藤の花の導き   作:ライライ3

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何か早く出来たので投稿します。


第十五話 蝶屋敷での出来事

 胡蝶しのぶが最終選別を突破し鬼殺隊員となった。

 その後、胡蝶しのぶも任務に当たることになったのだが―――彼女が単独で任務に当たることはなかった。

 

 理由は三つある。

 まず一つは、彼女が単独で鬼の頸が斬れないということだ。新入隊員は合格した時点で、その者が単独で任務を請け負うことが出来るか、上層部が判断を下す。折角の新入隊員を無駄死にさせないという上層部の心意気だ。

 もし、本人が任務に耐えられないと判断した場合、複数人数で任務を請け負わせたり、隠などのサポート部隊に配属されることもある。

 

 二つ目は彼女が継子という点だ。継子は柱が育てる鬼殺隊員。よって柱の任務に同行することで、その実力を伸ばしていくのだ。

 

 そして最後の三つ目だが、これを少々特殊な事情になる。

 蝶屋敷が完成し、本格的に治療院として活動を開始したのだ。鬼殺隊員に怪我は付きもの。活動直後は隊員全体に蝶屋敷が認知されておらず、怪我人が訪れることも少なかった。だが、時間が経つにつれ蝶屋敷を訪れる隊員が徐々に増えていった。

 

 以上三つが原因により、胡蝶しのぶが単独任務を請け負うことはなかった。

 そして彼女の医療の技術の高さが認められ、蝶屋敷で腕を振るう機会が増えていった。だが、本人はそれを悪いこととは思わなかった。

 

 胡蝶しのぶは毒の研究をしている。よって蝶屋敷にいれば研究に時間を割ける為、本人にとってはむしろ大歓迎だったのだ。そして研究の成果は、同居している他二人の任務に同行した時に確認していく。それが胡蝶しのぶの日常になりつつあった。

 

 そんな日が数ヶ月続いたある日。とある人物が蝶屋敷を訪れてきた。

 

「ごめんくださ~い」

「は~い」

 

 玄関の方から誰かの声が聞こえる。その声に反応し胡蝶カナエが玄関へと向かう。すると玄関には一人の少女が立っていた。少女はカナエの姿を見て驚く。カナエの容姿に聞き覚えがあったからだ。

 

「もしかして花柱様ですか?」

「はい。花柱 胡蝶カナエです。どのようなご用件かしら?」

「え~と、私は鱗滝真菰といいます。あの、こちらに比企谷八幡がいると聞いてきたんですが、いらっしゃいますか?」

「あら、真菰ちゃんはハチくんの知り合い?」

「はい。その、同期です」

「あらあら! ハチくんの同期なのね。ちょっと待っててね」

 

 カナエは真菰の言葉を聞き屋敷の奥へと走っていく。そして三分後、八幡が玄関へとやって来た。

 

「何処かで聞いたことのある声だと思ったら、お前か真菰」

「八幡! やっほ~」

 

 真菰が八幡に手を振る。

 

「久しぶりだな。どうした急に? いや、蝶屋敷に来たってことは怪我……ではないな。見た感じ無傷だし」

「う~ん。当たらずも遠からずと言った所かな。私は八幡が此処にいるって噂があったから寄ってみたんだよ」

「俺の噂? 何だそりゃ? 噂になりそうなことなんてした覚えがないぞ」

「ふふ~ん。ま、噂と言っても色々あるんだけどね」

 

 そう言うと、真菰は並んで立つ八幡とカナエを見てニヤリと笑う。

 

「なるほどなるほど。少なくともあの噂は本当っぽいね」

「……どんな噂だよ。めっちゃ気になるんだが」

「気にしない気にしない。悪い噂じゃないから」

 

 とても気になるがどうやら話す気はないようだ。諦めて要件を聞く。

 

「はぁ、それでその噂とやらを確かめるためだけに此処に来たのか?」

「ううん。それはあくまでもついでだよ。ほら義勇。入って」

 

 真菰が外に向かって呼びかける。すると外から一人の男性が玄関へ入ってくる。

 

「こちらは私の兄弟子。冨岡義勇だよ」

「――――――」

 

 冨岡と呼ばれた男は軽く頭を下げる。しかし八幡とカナエはそれどころではなかった。

 

「って、おい! そいつ怪我だらけじゃないか!」

「大変! 早く治療しないと! 上がって! しのぶの所に連れて行かないと」

 

 義勇の身体は傷だらけであった。顔、首、腕。素肌が見える範囲全てに傷を負っていた。深手の箇所は包帯により自分で応急処置してあるようだが、そのまま放置されている箇所も多い。直ぐに治療が必要だ。

 

 しかし義勇は動かない。眉をひそめながらめんどくさそうにしている。真菰はそんな義勇を睨みつける。

 

「義勇。分かった? あなたには休息が必要なの。大人しく治療を受けなさい」

 

 しかし義勇はぷいっと真菰から視線を逸らす。

 

 ――――だが断る。この程度の怪我に治療は無用だ。それに自分で包帯を巻いたから特に問題はないし、休息など取らずとも任務に支障はでない。だから治療は「―――必要ない」

 

 冨岡は一言だけ話す。だがそれは真菰に一蹴される。

 

「―――駄目だよ。強引にでも連れていくから。もし断るとかいうんだったら―――お父さんに言いつけるよ?」

「―――っ!?」

 

 お父さん。その単語を聞いた途端、義勇の表情に変化が起きる。無表情からバツの悪そうな顔へとだ。と言っても、僅かな変化だけなので彼の表情を見分けられる人は少ないだろう。

 

 しかし八幡とカナエには見分けがついた。二人とも他者の表情を見分けるのは得意だからだ。

 

「話は付いたようね。しのぶは奥の部屋よ。ハチくん、お願いできるかしら」

「分かった。薬の準備を頼む、カナエ」

「―――分かったわ」

「行くぞ。真菰、冨岡」

「―――うん! じゃあ、おじゃまします」

 

 二人はすぐに動く。カナエが一足先に奥へと走っていく。八幡は怪我人を先導するために先頭を歩き、その後に真菰が冨岡の手を引っ張って後に続く。

 

 目的地の場所は直ぐだった。奥の部屋に入ると、しのぶが机に置かれた本を読んでいた。慌てた様子で部屋に入る八幡に彼女は気付く。

 

「―――どうしたの、兄さん?」

「怪我人だ。至急治療を頼む」

「いったい誰が……! はぁ、分かりました。任せてください」

 

 八幡の言葉を聞くと、彼女の視線は八幡の奥へと移る。すると怪我だらけの男性を一人発見し、すぐさま治療に取り掛かることにした。

 

 義勇を椅子へと座らせると、しのぶは彼を睨みつける。

 

「―――さて、今から治療を行いますが、その怪我について、じっくりと聞かせてもらいますよ」

「――――――っ!?」

 

 胡蝶しのぶから放たれるプレッシャーに、冨岡義勇は気圧された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたは馬鹿ですか、冨岡さん。こんなになるまで怪我を放置するなんて、いったい何を考えてるんですか?」

「そうだよ、義勇。私が見つけなかったら、このまま次の任務に向かうつもりだったんでしょ。分かるんだからね」

「―――そんなことは、ない」

 

 義勇は真菰の言葉を否定する。しかしその怪我では説得力に欠ける。明らかに応急処置しかしてないのだ。彼の言葉に説得力はない。

 

「そうなんですか、真菰さん? 信じられませんね、この人」

「まったくだよ! しのぶちゃん! もっと言ってあげて!」

「…………」

 

 分が悪いと思ったのか押し黙る義勇。しかし二人の少女がそれを許せない。

 

「聞いているんですか、冨岡さん?」

「聞いてるの、義勇?」

「………………」

 

 医者の卵として、妹弟子として、二人は冨岡にきつく当たる。それに耐えられなかったのか、同じ男である八幡に義勇は助けを求める。と言っても彼に視線を送るだけだ。しかし当の本人はカナエと話をしていてそれに気付いていない。

 

「あらあら。冨岡くんも大変ね」

「まあ、あれは庇いようがない。怪我を放置するなんて悪化させるだけだからな」

「そうね。しょうがないわよね」

 

 しのぶと真菰の説教はなおも続く。義勇が碌に話を聞いていないと分かると、徐々に口調が荒くなっていく。義勇の顔色も段々と悪くなっていった。

 

「しのぶ。とりあえず治療を終わらせろ。話はその後でいいだろう?」

「それは……そうね。確かに兄さんの言う通りだわ」

 

 治療の途中だったので、一先ず説教はそこで終わった。助かったとばかりに義勇が八幡を見る。

 

「義勇。治療が終わったらお説教の続きだからね」

「―――!?」

 

 いや、助かってはいないようだ。

 

「―――はい、しのぶ。頼まれた薬よ」

「ありがとう、姉さん」

 

 治療に使用する薬をカナエがしのぶに渡す。準備が終わるとしのぶは義勇に向き直る。

 カナエに持ってきたもらった物は怪我によく効く特別な薬だ。

 

「さて、冨岡さん。今から治療を始めます」

 

 ―――ああ。それはいいが、それより気になることがある。あの男とお前たち姉妹はどういう関係なんだ? お前たち三人の噂は鬼殺隊でもかなり広まっている。兄妹、親子、恋人、酷い噂だと二人とも嫁などという噂もあった。流石に二人が嫁でないのは見れば分かる。俺の見た感じだとあの二人が恋人の可能性が一番高いと思う。その辺はどうなんだ? やはり「―――恋人なのか?」

「はい? いきなり何を言い出すんですか、この人は?」

 

 いきなり訳の分からないことを言う義勇に、しのぶは混乱する。だが無理もない。治療を始めようと思ったら、男が恋人なのかと言い出したのだ。混乱する彼女を救ったのは、隣にいる真菰だった。

 

「―――ああ、しのぶちゃん。気にしないで。ウチの義勇は言葉足らずで、いきなり突拍子もない事を言い始めるから」

「はぁ、そうなんですか? ……真菰さんも大変ですね」

「慣れれば多少は分かるようになるんだけどね」

 

 真菰は義勇にそっと耳打ちする。

 

「こら、義勇、いきなり何を聞いているの」

「……噂が本当かどうか気になった」

「はぁ、そんな事だろうと思ったよ。いい? そういう事は気になっても聞いちゃいけないの。分かった?」

「……ああ、分かった」

「―――よろしい」

 

 真菰は義勇から離れる。その様子を見ていたしのぶは二人に言う。

 

「……何というか。お二人の様子を見ていて思ったんですが、見た目は真菰さんの方が年下なのに、実際は立場が逆に見えますね。冨岡さんの方が弟に見えます」

「戦闘では頼りになるんだよ、義勇は。実生活だとこんな感じだけど」

「……本当に大変ですね、真菰さん。冨岡さん、真菰さんに迷惑をかけては駄目よ」

 

 しのぶの言葉に義勇はムッとする。

 

「―――俺は迷惑など掛けていない」

「そうですか。なら大人しく治療を受けますね。間違ってもごねたり、逃げようなどとは思いませんよね?」

「………当たり前だ」

 

 しのぶの挑発に義勇はのってしまった。

 

「そうですか。では改めて治療を始めます。今から塗る薬は私の特別製ですからよく効きますよ。その代わり通常の薬より染みますけど―――覚悟してくださいね♪」

「――――――あぁ」

 

 胡蝶しのぶのいい笑顔を見て、冨岡義勇は鬼殺の任務以上の覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな、不死川」

「あァ、気にするな」

 

 義勇の治療をしのぶに任せて道場へと戻る。するとそこには、もう一人の同期 不死川実弥が座っていた。彼は義勇が来る少し前に蝶屋敷へと訪れていたのだ。

 

「で、誰が来てたんだァ?」

「あ~真菰とその兄弟子が来た。真菰はその兄弟子の付き添いだそうだ」

「鱗滝ィ? アイツが来やがったのか」

「ああ。暫くしたらこっちに来るかもな」

「まあ、どうでもいい。続きやるぜェ、比企谷ァ!」

 

 実弥は八幡へ続きを行うように促す。八幡は実弥と対面になるように座る。二人の間には机があり、互いに机を挟んで向き合う。そして机の上には幾つもの湯呑が置かれていた。

 

「―――いくぜェ」

「―――ああ」

 

 二人の腕が動く。片方が湯呑を取ろうとし、それを相手が阻止せんと片手で押さえる。その隙に反対の手が別の湯呑を狙おうとするも相手はそれを許さない。

 

 そんな攻防が幾度も繰り返される。ある時は一直線に、またある時はフェイントをかける。腕だけではなく視線も駆使して、相手を誘導するように攻撃を仕掛ける。しかし相手も手強い。そんな思惑を本能で見分け、隙あらば湯呑を奪わんと攻撃を仕掛けてくる。

 

 そして決着が付く。片方の腕が瞬時に加速する。そのスピードの速さは今までと段違いだった。スピードの落差により、相手の反応が一瞬遅れる。

 

 置かれた湯呑を見事に奪取。高々と湯呑を持ち上げ―――その中身を相手にぶちまけた。

 

「―――俺の勝ちだな」

「ちっくしょー! また俺の負けかよォ!」

 

 比企谷八幡の勝利だった。水をぶっかけられた実弥は敗北を悔しがる。八幡はそんな実弥に手拭いを渡す。

 

「ふぅ、危なかったな」

「よく言うぜェ。まだ余裕ありそうじゃねぇかァ」

「言うほど余裕はないぞ。お前の反応が段々と速くなってきてるからな」

「へっ! もう直ぐてめぇを負かせてやるよォ」

 

 八幡の言う通り、実弥の反応は段々と速くなってきている。その内負けてしまうだろう。

 

「で、どうだ? この訓練は。機能回復訓練として取り入れようと考えてるんだが」

「……そうだなァ。悪くはねぇと思う。だが比企谷ァ。テメェが相手だと病み上がりの隊士だと勝てねぇぞォ。その辺はどうすんだァ」

「その辺は適当に手を抜くさ。何も本気を出さなくてもいいからな。あくまでも反射神経を戻すのが目的だ」

「なるほどなァ。ならいいんじゃねぇかァ」

 

 実弥はその目的に同意する。今までの鬼殺隊には治療施設は合っても、このような訓練を行うことはなかったからだ。これで隊員の負傷が少しでも減ればいいと思う。

 

「不死川。今日は無理そうだが、今度しのぶの相手でもしてやってくれ」

「胡蝶妹だァ? 強いのか、アイツ?」

「この訓練ではかなり強いぞ。雷の呼吸を使わなかったら俺でも負け越す」

「へっ! 面白いじゃねぇかァ。いいぜ、今度相手してやらァ」

「ああ、頼む」

 

 思わぬ強敵に実弥は笑みをこぼす。但し、その笑みは微笑ましいものではなく、凶悪といっていいだろう。しのぶにとっては災難だろうが、強くなるためだ。我慢してもらおう。

 

「あぁ! 実弥に八幡。見つけたぁ!」

 

 二人の下に鱗滝真菰がやって来た。

 

「やっほー実弥。こんにちは!」

「―――おう」

 

 実弥と真菰が挨拶を交わす。

 

「真菰。冨岡の治療は終わったのか?」

「うん。一応ね。今はしのぶちゃんがお説教中だよ」

「あぁ? そいつ何かやりやがったのかァ?」

 

 実弥の疑問を八幡が答える。

 

「怪我を医者に見せず、適当に自分で治療。しかも軽い傷は放置でそのまま任務に行こうとしてたな。しのぶがカンカンだったぞ」

「そいつはおっかねぇなァ。胡蝶妹を怒らせると怖えぇからなァ」

「あれ? もしかして実弥も怒られたの?」

「こいつは常習犯だ。任務の度に自分で腕を傷つけてる」

「もう! まだそんなことしてるの!」

「……うるせェ」

 

 実弥がそっぽを向く。

 

「それで二人は何してたの? 何か変わったことしてるみたいだけど」

「この屋敷で取り入れようとしている訓練だ。不死川に感想を聞いていた」

「へ~面白そう。私もやっていい?」

「いいぞ。折角だからもう一つの方をやるか」

 

 八幡は立ち上がり、机を隅に片付ける。真菰は八幡へと近付く。

 

「で、どうすればいいの?」

「なに、簡単だ。俺が逃げるから真菰はそれを捕まえればいい」

「え、それって」

「そう。単なる鬼ごっこだ。身体の何処でもいいから触れればいい。範囲はこの道場内。俺が逃げるから真菰が鬼だな」

「うん、分かった。よーし捕まえるぞ~」

 

 張り切る真菰。そんな彼女に八幡は言う。

 

「真菰が相手なら手は抜けないな」

「へへーん。すぐに捕まえてあげるよ」

 

 真菰のスピードは速い。普通に逃げていたらすぐ捕まってしまうだろう。

 だが―――

 

「なら、こちらも本気でいくぞ」

 

 八幡の呼吸が変化する。それと同時に八幡の周囲に幾つもの雷の光が流れ始める。彼も本気だ。

 

「俺も全力でいく。捕まえてみせろ」

「―――上等! いくよ!」

 

 真菰は笑みを浮かべ八幡へと飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこんなで今日はもの凄く疲れた」

「ご苦労様、ハチくん。それで勝敗はどうだったの?」

「短期間なら俺が一番。だけど長時間なら真菰が一番だったな。不死川は終始安定した成績だった。やっぱり時間が長引くと駄目だな、俺は」

「なるほどね。雷の呼吸は直線的な動きが多いから、道場のように限定された空間だと少し不利じゃないかしら?」

「……その通りだ。結局は疲れが生じて、後半は二人に負けっぱなしだったな」

「ふふふ、まだまだ修行不足ね、ハチくん」

「―――そうだな」

 

 八幡とカナエは二人で買い出しに出かけていた。目的は食材の買い出しだ。

 

「それで冨岡だったか。彼の容体はどうだったんだ?」

「数日は屋敷で治療に専念。それがしのぶの診断よ。私も同じ意見ね」

 

 二人の見立てなら間違いないだろう。

 

「なるほど。夕餉は一緒に食べれそうか?」

「大丈夫よ。今日は真菰ちゃんも一緒だから大所帯ね―――因みに今日の夕餉は鮭大根になります」

「なぜ鮭大根なんだ? 別に嫌いじゃないが」

 

 普段あまり食べない献立に疑問が出る。苦笑しながらカナエが答える。

 

「真菰ちゃんから聞いたんだけどね。冨岡くんの大好物なんですって。それで折角だから作ってみようって、しのぶと話したの」

「優しいな、しのぶは」

「ええ、自慢の妹ですから」

 

 二人でクスリと笑いあう。

 

「さて、急がないとお店が閉まっちゃうわ。急ぎましょう」

「ああ、そうだな」

 

 八幡が速度を上げようとすると、カナエが自身の手を差し出した。彼女の望みを理解すると少しだけ躊躇う。

 だが覚悟を決めて、自身の手と繋げる。

 

「これで、いいか?」

「―――うん。行きましょう」

「―――ああ」

 

 カナエが満足そうに微笑むのを見て、自身の判断が間違ってなかったとほっとする。

 そして二人は歩き始めた。

 

 お互いに手を繋いで歩を進める。

 手を繋いで歩くことは今まで何度もあったけれど、今の時の気分は以前とは異なっている。

 少し前までは、手を繋ぐだけでこんなにも緊張することはなかった。相手の温もりが伝わると心臓が高鳴り、もっと強く手を繋ぎたくなる。

 

 ―――それは八幡とカナエ、両者共に感じていた。

 

 手を繋ぐだけで緊張する。繋いだ手を意識して頬が紅くなる。だけど離れたくない。そんな気持ちが、無意識に手を繋ぐ力を強くした。すると相手も同じだけ力を強くし、両者の手はさらにしっかりと繋がれた。

 

 急がなくてはいけない。だけど一緒にいたい。二人の気持ちは一緒だった。

 

 二人が蝶屋敷に帰宅したのは、予定よりかなり長い時間が経過した後になった。だがそんな二人を、胡蝶しのぶと鱗滝真菰は責めることはなく、生温かく出迎えたという。

 

 八幡とカナエが二人に謝り倒したのはいうまでもない。




義勇さんの圧縮言語が難しい。それらしくなっていればいいんですけど。

大正コソコソ噂話

比企谷八幡と胡蝶カナエ。二人が胡蝶カナエと一緒に買い出しに行くことは多く、買い物先の店員からは完全に若夫婦と見られています。しかし二人はそんな事情は知らないままです。
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