ログ・ホライズン-『現実の生産者』 作:サブ職業:小説家 lv.1
「雨雲がぁ、来てるみたいだぞ~」
直継がこちらに目の前の雨雲を警戒する。
にゃん太が念話をしている所を見ると、シロエに対して何か言っているのだろうな。
そんな事を考えつつも、私はゆっくりと息を吐きながらシロエの方を見つめる。
「…取り合えず、シロエが考え込まなくて良かった」
私はグリフォンに乗せられながらも考えを纏める。
あの時シロエが悩んでいた事…デミクァスが生き残ったのは、恐らく第二部隊の所為だ。
アカツキが倒したヒーラーには、一人だけ私が昔一緒のレイドだった人が居た。
そしてその森呪遣いの彼が死ぬ瞬間にライフバーストを放ち、脈動回復を全て回復したのが見えたのだ。
回復をしていた彼は自分が死ぬ瞬間をしっかりと理解していたからこそ使った…そう言う事だろう。
(アカツキは9000位と言っていたが、それは彼女が上手くいった場合でしかない。
シロエやにゃん太はレイド組として出来る事を当然出来ると思っていた。
だけど、それをアカツキに求めるのは酷でしかないと思う。)
「…だからこそ、なのかな」
例えば、レイドをやっていない人達なら、“一秒”の重みはかなり違うだろう。
レイドをやっていない“一秒”は、自分の秒数しか気にしていない。
逆にレイドをやっている“一秒”は、様々な秒数を気にしてる。
「アカツキさんの一秒は良くも悪くもパーティの一秒…か」
グリフォンがシロエのグリフォンを追いかけて地面に着地する。
私はさっきまで考えていた事を放棄し、シロエがどんなことをするかを取り敢えず待った。。
「…近くの村に行きましょう。サミダレは何もせずについてくる様に」
「はい…」
そう言って私達は小走りで街の中央の家に向かっていくのを見ながら、私は周囲を眺めた。周りの大地人も、家畜を小屋に入れたり色々大忙しだ。
「こんにちはぁっす!」
「はいはい。旅人さんかね」
シロエが話している間、私は許可を貰って村の外に向かって歩いて行く。
先程まで焦っていた彼らは外におらず、私一人しか居なさそうだ。
…雨の日には大地人が外に居ない、そんな事があるのだろうか。
「…こんなんじゃ、村の名前すらわからないね」
ゲーム時代には、私の位置には此処は○○の村ですと言ってくれる人が立っていた。
だけど今は、急な雨の所為なのか家に帰ってしまった。…いや、もしかしたら本当は此処に立っている事すらないのかもしれない。
家畜を育てて生業にするこの村で、立ってたらご飯が貰える事なんてないのだから。
「…お姉ちゃん?」
「っ!」
だからこそだろうか。
私は大地人の少女が近づいてくる事に気が付かなかった。
取り敢えず視線を合わせつつ、私は人差し指で手の平で字を書こうとする。
「…喋れないの?」
その言葉に対して私は頷くと、彼女はしょうがないねと言わんばかりに頷いた。
そして手を握って走りだし、私は思わず喉に空気を入れてしまう。
「っ!ちょ…」
「…お姉ちゃん、喋れたの?」
「あ、いや…」
「綺麗な声だね…私もそんな声出せる様になりたいなぁ…」
「…いや、違くて…」
少女に止まるように言いたいが、これ以上喋ると体質が発動しそうだと考え上手く喋れなかった。
…せめて他に誰か居れば…とも思ったが、残念ながら全員中央の家に居るのだ。
「でも風邪引いたらその声変わっちゃうかもしれないからね!一緒にお家行こう?泊めてあげる!」
「…うん」
その言葉と同時に、今度は本気で大地人の彼女が走り始める。
けれどその手の握りは優しくて、その足は私が普通に走るよりも遅かった。
…だけど、私の身体はその手を振りほどく事も出来なければ…
「お姉ちゃん、遅いよ!」
その子よりも速く走る事も出来なかった。
そしてゆっくりと走っていく少女が扉を開けて、私を連れて家の中に入る。
「お母さんー!綺麗な冒険者拾ってきたー!」
そんな捨て猫見たいな事を言われ、私は思わず苦笑してしまう。
それと同時にバタバタと走ってくる音が聞こえ、取り敢えずこの子のお母さんに断れるように説得しようとする。
「あらあら、こんな土砂降りで何処に行ってたかと思えば…」
「…その…すみません。すぐに帰りますので…」
私の言葉を聞いて、お母さんが少しだけ苦笑した後に私の濡れた頭を優しく撫でる。
「あら、此処には宿屋も無いのよ?村長の家はもう他の冒険者が居て満員らしいしどうするのかしら?」
「…あ」
その言葉を聞いて、私は思わず納得してしまった。
見た限りだとあの家は狭かったし、あの人数で満員なのも納得出来る。
…しかし宿屋が無いとなると…どうしようかな。
「…取り敢えず、タオルとか持って来るからそこで待ってて頂戴?」
その言葉と共に走っていくこの子のお母さんを、私は止める事が出来なかった。
♦
タオルで自分の身体を拭きながら取り敢えずシロエ達には連絡を入れておく。
私はお礼の為にお金を払うべく先程のお母さんの方へ歩いていった。
「…お母さん、えっと…」
「大丈夫よ。お金もいらないしね?ご飯はどうするの?」
「あ、いえ…その…」
あんまりお腹が空いてないと言えれば良いのだが、私の足元には心配そうな少女が私の方を見つめていた。
…それを見て私が目をぱちくりとさせるのを見て、お母さんが微笑みながら喋りだす。
「…ふふ、私の娘がごめんね?」
「え?あ、いえ…」
「私の性格が遺伝したのか、凄く押しが強くてね?」
そう言いながら私に対してウィンクをするお母さんが、キッチンから私を追い出す。
そろそろ娘が遊んで欲しそうな表情で突撃してくるから、相手をお願いするわ…とも。
「お姉ちゃんー!あそぼー!」
そう言いながら私のお腹に突撃してきた少女を、私は捕まえて抱きしめ返した。
それを見て嬉しそうに微笑んだ少女を見つつ、私はしっかりと注意をする為に視線を合わせた。
「勢いよく突っ込んできたら危ないよ?」
「大丈夫!お姉ちゃんなら受け止めてくれるって信じてたもん!」
「いや、鼻とかぶつけたら大変だろうし…」
「大丈夫だよー!」
ぷんぷんと怒りながらも、彼女はすぐにニッコリと笑ってとある部屋に案内された。
其処は沢山の本があり、彼女は幾つか本を取ってきて私に見せた。
「お父さんね?色んな本を持って帰ってきてるんだ。それで…この本を読んでほしいんだけど…駄目?」
そう言いながら私に見せてくれたのは…昔ゲームで見た、何かのクエストだった筈の本。
…それを見ながら、私はゆっくりと記憶から一つの情報を思い出し……そしてとあるクエストを思い出して目を瞬かせた。
「…この本って…どういう事?」
「ふぇ?」
「ごめん、ちょっと見せて?」
私は彼女から本を奪い取る様に取って、その後一ページをしっかり…けれど素早く読んでいく。
これは確か図書館のクエストの報酬…なんでこんな所に?
少女が持っているって事は、この少女は銀の鍵の?…でも、それを描写する演出なんて何処にもなかった筈だ。
「…幾つか質問に答えてほしいけど…大丈夫?」
「う…うん」
私が真剣な表情を浮かべるのを見て、少女が不安そうな…けれど何処か期待している様な表情を浮かべた。
その事に少しだけ首を傾げつつも、質問事項を頭の中で纏めてから質問を開始する。
「まず一つ目。この本は何時もって来られたもの?」
「確か…お父さんが死んだ時に同時に送られてきたから…一か月前くらい?」
その言葉と共に私は頷きつつ、考えをフルに回転させる。
もしこれが“原本”なら…前回の攻略日から逆算して…彼女が狂い始めるのはまだ先だ。
…いや、もう既に狂っている可能性もあるが…その場合はもっと大変な事になっている筈だ。
「次に二つ目。この本はもう読んだ?」
「ま…まだ。なるべく二人で読めって言われて…」
「最後に…これは私が持って行っていい?」
「……」
この選択肢によって、私は考えを改めなければならない。
…彼女がもう手遅れなのか…それともまだ引き返せる物なのか。
「…この本は、お父さんに会える為の本じゃないの?」
「…半分はあっているよ」
「なら!」
少女の言葉を私はしっかりと首を振る事で否定する。
…それを見た少女が少しだけ、何かを諦めた様な表情でこちらを見つめるのを見て…私はゆっくりと口を開いた。
「だけど、それは死体の父親にしか会えないよ」
「…した…い?」
「そう。この本の名は…」
-quest
ソロモンの小さな鍵。
過去にアップデートで追加されたクエストで、同時多発された悪魔を殺さなければいけないというクエストだった。
…そして、その時のキーワードになる物が、タイトルにもある『ソロモンの小さな鍵』というネクロノミコン。
かつては悪魔を使役するという本だったが…その本が暴走した事によって発動するクエストだった。
「…はい。お姉ちゃん」
「いいの?」
「うん。だってこれは報酬だから…ずっと、ずっと待ってたんだよ?」
報酬と言う言葉を聞いて、私は目をぱちくりとさせ…それを見た少女が私の額にキスをする。
「…え?」
それと同時に、少女の後ろに“ナニカ”がいた。
…それは、彼女の身体を抑えるとそのまま彼女を大量の星が映る世界に連れ込んでいく。
それを見て私は武器を構えて大量の触手を斬ろうとするが、少女が両手に持った鍵を使って私の刀を弾く。
「っ!まっ…」
「大丈夫だよ“お父さん”。お姉ちゃんは私を純粋に助けようとしただけだよ…バイバイ。お姉ちゃん…今度から報告を忘れたら駄目だよ」
そう言いながら世界に吸い込まれた後、其処には何もなかった様な静けさがあった。
…私は思わず地面に落ちていた本を取り、抱きかかえて確認する。
-ソロモンの小さな鍵。
この本を読む事によって、思い出深い少女と契約する事が出来る。
…唯もし、深淵を覗く少女に愛された者が居たのなら…その時は少女からやってくるだろう。
入手条件-謎を全て解き明かした者。
そういえば、本だと召喚術師じゃなきゃ意味ないって報告をしてなかったんだっけ。
…あぁ、忘れてたなぁ。
「…こんな気持ちになるくらいだったら、あの時受け取ってがっかりしてればよかったなぁ…」
そう思いながらも私は、誰も居なくなった部屋で眼を閉じた。