「箒?ぼーっとしてどうしたんだ」
箒はハッと意識を取り戻した。そうだ、今は、7月7日、20xx年、ここは篠ノ之神社、そして近くには____箒を心配そうに見つめる一夏の顔。その瞬間、光の速さで箒はのけ反った。
「わああああああ!?い、一夏!!」
「なんだよ人の顔をみて悲鳴をあげるなんて」
「う…お前の顔がすぐ近くにあったらびっくりもするだろう」
あ?…ああすまん。ほっとしたと同時に一夏があっさり引いたことに少し恨みがましく思いながら聞いた。
「そういう一夏は何の願い事を書いたのだ」
「俺か?俺はー、うーん、まだ考え中だ。それにしても大きい笹だよなあ」
そういって一夏は篠ノ之神社の境内に目を向けた。
そこには、今日限定で、大きな笹の木が飾られていた。それは見る角度によっては、昇ってきた満月の真下にまで伸びているようで、天に届くのではないかと思えた。
その笹の木に近所の人が書いた色とりどりの短冊が涼しそうにゆれている。町の広場にも笹はあるのだが、ほとんどの住人はここへ飾っているらしい。
「よくこんな大きいものが見つかったな」
「ああ、毎年雪子叔母さんの知り合いが、ご好意で持ってきてくださっている」
「すごいな。箒の家、毎年立派な笹の木が植わってるなぁと思ってたんだ」
そんなによく見ていたのかと嬉しくなった箒は胸を張る。
「篠ノ之神社は地域の人に奉仕する神社だからな。小さな行事ほど大切に行うのだ。それに昔から篠ノ之神社は七夕で有名なんだぞ」
「さすがだな。あ、商店街のおばさんの短冊があるじゃんか」
そういってふむふむと短冊鑑賞会をし始めた一夏の横顔を箒はチラチラと盗みみていた。しかし一夏は見るのに真剣で気づいていない。それに乗じて今度はじーっと見始めた。
(な、なんかあれだな…。改めて見ると、あの頃の道場で競っていたころのやんちゃで幼い面影はあまり残ってなく、シュッとした顔立ちになり、その――格好よくなったようだな)
そのことに嬉しさと、自分の知らない一夏が入ってることにちょっぴり寂しい気持ちにもなった。その時、ふと気づいた。
喉仏が動いてる。
驚いて一瞬声が出そうになった。まさかあの一夏に喉仏が見えるようになるなんて。いや、この低い声はここから出ているのだ。不思議なものだな…一夏が話す度に動くぞ。これは、中学の時から出始めたのか?それとも今の時期か?うう、入学したては恥ずかしくてマトモに顔がみられなかったから、気づかなかったのだ。
一夏の喉仏を目で追っているうちに無意識で近づいていく箒、そして―――
「そうだ、思い出した、箒―――っておおおお!?!?」
「きゃっ」
くるっと顔を方向転換した一夏は驚いて、さっきの箒のように体ごと思いっきりのけ反っていた。
「い、一夏!何度言ったらわかるんだ!顔を近づけるなと言っただろう!」
「いや、今度やったのはほ、箒だろうが!」
「な!?私が悪いって言うのか…?」
そう言葉を繋げながらも頭の中では(あーーー!またやってしまった……!どう考えても私が悪いのに過ちを認めなかった…うぅ、素直にならなきゃ一夏に嫌われるってわかっているのに…!)と絶賛反省中である。
一夏は苦笑しもう一度言葉を繋げた。
「おい?箒?えーとだな、セシリア達から短冊預かってきたんだよ」
「そ、そうなのか、書き方知っていたか?」
「いやな~、鈴以外書いたことなかったみたいだ。皆楽しそうに書いてたぞ」
「ほう」
そう言って一夏は4枚の短冊を箒に渡す。
嫌な予感が箒の頭の中をよぎる
(どういうことを書いたのだろうか。あいつらの願いはなんとなく予想できるような気もするが一夏の前ではまさかそんな訳―――)
ペラッ
『オルコット家をたてなおし、好きな殿方とhappy ever afterですわ!』
『料理のレパートリーを増やして、今度こそ想いを伝えて見せるわよ!!』
『好きな人と過ごす時間が増えますように』
『嫁と教官とずっと一緒に暮らす。異論は認めん』
「…」
(――そんな訳、あったな。)
「あいつらすごいよな。短冊に人生の目標書いちまうなんてな~。俺が教えてからずっと長い時間悩んでたみたいだぜ。皆好きな人いるんだな?そんなそぶりなくて全然気づかなかったよ」
(――こいつもこいつで全く気付いてないのか…)
皆きっと、叶えたい願いと同等にと一夏にアピールすることをできるようによく考えたんだろうな…。しかし当の本人には全く通じてないぞ…。
二重の意味で呆れる箒だったが、ただ、
そこまで真っ直ぐに願えるってすごいな。
正直に思った。他の専用機持ちのライバルは、性格は違えども、一夏に、多少照れながらも積極的に好きと言う気持ちを伝えている。(ただ、相手が唐変木のため全く気付かないが)
また、恋愛に限られたことではない。4人はいつでも真っ直ぐ生きている。
それを、私は―――篠ノ之箒は、好ましいと思うし、少し憧れている。そのことは本人たちに恥ずかしくてなかなか言うことはできないが。
では、私だったら何を真っ直ぐに願う?
去年まではずっと一夏についての願いだった。今もそれは変わらない。これからもずっと一緒に居たい――できたら隣で。
だが、それだけか?
…いや、違う。一夏について考える時、胸の奥にはもう一人確かに存在していた。それは、姉さん。家族と、一夏と、別れなくてはいけなくなった原因を作った張本人。それでも、
私と、一夏と、姉さんと、千冬さんが道場の隅でじゃれ合う風景が頭に浮かんでくる。千冬さんを抱きしめようとして、殴られ蹴られ、それでもへこたれずに今度は私たちの方に突進してくる―せわしない姉さんの姿が。
「一夏、4人の短冊つけるのを頼まれてくれないか?私も書く」
「おう、ペン使うか?」
「いや、自分の物がある」
「ん」
一夏が横を向いたのを確認して箒は赤色の短冊に書きはじめた。さらさらと、止まらずに。しかし、書き終えた瞬間に大きく一つ呼吸をした。
「…書いたぞ」
一夏に渡して横を向く。そこには、
『大切な人と一緒にいられますように』と書いてあった。
「……いい願いだ」
「た、た、大切な人っていうのはな!お、お前だけのことを指しているわけじゃなくてだな!セシリアとか鈴とかシャルとかラウラと!雪子おばさんと千冬さんとか姉さん、とか…!」
そう言い終えたはいいが顔がカーッと一気に真っ赤になる箒。
(うう…恥ずかしい!やはり気持ちを素直に言うなどというのは!)
「い、いやなんでもない!あっちで新しい短冊をもらってくる!」
逃げようとした箒の手首を、
「箒!箒!!」
一夏がぎゅっと掴んだ。
「な、なんだ!わた、私になんか用か!」
「その、なんだ。俺の短冊も読んでくれないか」
「一夏…。さっき、書いてないって言ってなかったか」
「すまん、さっきは照れくさくなって嘘ついたんだ。実はもう書いて結んである」
一夏が指を指した先。
『俺にとって大事な人達と一緒にいられますように』
そこには、昔と変わらない一夏の力強い字で書かれた短冊が揺れている。
「同じ…だったのか」
「ああ。…俺の願いは六年間これだ。ずっと箒や束さんに会いたくて、だな」
そう言って一夏は頬をぽりぽりと掻きながら横を向いた。だが、髪の隙間から耳の端が赤くなっているのが見えた。
予想外、だった。一夏が、私と同じ願いをずっと持っていたなんて。一年前ぶりにじわぁっと熱いものが箒の瞼の裏にたまった。しかし、一年前のそれとは全く違うものだ。あの時ズキズキと鳴った胸の鼓動が、今では早いリズムで、だけど心地よく鳴り続けている。
ああ、これは、きっと。
(幸せってことか―――)
気づいたら自然と涙が頬を伝った。
「おい、箒?」
一夏がびっくりした声をだした。箒自身も驚いた。
(涙を自分では止められないこともあるのだな)
それは、箒にとって初めてのことだった。こんなにすぐに感情がでるほどに、私は、今すごく幸せなのか。そしてそう思わせてくれた一夏に伝えねばならない。
「あっ…いっ、…いちっ、」
話そうとすると嗚咽が混じって上手くしゃべれない。
「いちかっ…!……っ…」
一夏は黙って耳を傾けている。それなのに言葉が出てこない。
「そのっ…う、うれしい…わたっしも…ずっと、ずっと、」
その瞬間箒は一夏に抱きしめられていた。
「箒、もう何も言うな。お前の気持ちは十分伝わったから」
一夏はそこまでいい終えると息を吸って言葉を続けた。
「…ありがとう。箒とまた出会えてよかった」
それから枷が外れたかのように涙は止まらず目から頬まで何度も何度も零れ落ちた。その度に一夏が背中を優しくさする。嗚咽もますます激しくもれて、まるで幼子のように泣きじゃくった。
しばらく経って箒が泣き止むと一夏がポツリと言った。
「…前にもこんな風に箒が泣いたときあったよなぁ」
「え…?そうだったろうか」
「覚えてないのか。まあ確か小1の頃だからな。剣道場から帰る途中で箒が神社の階段を踏み外して、すごい勢いで泣きじゃくったんだよ」
「…やはり覚えてないな」
「あの頃剣道やり始めたばっかで、箒のこと柳韻さん以外に負けないすげえ強えやつだと思ってたんだよ。だから、お前が泣いた時すっごくびっくりして、どうしたらいいのか分からなくなった。だけどその時束さんが慌ててやってきて」
「!姉さんが…」
「箒をこんな風にポンポンってしてた」
そう言って箒の背中を二度軽く叩いた。
「また、会えるといいよな…束さん」
一夏がそっと抱きしめる力を強めた。
「…ああ」
その時、突然神社の襖が勢いよく開いた。
「あらっ、いいところにお邪魔しちゃってごめんなさいね~」
「ゆ、雪子おばさん」
その瞬間弾かれたかのように離れる。それと同時に箒はさっきまでの行動(束に会いたいって言ったこと、一夏の前で大泣きしたこと、抱きしめられたこと、束に会いたい気持ちを認めたことなどなど)を思い返してしまい体中から一面に湯気が湧き出すかと思うほど熱くなった。
(わた…私はさっきまで何してたんだ!しかも、雪子おばさんにこんな姿を見られるなど…は、恥ずかしいにも程がある!)
「おばさん、今日は手伝いあんま出来なくてすみませんでした」
「いいのよ一夏くん。久しぶりなんだからゆっくりしてって」
「そうは言っても…俺と箒で出来ることはありますか?」
「んー、そうねえ。低い位置にある短冊を上に飾りつけするようにお願いしてもいいかしら。二人が終わるまで夕食の用意をしてるわね」
「わかりました。箒、やるぞ」
「ふ…ふん!お前に言われなくてもやるに決まっている!」
さっきまで素直になっていた反動でついツンとした態度を取ってしまう箒だった。
***
「こんなもんか」
うーん、と一夏が大きく伸びをする。
「う、うむ…」
低い位置で隠れてしまった短冊は意外にも多く、時間がかかった。また、一夏が『妻に浮気がバレませんように』と達筆で書かれた短冊を優しさからそのままで置こうと提案したのを箒が断固拒否して数分言い合いがあったからでもある。
「あ!箒の短冊を飾り付けてない!」
伸びをしたまま一夏が箒の方を見る。
「え…あ、ああ、そうだったな」
「これで最後の短冊だな!どこにしまった?」
「ほら、ここにある…だが、」
「だが?」
___恥ずかしい。
これを飾って多くの人にみられるのは、恥ずかしい。
箒の表情から気持ちを察した一夏は箒の手から短冊を奪った。
「あ?!一夏何をする!」
「何もしねーよ。なあ、箒、あそこ見て」
そう言って一夏は指を指した。
そこは、笹の木の頂上。
「あそこなら、彦星様と織姫様しか箒の願いは分からないじゃないか?」
「…っ…だが、私の手には高くて届かないぞ」
「そしたら、俺を使えばいい」
一夏はニカッと笑った。
***
「箒―、こんな感じか?」
「…ひ、左だ、左!」
「おう」
___本当に今日の私はどうしたのだ
一夏に姉さんに会いたいなどと言ってしまい、一夏にだ、抱きしめられて。しかも、今は肩車されているだと____!?!?
考えるだけで頭がショートを起こしそうになる。
「…箒?大丈夫か?さっきから黙って…」
「なんでもない!こ、今度は左に行きすぎだ!」
「了解」
こういう時は察しがいいのだな…。
呆れつつも一夏の気遣いにとてもうれしくなる。肩車をして私の短冊を飾ることも、素直になれない私に対しての一夏なりの気遣いなのだろう。
「そこだ!そのままで動かないでくれ」
「わかった」
急いで短冊の紐で結びつける。誤字のないか確認するためにちらりと見た。
『大切な人と一緒にいられますように』
やはり、すごく真っ直ぐで照れくさくなる願い事だ。だけど、これは六年間私の本心で、そしてきっと変わらない。
それを、今日一夏が教えてくれた。こうして、今のように体を張って。私もこの行動に応えたい。ずっと、一夏やセシリア達、姉さん、その他にこれから出会う人も。
最近、私は一夏を守られてばかりの立場に焦りを感じていた。しかし、今では今までの自分が少し馬鹿らしく感じた。確かに私は、適正ランクはCでISの専用機体はない。だけど、それが何になるのだろう?きっと他のやり方は見つかるはずだ。これからは、周りに振り回されずにこの願いをずっと持ち続けることができますように____
その瞬間、夜空に星が一個、大きな弧を描いたのだった。