蝶屋敷のあの子【完結】   作:トマトのトマト

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第十二話 蝶屋敷、痛覚

 

 

 

 

 

「……どういうつもりですか」

 

 

 真魚を見たしのぶは、少しだけ驚く。何かに怒っているその表情。自身に覚えがなかったせいで、頭を巡らせる。

 自室で薬の調合をしていた彼女。障子越しに声をかけられ、そのまま部屋の中に招き入れた。軽い気持ちだった。だと言うのに、姿を見せた彼は、しのぶの思惑を超えた雰囲気を醸し出していた。

 

「どうしたのですか。そんな顔をして」

 

 かと言って、しのぶは手を止める様子も無く、茶化すように問いかける。馬鹿にされたような感覚を覚える真魚。感情のままに口を開きそうになるが、そうなると彼女の思う壺なのだ。拳に力を入れてグッと堪える。

 余裕のあるしのぶに対して、何をどう言えばいいか。彼は分からないまま彼女の部屋に上がり込んだ。やはり屋敷の中でも広い部類に入る。しのぶの向こう側には、仏壇がある。彼は察したが、何も言わずにしのぶに視線を送る。

 

「カナヲちゃんから聞きましたよ。今回のこと」

 

 真魚は空気を裂く。ピタッと彼女の動きが止まる。核心を突かれたように、一秒、二秒。やがて手に持っていた道具を置き、彼を見つめ返す。と言っても、空気が割れそうな視線。ビリビリと身体に痺れが走る感覚を彼は覚えた。

 

「それで? どうして真魚君が?」

 

 カナヲから聞いた、ということはきっとあの事だろう。彼女はすぐに察する。

 誰にも言うな、と釘を刺していたにも関わらず、あのカナヲが自身のことで彼に相談したのだろう。それはそれで悪い気分ではないが、相談相手が梅咲真魚ということに引っ掛かりを感じていたのだ。

 

「しのぶさんは、本当にそれでいいんですか」

「いいですよ」

 

 断言。分かってはいたが、ここまでハッキリ言われると狼狽てしまうのが真魚。一呼吸置いて、反論を考える。だが、先に口を開いたのはしのぶだった。

 

「わざわざそんなことを言いに来てくれたんですね。ありがとうございます」

「……貴女は何も分かっていない」

「どういう意味でしょう」

「残される人の立場も分からない大馬鹿者ってことですよ」

 

 しのぶの身体に痛みが走る。電流が流れているような。慣れたつもりだったが、どうやらそうでもないと初めて自覚する。

 彼女の身体は、毒に冒されている。自らの復讐のための手段。自身より力のある仇を撃つための、苦肉の策なのだ。それが今、痛みとなって現れただけ。彼女はただそれだけだと考えていた。

 ところがだ。彼の言葉に反応したように、身体の痛みが治まらない。何故だ。しのぶは思考を巡らせるが、珍しく答えが出なかった。残ったのは痛みと、侮辱された彼の言葉だけ。少しだけ頭に血が上る。

 

「そう言われるのは心外です。それが私たちの役目でしょう?」

「貴女のそれは、ただの私怨です」

 

 私怨。確かにそうだ。

 最愛の姉を殺されたことを、ずっと根に持っていたしのぶ。彼女を殺した鬼を殺すことだけを考え、これまで任務にあたってきた。自らの命を捨ててでも、復讐を果たすことだけ考えて。

 私怨の何が悪い、しのぶは喉まで出かかった言葉を慌てて飲み込む。鬼殺隊の柱として、そう断言するのは気が引けたのだ。だからか、真魚の指摘は痛いところを突いたことになる。

 

「鬼殺隊の役目は、どんな手を使ってでも鬼を滅すること。これからの敵は、これまでの常識が通用しないこともあります。念には念を入れて用意は必要かと」

 

 理屈を並べて反論する。しかし、真魚はそんな言葉を聞く耳を持っていない。

 

「しのぶさんは、生きる気が無いんでしょう?」

 

 痛い。身体が痺れる。真っ直ぐな目で、真っ直ぐな言葉。図星だった。そう、しのぶはこれから先を生きるつもりがなかった。姉を殺した鬼に復讐できさえすれば、それでよかったのだ。

 真魚も彼女の思いを薄々感じていた。先を見据えることなく、目の前の鬼を殺すことだけを考えていた彼女。先ほど、門の前で話した時に感じた感覚。その正体はこれだと一人で納得する。

 

「死んで満足ですか? 鬼を滅して、平穏が訪れるというのに」

「私は姉を殺した鬼に復讐できれば、それでいいんです」

「貴女を慕っているカナヲちゃんにも、同じ思いをさせるんですか」

 

 今日の真魚は可笑しい。しのぶは考える。

 自分の心を痛いほど突いてくる言葉。トゲのあるそれは、彼女の心臓を抉り取るような刃となって突き刺さる。

 淡々と、真っ直ぐな彼の言の葉。しのぶを前にして、ここまでハッキリと意見できたのは久しぶりの感覚だった。それも、核心を突いた話で。

 

(……カナヲ)

 

 しのぶは思い返す。彼女がこの屋敷にやって来たあの日から、今日まで。

 ゴミのような扱いを受けていた彼女は、いまや鬼殺隊の中でも期待の若手。真魚と同じく、次期柱候補にまで登り詰めた逸材なのだ。そんな彼女のことを気にかけての言葉。大した接点も無いと思っていたしのぶにとって、彼がそんなことを言ってくること自体不思議だった。だが、彼はアオイに会うためほぼ毎日屋敷に通っている。全く接点が無いのもあり得ない話だった。

 

「話はそれだけですか。私も作業に集中したいので」

 

 視線を手元に落とすしのぶ。このまま彼と話していれば、自身の感情が思わぬ方向に傾いてしまいそうだった。自己防衛として紡いだ言葉は、彼の耳に確かに届く。

 しかし、彼は聞く耳を持っていない。しのぶの心を逆撫でするように、畳に座り込む。流石の彼女も、その行為に若干の苛つきを覚えたようだ。

 

「……言葉の意味が分かりませんでしたか?」

「貴女こそ」

「一緒にしないでください。いい加減にして」

「俺は、未来を生きたいです」

 

 「だからなんだ」そう言うつもりだったのに、彼女の喉はそれを許さなかった。キュッと締まって、明確な意思表示が出来ない。

 こんな時に限って、彼と目が合う。自身の全てを見透かされたような瞳。逸らしたいのに、吸い込ませそうなソレから目を離さなかった。生きてきて初めての感覚だった。

 

「……やはりあなたは、鬼殺隊を辞めるべきです」

 

 咳払いをして、二度目の提案を投げる。

 正直、この鬼殺隊では彼のような思考の人間の方が珍しかった。金目当ての隊士も少なくないが、ほとんど鬼を滅することだけを考えている人間が集まっている。しのぶの考え方はこの鬼殺隊の中では至って普通なのだ。

 

「辞めませんよ。鬼が憎いのは俺も一緒です」

「……アオイのことを考えたら、あなたは戦場に行くべきではない」

「アオイちゃんを残して死ねませんよ」

「そんな甘い考えが嫌いなんです!!」

 

 彼女の声が空気を切り裂く。

 薄らと化粧をしているしのぶの顔に、苛つきが見える。甘い香りの中に微かにある怒り。真魚は身体が硬直していくのがわかった。

 

「……出て行ってください。もう話すことはありません」

 

 しのぶは彼から視線を逸らした。そのまま彼に背を向ける。

 完全に聞く耳を持たなくなった彼女に、彼は言葉を掛けることが出来なかった。止むを得ず、立ち上がる。

 

「……貴女もお姉さんと同じなんですね」

 

 意味を含んだ言葉が漏れる。静まり返っていたせいで、部屋の中にソレはよく響いた。

 顔を上げるしのぶ。視界には彼の背中。心なしか、落ち込んでいるように見える。今日何度目だろうか、彼の言葉の意味を考える。

 

「カナエさんと同じで、貴女も誰かを残して死んでいくんだ」

「………っ」

「最初から死ぬなんて言うのは、逃げですよ」

 

 振り返る。瞬間。衝撃が全身を貫く。痛い――――。そう感じたのは真魚だった。

 右頬に走る痛み。ジンジンと皮膚が痺れているような。自身の右手を頬にやる。あぁ打たれた、そう思うのと同時に無表情のしのぶが目の前にあった。

 

「あなたに……あなたに姉さんの何が分かるんですか。あなたに私の何が分かるんですか」

「……分かりませんよ何も」

「カナヲに止めて欲しいと言われたから説得しにきただけでしょう? 本心でも無いクセにそんな言葉を並べないで!!」

 

 姉を馬鹿にされたような発言が、しのぶは許せなかった。いくら真魚でも、我慢できなかったのだ。彼をぶった左手は痺れている。言葉の通り、今の彼の言葉は彼女にとって、余計なお世話でしかなかった。

 しのぶがカナヲのことを考えていないわけがない。むしろ考えているからこそ、彼女だけに今回のことを打ち明けたのだ。カナヲが彼に口を割ったのはしのぶにとっても想定外だった。

 

「本心じゃない? 何を持ってそんなことが言えるんだ」

「だってそうでしょう。私が死のうがあなたの人生には何にも関係がない」

「そんなわけないだろう!!」

 

 今日の真魚は、よく感情を表に出す。分かりやすい表情をしている。

 しのぶは何も言わない。二人の間には沈黙。見つめることもなく、互いの向こう側を見ているような。外では雀が鳴いている。

 

「……俺は、あなたのことを仲間だと思ってます。もう、誰にも死んで欲しくないんです」

 

 彼は言葉を絞り出す。それに想いが凝縮されていた。

 真魚の同期は全員戦死し、鬼との戦いが激化していく中で、気心知れた隊士たちは次々と死んでいく。普段は明るく振る舞ってはいるが、時折胸が締め付けられるような悲しみが襲ってくる。

 しのぶとしても、彼の経歴は頭に入っている。だからこそ、その言葉を蔑ろにはできなかった。

 姉に言われた「普通の女の子として生きてほしい」。その言葉が今でも頭にこびりついている。それが実に不快だった。そして、今日の真魚の言葉は、それを助長させているようで、不愉快極まりない。

 

「出て行ってください」

 

 一言。彼は何も言わずに部屋を出て行った。

 廊下に出て、彼は縁側へと足を運ぶ。柄にもなく、空を眺めていたい気分だった。

 しのぶはとっくに覚悟を決めていたのだ。自らの命を投げ捨てることを。それはきっとカナヲ本人も分かっている。でも、その事実を認めたくない気持ちも嘘ではない。だから、真魚に打ち明けたのだ。「彼の言葉なら届くかも知れない」そんな淡い期待を胸に。縁側で腰掛けながら、彼は心の中でカナヲに詫びる。

 

「……随分とお疲れみたいですね」

「アオイちゃん」

「しのぶ様、大分怒ってたみたいですけど。何しでかしたんです?」

「別に何もしてないよ。ちょっと喧嘩しただけ」

「十分しでかしてるじゃないですか…」

 

 声をかけたのはアオイだった。仕事が落ち着いたようで、彼の隣に腰掛ける。前よりも距離感が近い。当の本人たちは無意識だったが。

 庭を見ながら返答していた真魚。横目でアオイを見ると、どこか怒っている。心当たりは無かったが、念のため問いかけた。

 

「何か怒ってる?」

「別に。何でもありません」

「怒ってるじゃん。どうしたのさ、可愛い顔が台無しだよ。怒った顔も可愛けどさ」

「……もう」

 

 問いかけたい気持ちはあるが、踏み出す勇気は無かった。

 二人が何を話していたのか、何を持って喧嘩したのか。アオイは気になって仕方がなかった。だが問いかけてしまえば、自身の想定する最悪な展開が待ち受けている気がしていた。

 

「ちょっと見回り行ってこようかな」

 

 そんな日に限って、彼は自身の隣を離れようとする。アオイと話に来た真魚だったが、しのぶを説得するのに時間を使ってしまった。任務を疎かには出来ない。まだ昼間。鬼が出る心配はないが、持ち場の様子を確認するのも立派な仕事である。

 一方のアオイ。「もう少し側にいてほしい」素直に口にできれば、どれだけ楽だろう。いつもなら深く問いかけてきてくれるのに、今日はどこか興味がなさそうな彼。今のアオイはしのぶに嫉妬していた。

 

 そのまま屋敷を出ていく彼を見つめ、彼女は祈る。また明日会えることを。

 

 

 その晩。

 何者かによって鬼殺隊本部である産屋敷邸が襲撃された。

 集結する隊士たちは、血鬼術によって一斉に姿を消すことになる。舞台は、無限城へ。

 

 

 

 

 

 





 一ヶ月ぶりでした。ありがとうございました。

〜新たに高評価してくださった方々〜
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 本当にありがとうございました!

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