誰が為のツバサ   作:パンド

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ツバサのやりたいこと

 

 

 前略。

 窓の外に、伊吹さんがいた。

 

「お待たせしております、ミルクティーになります。岩根クンの紹介だし、今日はサービスしちゃおうかな」

「やったー!! ありがとうございま〜す」

「ほい、岩根クンもご新規様紹介キャンペーンってことで、もう一杯飲んでいきなよ」

「そのキャンペーン初耳なんですけど……」

 

 中略。

 伊吹さんは当たり前のように相席してきて、いつの間にかやって来たマスターは飲み物を置いてドロンした。

 後略──までしてしまうと流石に話が進まないので、僕は二杯目のコーヒーを啜り、伊吹さんに問いかけた。

 

「なぁ伊吹さん、どうやってこの店に来たんだ?」

 

 まず気になったのはそこだ。

 別にこの店は街角の奥にある隠れ家的お店ってわけでもないけれど、偶然訪れたってのには無理がある。

 店はウチの近所で、伊吹さんは僕とは街の反対側に住んでいるはずなのだから。

 それに何より、今の時間に来たってことは、放課後になって直ぐこちらに向けて出発したってことだ。そうでないと間に合わない。

 つまり彼女は、最初から僕がここに居ると知った上でやって来たことになる。

 訝しむ僕に、伊吹さんはあっけらかんと。

 

「どうやってって、永吉先生に聞いただけですよ?」

「なにやってんだ永先んんんっ!!!!」

 

 永吉(ながよし) (つよし)

 通称──永先(ながせん)は星見ヶ丘学園中等部の国語教師であり野球部の顧問、ついでに言うと僕が所属する三年五組の担任だ。

 そしてこの店の常連客で、僕にここを紹介した張本人、僕の恩人その2である。

 いや、だからって、恩人だからといって、勝手に人の行き先を教えてしまうのは……まぁ、実際助かったけど。

 おかげで、人の目に触れず伊吹さんに会うって当初の目的が、図らずも達成されたわけだし。

 永先が彼女にこの店の存在を伝えたのだって、あちらには教える自由があるのだから、僕が責めようとするのはお門違いだった、気がする。

 それに今は、目の前の伊吹さんと話す方が大事だ。

 

「……伊吹さん、昼間はごめん。折角来てくれたのに、帰っちゃって」

 

 そう言うと、伊吹さんはぷくぅと頬を膨らませて。

 

「あっ、そうですよ〜!! ユーゴ先輩どこにもいないから、てっきりお休みなのかなって」

「うっ……ごめん、ホント申し訳ない」

 

 その件に関しては、返す言葉のない僕だ。

 どんな理由であれ、やってしまった事はやってしまった事なのだし。

 怒られても、仕方がない。

 しかし、頬を膨らませていた伊吹さんは一転。

 

「でもでも、永吉先生があまり怒らないでやって欲しいって言ってたし……許しちゃおっかな〜」

「ありがとう、で良いのかこれ……」

 

 きっと僕の事情を鑑みて、その上で察して永先は伊吹さんにそう言ったのだろう。

 ……あぁ浮かぶ、目に浮かぶ。永先がドヤ顔で貸一つなとか言ってる姿が目に浮かぶ。

 けど助かったしなぁ、後で礼を言わないと。

 なんというか、あの人に対しては借りが膨らむばかりである。

 閑話休題。

 

「それで、今日はなんの用事だったんだ?」

 

 僕が尋ねると、伊吹さんは何やら思案顔になり、やや経ってから口を開いた。

 

「んー、特にこれって用事があったわけじゃないんですよね〜。なんとなく、ユーゴ先輩に会いたくって」

「ぐほぉっ!!」

 

 盛大に咽せた。

 いや、分かってる。分かってるよ?

 深い意味がないのはもちろん分かっているが、こんなことを言われて平静を保てって方が無理がある。

 伊吹さんのような美少女に、あなたに会いたくて来ましたなんて言われた日には、大多数の男子はドキッとするに決まってる。

 きっとこれで素なのだから、恐ろしい人だ。危うく勘違いするところだった。

 とりあえず息を整えたい。

 

「そ、そっか……にしても凄い騒ぎだったな、すっかり有名人じゃないか」

「わたしもビックリですよー。永吉先生が来るまでず〜っと、あの感じで。結局、先生が皆んな静かにしちゃいました」

 

 流石ゴリr──じゃない、永吉先生だ。暴走した中学生の10や20どうって事ないぜ。

 僕もその辺りを見越しての行動ではあったけれど、文字通り事態を沈静化してしまうとは。

 とはいえ、あれだけの人数が伊吹さんにラブコールを送っていたのは紛れもない事実である。

 ソフトボールにテニスといった運動部に、写真部や美術部などの文化系の部活まで、選択肢には困らないラインナップだ。

 結局、彼女はどの手を取るつもりなんだろうか。

 

「何にしたってあれだけ引き手数多なら、よみどりみどりって感じだな」

「うーん、えーっと、そうなんですけど……」

 

 やけに歯切れの悪い返答だった。

 太陽みたいに明快で、快晴のような笑顔を振りまく伊吹さんにしては。

 いったい、どうしたんだろう。

 すると、彼女はいつぞやみたいに困ったような笑顔を浮かべて。

 

「まだ、見つからないんですよね。探しもの」

 

 伊吹さんの探しもの、彼女が夢中になれるもの。一月かけて、学校中の部活動を体験しても、それでも見つからないもの。

 どうやら、伊吹さんはこの一月で、自分の求めるものに出会えなかったらしい。

 天才肌ゆえの悩み、ってやつなんだろか。

 凡人であるところの僕には分からないが、何でも上手くできるから、一つに打ち込むことができない、みたいな。

 一見贅沢な悩みかも知れない。でも本人からしてみれば関係のない話で、きっと大変なはずだ。

 力になれることならなりたいと、僕は思う。

 一月前、彼女が僕の探し物を手伝ってくれたように今度は僕が、と。

 しかし手伝うといったって、何をどう手伝えば良いのだろう。僕の時は探し物がノートだって最初から分かっていたかが、伊吹さんの場合はそもそも探すものを探すところから始めなければならない。

 せめてヒントになるものがあればと、僕が思っていると。

 

「色々試してみて、それもけっこう楽しかったんですよ? でも、あの時はもっとドキドキしてて」

「……あの時?」

 

 あの時って、どの時だろ。

 その質問に、伊吹さんは僕の目を見据えながら、思い返すように答えた。

 

「わたしがノートを見つけて、ユーゴ先輩に『ありがとう』って言ってもらった、あの時です」

 

 予想外の答えに、僕は言葉を失った。

 確かにあの時、僕のお礼の言葉に伊吹さんは笑顔とはまた違う、とても純朴な表情をしていた。

 あの日あの場所で彼女は、そんなことを思っていたのか。

 

「結局あの時は分からなくって……でも、ユーゴ先輩にまた会えて分かったんです。わたし、自分の力で誰かを笑顔にできたのが嬉しかったんだなーって」

 

 だから。と、伊吹さんは続けた。

 

 

「あんな風に誰かを笑顔にできたら、そしたらわたしもドキドキで嬉しくって。そんな毎日は、きっと最高にステキだって思うんです」

 

 

 それは多分、簡単なことじゃない。 

 僕があれだけ感謝できたのは、状況が状況だったからで、今また同じように彼女の心を動かせるような笑顔で『ありがとう』を言えるかと聞かれれば、おそらく言えないと思う。

 僕だけではなく、誰かを心から笑顔にするのは難しい。身近な人ですら、笑って欲しくても笑顔にできないこともあるのだから。

 でも。

 それでも。

 伊吹さんは笑う。さっきまでの困った笑顔ではなく、答えを得た笑顔で満開に。

 一月前と変わらない。いやそれ以上に周りの人も巻き込んで、一緒に笑顔にしてしまうような、不思議な笑顔で。

 

 それこそ、アイドルのような──アイドル?

 

 ティン!! と。体に電流が走ったかと思わんばかりの衝撃だった。僕はとっさに、馬場さんから貰ったチラシを手に取る。

 下端にはプロジェクトメンバー募集中!! の文字があり、その上では衣装を身にまとった765プロのアイドル達が各々のポーズをとっていた。

 仮に、仮にのつもりで、彼女らの衣装を、伊吹さんが着ればどうなるかを想像してみる。伊吹さんがステージ衣装を着て、歌って踊る姿を脳内に投射する。

 曲の最後に伊吹さんがポーズを決めて、ニッと笑えば、大歓声と客席中の笑顔がシアターを埋め尽くす。なんて光景を、眩いばかりの情景を。

 これは、良いんじゃあないか? 

 ちょいと想像から妄想の域に入っていたが、入っていたけれど、我ながら妄想逞しいと思ってしまったけれども。

 

「……伊吹さん、一つ僕から良いかな。もちろん、これはあくまで提案なんだけど」

「ユーゴ先輩?」

 

 少なくとも、提案してみる価値は、あるように感じた。

 僕は手に持ったチラシを差し出して、あくまで冷静に、伊吹さんの気持ちを確かめるべく問いかけた。

 

「アイドル、ってのはどうだろう?」

 

 

 


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