誰が為のツバサ   作:パンド

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翼とアイドル

 

 伊吹翼、星見ヶ丘学園中等部の二年生。

 現在の肩書きは、765プロダクション『39プロジェクト』所属のアイドルである。

 人懐っこい性格に、14歳とは思えない均整のとれたプロポーション、そして特徴的な甘い声。

 まだデビュー直後にも関わらず、その持ち前のルックスの高さとダンスのセンスで、ある程度の知名度を獲得した期待のルーキーだ。

 同じ『39プロジェクト』所属のアイドル、いわゆるシアター組の中でも、その実力は認められており、一目置かれていると言ってもいい。

 そんな翼は今──

 

「なぁ翼、どうしたんだよー。さっきからやけに静かじゃん」

「え? あ、昴くん。どうしたの?」

「だーから、どうしたのはこっちの台詞だって、体調悪いのか?」

 

 絶賛、ぼーっとしていた。

 ここは都内の某ファミレス。

 今日は先日行われた翼達のデビューライブ、その打ち上げであった。

 天下の765プロダクションがなぜファミレスで打ち上げを行っているのかという質問には、765プロは未だ小さな雑居ビルの三階に事務所を構えているという答えを返したい。

 デビューライブは、大盛況で幕を閉じた。

 元より全国的な知名度のあった765プロダクション、その新規プロジェクトである『39プロジェクト』に対する期待は大きく、更に765プロ躍進の立役者である13人のアイドル──765ASのサプライズ出演もあるのでは、なんて噂が流れたこともあり、初回からチケットを抽選制にしなくてはならなかったほどだ。

 初めてのライブ。

 初めてのステージ。

 翼は、まるで夢の中にいるようだった。

 夢中で、踊って。

 夢中で、歌って。

 夢中になった。

 夢中に、なれた。

 探し求めていた夢中に、出会うことができた。

 全力を出せたと、翼は確信している。

 今の自分に出せる最高を、届けられたと思っている。

 けど、敢えて言うなら。

 翼には、このステージを見て欲しかった人がいた。その人に見て貰えないからといって、それでモチベーションの下がる翼ではなかったが、それとこれとは全くの別問題だ。

 そんな気持ちが表に出ていたらしく、同期である永吉昴(ながよしすばる)に心配そうな声をかけられる。

 男勝りな15歳である彼女は、5人兄妹の末っ子で、4人の兄の影響をもろに受けた男っぽい蓮っ葉な口調や服のセンスとは裏腹に、気配りの細かい優しい人だ。

 

「ううん、大丈夫。ありがと〜昴くん」

 

 だから、翼は昴にこれ以上の心配をかけないように明るく笑って見せる。

 

「ん、そっか。ならいいんだけどさー、もし悪くなったら直ぐに言えよな?」

「は〜い、でもホントに大丈夫。ただ、ユーゴ先輩なにしてるかな〜って」

 

 ユーゴ先輩。というのは翼の学校の先輩で、フルネームを岩根勇吾と書く。

 翼があの火傷痕が目立つ少年と出会ったのは、もう三ヶ月ほど前の話だ。

 星見ヶ丘学園の中等部、そこの校舎裏に聳えるゴミ山で、なにかを一生懸命に探していた人。その横顔があまりに真剣で、翼は声をかけずにいられなかった。

 彼に声をかけたあの日から、翼の生活──というより、意識は大きく変わった。今まで以上に、自分が求めるものに対して正直に、積極的になった。

 その結果として、今こうして彼女はアイドルとして満ち足りた日々を送ることができている。

 そういう意味では、ある意味では、岩根勇吾は翼にとっての恩人だ。翼が、彼にとっての恩人であるのと同じように。

 なんて話をすると、後者はともかく前者については「そんなことはない」と返されるのだろうが。

 

「ユーゴ先輩って……あー、確か学校の先輩だっけ? 豪兄ちゃんとこの」

「そーそー、聞いてよ昴くん。ユーゴ先輩ライブに来てくれなかったんだよ〜? チケットが当たらなかったって」

「それは仕方ないんじゃねーの?」

 

 昴はそのユーゴ先輩とやらと面識はなかったが、翼の話に度々登場するので名前と立場くらいなら知っていた。

 それによって、会話の流れで彼が永吉家の長兄である永吉豪の教え子であったことが判明し、これがきっかけとなり昴は翼とつるむようになったのだが、本筋には関係ないためその辺りのエピソードは割愛する。

 

「そうだけどー。来て欲しかったし、見て欲しかったんだもん……」

「へー、翼がそこまで言うのって、なんか珍しいな」

 

 と、ここで。

 いつになく本気(マジ)な表情をする翼を見て、自他共に男の子っぽいと認める永吉昴の、突発的に顔を覗かせる女の子的発想が、彼女に悪い顔をさせる。

 

「なんだよ翼。もしかして、そのユーゴ先輩のことが好きなのか?」

「うん、好きだよ?」

「ははっ、なんて──え?」

 

 あまりに軽く、あっけらかんと、そして堂々と言うものだから、昴は危うく聞き逃すところだった。

 遅れて、彼女の顔が紅潮していく。

 林檎のように、真っ赤っかに染まっていく。

 自分から聞いたくせに、まさかこんなどストレートな答えが返ってくるとは思っていなかったらしく、開いた口が塞がっていない。

 昴はなんとか胸の動悸を押さえ込むと、あたかもまるで気にしていない風を装い、しかし装い切れず震えた声でこう聞いた。

 

「ち、ちなみに……どういうところが好きなんだ?」

 

 すると翼は先ほどまでのぼやけた顔から一転、とても良い笑顔を浮かべて。

 

「えっとねー、まず優しいところでしょ〜」

「へ、へぇ〜」

「それにとっても面白いところとー」

「う、うん……」

「後はやっぱり──何かに、真剣なところかな」

「…………」

 

 最後に、今日一番の真面目な顔で、翼は言う

 もしかして、自分はかなり不味い物を掘り出してしまったのかもしれないと、昴は今更ながらに思い始めた。

 

(いや、これ……マジなやつじゃん。ど、どうしよう。オレ、翼のちょっと恥ずかしがってるところが見たかっただけなのに〜?!)

 

 どう考えたって彼女自身の自業自得である。友人をからかってみようと思ったら、返しようのない言葉の雨に溺れてしまったのだ。

 助け舟を出してくれそうな仲間はいないかと周りを見ても、誰かがドリンクバーで作り出した謎の液体Xの内容物を当てるゲームで盛り上がっておりこちらに気を回せそうな人は誰もいない。なお液体Xの内容物は作った本人も忘れていた。

 と言うかだ、アイドル的にこれは大丈夫なのだろうか?

 

「そ、そうなのか……本当に好きなんだな」

「そうなんだ〜、お兄ちゃんが増えたみたい!!」

「…………お兄ちゃん?」

「そうだよ?」

 

 お兄ちゃん、と翼は言った。

 お兄ちゃん、お兄さん、兄。

 兄は家族だ、それは当たり前だ。昴には4人もの兄がいるし、翼も確か兄がいたはず。

 お兄ちゃんなら、もう一人の兄として見ているのなら、そういう相手として見ているわけではないのだろう。

 世の中には兄に恋する妹もいるかも知れないが、他人を兄と見立てた上で恋する少女は、そうはいまい。

 

「なんだよお兄ちゃんかよー、焦っちゃったよーオレ」

「え〜、どうして昴くんが焦るの?」

「べっつにー。ただ、そのユーゴ先輩のこと、お客さんの前では絶対言うなよー?」

「どうして?」

「どうしても!!」

「ふ〜ん、変な昴くん」

 

 変な昴くん呼ばわりされてしまったが、これで今の自分のような目に、ファンの人達があうことは避けられるだろう。

 ホッと一息つきながら、それでも昴は考えてしまった。

 今はまだお兄ちゃんでも、親戚の年上の男の人扱いでも、それがずっと続いていくと保証されているわけではない。

 だから、もし何かのきっかけで、それが変わってしまったら、その時は──。

 

「……ま、オレが気にすることじゃないか。なぁ翼、これ頼もうぜ!! この超デカいハンバーガー!!」

「わっ、すっご〜い!! ねぇねぇプロデューサーさん、私これ食べたいでーすっ!! ダメぇ?」

 

 打ち上げの幹事兼お財布役を務めるプロデューサーの元へ、おねだりをしに突撃しに行った翼の後ろ姿を見送りながら、昴はさっきの会話をさくっと忘れるのであった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 七月末である。

 765プロライブ劇場にて行われる興行の間隔はかなり短い方で、翼はあれから2回のライブに出演した。

 そして岩根勇吾は3回連続チケットを取り損ねた。

 もうなんだか、怒るのも呆れるのも通り越して、翼は彼のことを可哀想に思い3回目の時は普通に慰めてみたのだが、それが余計に岩根の心に刺さったらしく、お祓いに行こうかなと漏らす始末であった。

 そんな風に弱音を吐く姿が珍しく、翼は心の隅っこをくすぐられる感覚を覚えた、人それを庇護欲という。

 岩根勇吾というのは、翼にとって優しくて面白くて真剣な、二人目のお兄ちゃん的存在であるのだが、歳の離れた家の姉と兄とは違い時折見せてくれる隙が、彼女の母性のような何かを励起するのだ。

 

────♫

 

(あ、この音……)

 

 聞き覚えのある声に釣られて、そちらに視線をやれば、ビルのモニターに三人の美少女が映っていた。

 小麦色の健康的な肌、長く伸ばした黒髪はポニーテールに纏められており、口から覗く八重歯が眩しい少女。

 白銀の美しい髪に、透き通るような色白の肌と真紅の瞳が、妖艶に煌く少女。

 そして──。

 

「あーっやっぱり、美希先輩のだ〜!!」

 

 鮮やかな金髪、いや最早存在そのものが鮮やかな緑の瞳を持つ、覇気を滲ませた少女。

 そんな三人の少女達が黒を基調とした衣装に身を包んでいる。

 『プロジェクト・フェアリー』

 我那覇響(がなはひびき)

 四条貴音(しじょうたかね)

 星井美希(ほしいみき)

 以上の三名からなる、アイドルの強さを前面に押し出しているユニットだ。

 翼は中でも星井美希を自身のパッピーライフのお手本、体現者として仰いでおり、特に尊敬している。

 あんな風に、モテモテでキラキラな人生を送れたら、どんなに素晴らしいだろう。

 いつ自分も、美希先輩のようになるんだと。

 モニターに流れていたのは、来月から『プロジェクト・フェアリー』が行う全国ツアーのPVで、何人もの通行人が足を止め、その映像についてアレコレと語っているようだった。

 その様子を見て、自分はそんな人たちの後輩なんだと思うと、翼は自分の胸が一杯になるのを感じる。

 

(美希先輩、今日はシアターに来るかなー)

 

 心なしか、テンポの速まる足音を引き連れて、翼は劇場に向かうのだった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 劇場に着くと、どういう訳かエントランスホールや廊下には仲間たちの姿が見当たらず、翼は誰とも合わずに事務所の前まで来てしまった。

 珍しいこともあるんだなと翼は扉に手をかける。

 すると──。

 

「──員でられるわけじゃないぞ、メンバーはオーディションで決定する。審査は響、貴音、美希のツアーメンバー3人が直接行うから……」

「美希先輩?」

 

 頭であれこれと考える前に、勝手に言葉が飛び出していた。

 

「美希先輩と一緒にライブできるの〜?!」

 

 美希先輩と一緒に、同じステージに、ツアーでライブで。明るい展望が翼の脳内を巡り、発言により勢いがつく。

 

「はいはいはーいっ!! わたしそれ絶対やりたいでーっす!!」

 

 翼が手を上げてそう言うと、彼女が来る前に話を聞いていたメンバー達も負けじとアピールを重ねる。

 しかし、どんなオーディションでも、誰が相手でも、翼は絶対に選ばれてみせようと、強く強く、硬く硬く、心に誓うのだった。

 

 その結果、敬愛する先輩からあんな言葉をかけられるとは知らずに。

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