天海 Remake   作:ちゃちゃ2580

3 / 14
Section2

 ワカバタウンとヨシノシティを繋ぐ道、『29番道路』。

 ジョウト地方では最も穏やかなポケモンの生息地とされ、昼はオタチが、夜はホーホーが目立つ。昨今のテレビ番組でよく取り上げられる『外来種』も、ここにおいては少ない。極々稀に見かけるぐらいで、分布情報にも載せられない程。それらを定期的に調査し、もしも生態系を破壊してしまうようなポケモンがいれば、自身で捕獲するなり、専門の部署へ報告をする。それがウツギ博士の手伝いとして、サクラが担当していた事だった。

 そんな風に足しげく通った道路だから、サクラはこの道で野生を相手にしなくても良い場所が大体分かる。

 急な外来種が飛び出して来れば話は別だが、経験上、今の時期はこちらから刺激しなければ、襲われる事は殆んど無いと言える。春はオタチもホーホーも繁殖期ではないので、臆病な彼等の方から逃げていくだろう。

 時期的なものではあるが、ワカバタウンからの空気に感化されてか、そうでないのか、比較的穏やかな筈の道程だった。『穏やかな筈』と言うのは、それが野生のポケモンに限った話だからである。

 

「あ、サクラじゃん。バトルしようぜ。バトル!」

 

 ワカバタウンを出て、歩くこと三〇分。

 短パンにキャップ帽といった、如何にもな恰好をした幼い少年に、そう声を掛けられた。

 トレーナー同士が目を合わせると、それは勝負の合図。

 その格言は、こんなド田舎でも適用される。相手の手持ちが瀕死寸前でもない限り、遠慮もへったくれもなく、力試しのバトルは日常的に盛んに行われていた。昔はトレーナーの数自体が、田舎町のそれだったそうだが、サクラの両親にあやかってトレーナー家系の者が移住してきてからこちら、この29番道路も中々の賑わいだ。特にサクラはこの辺りでは随分な名うて。フィールドワーク等の作業中でなければ、色んなトレーナーから声を掛けられる。

 意気揚々と飛び出して来た少年もまた、一流のトレーナーを夢見る駆け出しのトレーナー。同じワカバの出身である彼の名前を、サクラが知らない筈もなかった。

 

「おはよう。ケンタくん。コラッタの調子はどう?」

「バトルして確かめてみてよ! いくよ!」

 

 最早サクラの是非なんて聞いてはいない。

 少年は無邪気な笑顔と共に、ボールを投げていた。

 綺麗な放物線を描いたボールは、空中でぴたりと静止。そして開く。すると強い光と共に、中から真っ白なシルエットが飛び出してきた。それはすぐに実体化して、中に収められていたポケモンが現れる。

 尾と前歯の長いポケモン、コラッタだった。

 この29番道路において、サクラが手持ちのポケモンを傷付けている事は滅多にない。作業中でなければいつでもバトルは出来るし、何連戦だって平気だろう。それが知れてしまっているからこそ、少年の誘いは断りようがなかった。

 サクラはケンタの強引さに少しだけ苦笑しつつも、一番手前のボールを取り上げた。

 

「今日は用事があるから、終わったらそのまま行っちゃうね」

「うん。オッケー」

 

 赤と白のボールの境目にあるボタンを一回だけノック。

 安全装置を解除して、前方へ優しく投げた。

 

「レオン。よろしく!」

「チィ!」

 

 白いシルエットが纏まると、そこには艶やかな長毛を綺麗に整えたチラチーノの姿。

 ボールの中で整えたのだろうか。今朝方は乱れていた毛並みが、きちんと繕われていた。だからという訳ではないが、やはりこの29番道路には少々似つかわしくない手練れの風格があった。

 戻ってきたボールを手に、反対側の手でコラッタを指さす。

 

(はた)いて」

「コラッタ。体当たりだ!」

 

 レオンが鋭く鳴いて、首元巻いた尾を解き、駆け出す。

 対するコラッタは初速から全力か。気合いを込めた顔付きでレオンを正面に捉えて、真っ直ぐ突っ込んできた。

 そのままぶつかろうかという時、レオンは小さく跳躍。コラッタを飛び越えた。

 目標を失ったコラッタはハッとした様子でたたらを踏むが、その制動が完遂するより早く、レオンは着地。背後を取っていた。そのまま薙ぎ払うようにして胴をパンと叩けば、コラッタは短い声をあげて、一、二メートル程転がった。

 そのままコラッタはぐてっと四肢を投げ出し、ノックダウン。

 たった一発で、見るも明らかに勝負はついた。

 それを『どうだ』と言わんばかりに、悠々と尾を首元へ巻き直して、小さな鳴き声を上げるレオン。

 お見事。

 ちゃんと加減もしていたし、バッチリだ。

 振り返ってくる小さな相棒に、サクラはにっこり笑顔で音の無い拍手を送った。

 

「あちゃー。やっぱ強いなぁ」

「コラッタも随分と体当たりが様になってたよ。レオンが躱したのも、正面から受けるのを嫌がったんだと思う」

 

 躱した本当の理由は毛並みが乱れるのを嫌ったのだと思ったが、サクラはそう言ってケンタのコラッタに賛辞を贈った。お世辞はあまり良くないかもしれないが、意気揚々と挑んできた相手をたった一発で沈めて、そのまま「はい。さようなら」と言うのは気が引ける。世間体を気にしないのであれば、そもそもバトルを受ける必要だってないのだから。

 再戦の約束をしてケンタと別れると、サクラは周囲にトレーナーがいない事を確認して、鞄から茶色いキャスケット帽を取り出して被った。別に日差しを気にした訳ではない。「おいで」と言えば、レオンは尻尾を解くと、地面を蹴る。そのままよじ登るようにしてサクラの頭上に乗った。少々重たいけれど、チラチーノはとても耳が良い。野生のポケモンや、トレーナーの接近に気付いてくれるだろう。

 サクラがこの辺りでバトルをすると『実力』よりも『加減』を求められてしまう。

 進化まで終えてしまったレオンとルーシーは、当然、先程のコラッタとは比べ物にならない程の強さをしている。しかし、それに驕って強力なわざをぶちかましでもしたら、あのコラッタには一生癒えない傷を負わせたり、最悪、死なせてしまう事だってあるだろう。それは野生のポケモンにも言える事だった。

 自分と相手の実力をきちんと見極めて、適格な判断を下すこと。

 それはウツギ博士からきつく言いつけられている大事な事だった。サクラとしても、無意味にポケモンを傷付けたい筈がないので、バトルをする時に一番気を付けている事だ。となると当然、サクラがポケモンバトルを好きだとしても、ここいらでしたいとは思わない。

 教えを乞われれば拒否する理由もないが、自分が上からものを教えるのも、何と言うかむず痒いのだ。

 以前、そんな話をウツギ博士に相談したら、旅を勧められた事があった。

 勿論、両親が居ないサクラだから、その選択はこれっぽっちも強制的ではなく、単純に『強いトレーナーに出会いたければ、旅が一番手っ取り早い』という話だった。しかしながら、旅をするなら目的があって然るべし。そう考えて、セキエイリーグに挑戦する事も思案したが……結果は現在の姿が示している通り。

 サクラは今の生活にある程度満足している。

 仮に『両親が生きている』とか、『セキエイリーグで見かけた』とか、そういう噂があれば話は別だが、今のところサクラにとって旅をするメリットがデメリットを上回っていないのだ。お金もかかるし。研究所の手伝いでウツギ博士がくれるお小遣いで何とかなっている現状をひっくり返す程の欲求は、どこにもなかった。

 

「チィ」

 

 ぺしぺしと額を前足で叩かれる。

 レオンに促されて視線をやれば、遠目に小さな人影が見えた。

 進路を変更。少しだけ迂回する。

 レオンやルーシーも、不要な争いは求めちゃいない。

 サクラの親友が遊びに来た時ばかりは、普段発散出来ない力を存分に発揮したがるが、それは偶に強者と出会うから嬉しいのだろう。こうしてお使いに出るくらいが、丁度良いのだと思った。

 何度か迂回しつつ、サクラはヨシノシティへ向かう。

 日が空の頂点に達する頃合いになれば、一度昼食の為に休憩を挟んだ。二匹の毛繕いをしてあげながら、小一時間程休んで、行程を再開。

 道程の中程までくれば、トレーナーはめっきり見かけなくなった。

 再度トレーナーを見かけだしたのは、ヨシノシティも間近に迫った頃。日は少し深めに傾いていた。

 ヨシノシティでも顔が知られているサクラは、やはり周囲のトレーナーを避けて進む。この頃にはレオンからルーシーへ役割を交代しており、彼女は周囲の木々を通じて索敵を行っていた。それが奏功したのか、賑わいを見せるヨシノシティに入るまで、サクラはバトルをせずに済んだ。

 

「ふぅ。着いたね。ルーちゃんありがと」

「ルー」

 

 言葉を掛ければ、ルーシーは『いえいえ』なんて返してきそうな笑顔で応えてくれる。

 柔らかい頬っぺたを優しく撫でてあげてから、モンスターボールに戻した。

 空は茜色。

 手を伸ばして深呼吸をすれば、ワカバよりも空気が湿気ているように感じる。ふうと息を吐けば、一日の疲れがやんわりとした倦怠感となって襲ってきた。酷い疲れではないが、明日の行程を考えるなら早目に休むべきだろうか。

 

 ワカバタウンと比べると、ヨシノシティは少しばかり都会の雰囲気が漂う。

 リーグ認定のポケモンジムは無く、都会の代名詞たるビル群こそ無いが、ワカバと違ってドが付く程の田舎という訳ではない。街の南西に大きな港があり、ジョウトで最も栄えているコガネシティまで定期船が出ているからだ。ここ二〇年で人口がグッと増えたと言うし、栄えない理由がないだろう。

 一目に数十人の人々が行き交う光景は、実に活気が溢れて映る。がやがやと声が飛び交っているのも、ワカバの隣町とは思えない光景だ。

 ウツギ博士曰く、昔はそこまで栄えていた訳ではないそうだが、今では所狭しと住宅が並び、それに伴って色んな施設が建っている。数年前にはポケモントレーナーの旅の手引きをしてくれる大きな施設だって出来た。通えば平均一ヶ月でトレーナーライセンスを取れる他、旅に必要な荷物の殆んどを販売してくれるそうで、トレーナーズスクールより授業料が少なく、通う期間も短い。実戦が周囲の道路で出来る為、座学メインの施設という話だが、この街に住むトレーナーの多くは世話になっている施設だろう。

 かくいうサクラも、そこには度々訪れている。

 とはいえその理由はウツギ博士の代理が殆んどで、トレーナーとして授業を受けに行った事はない。行って預かった書類を読み上げるだけだ。ただ、それを月に一回のペースでやっているものだから、ヨシノシティで彼女の顔が知れ渡っているのだ。

 この日も、ポケモンセンターに入るなり、気付いたジョーイが満面の笑みで迎えてくれた。

 

「あら、サクラちゃん。いらっしゃい」

 

 どこのジョーイも変わらない笑顔をくれるが、親しみ深く名前で呼ばれるトレーナーはあまり多くないだろう。

 サクラはぺこりとお辞儀して、微笑んで返した。

 

「こんばんは。まだお部屋って空いてますか?」

「ええ。大丈夫よ。今日は静かに過ごせると思うわ」

 

 サクラはホッと胸を撫で下ろした。

 ポケモンセンターには、トレーナーやブリーダー等、ポケモンを連れている人間が宿泊出来る施設が常設されている。旅のトレーナーは大抵路銀が乏しいので、ポケモン協会が強く推奨している宿泊施設だった。一泊二食付きで、一月に一〇日間まで無償な上、その食事はポケモンの個体に見合ったもので提供される。勿論、ポケモンセンターの役割であるコンディションチェックもちゃんと行ってくれる。至れり尽くせりだ。

 ただし、宿泊施設は早い者勝ちだ。埋まってしまうと民間の宿に泊まるか、野宿をするしかない。このお使い中の路銀はウツギ博士が持ってくれるだろうが、使わないに越したことはないだろう。

 サクラは素直に安堵して、一部屋予約した。

 宿泊する部屋の鍵を預かり、レオンとルーシーのコンディションチェックをお願いする。その手続きも、トレーナーカードを提示するだけなのだから、便利な世の中だ。

 一度部屋に寄って、荷物を置く。その後受付へと戻れば、二匹のコンディションチェックは既に完了していた。チェックがすんなり済むのは、健康な証。異常が無ければ機材に乗せて三分もかからずに終わる。

 再度確認の為にトレーナーカードを渡して、一言お礼を言ってから二匹を預かる。そのまま散歩に出ようと思った為、受付に鍵を預けて外へ出た。

 言わずもがなだが、今晩はここで一泊するつもりだ。

 明日の早朝に発てば、昼過ぎには目的地へ着くだろう。

 深夜に30番道路を踏破するという選択肢は端からなかった。

 

「わー。綺麗な夕焼け」

 

 茜色の日差しに、サクラはそんな感想を零す。

 ワカバからではただ山に沈んでいくだけのお日様だが、ヨシノでは山の手前に海がある。丁度ヒワダタウンとコガネシティの間、アサギシティの方角へ沈んでいく夕日は、手前にある海にキラキラとした橙を落としていた。

 初めて見る景色ではなかったが、サクラはこうした幻想的にも映る景色がとても好きだった。『ジョウト名鑑』に載っている数々の秘境にも、いずれ足を運んでみたいと思う程だ。その為なら、旅をしてみるのも良いかもしれない。

 綺麗な景色を一人で楽しむのは些か寂しい。

 今日は十分歩いた二匹だが、少しの散歩なら付き合ってくれるだろうか。

 ボールを取り出せば、赤い透過部分から二匹の様子が薄っすらと見える。サクラが手に持っている事を分かっているのか、二匹共彼女を見上げて、にっこりと笑っていた。どうやら出しても怒らなさそうだ。

 二匹のボールを手の中で優しく開けば、シルエットは地面に落ちる。

 

「お疲れ様。ふたり共、今日はありがとね」

 

 ボールをベルトにつけながら、二匹を労う。

 短い声で返して来た二匹は、まだまだ元気そうだった。コンディションチェックを通しても見抜けない精神状態についても、特に問題は無さそうだ。

 

「チィノ」

 

 とすれば、レオンがぴょんと跳ねて、サクラの肩へしがみついてくる。そこからよじ登るようにして、「わ、ちょっと待って」と、そこでサクラが抗議する。

 29番道路で見張りをルーシーに交代した時、サクラは帽子を脱いでいた。

 レオンことチラチーノは、尻尾の毛に化粧油を含ませている。肌触りはとても良く、人体に悪影響はないどころか、肌の手入れにもなるのだが、人間の髪は乾燥しがちで、それを多く吸い過ぎる。ふと気が付けばつやっつやになってしまうのだ。もうそれはものの見事に。見事過ぎて栗色に見えなくなる程に。酷い時は光っていたらしい。

 だから普段は帽子を被ってから、彼を頭に乗っけるようにしていた。

 しかし、サクラの抗議を受けたレオンは、きょとんとした様子。

 

「チィーノ。チィ、チーノ」

 

 肩口でしがみついている彼は、尻尾で地面をさして、『何言ってんの? お前』みたいな顔をした。

 促されて地面へ視線を落とせば、そこに映るのはアスファルトではない。浜辺の街に相応しい粒の細かい砂地だった。確かに、綺麗好きのチラチーノにとっては酷な地面だろう。

 逡巡して、「はあ……」と溜め息。

 出してしまったのは自分だし、仕方がない。

 

「分かった。いいよ」

「チーノ」

 

 『分かれば良いんだよ』なんて、聞こえてきそうだった。

 抱っこという選択肢がないのが悲しいかな。サクラの抱き方が悪いのか、抱っこをすると毛並みが乱れ、レオンの機嫌は最悪になる。だから、胸に抱けるのは就寝前後だけなのだ。

 とはいえレオン自身、尻尾がサクラの髪につかないようにはしてくれる。それは何も今回だけじゃなく、頭に乗る時は必ずそうしてくれる。でないと、サクラの首が嫌な音を立ててしまうのだ。そりゃあそうだろう。チラチーノの総重量は平均して七・五キロ。その内、太い四本の尻尾が大半を占めている。胴体の体重は、おそらく三キロぐらい。身体だけなら、頭に乗っけても問題はない。まあ、残りの四・五キロ分、後ろに引っ張るような力が働いている訳だが、それは慣れた。

 レオンがそんな風なら、ルーシーは砂地が大好きなご様子。

 草タイプの彼女は本来、湿気を好む。直接塩水に触れるのは好きじゃないようだが、砂浜の土は好きなようだ。潮風を受けても気にした様子を見せない。

 

「ルーちゃん。はい」

「ルー」

 

 手を差し出せば、左の葉っぱが返ってくる。

 触れればひんやりと瑞々しい感触だった。

 ドレディアの花は手入れを怠るとすぐに枯れてしまうという。だからサクラは、彼女が望む限りの環境を与えるようにしていた。

 普段、鉢植えで寝かしているのも、彼女がそれを望むからだ。今日みたいに外泊をする日は、皿に土を盛って、彼女のお気に召すように湿らせてあげるようにしている。サクラが直接行う手入れなんて、半日に一回、霧吹きで水を掛けてあげるぐらいなものか。

 これ程手のかからないドレディアは珍しいらしいが、サクラのルーシーは、それでいて綺麗な花を咲かせている。コンテストに出せば、ハイパーランクくらいまではぶっちぎりで優勝してくるだろうと、サクラの親友が言っていた。まあ、本人に聞いてみたら、『見世物になるのは嫌だ』というような反応が返って、諦める事にしたのだが。

 と、浜辺への道すがら、そんな過去話を思い出していれば、ふと思い出す事があった。

 

「そうだ。アキラに連絡しておかないと」

 

 ポケットから貴重品と一緒に持ってきたPSSを取り出す。

 まだ春先の所為か浜辺は閑散としていた。居るのは何人かのサーファーと、サクラのように散歩をしている人達が数人。ここなら誰の迷惑にもならないだろう。と、呼び出した連絡先の『通話』ボタンを押してみた。

 近場の防波堤へ腰を下ろし、コンクリートの上だから良いだろうとレオンも隣へ。反対側にルーシーも腰を下ろした。膝の上にPSSを置けば、暫く接続中だったそれが、漸く『プルルルル』と、音を鳴らしはじめた。

 一度、二度、と同じ音が鳴って、暫くして音が途切れる。

 

『お掛けになった電話番号を、お呼び出ししましたが、現在、繋がりにくいようです』

 

 と、女性の声のアナウンス。

 画面へ目を落とせば、勝手に終話されてしまった。

 それを見て、サクラは小さく溜め息を一つ。

 ワカバタウン近郊は、PSSの電波が入りづらい。流石に町中はある程度支障無く繋がるが、それでもホロキャスターは起動出来ないし、電話も音が途切れてしまう事がしばしばある。メールぐらいしか満足に使えない。

 

「偶には声聞こうと思ったんだけどな」

 

 繋がらないものは仕方がない。

 向こうもそんなに暇な身の上ではない筈だ。

 30番道路に入れば再び繋がりにくくなってしまうだろうし、仕方なくメールを起動した。そこに今朝考えていた花見の件を短く纏めて記入し、送信。これで必要な事は伝わるだろう。

 視線を上げれば、夕日は山の峰に半分程沈んでいる。

 ザザァ、ザザァと、繰り返し聞こえてくる波音が風情を感じさせた。

 

「シルバーさん……どんな人なんだろう」

 

 傍らのレオンを撫でてやりながら、ぽつりと零す。

 自分が知る知識では、とても偉大な人だと思う。

 彼が行った『ポケモン保護案』は素晴らしいものだ。

 トレーナーの中には、ポケモンを手に余してしまう人もいる。その理由は一流のトレーナーが行う戦闘に特化したポケモンを探す『厳選』であったり、つがいで飼っていたら不意に卵を持ってしまった等、様々。そうした時、人は余ったポケモンを野に返して来たが、必ずしもそれが正しいとは限らない。人の手が触れたポケモンの多くは、野生に馴染めない事が多いと言う。そんなポケモン達の為に、のびのびと暮らせるサファリパークや、ポケモンの種に合った就労を用意する専門の部署を作ったのだ。

 はじめこそ人間の失業者が増える等、色々と問題はあったが、近年問題視されていた『外来種による生態系の崩壊』等が大きく改善され、都会の路地裏で薄汚れた野良になっているポケモンも随分と減ったそうだ。

 

「大変な政策だったって言うもんね。きっとポケモンが凄く好きな人なんだろうなぁ」

 

 独り言をぼやいていれば、隣でくすくすと笑う声が聞こえる。

 ふと視線を落とせば、ルーシーが『変なの』とでも言いたげに、やけにお上品な笑い方をしていた。「うん?」と零して彼女に小首を傾げて見せれば、ちらりとサクラの後ろを見やって、更にくすくすと笑う。

 促された気がして振り返れば、レオンが両手を合わせて、あらぬ方向を向いている。やけに目がキラキラしていて、扇情的に見えなくもない表情をしていた。まるで顔だけ少女漫画のようだ。

 まさか。

 と、思って、サクラはにっこりと笑いかける。

 

「レオン? もしかしなくてもそれ、わたしの真似?」

 

 問いかければ、レオンはサクラの顔を指さして、短く鳴く。

 再度海の方を見やって、うるうるとした目で扇情的な顔をしていた。まるで背後にロズレイドの大群を背負っているようだった。

 

「…………」

 

 ばしん。

 サクラは無言でレオンの背中を軽く叩き、砂浜に突き落とした。

 レオンはこの世の終わりのような悲鳴をあげた。

 

 翌朝。

 まだ日も浅く、空が薄暗い時間帯。

 サクラは支度を終えて、ヨシノシティのポケモンセンターを後にした。

 今日も快晴。降水確率も〇パーセントとのことだ。

 ヨシノシティと30番道路の境で、組んだ両手を天に向けて思い切り伸ばす。

 

「んんーっ」

 

 時刻はまだ六時前。人気も薄い時間帯だ。

 昨日、サクラはPSSのアラームを五時にセットした。それから五分程過ぎて、レオンの目覚ましビンタによって目を覚まし、食事もとらないまま支度を終え、ここに居る。

 そして、待っている。

 態々早朝に起き、ここで時間を余しているのには理由があった。

 

「そろそろかな」

 

 PSSで時刻を確認。

 六時まであと三分。

 サクラは手持ちの二匹を展開した。

 

「おはよう。ふたり共」

 

 声を掛ければ、レオンは元気な声で返してくる。

 ルーシーはまだ眠り足りないのか、明後日の方向を向いて大きな欠伸をしていた。

 長い付き合いなので、サクラが急ぐ理由を、二匹共が知っていた。だからレオンはしかと目を覚ましているし、ルーシーはサクラと同じ寝坊助であるにも拘わらず、頑張って起きている。そんな二匹へ、謝意をそこそこに、サクラはよろしく頼むと改めてお願いした。

 何が何でも計画通りに。

 必ず、一八時にはヨシノへ戻ってこよう。

 サクラはそう言った。

 レオンは深く頷き、ルーシーは片手の葉っぱを軽く挙げる。

 サクラは続ける。

 

「もしも居たら……絶対にイトマルだけは見つけて。そしてそれは報告しないで。わたしをあのポケモンだけには何があっても近づけないで。いい? お願いね? 本当に本当に、お願いね?」

 

 それはそれは鬼気迫る表情だった。

 そして捲し立てるような早口だった。

 人間、誰しも苦手なものの一つや二つある。

 ポケモンが好きだと公言するサクラにだって、苦手なポケモンの一匹や二匹はいる。

 それがイトマル。

 この30番道路で、夜の間だけ出現するポケモン。

 過去に嫌な出来事があったサクラは、あのポケモンの背中の模様だけは絶対に好きになれないと思っていた。いや、今も思っている。それを見ないで済むのなら、朝ご飯は手持ちの携帯食料で我慢するし、自ら進んでレオンにぶん殴ってでも起こしてくれと頼みこむ。何があっても遭遇したくない。その為に、彼等が寝静まる早朝から出発するのだ。それに、この時間帯から出ればトレーナーもおらず、道程は順調な筈。昨日みたいな迂回をしないで済むのだから、四時間もあれば目的地に着くだろう。

 六時になった瞬間を見計らって、サクラ達はヨシノシティを出た。

 

 人間、嫌なものから逃げる時ばかりは、普段の何倍も優秀になる。だけどその代わり、身近な者には酷く滑稽に映るものだ。

 朝に強いレオンならまだしも、まだ眠り足りないルーシーは、主人の我儘に些か呆れたような顔をしていた。勿論、目の前の脅威を避けるのに必死な主人は、これっぽっちも気付きやしないのだが。これで信頼感を失う訳ではないが、そんなに嫌なら飛行タイプのポケモンでも育てて、空を飛んでいけばいいのに。と、思う。

 ふと、近くの茂みから何かの気配を感じる。

 視線をやるでもなく、その茂みに何がいるのかと問いかければ、どうやらそこに居るべきではないポケモンが居るらしい。もう日も昇ろうとしているのに、タイミングを逃してしまったのだろうか。街道沿いの少し先にはポッポの姿も確認出来た為、彼が動くに動けない様子なのは察した。

 あまり気配りが上手と言えないレオンに見つかれば、あのポケモンは天敵の前に出ざるを得なくなってしまうだろう。

 ルーシーは小さな溜め息をついて、主人と繋いでいた手を放す。

 

「ルー」

 

 ちょっと行ってくる。

 と告げて、サクラ達の前を先行した。

 普段なら疑問の声を投げられそうなものだが、今日は自分に悟らせずに対処しろと言われているので、目の届く範囲なら何も言われない。

 目標は数羽のポッポの群れだった。

 ルーシーの見た目は他者の目に愛らしく映るそうだが、野生で生きる者達は、目で見るより早く気配を悟る。明確な敵意を持って近付けば、彼等はそれと、こちらの力量を素早く察知し、その場を去るかどうかを決める。

 見たところ卵を抱えている訳でもなさそうだし、さっさと逃げてくれるだろうか。

 二、三枚のマジカルリーフを展開し、態とポッポ達の群れから少し外した位置へ打つ。命中精度の高い葉の刃は、狙い通り彼等にひゅんという音を知らせ、その羽を羽ばたかせるに至った。

 これであのイトマルは無事、巣へ帰る事が出来るだろう。

 サクラに見つかって謂れのない誹謗中傷を浴びせられる事もない筈だ。

 

「チィ?」

 

 小さく息をつけば、追いついてきたらしいレオンが疑問の声を投げかけてくる。

 何か居たのかという問いに、ルーシーは首を横に。

 何でもない。ポッポの群れが居ただけだと答えておいた。

 人の目に触れないだけで、イトマルは朝だろうが昼だろうが、この道路の至る所に居る。サクラが知ったら発狂してしまいそうだが、彼等は活動しない時に隠れるのが上手なだけだ。それはホーホーにも言える事だろう。ルーシーの経験上、特定の時間帯にしか見られないと言うのは、人の目につかないよう隠れているだけで、人の手の届かない所に居る訳ではない。

 とはいえ、その気配を辿る事は、音に敏感なレオンでも難しい事だろう。人の目で見ると、彼の方が索敵範囲が広そうに映るようだが、こういった草むらでは、草木と意思疎通が出来る草タイプのルーシーに軍配が挙がる。草木から情報を得れば、目に見えず、音も聞こえない遠くでさえ、簡単に察知出来るのだから。

 つまるところ、本来なら、街道沿いに居るイトマルを刺激しないようにさえすれば、それだけで解決する話。サクラがレオンに出した指示は、むしろ逆効果と言える。まあ、それが指摘出来る程に意思疎通が完全なものであれば、サクラはイトマルを嫌っちゃいないと思うが。彼女は情に絆されやすいので、種でなく個を見れば、あっという間に打ち解けてしまうだろうから。

 そんな事を考えながら、ルーシーは顔に笑顔の仮面を張り付けて、一行の少し前を歩いた。

 時に敵意をピンポイントに向けて、道を塞ぐ野生のポケモンを散らす。それが必要なければ、誰も彼もを魅了するらしい便利な表情で、周囲から向けられる敵意を静めながら歩を進める。

 レオンとは生まれた時からの付き合いだ。

 何を説明しなくても、ルーシーのやっている事は分かってくれているだろう。

 伝わっていないのはサクラばかりで、彼女も野生のポケモンと同じく、ルーシーの笑顔の仮面で勝手に安全な道だと思っているに違いない。時折先行しすぎた自分を呼び止めてくるが、にっこり笑顔で「ルー」と言えば、呆れたような笑みが返ってくる。

 それで良い。

 自分は呑気に散歩を楽しんでいて、勝手に先へ先へ進んでしまっているポケモンで良い。

 サクラに絶対的な安心感を与える――それが自分のポリシーなのだから。

 

「ルーちゃん。そこ右ね」

「ルー」

 

 大きな分かれ道で、サクラの声で進路を定める。

 街道はここで終わり。キキョウシティに繋がる道は左の道なので、右の道は人の手が加えられていない田舎道。背の高い樹木が光を遮り、ルーシーの首元にまで届きそうな草が生えていた。

 先行するから、道を踏み外さずついて来て。

 レオンにそう言えば、短く了解の旨が返ってきた。

 長く伸びた葉っぱを、小さく謝意を示しながら踏み折っていく。彼等は痛みを感じず、ルーシーが同胞である事を知っているからか、文句一つ零さずに『どうぞ』と言ってくれた。

 そんな調子で道のようで道でない道を行くと、ふとした気配を感じる。

 ルーシーは近場の木の陰をジロリと睨んだ。

 出てくるな。来ようものなら痛い目を見てもらう。

 冷やかな殺気をぶつければ、小さな敵意はより大きく。しかし気配は徐々に後退っていくように感じた。そのまま動かずに待っていれば、やがて気配はさっと姿を眩ませる。

 この辺りの主だろうか。

 気配はあまり相対した事が無い一本角の虫ポケモンだった。名前は確か、ヘラクロス。

 一行が街道から逸れているものだから、新たな道を開拓しに来た闖入者だと思ったのか。どうやら誤解は解けたようだが、不用意に未開拓の地へ入ろうものなら、手痛い洗礼が待っているのだろう。

 人と野生のポケモンの溝は、あまりに深い。

 

「ルーちゃん。どうしたの?」

「ルーゥ」

 

 足を止めていた事に疑問の声を寄越す主人へ、首を振って応える。

 野生のポケモンがたった今、自分の命を狙っていただなんて、サクラは知る由もないだろう。

 だけど、それでいい。

 知って欲しくないのだ。彼女には。

 ポケモンがどれ程簡単に人の命を奪えるかだなんて、ずっと言葉だけの知識で良い。それを味合わせない為に、自分もレオンも強くなってきたのだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。