藤の花の導き   作:ライライ3

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とりあえず続けます。


第二話 胡蝶家との花見

 風が吹く―――

 その度に桜の花が舞い踊る。

 ゆっくりと歩きながら、桜の散るさまを眺めていく。

 

「…………綺麗だな」

 

 散る桜を見てそう思う。だがそれは八幡だけではないようだ。

 周囲には昼間にも関わらず大勢の人で賑わっている。少し離れた場所では、ゴザに座った人たちが酒を飲んだり、料理を食べながら八幡と同様に桜を楽しんでいる。

 

 花見を楽しむのは、現代も大正時代も変わりないようだ。

 

「―――ハチくん」

「胡蝶姉、か」

 

 己の名を呼ばれそちらへと振り向く。するとそこには、艶やかな着物を着た二人の少女がこちらに近付いてきた。

 一人はこの時代に来て初めて会った少女である胡蝶カナエ。

 

 そしてもう一人は―――

 

「……準備出来たみたい。行くわよ」

 

 若干ぶっきらぼうに話してくるのはカナエよりも小さな少女。

 彼女の名前は胡蝶しのぶ。胡蝶カナエの四歳年下の妹である。

 

 八幡がこの時代に来てから一週間が過ぎた本日。八幡は胡蝶家の一家総出で花見に来ているのだ。

 

「うふふ、空いてる場所が見つかったわ。行きましょ、ハチくん」

「ああ……って、その手は何だ?」

 

 目の前にカナエの手が差し出された。

 

「もちろん手を繋ぐためよ?」

「いや、そんな当たり前のように言われても……子供じゃないんだから一人で歩けるぞ」

「いいから、いいから。しのぶ、反対側をお願い」

「……ええ。分かったわ。姉さん」

 

 左手をカナエが握り、そして右手をしのぶが握る。柔らかく、温かな二人の手の感触が八幡に伝わる。

 

 ―――二人がここに存在している。それを確かに実感できた。

 

「……行きましょうか」

 

 二人に手を引かれ、八幡は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー。じゃあ、ハチくんの時代でも花見は行われてるんだ」

「まあ、な。桜の名所なんかは全国からだけじゃなく、海外からも花見に来る人が大勢来てる。色んな国から人種を問わずにな」

「それは凄いわ。皆仲良く出来るなんて素晴らしいことだと思うわ」

「……少し信じがたいわね」

 

 二人と手を繋ぎながら己の時代の花見について語る。

 その八幡の説明にカナエは素直に感動しているが、しのぶは若干疑わしそうにしている。

 

「あら、しのぶはハチくんの言うことは信じられない?」

「そうは言わないけど……今の時代からは想像できないわ」

「私は信じるわよ。だってその方が素敵じゃない」

「……姉さんは人を簡単に信用しすぎよ」

 

 カナエの言にしのぶは呆れる。

 異なる反応の二人だが、一般的にはしのぶの方が正しい反応だ。

 八幡がいた現代とは異なり今は大正時代。欧米によって白人以外の人種は植民地化されている時代なのだ。

 

 この時代の価値観に照らし合わせれば、八幡の言うことの方がおかしいのだ。

 

「……何でそんな簡単に信じるんだ?」

「え?」

「…………」

 

 八幡がポツリと呟くと二人が足を止める。二人と手を繋いだ八幡も必然的に一緒に足を止めた。

 

「俺が最初に説明した時もそうだ。未来から来たなんて普通は信じない。ましてや、こんな腐った目の男のことなんて信じる方が頭がおかしい。なのにどうして……」

 

 最後の方は言葉にならなかった。

 胡蝶カナエと初めて話したあの後。妹の胡蝶しのぶと二人の両親が部屋に来て、八幡の回復を祝ってくれた。

 

 そして何処から来たのか事情を聞かれた。混乱し、動揺している八幡は己の素性を素直に話してしまったのだ。話した直後に己の失策を自覚する。未来から来たなんて妄言を誰が信じるのだろうか、と。

 

 ―――だが胡蝶家の人たちはそれを信じ、八幡の保護をしてくれたのだ。

 

「―――ハチくん」

 

 胡蝶カナエが比企谷八幡を呼ぶ。そして少し怒った顔で見つめる。

 

「自分をそんなに卑下しちゃ駄目よ。私たちはハチくんの言うことを信じてるんだから」

「……どうしてだ?」

「分かるわよ。だって」

 

 カナエの空いている左手が八幡の頬に添えられる。

 

「―――こんなにも泣きそうな顔をしてるんだもの」

「っ!?」

「ずっと悲しい顔してる。怖くて、寂しくて、自分の居場所なんか何処にもない。そんな風に感じるわ」

「…………」

 

 否定できなかった。

 

「その人が本当のことを言ってるかどうかは、その人を見れば分かるわ。ハチくんは本当のことを言っている。私たちはハチくんの味方よ。ねぇ、しのぶ」

「まぁ、正直信じきれない所もあるけどね。でも、アンタが嘘を言っていないのは分かるわ……だから元気だしなさい」

「そう、か」

 

 二人の優しが心に染みる。ずっと不安だったのだ。訳の分からぬままこの時代へやってきた。見るもの全てが昔のもの。価値観を共有できる人は誰もいない。

 

 ―――そう思っていた。

 

 自身の心が落ち着いてきたのを自覚する。そこで自身の状態に気付く。

 胡蝶カナエが己の頬に手を当て、至近距離でこちらを見つめているのだ。まるで、男女の逢瀬のように。

 その事実に八幡の顔が真っ赤に染まる。

 

「わ、分かった。分かったから! は、離してくだしゃい。ち、ちかい。近いから!」

「どうしたの、ハチくん?」

 

 カナエは自身の状態を何とも思ってないようだ。しかし八幡に拒絶されたと思ったのか頬から手を放す。そして悲しそうな顔を八幡へと向ける。

 

「もしかして、ハチくんは私に触れられるのは嫌?」

「そ、そうじゃない。そうじゃないんだが。おい、胡蝶妹。何とか言ってくれ」

「……無駄よ。姉さんのコレは天然だから」

「まあ、酷いわ、しのぶ。私は天然なんかじゃないわ」

 

 頬を膨らませたカナエがしのぶに反論するも、「いや、天然だよ」と八幡としのぶの心は一致する。

 

「まあ、言っても無駄なのは分かってるけどね。それよりアンタ! 私の名前はしのぶよ。いい加減ちゃんと呼びなさいよね」

「そうね。私も胡蝶姉じゃなくてカナエってちゃんと呼んでほしいわ」

 

 二人は八幡に対し呼び方の変更を求める。しかし八幡は譲らない。

 

「いや、それはだな……! 胡蝶妹。お前だって俺のことアンタとかしか呼ばない「八幡」……」

「八幡。そう呼べばちゃんと呼ぶのよね?」

 

 ニヤリとしのぶが八幡に対して笑った。

 

「…………はぁ。分かったよ、カナエ、しのぶ。これでいいか?」

「そう。それでいいのよ」

「ええ、その方が私も嬉しいわ」

 

 そんなやり取りをしながら、三人は目的地へと足を運んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、おかえり三人とも。準備は出来てるよ」

「おかえりなさい。あら、随分仲良くなったのね。いいことだわ」

 

 胡蝶姉妹の両親が三人を出迎える。

 三人が手を繋いでいるのを見た胡蝶母は笑みを浮かべる。その指摘に恥ずかしくなったのか、しのぶは慌てて手を放す。

 

「そ、そんなんじゃないわ。八幡が迷子になりそうだから、仕方なく手を繋いだだけよ」

「あら、そうだったかしら? それにしては嬉しそうに手を繋いでいたと思うけど」

「あらあら、そうなのね。しのぶが男の子と仲良くなって母さん嬉しいわ。いつの間にか八幡くんのこと名前で呼んでるし」

「母さん! 姉さん!」

 

 母と姉の揶揄い、いや二人の天然攻撃に押された妹は思わず声を荒げる。

 

 取り残された八幡は、胡蝶父がこちらに手招きしているに気付く。その誘いに従い、草履を脱いでゴザの上に乗り、胡蝶父の隣へと座る。ゴザの上には、お酒やお茶などの飲み物。他には幾つもの重箱に入った料理の数々が並んでいた。

 

「失礼します」

「うん、いらっしゃい。桜は楽しめたかい」

「はい。とても綺麗で……俺の時代と一緒でした」

「そうかい。それはよかった」

 

 胡蝶父が笑みを浮かべる。優しい人柄がそのまま表現されたような温かな笑みだった。八幡から視線を外すと、胡蝶父は手のひらをパンパンと叩く。すると女性陣の注目が彼に集まる。

 

「さて皆。そろそろ頂こうか。僕はもう腹が空いちゃったよ」

 

 その言葉を切っ掛けに女性陣もゴザの上へと座り準備が始まった。大人の二人はお酒の入った器を、姉妹と八幡はお茶の入った器を手に持つ。

 

「さて、皆器を持ったね。では、乾杯」

『乾杯!』

 

 そして胡蝶父の音頭により胡蝶家の花見が始まった。

 

 

 その後は楽しい時間が過ぎていった。

 

 カナエがあーんと八幡に料理を食べさせようとすると、妹ははしたないと声を荒げる。その後、料理は強引に食べさせられた。

 また姉妹揃って水と酒を間違って飲んでしまい、酔った二人の処置は特に大変だった。甘え上戸と化した二人は、八幡に抱き着いてきたのだ。抱き着かれた八幡はおろおろと狼狽え、姉妹はそんな八幡を見て笑いながら、八幡の世話をする。そんな微笑ましい展開が繰り広げられた。

 

 そんな三人の姿を、両親は微笑ましく見守ったという。

 

 

 この時は平和だった。

 胡蝶家の人々との交流は八幡の心を癒していった。元の時代には帰れないかもしれない。そんな思いが脳裏をよぎったが、この優しい人たちと一緒なら悪くない。そう思えたのだから。

 

 あの日が来るまでは―――

 

 八幡は知らなかった。胡蝶家の面々も知らなかった。

 平和というのは当たり前にあるが―――突如として消え去ることを。

 

幸せが壊れるときには、いつも血の匂いがするということを。

 

 ―――この時はまだ誰も知らなかった。

 




大正コソコソ噂話

いきなり一緒に住むことになった男の存在に、しのぶは最初凄く警戒していました。しかし心根はとても優しい彼女。目を離せば消えそうな様子の八幡を見ているうちに、ツンケンしながらも世話を焼くようになっていた。若干、ツンデレの気がある胡蝶しのぶさんです。


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