珠世さんの風俗体験記   作:ふぅん

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耳かきの作法 ~朱雲流~

「今宵も朱雲が主さんをお世話しなんす。」

 

 初めて"三重や"で遊んでから五日後の夜、珠世は二度目の来店を果たしていた。

遊郭を自主的に訪れて遊女を買うという体験の衝撃が大きかったのだろう。正座して朱雲を見詰める彼女の心臓は早鐘を打ち、頬は僅かに上気して赤みが差している。

石像の様に緊張している様子を見た朱雲は簪できちんと纏めている珠世の髪を解き、髪の中に指を差し入れてくしゃくしゃと乱した。

 

「きゃっ…そんな風にされるとっ…」

「主さんは髪を下ろしてるのがいっとう似合うでありんすね。」

 

 そう褒められて言葉に詰まった珠世は握った手で口元を隠して目を逸らす。蝋燭の火が映った瞳は水面のように震え、眉根が頼りなく八の字を描いた。

 

「ふふ、今日はお耳掃除をしんしょう。横になって欲しいから、襦袢になっておくんなまし。」

「えっ? あの、朱雲さんの前で?」

「わちきがお世話しなんすから、そうなりんす。なぁに、女同士じゃあありんせんか。恥じんでも良いでありんしょう。」

 

 正面から背中に腕を回して帯を解く朱雲の髪からふわりと香る甘い香に気付き、鼻をすんと鳴らすと朱雲が答えた。

 

「柘榴の花の匂い袋でありんす。愛らしい朱色の花を咲かしているのを見たことありんしょう。」

 

 朱雲が髪をよけてうなじを露にすると、より甘く蠱惑的な香りが珠世の鼻腔に満ちた。柘榴の花と汗の入り混じったそれは着物の下から昇り、ずっと嗅いでいたくなるような引力でくらくらと珠世の理性を惑わせる。

胸の奥から湧き上がる情動の行き場がなくなり、脱ぎかけの着物の袖から腕を抜いた珠世は華奢な朱雲の体を抱き締めた。

珠世の背中を摩りながら、うなじを擽る鼻息に身を震わせた朱雲は鼻を抓んで咎めると指を三本立てて見せる。

 

「主さん、助平は三回来てからが作法でありんす。」

「違います! 違います! そんなつもりではなく、とても良い香りだったものですから!」

 

 ぺこぺこと頭を下げている間に珠世の着物を剥いて襦袢姿にすると、衣紋掛けに着物をかけて帯を畳む。

大陸から仕入れられたカンテラと、竹の耳かきを戸棚から持ち出した朱雲は布団を広げるとその上に座って膝を示した。

 

「どうぞ?」

「……失礼します。」

 

 頭を膝の上に乗せて見上げると、逆さに見える柔らかな笑みを湛えた朱雲が額を撫でる。暖かい掌からじんわりと愛情が伝わるような心地がして、珠世の鼻につんとした痛みが響いた。

 

「とても不思議なのです。何故、朱雲さんに触れられるとこんなに心が惹かれてしまうのか分からなくて…」

「まあ。」

「覚悟も何もかもが溶けてしまいそうで、心地好いのが怖い。貴女は不思議なひと。」

「わちきは遊女でありんす。主さんを焼けるように愛して焦がれるほど惚れされるのが商いの女。当然でありんしょう。」

「…………」

「あら、拗ねてしまいんした?」

 

 するりと躱されて瞼を閉じた珠世の耳を掌が覆い、筋繊維が鳴動するごうごうという音が聴覚を満たす。

少し冷えていた耳が掌で暖められると、とても心地が良くて深い吐息が珠世の唇から吐き出された。

耳全体を覆うように、耳裏から折りたたむように、程よい力加減で押さえていると、耳の奥が少し疼く。

 

「耳には六つのつぼがあるそうで。主さんは知っているでありんす?」

「いえ、寡聞にして知りませんでした。どのようなものなのでしょう。」

 

 耳を外側から人差し指と親指で抓んで擦りながら、朱雲は聞きかじった知識を話した。

曰く、それぞれのつぼを指圧してやると身心の不調が整うのだとか。

 

「神様の門と書いて神門という仰々しい名前のつぼがありんす。印象に残ってつい覚えんした。」

 

 耳たぶを擦っていた指が首筋を竦ませる仄かな快感を生みながら溝を伝って動き、耳の一点に辿り着く。

そこを指圧されると、話を聞いたばかりだからか、心なしか体が喜ぶような感覚を珠世は得ていた。

 

「主さんにも神様が宿ってくれんすように、よーく解しんしょう。」

「……私に神様なんて…」

「遊郭の神様、なんておりんせんから、吉祥天様が主さんを守ってくれんすように。」

 

 そう祈りながら耳を指圧する朱雲の優しい眼差しが見上げる珠世の瞳を貫いてしまったかのように、深く交わって目が逸らせなかった。

落ち着いた鼓動が、しかしその拍動を強くして全身に熱い奔流を行き渡らせていく。

 

「なんで、顔を隠すのでありんすか?」

「おやめになって。どうか手を放してください。」

「ふふ、変なひと。」

 

 顔を覆い隠してしまった珠世を揶揄って手をのけようとしたりして遊んだ朱雲はのけておいた枕を膝の代わりに頭の下へ差し入れて、カンテラの中にマッチで火を灯した。

耳かきも手元にあることを確認すると、掛け布団をめくって珠世の左半身に添って寝転ぶ。

ぴとりと寄り添った朱雲はカンテラの明かりで耳の中を覗いた。

 

「このまま左のお耳を掃除いたしんす。ここいらの遊女ならいっとう上手いと評判だったのでありんすよ。」

 

 耳たぶを少し引っ張られると耳の中のかゆみが少し刺激されて快感が走った。

入口をするすると竹の耳かきが撫でて垢にもなりきらない埃を落としていく。耳かきが肌を滑る音が鼓膜を揺らした。

 

「主さんは自分で耳掃除できるひとでありんすね…とても綺麗で、掃除のし甲斐はなさそう…」

 

 朱雲は小さく笑うと少しずつ耳の奥へと進みながら小さい耳垢を掻き出していく。

他人に耳かきをしてもらうなど百年以上も前の体験になる珠世は恍惚中にあった。耳奥のかゆみを撫でられる刺激とかりかりと引っ掻く音は溜まらない法悦だった。

 

「これとれたら気持ちがいいでありんすよ。ほぉら、かりかりと端から剥がして…」

「ぅ…うぅ、ん…」

 

 眉根を寄せて悩ましい声を漏らした珠世は耳の奥で皮膚に張り付いていた垢の縁がひっかけられた耳かきで剥がれ、そこからぺりぺりと捲られていく感覚に悶えた。

 

「はぁい、取れた。」

 

 掻き出した垢を塵紙によけた朱雲はカンテラの明かりで耳の奥を確認して、どうやらもう掃除する余地がなさそうだと分かると、耳に唇を寄せた。

 

「ふーっ…」

「あぅんっ!?」

「あら、驚いてしまいんしたか? 申し訳ありんせん。」

 

 肩を跳ねさせて声を上げた珠世は悪びれずに微笑む朱雲をじろりと睨んだ。

 

「綺麗になりんしたから…次は気持ち良くいたしんす。」

 

 唇が触れるほど耳元に近付いた朱雲の熱い吐息は耳の奥へと流れ込んで羽先で撫でるような感覚を尾てい骨から脳天へと走らせる。

唇が耳の上部を食み、暖かい粘膜に包まれた耳をざらりとした舌が這いずった。

 

「はぁむ…あ、ふふ、逃げないでくんなまし。」

「だって、こんなの知らないのですっ…」

 

 朱雲の右手が指を絡めるように珠世の左手を握り、左手は珠世の頭を抱いた。

ぬるりぬるりと少しずつ場所を変えながら舐められると、体全体が悪寒にも似た性感の波に震えて足先が掛け布団を掻く。

 

「そんなに震えて、かぁいらしい主さん。」

「いきを、かけないでっ…」

 

 すぼめた舌が耳の穴をほじれば、いよいよ朱雲の吐息と混じる甘い声、舌がのたうつ粘っこい水音が珠世の思考を一杯にした。

あやし甘やかすように囁きかけながら、頭を撫でられている時間が珠世には無限に続くように感じられた。

いつしか、ほどよく耳を舐められる快感にこなれてくると、珠世の切なく歪む眉間からも険がとれ、脱力した体を朱雲に預けるようになっていた。

 

「ふぅ…はぁ…」

「んむ、ん。慣れてくると好いでありんしょう?」

「はい…どうして、でしょう…すごく気持ちが良くなってきて…」

「反対側に行く前に、主さんのいっとう好い所をしんしょう。」

 

 耳の裏から耳たぶの裏のくぼみを張り付いた舌が舐めると、珠世の顎がくいと持ち上がった。

とろんと眠ってしまいそうな面持ちになった珠世の耳の下の付け根を咥えて吸うと、か細く震えた吐息を漏らしながら彼女は眼を瞑る。

強く啜りながら唇を放すと、珠世は満足げに脱力した。

 

胸を上下させて呼吸を繰り返す珠世の左耳を濡れた手拭いで拭っていると、朱雲は物憂げな瞳で見詰める珠世に気付いて微笑み返した。

 

「物足りんでありんす?」

「いえ、そうではありません。ただ…」

「ただ?」

「……何でもありません。忘れてください。」

「そうしんしょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数刻後、朱雲は腕の中で乳房の間に顔を埋めて眠りに着く珠世の頭を撫でていた。

以前と同じように、珠世は涙を流しながら亡くした家族の名前を呼んでいる。朱雲の所へ来る客には家族を失った傷を慰めるために来る者もいて、彼女はそれについて踏み込む気はなかった。

 

「あなたの成長を、見たかった…」

「鬼になんか…なりたくなかった…」

 

 そう泣き腫らす珠世の涙を拭って、夢の中でひとしきり弱音や怨み言を吐き出させてしまう。

泣くばかりになったら、今度は母のように語り掛け、子守歌を唄う。不思議と、朱雲がそうすると客は彼女に母の面影を見るようだった。

 

「可哀そうに、たまよ。泣いていいのよ。母様はずっとたまよの味方だからね。」

 

 珠世はこれまで朱雲が世話をした客の中で最も傷つき、疲れているようだった。母として語り掛けると彼女は夢の中で乳飲み子の頃まで遡っているようで、以前も揺り籠の様にして抱きながら唄うと親指を吸っていた。

着物をはだけて乳房を差し出すと珠世はそれを吸いながら深い眠りについたようだった。

 

「ねんねんころりよ…おころりよ…たまよはよい子だ…ねんねしな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明け方、まだ日が昇る前に起こしてもらう約束をしていた珠世は布団の上で朱雲と向き合っていた。

 

「ありがとうございました。今日もとても良く眠れました。」

「ようござんした。髪は結わないでいいでありんす?」

「似合っていると言って頂いたので…」

 

 髪を撫でつける珠世がそう答え、朱雲が笑う。

 朱色の紅を朱雲が引くと、珠世は瞼を閉じた。







 想
  が
   と
    て
     も
    欲
   し
  い
 で

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