夏祭り。
それは夏の風物詩だ。
もう名前からして夏を満喫する為のイベントって感じがする。季節を頭につけているのは流石にズルくないか? いや、どうズルいかは知らないけど。
屋台に浴衣、そして花火。
こう、リアルが充実している人間がこぞって集まる、浮き足立った者達による夏の坩堝。
それが夏祭りだ。
「多分ですけど〜、違うと思いますよ?」
「えっ、そうなの??」
そんな夏祭りを、僕はどういうわけか学校の後輩と訪れていた。
■ □ ■
と、いう訳で夏祭りだ。
どういう訳かと言うと、伊吹さんに誘われたので夏祭りである。
正直人混みは苦手だが、この際私情は後回しにするべきだろう。だってこれは伊吹さんへの恩返しでもあるのだから。
スランプから僕を救ってくれた、伊吹さんへの恩返しだ。
当の伊吹さんは準備があるとかで、僕を誘うと18時に最寄駅集合だと言って、そのまま帰ってしまった。忙しい人だ、まだお昼過ぎだぞ。
「良い子だったな、伊吹さん」
「うん」
「それに美人だ」
「う、うん」
「あんなに可愛い彼女がいるなら、紹介してくれても良いじゃないか」
「うーん、彼女じゃないんだよなぁ」
伊吹さんを玄関で見送った後、隣にいた父さんがそんなことを言い出した。
ので、即座に否定する。
伊吹さんは学校の後輩であって、縁あって僕と絡んでるだけで、僕は彼女の周りに大勢いる人間の一人に過ぎないのだと説明したが、父さんはどうも納得していない様子だった。
確かに僕自身、学校の後輩とこうやって絡む機会がなかったものだから、
とりあえず惚れた腫れたの関係でないことだけは事実だ。
大体、彼女がいたら容姿に関わらず紹介するわ。
つーか無口キャラはどうした。
僕と母さんがある種の和解をしてから父さんのキャラ崩壊が酷い、むしろアレが素なのかも知れない、今度母さんに聞いてみよう。
「にしても夏祭りか、いいじゃないか」
「……なんで知ってるの?」
「伊吹さんに、勇吾を夏祭りに誘っていいか聞かれたからな」
「聞く順番逆では??」
僕を誘う前に父さんに許可を取るってどう言うことなんだ……?
「兎に角、クローゼットに俺の浴衣があるから、着て行くといい。多少大きいかもしれないが、問題ないはずだ」
「あー、いや。それはありがたいけど、そこまで気合入れて良いのかな」
「何を言ってるんだ。お前は最大限に着飾るべきだぞ」
「そこまで言う?!」
普通にジーンズとパーカーで行こうかな──なんて考えていた僕に、父さんはズズッと詰め寄る。
「お前はもう少し、伊吹さんの気持ちを考えた方がいい。ともかく今日は……夏祭りを、楽しんできなさい」
「うん、まぁ……そのつもりだけど」
なんだよ、伊吹さんの気持ちを考えるべきって。
それじゃあまるで、僕が朴念仁みたいじゃないか。つい先日までそうだった父さんに言われるなんて心外だ。
……いや、僕自身そこまで愛想が良いわけでも、察しが良いわけでもないけれど。
「最後に一つお節介を焼くなら──そうだな、異性を夏祭りに誘うってのは勇気が要ることなんだ。それは覚えておきなさい」
「…………はい」
そこまで言って、言うだけ言って、父さんは浴衣を取りに行ってしまった。
勇気、勇気か。
確かに逆なら、つまり僕が伊吹さんを夏祭りに誘おうとしていたなら、それには大きな勇気が要るだろう。勇気というか、それはもう蛮勇だ。
それに、一般論として異性をそういったイベントに誘うことが勇敢だってのは僕にも分かる。創作においても、これまで何度となく描かれてきた青春の一ページであることも。
しかし、相手は伊吹さんだ。
コミュ力が服を着て歩いているような、学園ナンバーワンの人気者な、そんな人だ。
彼女からしてみれば、僕を夏祭りに誘うなんてのは、そこらのコンビニに行くのと大して変わらない労力で出来てしまう、些細なことに違いない。
だから。今になって思えば、あの時の父さんの言葉をもっと良く考えておくべきだった──なんて展開にはならないはずだ。
■ □ ■
案の定と言うべきか、18時頃の駅前は浴衣姿の老若男女で溢れかえっていた。
一体この町のどこに、これだけの浴衣が眠っていたのかと問いたくなる程に、色とりどりの浴衣が人に着られて歩いている。
もっとも、僕もそんな浴衣を着た──駅前を埋め尽くす、老若男女の一人であるのだけれど。
父さんが小柄な体格であったお陰で、特に違和感なく浴衣を借りることができた。似合っているかどうかは別として、夏祭りに居そうな中学生男子の格好にはなったと思う。
灰色の浴衣に、紺色の帯。
これが僕の精一杯だ。
あの元気潑剌天真爛漫を素でゆく後輩にして恩人──伊吹さんがどういうつもりで僕を夏祭りに誘ったのかは分からないが、慣れない浴衣が着崩れないように四苦八苦した努力だけは認めて欲しいものである。
さてと、その伊吹さんは西側のバス停集合って言ってたっけな。
そこから15分も乗れば夏祭りの会場が待っている。一度も行ったことはないけれど、この辺ではまぁ規模が大きく有名な祭りなので、概要くらいは知っているのだ。
逆を言えば、そこくらいしか手軽に行ける夏祭りがないのであった。
よって、僕と伊吹さんという側から見れば珍妙であろう二人組も、その例に漏れず件の夏祭り会場を目指そうとしている運びだ。
バス停には思った通り長い列が出来ており、ざっと見たところ彼女の姿は見られなかった。ので、僕は列の最後尾に立つことにした。
あー、でもこれ後から伊吹さんが来た時に、割り込んでしまうような形になる気がしてきたぞ……
やっぱり列の側で待ってようかな。
後ろに人が並ぶ前に──
「せーんぱいっ!!!!」
「うおっとぉ?!」
バシーンっ!! と、小気味良い音が鳴る。
どこからと聞かれれば僕の肩から。
どうしてと聞かれれば、背後から忍び寄ってきた誰かさんに、遠慮なく叩かれたからだ。
結構痛い。
勢いが良すぎて
兎も角、犯人は声で分かってる。
というより、この状況で僕の肩に強襲を仕掛けてくる人なんて一人しかいない。
僕は振り向き、理不尽な一撃に対して遺憾の意を示そうとした。
「ちょっと伊吹さん、何すんの──」
蛙──であった。
緑色の顔に、黒いクリンとした瞳。
ペロンと口からはみ出たピンクの舌。
それは紛れもなく、蛙であった。
要するに。
蛙のお面が、僕のことを見ていた。
「えぇと、なにそれ?」
「変装ですよ〜、お兄ちゃんが付けて行けっていうから」
仮面をズラすと、そこから見知った顔──もとい、伊吹さんの顔が覗く。
変装ときたか。
確かにこの辺りは
ここ最近のライブで顔が売れ始めている伊吹さんが見つかると、ちょっとした騒ぎになるかも知れない。
それを思えば、変装を勧めた彼女のお兄さんは正しいのだろう。
「それよりユーゴ先輩、ちゃんと浴衣で来てくれたんですね〜」
「あぁ、父さんのだから、ちょっと大きいけどな」
「でも、似合ってますよ?」
「そ、そうかな。ありがとう……」
そう言われて、お世辞と分かっていても顔が赤くなるのを感じつつ、僕は頬をかく。
適当そうに見えて、伊吹さんはその辺が凄くしっかりしている。褒められるのが大好きで、その上で人を褒めることも忘れない。
「ねぇねぇユーゴ先輩っ、わたしは? わたしの浴衣はどうですか? 似合ってる?!」
と、褒められたがりな彼女に、食い気味に聞かれた僕は、改めて伊吹さんの格好を確かめる。
さっきはカエルのお面に気を取られて見逃してしまっていたけれど、伊吹さんは当然のように浴衣姿だった。
落ち着いた藤色の生地に、水仙の花が描かれたそれを深緑の帯で締めている。
普段明るい色を、黄色や水色を好んで着ている伊吹さんを見てきたせいか、僕には今日の彼女が、何だかとても大人びて見えた。
思わず上から下へ、じっくり眺めてしまう。
浴衣にスニーカーを履いてきてしまった僕と違って、伊吹さんはちゃんと下駄を履いていた。
「え〜っと……先輩?」
すると僕の、ともすれば不躾な視線に気がついたらしい伊吹さんは、どういうわけかお面から覗く頬を頬を赤くして、浴衣の裾を摘みながら、こんなことを聞いてくる。
「も、もしかして……変、ですか? 似合ってない?」
「えっ、あ、いや違う。もちろん似合ってる、凄く似合ってるよ。ただ……」
「ただ、なんですか?」
この先の言葉を吐くのは、とても気恥ずかしいことだが、まだちょっぴり不安そうな顔でこちらを見ている伊吹さんのことを考えると──いや、ダメだ。そんな顔をさせるのは、やっぱりダメだ。
「伊吹さんの浴衣が……その、凄く大人っぽかったから、いつもと違う感じで、リアクションが遅れちゃって」
「…………」
「あー、とても……き、綺麗だなって、思ったよ」
続きを促すような伊吹さんの視線に、僕はたまらず白状した。
僕の知っている伊吹さんは、どちらかと言えばカワイイ感じで、この間のライブではとてもカッコいいところも見せてくれた。
けど、今日の彼女は大人びていて、見たことのない伊吹さんだ。そんな伊吹さんに当て嵌まる言葉を探すなら、それはカワイイでもカッコいいでもなくて──綺麗だって、この言葉が一番合っている。
「えへへ……ありがとうございまーす♪」
僕の答えに満足してくれたのか、伊吹さんはそう言って笑ってくれた。しかし、彼女の言い方がいつもよりどこか大人しく、言い換えればしおらしくて、僕は今までに感じたことのない不思議な気持ちになってしまう。
「……バス着いたし、そろそろ行こっか」
なんなんだろう、この気持ち。
今まで、こんな風になったことは無かったのに。
するとタイミング良くバスが来たので、伊吹さんに声をかけ乗車を促す。
とりあえず、今は心の整理が必要だ。
「は〜い、楽しみですねユーゴ先輩!!」
「えっ、ちょ、伊吹さん?!」
むんずと僕の手を握り、伊吹さんはバスに向かって歩き出す。
柔らかい……じゃない、そんなこと考えてる場合じゃない。
けどここで振り解いたりしたら彼女は悲しむだろうし、言葉で説得しようにもバスの乗り降りで混んでいる現状では、そんな時間もない。
結局、心の整理なんてする間も、暇もなく、僕たちはバスに乗り込んだ。
僕らの夏祭りは、こうしてグダグダと、取り止めもなく始まった。