お隣の男の娘がかわいすぎる
これはある夏の出来事であった。
仕事の理由で転勤することになった僕は、この暑い中、重たい電子レンジやらが入ったダンボールをマンション7階まで歩いて運んでいた。
シャツの中の下着はぐっしょりと濡れ、肌に張り付いて気味の悪い感触が伝わる。
最後の一個、特に重たいダンボールを階段前に下ろして這いつくばったとき。
「だ、大丈夫ですか?」
躊躇いがちに、僕の目の前にコップに入った麦茶が差し出された。
金色のボブカットを持つ彼女は、柔らかい良い匂いのするタオルを持ってきて、僕の額に流れる汗を拭き取って笑った。
「熱中症に気をつけて下さいね」
「あぁ、ありがとう」
中学生くらいだろうか。
背は低い。この性格を考えると金髪は地毛だろう。長年の勘がそう言っている。
いつまでも彼女にかがませる訳にはいかないので、麦茶を受け取って茶色の液体を流し込む。
喉の余分な油分が離れ、通る酸素がより冷たく感じた。
「もしかして、お隣さんですか?」
「そうみたいだね。麦茶ありがとう」
マンションの壁を背もたれにして小休憩を取る僕を見ながら、彼女はいましがた僕が運んできたダンボールを持ち上げようとする。
あ、そうか。階段の前に置いたから邪魔になってるのか。
「ごめん、僕がやるよ」
「大丈夫ですよ」
間延びした声。
「女の子にそんなことさせられないよ!」
「男の子じゃい!!」
怒鳴られた。
え、っていうか男の子?
「はは、こりゃ面白い」
「本当ですって!」
「え……マジ?」
「マジです」
マジか。
見た目は完全に女の子なんだけどなぁ……。
「一緒にお風呂入ればわかりますよ?」
「はっ……」
「冗談ですよ!!」
なんて腹黒い。
見た目女の子から言われると男の子だと知っても、少しドキっとする。
彼女───じゃなかった、彼は、ダンボールの下に手を差し込み、力一杯地面を踏み締めて……。
「ふんっっっ!」
しかし持ち上がらなかった!!
見た目相応にか弱いみたいだ。
「回復したから僕がやる。もともと僕の荷物だし」
「なにかお手伝いできることは?」
「今はないかな。麦茶ありがとう」
改めて麦茶のお礼を言うと、彼はクスリと微笑んで、
「隣の部屋の鈴谷アキです。なにかあったら言ってくださいね」
と、言い残して自分の部屋に帰っていった。
鈴谷アキ、か……。
見た目は女子中学生くらいだ。
僕が中卒で17だから、1〜3歳くらい下か。
この時間にもいるってことは夏休みなのかな……。
そんなことを考えながらダンボールを玄関に運んでいると、隣部屋───アキちゃん……じゃねぇ、アキくんの部屋の扉が開いた。
手にはきゅうり……?なんでまたそんなものを。
「差し入れです。……といっても、もうほとんど片付けてしまったみたいですね」
アキくんと並んで壁を背もたれにしてきゅうりをかじる。
冷たい。なんだこれ。
「氷水で冷やしておきました。暑いですからね」
「家庭的だね」
「一人暮らしですから」
曰く、実家に姉と両親がいるそうで、興味が湧いたので近場のマンションを借りて一人暮らしを始めたらしい。
「何歳?」
「15です」
「やっぱり中学生か。僕が17歳だから二歳下?」
「17歳なんですか?」
「訳あって中卒で働いてる。……まぁ、それくらいだったらタメ口でいいよ。なんだかアキくんに敬語を使われると、くすぐったいんだ」
「そうですか?じゃあ……改めて、お隣の鈴谷アキです。よろしくね!」
差し出された細い手を、僕はしっかりと握った。
これが、アキくんとの出会いであった。