藤の花の導き   作:ライライ3

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年末に間に合ったので投稿します。


第十二話 胡蝶姉妹との再会

『柱』

 それは鬼殺隊最強の称号を得た隊員のことである。

 基本的に、柱より下の階級の者たちは恐ろしい早さで殺されてゆくことが多い。従って、鬼殺隊を支えているのは柱たちと言っても過言ではない。

 因みに、柱命名の仕組みは、柱になった人の流派(呼吸)に合わせて呼ばれている。

 

 そして一か月前、新たな柱が就任した。

 

 ―――花の呼吸の使い手『花柱 胡蝶カナエ』である。

 

「……多分この辺りだと思うんだが」

 

 手に持った文をちらりと見て、記された場所を確認する。

 周りを見渡して現在位置を確認しつつ、再び歩き出す。

 

「あそこかな? 随分と大きいな」

 

 暫く道を歩いていると大きな建物が見えてきた。塀に近付いて中の様子を見る。

 そこには大きな建屋に広い庭。そして隣には建造中の建物が幾つか並んでいる。文に書かれた特徴と一致していた。

 

「……うん、間違いないな。よし、玄関の方に回るか」

 

 塀に沿って玄関の方へと回っていく。

 そして入口の方へと近付いていくと、二人の人物が門前に待ち構えていた。

 

 それが誰かは一目見れば分かった。ゆっくりと二人へ近づいていく。

 そして近距離まで近付くと―――その内の一人がこちらに飛び込んできた。

 

「ハチくーん!」

「ちょっ!? か、カナエ!?」

 

 飛び込んできたのは胡蝶カナエであった。急な出来事に驚きつつ、八幡は彼女の身体を受け止める。

 八幡の胸に飛び込んだカナエは、目の前の彼を抱きしめたまま顔を上げる。

 

 そして八幡と目が合うと、満面の笑みを浮かべた。

 

「―――ハチくん。おかえりなさい」

「た、ただいま」

 

 何とか挨拶を交わす。だが心中はそれどころではなかった。

 

 ―――ち、ちかいちかい! 近すぎる! いい香りだ。この匂いは花の香り? このままずっと嗅いでいたいような、って変態じゃねぇか、俺ぇ!! それに最後に会った時よりも成長してるせいか、む、む、む、胸の感触がぁぁぁ!? 

 

 最後に共にいたのは二年以上前のことだ。その時でさえ魅力的だった少女は、更に魅力的になっていた。

 身長は大きく伸びて八幡とそれほど変わらない。そして少女のあどけなさを残した風貌は消え去り、女性らしい美しさと可愛さが共同している。そして同時にその胸囲も大きく成長し、今まさに八幡を困惑させていた。

 

 ―――少女は女へと変貌を遂げていた。

 

「か、かなえ。あ、あのな」

「うん。なぁに、ハチくん?」

 

 カナエは久方ぶりの八幡を堪能する。返事はするものの抱き着いたまま離す気はなさそうだ。

 その事を嬉しく思うが、このままでは話が出来ない。断腸の思いをもってカナエに言う。

 

「あ、あのな。す、少し離してもらえると、その、た、助かる」

「―――あ! ご、ごめんなさい。私ったら、つい嬉しくなっちゃって」

 

 自身の状態に気付いたのだろう。頬を赤く染め、カナエが八幡から離れる。だが大きく離れはしない。両者の距離は以前近いままだ。

 

 八幡はコホンと咳ばらいをし、気持ちを引き締めて口を開く。

 

「花柱 胡蝶カナエ様。階級 己、比企谷八幡。お呼びにより参上しました」

「はい。よく来てくれました」

「火急の用件とお伺いしましたが、どのようなご用件でしょうか?」

 

 八幡の疑問にカナエは答える。隣にいるしのぶにちらりと視線を送りながら。

 

「では、こちらの要求を伝えます。比企谷八幡、あなたにはこちらの胡蝶しのぶと共に、私の継子となってもらいます」

「継子、ですか?」

「はい。以後、この屋敷で私たちと共に生活をしてもらいます。継子に関してはご存じですか?」

「ええ、ある程度は」

 

 継子。

 それは柱が育てる鬼殺隊士のことである。基本的には才能があり優秀な者が選ばれる。

 選出方法は柱自身が声をかけるか、もしくは隊士が柱に申請をして柱がそれを承認するか。そのどちらかである。

 

 因みに継子の仕事は柱の補佐である。柱になると屋敷が用意されるので、一緒に住み込み生活の手助けをする。掃除、洗濯、食事。多忙な柱に代わり、それらを準備するのも継子の仕事である。

 

 カナエに返事する答えは決まっている。そもそも相手が柱であり、上司なのだから断るという選択肢はないのだが―――少しだけ遊んでみたくなった。

 

「なら結構です。そちらからは何か質問はありますか?」

「はい。継子の件ですが―――断ることは出来ますか?」

「―――え?」

 

 カナエの動きが止まる。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。

 

「いえ、不満があるという訳ではありません。ただ、お二方は女性です。それが男性の私と共に生活をするなど、あらぬ噂を立てられる可能性があります。是非、ご再考いただけないかと」

「そ、そんなことを気にする必要はありません。優秀な隊員を育てるのが柱の仕事。性別の違いなど些細なことです」

「些細なこと、ですか?」

「ええ、些細なことです。他ならぬあなただからこそ、私は継子にしたいと思いました。受けてもらえませんか?」

 

 カナエは真っすぐな瞳で八幡を見る。見方を変えれば口説き文句とも思えるその言い方に、八幡は自身の頬が熱くなるのを感じた。

 

「―――分かりました。継子の件お受けします。以後よろしくお願いします」

「はい、任されました―――よろしくね、ハチくん」

「ああ。よろしく頼む、カナエ」

 

 唐突に始まった茶番は此処で終わりとなった。シリアスモードを解除し、カナエと八幡はお互いにクスリと笑う。

 

「もう、ハチくんったら。断られたと思ってびっくりしちゃったわ、私」

「あーすまん。だが確認はしておかないとな。俺はいいんだが、そちらは本当にいいのか? 実際の話、噂になってもおかしくないぞ?」

「大丈夫よ。柱と継子の性別が違うというのはよくあることだし。それに噂になっても私は気にしないわ」

「そう、か? それならいいんだが」

 

 本人が気にしないというなら問題はないと思っておこう。八幡としても二人と一緒なのは嬉しいからだ。

 

「二人とも。話は終わったかしら?」

 

 と、そこに別の人物から声が掛かる。この場にいる人物は後一人しかいない。

 胡蝶カナエの妹、胡蝶しのぶだ。

 

「ああ。待たせてしまって悪かったな、しのぶ」

「本当にね。あんな茶番を繰り広げるなんてびっくりしたわ」

「そう言うな。建前というのはそれなりに重要だ。特にカナエは柱だからな。立場というものがある」

「それは分かるけど……私たちと一緒に住むのが嫌だと思ったわ」

 

 拗ねたようにしのぶがそっぽを向く。

 

「嫌なわけないだろう。むしろこっちが聞かなきゃいけないくらいだ。しのぶは俺と一緒に住んでも大丈夫なのか?」

「何言ってんのよ。昔一緒に住んでたんだから今更じゃない。むしろ避けられる方が嫌よ、私は」

「そうか……なら、これからよろしく頼む、しのぶ」

「ええ、分かったわ………に、兄さん」

 

 しのぶの言葉に八幡は衝撃を受け、その動きが止まる。そして動揺しながらしのぶに話しかけた。

 

「ど、どうしたんだ。しのぶ?」

「な、何よ……そんなに嫌だった?」

「そ、そうじゃないが……そんな呼び方してなかっただろ。以前は」

「それはそうなんだけど……」

 

 以前は八幡と呼び捨てだったのだ。それが兄さん呼びに変化したとなれば驚くのは当然だ。

 困ったように押し黙るしのぶ。それに助け船を出したのは姉のカナエであった。

 

「ハチくんが嫌じゃないなら許してもらえないかしら。ハチくんの方が年上で、鬼殺隊の先輩だから呼び捨てはよくないって、本人が悩んじゃって。それで相談に乗った私がそう呼ぶように勧めたの」

「そ、そうか。分かった。お前が嫌じゃないならそれでいいぞ」

「あ、ありがとう……兄さん」

 

 嬉しそうにしのぶが笑った。それを見た八幡は何かの衝動に駆られる。

 そして衝動の赴くまま―――しのぶに抱き着いた。

 

「し、しのぶー!」

「ちょ、何するのよ! 兄さん!?」

「しのぶは可愛いな~! ああ、今日からお前は俺の妹だ。世間が認めなくても俺は認めるぞ!」

「あぁぁ、うぅぅ~た、助けてよ姉さ~ん!」

 

 八幡に抱き着かれしのぶは困惑する。嬉しさ半分、羞恥さ半分といった所だ。嫌な気持ちではないが、力強く抱きしめられ思わず姉に助けを求める。

 

「あらあら。仲がいいわね二人とも……えいっ!」

 

 抱き合う二人を目にしたカナエは、自身も二人に抱き着いた。

 

「ちょ!? 姉さんまでどうして抱き着くのよ!!」

「だって、二人ばっかりずるいじゃない。姉さんも仲間にいれて」

「そういう問題じゃないわ! いいから離れてよ、二人とも!」

 

 二人に抱き着かれ恥ずかしさが限界を超えるしのぶ。しかし二人は離れない。むしろさらに力を込めた。

 

「しのぶが可愛いからな。抱き着くのはしょうがない」

「ええ、しのぶは可愛いもの。しょうがないわ」

「―――もうっ! いい加減にして~~!!」

 

 しのぶの絶叫が辺りに響く。そんなしのぶを見て笑う八幡とカナエ。

 比企谷八幡と胡蝶姉妹。離れていた家族の再会は、そんな感じで過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけで、この屋敷で負傷者の受け入れをしようと思っているの。藤の花の家でもお医者様を呼んで治療は受けられるけど、一般のお医者様では対処できないことも多いわ。特に鬼の毒や血鬼術に掛かった場合は猶更ね」

「なるほど。しかし誰が診るんだ? そこまで専門的な話となると、生半可な人物じゃ無理だろう」

「その辺は大丈夫よ。しのぶが診てくれるわ。しのぶは凄いのよ。昔から薬学に精通してて、両親にも習っていたんだから」

「そうなのか、しのぶ?」

 

 八幡の問いにしのぶは頷く。勉強が出来るのは知っていたが、そこまで凄いとは知らなかった。

 今後この屋敷では、傷付いた隊員の受け所として機能する予定だそうだ。

 

「ええ、任せて。ただ、私も勉強中だから対処できないこともあるかもしれないけど」

「その辺りは私が手助けするわ。しのぶほどじゃないけれど、簡単な治療なら私でも出来るし。それに、しのぶが分からないことは他の柱の方々に質問することだって出来る。もしかしたら対処法を知っているかもしれないわ」

「なるほど。俺も力を貸すぞ、しのぶ。知識面ではあれだが、力仕事なら役に立てそうだ」

「うん。ありがとう、二人とも」

 

 しのぶは二人に礼を言う。そして他の意見も話し始めた。

 

「治療だけじゃなく他にもすることがあるわ」

「何をするんだ?」

「寝たきりの人がいきなり任務に行くのは危険でしょ。だから、身体の機能を回復させるための訓練を取り入れようとおもうの」

「ほう。どんな訓練なんだ?」

「その辺はまだ具体的に決まってないけど、そうね……主に、凝り固まった身体の柔軟をほぐしたり、身体の反射神経を研ぎ澄ませる。そんな感じかしら」

 

 しのぶの提案に八幡は感心する。

 

「うん、いいんじゃないか。それなら俺にも手伝えそうだ……本当にしのぶは凄いな。なあカナエ」

「ええ、しのぶは本当に凄いんだから。私の自慢の妹よ」

「こらこら。私のじゃなく、私たちの、だろ?」

「あらあら、そうだったわね。しのぶは私たちの自慢の妹よ」

 

 二人でしのぶを褒めたたえる。褒められたしのぶは再び頬を赤く染める。

 

「そ、そんなに褒められることじゃないわ。私はいいと思った考えを述べただけよ」

「いや、そんなに具体的に意見を言うのは中々出来ることじゃない。それに訓練の内容もその方向性でいいと思う。どんな内容にするかは今後詰めていけばいいしな」

 

 八幡の意見にカナエは頷く。

 

「そうね。建物はまだ母屋の部分しか完成していないから、他の場所は完成するまで待つことになるわ。実際に治療院として始動するのはまだ大分先ね。その間に不足しそうなものを揃えていけばいいと思うわ」

「ふむ、となるとまだ時間に余裕があるな。注文しなければいけないものを紙に纏めておこう。そうすれば忘れる心配はないからな」

「ええ、そうね。ゆっくりいきましょう」

 

 とりあえず話は纏まった。するとカナエが両手をパンと叩き二人に提案する。

 

「じゃあ二人とも。食事にしましょうか。今日の夕餉は折角だから外食にしましょう」

「ほう、いいな。何を食べに行く?」

「うーん、そうね。鰻なんていいんじゃないかしら。しのぶはどう思う?」

「いいと思うわ。偶には贅沢してもバチは当たらないし」

「うふふ、そうね。じゃあ出かけましょう二人とも」

 

 そうして三人は出かけることになった。三人で並びながらゆっくりと歩きながら。

 そして鰻屋に到着した三人は、美味しい鰻に舌鼓を打ち、楽しい時間を過ごすことができた。

 

 これは余談だが、偶々鰻屋にいた他の鬼滅隊員が八幡たち三人を偶然目撃した。

 三人の仲のいい様子を見た隊員は、後日他の隊員にその光景を話すことになる。

 

 その話を聞いた他の隊員は詳しく話せと目撃した隊員を問い詰め―――結果、花柱 胡蝶カナエに男の影ありとの結論に至る。

 そんな話が鬼滅隊員の間で噂されることになるのだが―――それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、勘弁してくれカナエ」

「どうしてハチくん。前まで一緒だったじゃない?」

「た、確かにそうなんだが。今と昔では色々と違うだろう」

「色々? 何が違うの、ハチくん?」

「そ、それは……」

 

 カナエの質問に答えられず言葉を濁す。男の立場としてははっきりと言いにくいことだ。

 何故なら―――

 

「その、不味いだろう? この歳で一緒に男と女が一緒に寝るというのは」

「布団は別々なのだから問題ないわ。前は一緒に寝てたじゃない」

「それはそうなんだが……」

 

 いつになく粘るカナエ。だが八幡とてそう簡単に譲るわけにはいかない。

 以前ならまだしも、現在だと色んな意味で不味い。胡蝶カナエの魅力に理性が負けてしまう可能性が出てくる。

 

「―――私はハチくんと一緒に寝たいな。駄目? ハチくん?」

「ぐ、そ、それは」

 

 理性が瞬く間に削り取られる。一瞬、それでいいんじゃないかと考えがよぎるが、何とか踏ん張る。

 そんな八幡の心の葛藤を見かねて胡蝶しのぶで口を挟む。

 

「はぁ、私も一緒に寝るわ。それでいいかしら、姉さん?」

「ええ、もちろんよ。三人で一緒に寝ましょう」

 

 しのぶの提案に喜ぶカナエ。溜息を付く八幡に、しのぶが小声で話しかける。

 

「兄さん。姉さんも甘えたいのよ。一緒に寝てあげて。三人なら大丈夫でしょ」

「……いや、それでもダメだろう。常識的に考えて」

「ごめんね。姉さんも柱として色々重圧があるみたいなの。でも、姉さんが甘えるのなんて兄さんしかいないから」

「しのぶにも甘えてるんじゃないのか?」

「……私は妹だから。姉さんが本当の意味で甘えられるのは兄さんだけよ。お願い」

「……………分かった」

「ありがとう、兄さん」

 

 葛藤の末に肯定の返事を返した。否、そう答えることしか出来なかった。

 三人なら大丈夫。しのぶがいるのだから余計なことは考える必要はない。そう自分に言い聞かせながら。

 

 そして寝る時間がやって来る。だがその前に試練が待っていた。それは風呂に入った後のことだ。風呂上がりのカナエの寝間着姿を見た途端、八幡の決意は挫けそうになった。彼女の色気が半端なかったのだ。何とか耐えた八幡は己を褒めた。

 

 そして三人で川の字で布団に入り―――すぐに眠ることはなかった。

 最後の別れから今日まで約二年半。話す話題は幾らでもあった。修行の事、育手の事、任務の事、他にも様々だ。しのぶはまだ鬼殺隊員ではないが、任務の内容は興味津々でよく質問をしてきた。

 

 離れ離れの時間を埋めるかのように、三人は色んなことを話しあった。

 

 ―――そしてそれは夜中遅くまで続いたのだった。

 

 

 そして翌日。

 胡蝶カナエが比企谷八幡に抱き着いて眠っていた。嬉しそうに、幸せそうに、しっかりと抱き着いて眠っていた。そんな彼女を発見した妹は―――笑ってそれを見逃した。

 

 八幡が起きたときに驚愕の声を上げたのは言うまでもない。




何とか年末に間に合いました。多分、今年最後の更新ですね。
間に合えば明日も更新するかもしれませんが、あまり期待はしないで下さい。

それでは皆さん、よいお年を。

大正コソコソ噂話

実は結構甘えんぼのカナエさん。妹のしのぶには姉の威厳もあって甘えられませんが、八幡に対してはかなり甘えるようになってしまいました。甘えるお姉さんキャラ。有りだと思いませんか?

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