誰が為のツバサ   作:パンド

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決意のツバサ

 

 歓声が、聞こえる。

 彼女たちを呼ぶ声が、讃える声が、励ます声が、聞こえてくる。

 歓声が。

 声援が。

 混ざりに混ざったその声が。

 それらは一つの意思を持つかのように、この空間を縦横無尽に駆け抜けて、僕たちの心を一つにしていく。

 そうだ、今この瞬間、確かに僕たち──今日この会場に来られた、偶然に選ばれた僕たちの心は、疑いようもなく一つになっていた。

 うん。

 まぁ、つまりだ。

 

「皆さぁーーーーん!!!! 楽しんでますかあぁっーーーーーー!!!!!!」

「「「「Fuuuuuuuu!!!!!!!!」」」」

 

 ライブって楽しいなぁ!!!!

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 はっきり言おう、超楽しい。

 普段なら長々と無意識のうちにしてしまう前置きを置き去りにする位には、心を掴まれていた。

 僕自身想像もしていなかったが、この数時間を心から楽しむことができた。

 さて、アップテンポな曲が続き、そろそろペンライトを振る腕と、コールを張りあげていた喉が限界を迎えそうになっていたタイミングでのMCである。

 助かった、この間に水分補給を済ませよう。

 きっと向こうもこちら側の体力等を見越してのタイムテーブルを組んでいるのだろう、流石だ。

 にしても、些か把握し過ぎているようにも感じたが……それが普通なんだろうか。

 持ち込んでいたスポーツ飲料で喉を潤し、ステージ上で先ほどまでの楽曲を振り返るアイドルたちの姿を眺めながら、僕もまたここまでのライブを思い返していた。

 実に、実に楽しかった。

 コールによる一体感はとても好ましいもので、曲によって変わる客席の景色──サイリウムの海も素晴らしい。

 765プロASの楽曲はこれまでに何度か、テレビ越しに聞いたことがあった。けれど生で鼓膜に、そして心に叩きつけられた曲には、あの時は感じられなかった前のめりな勢いを感じる。

 言い換えればそれは彼女たちのパフォーマンスが発展途上であり、全国区で放映されるレベルに達していないということ。この劇場(シアター)が、『39プロジェクト』が稼働を始めてまだ3ヶ月しか経っていないのだから、それは不自然なことではない。

 だが、それが良い。

 未完成の強さが、そこにはある。

 うむ、なにより赤髪さんの教えは偉大であった。

 彼女がいなければ僕は未だに戸惑っていただろうし、ここまでライブを楽しみ、のめり込むことは出来なかったかも知れない。

 我ながら辿々しかったペンライトの操作にも、ようやっと慣れてきた。近い色は隣り合っているので、今なら感覚で何回押せばどの辺の色になるのかも把握できている。

 コールについても、人一倍大きな声で、それもよく通るいい声でリードしてくれる赤髪さんのおかげで、コールが入る『隙間』というものを理解しつつあった。

 そうこうしている内に、MCは終わりを告げ、次のブロックが始まろうとしていた。

 

「…………」

 

 ステージには、一人の少女が立っていた。

 燃えるような赤い髪。

 左目の下に描かれた青い五芒星。

 パンクなファッションに身を包んだ彼女は、その手にギターを持っていた。

 え、弾くの? 

 アイドル、だよな?

 そんな疑問が頭を過ぎるが、彼女の登場にボルテージを上げる客席。この反応が、僕の疑問に対する答えを物語っていた。なにより隣席の赤髪さんのテンションがヤバい、あの人が推しアイドルであるところのジュリアさんなのか。

 すると、ステージ上の彼女はゆっくりと、左の人差し指を唇に当てる。

 たったそれだけの動作で、客席の誰もが、一瞬前の歓声が嘘のように口を閉じてしまう。

 彼女は、自らの作り出した静寂の中、とても自然にギターを構えた。

 そして──

 

「──────プラリネ」

 

 きっと、それがこの曲の名前なのだろう。

 ギターが鳴り響き、客席のからの轟音と共鳴する。そこに彼女の歌声が結びつけば、もう誰にも止められない。

 今この瞬間、劇場は彼女の物だった。

 彼女はステージの中央で、未来に向かって歌ってた。

 目を見開いて夢を見るんだと。

 誰になんと言われたって、たとえ後ろ指を差されたって。

 それでも、歩き続ければ、歩いてきたその道が、自分の未来に光を灯してくれるんだって。

 だから、悲しくても、悔しくても、時々泣いても、全部受け止めて彼女は未来に夢を見る。

 

「────ありがとう」

 

 そんな、魂を揺さぶるような曲だった。

 時間にして4分程度だろうか、気がつけば曲は終わっていて、割れんばかりの拍手が、喝采が、劇場を包み込んでいた。

 しかし、何故だろう。

 歌い終わったはずの彼女は、依然ステージに立っている。

 悠然と、居て当たり前なのだと。

 彼女の行動に何かを察したのか、会場がどよめき始めた。ただ、初見の僕は混乱するばかりである。

 一体、何が始まるんだ?

 僕の疑問に答えるように、そして会場の期待に応えるように。

 赤い髪の彼女は、右手の人差し指を曲を始めた時と同じく口元まで運び。

 人差し指に嵌めていた指輪へと、優しく口を付けた。

 途端に、どよめきは確信を持った歓声に変わる。僕にはさっぱりその意味が理解できなかったが、会場は再び彼女のものになっていた。

 何故だか、胸がドキドキと高まるのを感じる。

 まるで、この時をずっと待っていたかの如く。

 それこそ意味が分からない。

 なんでこんな気持ちになっているのか。

 でも。

 

「…………」

「…………」

 

 ステージの両端から現れた、二人のアイドルを見て、僕はようやく合点が入った。

 薄紫色の髪を、ショートボブにまとめている彼女は──確か、真壁瑞希さんだ。さっきソロ曲を披露した際に名乗っていたので覚えている。

 そしてもう一人は。

 黄金色の髪。

 強い意思を湛えた紅い瞳。

 僕に自分をちゃんと見て置くように言った人。

 伊吹さん、伊吹翼がステージ中央のジュリアさんへ近づいていく。

 何かを確かめるようにジュリアさんは彼女を見て。

 何かを肯定するように伊吹さんは頷いた。

 二人は無言の意思疎通を済ませると、ジュリアさんが後は任せたと言わんばかりに手を挙げ、伊吹さんはそれに応えて手と手を合わせ、センターに入る。

 最後に伊吹さんと真壁さんが視線を交わし。

 

「────────っ」

 

 伊吹さんの歌声が、静寂を切り裂いた。

 実を言うと、僕が彼女のステージを見たのはこれが初めてではない。伊吹さんはこの曲の前にも数人で歌うタイプの曲でステージに上がっていたし、僕は改めて彼女のダンスのキレと、伸びやかな歌声に感心していた。

 だから、そうやってステージに立つ伊吹さんを僕は知っている。

 けど、違う。

 この伊吹さんは、違う。

 今日のどんな伊吹さんよりも、強い光を瞳に宿して、真っ直ぐに僕たちを射抜いていく。何処までも遠く、何処までも高く、天井すらも飛び越えて、遥か彼方を見据えていた。

 それはまるで、二人のアイドルを、両翼を従えて飛んでいく、一羽の鳥のようだった。

 どこまでも自由に、ともすればワガママに、世界中に自分を知らしめようとする、伊吹さんの姿がそこにはあった。

 

 ──伊吹さんが歌う。

 二人のコーラスと共に。

 先へ、ひたすら前へ進む歌を。

 勝算も、称賛も、なにも必要とせずに。

 ただ顔を上げて胸を張り、山をくり抜いて、知らない海を目指す。

 道なき道を、自分の手で作り上げる。

 だから、先へ。何があろうと先へ進むんだと。

 いつか別の道へ、旅立つその日が来るまで。

 

 あぁ、全く、その通りだ。

 誰もが先に進まなきゃならない。

 僕だって分かっていた。

 僕が母親と暮らす選択をすれば、永吉先生だって、マスターだって、きっと応援してくれる。僕がそう在れることを、強く願ってくれていた二人だから。

 そうだ、分かっていた。

 父さんと、母さんがいれば、例えどんな生活が待っていようと、僕は何とかなるって、何とかすることが出来るって。その為の力を、僕は色んな人から貰ってきたのだから。

 だから、分かっていた。

 僕があの時、父さんに母さんと暮らさないかと問われたあの時、答えられなかった──応えられなかったのは、伊吹さんのことが頭にあったからなんだ。

 僕が迷った時に、僕の手を引いてくれた彼女が、自分の願いを果たせたのか、心から夢中になれるものを見つけることが出来たのか、それが分からなかったから。

 アイドルを好きだと言った君の、君が好きなアイドルとしての姿を、僕がまだ見ていなかったから。

 それ故に、僕はとっさに返事が出来なかった。

 他人に理由を委ねるなんて、自分でもどうかと思う。

 でも仕方ないじゃないか。

 伊吹さんの存在は僕の中で、僕だって気がつかない内に、それほど大きくなっていたんだから。

 だけど。

 だから。

 だからこそ。

 最後まで歌い切った彼女の姿に、全力を出し切り会場を圧倒した伊吹さんの姿に、僕は思わずこう零した。

 

「……そっか、君は見つけたんだな。自分が夢中になれるものを」

 

 僕はそれが、堪らなく嬉しかった。

 嬉しくて、気がつくと涙が零れていた。

 そんな涙を拭う気持ちにもなれなくて、僕はただ、心の中で決意した。

 伊吹さんが先へと進んだように、僕もまた、前に進まなきゃいけないんだと。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 翌日、僕は枕元に置かれたペンライトを眺めると、筆記用具を片手に机へと向かった。

 無論、このペンライトは隣席の赤髪さんから譲り受けた物だ。ライブが終わった後、退場までに残った時間全てを費やして今回のライブについて語った彼女は、満足げな表情を浮かべると、ペンライトを返そうとした僕に。

 

『そのペンライト、差し上げます。貴方にはそれが必要だと思うので──今日のライブをいつでも思い出せるように、アイドルちゃんの姿を脳裏に浮かべるためにも!!!!』

 

 僕の必死の抵抗も虚しく、結局ペンライトを持たされたまま僕は帰宅することになったわけだ。もうこれは赤髪さんには足を向けて寝られない、いつかお礼をする機会があれば良いけれど、それは難しいかも知れない。赤髪さんも、きっとそれを察した上でペンライトを僕に託してくれたのだと、今は思う。

 そんな風に、昨日のことを思い浮かべながら、僕は原稿用紙にペン先を付けた。

 一昨日までのスランプが嘘のようだ。

 ライブを見た後から、無限の創作意欲が僕の心から吹き出していた。昨日も父さんから強制終了を食うまで書いていたせいで、現在の時刻はお昼過ぎ、本来なら喫茶店に足を運んでいる時間ではあったが、今はその時間すらも惜しい。

 さて、次の章に取り掛かると──

 

「お邪魔しまーす!!!!」

 

 ……

 …………

 ………………おや、おやおや。おかしいなぁ、僕の聞き間違えでなければ、何故か僕の家の僕の部屋から、聞こえてはいけないはずの声が聞こえた気がするぞ。

 具体的に言うなら、昨日聞いた、というよりここのところ毎日聞いてる、元気いっぱいな女子の声だ。

 軽い寝不足のせいで幻聴でも聞こえたのだろうか、不味いな折角スランプを抜け出したというのにこれでは今度こそ病院のお世話にならなくちゃいけない。

 さて、現実逃避もそろそろ止めるとしてだ。

 

「あの、ユーゴ先輩!! 聞こえてます?」

「出来れば聞こえないでいたかったかな……伊吹さん、どうしてっていうか、どうやってここに?」

「マスターに聞いただけですよ??」

「個人情報保護法ぅ!!!!」

 

 どーなってんだ僕の周りの大人は、永先にしろマスターにしろ僕に関しての口が軽過ぎる!!

 しかも伊吹さんが部屋にいるってことは、最後の砦である父さんも突破されたってことだし。

 いや、でも父さんのことだからな。学校の後輩が息子を訪ねてきたと聞けば、喜び勇んで部屋へと通すのは目に見えていた。普段の学校生活がアレだし。

 

「でもでも、ユーゴ先輩が悪いんですよ〜?? お店で会えるの楽しみにしてたのに、全然来ないんだもん」

「あー、いや……それは、ごめん。なんか止まらなくなっちゃって」

 

 別に待ち合わせの約束をしていたわけでもないけれど、確かに伊吹さんが僕にライブの感想を求めるのは自然な流れであって、僕と彼女の接点があの喫茶店である以上、そこに現れなかったのは僕の落ち度かも知れない。

 なので素直に謝ったところ、伊吹さんは机に広げられた原稿用紙を見て。

 

「これ……また書けるようになったんですか?」

「うん。その、助かったよ伊吹さん。君たちのおかげだ」

 

 あのライブを観ていなかったら、僕は未だにグズグスと悩んでいたに違いない。

 ライブと、彼女たちに背中を押してもらったから、こうして創作意欲が復活したのだ。

 それを思えば、驚くほどスッと感謝の言葉を伝えることができた。

 

「……ユーゴ先輩は、私の手を引いてくれたから」

「え?」

「いーえ、なんでもないで〜す!! でも良かったぁ、これで続きを書けますねっ」

「あぁ、待っててくれ。頑張って書き上げるよ」

 

 出来れば、僕がこちらにいる内に。

 そこまで考えて、僕は伊吹さんに伝えなくちゃならない事があることを思い出した。

 ただ、いざ伝えるとなると緊張してしまう。

 僕の身の上話に触れることでもあるし、どこまで話すべきかとか、その辺も気を付けなくてはならない。

 なので慎重に言葉を選ぶべきなのだが、いかんせん今日の訪問が不意打ち過ぎた。

 言葉が上手くまとまらない。

 すると、そんな僕に伊吹さんはニッと笑って。

 

「ねぇねぇユーゴ先輩、今日の夕方って空けてもらえますか? わたし頑張ったから、ご褒美が欲しいなぁ〜」

 

 む、ご褒美か。僕が彼女にそれを渡すに相応しい立場であるかはさて置き、僕もしても伊吹さんにお礼をしたかったので、この提案は渡りに船であった。

 

「うん、大丈夫だよ。どうればいい?」

 

 と、僕の答えに満足そうに頷いて。

 伊吹さんはキラキラと瞳を輝かせながら。

 

「やったぁ!! わたし、夏祭りに行きたいで〜すっ!!!!」

 

 こうして、僕と伊吹さんの、夏休み最後のイベントが始まろうとしていた。

 

 

 

 

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