天海 Remake   作:ちゃちゃ2580

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前話で章末と書いたのですが、構成上次のページをここに入れた方がスッキリする為、追加する事にしました。詳しくはあとがきにて。


Section end.

 遥か天高く。

 真白の竜が大きな翼を開いた。

 白銀にも負けじと輝く体躯に、鮮やかな蒼の模様を宿すその身体。肉質はとても柔らかそうだった。唯一硬そうに見える背中のヒレらしき藍色の突起は、暗い空の下、さながら黒曜石の如く輝いており、翼に合わせて動いているよう。大きな翼は鳥のような風切羽ではなく、大きな五本指の骨格に、肉と毛がついているように見える。しかし、ゆったりとした羽ばたきに合わせてキラキラと舞い散るのは、鮮やかな銀色を放つ羽根。体毛がそのまま羽根の形状を持っているようだった。

 骨格は翼竜そのもの。リザードンのように首が長く、もたげる首の先には小さな頭部。口元も嘴ではなくシンプルな口腔だが、目元にはヒレと同じ色合いの大きなフレームがついていた。しかしそれも人為的な装飾ではなく、あくまでも生物的な顔のパーツのように映る。

 綺麗な竜だった。

 ふとすれば自分が置かれている状況を忘れ、魅入ってしまいそうになる程、神々しいばかりの存在感だった。

 そんな没入感が拭われたのは、かの竜がサクラの方を向いて、口腔を大きく開いた時。次の瞬間には、眩いばかりの光線がぶっ放されていた。

 ズドン。

 と、大きな音と共に地面が揺れる。

 自分へ向いていたと思った光線は、しかし、少し離れた場所へ着弾した。

 それは先程、サクラを痛めつけた仮面の女が居た場所。ふとすればサクラ自身も余波で吹っ飛ばされる距離だったが、どういう訳かこれっぽっちも被害がない。

 

『主。その場から動くな』

 

 そのポケモンから、凛とした男性の声を聞く。

 それはサクラが鈴から感じていた声と、全く同じものだった。

 白き竜、ルギア。

 長らくうずまき島の最深部で眠りにつき、目覚めた際には列島周辺に甚大な被害をもたらした海の神様。その竜が猛き声を轟かせると、煙に覆われていた空が、何処からともなく現れたどす黒い雲に覆われていく。更にその身体からほのかな紫色の光が漏れ出したかと思えば、程なくして分厚い雲に幾つかの小さな稲光が煌めいた。

 やがて、轟音。

 激しい雷が大地を穿ち、途端にザァという音が響く。

 音に遅れて、町の方から滝のような雨が押し寄せてきた。

 空から地上へ、目線を下ろしたサクラは、ふと先程光に飲まれた場所の先に、女が平然と立っている姿を認めた。彼女は脇にレパルダスを従え、こちらをじっと見つめている。未だ鎮火していない炎の逆光で、その顔はまともに見れなかったが、仮面の下半分が割れているように感じられた。

 唇が動く。

 ザァと降りしきる雨音の所為で、耳ではまともに聞き取れなかったが、大きく動いた彼女の唇は、鮮明な言葉を残していった。

 

――ごめんね。

 

 そこで、彼女の直上から極太の光が降り注ぐ。

 ごうと音を立てて、極太の破壊光線が大地を抉った。

 眩いばかりの光。風圧こそ感じなかったが、視界には明らかな凄まじい衝撃。それらに思わず目を閉じてしまえば、キィィンという甲高い音はやがて消え、瞼の裏を焼くような強い光も程なくして消え去った。

 おそるおそる目を開けば、そこには大きな風穴が空いているだけ。

 ハッとして空を見上げると、ルギアが口から僅かな煙を零しつつ、忌々し気に目を細めていた。

 

『逃がしたか……』

 

 果たしてあの破壊光線でどうするつもりだったのか。

 サクラには恐ろしくて、とてもじゃないが言及出来なかった。

 だが、やはりサクラに対して敵意はないらしい。何をと言わずに雨乞いを使ってくれたあたり、サクラが尊ぶものも分かってくれている様子。仮面の女を攻撃したのも、おそらくサクラを守る為だろう。それだけは分かった。

 ルギアは暫く上空の高いところで周囲一帯を見渡すと、やがてゆっくりと大地へ降りてきた。

 その身体は近付けば近づく程、サクラを圧倒するような大きさをしていた。しかしどういう訳か、大きな翼が羽ばたいても、風圧はこれっぽっちも感じられない。彼はサクラの背後にあった広場へ着地すると、大きく開いていた翼をすっと畳んで、ゆっくりと頭をこちらへ寄せてきた。

 頭部の大きさだけでも、サクラの身長を超えている。

 彼の優し気な目は、へたり込んでしまったサクラが見上げなければいけない。

 

『幾久しく。主、サクラ』

 

 低い男性の声。

 優しさや温かみが滲み出るような声は、その目に宿す赤みがかった黒と共に、サクラの心を癒すかのよう。

 降りしきる雨でびしょびしょになってしまった身体が、ほのかな温かみを覚えた気がした。

 どうしてだろう。

 上手く言葉が出ない。

 未だ緊張感が残っているのか、頭は五感が感じ取るものを正確に把握するだけで、そこから先の思考が回らない。何か言葉を掛けてあげないとと思っても、唇がピクリとも動かなかった。

 ルギアはそんなサクラの心境が理解出来るのか、一度ばかり浅く頷くと、大きな目を他所へ向けた。

 

『助けは来るのだろうか。皆傷が深い。わたしに癒しの力は無い故、精々雨に濡らさぬ事しか出来ぬ』

 

 促されたような気がして、サクラはルギアの視線を追った。

 視界の果てに横たわるウツギ博士を認めれば、その身体がふわりと宙に浮く。そのままサクラの方へゆっくりと浮遊してきたかと思うと、手が届く距離で地面へそっと下ろされた。

 サイコキネシスだろうか。

 力無く目を閉じているウツギ博士の顔にそっと触れてみると、どういう訳か彼の身体はちっとも濡れていない。よくよく見てみれば、淡い紫色の光がその身体を覆っている。ふと疑問に思って、胸に抱きしめたままのレオンに目を落とせば、彼もまた不思議な光に覆われて、身体を濡らさずに済んでいる。

 どういう力かは分かりかねたが、ルギアがやってくれたのだろう。

 そう思うと、半ば反射的に、漸く唇が動いた。

 

「ありがとう」

『気にするな。主が守りたいと願うが故だ……しかし、その白きポケモンは傷が深い。急ぎ治療せねばなるまい。あまり呆けてはおれぬぞ』

 

 言葉を発した事で、加速度的に思考が回る。

 ハッとするような心地で、サクラは状況を改めて確認した。

 レオンの背中の傷は深い。出血の量も多く、顔が青ざめているようにも見えた。ルーシーもボールから出して確認してみれば、こちらはぐったりしてこそいるものの、大きな外傷はない。咥え、投げられた時に出来た擦り傷こそあったが、軽傷のようだ。

 ウツギ博士も重体だろうが、一番大きな傷を負っているのはレオンのようだ。

 一度ばかりワカバを振り返ってみれば、既に火の勢いは衰え始めている。あの女以外に敵の確認は出来なかったし、増援の気配もない。

 レオンの手当てを行っても問題は無さそうだ。

 サクラは一通り確認を終えると、未だ首をもたげている竜へ振り向いた。

 

「ルギア。使ってごめんね。少し照らせる?」

『造作もない』

 

 ルギアは片翼を広げて、サクラの頭上に広げてくれる。その羽がほのかな白い光を放っていた。

 あまり明るいとは言えなかったが、十分だ。

 鞄から着替えを取り出して、広げる。その上にレオンを寝かせると、サクラは今着ているニットの裾をぐっと引っ張った。あまり新しい服でなかった事が奏功して、暫く力を籠めていれば、やがてビリッという音と共に裂けた。深く裂いた切り口から、更に裾を一周分切り取る形で引き裂く。

 鞄をひっくり返して、ポケモン用の傷薬を漁る。

 取り上げてニットの切れ端に十分染みこませたら、レオンの傷口をたすき掛けの形できつく縛った。激痛が走ったのか、レオンは短い悲鳴をあげたが、「我慢して」と、サクラが言えば、再度意識を無くしたかのように眠りに落ちる。

 丁度、その頃だった。

 

「サクラ!」

 

 後ろから声がして、サクラは振り返った。

 煤が雨で流されたのだろう。顔を汚したシルバーが、先程火の壁が遮っていたところから、急ぎ足にこちらへ向かって来ていた。何があったのか、その顔はサクラでも分かるような悲痛の面持ちで、声色も何処か強張っているように感じる。

 彼は横たわるバンギラスを一瞥すると、周囲を警戒。

 敵が居ない事を確認して、サクラの許へ。

 ルギアの姿を一度改めると、しかし彼はその存在に言及せず、傍らで腰を下ろした。

 サクラの肩を抱き寄せて、頭をぽんぽんと叩いてくれる。濡れた手は決して温かいとは言えなかったが、その大雑把な労いは、何よりもサクラの心を温めてくれるようだった。

 

「すまない。時間がかかった」

 

 シルバーの目は、サクラからレオンやルーシー、ウツギ博士へと移る。

 既に巻いたニットの切れ端から血を滲ませているレオンを見やり、一度、二度と、浅く頷いた。

 

「怪我が酷いな。サクラは急ぎヨシノに向かえ。ルギアは……使えるのか?」

 

 ちらりと頭上を見上げるシルバー。

 サクラも倣ってルギアを見やれば、彼は浅く頷き、『尽力しよう』と返してくる。

 その声はサクラにとって明らかなものだったが、しかしシルバーは怪訝な顔でこちらを振り向いてくる。そこで漸く彼に聞こえていない事を悟って、大丈夫だと回答した。

 

「空を飛んでいけ。有事だからライセンスは気にしなくて良い。ルギアを人の目に留めたくなかったが……そうは言っていられないだろう」

 

 シルバーの言葉に、サクラはこくりと頷いた。

 何故人の目に留めたくないかは、言わずと知れる。それをおして尚、許可をくれるのは、シルバーがここに留まらなければいけないからだろう。彼の立場上、こんな未曾有の被害を放ったらかして避難が出来る筈もない。

 ふとすればどっと疲れたように身体が軋んだものの、何とか堪えて立ち上がる。

 その様子を見たシルバーは、よしと頷いた。

 

「ヨシノに着いたら、ポケセンに行って、ワカバが壊滅的な被害を負ったと伝えてくれ。ただ、町人に被害はない。避難用のポケモンを寄越すだけで構わないと」

 

 そこでサクラは驚いて、目を丸くした。

 

「皆……無事、なんですか?」

「ああ。ワカバに居たのは、ウツギ博士だけだったらしい」

 

 あの勢いで燃えていたのにも拘わらず、避難が完了していたのか。

 いいや、そんな事ある訳ない。だったら消火が間に合っている筈だ。

 あの仮面の女だって殺したと言っていた。

 そこまで思い至って、それを口にしようかと逡巡する。今はそんな事を話している暇は無いし、仮に気休めだったとしたら、真実を暴くのは自分の心に手痛いダメージを負うだけだ。だけど、到底信じられない事を気休めで言う程、シルバーは馬鹿ではないようにも思う。

 そんなサクラの考えはお見通しだったのか、シルバーはちらりとワカバを振り返り、「大丈夫。嘘じゃない」と、小さな声で零した。

 

「その証拠……にはならねえが、ほら」

 

 そう言って、彼は上着のポケットから、板のようなものを寄越した。

 促されるままそれを受け取ったサクラは、胸がぎゅっと締め付けられるような心地になった。

 両親と、幼いサクラが共に映るフォトスタンド。

 誰が疑っても、誰が馬鹿にしても、サクラの両親がヒビキとコトネであったと示す家族の証。

 受け取ったサクラは、余った手で震える唇を覆う。ふとすれば、何時の間にか止まっていた涙が、ドッと溢れてきた。確かに町の皆が無事である証にはならないが、サクラの一番大事なものが救われていた事は、何より嬉しい報せだった。果たして、何でシルバーがこの写真を持ってきたのかは分からない。偶然、燃え落ちる家から見付けてくれたのだとしたら、何という奇跡か。

 

「あり、がとう……ございます」

「気にするな。何があったかは落ち着いたら話そう。だから今は、大事な家族を守れ」

 

 背中を軽く叩かれて、サクラは深く頷く。

 折角両親との絆の証を守って貰ったのに、大事なポケモン達やウツギ博士を喪ってはたまらない。

 溢れ出る涙を手で拭う。

 フォトスタンドを鞄にしまうと、自分の頬を両手で張った。

 散らかした荷物を纏め、レオンとルーシーをボールに戻す。傷付いたバンギラスについては、後でシルバーが自分の手で連れて行くらしい。気にするなと言われた。

 ルギアに向き直り、背を貸して欲しいと頼む。『喜んで』と、快諾してくれた彼は、サイコキネシスでサクラやウツギをふわりと浮かせ、その長い首元へと誘ってくれた。

 

『わたしが主を落とす事は無い。その老人も背中で寝かしたままにしておくと良い』

「分かった。ありがとう」

 

 飛翔する前に、シルバーを振り返る。

 彼はサクラを見て、力強く頷いてくれた。

 

「バンギラス……傷付けちゃってごめんなさい。だけど、その子のおかげで、わたし、助かりました」

「ああ。分かった。後で労っておく。後で連絡する。サクラの身に起きたことも、その時に聞かせてくれ」

「はい。分かりました」

 

 ルギアが外に出ている事。

 バンギラスが倒されている事。

 聞きたい事は山程あるだろうに、それらを全て忘れたように見送ってくれるのは果たして何故か。それは彼の優しさなのだろうか。分からない。ただ、それがサクラにとって一番望ましい事なだけが、確かだった。

 飛翔する。

 空へ上がれば、ルギアの乗り心地はオンバーンと比べ物にならない程、快適なものだった。

 

 白銀に輝く伝説のポケモンが、空へ舞い上がる。

 重苦しい曇天を抜けて、やがてその影が西の快晴の空へ小さくなっていけば、見送るシルバーの後ろから、小さな足音。ルギアが去った事により、雨乞いの影響が薄らいだのだろうか。ぬかるんだ大地を抉る足音は、雨音より鮮明だった。

 その気配を確かに感じ取り、しかしシルバーは振り返る事はせず、ゆっくりと唇を開く。

 

「これで良かったのかよ。ヒビキ」

 

 すると、足音がピタリと止んだ。

 やおら振り返れば、黒いコートに身を包む男が一人。深くフードを被っており、前のボタンも一番高いところまでしっかり閉じられているので、目元しか確認出来ない。先程まで火に包まれていたワカバから出てきたというのに、服が焼かれた様子も、灰を被った様子も無かった。

 その澄んだ黒い眼は、西の空を焦がれるように見ていた。

 

「ああ、ありがとう」

 

 小さく零された声は、分厚いコートを通して、くぐもって聞こえる。

 その素直な言葉に、シルバーは「ふん」と嘲笑を一つ。身体ごと町へ振り返ると、上着を捲ってハイパーボールを取り出す。歩きながら倒れ伏したバンギラスを回収し、男に目もくれずワカバタウンへ入っていく。

 

「さっさと避難させた奴等のとこに案内しろ。ぶん殴るのはその後だ」

「はは。それは怖いね」

 

 男の飄々とした声は、しかし今に泣きそうな程、弱々しく聞こえた。

 シルバーは舌打ちを一つ。

 そんなに逢いたきゃ、逢えば良いものを。

 そうは思ったが、それを口にする事は無かった。

 あの大火が嘘のように鎮火したワカバを行く。

 真っ黒な消し炭が雨に打たれ、大地には黒い水溜まりが幾つも広がっていた。吹き抜けていく風も相応の臭気を纏っていて、実にほろ苦い。

 それはふと、隣の男が泣いているようにも感じられた。

 




前書きの通り、この話をこの章に引っ付けた方が分かり易かったので、少しばかり調整しました。自らの構成力の無さを露呈させる事になるなと迷っていたのですが、実際無いのだからしょうがない。

プチコーナーについても気が向いた時に活動報告でやろうかなと。
茶番は長々と書きたいものの、あとがきでやるとなんか見栄え悪いですので……。
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