藤の花の導き   作:ライライ3

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何とか書けているので投稿します。


第六話 育手と二年間の成果

 比企谷八幡は森を駆ける。

 無造作に生えている草木を掻き分け、足音を出さずに走り抜ける。

 そして巨大な木の裏に回り、しゃがんで身を潜め隠れた。

 

「―――さて、どうしたものか?」

 

 ぽつりと呟く。

 今のところ近辺に気配は感じられない。だがそれも当てにならない。なにしろ相手は格上だ。こちらの場所などすぐに見抜いてしまうだろう。

 

 呼吸を整える。全集中の呼吸は、どの様な状況でも正しい呼吸してこそ効力を発揮する。戦闘中のダメージは勿論のこと、集中力の欠如や焦りなど、自らの状態が変化すればそれだけ効力が失われしまうのだ。

 

「あの師匠。容赦ねえからなぁ」

 

 思わず愚痴る。今の育手。比企谷八幡にとって、三人目の師匠のことを考える。一人目の師匠は厳しくも優しい女性だった。二人目の師匠は寡黙で厳しい男性だった。そして三人目は―――ひたすら超絶に厳しい女性だった。

 

 ―――やだ。考えてみれば全員厳しいじゃねぇか。

 

 今更の事実に驚愕する。だが鬼と戦うのなら厳しいのは当たり前だ。敗北=死がこの世界の基本なのだから。しかしそれでも今の師匠のシゴキは度が過ぎていると心の底から思う。

 

 ―――黙ってれば美人なんだけどなーあの人。言動が残念というか、行動も残念というか、だから嫁の貰い手が「―――見つけたぞ、比企谷」

「っ!?」

 

 ―――全集中 風の呼吸

 

 余計なことを考えていたら見つかった。

 声が聞こえると同時に風の呼吸を発動。型の使用ではなく、聴覚を強化して相手の位置を探る。

 

 ―――視覚では追いきれない。いったい何処からっ! 上か!! 

 

 僅かな風の揺らぎを直上から感じた。

 

 ―――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 六連

 ―――雷の呼吸 神速

 

 雷が落ちる音と共に、周囲の木を足場を蹴り文字通り加速した人物が直上から襲い掛かってきた。しかし瞬時に発動した神速により辛うじて回避。文字通り紙一重で回避できた。技を繰り出した本人は地面に着地し、土煙が辺りに吹き荒れる。

 

 足が重い。神速の発動はかなり負担が大きいのだ。しかしあれでなければ回避出来なかった。

 

「―――よく躱したな」

 

 土煙の中心から出てきた師匠がこちらに語り掛けてきた。その言葉には僅かながらの感嘆が込められていたが、素直に喜ぶことはできない。

 

「今のを躱せるなら、もう少し早くしてもいいな」

「それは勘弁してください、師匠」

 

 師匠の提案を瞬時に断る。相手の技は全力ではないのに、こちらは神速で躱すのがギリギリだったのだ。これ以上のスピードなど絶対に対応できない。

 

「しかし比企谷。先程の奇襲を見事に回避したではないか。ならきっと大丈夫だ。私が保証する」

「いや、そんな保証いりませんから。さっきのはマグレです、マグレ」

「ふむ、そうか?」

 

 必死に説得する。これ以上は拙いと己の勘が警鐘を鳴らしているのだ。この一年間、己の身体で体得したその勘は決して外れない。

 

 ―――興が乗るとこの人は絶対に本気を出す。この一年でどれだけボコられてきたか。

 

 冷汗を流し、この一年の記憶を思い出そうとして―――瞬時にその記憶に蓋をした。

 

 ―――技は身体で体得するものだと初日から全部の型でボコられたし、便利だからと覚えろと全集中・常中の体得の時は毎晩鳩尾に拳の一撃をくらった。あれで何回骨折したことか。それに雷の呼吸で一日中鬼ごっことか意味が分からねぇよ。頭おかしいんじゃねぇか、この人。

 

 前の二人の師匠より遥かに酷い修行、いやシゴキを受けた。他の雷の呼吸の育手は知らないが、絶対に他の方がまだマシだと断言できる。

 

 ―――まあ、それでも多少強くなれた。出来損ないの俺に根気よく教えてくれたおかげで、幾つかの型を習得できたのは事実。ついでに回復系の呼吸も覚えることが出来た。それは感謝してる。だけどそれとこれとは別問題だ! 

 

 この師匠。熱血と根性を併せ持った、元の時代でいう所の体育会系の教師のような性格をしているのだ。これが男性ならまだ需要はあろうが―――残念なことに女性であった。

 

 考え込む師匠の前で判決の沙汰を待つ。裁判所で死刑判決を待つ被告人とはこのような気持ちなのだろう。

 今の自分は彼らの気持ちがよく分かる。

 

 ―――いや、ぜってぇ駄目だろう。なにあの顔? ニヤリと笑ってる顔が滅茶苦茶怖すぎる。なにあれ? まるで処刑人だよ。まあ鬼殺隊員なんて鬼に対する処刑人みたいなものか。しかしあんな表情を見たら百年の恋だって「フンッ!」ぐほっ!」

 

 鳩尾にボディーブローが炸裂した。

 

「―――聞こえたぞ、比企谷」

 

 どうやら心の声が漏れていたようだ。しかし後悔してももう遅い。こちらが反応できない一撃を喰らい、意識の混濁に襲われた。

 

「いかん。やりすぎたか」

 

 瞼が重い。薄れゆく意識の中、最後に見たのは師匠の姿であった。

 

 この時代の女性にしては長い身長。そして腰まで届くほどの長い黒髪を紐で一つにまとめている。年齢は聞いたことはない。以前聞こうとした所、恐ろしい笑顔を返されたので聞くのを止めた。その容姿は大概の人が見れば美人と答えるだろうが、八幡から見ればただの残念美人だ。

 

 長刀である日輪刀の色は黄色。雷の呼吸の使い手である彼女は、現役時代は圧倒的なスピードで数多の鬼を狩っていたという。

 

 彼女の名前は『平塚 咲』

 比企谷八幡の三人目の育手である。

 

 

 

 

 

 

 

「いいか比企谷。私は怒っているわけではないんだ」

「はい……」

 

 意識を失った八幡が目覚めると、いつの間にか山の中腹にある母屋に戻ってきていた。そして八幡が目覚めると、平塚は説教を開始した。八幡は正座しながらそれを聞いている。

 

「君は頭がいい。しかし人の心を配慮しない言動が目立つのが欠点だ。分かるか?」

「まぁ、それは、はい」

 

 生返事を返す。この状態できちんと返事をしないのは、普段なら拙いが今は問題ない。

 何故なら―――

 

「平塚師匠、追加の酒をどうぞ」

「お! すまないな……かぁぁー、美味い!」

 

 晩酌の真っ最中だからだ。

 

「いやー今日も酒が美味い! それにこの料理もだ! 比企谷も料理が大分上手くなったな!」

「……まあ、一年間ずっとやってれば多少は上手くなりますよ」

「謙遜することはないぞ。どうだ? 私専属の料理人として雇われる気はないか?」

「いや。俺、鬼殺隊に入るために此処にいるんですけど」

 

 平塚の提案に思わず突っ込みをいれる。しかし平塚の口は止まらない。

 

「はっ! 鬼殺隊、ね。あんな所、君みたいな若者が入るところじゃない」

「……またその話ですか。何度言われても、俺は鬼殺隊に入るのを諦めませんよ」

「鬼狩りなんて碌な仕事じゃないぞ。きついし、辛いし、常に死と隣り合わせだ。一般には認知されていないから、刀を持ったヤクザまがいの連中と見られることもある。悪いことは言わない。普通の職に就け、比企谷」

「―――それは俺に才能がないからですか?」

 

 平塚咲と共に過ごして約一年。この師匠は酒を飲むと、毎回八幡に対して鬼殺の道を諦めろと進めてくる。それを八幡は自身の才能がないからだと思っている。

 

 だが八幡の言に平塚は苦笑し、首を横に振った。

 

「違う。君には才能があるよ、比企谷。鬼殺の才能がね」

「……とてもそうは思えません。現に此処で一年間修行してきましたが、雷の呼吸も参ノ型までしか俺は使えません」

「それだけ使えれば十分だよ。君の呼吸の使い方は独特だから、それは大きな武器になる。それに他の呼吸だって使えるじゃないか」

「他の呼吸もすべての型は使えませんけどね」

 

 そういって溜め息をつく。自身の半端な才能を嘆いたからだ。

 目の前の師匠のように、一つの型を極めることができればそれがよかった。しかし水の呼吸、風の呼吸、雷の呼吸と三つの呼吸を習得したものの、どれも極めることはできなかった。

 

「―――はぁ、なにを言っても無駄か。君の自己評価の低さは相変わらずだな」

「……自分の分はわきまえているつもりです」

「そういう所が子供らしくない。君ぐらいの年齢だったら、もう少し自信過剰でもおかしくないぞ」

「子供って。そりゃ師匠に比べたら俺なんか半分以下の年齢「―――比企谷?」」

 

 師匠の地雷を踏みぬいた。

 

「―――私はまだ三十になっていない!」

 

 酔ったまま放たれた一撃は、今まで喰らったどの一撃よりも速かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いててっ、師匠め。思いっきりやりやがって」

 

 痛む腹をさすりながら、思わず愚痴る。自身の失言が原因ではあるが、痛いのだからしょうがない。

 

「それに今から酒買ってこいって。もう夜だぞ。本当にこの時間に売ってくれるのか?」

 

 時刻は夜中の七時頃。元の時代ならどの店もやっているだろうが、今は大正時代だ。八幡が疑問に思うのも当然である。

 

「それに今日に限って、麓の村じゃなくて一つ山を越えた先の村で買ってこいとか。条件つけすぎだろ」

 

 愚痴りながら師匠の言葉を思い出す。

 

 ―――比企谷、私は今非常に傷ついている。女性の年齢を間違えるなんて極刑ものの重罪だ。いいか。許してほしければ酒を買ってこい。買ってくる場所は麓ではなく一つ山を越えた所の村でだ。制限時間は三時間。ああ、刀は持っていけよ。

 

 判決の沙汰が下された八幡は、師匠の言いつけ通りに酒を買いに出かけている。

 しかしタイムリミットがあればのんびりする時間はない。雷の呼吸で加速し、山をひたすら走る。

 

 しかしその道中には―――

 

「ちっ、また罠か。いつもより数が多い!」

 

 地面には落とし穴が掘られ、細い糸に引っかかれば竹槍が飛んでくる。

 それを躱し移動するも、その数が尋常じゃない。地上は危ないと判断し木の上へ跳躍。木に登り、枝つたいに移動する。地上よりは安全と踏んだからだ。

 

「ここなら少しは安全か。さすがに此処まで罠をしかけっ!?」

 

 太い枝を選び移動していたところ、踏んだ枝が折れ―――否、踏むと同時に下に落下した。

 

「マジかっ!? 上まで対策済みかよ!」

 

 落下する身体を回転させ何とか地面に着地する。しかしそれでは終わらない。

 着地した場所に向かって四方から巨木が倒れてきたのだ。

 

 ―――雷の呼吸 弐ノ型 稲魂

 

 移動した先に罠があるのを恐れ迎撃を選択。雷の呼吸 弐ノ型を放った。瞬時に放たれた四連撃は、巨木を見事切り裂いた。

 危機は乗り越えた。しかしその心中は穏やかではない。

 

「……アカン。本気でやばいぞ、これは」

 

 罠の鬼畜具合に師匠の本気が感じられた。こちらも本気でいかなければ怪我では済まない。

 

「これで制限時間に間に合わなかったら……」

 

 考えるだけでも身震いがした。どんな罰を受けるかわかったものじゃない。しかし逃げることは許されない。

 

「ああ、もう! やってやる! やってやるよ!」

 

 やけくそに叫びながら、比企谷八幡は再び走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま戻りました」

「おお、帰ったか―――無事に酒は買えたようだな」

「ええ、もの凄く大変でしたよ。何ですか、あの罠は。俺を殺す気満々ですか」

 

 嫌味をいいながら平塚に酒を渡す。だがそれも無理はない。数々のトラップを制限時間付きで越えるのはものすごく大変だったからだ。その壮絶具合を物語っているように、八幡の服はボロボロになっていた。

 平塚の満面の笑みが非常に憎たらしい。

 

「くくくっ、それでも間に合ったからいいではないか。ああ、そうだ。比企谷。例の鎹鴉が来てるぞ。行ってくるといい」

「……はぁ、分かりました。部屋に戻ります」

 

 納得は出来ないものの、それより重要な用事が出来た。愚痴を言うのを止めて部屋に戻ることにする。

 

「―――比企谷」

 

 部屋に戻る直前、平塚が声を掛けてきた。その優しい声に思わず足を止める。

 

「―――よくやった。お休み」

「は、はぁ。お休みなさい」

 

 いつもとノリが違うことに疑問を覚えながら、八幡は部屋へと戻っていった。

 

 

 

「―――はぁ。間に合ってしまったか……仕方がないな」

 

 八幡が去った後、平塚は寂しそうにそう笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻った八幡は明りを付ける。すると窓枠に一匹の鴉がいるのを発見した。八幡の存在に気付くと、その鴉はこちらに向かって飛んで肩に着地する。

 

「八幡! 手紙ダ! 手紙ダ!」

「ああ、待たせてすまんな」

「カァー、カァー。気ニスルナ!」

「読んだらすぐに返事を書く。少し待ってくれ」

「分カッタ、分カッタ」

 

 この喋る鴉は鎹鴉。鬼殺隊で飼われている連絡用の鳥である。鬼殺隊員には必ず一匹、連絡用の鎹鴉が付くことになっている。

 足に結ばれた紙を外して机に広げる。肩に乗った鴉の頭をそっと撫でると、鴉は机の上に乗る。そして足を下ろして休憩の体勢に入った。返事を書くまで此処で待ってくれるようだ。

 

 相棒に似て礼儀正しい鴉だ。そう思いながら手紙を読み始めた。

 この鴉の相棒は―――胡蝶カナエである。

 

「………特に変わりはなし、か。怪我もなくてなによりだ。なに! 浅草のあんみつが美味かった、だと。俺も食いにいきてぇ。甘い物なんて久しく食ってねぇぞ。他には………しのぶの方も頑張ってるか。せめてアイツには負けたくねぇな」

 

 胡蝶カナエ、胡蝶しのぶと別れてもう二年の時が過ぎている。

 二人と別れて一年と少し過ぎ、平塚の所で修業を初めて間もない頃。一匹の鴉が八幡を訪れた。

 

 ―――胡蝶カナエからの手紙を携えて。

 

 手紙には最終選別を無事に突破したこと。花の呼吸という独自の呼吸を編み出したこと。大変だけど任務をこなしていること。鬼と仲良くしようとしたが、それが上手くいかないこと。今後はカナエ経由でしのぶとも連絡を取り合おう。そんなことが書かれていた。

 

 ―――この時は才能の違いというのを思いしったな。

 

 懐かしさを覚えながら手紙を読み終えると筆を取る。何を書こうか考え、今日の師匠の鬼畜具合を書けばいいと思いつき、それらを紙にしたためていく。

 少し時が過ぎた後、手紙は完成した。小さく折りたたみ準備が整う。その様子を見ていた鴉は起き上がってこちらに近付いてきた。

 

「……これでよし。じゃあ頼んだぞ」

「マカセロ! マカセロ!」

 

 足にしっかりと手紙を結び付けると、鎹鴉は真夜中の空を元気よく飛び立っていった。

 そして八幡は、鴉が見えなくなるまでその様子を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして一週間後が経ち―――八幡は平塚に呼び出される。両者ともに刀を持ち小さな広場へと足を運んだ。

 

「平塚師匠。どうしたんですか、急に。俺、昼飯の支度があるんですけど」

「それはいい―――構えろ、比企谷」

 

 そう言い放つと、平塚は刀を構える。姿勢はやや前傾ぎみに、腰に納刀された刀に手をやる。

 その真剣な表情に八幡の表情も引き締まった。

 

「本気、ですね―――分かりました」

 

 八幡も平塚と同じ姿勢で構えた。

 

「―――壱ノ型だ」

「―――はい」

 

 辺りの空気に緊張が走る。この一撃に全てを賭けろ。言葉はなくても、平塚の態度がそう言っているようだった。

 

 これまでの鍛錬を思い出し―――今できる最高の技を繰り出す。

 

 ―――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

 技が放たれたのは同時。瞬時にお互いの位置が入れ替わった。

 その後、平塚は特に気にすることなく刀を納刀する。だが八幡はそうはいかない。その手は震えて、刀を落とさないのがやっとだ。

 

 だが平塚はその様子を見て満足した。

 

「うん。合格だ、比企谷」

「合格、ですか?」

「ああ―――」

 

 平塚は穏やかに笑った。

 

「雷の呼吸にとって壱ノ型は全ての基本だ。後は実戦で仕上げていけばいい」

「手が震えて、納刀できない状態でもですか?」

「馬鹿者。君は刀を持ってまだ二年の素人だ。私とは年季が違う」

 

 そう言うと、平塚は懐から煙草を取り出し火を付ける。煙を吐いて彼女は続ける。

 

「なぁ、比企谷。今の私が鬼の頸を切れないのは以前話したな?」

「……はい」

 

 若くして現役を引退した平塚咲。それは鬼の頸が切れなくなった。それが原因だと本人は八幡に語った。だがその理由までは聞いていない。

 

「私にもね、昔許嫁がいたんだよ。幼いころに将来を誓い合った大切な許嫁が。最も、私が十五の時に鬼に殺されてしまったがね」

 

 遠い目をしながら平塚は語る。

 

「その後、私は鬼殺隊に入って鬼を殺し続けた。来る日も来る日も鬼の頸を飛ばし、殺し、それだけを考えて生きてきた。そんな時にアイツに出会った」

 

 懐かしむようにその目を細める。

 

「そいつは私の先輩だった。私よりも弱くて、臆病で、鬼殺隊に居るのが不思議なほどやさしい奴だった。何かと無茶をする私が放っておけなかったんだろうな。よく世話を焼かれたよ」

 

 うっとうしいほどにな、と平塚は言った。

 

「いつしか私たちは恋人になったが、それも長くは続かなかった―――アイツは鬼になってしまったからな」

「……鬼に、ですか」

「ああ。鬼になったアイツは泣きながら私に言ったよ―――俺の頸を切ってくれと」

「それで……どうしたんですか?」

 

 答えは聞かずとも、平塚の表情を見ればすぐに分かった。

 

「もちろん切ったさ。鬼殺隊員から鬼が出るなど許されない。私自らこの手で頸を切った―――そして私は鬼の頸を切れなくなった。それだけの話だ」

「……なぜ、その話を俺に?」

「そうだな……どこか君に似ていた。だからかな」

 

 平塚が八幡を見る。

 

「比企谷。よく私の修行に付いてきた。これまで何人か鬼殺隊員候補を育てたが、全員耐え切れずに逃げ出した。君が初めての合格者だ」

「今までで一番キツイ師匠でしたよ」

「ははっ、だろうな。だが君には私の全てを叩き込んだ。そう易々と死ぬことはあるまい―――本当によくやった」

「―――ありがとうございます」

 

 そして平塚は八幡の肩をポンと叩いて、歩き出した。

 

「よし、比企谷! 今日の晩飯は作らなくていい。豪華な飯を食べに麓の村まで行くぞ!」

「いったい何を食べるんですか?」

「ふふふっ、聞いて驚け。すき焼きだ!」

「おおーマジですか!」

「合格者には豪華な飯を食べさせるのが、育手の決まりだ。私も師匠にそうしてもらった」

「うす。ありがとうございます」

 

 二人はその晩、豪華な食事を食べお祝いをした。

 それは夜遅くまで続き、八幡は酔いつぶれた平塚を家まで背負って連れ帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

「では、そろそろ行きます」

「ああ……頭が痛い」

 

 見送りに来てくれた平塚。しかし飲みすぎで二日酔いの状態だ。

 

「飲みすぎですよ、平塚師匠」

「しょうがなかろう。昨日の酒は美味かった。あんなに美味い酒を飲めたのは、本当に久しぶりだったからな」

 

 楽しそうに平塚は笑う。

 

「あまり深酒はしないでください。それにタバコも。身体が悪くなりますよ」

「分かった、分かった。そういう所がアイツにそっくりだよ、お前は」

「俺が居ないときでもキチンと家事をしてくださいよ」

「分かってる。分かってる。問題ないよ」

「はぁー」

 

 不安には思うが大丈夫だと信じることにする。

 

「―――比企谷。最後に一つ言っておく」

「何でしょうか?」

 

 平塚は八幡の肩に両手を置く。そして真剣な目で語り掛ける。

 

「危なくなったら逃げろ。決して無茶はするな―――人は死んでしまったら、それでおしまいだからな」

「うす、肝に銘じておきます」

 

 その返事に満足した平塚は、肩から手を外す。そして八幡の背を叩いた。

 

「よし! 行ってこい!」

「では、行ってきます」

 

 平塚に見送られ八幡は歩み始めた。

 目的地は鬼殺隊入隊の最終選別の舞台―――藤襲山だ。

 




育手について悩みました。
原作で判明してる育手の数は少なく、先駆者の方々と同じになってしまうのも面白くない。なればどうすればいいか?

考えた結果、原作キャラの先祖的な立場の人を師匠にしてみました。
折角のクロスオーバーですから、こういうのもいいかなと思ったので。


大正コソコソ噂話

平塚咲さんの師匠は、善逸と一緒で桑島慈悟郎さんです。
雷の呼吸を全て使える彼女は、次期鳴柱候補でした。
しかし頸を切れなくなった彼女は現役を引退。育手の道を選びました。

育成方針は超スパルタです。
それに耐えきれず、今までの候補は全員逃げ出しました。
しかしそれは鬼と戦っても死んでほしくないという、彼女の想いから来ています。
よって、今後も方針を変える予定はありません。

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