藤の花の導き   作:ライライ3

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次号のジャンプが気になりすぎるので投稿します。


第五話 ひとときの別れ

「育手の下へは、それぞれ別々に行ってもらう」

「え…………」

 

 目の前の大男、悲鳴嶼行冥は感情を押し殺し淡々と告げた。

 その言葉に、胡蝶しのぶは戸惑いと怯えといった反応を見せるも、すぐに気丈さを取り戻す。

 

「姉さん、八幡――――」

「構いません」

「ああ」

 

 しのぶが二人問いかけると、胡蝶カナエと比企谷八幡は頷く。

 

「”最終選別”を生き残り、必ず再会して見せます」

 

 カナエは力強く断言し悲鳴嶼へと告げる。すると彼は瞑目したまま、隣の岩に片手を置く。

 

「試練は簡単。この岩を動かしなさい。この岩を動かすことが出来れば、私は君たちを認めよう」

 

 その条件に絶句するカナエ。隣のしのぶは悲鳴嶼へと噛みつく。

 

「バカじゃないの? そんなこと出来るわけないでしょう? 誰が出来るのよ? そんなこと!」

「私はこれを一町、押して歩くことができる」

「そりゃ、悲鳴嶼さんはいいわよ! 熊みたいに大きいんだから! でも、私たちは「―――しのぶ」何よ、八幡!」

 

 八幡はしのぶの台詞を途中で遮る。

 

「―――悲鳴嶼さん。一つ聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「その岩を三人で動かす。他に条件はありませんか?」

「……ない」

 

 八幡の問いに答えると、悲鳴嶼はしのぶへと顔を向ける。

 

「な、なによ」

「先程君は出来ないと言った。だが、出来なければ誰かが死ぬ。守るべき者が殺される。そんな状況で生温い言い訳は許されぬ」

 

 辛辣な言葉に押され、しのぶは気圧される。

 

「出来る出来ないではない。出来なくても、やらなければならない。力が及ばずとも、何を犠牲にしようとも、己のすべてを賭してやり遂げろ」

 

 悲鳴嶼の声に厳しさが孕む。

 

「鬼狩りになるというのは、人の命を背負うというのはそういうことだ―――それが出来ないのであれば、今度こそ家に帰れ」

 

 悲鳴嶼はそれ以上何も言わず、三人の傍から離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 八幡、カナエ、しのぶの三人が悲鳴嶼の住居に押しかけて三日が過ぎた。その三日間、三人の要求である鬼殺隊入隊への希望に、悲鳴嶼は決して首を縦にふることはなかった。

 だが四日目の朝、彼は突如として口を開き試練を出すと言ってきたのだ。

 

『大岩を動かせ』それが出来れば鬼殺隊員候補として育手を紹介すると。

 

「なによ! なによ! こんなの動かせるわけないじゃない!」

「しのぶ。落ち着いて」

「だって姉さん。こんな大岩、三人がかりでも動かせないわよ。端から合格させる気がないのと一緒じゃない!」

「…………」

 

 しのぶの指摘にカナエは沈黙する。

 

「……まあ、素直に合格できるとは思ってなかったがな」

「そうね。さすがにこれは……」

 

 八幡とカナエは岩に手を触れる。八幡の身体よりも大きな岩は、少人数ではとても動かせそうにない。

 

「とりあえずやってみるか? このままじっとしててもしょうがない」

「そうね。やってみましょう」

「分かったわ。やってやろうじゃない!」

 

 そして太陽が真上に近付いてきたころ、三人の前に悲鳴嶼が再びやって来た。彼は先程と違い己の武器―――日輪刀を持っていた。

 

 悲鳴嶼が岩の様子を確認するがやはり動いてはいない。当たり前だ。元々無茶な条件と理解しながら条件を出したのだから。

 悲鳴嶼は今から任務に行くと三人へ告げる。

 

「どうか、お気をつけて。必ず、無事にお戻りください」

 

 カナエは悲鳴嶼に静かに頭を下げる。

 

「…………もし此処で一夜を過ごすつもりなら、藤の花の香は必ず焚くように。いいな」

「―――はい。分かりました」

 

 カナエが悲鳴嶼に強張った声で返事をする。姉の横でしのぶはうらめしそうに悲鳴嶼を睨みつけている。

 

 そして八幡は―――

 

「―――お気をつけて」

「………………」

 

 八幡は悲鳴嶼に対して短く言葉を告げる。そして悲鳴嶼は無言でその場を立ち去ろうとする。背中に様々な視線を感じながら、悲鳴嶼は少し気になることがあった。

 

 ―――あの比企谷という少年。なにを考えている? 

 

 悲鳴嶼行冥は目が見えない。だがその代わりに、彼は視覚以外の感覚が非常に優れており、ある事実に気付いていた。

 

 大岩を動かすという条件。実際に大岩を目にした三人の反応は各々異なった。胡蝶カナエは戸惑いと困惑。胡蝶しのぶは怒りと絶望。二人の反応は予想通りといったところだ。

 だが比企谷八幡は違う。大岩を前にしても彼の感情の揺らぎは殆ど感じられなかったのだ。

 

 ―――そういえば彼はあの晩、鬼に一矢報いていたな。あの武器のない状況下で冷静に判断を下して。

 

 彼に強靭的な強さはない。しかし武器も何もない中、簪を目に突き刺し僅かながら時間を稼いだ。

 

 ―――彼だけは鬼殺隊に向いてるかもしれないな……否、例え向いていようが、進んで修羅の道へなど落ちるべきではない。

 

 よぎった考えを否定する。己に降りかかった不幸を忘れることは難しいだろう。復讐したい気持ちは十分にわかる。だが生き残った者には平和な日常を歩んでほしいのだ。

 

 三人が鬼殺の道を諦め、平和な日常へ帰ることを望みつつ、悲鳴嶼行冥は自らの任務へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう! 全然だめ! まったく動かない!」

「そうね。このままじゃどうしようもないわ……」

 

 胡蝶姉妹は座り込みながら悲観に暮れる。三人で大岩に挑戦するも、岩が動く様子は微塵もなかった。

 

「……悲鳴嶼さんは行ったな」

「ハチくん?」

 

 八幡が悲鳴嶼が去った方を見て、完全に見えなくなったのを確認する。

 そして言った。

 

「―――よし。今からこの岩を動かすぞ」

 

 胡蝶姉妹が驚いた表情を浮かべた。

 

「はぁ? なに言ってるのよ八幡。それが出来ないから困ってるんじゃない……」

「……何か考えがあるのね、ハチくん」

「え!? そ、そうなの!?」

 

 しのぶは拗ねた目をする。だがカナエの言葉を聞き目を丸くさせる。

 

「ああ。とりあえずは準備するものが二つある」

「二つ?」

「何かしら?」

 

 考える姉妹に八幡は告げた。

 

「――――長い棒と丸太だ」

 

 そして三時間後―――三人は岩を動かすことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、八幡。あれでよかったのかな?」

「うん? なにがだ?」

 

 三人で夕食を食べている最中、しのぶは八幡に話しかけた。

 

「あの岩のことよ。確かに動かせはしたけど……大丈夫かしら?」

「問題ない。悲鳴嶼さんが出した条件は岩を動かすこと。ただそれだけだ。道具を使っちゃいけないなんて一言も言ってないからな」

「それは、そうだけど……」

 

 それでもしのぶは納得してないようだ。

 

「ハチくん。貸して」

「……すまん、頼む」

 

 茶碗に盛られたご飯が空になった。するとカナエに茶碗を渡すように言われたので、手に持った茶碗を渡した。

 

「―――はい。どうぞ」

「……ありがとう」

「ううん、どういたしまして」

 

 カナエは嬉しそうに笑った。

 

「でもハチくん。悲鳴嶼さんが納得してくれるかしら? もし駄目だと言われたら……」

「……姉さん」

 

 だがカナエもしのぶと同じく不安に思っているようだ。そんな姉の様子を見て、しのぶも再度不安を募らせる。

 そんな二人を見て八幡は溜息を付き、手を動かした。

 

「はぁ、そんなに不安そうにするな」

 

 落ち込んだ様子のしのぶの頭に手をのせ、その髪を少し強めに搔き乱す。

 

「ちょっ、ちょっと! 何するのよ、八幡!」

「安心しろ。悲鳴嶼さんが何か言ってきても言いくるめばいいんだ。その辺は結構得意だぞ、俺は」

「……言いくるめっていうか。八幡のはただの屁理屈でしょうが」

「屁理屈も理屈の一種だ。それで押し通せばいい」

「…………もうっ! 髪が乱れちゃうじゃない」

 

 しのぶは声に呆れが混じる。だが少しは不安が解消されたようだ。

 その様子を見た八幡は、しのぶの頭から手を放す。

 

「あっ……」

「どうした?」

「な、なんでもないわ!」

 

 慌てるしのぶ。八幡が声をかけるも要領を得ない。そんな妹を見てカナエはくすりと笑った。

 

「―――ハチくん。しのぶはもっと頭を撫でてほしいのよ」

「そうなのか?」

「ち、違うわ! そんなんじゃないんだから! 姉さんも変なこと言わないで!」

「ふむ……」

 

 物は試しとばかりに、しのぶの黒髪に手を伸ばす。そして先程とは違い、髪をゆっくりと撫でまわす。

 

「………………」

「………………」

 

 姉と同じくサラサラの髪は非常にいい手触りだ。俯いて顔の表情は見えないが、八幡の手を大人しく受け入れている。拒絶されていないことから見るに、少なくとも嫌ではないのだろう。

 

「―――よかったわね、しのぶ」

「っ! よ、よくなんかないわ!」

 

 しのぶは声を荒げるも、説得力はなかった。

 

「これでいいのか?」

「うん―――もっと撫でてあげて」

「―――分かった」

「…………なによ、もう」

 

 カナエに言われるまま撫でるのを続ける。しのぶは拗ねながらも特に文句を言わなかった。

 そこで八幡はしのぶの顔を見る。嬉しそうな、悲しそうな、そして何かを思い出すような複雑な表情をしていた。

 

「―――父さん」

 

 しのぶが無意識に呟いた言葉を―――二人は聞こえないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう―――ハチくん」

「なんだ、急に?」

「しのぶのこと。ハチくんが居てくれて本当によかった」

 

 月明かりが僅かに室内を照らす真夜中の時間。並べられた布団に入ったカナエと八幡。二人は未だ眠らぬ時を過ごしている。

 それは二人の間で寝ている少女が原因であった。

 

「すぅ、すぅ……父さん……母さん」

 

 二人の間で胡蝶しのぶが寝言を呟く。彼女は今、八幡の胸にしがみついていた。

 

 そうなったのには理由がある。起きている間は問題ないのだが、彼女はひとたび眠ると悪夢に苛まれる。毎夜眠るたびにあの夜の記憶を思い出しているのだ。

 

 ―――父さんっ! 母さんっ! いやぁぁぁぁぁ!! 

 

 しのぶが飛び起き大きな声で泣き叫ぶ。その度にカナエは必死に抱きしめ、妹を宥める。それがあの晩以降に繰り返された出来事だ。

 

 だが今日は少しだけ違った。八幡がカナエに変わってしのぶを宥めると、不思議と彼女は大人しくなった。そして今は、八幡の胸に抱き着き眠りについている。

 

 眠ったしのぶを左右に挟んで、八幡とカナエは会話を続ける。

 

「何でこうなったのやら……」

「ハチくんのこと。お父さんだと思ったんじゃないかしら?」

「……俺、そんな年じゃないんだが」

「うふふ、冗談よ。でも、頼れるお兄さんとは思ってるわよ、きっと」

「そうなのかね?」

 

 カナエの発言を聞き、少し考える。

 毎朝大量の課題を笑顔で渡され、その量に顔が引き攣った。必死に問題を終わらせ、夕方に帰宅した彼女に問題の答えを渡す。だが答えが一問でも間違っていると、とてもいい笑顔で楽しそうにこちらを追い詰めてくるのだ。

 

 ―――絶対頼れるお兄さんに対する態度じゃねぇ。アレは将来絶対ドSになる。俺には見えるぞ。将来の旦那を尻に敷いている姿が。

 

「……うん、違うな。俺に対する態度がアレだぞ。しのぶの将来の旦那は大変だぞ、カナエ」

「えーと、ハチくんが何を想像したかは分からないけど、ハチくんと一緒にいるときのしのぶは本当に楽しそうよ」

「それはあれか。俺という存在はその辺にある玩具と一緒だという意味か?」

 

 八幡の言葉に、カナエは首を横に振って苦笑する。

 

「違うわよ……しのぶはね。お父さん以外の男の人が苦手みたいなの。だけど、ハチくんと話しているしのぶはとても生き生きしてるわ」

「そうなのか? とても想像がつかん」

「うん、間違いないわ。お父さん以外の男の人に懐くしのぶは初めて見るもの。ハチくんがあやすのが上手なのもあると思うけど」

 

 カナエは八幡の胸で眠るしのぶを、とても愛おしそうに見つめる。

 

「あーそれはあれだな。俺にも妹がいるからだな」

「妹さん? ……ああ、小町ちゃんだっけ?」

 

 以前に聞いた、八幡の妹の名前を思い出す。

 

「ああ、そうだ。世界一可愛い妹だ」

「あら、それは凄いわね。でも、しのぶだって負けてないと思うわよ」

 

 お互いに妹を想い笑顔を浮かべた。

 八幡は胸にしがみ付くしのぶを見てみる。普段のツンケンした態度は鳴りを潜め、素直に甘えてくるその姿には、何かこみ上げてくるものがあった。

 

「……確かに可愛らしいな」

「でしょ♪」

 

 結論、妹は皆可愛らしいということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日―――

 

「梃子か……」

「ええ、そうよ!」

 

 帰宅した悲鳴嶼が岩が動いているのを確認した。岩の下に棒を差し込み、丸太を差し入れて動かす。俗にいう、梃子の原理だ。

 

 悲鳴嶼の呟きをしのぶは力強く肯定した。誰がこれを考えたのか。心当たりがある悲鳴嶼は八幡へと顔を向ける。

 

「これは……君が考えたのか?」

「思いついたのは俺です。でも、時間を掛ければ二人も思いつきましたよ。俺より頭がいいですから」

「そうか……」

 

 二人と違うのは、あの時は八幡の方が冷静だったから。その違いだけだ。

 

「悲鳴嶼さん。これでいいわよね? あなたの出した条件は岩を動かすということだけ。道具を使っちゃ駄目なんて一言も言ってないわ!」

「悲鳴嶼さん。どうでしょうか?」

 

 胡蝶しのぶと胡蝶カナエは見る。真っすぐに、力強く、断られることなんて微塵も考えてない瞳で。

 

「―――ああ、その通りだ」

 

 悲鳴嶼は頬を緩ませる。

 

「私は君たちを認める。カナエ、しのぶ、八幡―――よくぞ、やり遂げた」

 

 その言葉に喜びの声が上がった。初めて名前を呼ばれたしのぶはくすぐったそうに、カナエは穏やかに微笑み、そして八幡はそっと胸をなでおろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――

 

「じゃあ、ここからは三人とも別々の道だな」

「ええ、そうね」

「……うん」

 

 翌朝、三人は十字路の真ん中に佇んでいた。

 此処からは三人が別々の道を行き、それぞれの育手の場所へ向かうのだ。

 

「とりあえず無茶はするなよ、二人とも。いいな」

「それはハチくんにも言えることだよ」

「何を言う。俺は無茶なんかしない。むしろ積極的に逃げるまである」

「……何でそんなに自慢げなのよ、アンタは」

 

 その発言に脱力するしのぶ。だが彼女は知っている。言葉とは裏腹に彼がいざという時に無茶をするということを。だからこそ、カナエも八幡に注意しているのだろう。

 

「今度会えるのは鬼殺隊員になってからかな……結構かかりそうだね」

「悲鳴嶼さん曰く、修業期間は長ければ数年。そしてその後に最終選別があるが、合格率はかなり低いらしい」

「でも、やるしかないわ」

 

 決意を新たにするしのぶ。

 そんな妹を見てカナエはしのぶと八幡、二人を一緒に抱きしめた。

 

「カナエ?」

「姉さん?」

 

 いきなりの行動に二人は戸惑う。

 

「―――生きて、生きてまた会おうね、二人とも。死んじゃいやだよ」

 

 カナエの声は震えていた。それが分かった二人は元気づけるように答える。

 

「―――当たり前よ。絶対に鬼殺隊員になるんだから」

「―――ああ。絶対に死なない。約束する」

 

 二人はカナエへと誓った。その言葉を聞き、カナエは抱きしめる力をさらに強めた。

 そして暫く抱きしめた後、カナエは二人を離す。

 

「―――ありがとう。じゃあ、行くね」

「―――ああ」

「―――ええ」

 

 そうして三人は別れて進む。目的を果たすために、再会への道を果たすために。

 

 ―――それぞれの道を進んでいった。

 




大正コソコソ噂話

八幡に胸に抱き着いたしのぶ。夜明けに目が覚めた彼女の最初の行動は、真っ赤になりながら悲鳴を上げ、目の前の男の頬にビンタをくらわすことだった。
その様子を、カナエさんはあらあらと微笑ましそうに見守っていました。

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