ポケモンセンターから外へ出てみると、空は清々しい快晴だった。
雲一つ無い空は何とも爽快。背伸びして思いっきり深呼吸してみれば、引き籠りがちだった身体から憑き物が落ちていくように軽く感じられる。
昼を少し過ぎたヨシノシティは、人気もまばら。ご飯時なので多くの人は屋内に居るのだろう。賑やか過ぎず、静か過ぎず、そんな空気は何処か新鮮で、学生時分に学校を休んだ日の気分と良く似ていた。
先程電話を掛けてきたアキラは、港まで迎えに来て欲しいと言っていた。到着予定はもう少し先だが、今から向かえば一〇分前ぐらいに港へ着くだろう。丁度良い時間だ。
ザザァ、ザザァという波の音は、ここからでも良く聞こえる。土を蹴る自分の足音よりも、よっぽど確かな音だ。
人の喧騒が薄ければ薄い程、自然の音とは良く通るもの。ワカバタウンでも森の音、風の音は、良く聞こえた。特別気に留めるようなものではなかった為か、改めて思い返してみると、記憶力に自信のある自分でも、それがどんな音だったかを言葉に纏められない。『森の音』『風の音』と言うばかりで、具体的なオノマトペでは表せられないのだった。
人は大切なもの程、失くしてから気付くという。
故郷の音、匂い、雰囲気。二度と味わえないと思うと、やはり猛烈な喪失感に襲われる。
サキが言っていた故人に縋るとは、これと似た感じなのだろうか……。彼は母を亡くし、サクラは故郷を失くしてしまった。通ずるところがあるかもしれない。
「…………」
ゆっくりと歩を進めながら、サクラは首を小さく横に振った。
違う。
と、そう自分に言い聞かせた。
例え抱く喪失感が似ていたとしても、失われたものへの想いは、人それぞれ。
サクラがワカバタウンの思い出を一度心の奥底へ仕舞って、虚勢を張ったとしても、誰に責める権利は無い筈だ。だって――と、サクラは歩きながらベルトの二番目につけたボールを取り上げる。
赤と白のモンスターボールは、当然のように静かなまま。
こんな清々しい快晴の下、彼女好みの浜辺を歩いているにも拘わらず……。
いつものルーシーなら、出せと言ってボールの中で愛らしく暴れているだろうに。
あの日から、食事さえあまり取っていない。ボールから出てきても意気消沈した顔付きで何も話してはくれず、無理矢理食事を取らせようとしても、何時もの一割に満たない食事を取れば、自ずからボールへと帰っていく。そんな様子が続いていた。主人を守れなかった事がショックだったのか、はたまた未だ入院しているレオンが心配なのか、どちらにせよ彼女の心の傷はとても深いように見えた。
陽射しを浴びれば、少しは元気が出るだろうか。
サクラは浜辺に程近い広場の片隅で足を止めた。
人気はまばらだし、特に誰かの迷惑にはならないだろう。船の到着時間までもう少しある。港に到着するのは船が見えてからでも遅くはない。
ボールのセーフティロックを外す。
そのまま手の中で開けば、赤い閃光はサクラの少し前へと落ちた。
程なくして光が収まれば、鮮やかな緑と赤が色付く。草の色のドレスに、赤い花の冠。まるで小さなお姫様のようにも映るドレディアの姿があった。
「…………」
しかし、その表情はやはり消沈していた。
いつもの愛らしい鳴き声も聞こえてこない。
俯き、目を伏せ、静かに佇む姿は、ほんの少し前のサクラが浮かべていた表情と良く似ている。何に対しても無気力で、本当は何かを言うべきだと分かっているのに、それが出来ない。心ここにあらずで、虚無を見ているような顔付きだった。
先程、サクラがルギアと話していた事は、聞こえているのだろうか……分からない。長年の付き合いを以ってしても読めない程、彼女の表情は暗く、虚ろだった。しかし、サクラが黙って見つめていれば、やがて赤い瞳がこちらを向く。宝石のように綺麗な瞳は、まるで濁った沼のようだった。眼に映るモノはルビーのように綺麗な筈なのに、どうしてだろう。言葉が無くても伝わってくる悲痛な心情の所為で、赤銅色に濁って見えた。
具体的に何を悔やんでいるのかは分からなかったが、それは言わずと知れる事。それよりも、責任感が強いルーシーが、自分で自分を傷付けているように見えて、サクラは胸にちくりとした痛みを覚えた。
だけど、何も気持ちが伝わるのは、一方通行ではない。
サクラと目を合わせたルーシーは、徐々にその目に活力を宿し、ぽろぽろと涙を流し始めた。そのまま幼子がぐずるように、両手の葉っぱを丸めて、目を覆ってしまう。すんすんと嗚咽を漏らす彼女だが、その口元は何故か薄っすらとした笑みを浮かべていた。
『そっか……。頑張れるんだ。頑張れるんだね』
薄っすらと聞こえる誰かの声。
それが何故聞こえるかは分からなかったが、サクラは何となく、目の前の家族の涙の意味だと感じた。
ゆっくりと腰を屈めて、手を広げる。
柔らかな優しい笑顔を浮かべて、「ルーちゃん」と、呼んであげれば、彼女はこくりこくりと頷きながら、とてとてと早足でサクラの胸へ飛び込んできた。
ひんやりとした身体を、優しく抱擁する。
彼女の柔らかな頬っぺたに自分の頬を合わせて、ゆっくりと頬擦りした。
「ごめんね。心配させたね。わたしは大丈夫だから」
小さく零せば、ルーシーは分かったと言うように、深く二度頷いた。
抱き締めた彼女をやや離し、顔を向かい合わせて、改めて微笑みかける。
言わなければいけない事は、もう一つあった。
「博士を助けてくれてありがと。まだ意識は戻ってないけど、ルーちゃんが手当てしてくれたから、命に別状は無いって。本当に、ありがとね。ルーちゃんがいてくれて、良かった」
「ルゥ……ルゥゥ……」
短く声を漏らして、ルーシーは泣いた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
そんな言葉が繰り返し聞こえてくるような気がして、サクラはその度に彼女の背を優しく叩いた。
あの大火事の中、草タイプのルーシーに出来る事はあまりに少なくて。やっと任された事も満足に果たせず、レパルダスの手によって気絶させられた。やがて目を覚ましてみれば、ワカバタウンは燃え尽き、共に暮らしていた相方のレオンは瀕死の重傷を負っていた。
責任感の強い彼女にとって、それがどれ程口惜しいものなのか。
主人であるサクラまでもが意気消沈していたのだから、彼女自身の悔しさと、喪失感と、主人を心配する心と……全部が全部、一気に押し寄せてくれば、誰だって絶望してしまう。
でも、その分、無理を強いらずに済んだとも思う。
ほんの数時間だが、レオンより先に、お姉さんとして生まれたルーシー。その自覚があるのか、彼女はレオンと対等でありつつも、ほんの少しだけ彼より寛大に、彼を受け止める立場であろうと努めているようだった。サクラがレオンをきつく叱った時はいつも、彼女がその手を引いてやってきたものだ。
こうして彼女が感情をあらわにして泣くのは、実に珍しい光景。ここにレオンがいれば、彼女は無理をしてでも、彼を励まそうと笑顔を浮かべている。そんな風に強がれない今の彼女の心境を心苦しく思うのと同時に、自分に対してはこうしてきちんと甘えてくれる事を、サクラは感謝する気分だった。
こんな時ばかりは、自分が彼女の親を務められていると思える。
いいや、そうあらなくちゃいけない。
こんな時こそ頼れる存在でなければいけない。
泣きたい時に、縋れる人がいない気持ちは、痛い程知っているんだから……。
それを大事な家族に味合わせちゃいけないんだ。
一〇分程経つと、ちらほらと人影が見え始めた。
その間ずっと泣き続けたルーシーだが、偶々通りすがった人にサクラがぺこりと謝意を示したのに気が付くと、途端に深呼吸をして顔を手でぐしぐしと拭った。一度顔を横に振って、ぺちぺちと自分の頬を張れば、上気していた名残りしか残らない。
まるで『泣いていた? 誰が?』とでも言いそうなキョトンとした顔付きで、周囲をちらりと見渡してから、再度ふうと呼吸を落ち着ける。
元々、彼女は人目を引くのを嫌う性格だ。
突然すまし顔になる女優っぽさはサクラも目を瞬かせたが、どうしてだろう。ルーシーっぽいと言えば、それまでな気がした。
思わずくすりと苦笑して、サクラは首を傾げて見せる。
「もう大丈夫なの?」
「ルー」
何処か上擦ったような声が返ってくるのは、泣いていた名残りだろう。
頬が赤いのと、声が可笑しい事、ドレディアにしては体温が高くなっている事、それらが無ければ、今しがた泣いていたとは信じられない。それ程までに、活発な声だった。まあ、お淑やかなルーシーが活発に鳴くという点も、それはそれで珍しいのだが。
ふうと息をついて、サクラはゆっくりと立ち上がった。
全部吐き出せたかは分からないが、少しばかり気分は晴れただろう。あとは時間が癒してくれる筈だ。自分も、彼女も。
サクラはルーシーの手を取って、ゆっくりと歩き出した。
港へ目を向け見ると、何時の間に来たのか大きな客船が停泊している。
「ルー?」
何処に行くの?
と、言いたげな声に、サクラは客船を指差しながら、彼女を振り返った。
「アキラとウィルちゃんが心配してきてくれたの。そのお迎えだね」
「ル!?」
説明を聞くや否や、ルーシーの目がパァッと輝いた。
余った左手を高く掲げて振って、満面の笑みを浮かべるところを見るに、相当に嬉しいようだ。
まあ、そりゃそうだろう。
種族は違うものの、レオンとルーシー、そしてアキラが連れているウィルは、姉妹弟みたいなもの。と言っても、同じ人から貰った三つの卵から孵っただけで、種族的に血縁関係ではないようだが。それでも幼少期は三匹ともウツギ博士の下で暮らしていた事もあって、離れて暮らすようになった今でも、その絆はとても強い。
ここにレオンが居たら……まあ、意地っ張りな彼らしく、苦虫を潰したような顔をしているだろうか。顔を見たら一緒になって騒いでいる癖に、素直じゃないのだ。末っ子レオンは。
ともあれ、先に連絡をくれた友人を待たせる訳にはいかない。
事情を話せば赦してくれるだろうが、急ぐ事に越したことはないだろう。
「ルーちゃん。ちょっと急ごっか。あんまり待たせると、ルーちゃんが泣いてたって話さなくちゃいけなくなる」
「ルッ!? ルー! ルー!」
おまけの一言を聞いて、ルーシーは脱兎のごとく駆け出した。
早く、早く、と言わんばかりに、サクラの手をぐいぐいと引っ張ってきた。
そこにもう影を落としたような様子はない。
何処か安堵する心地で、サクラは駆け出した。
ヨシノシティの港は決して大きな港ではない。
乗降口も簡素な待合室と、ゲートがあるだけのもの。船が停泊している場所も、海岸の端っこに設けられた石造りの桟橋だ。大きな客船が停まれる以上、粗末な出来ではなかったが、アサギやコガネの港と比べれば、随分とこじんまりした印象だ。
サクラとルーシーが到着した時には、既に大半の客が降りた後のようで、桟橋では一緒に運ばれてきた積み荷が降ろされているところだった。遠目にそれを確認してみれば、足は自然と待合室へ向く。少しだけ早足になりながら、ポケモンセンターより少し大きめなガラス張りの建物へと急いだ。
桟橋から続く舗装された道路を歩いて、少し。
自動ドアを潜ってみれば、春先だと言うのに冷房の効いた空気が肌を撫でる。僅かに肌寒く感じるものの、港町の玄関口と言えば、海産物の出店があって然るべき。冷房はその鮮度を保つ為だろう。実際に、中の風景は五〇席程の椅子と机に対し、同じくらいの広さで様々なお店が並んでいた。
客席と出店は中央に真っ直ぐ通った垣根で区切られているが、出店の搬入作業の時間に被ってしまったのか、色んな恰好の人々があちらこちらへ忙しなく動き回っていた。
目に留まるだけでも座席より多い人の数だ。この中から背の低い友人を捜すなんて、割と面倒臭そうなものなのだが……いいや、こういう時彼女は、入り口から見える場所且つ、端っこの方にいる。そう思い至ってサクラがそれっぽいところへ視線を流してみれば、見覚えのある桃色の長い髪を見付けた。
一度サクラを捜した後なのか、はたまたサクラが遅刻する事を見越していたのか、彼女は時間を持て余した様子で、入り口から見て左端の席に着席していた。そこそこな時間を待たせてしまっているのか、はたまたヨシノの景色なんて見飽きているのか、退屈そうに机に頬杖をついて、外の風景を見ている。彼女の対面に大人しく座っている桃と白色が基調のふうせんポケモン、プクリンは彼女の手持ちだ。少し変な性格をしているが、もふもふな身体を快く撫でさせてくれた覚えがあった。
「アキラ、お待たせ」
少しばかり急ぎ足になりながら、喧騒を割る心地で声を掛ける。
あまり特徴的な声をしている訳ではないが、近付くより早く彼女はこちらに気付いてくれた。
振り向いてくるその顔は、まさかサクラと同い年には見えないだろう。よくいって一二、三歳。普通に見れば一〇歳前後の童顔具合だった。当然ながら、成長期が早い女子にとってその差は大きく、ふとすれば一五、六歳に見られがちなサクラと隣立つと、その差は酷く顕著だろう。
久しぶりな邂逅とあってか、アキラはこちらを見るなり、ややげんなりしたような顔付きをした。
「お久しぶりです。また、えらく伸びましたのね」
挨拶もそこそこ、呆れた風に零す言葉は、おそらく身長の事だろう。それはそれでサクラのコンプレックスになっている事を知っての物言いか。いいや、知らない訳がない。
サクラはスッと目を細めて、顎を少し傾ける。僅かに見下ろしたような顔付きで、ふんと言って見せた。
「うん。三センチは伸びたかもしんない。アキラは何ミリ伸びたの?」
「一ミリたりと伸び縮みしちゃおりませんね。しかしながら、敢えてミリ単位で聞いてきた事に対して、わたくしは武力行使も辞さない所存ですの」
にっこり笑いかけたサクラに対し、同じくにっこり笑顔で返してくれるアキラ。
こと、身長の話においては、言うまでもない。お互いにとって禁句である。しかしながら、片方が不可侵条約を破ろうものなら、目には目を歯には歯をが成立するのがこの二人の関係だった。とはいえまさか本気で喧嘩しようという訳ではない。互いに元気だからこそ成立する悪態の応酬だった。
つまるところ、思う存分見下すサクラと、都会のガラの悪さ全開で睨み上げるアキラだったが、単なる茶番である。ごっきゅごっきゅと音を立ててジュースを飲んでいたプクリンが、プラスチック製のカップをテーブルに置くや否や、それがどうして何の切っ掛けになったのか、二人の少女は苦笑と共に肩を竦めて見せた。
「心配かけてごめんね」
「いいえ。謝罪よりお礼が欲しいところですわ」
「うん。ありがとう」
一転して屈託の無い笑顔を向け合う二人。傍から見た凸凹具合なんて、まるで些事だ。
主人がそんな感じの挨拶を交わしていれば、サクラの傍らでルーシーが辺りをちらちらと窺う素振りを見せていた。とすれば、その様子を見たプクリンが、彼女へ短い鳴き声をかけて寄越す。飲み干したカップをテーブルの上に残し、椅子からぴょんと降り立てば、片手を上げて軽い挨拶。その後プクリンはアキラのバッグを指して、両手を合わせてすやすやと眠る様子のジェスチャーをしてみせた。
成る程。ウィルを捜している様子のルーシーへ、『まだボールの中で寝てる』と教えてくれているようだ。言葉だけでも通じるだろうに、そのジェスチャーはもしかしたらサクラから見ても分かり易いようにという配慮なのかもしれない。
「お姉様のジムを出てからこちら、どうも昼行灯のようになってしまって。お恥ずかしいですわ」
溜め息交じりに肩を竦めるアキラ。
ルーシーに宛てた言葉なのか、はたまたサクラに宛てた言葉なのかは分かりかねたが、内容はどう聞いても相棒というべきクチートが眠りこけている事を揶揄していた。
いやはや、それも無理は無いだろう。と、サクラは苦笑する。
このアキラという少女が言う『お姉様』とは、コガネシティが誇るコガネジムのリーダー『アキナ』の事。巷では訓練の鬼と言われる程の熱血漢で有名だ。コガネジムはノーマルとフェアリーを中心に扱う可愛らしい響きのジムだと言うのに、母のアカネから世代交代がされてからこちら、悲鳴と汗が飛び交う狂気のジムになってしまったとさえ言われている。
そんなジムリーダーの下で、このアキラという少女は、三年半もジムトレーナーをやっていた。学校を卒業した一〇歳の頃から当たり前のように働いていたかと思えば、辞める一年程前からは、周囲の大人達を差し置いてサブリーダーの座に就いていた。当然、人口が多いコガネジムで齢一二歳のサブリーダーなんて、とても珍しい人選だろう。まあ、それがまわりまわって、ジムそのものを辞める原因にもなったそうだが……それはさておいて。そんな珍しい人選をして、周囲を納得させるだけのストイックさが彼女にはあった訳だ。
当然、ジムで使われていたポケモンと同じように、アキラ自身の手持ちも相当に鍛えられている。『昼行灯』と揶揄されているウィルは、レオンとルーシーが徒党を組んで挑んでも勝てない程強かったりするのだから。
「まあ、そちらは思ったより元気そうで何よりですわ。空元気のように見えるのは決して先入観ではないでしょうが、そうあれるだけ良かったと言いましょうか」
両手を組んで軽い背伸びと共に、淡々、飄々と述べるアキラ。
不躾も不躾、気遣いもへったくれもないような物言いではあるが、やはり旧知の仲からくる言葉でもある。多くの寮生にお漏らし姿を見られてしまった『イトマル事件』の頃は、一ヶ月以上暗い表情をしていたもの。空元気どころか、気遣いひとつ満足に出来なかった。
まあ、サクラがルーシーやレオンの親である以上、これぐらい出来なくてはならない事だ。
本当のところはここへ来る少し前まで凹んでいたし、難なら守るべき家族のひとりであるルギアに助けて貰ったのだが……いいや、敢えて馬鹿正直に墓穴を掘らなくても良いだろう。
サクラは微笑を返して、具体的な話は掘り下げないでおいた。
その様子にアキラは何かしら気が付いたような顔をしたが、特に言及してくる事はなく。パンと柏手を打ったかと思えば、一転して無邪気な明るい表情を浮かべて見せた。
「そうよ。わたくし、サクラに言う事があったのです」
「ん? 言う事?」
改まるアキラに、サクラは小首を傾げて返した。
とすれば、彼女はこくりこくりと頷きながら、椅子の背もたれに掛けていた荷物を背中に担いだ。そして両肩に掛かっているショルダーをギュッと握って、愛くるしい動作でぴょんっと半回転。赤と白のギンガムチェックのリュックサックを見せびらかしているようだ。
その動作のまま、彼女はにっこりと笑った。
「心配なので、今日から貴女の旅に着いて行きます」
「へ?」
突拍子もない宣言に、思わずサクラは目を瞬かせた。
え、でも。
と、口をついて出るのも仕方ない。
コガネジムこそ辞めたものの、彼女は色々と多忙な身だと聞いていた。元々は花見の為に空けてくれていた今回の日程だって、色んな予定を纏めに纏めてやっと作られた休日だった筈だ。コガネ近郊での警らやボランティア活動等、有償無償を問わず色んなイベントが舞い込んでくるのが、彼女の家。大都会の端から端まで知れ渡った家名の宿命と言えるだろう。
とすれば、アキラはややげんなりした風な顔付きで、しかし予想していたと言わんばかりにあからさまな溜め息をついて見せた。
「お母様の許可も頂きましたし、準備は万全です。大体、可笑しな人から名指しで命を狙われた友人がこれから旅をすると言っているのに、会った事もない人と二人旅ですって? 親友としてこれを放っておくのはどうかという話です。大体、サクラはいつも肝心なところで抜けてますし……その、えっと……」
捲し立てるように言葉をつらつらと並べていた少女。
言っている事はごもっともかもしれないが、しかし裏を返せばサクラがアキラの予定を心配する事も肯定しているようなもの。それに気が付いたのか、尊大に腕を組んで宣った筈の彼女は、虚空を仰ぐように目線を宙にやって、閉口。
ややあって首を横に振った。
「言い方を間違えました」
再度改まったアキラは、サクラを真っ直ぐ見つめて、ゆっくりとお辞儀した。
「貴女が心配です。わたくしの事情なんて貴女の命に代えられるものではないので、どうか一緒に連れて行って下さいまし」
饒舌なアキラという少女。
高尚、高慢な物言いが目立つものの、背伸びをするように着飾った言葉を脱がしていけば、なんてことはない優しさだけが残る友達だった。
勝手に決めてしまうのはサキにすまなく思うものの、断る理由がどこにあるだろうか。
思わず緩んでくる涙腺を拭って、サクラはこくり、こくりと頷いた。