誰が為のツバサ   作:パンド

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ツバサの一歩

「そういえば、ユーゴ先輩って日曜日は何してるんですか?」

「なんだよ伊吹さん、藪から棒に」

 

 中間テストも無事に終わり、梅雨も明けた7月半ばの土曜日。

 いつもの喫茶店で、数日ぶりの伊吹さんがそんなことを尋ねてきた。

 なお、彼女はあの後驚異的な集中力で課題を片付け、かなりの高得点を叩き出したらしい。僕も教えた甲斐がある、といっても後半は殆ど口を出していなかったけど。

 

「先週も、先々々週もユーゴ先輩いなかったから、もしかしたら毎週そうなのかな〜って」

「来てたんだ……」

 

 だとしたら悪いことを──いや、そもそも待ち合わせをしているわけでもないし、僕が罪悪感を覚えるのは違うか。

 確かに、僕が日曜日にこの喫茶店を訪れることは滅多にない。

 それは流石に日曜日まで押しかけるのはマスターに申し訳ないという気持ちがあるのと、もう一つ理由があるからだ。

 

「でも大した話じゃないよ。日曜は基本的にネタ集めがてら、適当にぶらついてるだけだし」

「ネタ集め、ですか?」

 

 と、首を傾げる伊吹さん。

 

「あー、ほら、前に言ったけど……僕小説を書いてて、それのネタ集めをしてるんだ」

「へ〜、そんなことしてたんですね。早く完成させてくださいよー、わたし待ってるのに」

「急かされて筆が進むなら苦労しないんだよ……これもネタ集めっていうか、文章を書くための予習みたいな感じなんだけどな。細かいことだけどさ」

 

 例えばコーヒーを飲む描写をする際に、実際に飲んだことのある人の方が、よりリアルな文章を書ける。という理屈である。

 といっても、これ自体が僕が尊敬するファンタジー作家からの受け売りなのだけれど。

 

「ユーゴ先輩、結構マメですよね〜」

「まぁ、伊吹さんは大味だよな」

「大きなアジがどうかしたんですか?」

「そういうところがね……」

 

 こうして度々顔を合わせるようになって、僕にも多少なりとも、伊吹さんの人となりが掴めてきた。

 伊吹翼、彼女はわりと適当な人だ。

 最初に出会った時には鱗片を見せていたけれど、ここ一月半でそれは確信に変わってしまった。

 自由気まま。

 基本的に言動はフリーダムで、会話の脱線もしょっちゅうだ。もう歌もダンスも覚えたとか言ってレッスンを途中で抜け出しここに来たこともある、流石にそれは不味いと説得する羽目になったのだが。

 ……という話をすると、なんだか取っ付き辛そうに映るかも知れない。けれど彼女はそれらの、ともすれば欠点として受け取られかねない要素を有していてもなお人に好かれる、愛される才能の持ち主だ。

 きっと伊吹さんと、とことん性根のところでぶつかって、それでも相容れない人はそうは居まい。

 総括すると、概ね愉快で面白い人であり、付き合っていて飽きない人だ。

 

「じゃあじゃあ、ユーゴ先輩。来週の日曜日は空けておいてください♪」

「……前にもあったなこの流れ、何があるんだ?」

 

 前回、面接の付き添いをすることになった僕としては、若干腰の引ける前振りである。

 すると警戒する僕を他所に、伊吹さんはショルダーバッグからスマートフォンをを取り出して。

 

「じゃ〜〜ん!! 私たちのデビューライブが決まったんです!!!!」

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 詳しく聞けばなんてことはない。

 要約すると、デビューライブが決まったので見に来て欲しいという話であった。

 一週間前に告知だなんて急だなと思ったが、開催は暫く前から決まっていたらしく、伊吹さんがここ何日か喫茶店に来ていなかったのも、ライブに向けての準備で忙しくしていたから、とのこと。

 ともあれ、伊吹さんのデビューライブである。

 行きたいかどうかと聞かれれば、行きたいに決まっている。

 

「詳しいことは内緒ですけどー、すっごいステージになりますよっ♪」

 

 眩しいくらいに輝く笑顔で伊吹さんがそう言うものだから、否が応でも期待度が上がってしまう。

 僕は765プロの、というよりアイドルのパフォーマンスを画面越しにしか見たことがない。なので期待度と言っても、そもそもの基準となる物差しがない為、なにを以て期待度が上がるなどと口にしたのかと問われれば返す言葉に困るのだが、兎にも角にも楽しみなのだ。

 あの伊吹さんが、あらゆる才能の原石が、アイドルとしてどう輝くのか。

 

「そりゃ楽しみだ、チケットはどこで買えば良いんだろ」

 

 僕が尋ねると、伊吹さんは手元のスマホをいじり出す。

 

「え〜っと、ちょっと待ってくださいね……あっ、ホームページから申し込めるみたい」

「そっか、じゃあ帰ったら申し込むよ。検索したらすぐ出るだろうし」

「たぶん出ると思いますけど……今申し込まないんですか?」

 

 不思議そうな伊吹さんに僕は一瞬、彼女が僕の発言の一体どのあたりに疑問を覚えたのか分からなかったが、しかし、よくよく考えてみれば、答えは最初から彼女の手の中にあった。

 

「いや、ほら僕携帯持ってないし」

「えええぇぇえええぇぇえええっ??!!」

 

 信じられないような声とともに、信じられないものを見る目で見られてしまった。

 僕は携帯を持っていない、なぜかというと携帯を使って連絡を取る相手がいないからだ。調べたいことがあれば家に帰ってパソコンを使えば済むし、撮りたい写真も特にない。だから携帯を所持していない。

 それがTHEイマドキ中学生の伊吹さんには衝撃だったらしい。

 ……そんなに驚くようなことだろか? 携帯を持っていない中学生くらい、普通にいると思うのだけれど。

 

「じゃあユーゴ先輩、いつもどうやって友達と連絡とってるんですか? 狼煙?」

「えっらい技術水準が後退したな!! 他にもっと踏める段階あったろ!!!!」

 

 家電とか、公衆電話とか。

 そういやこの間の中間テスト、社会科の範囲が日本史のそれも戦国時代辺りだったな……

 案外影響されやすい人だ。

 

「いいんだよ、別に困ってないから」

「私が困りますよ〜、急にユーゴ先輩と野球したくなったらどうすれば良いんですか?」

「なんで例え話として野球を出したのかは知らないけど、どのみち二人じゃ野球はできないぞ」

「シアターの友達を呼べば18人くらい集まりますって、すばるクンはツライダー投げられるって言ってたしっ♪」

「もうそれ僕要らなくないか……?」

 

 あとそれを言うならスライダーだ。

 スライダーを投げられるアイドルって、永先の妹みたいだな……この間話したら本当にアイドルになっちゃったみたいだし、どこのプロダクションかは聞いてないけど。というか話が長くなりそうだったので逃げた。

 

「でもまぁ、伊吹さんとはここに来れば話せるしな」

「それはそうですけど〜、そうなんですけどー」

 

 僕の言い分に納得がいかないのか、頬を膨らませブーブー鳴らす伊吹さん。

 こんな適当なことをしていても顔が崩れないのって一種の才能だよなぁ。

 そんなことを考えていると、鳴らすのに飽きたらしく、伊吹さんはどこか上の空な表情で。

 

「けどやっぱり、話したいなって思った時に直ぐ話せるのって、良いじゃないですか」

「………………」

 

 こういうことを言うのは……つまり、そういう風に思ったことがあるってことなのだろうか。

 分からないけど、僕と伊吹さんの間柄は前と比べればそれなりに変化したと思う。説明に困る関係から、ちょっと仲の良い先輩後輩くらいまでは格上げされて良いはずだ。

 いかんせん後輩と呼べる後輩が、つまり多少なりとも関わりのある後輩がいたことのない僕なので、この距離感に対する自評が客観的に見て適切であるのかの自信はないのだが。

 少なくとも、僕はそう思ってる。

 

「とにかく、チケットの応募っ!! 忘れちゃダメですよ?」

「あぁ、心得たよ。絶対に忘れない」

 

 そして願わくば、伊吹さんも同じように思ってくれていたのなら、それはとても嬉しいことだ。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 数日後の放課後。

 

「えっと、あの……その、伊吹さん」

「つーーん」

 

 パッと見で分かるほどに、伊吹さんはご機嫌斜めであった。腕を組み、斜め上に顔を逸らし、不機嫌オーラを漂わせている。

 にしても、つーーんって言ったかこの人。

 現実で言う人がいる台詞だったんだな、それ。

 

「いやさ、伊吹さんの気持ちも分かるよ。もし逆の立場だったとしたら、そりゃ僕もショックを受けるだろうし」

「ふーーんだっ」

 

 ふーーんだっ、って言ったなぁ……言われてしまったなあ。まさかこんな台詞を言われる日が来るとは、人生なにが起こるか分からない。

 無論、伊吹さんがご覧の通りになっているのには訳がある。そう、訳がある。訳はあるのだが、その件について僕としても言いたいことがある。

 

「でも、でもだよ? その上で言わせてもらうとしたらだよ」

「…………」

 

 僕の前振りに、沈黙を返す伊吹さん。

 

「僕、悪くないよな?」

「べーーーーっだ!! なんで来てくれないんですか?! ユーゴ先輩のいじわる!!」

「チケットがご用意されなかったんだから仕方ないだろ?!」

 

 そうだ、僕は悪くない。

 かといって伊吹さんが悪いわけでもなく、他の誰が悪いというはなしでもない。

 強いて言うなら僕の運が悪い。

 ここまで言えば、恐らく察して貰えるだろう。

 

 そう、僕は抽選を外し、伊吹さんのファーストライブに行くチャンスを逃してしまったのだ。

 

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