大変長らくお待たせしてしまい申し訳ございません。
色々理由があったのですが、一番の原因はプロトマーリン実装された結果、考えていたプロットが白紙に戻りやる気が遠くへと旅立って行ったのが理由です。
長い間放置していたにも関わらず、感想にて次回の更新を待ち望んでくれている方々がいたおかげで、また執筆を再開することに相成りました。
プロットを探り探りしながら同時進行で小説を書いていくつもりなので、更新は遅いかもしれませんが、よろしくお願い致します。
では、短いですが、どうぞ。
序章 美少女転校生①
「やはり南の海というのは綺麗だね」
七月十七日、月曜日。士道たち来禅高校二年生一行は、現在進行形で飛行機に揺られていた。
三つ並ぶ席の真ん中に座る士道は、隣の窓側の席に座る美少女にばれない様に視線だけを隣に動かして観察をする。
隣に座る美少女は確かに目が自然と追ってしまうほどの美貌を兼ね備えているが、士道の目付きはそんな浮かれたようなものではなく、険しいものだった。
その視線に気づかない訳もなく、隣の美少女は士道の様子にクスリと笑うと、顔を窓へと向け、独り言ちる。
「私がいたのは光が届かない真っ黒な海の底だったからね。同じ海でも色が変われば見方も感じ方も変わる。ファウンテンブルーというのかな?こんなに綺麗だと、私も期待に胸が高鳴るというものだ」
士道もドキドキしていた。しかしそのドキドキは胸の高鳴りからではなく、恐怖とすら呼べる緊張によるものだが。
「君はどうだい?五河士道くん。やはり修学旅行というのはドキドキするのかな?」
「ア、アハハ……。そうだな、ドキドキする、かな……」
士道は心の中で絶叫した。隣に総合危険度Sを上回る危険度SSの精霊がいなければ、こんなに動悸も激しくは無かったと。
話の始まりは期末試験の前日にまで遡る。
◆◆◆
「では出席を、――の前にぃ、皆さんにサプライズがありまーす!」
教卓の前に立った小柄な眼鏡の教師、岡峰珠恵教諭・通称タマちゃんの一声に、暮らすが騒めきだした。勿論、その騒めきの中に士道と十香も属していた。
「なあなあシドー、サプライズとは一体なんなのだ?」
「あー、多分転校生じゃないか?ホームルーム中にサプライズなんてそれくらいしか思いつかないけど……」
「転校生か!苦楽を共にする仲間が増えるのは良いことだ!で、その転校生とやらは誰なのだ?」
「いやいや、知ってたらサプライズじゃなくなるだろ」
それにしてもこの時期、それも期末試験前日に転校生とは本当に珍しいなと、士道は自然と教卓横の扉に注目する。今回はラタトスクから精霊の情報も貰っていないため、本当に普通の一般人だろうと考え――そういえば精霊が転校生として来たことあったわ。というか最近あったわ、と考えを改めた。
クラスは新しい転校生に沸き立つなか、嫌な予感がして止まない士道は顔を青く染めながら、その転校生が入ってくるであろう扉を凝視していた。
「では、入ってきてくださーい」
タマちゃん教諭が扉の方へと声を掛けると、それに応じてスーッと扉が開かれ、転校生が教室へと入ってくる。
入ってきた人物を見て、クラスの皆が一斉にポカンと口を大きく開けて呆けてしまった。
余りにも美しかったのだ。
透き通るような素肌に、ふわりと揺蕩う長く白い髪。心の奥底を覗きこまれてしまいそうなほど深い
カツカツと教卓の前まで歩く彼女は、フワリと揺れ動く髪と一緒に花の香りを部屋一面に漂わせる。
「では、自己紹介お願いします」
タマちゃんが促すと小さく頷く。チョークを手に取り、黒板に『十束三茉鈴』と名を記すと視線をクラスの皆へ向けた。
薄い唇を開き、ついぞ彼女が言葉を口にする。
「私の名前は
言い終えると、にこりと微笑みを浮かべる彼女に皆一様に息を呑んだ。
そこには、華麗な花のような女性が佇んでいた。
ホームルームが終わった後の、授業が始まる少しの時間。教室の一画が生徒たちでごった返しとなっていた。勿論、その一画の中心にいるのはホームルームで自己紹介をしていた十束三茉鈴だ。
「ねえねえ、茉鈴ちゃんってどこから来たのー?」
「えっ、茉鈴ちゃんの髪すごい綺麗なんだけど。ね、ね、少し触ってみていい?」
「まじひくわー」
「ご趣味はなんでしょうか!好きなタイプとか聞いてみてもよろしいでしょうか!」
「可愛い―!ねね、お肌綺麗だけど何か特別なことでもしちゃってたりー?」
「期末試験日前に転校とかツイてないね~。勉強とか平気~?」
茉鈴は大勢による質問攻めを受けていた。ホームルームにて見せた微笑みとは違う、苦笑いといった感じで笑う。
「うーん、私は聖徳太子じゃないから皆の質問を一斉に聞いて、それに答えることは少し難しいかな」
「あー、それもそっか。ごめんね?」
「うん、理解してくれて有難う──」
「はい!という訳だから質問したい方は一列に並んで―!早い者勝ちだよー!さぁ並んだ並んだ!」
「あ、そういう感じに対応するんだね?私もそれには少し驚きを禁じ得ないかな」
どうやら縦に並ぶ質問者達に慄いているようだ。士道はそれを確認してから教室から離れ、前回と同じようにポケットから携帯電話を取り出し、妹でもあり司令官でもある琴里に電話を掛けた。
『もしもしー、なにおにーちゃん?』
司令官モードではない、天真爛漫ないつもの琴里が電話に出る。
「琴里、あのー……ですね」
『もー、どーしたのこんな時間に。あと一〇秒早く携帯が鳴ってたら、先生に没収されるところだったぞー、……って、なんか前にもこんなことあったようなー?』
あれー、と琴里が不思議そうにクエスチョンマークを浮かべている姿を士道は想像しつつ、言い辛そうに口を開く。
「あー、いや。確認なんだけどな? 今日うちのクラスに転校生が来たんだけど……」
『…………』
「もしかして、精霊だったりとかは──、ないよな?」
士道がそう言うと、電話口から大きな溜め息のあと、衣擦れのような音が聞こえてきた。電話越しからこの音を聞くのは既に二回目だ。
琴里は髪を括っているリボンを付け替えると、改めるかのように息を吸ってから言葉を続ける。
『士道、あんたのクラスには精霊が寄ってくるような蜜でもあるわけ?』
呆れたような声が電話越しから聞こえてきた。
『とりあえずその人物、十束三茉鈴はラタトスクの方で調べるように言っておいたわ』
「おう、ありがとな」
士道はラタトスクで調べてくれるという言葉を聞き、胸を撫で下ろした。
解析結果が出れば精霊か精霊でないかが分かる。そうすれば十束三茉鈴に対してハラハラとしながら学校生活を過ごすこともなくなる。……精霊だった場合はまた別の意味でハラハラすることとなるのだが。
士道はチラリと茉鈴の様子を窺う。縦に長く連なっていた列はいつの間にか少なくなっていた。茉鈴から少し離れたところには、先程好きな人のタイプを聞こうとしていた男子が項垂れている姿も確認した。
……士道は電話に戻る。
『士道の勘違いなら自意識過剰ってだけで終わるんだけどね。前例もある訳だし、もしかすると……あの精霊かもしれないし』
「ん?もしかしてってすると、何か心当たりあるのか?」
『あるにはあるけど、そうね。詳しいことが分かり次第こっちから連絡を入れるわ』
「おう、わかった」
そう言って士道が電話を切った瞬間、一限目の授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
時間は進み、昼休憩の時間になる。
連絡が来るまでの間、士道は十束三茉鈴に警戒をしつつ過ごしていた。
その様相に士道の隣の席に座る
「シドー、険しい顔をしているがどうしたのだ?」
「あー、いや。あれだ、明日の試験大丈夫かなーって」
「ぐぁあ!期末試験を思い出させるでない!シドーが作ってくれた弁当が不味くなってしまうではないか!」
あの転校生が気になると素直に言うことは出来ず、士道は明日から始まる期末試験の話を振って躱すことにした。
ぐわーと悲鳴を上げながら弁当を避けつつ机に器用に伏せる十香を見て、精神やられているなと苦笑いをする。
十香の姿を見て気を持ち直し、自分も弁当を食べようと弁当箱の蓋を開けた、その時だ。
──パチンッ。
教室に渇いた指の音が響いた。昼休みの喧騒を抜けて聞こえてきた音に士道は顔を上げた。
「い、いったい何が起きて……」
教室は時が止まったような静けさに包まれていた。明らかな違和感に周りを見渡す。
先程まで楽し気に会話していたグループは会話を止め、ボーっと虚空を見つめている様に呆けていた。
明日の期末試験のための追い込みに勉強をしていたクラスメイトの一人は握っていたペンを動かさずに止まっている。
横に座っていた十香を見やると、持っていた箸は、ウインナーを持った状態で静止していた。ポトリとウインナーが重力に伴って落ちていく。
「やっと話す機会を作れたかな」
今日のホームルームで一際目立っていた声が士道の耳に届く。
ガタリと椅子を引いて席から立つとカツカツと士道の元まで歩いてくる。
「君、ちょっとどいて」
士道の前の席に座っていた生徒が唐突に立ち上がり、そのまま横へとずれた。
空いた椅子を士道の方へ向けると、スッと座った。
士道は恐る恐ると視線を前へと向ける。
士道の目の前に座っていたのは、今日このクラスに転校生として来た十束三茉鈴だった。
十束三茉鈴の瞳は、怪しく妖艶に微光を放っていた。
「うん、確信はあるんだけど。一応確認として聞いておこうかな」
「君が、五河士道くんで合ってるかな」
自然と喉が鳴った。冷や汗がつぅっと頬を過ぎ去っていく。
「君と話がしたかったんだけど、やっぱり精霊ってワードが出るとざわつく子が隣に二人いるだろう? だから少し気を利かせてこの学校全体に幻術を掛けてみたんだ。どうだい?私にしては人に寄り添った感じの対処かと自画自賛しているんだけど」
ニコニコと喋り出した彼女は、褒めてくれと言わんばかりに自信満々の表情だった。
士道は茉鈴の声音に、謎の安心感を覚え、それ自体に恐怖を覚えた。精霊に恐怖を覚えたことはあったが、ここまで薄気味悪い恐怖感に襲われたのは初めてだった。
自然と後ろへと引いていく士道を見て、茉鈴は「おっと、いけないいけない」と煙を払うかのように手を振ると、妖しく光っていた瞳の光がおさまった。
「ごめんごめん、精霊になったのは意外と最近でね。少し失敗してしまった。魔力が少し漏れ出してしまっていたとはね」
――恐らく、目の前にいる精霊は、今まで会ってきた精霊の中でも強かで人離れしている。少しだけ話を聞いただけで、士道は理解した。
士道は恐る恐ると、喉から言葉をひねり出す。その声音は震えていた。
「……お前は、精霊、なのか?」
「……そうだね、あー、少し待っててくれないかい? 視てる限りではもうそろそろだから」
茉鈴の発言に士道は何が何だか分からなかったが、直ぐにその意味を理解する。
ポケットに入れていた携帯電話が鳴る。電話が来ていることに気付いた士道は茉鈴の方を見ると、彼女はニッコリと笑って電話にでるよう促した。
士道は携帯電話の画面を確認すると、そこには妹である琴里からだった。
電話を繋げ、琴里の声に耳を傾ける。
「……もしもし」
『出るのが遅い。一言二言文句言いたいところだけど、今は緊急事態だからいいわ。とりあえず今から言うことを冷静に聞きなさい、いいわね?』
『十束三茉鈴、彼女についてラタトスクで調べさせてみたわ。特に経歴に違和感は無かった』
『けど万が一を思って観測機にて調べさせてみたら、とても微量ながら霊波が観測されたわ』
『そこから考えるに、二つの可能性が考えられるわ』
『一つは最近精霊に接触した可能性。あまり考えられない可能性だけども、微量でも観測されたということだから、この可能性は充分あり得るわ』
『そして、二つめが――』
「精霊の、可能性か?」
『……? そうだけども、士道にしては中々に察しが良いじゃない』
『そう、精霊の可能性。士道にはまだ伝えていなかったけれど、霊波を隠蔽する精霊が、士道と十香が初めて会ったその日の早朝。とある精霊が確認されたわ』
「その日って……、確か太平洋に起きた空間震が」
『そう、それ。その空間震を起こした精霊には霊波を隠蔽するような能力があるとラタトスクでは確認されているわ』
『一つめの方なら警戒しなくてもいいけれど、二つめの精霊って可能性だったら注意しなさい』
『その精霊は霊装や天使が一切不明な状態で、ただ空間震の規模だけで『
「……っ」
生唾を飲む。冷や汗が止まらない。得体の知れない恐怖が士道にねっとりと絡みついてくる。
『その精霊の識別名は――
ぶつり、と電話は途中で切れた。いや、切られた。茉鈴が伸ばした手が、士道の電話を切っていた。
彼女はこほんとわざとらしくせき込むと、可憐な笑みを浮かべて唇を動かした。
「改めて自己紹介を。私の名は十束三茉鈴、識別名は〈キャスター〉。総合危険度SSに分類されてしまった、ただの精霊さ」
「そして話というのは、私の攻略はしないように、士道くん。君を説得しに来た、というところかな」
士道と〈キャスター〉が、静寂に包まれた教室にて邂逅を果たした。