天海 Remake   作:ちゃちゃ2580

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Section4

 ワカバ大火から一週間。

 アキラがやって来てから四日。

 それまでとは打って変わって、サクラにとって少しばかり慌ただしい日々だった。

 先ず、サキへの報告。彼は本来、トレーナーカードの住所変更の手続きでヨシノシティへ来なければならなかったのだが、父、シルバーがワカバ大火の件でポケモン協会の本部基地で缶詰めになっているらしく、彼が帰宅するまでは家を空けられない状態だった。あの日の事を思い起こしてみれば分かり易いのだが、シルバーは家の鍵も持たないまま、ちょっと近所の八百屋へと言わんばかりの軽装で出てしまったそうだ。着替えやらは本部にあるらしいが、引っ越したばかりの家の鍵ばかりはどうしても持ち合わせていなかったらしい――そもそも、シロガネヤマでは鍵を掛ける文化がなかったそうだ。そりゃそうだ――。という訳で、電話で承諾こそ得たが、サキとアキラの面会は彼がヨシノシティに来られる時に、という事になった。

 となれば、サキを待つ時間が空いたように思えたのだが……。

 とある人物から預かったという伝言を、アキラから聞かされて、状況が一転した。

 伝言の主は、ウツギ博士の助手こと、コガネシティのウツギ第二研究所所長、カンザキ博士からのものだった。それ自体は『手が空いたら連絡が欲しい』との事で、特別急を要する話ではないように見えたのだが、いざ連絡してみれば、サクラの無事に安堵してくれたのも束の間、小難しい話がやってきた。

 

『サクラちゃん。キミの自宅の焼失にあたって、色々と面倒臭い手続きがあってね。それをこっちで何とかしてあげたいんだけど、キミの後見人である証明が必要でね。少し書類を用意して欲しいんだ。郵送してくれたら後はこっちで処理しておくから』

 

 という訳である。

 法的な手続きの話なんて、当然サクラには分からない。そういったややこしい話はポケモントレーナーとして大人と認められる一〇歳とは別に、二十歳(はたち)までは後見人制度が認められている。

 普通は両親がやる事であり、そういった場合は特別な許可は要らないのだが……勿論というか、サクラとカンザキ博士は親子ではない。こういった場合は、後見人を務める側が社会的に身分を保証された立場であり、逐一帳簿と報告書を役所に提出するという条件の下、双方からの合意があって成立する。

 つまるところ、サクラからすれば願ってもない話ではあるのだが、一度役所に行って面倒臭い手続きをしなければならないのである。そしてその手続きが、比喩でも何でもなく本当に面倒臭いのだから、骨が折れるというもの。公的な監視の下とはいえ、サクラの資産をカンザキ博士に一任するのだから、そりゃあ面倒臭くてもきちんと審査してくれないと困るのだが……いやはや、ヨシノの役所の窓口でマスコットのコダックくんとにらめっこしていた時間は、果たして今後の人生で役立つ事があるのだろうか。

 そんなこんなで、慌ただしい……と言うよりは、ただ拘束されて時間を浪費する数日だった。だが、それも避難から七日目の今日、終わりを迎える。

 

 清潔感がある真白の廊下が四方に伸びる玄関口。

 脇にある受付は、流行り病の注意喚起や、色んなちらしが張り付けられていて、少しごちゃごちゃとした印象だ。剥がしそびれたセロハンの跡や、茎がやや歪んだ造花等、細かなところの手入れが行き届いてないのは、おそらく忙しいからだろう。

 ワカバ大火の被害者の三分の一は、ここ、ヨシノシティの大病院に搬送されたと聞く。

 

「こんにちは。ウツギ博士のお見舞いね」

「はい」

「どうぞ。あまり長くは遠慮してね」

 

 面会謝絶から、一般の病室に移って二日。

 そもそも顔見知りが多い故郷の隣町という事もあって、ウツギ博士のお見舞いは殆んど顔パスだった。一応、避難してきて間もなく受けた精密検査を含め、これで三回目の来院なのだが、このアバウトさはキキョウシティやコガネシティでは有り得ないのだろう。一緒に着いてきたアキラが、ただの同行人である自分の身元を改められない事に、苦笑を禁じ得ない様子だった。

 

「ほんと、田舎ねぇ」

「そう? 割と都会だと思ってるんだけど」

「全然。アサギの方が栄えてるわよ」

 

 二人きりのエレベーターの中で、アキラがそんな事を言っていた。

 まあ、確かにアサギシティはジョウトでも有名な都市だ。コガネやエンジュが際立っているだけで、お洒落で有名なあの街を田舎と揶揄する人はいないだろう。対してヨシノシティはと言えば、『都会』と呼ばれる事はあっても、『田舎』と揶揄する人がいる事も事実だと思えた。

 いやはや、どだいごちてもサクラはアサギシティに行った事が無いのだから、仕方がない。難ならジョウト地方ではヨシノの他はキキョウ、コガネぐらいしか行った事がないのだから、アキラの言う都会がどれ程のものかがピンと来ない。所詮、テレビや本で得た知識だ。

 

「まあ、そのうち分かるわよ。いずれアサギにも行くのですから」

 

 サクラが考え込んでいると、不意にそんな言葉が投げかけられた。

 確かに。

 そう思えば、これから旅を始めると再認識する心地で、何処となく活力が満ちてくる。端的に言えば、わくわくしてきた。

 

「では、わたくしは廊下で待ってますから」

「うん。ありがとう。すぐに戻るから」

 

 アキラの気遣いに感謝しながら、サクラはスライド式の扉を小さく二度ノックした。

 程なくして女性の声で「どうぞ」と返って来て、静かに扉を開ける。

 ポケモン研究の権威であり、ワカバ大火の重要参考人でもあるウツギ博士の病室は、当然ながら個室だった。しかし、広々とした部屋と、ダブルベッドかと思ってしまう程の大きなベッドを除けば、お世辞にも設備が良いと言えない。医療器具が点滴だけなのは、まあ良しとして。折角の個室だと言うのに、家具は如何にもな古臭いテレビと、叩けば甲高い音が鳴りそうなキャスター付きの棚。あとは見舞い客用っぽい安物のパイプ椅子と、ハンガーラックがあるだけだった。

 『個室の入院部屋』なんて名ばかりで、テレビの医療ドラマで見られるような豪華さは全く感じられない。ここに至ってアキラが言った田舎っぽさを強く感じた。

 返事をくれた先客は、未だ目を覚まさない患者の枕元で、ゆっくりと本を閉じた。こちらを振り向く顔は、良く見知ったものだった。

 

「こんにちは。おばさま。お久しぶりです」

「久しぶりね。サクラちゃん」

 

 にっこりと笑うその女性は、ウツギ博士の妻。幼少期のサクラにご飯食べさせて、家事を教えてくれた人。もっと簡単に言えば育ての親だ。最近でこそサクラが自立し、疎遠になりつつあったが、ウツギ博士と同じくらい信用している人物だと言える。

 シルバーからの報告や、テレビのニュースで大事が無いのは知っていたが、ワカバ大火以降彼女と話すのはこれが初めてだ。近しい間柄である以上、こちらの無事を報告する為にも連絡を取るべきだとは思っていたが……世間で吹聴されている根も葉もない噂話の所為で、中々電話に手が伸びなかった。

 とはいえ、仮に世間で噂されている通り、サクラの父が犯人だったとしても、それでサクラを責めるような人ではない。だからこそ、その優しさに無遠慮な甘え方をしてしまいそうだと思ってしまった。ウツギ博士が一番大変な状況なのに、ただの噂話で落ち込んでいるわたしが甘えるなんて……等と、変な言い訳をしてしまうのだ。

 トージョーの街で発見されたワカバの住民は、その後特別な理由がない限り、色んな町に散り散りになってしまったと聞く。これから先、もしかしたらどこかの街で、ワカバの人達と出会うかもしれない。その都度、自分はこうして苛まれるのだろうか。

 

「ありがとね。サクラちゃん」

 

 思考が暗がりに滑落しそうになったところで、ふとした言葉に繋ぎ止められた。

 ハッとして俯き加減になっていた面を上げれば、女性は今に泣きそうな顔で微笑みかけてくれていた。

 

「貴女がいなかったら、この人は、今頃冷たい地面の下に居たかもしれないわ。貴女と貴女のポケモンが頑張ってくれたから、この人は今、ここに居る。そう思うの」

「でも、わたし……」

 

 優しい言葉が胸に染みる。

 だけど、何故かそれをそのまま受け取る事が罪に思えて、サクラは目を伏せてしまった。

 自分がいなければ……ワカバに自分や自分の両親が住んでいた事実が無ければ、あの大火は起こらなかったのではないか。そう思えてならない。しかし、それこそが『自分が一番、あの大火の犯人を父だと思っている』と言っているようで、続く言葉を見失う。

 ふとすれば、形容しがたい感情と、憤りと、申し訳なさが、きゅうきゅうと胸を締め付けて、息が詰まる。

 どうして良いか分からない。

 自分は果たして、本当に感謝されて良い人間なのか。

 そう考えてしまうと、自分の目指すべき場所さえおぼろげになってしまう。ウツギ博士にポケモンマスターを目指すと報告しに来たつもりが、それさえ手前勝手な現実逃避をしているように感じて、見知らぬ誰かに何様なんだと言われている気分になる。

 

『己を恥じるな。主』

 

 思考がどん底に滑り落ちていく最中。

 サクラの頭に優しい声が届いた。

 それはきっと、目の前の女性や、外で待ってくれている友人には聞こえない声。彼の主である自分にしか聞こえない声だった。

 声はゆっくりと続けた。

 

『呼吸を整えろ。肩を落とすな。胸を張れ』

 

 まるで催眠術にかけられたかのように、その声が促すまま、身体が動いた。

 堂々とした表情で顔を上げ、言葉になるような大きな深呼吸をする。

 声は続ける。

 サクラはサクラたちに出来る事をした。

 なのにそれを恥じたら、サクラの大事な家族の活躍までも無駄にしてしまう。あの時、レオンやルーシーが命懸けで頑張ってくれたのは、サクラを助けたかったからだろう。

 と、そう言った。

 

『強くあれ。ふたりの為に』

 

 なんて厳しい家族だろうか。いいや、家族だからこそ、厳しく言ってくれている。

 だけどそれ以上に、彼はサクラの心、気性を理解してくれていた。

 ここでふたりの事を出されたら、肩を落とせる筈がない。

 サクラはゆっくりと深呼吸をひとつ。胸の鼓動がやや落ち着くのを待って、唇を開いた。

 

「おばさま。わたし……旅に出ます」

 

 その声はまるで自分のものとは思えない程落ち着いていて、後で思い出した自分が自己陶酔するんだろうなと思える程、やけに大人びて聞こえた。

 

 空は快晴。

 天頂に昇ったお日様が何とも眩しい。陽射しの強さだけ見れば、もう初夏がやって来てしまったかのようだった。しかしながら、気候は程好く、やや風が強い程度。街の山側に来てみれば、浜の湿気もそこまで酷くは感じない。

 これはきっと旅立ち日和なのだ。

 サクラはそう思って、頬をほころばせながらゆっくりと伸びをした。

 朝方家を出たというサキも、きっと清々しい気分だったろう。ヨシノシティでの用事に付き合わせる時間が勿体ないと言って、用事が済んだら連絡を寄越すと言っていたが……果たして何時になるやら。先程サクラが連絡をとった際には、『先に昼飯食べててくれ』という短い返事があった。これから向かう先が30番道路である為、昼過ぎには出発したいとは伝えておいたのだが、已む無い。役所の手続きがだらだらと時間を取られてしまうのは、サクラもつい先日思い知った事だ。

 

「それにしても、良い天気。このままお日様が沈まなきゃ良いのに」

 

 ヨシノシティのポケモンセンターの前。ちょっとした広場にあったベンチに座ったまま身体を解しつつ、どだい無理な願いをぼやく。

 お昼時もあって、辺りはあまり人気が無く、それを聞くのは隣に座る桃色の髪をした少女。彼女はあからさまに肩を落として、深い溜め息を吐いた。

 

「馬鹿ですか。どうせイトマルが苦手だから、30番道路をさっさと抜けたいのでしょう?」

 

 呆れた風に首を振るアキラ。

 彼女の膝の上には、先程引き取ったばかりのレオンが大人しく座っている。

 

「えっ。アキラってエスパータイプなの?」

「あれだけ昼までに出発したいって念押ししてたら、否が応でも理由くらい考えるわよ。それに、貴女さっきから伸びをしたり、ストレッチをしたり……まるで落ち着きがありませんもの」

 

 淡々とした口調で指摘されて、今まさに肩を解そうとしていたサクラは、その動きをピタリと止める。そんな様子を見ているのか、いないのか、アキラはレオンの前足を小さな手でぎゅうぎゅうと握りしめ、軽いマッサージを施しているようだった。

 入院中、面会が可能になってから度々会っていた事もあって、レオンはルーシー程落ち込んではいなかった。それよりもサクラの隣にアキラの姿を見た彼は、情緒も感慨も無いような様子で顔を引きつらせていた。

 レオンはアキラに弱い。と言うか、アキラ一家に弱い。

 ウィルにはやんちゃが見つかってはボコボコにされているし、プクリンには何故かやたらと追いかけまわされている――レオンはこの世の終わりのような表情で逃げ惑っていた――。おまけにトレーナーのアキラはもふもふなポケモンに目が無いので、折角手入れした毛並みを乱されてしまう事もしばしばあった。流石に病み上がりの現在はどの被害からも免れているものの、彼としては後が怖いのか、大人しくアキラに抱っこされている。

 トレーナーのサクラには簡単に抱っこされてくれないのに、複雑な気分だ。

 まあ、実のところは『少しもふらせてくれたらコガネで流行の化粧油を差し上げます』と言う甘言があっての事なのだが……それはサクラに真似出来ない事だ。

 

「貴女、別にイトマルだけが苦手な訳じゃないでしょう?」

 

 死んだコイキングのような顔をしているレオンをもみもみしながら、アキラは何でもない風に聞いてくる。

 言われて考えてみれば、実際、苦手なポケモンは割と多い。

 イトマルとその進化系のアリアドスを除いても、グライガーやマッギョは見た目が怖いと思うし、フワンテやヒトモシはどれだけ仲良くなっても絶対に手持ちにいれたくないと思っている。学生時代に勤勉だったからこそ、そこで知った怖い逸話には出来る限り関わり合いになりたくないのだ。

 サクラはややぼかしながらも、アキラの質問を肯定する。

 すると彼女は、再度溜め息をひとつ。

 

「バトルの相手がそのポケモンを使ってきたらどうします? 指示を投げ出して泣きべそでもかくのかしら」

「うっ……」

 

 痛いところをついてくる。

 実際、前回30番道路を通った際、サクラはレオンとルーシーに索敵を頼み、その影に隠れて進むようなことをしていた。まさかそれを見ていた訳ではないだろうに。

 しかし、サクラ自身、アキラが言うような状況を考えてこなかった訳ではない。特にそのポケモンが生息する道路を通る時なんて、そこに居るポケモンが使われない筈がない。どういう訳か、イトマルは虫ポケモンの事が大好きな少年たちにとって、やたら人気なポケモンなのだから。

 もしも、イトマルを繰り出してくるトレーナーとバトルになった場合、それは――

 

「がんばる……」

「え? 何と言ったんですか?」

「がんばる……」

「ダンバル?」

「頑張るって言ったの!」

 

 確かに声は小さかったが、隣のアキラに聞こえない程ではない。

 ぷうと頬を膨らませたサクラが睨みつけてみれば、アキラはあからさまに溜め息をひとつ。余った手を額に当てて、首を横に振って見せた。

 

「そんな意地を張らず、素直に助けてって言えば良いものを」

 

 呆れた風に言われてしまうと、何処か馬鹿にされた気がして、サクラは更にムッとしてしまう。

 だって、助けを求めたら馬鹿にするじゃないか。

 と、そうは思うものの、逆にアキラが怯えていれば、自分もちょっとくらい意地悪しているだろうと思い直す。

 それに、本当に落ち込んだ時は必ず助け合える仲だと思っているからこそ、自分の反論は幼稚で身勝手な言い分だと理解も出来ていた。実際に目の前にイトマルが現れたら、それこそアキラは何も言わずに助けてくれるだろう。

 

「別に克服しなくても良いのよ。恐怖と言うのは、時に警戒心になるのだから。怖いものが無い方が、よっぽど危なっかしいわ」

 

 だから――と言って、アキラは改めて向き直ってくる。

 

「助けて欲しい時は、ちゃんと言えってよ」

 

 と、そこで全く別の方向から声がかかって、サクラとアキラふたりして肩を跳ねさせる。

 やけに真面目な顔で話していた所為もあって、アキラは「ひゃっ!」なんて背中に氷でも入れられたような声を出していた。声こそ出なかったが、サクラもそれぐらいびっくりした。

 声のした方を振り向けば、ポケモンセンターを背景に、赤髪の少年が不敵な笑みを浮かべている。

 大胆不敵な笑みが良く似合う切れ長の目が特徴的なその少年。同じく印象深い赤髪は後ろで縛っており、前髪の長さも相まって、まるでどこぞのミュージシャンのオフの姿だ。黒いジャケットにジーンズ姿と、軽装なのもそう見える一因か。しかしながら、足許には二人より大きなバックパックが転がっていた。

 彼はサクラに目配せすると、アキラをちらりと見て、ふっと笑う。

 

「何だよ。サクラの友達って、やっぱお前か。名前が一緒だから、もしかしてと思ってたんだよ」

「ああ、びっくりしたぁ。そんなゴーストポケモンみたいな真似しなくても良いではありませんか」

 

 両手で胸を押さえるアキラは、大袈裟な程あからさまに肩で息をしていた。彼女は怪訝な顔付きではあったのだが、少年の素性を疑っているようには見えない。むしろ彼と同じで、『予想していた』と言わんばかり。

 あれ? 知り合い?

 と、サクラが思うのも束の間、アキラが驚いた拍子に落としてしまったらしいレオンが、まるで逃げるようにサクラの身体を這い上がってくる。「わっ、ちょっ」と、サクラの抗議の声を他所に、帽子を被っていないサクラの頭に、やけに重たい新たな帽子が出来上がってしまう。

 それを見て「あら可愛い」と溢すアキラの何と他人事か。

 重さ七キロ以上のポケモンが頭の上に乗ってみろ。そのチビな身長は一生伸びやしないぞ!

 と思うが、流石のサクラもそれは酷すぎると言葉を飲んだ。いや、それよりも――

 

「えっと、二人、知り合いだったんだ?」

 

 レオンの事は兎も角として、サクラはサキとアキラを見比べるようにして問い掛ける。

 とすれば、二人揃って「おう」「ええ」と答えてくれる。

 その返答の事故が気になったのだろうか。二人はちらちらと目線で牽制しあってから、やがてサキがおずおずといった様子で口火を切った。

 

「まあ、お互い親が親だしな」

「お母様やお姉様の会議に着いて行って、その待ち時間は他のジムトレーナーや関係者との交流の時間でしたので。協会の重鎮の息子とあれば、喋る機会もありまして」

「つっても、一年に一回会うかどうかで、幼馴染みっつうのも違うけどな」

 

 成る程。確かに、言われてみれば納得の理由だ。

 アキラはコガネジムの家系で、サキの父親はその上層組織のトップだ。何処かしらで接点があっても不思議ではない。

 もしかしたら、サクラも両親が身近にいれば、サキともっと早く出会えたのかもしれない。いやまあ、そうするとヨシノの学校には通っていないだろうし、アキラとの出会いがなかったかもしれないが。

 こうしてみると数奇な縁だ。

 サクラは感心するような心地だった。

 

「それにしても、盗み聞きに加えて不意打ちだなんて。貴方、ボンボンの癖に随分小賢しいのね?」

「はあ? 偉大なお友達様とやらが、サクラに高尚な説教垂れてるなと思ったから、ちょっとからかってやっただけだよ。小賢しいのはお前じゃねえか」

「聞き捨てなりませんわね?」

「事実だろうが」

 

 出会えた奇跡に感謝する暇もなく、何だか変なバトルが発生していた。

 アキラの言う事は正しいけれど、言い方に悪意がある。と言うか、悪意しかない。

 サキの言う事も正しいけれど、やはり言い方に悪意がある。と言うか、悪意しかない。

 とはいえ、どちらともがサクラのことを思い遣ってくれた末の発言で、妙なすれ違いから喧嘩しようとしている事は、すぐに分かった。

 

「ちょ、ちょっと、喧嘩しないでよ。此処で二人が揉めたら、それこそわたしが悲しいよ!?」

 

 色々と驚いていた最中の追い打ちという事もあって、サクラは軽くパニックになってしまう。慌ててレオンをボールに仕舞うと、バチバチと火花を散らす二人の間に割って入った。

 それが奏功してか、二人の争いはピタリと止まる。

 先程はびっくりして話を流してしまったが、アキラはサクラを心配して忠告してくれていたのだ。そして、その話が大事な事だからこそ、彼女は態とサクラを挑発するような言い方をしたのだろう。サキはサキで、サクラがアキラの加入を嬉しそうに電話で話したものだから、サクラがからかわれているように見えては、やるせなかったのだろう。

 どうしてこう、サクラなら分かる事が、二人自身には分からないのか。このロジックを口語に直せる程賢くない事が、とてももどかしい。しかしながら、言うべき事だけは、ちゃんと分かっていた。

 

「アキラもサキも、わたしの事心配してくれてるんだよね? 分かったから、喧嘩しないで。アキラも優しいし、サキも優しいって、知ってるもの」

 

 少しばかり言葉を選んだ様子のサクラに、二人はやや膨れっ面ながらも、やがて仕方ないと肩を落とす。

 年上のアキラが溜め息交じりに「失礼しました」なんて言えば、生意気なサキが「別に喧嘩するつもりはねえって」と言う。しかしながら、振り上げた拳をそのままゆっくりと下ろせる二人だからこそ、その懐の深さはお互いにとって分かり易い。

 どちらからともなく短い謝意があれば、薄く笑って簡単な握手を交わしていた。

 

「まあ、精々強がってろよ。オラオラお嬢様」

「貴方こそ、枕を濡らしても知りませんよ。七光りボンボン之介」

「誰が七光りボンボン之介だ!」

「貴方こそ何よ。オラオラお嬢様って!」

 

 懐……深い、かなぁ?

 いやまあ、流石にこれは冗談だろう。ここでサクラが「しつこい」と怒ったりすれば、この二人は揃って「冗談だ」とネタバラシして大笑いするのだ。先程は『あまり懇意な仲ではない』みたいに言ったくせに、何だかんだ息ピッタリじゃないか……。

 面倒臭いやり取りを前に、サクラはちょっとだけ、先行き不安に感じてしまった……と、『先行き不安』なんてそれっぽい言葉が浮かべば、それは今という状況を見つめ直す切っ掛けになる。そこからふと大事な事を思い出して、サクラは思わず柏手を打った。

 

「あ、ちょっと待って?」

「あん?」

「はい?」

 

 唐突な言葉に、二人が挑発をやめて、キョトンとした顔を向けてくる。

 言葉ひとつで止まるあたり、この二人の言い争いはやはりただの茶番なのだ。

 そんな感想を持ちながら、サクラは「えっと」と溢して、人差し指を立てて見せる。

 

「旅立ち。そう、今からわたし達、旅立つのよね?」

 

 そう言って確認をとれば、『何を今更』と言った表情で、サキとアキラは一度ばかり目配せしあって、こくりと頷く。「だな」「そうね」と返ってくれば、サクラも二度、三度と頷いて、くすりと笑って見せる。

 

「折角なんだし、それっぽくいこうよ。喧嘩なんてしないでさ」

「あー……」

「まあ、やぶさかではありませんわね」

 

 旅立ちなんてそう無い機会、これから先の命運を握る第一歩と取る人もいるだろう。

 それがなあなあになっていては、恰好もつかないじゃないか。

 そんなサクラの気持ちを分かってくれたのか、サキは「わりぃ」とごちて笑い、アキラはすまし顔で背を正す。かと思えば、アキラが態とらしい咳払いをひとつして、改まった様子で「では」と言って提案した。

 

「折角というなら、目標のひとつでも立てましょう?」

 

 なんて言うあたり、彼女は付き合いが良いタイプだ。そういう点で言えば、やはりサキとの争いも端からただの悪乗りなのだろうと思わせる。まあ、それは「お、いいねえ」なんて早速同調しているサキにも言えた事だが。

 しかしながら、改めて目標と言われると、何処か気恥ずかしくも感じる。きちんと言葉にしてしまうと、ただの大言壮語になってしまうような気もするが……と、そこまで考えて、サクラは人知れず首を横に振った。

 大言壮語も上等だと、ルギアの前で啖呵を切ったのは、他ならぬ自分だ。

 だから、他の二人より早く、いの一番に手を挙げて見せた。

 

「あのね。わたしは――」

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