蝶屋敷のあの子【完結】   作:トマトのトマト

1 / 20


 需要があるかは分かりませんが、アオイちゃんが好きなので書きました。




第一話 蝶屋敷、朝日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒い息遣いが一つの筋となって、モノの頸元を一閃する。

 

 

 月の光に反射する薄紅梅色の刃に、美しく映える血飛沫。男は安堵とともに、全集中の呼吸を緩めた。

 声にならない声。苦しむ様子を見せず、それは消えていく。今回は割と手こずったようで、男は額から流れる血を止めようと持ち込んだ手拭いでキツく縛る。これで止まるとは思っていないが、気休めになればそれでよかった。

 

 近くには二人の死体が転がっている。綺麗な格好をしていない。その奥には、今にも崩れてしまいそうな木造の建物。襲われたのはそこを根城にしていたのだろうと男は察する。

 彼が斬った怪物――――鬼によってその命を刈り取られてしまった。あと少し早ければ、なんて思いは一瞬にして消える。実際間に合わなかったのだ。言い訳じみた感情を抱いたことに彼は苛つく。

 建物のすぐそばで穴を掘り、二人をそのまま埋葬する。それは彼の役目ではないが、自身の信念でもあった。犠牲になった彼らへの贖罪の念を込めて。

 

「――――埋葬までなさらなくても」

 

 程なくして()の人間が二人、彼の元に姿を見せる。顔を隠しているが、一人は男で一人は女。彼に声を掛けたのは女の隠。丁寧な言葉遣いに聞き覚えがあったようで、彼は苦笑いを浮かべる。

 

「いいんです。これで」

 

 繰り返しになるが、埋葬などは彼の仕事ではない。彼の役目は、彼らを喰った鬼を殺すこと。それが鬼殺隊である彼に課せられた使命であった。

 鬼。人の血肉を喰らう化物。それがこの大正の時代に居る。いや、正確にはもっと昔から。夜な夜な人を襲い、喰らい、自身の力に変えている。理性なんて欠片も無い。ただ目の前にいる人間を喰らうことしか考えられない化物なのだ。

 鬼の存在は広く知られているわけではない。鬼は太陽の光を浴びることが出来ないせいで、行動するのは夜だけ。それもあってか、むしろ知らない人間の方が多い。

 鬼殺隊にしてもそうだ。基本的に行動するのは鬼が出る夜だけ。政府公認の組織では無いため、認知度は高くない。

 

「怪我の具合はどうですか」

「血はようやく止まりましたが、念のため蝶屋敷にお世話になろうかと」

 

 「そうですか」そう言って、隠の二人は血汚れの処理を始めた。彼からしても見慣れた光景の一つ。多少のふらつきはあったが、問題はない。二人に一礼してその場から立ち去る。

 木から木へ飛び移り、高速移動する彼は、鬼殺隊本部の近くにある蝶屋敷を目指していた。任務で怪我をした場合、大体はそこで治療してもらえる。だが、彼の目的は少し違っていた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「アオイちゃん。僕と結婚してくれませんか」

「………今度は頭を切ったんですね」

 

 太陽が昇り、鬼の気配が全く感じられなくなった朝。清々しい気持ちとは裏腹に、神崎アオイは思い切り口元を歪めた。ため息がそれに続く。

 病室で横になった彼――――梅咲真魚(うめさきまお)に呆れた視線を送る。こうするのも何度目だろうかと頭を巡らせるも、無駄なことだとすぐに考えをやめた。

 

「血も止まってますんで、薬飲めば治ります」

「なんか冷たくない? 俺の告白はどうなるの?」

「しばらく休んだら出て行ってもらって結構ですので」

「本当に好き。守りたい」

「……ですから!! 冷やかしはやめてください!」

 

 この男。アオイに会う度に告白することが日課になっている。そもそも、基本的に蝶屋敷には治療以外の目的で来る隊士は居ない。この真魚を除いて。

 アオイに惚れてからというもの、毎日用もないのに蝶屋敷に通い、彼女に声を掛け、愛おしさで身体が痺れてしまいそうになりながら。一歩間違えれば危ない奴だ。いや、今でも十分に危ないが。

 彼女としても、突っぱねたい気持ちはあるらしく。しかし、真魚は仕事を全くしていないわけではない。現にこうやって治療に来ることも多い。それもあってか、変な優しさが働いてしまうようで。

 

「ねぇ、そろそろ俺も蝶屋敷に住んでもいいかな?」

「ですからどうしてそうなるんですか! 第一、しのぶ様が許すわけありません!」

 

 彼女が住む蝶屋敷は、蟲柱である胡蝶しのぶが管轄している。つまり、彼が本気でここに住むとなれば、彼女の許しは当然必要になる。しかし、真魚は思い切り顔を歪めた。

 しのぶ自身、真魚の恋路を邪魔するつもりは一切ない。しかし、あまりにも度を越すアプローチがあったことで、一度彼を薬の実験台にしたことがあるのだ。そのことが彼の心に深い傷を残すことになった。

 

「あのね、アオイちゃん。俺はアオイちゃんが好きなだけ。ここに住むのに()の許しなんて要らないんだよ。確かにしのぶさんは美人だけど、あの人は鬼より恐ろしい。それを他の隊士は分かっていないね」

「……しのぶ様に怒られても知りませんからね」

 

 そんな心配するアオイを他所に、彼は上半身を起こして彼女を見つめる。相変わらず可愛い顔をしている。髪を下ろしたアオイを想像して思わず口元が緩んでしまう。慌てて手で隠すが、時すでに遅し。彼女はゴミを見るような目で真魚を見ている。

 梅咲真魚、十九歳。鬼殺隊に入隊したのは二年前になる。彼の同期にはあと四人居たが、全員戦死した。

 アオイと出会ったのは、一年前。唯一生き残っていた同期が死んだ時。同じ戦場で戦い、目が覚めるとこの蝶屋敷にいた。その時に看病していたのが彼女。同時に、同期の死を告げたのもアオイだ。

 流石に真魚も落ち込んだが、アオイはそんな彼を必死にサポートした。そんな姿勢も相まって、身体が回復する頃には、真魚は彼女に心を奪われていた。無論、彼がこんなことになろうとは、彼女自身想定していなかったが。

 

「ねぇアオイちゃん」

「……なんでしょうか」

 

 真魚の声が変わる。音が一つ低くなって、空気が変わる。あれだけ突っぱねておきながら、ベッドの側にある椅子に腰掛ける。彼の様子が気になる自分が何とも情けない。彼女は心の中で自身に毒づく。

 彼の目を見ると、さっきまでとは違う眼差し。アオイは吸い込まれそうになるそれから思わず視線を逸らす。

 

「昨日は、助けられなかった」

 

 まただ。彼女は真魚の表情を見て考える。

 調子の良い事を言っておきながら、そうやって真面目な顔をする。雰囲気だってそうだ。日の光が入っているというのに、どうしてそんなに暗い顔をするのだろう。

 助けられなかったのは、結果論である。犠牲となった彼らも、真魚が仇を打ってくれたのだから、少しは気が晴れてるのではないか。だが今の真魚の顔を見て、アオイはそれを口にすることは出来なかった。

 

「……聞いています。埋葬までしてくれたようで」

「鬼も強くて『負けるかも』って思ったよ」

 

 彼女は記憶を辿る。そう言えば、彼の口から『負ける』と聞いたのはこれが初めてだった。

 柱でもない真魚ではあるが、着実に鬼狩りとしての実績を重ねている。現に二年間生き延びているのだから、それだけ身体も強くなってきている。最近では『全集中・常中』の会得に励んでおり、若手隊士の中では切っての有望株であることには違いない。

 そんな彼が口にした弱音。少なくとも自分とは違う場所にいる彼がそんな事を言い出したのだ。彼女が驚くのも無理はなかった。

 

「私からすれば、貴方は強いです。鬼殺隊としての使命を果たしているわけですから。私より……よっぽど」

「……アオイちゃんはそのままで居てよ」

「…気休めならやめてください」

 

 アオイは自分が嫌になった。そんなことは思っていないのに、素直に気持ちを紡ぐことが出来なかった。彼の気休めでも、十分に嬉しかった。そんな事を言ってくれたのは真魚が初めてだったのだ。

 

「そんなんじゃないよ。君がここに居るだけで、俺はどんな鬼にも立ち向かえるから」

 

 さっきまでの軽い言葉ではない。彼の想いが込められた真っ直ぐな言葉だった。告白よりよっぽど告白らしい言葉。言った本人が恥ずかしくなったのか、立ち上がって彼女に背を向けた。

 

「じ、じゃあ。また来るから」

 

 そのまま彼は病室を後にした。まるで嵐が去ったような静けさ。アオイは思い切りため息を吐いた。

 恥ずかしくなるぐらいなら、あんなこと言わないでいいのに――――。彼の言葉を思い出しながら、天井を見上げる。

 あそこまで自分に想いを寄せてくれる人間は、居なかった。鬼殺隊に入隊できたのも、本当に運が良かっただけ。以降は戦いが怖くて今の仕事しか出来なくなってしまった。そんな自分がみっともない。

 そんな想いを抱いていたアオイを、解き放とうとしてくれたのが真魚なのだ。彼の一つ一つの言葉が自身に存在価値があることを認めてくれるようで。無意識のうちに、アオイも真魚によって助けられているのだ。

 

「どうするんですか? アオイ」

「ふぇっ!?」

 

 唐突に後ろから声をかけられる。素っ頓狂な声とともに振り返ると、そこには彼の天敵が立っていた。

 

「し、しのぶ様……。いらっしゃったんですね」

「たまたま通りがかっただけです。また来てたんですね、彼」

「え、えぇまぁ」

 

 彼女の反応。さっきまでの会話を聞かれたかもしれない。アオイは引きつった笑みを見せるが、しのぶは何も言わずに彼女の前に立っている。その全てを見透かしたかのような瞳。アオイは心の底でため息を吐いた。

 

「今日は軽傷で良かったですね」

「……あんな人ですが、着実に実績を重ねています。悔しいですが、私よりも立派な鬼殺隊士です」

「そんなことないと思いますよ。彼だって言ってたじゃないですか」

「やっぱり聞いていたんですね……」

 

 苦笑いを浮かべるアオイとは対照的に、しのぶは優しく微笑んでいる。

 アオイにとって、働く場所を与えてくれたしのぶは恩人である。だが、こうして話していると気疲れすることもしばしばある。柱であるしのぶに対してあんな言い草を出来る彼が少し羨ましくもあった。

 

「でもアオイが言うように、真魚君は期待の若手。アオイはこうして屋敷の仕事を支えてくれている。二人には二人の良さがあるってことじゃない。考えすぎる必要なんてありません」

「それは……そうかもしれませんが」

 

 柱であるしのぶがそこまで言うのだから、やはり自分とは違う人間なのだろう――――。アオイはいつものように自身を卑下する。それだけ戦いに行けない自分が嫌いだった。鬼殺隊士でありながら、その任務を放棄したような感覚が日々彼女を襲っている。

 それを分かっているからこそ、しのぶは彼女を気にかけていた。蝶屋敷で働かせるようになったのもそれが一つの理由でもある。

 そこで思わぬ誤算だったのが真魚の存在だ。アオイに惚れ、恋に積極的な彼は鬼殺隊の中でも有名になりつつある。本業を疎かにしているなんて言う者も居るが、真魚は立派に鬼を狩り続けている。いずれは柱になれる素質すら持っている。しのぶはそう感じていた。

 

「それに、アオイも満更じゃなさそうですし」

「そ、そんなわけありません! 本当に迷惑な話です…!」

 

 アオイはそう言うが、彼と出会ってから明らかに変わりつつあった。彼女自身気づいていないかもしれないが、以前よりも表情は柔らかくなる機会が増えている。本人が気づいていないだけの話で。

 太陽の光が窓から差し込む病室。こうしてしのぶと二人きりになるのは久しぶりかもしれない。アオイは窓の外を見ながら考えた。ただでさえ忙しい柱がこうして気にかけてくれるのだ。嬉しさと申し訳なさが混在した感情に苛まれた。

 

「そうそう。身体の具合もあるし、真魚君には休暇を与えることになりました。せっかくなら二人でどこか遊びに行ってきたら? アオイも働きすぎなんだから」

「い、嫌です! 彼と二人なんて疲れるし…」

「さっきまで二人きりだったじゃないですか」

「そ、それは……」

 

 少しだけ赤面するアオイを見て、しのぶは胸を撫で下ろした。

 彼女も年頃の女の子なのだ。自身と歳は一つしか変わらないとは言え、まるで母親のような気分で彼女を見つめる。

 やっぱり満更じゃないみたい――――。しのぶは微笑んだ。そのままアオイに背を向けて、病室を出て行った。

 しばらくして、彼の声が屋敷に響く。まるで断末魔の叫びのよう。二人の会話を聞いていたのだ。きっとしのぶに締められたのだろう。アオイは誰もいなくなった病室で、一人微笑んだ。

 

 

 




 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。