藤の花の導き   作:ライライ3

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少しだけ状況が落ち着いたので投稿します。


第十話 任務の日々

 走る、走る、走る。

 月明かりのみが照らす夜道を、その足をもって駆け抜ける。

 それは比企谷八幡にとってありふれた光景になりつつあった。

 

「小雪。鬼の場所は何処だ?」

「南南東。南南東。接敵マデ約一里。鬼殺隊員ガ一人、交戦中。交戦中」

「了解。なるべく急ぐ。状況に変化があったら報告だ」

「分カッタ。分カッタ」

 

 小雪と呼ばれた一匹の鴉が夜空へと上がっていく。比企谷八幡が名付けた鎹鴉だ。メスだったので何となくこの名前に決めた。

 最初は任務の内容を伝えるだけだった小雪だが、こちらに懐いてからは積極的に手伝ってくれるようになった。主に、索敵がメインだ。

 

「……しかし鬼殺隊は相変わらずブラック企業なことで」

 

 近くの村へ向かってひたすら走る。

 鬼殺隊に入隊してから幾らかの時が過ぎた。碌に休みも取れない中、ひたすら鬼狩りの任務をこなしている。

 軽い怪我を負うことはあれど、幸いなことに大怪我は負っていない。

 

 ―――俺にこんなに社畜の才能があるとは思わなんだ。それに鬼殺隊は一般の職種に比べて給料が多いのがいい。いや、自分の命をチップにしてるんだから給料高いのは当たり前か。むしろそれしか取り柄がないまである。

 

 鬼殺隊の待遇に不満を抱き内心愚痴る。

 

 ―――まああれだ。俺みたいなボッチには、人との接触も最低限ですむ鬼殺隊はある意味天職だ。それは否定できない……いや違う。最近は何故か合同任務が結構ある。一人の方が気楽でいいんだが。知らない隊員に会うと必ず驚かれるし。それはあれか。俺の影が薄いからか? それとも俺の目が腐ってるからか? 

 

 自身の近況を考えそして落ち込む。初めて会う隊員に驚かれるのは日常茶飯事だ。それをマイナスイメージで考えてしまうのは元の時代の影響といえよう。

 

 ―――しかしカナエとしのぶもどうしてるかねぇ。文は定期的に届いてるから元気なのは確かだが、偶には会いてぇなぁ………こんな風に考えるなんて俺も変わったもんだ。

 

 育手に向かう途中に別れたのを最後に、二人には会っていない。

 この時代の家族と言うべき二人のことを思い出し、そして自身の心の変化に苦笑する。

 

 ―――次の任務が終わったら、また文を出すか……以前のようなことは御免だ。

 

 以前、面倒くさくなって文を送らない時期があったのだが、その結果送られてくる文が激増した。やれ、体調は大丈夫なのか? 怪我が酷くて文が書けないのか? などと、こちらを心配するような文だらけになった。二人を心配させてしまったことを反省し、即座に文を返した。

 

 反省と謝罪の文を見て二人の反応はそれぞれ違った。胡蝶カナエからは元気でよかったと安堵の返事が届いた。そして胡蝶しのぶは元気ならちゃんと返事しなさいよ! と、こちらを叱咤するような内容だった。

 

 だが二人の返事は八幡の身を案じてのことだ。八幡はそれを自覚した時、くすぐったいような、だけど何処かむず痒い気持ちになり、大いに反省した。それからはきちんと文の返事を返している。

 

 上空から小雪が再度八幡に近付く。

 

「報告! 報告! 方角コノママ、コノママ。接敵マデ約一分、一分」

「了解。報告ご苦労。この任務終わったら何か奢ってやるぞ。何がいい?」

「オハギ! オハギ!」

「好きだな、お前も。俺も好きだけどさ」

 

 欲望に忠実な小雪に同意する。甘い物が少ないこの時代において、おはぎは手頃に食べられる数少ない甘味だ。しかも値段もそこまで高くないのだから、好きになるのもしょうがない。

 

 ―――村の中に入った。目的地はもうすぐだ。

 

「飛ばすぞ。状況に変化があったら報告だ」

「分カッタ。分カッタ」

 

 相棒に声を掛け更にスピードを上げる。小雪も再度夜空へと舞い上がる。

 

 比企谷八幡―――階級 庚。

 鬼殺隊に入隊して約半年―――着実に社畜の道を進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、来ないでぇ!」

「はははっ! どうした鬼狩りぃ! 早く逃げないと捕まるぞ!」

 

 一人の少女が細道を逃げ惑う。そしてそれを一匹の鬼が追い回す。鬼の口調は楽しそうに、ゆっくりと女を追い詰めていく。

 

「あっ、嘘! 行き止まり」

「なんだ。鬼ごっこはもう終わりか」

 

 少女の顔色が真っ青に彩られる。自身の終末を理解してしまったからだ。

 それを見た鬼は満面の笑みに彩られる。

 

「い、いや! こ、来ないで!」

「おいおい。鬼狩り様よ。俺を殺すのが鬼殺隊の役目だろ。逃げちゃ駄目じゃないか」

 

 少女は鬼から距離を取ろうと後ずさる。しかし後ろは壁だ。これ以上逃げ場はない。

 涙目で震えることしか彼女にはできなかった。

 

「いいね。俺は女の浮かべるその表情が好きだ。絶望の表情を浮かべた相手を捕食する。それに勝る食事はない」

「ひっ! いやっ! いやぁぁ!!」

 

 鬼の声を聴き少女は泣き叫ぶ。もうそれしか出来なかった。自身の刀は取り上げられ対抗手段はない。いや、そもそも壬の自分はこの鬼には勝てない。それを先程の戦闘で理解させられた。

 

「さぁて。食事の時間だ。何処から喰うかね。手か、足か、それとも頭からかねぇ」

「い……いや……喰べないでぇ」

「はははっ、いい顔だ。じゃあ最初はその右手から「―――胸糞悪いな」」

 

 ―――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

 その時、少女は見た。

 屋根の上から雷の落ちるような音が聞こえ、次の瞬間には鬼の頸が飛んだこと。

 そして倒れる鬼の背後に鬼殺隊員が立っていたことに。

 

「―――な、なにぃ!?」

「とりあえず死んどけ。このクソ鬼」

 

 鬼は自身の状態を理解できないまま灰となっていく。

 少女自身はその状況を分からないまま―――だがやがて一つだけ理解した。

 

 ―――ああ、わたし。助かったんだ。

 

 絶望からの生還。その状況の変化は少女の気を張った心を溶かす。そして少女は心の中で安堵しつつ気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、小雪。食べていいぞ」

「ウン。美味シイ! 美味シイ!」

 

 翌日の昼。大きな巨木を背に座った八幡は、笹の葉に包まれたおはぎを地面に置き、笹の葉を開いた。合図とともに小雪はそれに食らいつき美味しそうに食していく。

 

 八幡も自身のおはぎを口にする。

 

「む、此処のおはぎは当たりだな。またこの辺来たら買うとするか」

「ウン。食ベル! 食ベル!」

 

 すっかりその気になった小雪の頭をそっと撫でる。撫でられた小雪は気持ちよさそうにその目を細める。

 そして十分後、小雪が食べ終わったのを確認してから、立ち上がる。

 

「八幡! 次ハ東! 東!」

「……また任務か。最近働き過ぎじゃね、俺」

 

 入隊当初から約半年。任務はこなせど休暇はほぼない。愚痴るのもしょうがないだろう。

 

「頑張ル! 頑張ル! 小雪、応援スル!」

「はぁー、あいよ。まあ給料分は働くとしますか」

 

 そう言いつつ立ち上がる。相棒の小雪に応援されるとつい頑張ってしまう。

 相棒として選ばれたこの鎹鴉は、自分と違って素直な性格だ。もし自身の性格まで考慮され選ばれたのなら、鬼殺隊という組織は中々に侮れない。ふと、そんな考えが浮かぶ。

 

「……さて、行くぞ。小雪」

「ウン! 行コウ! 行コウ!」

 

 相棒を肩にのせ、比企谷八幡は歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大体だな。鬼殺隊はブラックにもほどがある」

「ブラック? ブラック? ナニソレ? ナニソレ?」

 

 舗装されていない田舎道をゆっくりと歩く。周辺に人の姿がないため、鎹鴉と話しながらだ。

 

「鬼殺隊は労働基準が真っ黒って意味だ」

「黒! 黒! 鬼殺隊! 隊服ノ色ハ黒! 黒!」

「あー確かに隊服は黒いけどそういう意味じゃないぞ……現代だと労働基準法で訴えられるレベルなんだよな、鬼殺隊。と言っても、この時代じゃそんな法律ないけど」

「鬼殺隊、ブラック! ブラック!」

 

 語呂が気に入ったのかブラックを連呼する小雪。

 この時代にブラックと言っても分かる人はいないので、敢えて訂正はしない。

 

「はぁー。でも、考えてみても問題山積みだよな、鬼殺隊って組織は」

 

 鬼殺隊に入隊して約半年。その短期間でさえいくつもの問題を発見した。

 考えうる中で大きな問題は二つ。一つは鬼と戦える人数が少ないこと。そしてもう一つは、敵の重要な情報がまったく掴めていないことだ。特に後者は致命的だ。

 

「……彼を知り己を知れば百戦殆うからず、か」

 

 何となく『孫子』の言葉を呟く。敵のボスは鬼舞辻無惨。そのボスだけが鬼を増やせる唯一の存在だ。だが分かっているのはこれだけ。その姿、能力、潜伏場所、重要な情報はすべて不明だ。これでは勝てるはずもない。

 

「ボスだけじゃないな。幹部級ですら情報がまったくない。これじゃ勝てるわけがない」

 

 鬼舞辻無惨直属の部下。幹部級と思われる十二体の鬼。特に上位六名で構成される現在の上弦に関しても、情報が全くない。遭遇した例はあるのだが、出会った隊員は全員死亡しているらしい。

 

 ―――いいか、比企谷。上弦に会ったらすぐに逃げろ。間違っても一人で戦おうとは思うなよ。私の予測では柱が数名が同時に戦わなければ対抗できない。それが上弦という存在だ。

 

「……まあ、やれることをやる。それしかないよな」

 

 色々考えた所で自分に出来ることは少ない。今出来ることは出現した鬼を始末すること。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日後の早朝に次の目的地へと到着した。前回の村より大きく発展している町だ。早朝に到着したためか、まだ人の姿はない。

 

「……この町から鬼を探すのか。広すぎだろ。人手が欲しい」

「大丈夫! 大丈夫! 今回ハ合同任務。残リ二人ノ隊員ト合流! 合流!」

「え? マジで?」

「マジ! マジ!」

 

 八幡の問いに小雪は首を縦に何度も振る。

 

「コノ町、複数ノ鬼ガ潜伏! 潜伏! 既ニ鬼殺隊員二名殉職! 殉職!」

「なるほど。だから三人での合同任務か……しかし鬼は群れないと聞いていたが、そうでもないのか?」

「八幡! 頑張レ! 頑張レ!」

「あいよ。じゃあ、町の中を歩いて他の隊員を探すか。ついでに地理も確認できるし」

 

 そして八幡は町へと歩き出す。そして二時間後、他の隊員を見つけ合流することができた。

 その二人なのだが―――八幡と縁がある二人だった。

 

「あぁっ! 八幡だぁ!!」

 

 こちらに無邪気に駆け寄る少女、鱗滝真菰と。

 

「……チッ、てめぇか」

 

 何故かこちらに舌打ちをする白い髪の少年だ。

 

 そして此処に、最終選別で生き残った三名の同期が揃った。

 比企谷八幡、鱗滝真菰、そして不死川 実弥。

 

 鬼殺隊の中でも有数の実力者として名を馳せることになる三名の、初の合同任務が始まる。




大正コソコソ噂話

比企谷八幡の鎹鴉である小雪ちゃん。
性格は好奇心旺盛で人懐っこく、そして末っ子である。

基本鎹鴉は任務の通達以外では隊士の傍にいないのだが、まだ幼い彼女は八幡に結構べったり。人と喋るのが大好きな小雪ちゃんです。

戦闘においては遠方からの索敵・偵察などで地味に役に立ちます。

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