蝶屋敷のあの子【完結】   作:トマトのトマト

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 本小説、初の一人称です。




第十三話 無限城、夢想

 

 

 

 

 

 あぁ、腹立たしい。人間に対して、こんなに苛ついたのは久々だった。

 

 

 神経を逆撫でされたような感覚。不愉快そのもの。時折感じていた彼に対する嫌悪感。自身の生き方を全否定されたようで、思い出すだけで拳に力が入る。

 お館様が命を賭して鬼舞辻無惨を追い詰めた。柱が集結したところで、足元が開き、この空間に落とされた。奴の術なのかは分からない。全員バラバラになってしまったが、気配は確かにある。無事らしい。

 

 今、この瞬間。

 鬼との戦いが最終局面を迎えているのは誰の目にも明らかだった。空間に落ちる前、鬼舞辻は強がって見せたが、ここで全てを終わらせる。そうしないと、再び奴と戦う機会を失うことだってあり得た。

 それにしても、ここは鬼の巣窟だ。斬っても斬っても、次々沸いて出てくる。そうやってこちら側の体力を削っていくのが狙いなのだろうか。鬼とは違い、体力も有限の人間にとって、持久戦は限りなく不利だった。出来るだけ体力を温存して、上弦との戦いに備えたい。

 

 上弦の弍、童麿は姉を殺した鬼。あの時、一瞬だけ見た奴の顔が忘れられなかった。人間を殺したというのに、まるで哀れんでいるような。殺しておいて哀れむだなんて、私には到底理解できない。理解したくもない。それなのに、あの表情が脳裏にこびりついていて。忘れたくても忘れることができない。それが本音だった。

 私じゃ到底敵わない。姉が殺された時、そう思ってしまった自分が情けなくて。鍛錬を重ねて、重ねて、柱まで登り詰めた。それなのに、自身の力不足を否めない日々が続いている。もちろん、今この瞬間も。

 

 生き物には寿命がある。人間も動物も、歳を取るにつれ肉体的な機能は低下していく。特に鬼殺隊という仕事をしていて分かる。今が私自身の全盛であるということ。これ以上に強くなることは無い。そう思いたくなくても、思わざるを得ないのだ。

 その分、カナヲはまだまだ発展途上。この戦いで更に強くなる可能性もあった。だから私は、彼女に賭けた。自身を犠牲にしてでも、姉の仇を取りたかった。なんとしてでも。

 言い方は悪いかもしれない。これまでの私は、それを生きがいにしてここまで生きてきた。だからその先のことなんて考えたこともない。彼から言われた言葉の意味が本当に理解できなかった。別にそれが普通だと思っていた私にとって。

 それでも、最近の私は可笑しい。彼と同じで、鬼を滅した後の世界を考えるようになってしまった。変なところで彼に感化されてしまったようで。

 

 そんなの、私には無理だ。私にとって生きることは、姉が死んだ瞬間に終わってしまったのだから。

 

 

――――仲間には死んで欲しくないんです

 

 

 また脳裏をよぎる。彼の顔と声。

 それは私だって同じだ。蝶屋敷の子たち、鬼殺隊士、誰一人として死んで欲しくない。そう願っても、鬼はお構いなしに人を喰い、私の仲間を殺していく。姉はそんな連中に同情していた。尊敬していたとはいえ、そこだけは理解できない。今でも。

 それでも不思議だ。彼に言われると、心の奥底に沈めていた感情が湧き出てくる。私が揺らぐことがないとも知らず、あんな必死に説得してくるのだから。他の一般隊士は私に話しかけてくることも無い。そんな簡単に話しかけられるような立場でもないことは分かっている。それなのに、あの梅咲真魚は違っていた。

 

「うーん」

 

 そんな彼とは正反対。寒い。筋肉が膨張している感覚があるのに、奴と目が合うだけで寒気がする。怖気、とでもいうのだろうか。

 身体から血が止まらない。痛い。飛び散り、身体にかかったソレを、奴はニタッと笑って口にする。歪んだ笑顔。それだけで背筋が凍ってしまう。

 すでに肺は凍っている。息をするのも辛い。呼吸法で何とか自我を保つ。一般隊士ならすでにやられているだろう。奴の冷気を使う血鬼術は、かなり厄介だった。

 繰り出される冷気を吸わず、自らの刀を奴に突き刺す。寝る間も惜しんで調合した毒を巡らせる。何度目だろうか。奴の身体は溶けることもない。むしろ、刃を突き刺す度に耐性が出来てきているように見える。化け物だ。こんな鬼と戦ったことはない。

 

「せっかく使ってくれたのに、ごめんねぇ。分解出来ちゃったみたい」

 

 苛つく。不愉快、不愉快、不愉快。

 こんなゴミみたいな奴、今すぐに殺してしまいたい。そう出来ない自身の力不足にも苛ついてしまう。

 毒が効かないのだから、もう頸を落とすしか私に勝ち目は無い。だが、私は鬼の頸を切ることが出来ない。この状況、まさに絶体絶命だった。

 

「はぁっ……はぁっ…」

「苦しそうだね。肺が凍ってるのに、よく立ってられるなぁ」

 

 優しい声色。憎たらしいほどに。鬼だと言うのに。

 語りかけてくる目の前の物体。刀の鞘に納めている毒ではコイツを殺すことはできない。そろそろ限界かもしれない。隙を見て、奴の懐に入り込む。そして――――吸収させるのだ。この身体を、この殺意を。

 人間を哀れむこの鬼は、感情の起伏というものがない。そんな上辺だけの言葉で、私が揺らぐわけがない。

 

「蟲の呼吸 蜻蛉の舞――――複眼六角」

 

 高速で技を繰り出し、毒を大量に撃ち込む。毒が通用しないのは分かっている。だけど、カナヲの気配が近い。彼女がここに来るまで、()()()あの子の顔を見て、私は死にたい。

 

「速いなぁ」

 

 そんな言葉が奴から聞こえた。瞬間、全身に走るのは激痛。これまでの傷の痛みが擦れてしまうような、声にならない痛みだった。

 足から崩れ落ちる。口から、鼻から、血が止まらない。この血の中にも藤の花の毒が込められている。これを奴に飲ませてやりたい、そしてそのまま死ねばいいのに――――。

 

 目の前で親を殺され、姉を殺され、カナヲ以外の継子も殺された。

 悲劇は繰り返される。自分は関係ない、そんな考えは鬼に通用しない。幸せというのは築き上げるのに時間がかかる。でも、崩れるのは一瞬だから。

 だから私は、もう要らない。ここで終わらせる。姉の仇も、人生も全て。

 

「ごめんごめん。半端に斬っちゃった」

 

 先ほどよりも息ができない。左の肺を斬られたらしい。

 背後には奴の気配。このまま殺される。そして私を喰え。命を懸けてお前を殺してやる。

 

――――最初から死ぬなんて言うのは逃げですよ

 

 まただ。また私の邪魔をするのか。梅咲真魚。

 どうして私の身体は小さいのだろう。どうしてこんなに力が無いのだろう。身体が大きかったら頸を斬れたのかなぁ。

 逃げなんかじゃない。私は鬼の頸が斬れないんだ。柱だというのに、敵の弱点を突けないんだ。この毒だって、苦肉の策で編み出したモノ。それが上弦には通じない。その時点で、私は上弦には勝てないのだ。

 ただ、あなたには感謝している。アオイのことを好きになってくれて、私の家族を好きになってくれて。生き生きしているあの子を見るのが嬉しかった。家族を失ったあの子の為に、あなたは生き延びて。彼女のことを守り通して。

 

――――立ちなさい。しのぶ

 

 姉さんどうして? もう息も出来ない。立つのも辛い。このまま喰われれば、奴はきっと弱まる。そうするしか姉さんの仇を取れないんだよ。

 目の前にいる姉。顔を上げられない。死んだら姉さんや、お父さん、お母さんに会えるのかな。その時には褒めてくれるのかな。よく頑張ったねと言ってくれるのかな。

 カナヲ、ごめんね。最期に顔を見たかったけれど、ここまでのようだ。こんな私のことを慕ってくれてありがとう。炭治郎君との関係性を見届けたかった。

 

 

 ……見届けたかった? 

 

 

 身体が硬直する。それがどういう意味か。薄れ行く意識。心臓が痛いのに、ドクンと高鳴る感覚。そんなのまるで――――。

 

 

――――生きたい

 

 

 違う。違う。違う。

 

 

――――死にたくない

 

 

 違う。違う。

 

 

「あれ、立っちゃうの? 君、本当に人間?」

 

 

 どうして立ち上がることが出来たのか。自分でも分からなかった。

 奴の言葉に言い返す気力、体力はもう無い。黙って睨みつける。視界はふらつく。

 このままやられっぱなしで死ぬのは、やはり癪に触る。最後、頸に毒を直接叩き込んでやる。最後の力を振り絞り、身体の筋肉を膨張させる。呼吸で一瞬痛みを止め、高速移動を繰り返す。

 

 

 蟲の呼吸 蜈蚣の舞――――百足蛇腹

 

 

 身体を低く落とし、奴の懐に入り込む。そして、刃を奴の喉元に突き刺した。高速移動で勢いはある。そのまま天井まで突き上げる。

 天井に衝突し、あらゆるモノが壊れる音が響く。今の私の全力をぶつけた技。最期の技。その反動で全身の力が抜けていく。

 刀を離すことはなかったが、そのまま地面に落ちていく。受け身を取る力も残っていない。でもいい。今、私に出来ることはやった。

 

 あぁ――――なんで毒が効かないのよ。馬鹿野郎。

 

 落ちていく私に向かって触手が伸びて、奴に抱き寄せられた。

 何か言っている。何も聞こえない。こんな奴に抱き締められるなんて不愉快そのものだ。男にも抱き締められたことはないのに。

 

 

「――――師範っ!!!!!」

 

 

 あぁ、カナヲ。来てくれた。絶好の頃合いだ。さすが私の家族。

 予め伝えていた通り、彼女は手出しをしない。しっかり私が言ったことを守ってくれる。指文字で「氷を吸うな」と伝える。

 瞬間、奴の力が増す。このまま締め付けられれば背骨を折られる。呆気ない最期だ。カナヲ、毒が効いてくるまでしっかり粘って。

 

 意識が消える。これまでの人生が走馬灯となって。

 鬼に振り回された人生だった。それだけ。

 

 

「愛の呼吸 三の(かたち)――――真心(しんしん)の涙」

 

 

 命が消えゆくその寸前に。急に奴の力が緩んだ。そして、何かに受け止められた。なんだこの感覚は。()()()()

 そのまま地上にゆっくりと降りていく。カナヲの気配がすぐそこにある。彼女の元に連れ帰ってくれたのだろうか。

 私を抱き抱えているのは……誰なんだ。分からない。何かしらの方法で気配を消しているのだろうか。そうでもしないと、いきなり奴に一太刀入れることは難しいはず。そうだとしても、いったい誰なんだ。

 

「しのぶさん」

 

――――違う。

 

 どうして君なのだろう。私の想いを知っているのに、どうして邪魔ばかりをするのだろう。また、私の邪魔をするのか、梅咲真魚。

 それなのに、彼の声を聞いただけで力が抜けていく。心が弱まっているせいなのか、理由はよく分からない。彼はゆっくり私を降ろし、横にさせる。顔のすぐ近くでカナヲが私のことを呼んでいる。今にも泣き出しそうな声。見るに耐えず、無理やり笑顔を作った。

 カナヲは私の身体を可能な限り止血する。今のままでは時間の問題だった。捨てると決めていた命。血止めなんて持っていない。それでも彼女の気持ちは嬉しかった。

 

「間に合って良かった。貴女を死なせはしない」

「梅咲……さん」

「カナヲちゃん、アオイちゃん、蝶屋敷のみんなと約束したから」

 

 反論したいのに、口が動かない。代わりにカナヲが返答してくれたが、私の言いたいことを代弁するわけでもなく。彼女は彼の隣に並んで奴と向き合う。まるで私を守っているように。

 いつの日か。アオイが鬼に襲われた時。彼女はその時の様子を話してくれた。

 「怖かったけど、怖くなかった」彼女はそう言った。私が理由を問うと、照れ臭そうにこう言った。「真魚さんが来てくれたから」と。

 不思議だ。今ならその言葉の意味がよく分かる。桜色の羽織が綺麗で、見惚れてしまいそうな。階級は私よりも下なのに、身を委ねてしまいそうな安心感があった。

 

 二人の間から奴の様子を伺う。腕を斬られたらしいが、すぐに回復する。やはり彼は力を付けている。もう私が知っている梅咲真魚ではなかった。

 

「しのぶさん。死なないでください」

「……」

「貴女が死んだら、みんな悲しみますよ」

 

 彼は私の方を見て、微笑む。あぁ、優しい。本当に優しい。

 あんな奴の説教とは違う。心に染み込んでしまう声と雰囲気。どうしてだろう。どうして私の周りには優しい人しか居ないのだろう。

 

 あぁ、どうしよう。カナヲと彼の姿を見てしまったせいか。頭が痺れてきた。真魚君。君がそんなに優しい言葉をかけ、危機を救ってくれたのです。どうしてくれるのかしら。もう、もう、もう。

 

 

――――死にたくなくなったじゃないですか。

 

 

 





 初の一人称が主人公でもなくアオイちゃんでもないという。でも楽しかったから良しとします。

新しく高評価してくださった方々。
・ゴレムさん
・是非さん
・T0の側近さん
・ししゃもみじさん
・黒金矢さん

 ありがとうございました!

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