珠世さんの風俗体験記   作:ふぅん

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慰み按摩 ~恋心艶めかしく~

 

 

 

 

「今宵も朱雲がたまよ様をお世話しなんす。」

 

 初めて"三重や"で遊んでから十七日後の夜、四度目の来店。

訪れた珠世はかなり疲れているように見受けられた。するすると帯を解いて着物を脱がされると、珠世は襦袢の裾を押さえながら布団の上に脚を崩して座る。

座り込んだその小さな背を朱雲が摩って暖めていく。

 

「随分とお疲れでありんすね。」

「ええ、色々とあったものですから。」

「そうしたら、今日は按摩をしんしょう。ささ、ごろぉんと。」

「あぁ…何だかとても久しく感じますね。本当は四、五日前にも来ようと思っていたのですけれど…」

 

 布団に付かないよう珠世の口紅を落としていた朱雲がくすりと小さく笑う。不思議そうに珠世がじっと見詰めるが、朱雲は首を横に振って誤魔化した。

ふわりと肩に置かれた手が頭を枕に預けるように促す。

 

「それじゃあ、肩から順にほぐしていきなんす。」

 

 掌がすりすりと肩を摩って凝っている場所を確かめると、掌全体で掴むように肩の筋肉を揉んでいく。

掌の熱が肌から体の中へじんわり染み渡る様に伝わり、追いかけるように力が体の中へと入ってくる。

うなじから肩へ移動しながら、暖かい掌が肌に触れ、筋肉の奥にあるつぼを指圧される心地よさに珠世の口から思わず深い吐息が漏れた。

 

「気持ち良さそうでありんすね。」

「ええ、とても。朱雲さんの掌ってとても暖かくて心地好い…」

 

 触れられた部位から火が灯るように熱が広がっていく。

肩から降りて肩甲骨の下を掘る様に骨の縁から親指を押し込まれると、凝った筋肉が揉みほぐされる際の快い痛みが産まれた。

珠世も医者として人体に造詣が深く按摩の類も行えたが、心地好さという点において朱雲の按摩に敵う気がしない。

人の心身を癒すという点においてはまるで医者より医者のようだった。

 

「本当にお上手ですね、朱雲さん。」

「ふふ、床上手な遊女(おんな)でありんしょう?」

 

 朱雲の人差し指が背骨をするすると撫でると、こそばゆさで起きる筋肉の痙攣が駆け下りた珠世の腰がびくりと浮きあがった。

 

「背中を揉んだら、腕、その後腰から下でありんす。さて、ちょいと失礼いたしんす。」

 

 衣擦れの音がして珠世が肩越しに振り向けば、着物を脱いで半襦袢になった朱雲が背中に跨る所だった。

普段の煌びやかで厚い反物の山を脱ぎ、白地の襦袢になった姿の生々しい色香は珠世の視線を釘付けにするのに充分過ぎる。

丈の短い襦袢から伸びる白い脚と、絹の長靴下を履いた逆の脚。はだけた衿から覗く汗ばんだ胸元。

その全てが一つの芸術の様に眩く珠世を惹きつけた。

ぽーっと熱に浮かされた眼差しで見詰める珠世に笑みを返した朱雲は寝そべる様に促すと、背中の上に手をついた。

背骨の脇の筋肉を上から下へと少しずつずれて揉んでいく。

 

「ふっ…うぅ、ふぅ…」

「痛かったら言ってくんなまし。」

 

 体重がかかり、肺の空気が押し出されて声を漏らしながら、珠世は目を瞑って朱雲の姿を瞼の裏に思い浮かべる。

世界で一番美しいひとに違いないと、一人確信して得意げに微笑んだ。

 

「何だかご機嫌でありんすね。」

「ええ、世界で一番美しい(ひと)に按摩してもらっているものですから。」

 

 歯の浮くような言葉がすらすらと流れ出てくることに内心で少し驚いた珠世だったが、今はそんなことが何も気にならなかった。僅かでも朱雲の気を惹くことができたかしらという思いで口の端が少し吊り上がる。

朱雲は遊郭の遊びに慣れてきた客特有の初々しさに微笑むと何も言わず華奢な背中から腕の付け根に手を移した。

三角筋と呼ばれるそこを掴むように押していく。

 

「腕は凝ってないでありんすね。」

 

 早々に切り上げて脚の方へ下がり、腰に手を添えた朱雲はそのまま腹回りを撫でまわして感嘆の声を上げた。

痩せぎすでもなければ肥満でもない、程よい肉付きで美しい曲線を描いたくびれが実に見事である。

高級遊女でさえこうも完璧な肉体は維持できまいと、朱雲が妬けるほどに。

 

「あらまぁ、綺麗なくびれ。」

「く、擽ったいですよ。」

「ふふ、失礼したでありんす。」

 

 改めて腰に手を置いて親指に力を込めると、凝った筋肉が強情に指を押し返す。

中々どうして骨が折れそうな凝り具合ではないかと朱雲にも気合が入る腰だ。

 

「あぁー、そこ…きく…」

 

 長い時間をかけてじっくりと腰をほぐされていく珠世は布団に沈み込んでいくような感触の中で恍惚としていた。

一度手を休めると言っていた朱雲が臀部から太腿を撫で、凝り具合を確かめ始めても、まだ夢現のようだ。

疲れがたまりやすい脚に取り掛かった手が腿の裏に自重を用いて圧力をかけながら、足先へと向かっていく。

ここしばらく移動が特に多かった脚の筋肉は歓喜しているのだろう。

腰から足先まで按摩を受けている最中の珠世は天にも昇る気分であった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、仰向けになってくんなまし。」

 

 足指までの按摩を終えて、蕩けて重く感じる体をどうにか仰向けに転がした珠世は極楽極楽とばかりに深く呼吸を繰り返した。

鬼に変貌して以来、湯船に浸かった時でさえ体の疲労を強く感じたことはなかったというのに、他人の手で解されるとこうも違うものかという思いである。

 

「襦袢の中、直に揉んでいきんしょう。」

「あっ…!」

 

 長襦袢の衿下が捲られて膝から下の素足が外気に晒される。珠世のすべすべとした美しい脚先から膝を掌が撫で上げるように動く。

素足を見せる、まして無防備に触れられた経験がない珠世が羞恥の余り顔を両手で覆った。

左脚の足裏を掬うように指の腹が昇り、指先で折り返して足の甲からぺたりと吸い付いた掌がするりするり脛を上がって、膝小僧を指の爪が羽の様に柔らかく引っ掻く。

肌から発生するもどかしい期待感と恥じらう乙女心に堪えかね堪えかねた珠世の足の指がきゅっと丸まった。

 

「綺麗なあんよ。すべすべで可愛いたまよ様のあーんよっ。」

「こんなはしたない恰好いやです…恥ずかしい…!」

 

 おかしな歌を口ずさんで揶揄う朱雲が空いた手で右脚も撫で始めると、固く閉じた両足が震えてしっとりと汗ばんでいった。

朱雲が膝を開かせようと力を入れたり、膝のあたりの内腿を摩ると、膝がもじもじとむずがって手から逃げ出す。

 

「ねぇ、たまよ様。ももの按摩をしんすから、脚を開いてわちきを入れてくれはしんせんか?」

「だ、だめですっ…絶対だめ。入れてなんてあげるものですかっ…」

「按摩が終わりんせんよ、たまよ様ぁ? ここから特にえんらい気持ちが良いのに。」

「うっ…そ、そのような顔をしてもいけません! だめといったらだめです!」

 

 朱雲の小首を傾げて流し目に心揺れた珠世は太腿の中ほどまで捲れ上がった衿下を手で守りながら後ずさって背を向けた。

そそくさとはだけた足元を直していると、脇の下から腕が絡みついて朱雲に抱き寄せられ、耳に彼女の唇が触れる。

 

「……わちきとの想い出は最後にいりんせんか?」

 

 珠世の胸に締め付けられるような痛みが走った。

 

「……どうしてお気付きに…?」

「こういう生き方をしていると、自然と今宵が最後と決めた主さんの顔は分かりんす。」

「…………」

「たまよ様に買うて(こうて)頂くの、いつも楽しみにしていんした。短い間に沢山会えて嬉しかったでありんすよ。」

 

 珠世は何故だか込み上げる申し訳なさと胸の苦しさで膝を抱えた。言いたいことは沢山あったが、息が詰まるほど喉が締まって声は如何ほども出なかった。

 

「"我が背子(せこ)は物な思ひそ事しあらば、火にも水にも我がなけなくに"

 さあ、どうか帰っておくんなまし。たまよ様が切ない思いをするだけでありんすよ。」

 

 半刻ほど、丸まった背中を摩っていた朱雲は静かな声音で短歌を送って珠世に帰るよう促した。

その夜、帰る珠世の唇に朱色の紅は惹かれないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで現実感のない心持ちのまま、珠世はいつの間にか家に帰りついていた。

二度と会うことはないひとの鮮やかな面差しが片時も頭から離れず、動く気にもなれないまま暗い部屋の中で壁をぼうっと眺める。

 

「朱雲さん。」

 

 数日前、鬼舞辻無惨の配下の鬼が近辺に配置されたことを察知して、珠世は隠れ家をその日の間に移した。

今いる家も数日前までは薬屋として商いをしていたが、今は家具一つない。

"三重や"を訪れたのは朱雲へ別れの挨拶をするだけのつもりでいた。

しかし、

 

「"逢ふことの絶えてしなくはなかなかに、人をも身をも恨みざらまし"…」

 

 言い出すことができず、気付けば見抜かれた上で背中を押す短歌と共に送り出されていた。最後まで、珠世は別れの言葉を口にする決心が定まらないまま。

朱雲に逢う度、亡き夫と子供への変わらない愛と罪を何度も想い、二度とは逢わないと心に決めていたが、どうしても逢いに行ってしまった。

どうしようもないほどにまた愛してしまったのだと気付いてからは、自身の罪深さに嘆く毎日を過ごしていた。

 

「ごめ…なさい…ごめんなさいっ…もうどうしようもないほど好き…愛してしまったのです…!」

 

 はらりはらりと盆から溢れたかのように涙を零し、己の身を掻き抱いて咽び、蹲って畳に額を擦り付けて殺した家族に幸せを見出してしまった罪を懺悔した。

仇を討つためには避けなければいけない危険を冒してまで、逢いに来てしまった。朱雲に逢う前の自分ならば挨拶もなく姿を消すことを厭わなかったのに。

亡くした家族の仇と天秤が釣り合ってしまうほどに彼女への愛が膨れてしまっているのだと、自己嫌悪で死にたくなるほど苦しくて、その苦しさが辛くて朱雲に逢いたくなった。

 

「逢いたい…貴女に逢いたい!」

 

 いつしか、泣き疲れた珠世は百云十年ぶりに一人だけで眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"思ひわびてさても命はあるものを、憂きに堪へぬはわが涙なりけり"

 嗚呼、愛しい(ひと)。永遠に去ってしまうなら、いっそ喰い殺してくれたって構わないのに。」

 

 憂いを帯びた瞳で月を見上げる朱雲は焼けた脚を摩ると、琵琶を抱えて小さく歌った。

 

「びっこの遊女を連れてって。鬼でもいいから縋らせて。心も肉も持ってって。」

 

 べん、と琵琶が鳴る。

色街の喧噪に儚く飲み込まれる音色を聞いたのはただ一人。

また一つ、べん、と琵琶が鳴り、夜が更けていく。




"わが背子(せこ)は物(もの)な思ひそ事(こと)しあらば火にも水にもわれ無(な)けなくに"
朱雲が自分から去る珠世に送った歌
「あなたに何かあったら火にも水にも飛び込むから、どうか思い悩まないで。」

"逢ふことの絶えてしなくはなかなかに、人をも身をも恨みざらまし"
別れた後の珠世が朱雲を想って詠んだ歌
「貴女への愛がなかったならば、つれない貴女も過酷な運命も恨むことなどなかったのに。」

"思ひわびてさても命はあるものを、憂きに堪へぬはわが涙なりけり"
別れた後の朱雲が珠世への本心を詠んだ歌
「去る貴女への愛を想って苦しんでも生き永らえているけれど、心は挫けて涙が溢れてきてしまうのよ。」





当初の構成を変えます。
次回:お別れ
次々回:エピローグ
って感じになります。

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