アナザー・シャングリラ(って呼ばれるようになりたい) 作:マクバ
そしていつも通りキャラは崩壊してます。というかこの2人天体観測とかするの?とか思ってはいけない。
玲さんと付き合ってそれなりに月日が経った。いい加減玲さんがバグることもなくなり、俺もクソゲー思考から恋愛思考に玲さんといる時だけ若干シフトするようになった。つまりお互い付き合っているという状況に良い意味で慣れた頃。
技術が進歩した今じゃ一昔前みたいな工場地区何てものは居住地の近くにはない。それでも何かしらの事情で取り壊せなかった廃工場なんかは少し離れたところに行けばないこともない。そういう場所は大概人が少ない。
夜、日も落ち通勤帰りの会社員もほとんど見ない時間に、俺と玲さんはそんな寂れた工場のある地区にいた。
「にしても良かったの? こんな時間に外出てて」
「大丈夫です。家の人には言ってありますし」
「ならいいんだけど、俺も素人だからちゃんと見れるか分からないよ」
シャンフロで一緒に遊んで時に玲さんが天体観測をしてみたいんですよ、と言ったのがきっかけだった。いつぞやのプラネタリウムが理由らしい。
俺も興味が無いわけじゃなかった(それ以上に玲さんと行けるならどこでも行きたいというのもあった)から見たいねと言えば、うちに天体望遠鏡があるんですよという話になり、玲さんの家からじゃ見えないということが分かって、ここまで来ることになったという具合である。
「それより持たせちゃってすみません」
そう謝る視線の先は俺の背中にある天体望遠鏡だった。
「持たせた方が俺のダメージが大きいから」
いくら玲さんの方がリアルファイトが強くて、下手すりゃ単純なパワーですら負けてる疑惑があろうとこれを持たすのは流石に男が廃るってもんよ。
「やっぱり少し遠かったですかね」
「星見ようと思ったら灯りは少ない方がいいでしょ」
人がいるとどうしても灯りが増える。ゆえに人通りのなるべく少ない場所にいかなきゃいけない。
「見れる時間帯っていつ頃だっけ?」
「えーっと、あと30分ほどですね」
「ならちょっと急ごうか」
重たい天体望遠鏡を背負ってることを一先ず忘れて、玲さんの手を掴んで走る。
「ふぇっ!?」
「久々に聞いたな! 玲さんのそれ!」
俺が笑いながらそう言うと玲さんは少し照れたあとにくすりと笑って
「そうかもしれませんね」
と言った。その時の笑顔はどの星よりキラキラと輝いて見えた。
アスファルトで舗装された道を2人で走る。お嬢様である玲さんにこんなことさせていいのかと思いながら、フェンスの敗れたところを潜り抜けてさらに走る。そして……
「ここなら見れるんじゃないか?」
駐車場だったのだろうか? 開けた所に出た。
「多分見れると思いますっ!」
「ならここで待とう。そろそろ見れるだろうし」
「はい」
そこから天体望遠鏡をセッティングした後、俺たちは暫く沈黙の時を過ごした。今さら話すことがなくて沈黙が苦痛だなんてことはないが、俺は単純にさっきまで走っていた分のツケが回っていた。いや冷静に考えたら、天体望遠鏡担いで玲さんの手を引っ張り走るのはかなり疲れる。
玲さんの前でゼェゼェ息を切らす訳にもいかなくて、というかこの夜の帳の中で廃工場を背景にした、深窓のお嬢様のような玲さん、ある種神秘的とも言えるそんな空間に自分の喘鳴が聞こえることを俺が良しとしなかった。
そんな深窓のお嬢様は俺の恋人で、重度のゲーマーなことは触れてはいけない。ただ、少なくともリアルでそれに触れられるのは今のところ俺だけだ。
「少し見え始めたな」
セットしてある天体望遠鏡に近づく。なくても星座を見るくらいなら全然困らない。
「望遠鏡で見るならとりあえず月とかからじゃない?」
「そうしてみます」
玲さんは天体望遠鏡を覗くためにしゃがみレンズの倍率を弄り始めた。ああでもない、こうでもないと呟く様は見事なまでに天体観測初心者のそれだった。俺も多分覗いたらそうなるんだけどね。
「見えたっ! 見えましたよ! 楽郎くん!」
無事にピントが合ったらしい。それこそ月の兎のように飛び跳ねて喜んで近づいてくる。
「ホント? 俺も見たい!」
そういえば玲さんは俺の手を引っ張って天体望遠鏡まで連れていく。たった数歩の距離だ。付き合う前どころか、付き合ってから暫くはやらなかったであろう行為。それは確かにお互いの距離が以前より近づいたことの証左であった。嬉しいようで少し寂しい気もする。バクった玲さんも可愛いかったのにそれを見る機会はここ最近はなくなってしまったからだ。
「はい。どうぞ!」
玲さんに導かれて俺は天体望遠鏡を覗き込む。当然ながら肉眼で見るよりも遥かにはっきりと月が見えた。だけど月の兎はそこにはいない。なんせ隣に居るから。
なんていうのはクサすぎて口にはできないけど。
玲さんの方を見る。楽しそうに満面の笑みを浮かべている。
「ありがとう。次は何見る?」
空では夏の大三角形が輝きを放っている。ベガとデネブとアルタイル。もしくは織姫と彦星と何だっけ? 七夕と夏の大三角形は同じ星をモチーフにしてるだけで繋がりはないんだっけ?
まぁいいや。一年に一回しか会えない悲しい恋人たちよ、俺は365日一緒にいるぞと心の中でドヤる。これがリア充が非リア充を見下ろす構図か。
玲さんが口を開いたので罰当たりな思考を止める。
「ベガにしましょう。次はアルタイルです」
「夏の大三角形だな」
「そうです」
「どれがどれだっけ? あれが三角形でしょ?」
俺が指さす方の星を玲さんが見る。そして1つ頷く。それを3回繰り返した。三角形の場所は無事に分かっていたらしい。
「最初に指したのがアルタイル、次がベガ、最後のがデネブですね」
俺が指してた指の軌道をなぞるように玲さんが宙に指を走らせる。
俺の視線は光に群がる虫のようにその指先に吸い込まれる。玲さんがどの星がどの名前なのか説明してるのを聞いてる間もそうだった。
「じゃああの星からだな」
ベガを指さし俺は言った。さっき玲さんが説明していたことはきちんと頭に入っている。
玲さんはどんな思いでベガとアルタイルを見ようと言ったのだろうか。もしかしたらそこまでセンチメンタルに考えてなくて、ただ夏の大三角形っていうメジャーな星だからかもしれないし、俺のようにほぼ非リア充を見下してやろうだなんて考えてる事はきっと無いのだろうけど。
わざわざ聞こうとまでは思わないけど少し気になった。七夕はまだ少し先だ。今年は何を願おうか? 去年までは幕末やらなんやらのイベントで血生臭い願いしかしてこなかったが。
ピントを合わせるのに試行錯誤をしてる玲さんを見ながら考えていた。さて手伝うか。
「玲さんどう?」
「少しボヤけてしまって」
玲さんが場所を譲ったので天体望遠鏡を覗き込む。確かにピントが合ってないらしく滲んで見えている。
「最低限の機械弄りのスキルは持ち合わせてるからな」
ボヤくように呟きながらピントを調節する。お、
「見えたっ!」
俺の声に反応して玲さんが背中にくる。ピッタリと俺に重なるように覆い被さってくる。
「うおっ!? 玲さん?」
「み、見えたんですか?」
「あ、あぁ。ほら」
俺から玲さんの顔は見えない。上擦った声だけが聞こえる。ただその距離はとても近い。耳に息がかかる。背中に柔らかい重みがのっかる。玲さんはいつの間にこんなに距離を物理的に近づくようになったんだ?
俺が場所を譲ると、玲さんは俺にのしかかったまま少し躊躇してるような声を出した後に望遠鏡を覗き込んだ。
「よく見えますね。やっぱり綺麗です」
無邪気そうに喜ぶ玲さんを見て、さっきまで覆いかぶさってきてたからか、最近は玲さんのバグる所を見てなかったせいか悪戯心が俺の中で芽生えてきた。バグった玲さんを久々に見たいな。あまり俺からこういうことすることはなかったし。
「んぴゃっ!?」
さっき玲さんがしたのと同じように後ろから覆い被さる。そのまま手を回してすっぽりと玲さんを包み込む。
「よく見えたでしょ?」
「えっ!? ひゃいっ!」
付き合う前、シャンフロを一緒にやり始めた頃に近いリアクションだ。最近はめっきり見かけなくった、耳まで真っ赤な顔の玲さんの耳に口を近づけて囁く。
「でもやっぱり玲さんの方が綺麗だ」
言った俺の顔も多分真っ赤だ。ただこの場に唯一居る玲さんは俺の顔を見ることは今の状況じゃ出来ない。
「キ、キ、キキ、キレイッだなんってっ!? そんなっ! 急にっ!?」
「急じゃないよ。ずっと思ってたから」
ギャルゲーのようにどストレートなセリフを連発する。ただどれも本心であることに変わりはない。それに玲さんには直球勝負が1番有効なことはこれまでの積み重ねで分かっている。
「さぁ、望遠鏡を覗いて見なよ。次はアルタイルだろ」
玲さんを包むようにしていた手を外し、天体望遠鏡を支えていた玲さんの手に自らの手を重ねつつ言う。
「……ひゃい」
玲さんはさっきよりゆっくりとした動作で望遠鏡を覗き込む。
あんまりやりすぎるとホントにフリーズして暫く帰ってこないかもしれないから程々にしないと。
「どうピントはあった?」
「も、もう少し待ってください」
俺が耳元で囁くと、玲さんはゾワッと背筋を震えさせながらそう答えた。あれ? もしかして玲さんって耳弱い? いや、今日の主目的を履き違えるな。天体観測だぞ。それを無視するほどやり過ぎたら初の喧嘩が起こりかねない。
自らを自制して、玲さんの耳から距離をとる。といっても抱きつくのを辞める気はないので密着したままなのに変わりはない。
「で、出来ました!」
多少余裕が出来たからかそれからすぐにピントが合ったらしい。跳ね回ることはないが、首から上だけをこちらに向けて玲さんは花が咲いたような笑顔でそういった。
俺と場所を交代して、今度は俺が望遠鏡を覗き込む。
「すげぇ!」
「ふふっ、素敵ですね」
望遠鏡を覗いていない玲さんが何に対してそういったのかは知らない。だけどそのセリフと共に望遠鏡を覗き込む俺の背中で意味深に指を走らせていた。
「願うだけじゃ届かないんです」
帰り際、望遠鏡を玲さんの家まで持って帰る道中、玲さんはふと思い出したように、だけど大切な宝物を持ち出すようにはっきりと丁寧にそういった。
夏の日の月夜の下、いつもとは少し違った非日常的なデートによる高揚感からか、それとも夜の月の魔力がそう言わせたのか。
「願うだけじゃ足りない。取りにいかないと。何事も」
俺がゲームをしていて感じることだ。今の状況でその心境が合うかは分からないけど、こういう時には自分の経験の中からしか言葉は出ない。
「そうですね。よかったです。本当に」
玲さんが取りにいったものはなんなのか俺は聞かなかった。玲さんの目を見た瞬間に分かったからだ。星の煌めきのように輝いたその目は俺を真っ直ぐ見つめていた。
「また、見に行こう。次は冬の大三角形かな」
「はい。北極星とかも見たいですね。ここからじゃ見えないんでしたっけ?」
何となく照れくさくなって話を変えた。そんな俺を玲さんは変わらず真っ直ぐ見つめていた。
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