(扶桑は幾分、日本より気象現象が穏やかであったので)というのがお約束とされていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

陸戦魔女は新鋭ユニットが比較的に順調に開発されたこともあり、太平洋戦争でも重要戦力として活躍。軽戦車より強く、歩兵の柔軟性と大火力を併せ持つことから、用兵側が運用を誤った機動戦闘車より活躍。また、陸戦魔女は身体強化魔法を全身に回せる故に、ティターンズの幹部層相手でも引けを取らぬ戦闘を展開できた。例えば、エイラの姉であるアウロラ・E・ユーティライネンは(色々な要因で)1949年度でも現役であり、スオムス最高の陸戦魔女の一人に数えられるほどの武功を挙げていた。とはいえ、スオムス自体が軍事的には弱小国である故に、彼女を持て余していた。502の在りし日に回収班を勤めていた縁から、妹が駐在武官に転じた後に、64Fに引き抜かれた。実質的にエイラの代替人事であった。だが、姉の復帰を知ったエイラが自身の名声をフル活用して復帰してきたため、実質的に武子は労せずに、『スオムス最高の魔女姉妹を配下に加えられた』のである。

 

 

 

 

 

 

この決定は智子の一件で、首根っこを扶桑に掴まれた、マンネルヘイム大統領の意向による。スオムスは『自分たちを裏切ったら、ヘルシンキを反応兵器で消滅させるぞ(意訳)』という恫喝を扶桑からされており、『裏切らない誓約』代わりに送り込まれたというのが正確なところ。1949年当時、既にエイラ達の世代より年長の世代は大半が退役済み、エイラの世代も加齢で引退した者が続出という状況。そこに異能者を多数抱え、超兵器でスオムスの全軍を一晩で殲滅できる扶桑に乗り込まれれば、スオムスは滅亡する。それに、新規の魔女の質の低下は同国でも同じであるため、アウロラとエイラの姉妹を上回る才能は未来永劫に渡って出ない公算が大きかった。その公算も、スオムスの『恭順』の真なる理由であった。カールスラント連合帝国が実質の解体を迎え、ブリタニア連邦が斜陽を迎えた時代、扶桑は軍事的に突出していた。日本の左派が『数しか能が無い』と罵るので、扶桑軍は軍備の近代化と精鋭化を急いだ。その結果、1950年代には、弾道ミサイルを持つ軍隊になる見込みであった。とはいえ、練度の差が極端に開いてしまったのが、日本の政治家の誤算であった。彼らの言い分は『政治かぶれを追放しただけなのに』とのことだが、ちょうどいい年齢の『中堅』が抜けた事による『戦闘や事務処理のノウハウの継承の問題』が顕在化。結局、扶桑軍の64F依存が拗れていくことになった。

 

 

 

 

 

 

64Fはこんなゴタゴタにより、書類作成等の事務手続きの省略が統合参謀本部に承諾され、即座に出動できるようになった。これは『戦場で必ず勝てる部隊』が同部隊のみという状況による。部隊業務の果てしない拡大は政治家たちも憂いていたが、選良とされた部隊が尽く、先のクーデターに同調していたという報により、64Fのみを実戦に供するという決定が統合参謀本部により下されていた。しかし、64Fの業務のあまりの肥大化は大問題であるのは変わらない。妥協的に書類作成等の事務手続きが(64に限っては)省略されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

扶桑の軍需産業は製造ライン等の自動化等を実行したが、単純労働工の働き口の問題もあり、魔女の被服や戦闘服などの製造などに当面は回すこととした。教育の高度化の恩恵が受けられない立場の者も多い時代だからである。とはいえ、史実戦前の日本でも、流石に文盲の者はいなかった。少女漫画では描かれるが、大正末期~昭和初期に学齢期になった者は基本的に、尋常小学校(国民学校になったのは、開戦の直前である)は出ているため、自分の名前は書けるし、最低限の本は読めるのである。扶桑は史実日本より国力がだいぶ上であるので、平均的な教育水準も戦後直後の日本に近い。左派の罵りは大日本帝国時代の日本を前提にしてのものであるので、扶桑皇国には当てはまらない。むしろ、彼ら(日本人)こそが歴史の流れを史実に近づけていたのである。これは『歴史の流れは一つ』とする論調を拠り所にしてのもの。だが、実際は多元世界論のほうが正しかったのだ。この理論のぶつかり合いで、扶桑皇国は無駄な戦死者を出しまくったのである。

 

 

 

 

 

日本政府はその事を露見させないために、扶桑軍に『英雄』を求めた。リベリオン軍の強大さを啓蒙していく過程で必要となったからで、英雄依存から抜け出そうとしていた扶桑皇国陸海軍にとって『寝耳に水』の事態であった。こうして、中堅世代が『軍国主義者』のレッテル貼りで追放された後に、黒江たちとその弟子筋の魔女たちが英雄扱いされることになったわけである。その関係上、のぞみは当初は(転生先が名家であった都合もあり)中島錦の名義で勲章等を受け取っていたが、騒動の後は(日本側の懇願で)正式に、夢原のぞみの名義に変更されている。結局、のぞみは転職を政治の都合で潰された代わりに、日本連邦軍全体の英雄と扱われたことになる。また、大人のぞみは1000年女王達の超能力で瞬時に(本来はオリンポス十二神しか使えぬはずの)ミソペタメノスを施された上で、彼女らは別個に肉体を作り、26歳の肉体を(肉体的に)全盛期の17歳前後の肉体へ瞬時に置き換えたのである。その関係上、大人のぞみは物理的に学生時代に若返った状態なので、元の教職に戻らない(正確には戻れないというべきか)腹づもりであった。

 

 

 

 

形は違えど、若返りを果たしたのは共通する二人ののぞみ。大人のぞみは(成り行きで軍人の仕事についたため)コスチュームの上から、地球連邦宇宙軍の軍服を羽織っている。Aはプリキュアのコスチュームのままで勤務しているので、そこが異なる点(大人のぞみは服装などで公私を切り替える質であったらしい)である。プリキュア姿に違いはないようだが、ノワールフォームの親和性がAより高く、ストナーサンシャインも『ズワルト』を冠する場合のほうが、炸裂時の威力が高い傾向にあるとのこと。これは大人のぞみは(大人の世界の理不尽さに疲れていたことも大きい)親を含めての周囲に『いい加減に、青臭い理想を捨てて、精神的に大人になれ』と言われるのに、内心で鬱憤が溜まっていた事などの要因で、闇属性寄りの心境になっていたのも大きい。ある意味、夢を叶えても、それが自分の性分を受け入れてくれる場であるとは限らないという現実に打ちのめされた末に、青春時代の輝きにすがったという哀れさを感じさせる身の上であったのが、大人のぞみであった。かつての夢を『思い出』と割り切り、現在はまったく別の道に生きる『A』のほうが、(ある意味では)たくましい生き方をしていると言える。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。