蝶屋敷のあの子【完結】   作:トマトのトマト

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 明けましておめでとうございます。今年もアオイちゃんをよろしくお願いします。




第十一話 蝶屋敷、縁側

 

 

 

 

 

 

 一ヶ月後。上弦の鬼を三体倒したことで、鬼殺隊の士気はかなり高くなっていた。それに反比例するように、ピタリと鬼の出現が止まっている。だがそれは嵐の前の静けさ。鬼舞辻無惨との決戦と刻が近くなっていることは、誰の目にも明らかだった。

 普段は忙しくしている柱たちも、自身の屋敷に居る時間が長くなる。迫る決戦に備え、鬼殺隊では柱稽古が行われていた。それは至って単純で、柱たちが一般隊士に稽古をつけるというもの。その訓練はかなり過酷で、まさに生き地獄と呼んでも不思議ではない。

 

 真魚も例外ではなく、元音柱を皮切りに稽古に励んでいる。

 だが、アオイのことを疎かにするはずもなく。機会を見ては蝶屋敷まで足を運んでいた。出入り禁止を告げられていたこともあり、こっそりと屋敷の前で二人話すだけ。以前のように毎日ではなくなったが、彼にとってそれはかけがえのない時間だった。無論、アオイにとっても。二人の関係性は以前よりも深く、甘いものになっていた。

 

 ただ一つだけ。彼は気がかりがあった。

 蟲柱であるしのぶが、今回の柱稽古には参加していないことだ。真魚は屋敷に入れない以上彼女に会う機会も中々無い。直接問いただすこともできずに今に至っていた。

 

 そんなある日。柱稽古を終えた真魚はいつものように蝶屋敷へと向かう。まだ日は高い。綺麗な青空とは対照的に、疲れと緊張で身体が変に強張っていた。アオイには自身の鎹鴉を飛ばしていたため、そこで待ち合わせて話すつもりだったのだ。

 

 ところが、屋敷の前で待っていたのは彼女では無かった。

 

「――――しのぶさん」

「こんにちは。アオイなら今忙しくしてるみたいですよ」

 

 わざわざそんなことを言うために立っていたわけではないはずだ。彼はすぐに察する。鴉はアオイに向けて飛ばしたはずだというのに、しれっと彼女がいること自体可笑しな話なのだが。

 仕方なくしのぶに向き合う真魚。アオイのさほど変わらない身長。年も近いはずなのに、彼女とは違う落ち着きがある。そして色気のある香り。真魚は少しだけ視線を逸らした。

 

「まぁそんなに身構えないで下さい。いい知らせですよ」

「どうですかね」

「キチンと私の命令も守っているようですし、反省の色も見えます。出入り禁止はこの瞬間をもって解きます」

「……ありがとうございます」

 

 確かに、彼にとっていい知らせであることには違いない。だが、真魚の反応はどこか上の空、いや、興味がなさそうな雰囲気。想像とは正反対の反応を見たしのぶは、少し驚く。

 こういう時の彼は何か考え事をしている。これまでの付き合いからそう結論付けることに時間はかからなかった。

 

「何か気になることでも?」

「え、いやそんなんじゃ」

 

 返事が疎かになったと後悔しても、時すでに遅し。

 今ここで問いかけていいようなことではない。そんなことを考えていた。そんな簡単な理由じゃない、真魚の勘がそう言うのだ。

 かと言って、ここで世間話をするような雰囲気でもない。彼はそのまましのぶに会釈して屋敷の敷地に足を踏み入れた。

 

「アオイなら、今忙しいみたいですよー」

 

 さっきと同じ言葉を繰り返す。彼の後ろ姿にぶつかる。真魚は特に反応せず、彼女も引き留めることなく彼の後ろ姿を見つめているだけ。それもきっと、嵐の前の静けさのようで。真魚の姿が見えなくなると、しのぶも屋敷の中に戻っていった。

 彼は彼で屋敷の中には入らず、庭に回った。しのぶの言葉を聞いて、純粋に恐れ多くなったのだ。今アオイに話しかけると、彼女の仕事の邪魔になりかねないと。

 

(……縁側で少し待たせてもらうか)

 

 せっかく来たのだから、愛し人の顔を見ずに帰るわけにはいかない。至って単純な理由。そのためなら少しでも迷惑にならないように待つのが彼なりの礼儀だ。

 彼にとって敷地内に足を踏み入れたのは久々。以前はあれだけ来ていたというのに、不思議な懐かしさが彼の心を覆っていた。

 洗濯物が綺麗に干されている。太陽に照らされて、蝶も舞う。その光景はまさに蝶屋敷そのものだった。

 

「………あ」

 

 真魚が縁側に視線を送ると、一人の隊士と目が合う。彼女は彼の顔を見て、思わず言葉が漏れる。真魚にとっても、心当たりがある人物だった。

 

 栗花落カナヲ。この蝶屋敷において、ただ一人の継子だ。その実力はかなり優秀で、真魚と同じように次期柱候補。だが、素質自体を見ると彼女の持っている才能は群を抜いていた。

 この二人、立場は似たようなものであるが、立ち振る舞いは正反対。特にカナヲ。自らの意思で物事を決めることが出来ず、全てコイントスで物事を判断して()()。ところが、少しずつ彼女は人間らしさを取り戻し、今では普通に会話できるぐらいまで成長していた。

 真魚は屋敷に通っているとはいえ、カナヲと話したことは一度も無かった。むしろ、彼が知っていた彼女は無口で近付き難い雰囲気を醸し出していた。

 

「……こんにちは」

 

 彼が挨拶をすると、彼女はペコリと会釈をする。

 真魚の知っていたカナヲはここに居なかった。これまでなら話しかけたところで無視されるか微笑まれて終わりだったのに。知らない間に成長したんだなぁ、柄にもない感情が湧き出る。

 少し離れた場所に腰掛ける。特に二人の会話は無い。黙って風に吹かれる洗濯物を眺めている。だが真魚の中で、不思議と気まずさは無かった。

 

「あ、あの……アオイなら中に居ます」

「えっ?」

「あ、アオイなら中に……」

 

 真魚はポカンとした表情でカナヲを見る。まさか話しかけられるとは思っていなかったせいで、返答が出来なかっただけ。言葉はしっかりと彼の耳に届いている。

 聞き返してしまったことで、少し自信なさげに同じ言葉を繰り返すのはカナヲ。良かれと思って言ってくれたのだろうと、彼は素直に暖かい気持ちになった。

 

「あはは。ありがとう。邪魔しちゃ悪いからここで待ってるだけだよ」

「あ……いえ…」

 

 真魚とさほど歳は変わらない。今の彼女にはその年相応らしさがあった。以前にはなかった人間らしさ。何がきっかけになったのか真魚が知る由もないが、まるで妹の成長を見ているようで頬が緩む。

 

 カナヲにとっても、真魚は不思議な存在だった。

 自身と仲の良いアオイのことを一途に想う男の人。そして唯一、アオイが女の子の顔を見せる相手なのだ。年頃のカナヲにとって、純粋に興味があった。恋と愛に。

 カナヲ自身、こうして話してみると、アオイが彼に惹かれた理由が少し分かる気がした。責任感の強い彼女と、雰囲気が優しい彼。純粋に相性が良いのだろう。アオイの友人として、それこそ微笑ましく、羨ましい関係だった。

 

「……もうコインは使わないの?」

「しばらく……使ってないです」

「そうなんだ。変わったね、カナヲちゃん」

「そ、そんなこと…」

 

 真魚としても、カナヲのことをよく知らない。だというのに、「変わったね」なんて言葉は使いたくなかった。しかし、思わず口から出てしまうぐらい彼女は変わったのだ。一言も喋らないカナヲの印象が強かった彼にとって。

 カナヲは言われ慣れていないせいか、恥ずかしそうに否定する。消え入りそうな声。花柱だったカナエが溺愛していた理由が分かったようで、真魚は笑う。

 

「どうしてコインを使わないように?」

 

 彼女に興味が出てきた真魚。素直な疑問を投げかける。

 これまでのカナヲであれば、コインを投げて返答するか否かを決めていた。だが、やはりその様子は無い。頭の中で言葉を巡らせている。そもそも、カナヲは頭の回転が早い。言葉を紡ぐこと自体は苦手でもない。ただコインを使わなくなって、相手が傷つかないように考える癖が付いていた。

 

「……決めたから。素直に生きるって」

「へぇ。どうして?」

「そ、それは……」

 

 カナヲはわずかに頬を染める。何かを思い出したようで、慌てて真魚から顔を背ける。その瞬間、彼は確信した。彼女は誰かのことが気になっていると。それが恋なのか、単なる興味なのかは分からない。が、ほぼ間違いなく前者だろう。

 一方の真魚は素直に感心していた。あの無口だったカナヲが、年頃の女の子らしい一面を持つことが出来たことに。

 

「気になるんだ? その()が」

「へっ…!? ち、ちが……」

 

 真魚が仕掛けた罠に、彼女は何とも分かりやすい反応を見せた。言葉では否定するが、今の彼女を見てそれを鵜呑みにする人間はまず居ないだろう。

 心の中を読み取られたカナヲは、顔から火が吹き出しそうだった。この想いは他の誰にも言ったことがない。いや、そもそも聞かれることもなかっただけで、しのぶやアオイたちは気付いている。だからこその反応なのだ。

 カナヲの頭の中に浮かぶ彼と、約束したのだ。賭けに負けて、心のままに生きていくと。今までコインでしかいく末を決めてこなかった彼女にとって、その賭けは絶対的なもの。それが、彼女の中で眠り続けていた人間らしさを引き出したのだ。

 

「彼はすごいんだね。カナヲちゃんをここまで変えてしまうなんて」

「だ、だから違う……」

「そう? でも顔真っ赤だよ」

 

 真魚は彼女を茶化すように話しかける。ここまで反応が分かりやすいといじりたくなるものなのだ。カナヲは「うぅ……」と言葉にならない声を出す。その様子を見て流石にかわいそうになってきた彼は、素直に謝る。だが言葉も表情も笑っていた。

 そうやって、表情に感情が出ること自体が成長なのだ。きっとしのぶやアオイも心の中で喜んでいるに違いなかった。

 

「お互い、恋が実るといいね」

「………恋」

「そう、恋。その人のことを考えると胸が高鳴ったり、顔が熱くなったり」

「……そ、そっか…」

 

 真魚の言葉はあくまでも例え。ではあるが、いずれにも当てはまっていたことですんなりと胸に落ちるものがあった。

 その人の側に居たい、触れたい、幸せになりたい。上手く言葉で紡ぐことが出来ないこの感情を、一言で片付けてしまう言葉。それが恋。自分は彼に恋をしている。改めて言われると、カナヲ自身不思議な感覚に陥った。

 

「あ、あの!」

「なに?」

「き、危険な任務が多いのに、どうしてそんなに……笑ってるんですか?」

 

 笑ってる――――。カナヲの言葉。真魚はハッとしたように彼女を見つめた。

 確かにその通りだった。危険な任務が多く、明日死ぬかもしれないというのに、どこか余裕がある彼の表情。日中は常に笑っていて、周りの隊士たちを安心させる。それが不思議だったのだ。でも、その答えは至って単純だった。

 

「アオイちゃんが居るからだよ」

「……アオイが」

「彼女が居るから、笑っていたい。いつ死ぬか分からない、なんて言われるけど、俺は絶対に死なない。生きて帰ってくる」

「でもそれは気持ちにすぎないです」

「そうだね。でも、俺はそうありたいんだ。鬼を滅するために自分が死んでしまったら、誰も救われないから」

 

 真魚の言葉は真っ直ぐだった。本当に、障害物すら跳ね除けそうなほど、真っ直ぐカナヲの心に響いた。

 自分が死んでしまったら誰も救えない――――。それは待っている人が居るからこそ、出る言葉。悲しむ人間が居るから死ねない、そう言っていることと同じだ。

 

「それに、約束したからね。アオイちゃんと」

 

 また彼は笑う。聞いている方が恥ずかしくなるぐらいの笑顔。カナヲもつられて口角が上がってしまいそうになる。

 この人は、鬼殺隊の中でも珍しい考え方の持ち主なんだ――――。彼女は理解する。だからこそ、アオイと彼は約束したのだろう。必ず生きて帰ってくると。じゃないと、そんな約束は出来ない。この仕事は生きるか死ぬか。ついさっきまで隣に居た人間が、一瞬で死んでしまうのが普通の世界。生きて帰るなんて保証は出来ないのだ。真魚はそれだけ、アオイのことを想っていた。

 

「あのっ!」

「ん?」

「あ、貴方にしか相談できないことがあります」

 

 カナヲは生まれて初めて、彼女との約束を破る。

 それは紛れもなく、栗落花カナヲ自身の想い、願いだった。

 

 

 

 





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