私、婚約破棄されたはずの王子様に無意識に愛されてたようです。 作:@しおむすび
「ハルトぉー、私怖いの!助けて!」
聖女様が上目遣いで殿下の腕にしがみつく。たいそう庇護欲をそそることだろう。
「気づいてやれなくてごめんなアリサ。おいお前、どうなんだ!さっさと答えろ!アリサが怖がっているだろう!」
目の前でイチャつかないでほしい。しかも聖女様の、あの勝ち誇った笑顔。
一発殴ってやりたい。
「そのような事実はございませんわ、殿下。聖女様を虐めるどころか、聖女様のお名前も存じておりませんでしたし、お会いしたことすらありません」
流石に聖女を殴るわけにはいかないので、あくまでも無表情に平静を保つ。これでも一応公爵令嬢なので、このくらいは朝飯前だ。
「聖女様のご意見を疑うようで申し訳ないのですが、私が聖女様を虐めたというか証拠はあるのですか?」
「マリーさん、あんたの取り巻きにやられたのよ!あたしのことを階段から突き落とされたり、本を破られたり!サイテーよ!」
へぇー、そうなんだぁ。思わず笑いがこみ上げそうになるのをなんとか抑える。
「なるほど…。ではお聞きしますが、その本はどこに?階段から落とされたとおっしゃいましたが、お怪我はないのですか?私の取り巻きだという人はどなたですか?私の取り巻きだと思った理由はなんですか?」
「え?えと…」
私が一気にまくし立てた途端に聖女様が黙り込む。それと比例するように周りの人のざわめきが大きくなる。
よくもここまで証拠もない、すぐにバレるデタラメを大勢の前でペラペラと…。
どう言い返すのか考えていなかったようだ。
「どういうことなんだ、アリサ?虐められてたんじゃないのか?」
ついにハルト殿下も怪訝に思い始めたらしい。
「も、もちろんよ!聖女であるこのあたしが嘘なんてつくわけないじゃない!」
「それなら質問に答えないと、周りの者に説明がつかないぞ」
ハルト殿下が聖女様に返事を促す。
聖女様の最初の得意気な笑顔がみるみる崩れ、顔が青くなっていく。
正直滑稽だ。
「うるさいうるさいっ!!黙ってよっ!!なんで?なんで私の思い通りにならないの!?納得いかない!だってあたしはこの国の、この世界の主人公なはずなのに!」
はい?
周りの人たちもポカーンとしている。
自分が世界の主人公とか、本当に言う人いるんだ。
「あの、聖女様…?」
「なんで悪役令嬢マリーがいじめてこないの!ハルトルートが開かないじゃんっ!」
今日初めて話した相手に、しかも公爵令嬢に呼び捨てで、しかも悪役って。
そう思ったが、聞いたこともないはずのその言葉にふいに違和感がよぎった。
悪役令嬢マリー。
ルート。
なにかが引っかかる。
私、もしかしてなにかを忘れている…?
ううん、そんなはずない。勘違いね、きっと。
「アリサ、つまり…マリー公爵令嬢はアリサをいじめていなかったのか?」
「思えばずっとおかしかったのよ、誰のルートも思うように開かないし進まない!あんたが原作と違うことばっかりするから!そう、そうだわ!私の思い通りにいかないのは全部あんたのせいなのよ、マリー!」
聖女様はハルト殿下の問いかけにも答えず、私によくわからない悪態をついてくる。
混乱していてどうしていいか分からないで固まっていると、ハルト殿下がゆっくりと一歩前に踏み出し、私に背を向けるようにして聖女様に向き合った。
それが合図だったかのようにパーティー会場がスッと静まりかえる。
聖女様がビクリと震え、顔を強張らせるのが見えた。
後ろ姿だけでもハルト殿下の威圧感が身を刺すほどに伝わる。
「…王太子である俺を欺き、そして問いかけを無視した。これがどういうことか分かっているな?聖女アリサ」
「…なにか、問題でも?あたしは聖女よ!?国を救う者よ!?なのに王太子如きがそんな口を…」
「黙れ」
つっかえながらも言い返そうとした聖女様を、ハルト殿下が一言で抑える。
「国を救う?笑わせる。これまでお前が国のために貢献したことがあったか?民を救うことがあったか?」
一体どういうことなんだろう。
てか、ハルト殿下の豹変っぷりすごいなぁ…。
たしかに聖女様の行動はこの短時間だけでも目に余るものばかりだった。
それでも私はハルト殿下は聖女様の味方をすると思っていた。
婚約破棄の時にもパーティーの間も隣にいたのは聖女様だった。
さっきも人の目の前でイチャイチャしてたし。
だからてっきり、ハルト殿下は聖女様をお慕いしているものだと…。
それなのにこうして二人は対峙している…というより、完全に聖女様が押されている。
「公爵令嬢であるマリーと王太子であるこの俺を愚弄するとは!
聖女アリサ、お前を聖女の座から下ろし捕らえる。おい、連れて行け!」
「えっ?っいやぁ!離してよ!!」
ハルト殿下が言い終わるやいなや、用意していたかのように騎士達が現れて聖女様があっという間に捕らえられ、扉のほうへ引きずられていく。
「悪役令嬢マリー!全部全部、あんたのせいなんだからね!このままで終わると思わないことね!!」
あまりの急展開に呆然としている私に向かって聖女様がそう叫ぶ。
いや、もうアリサ様、と呼ぶべきなのだろう。
私は連れていかれるアリサ様をただ眺めるしかできなかった。